ダンジョンに闇の王子が迷い込むのは間違っているだろうか。 作:即席社会人
「六階層だぁ〜〜ッ!!!???」
ギルドに帰った俺は、早速エイナさんに換金を依頼した。しかしバッグの中身の魔石を見た時、彼女は怒りの表情で俺に声を荒らげる。どうやら初日で六階層まで潜ったのがまずかったらしい。
「まずいなんてもんじゃないわよ!! あなた死にたいの!?」
エイナさんの説教は止まらない。彼女曰く初日は一、二階層でダンジョンというものを知り、そこから一ヶ月、二ヶ月とかけて三階層以降へと進むのが新人としての常識だったのだ。現にベルは半月で五階層。正直これでも早すぎる。
「到達したと言ってもあの子、事故に巻き込まれて死にかけてるし……」
つい先日の出来事だ。その怒りも冷めやらぬうちに、初日で六階層に到達した上、背中に大怪我を負って帰ってきた俺を見て、ついに彼女の堪忍袋の緒が切れ、治療と同時に一時間以上の説教を受けることとなった。
「とにかく『冒険者は冒険しちゃいけない』の。いくら強い人だとしても、無謀なことをして死んでしまった冒険者を私は沢山見てきたから……」
レイナさんの悲しそうな瞳に、俺も押し黙ってしまう。ギルドの職員だからこそ、その言葉が胸に刺さる。
「……ごめん」
未だ彼女は怪訝な表情を浮かべていたが、一息付き俺の魔石の勘定を再開する。勘定が終わったのか、下の引き出しから麻袋が出てきた。中には通貨『ヴァリス』が入っている。武器のレンタル代を差し引いて合計で6200ヴァリス。初日の冒険者の稼ぎじゃないと、エイナさんはため息をついていた。
「とりあえず、初報酬おめでとうグレン君。私の話を聞いたなら、今度からは地道に頑張るのよ」
そう言ってエイナさんは奥の事務仕事に戻ろうとする。俺は彼女に声が届かなくなる前に、最後の頼みをすることにした。
「待ってエイナさん」
「ん、どうしたの?」
「この剣を、譲って欲しいんだ」
☥
「足りるかな……」
麻袋を除きながら、夜の街を闊歩する。今から向かうのは『豊穣の女主人』。あの猫の獣人に紹介された酒場のことだ。あの後エイナさんに頼んで武器の値段を聞いてみると、レンタル料とは別に3000ヴァリスの買い取り代金を支払わなくてはならなかった。今の手持ちは3200ヴァリス、未だにこの世界の貨幣価値を理解しきれていない俺は、今の手持ちで足りるのか少し心配だった。
「あ、ようやく来た」
約束の酒場の入口、そこで待っていたのはベルだった。彼とは仕事終わりに店前で会う約束をしていた。だが俺と合流したというのに、ベルはなかなか店に入ろうとしない。
「中に入らないのか?」
「いや、ちょっと気持ちの整理が……」
そうしどろもどろとしていると、入口から灰色の髪をした女の子が顔を覗かせてくる。
「ベルさんっ」
「……やってきました」
どうやら彼女がベルを誘ったウエイトレスなのだろう。詰め寄られたベルは下手な笑みを浮かべながら彼女と会話をしている。
「あら、そちらの方は?」
「あ、か、彼は僕のファミリアの団員で……」
「グレンだ」
「まあ、グレンさんって言うんですね。私はシル『シル・フローヴァ』って言います。お席の準備をするので、ちょっと待っててくださいね」
そう言うと彼女はそそくさと酒場の中へ入り、準備を進める。しばらくして張りのある彼女の声が聞こえてきた。
「お客様二名様はいりまーす!!」
そのセリフとともに、シルさんに手招きをされる。案内されるがままに店内を進むと、そこには店の女将さんと向き合うカウンター席が二席用意されていた。ここにきてからずっとビクビクしているベルを気遣ってのものだろう。
「あーっ、兄ちゃんやっと来てくれたんだニャー! もう少しでミア母さんのゲンコツが飛んでくるところだったニャー」
突然後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。振り返るとあの時の猫人がホッとした顔でこちらを見ていた。
「来るって約束したからな。それにベルもここの店員に誘われたみたいなんだ。尚更行かない理由が無くなった」
「えーっ、アーニャさんが声をかけたお客さんってグレンさんの事だったんですか? 奇遇ですね、私のお客さんと知り合いだったみたいですよ」
「そうなのかニャ! それなら二人ともドーンと楽しんでいくニャー!」
そう言ってアーニャと呼ばれた彼女は仕事へと戻っていった。
「アンタらがシルとアーニャのお客さんかい? ははっ、二人とも冒険者のくせに可愛い顔してるねぇ!」
『ミア母さん』と呼ばれた店の女将さんが声をかけてくる。声が大きく、気は強そうだが優しそうな人だった。
「なんでもアタシ達に悲鳴をあげさせるほどの大食漢なんだそうじゃないか! じゃんじゃん料理を出すから、じゃんじゃん金を使ってくれよぉ!」
「ベル、そうだったのか?」
「そんなわけないでしょ! ちょっと、僕いつから大食漢になったんですか!? 僕自身初耳ですよ!?」
「えへへ……」
「えへへ、じゃねー!?」
どうやらベルはシルに一杯食わされたようだった。いや、今も朝のパンの話とやらで食わされている。げっそりとしたベルの隣で俺はメニュー表を開く。値段は安くて300、高くて1200前後か……。しばらく悩んでベルはパスタ、俺はサラダと魚のフライを注文することにした。しばらくして料理が運ばれてくる。ベルと俺はそれぞれの料理を上手いと絶賛しながら食べ進めていった。ミア母さんが「酒は?」と聞いてきたが、俺もベルも遠慮した。しかし知らないうちにドン、とテーブルに
「そういえばここの店員、女の子ばかりだな」
「ええ、ここの店員は皆女性なんですよ。そのおかげか冒険者さん達には人気があって……」
適当に呟いた一言に、シルさんが答えてくれた。どうやらホールの仕事は間に合っているらしく、同席したいらしい。ミア母さんにも許可を取っていた。
「楽しんでいますか?」
「……圧倒されてます」
シルさんはベルの隣へと座り、何気ない会話を繰り広げていた。その矛先は俺へも向けられる。
「グレンさんも楽しんでいますか?」
「……ああ、ここは好きだ」
「私もです、ここは沢山の人が集まるから……」
周りを見ながらそうつぶやく俺に、シルさんは同調してくれる。彼女の言う通り沢山の人が酒を飲み交わし、笑い合っている。たまらなく暖かいこの酒場に、俺はどんどんと惹かれていった。
「……ベル?」
酒もほとんど飲み終わり、そろそろ店を後にしようとしたその時、ベルは突然テーブルにうつ伏せになった。その時突如、どっと十数人規模の団体客が酒場に入店してきた。あらかじめ予約をしていたのか、俺たちのちょうど対角線上にある席の一角へと案内される。
『……おい』
『おお、えれえ上玉ッ』
『馬鹿、ちげえよ。エンブレムを見ろ』
『……げっ』
周囲の客がざわめき出す。それもそのはずだ、この世界に来てまもない俺にすら、彼ら【ロキ・ファミリア】の名声は届いている。オラリオトップクラスの戦力を持つ組織、そして金髪で金色のあの少女が話題の『剣姫』だということに気づくのにそう時間はかからなかった。同じ剣士だから分かる。ただの酒場でさえ一挙手一投足に無駄がない、剣士としての理想系に近かったからだ。
「よっしゃあ、ダンジョン遠征ご苦労さん! 今日は宴や、飲めぇ!!」
朱色の髪をした人物が立って音頭を取る。その合図をきっかけに団員たちは、ジョッキを打ち鳴らして豪快に飲み食いを始めた。初めは何気ない会話の連続だったが、ある一人の狼人の一言によって場の空気は一変する。
「そうだ、アイズ! お前のあの話を聞かせてやれよ!」
「あの話……?」
剣姫『アイズ』と呼ばれた少女は首を傾げる。狼人の言った言葉が理解出来ていないようだ。彼女の名前が出た途端、ベルの顔は火が吹きそうなほど赤く染まる。
「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウロス! 最後の一匹、お前が五階層で始末しただろ!? そんで、ほれ、あんと聞いたトマト野郎の!」
ベルの動きが止まる。
「ミノタウロスって十七階層で襲いかかってきて返り討ちにしたら、すぐ集団で逃げ出していった?」
「それそれ! 奇跡みてぇにどんどん上層に登っていきやがってよ、俺達が泡食って追いかけていったやつ! こっちは帰りの途中で疲れてたってのによ〜」
ミノタウロス、中層の代表的な魔物だ。生半可な実力じゃ歯が立たない。それが五階層まで来ていたのなら、かなりの大事だったのだろうな。俺には関係の無い話なのだろうと、酔い醒ましに注文したミルクを飲む。
「それでよ、いたんだよ! いかにも駆け出しって感じのひょろくせぇ
俺の手が止まる。五階層、駆け出しの冒険者。
「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」
『到達したと言ってもあの子、事故に巻き込まれて死にかけてるし……』
「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて……真っ赤なトマトになっちまったんだよ!」
まさか……。
「それにだぜ? そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまって……ぶくくっ!! ウチのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのおっ!」
狼人の笑い声につられ、他のメンバーは失笑し、話を聞いていた俺ら以外の部外者も釣られて笑いだした。
「ああいうヤツがいるから俺たちの品位が下がるっていうかよ、勘弁して欲しいぜ」
「いい加減そのうるさい口を閉じろ、ベート。ミノタウロスを逃がしたのはは我々の不手際だ。巻き込んでしまったその少年に謝罪することはあれ、酒の肴にする権利などない。恥を知れ」
「おーおー、さすがはエルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな救えねェ奴を擁護して何になるってんだ? ゴミをゴミと言って何が悪い」
「こら、二人ともやめえ。ベートもリヴェリアも。酒がまずくなるわ」
行き過ぎた会話に場の空気は悪くなる。だが今までの会話とベルの態度を総合すると、この会話の少年は確実に……。
「アイズはどう思うよ? 自分の目の前で震え上がるだけの情けねぇ野郎を。あれが俺たちと同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」
「あの状況じゃ、仕方なかったと思います」
「なんだよ、いい子ちゃんぶっちまって。じゃあ質問を変えるぜ? あのガキと俺、ツガイするならどっちがいい? お前はどっちの雄にしっぽ振って、どっちの雄に滅茶苦茶にされてぇんだ?」
「……私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」
「無様だな」
「うるせぇババア!!」
嘲るエルフの言葉を、狼人は一蹴する。
「じゃあ何か、お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」
アイズは何も答えない。
「はっ、そんな筈ねぇよなぁ。自分より弱くて、軟弱で、救えない。気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねぇ。
ベルが突如、椅子を蹴飛ばして立ち上がる。視線を集めた彼だが、なりふり構わず外へと走り出した。
「ベル!?」
「ベルさん!?」
俺とシルさんは立ち上がり、彼女はベルを追いかける。客が食い逃げだなんだと騒ぐその時、俺は【ロキ・ファミリア】のメンバーを見ていた。こいつらがオラリオの中核を担っているのか? こんな横暴で無神経な奴らが? これじゃまるで──
『
「大したことないな」
「あぁ……!?」
ポツリと漏らした本音を聞いたあの狼人が、こちらを見ていた。視線を感じてはいたが、俺は一瞥もくれずに財布を取り出す。とっととお代を払って奴らから離れ、ベルを追いかけたかった。
「……ぐはっ!?」
その瞬間、狼人の蹴りが俺の腹目掛けて飛んでくる。目に見えないほどの蹴りを食らい、俺は店の酒樽へと叩きつけられる。ガシャン、という音と共に中の酒が漏れ出した。
「誰が大したことないってんだ、あァ!? 雑魚がイキがってんじゃねぇぞ!」
狼人の怒号が飛んでくる。腹を守った腕は痺れるが不思議と痛くなかった。奴が手加減したのか、俺の肉体が頑丈なのか、それともこんな奴らの攻撃など意に返さないという精神的なものなのかは分からない。俺は立ち上がり、その狼人を睨みつける。
「今逃げたやつ、どっかで見たことあると思ったらあの時のトマト野郎かよ。ぶははっ、お前はあいつの仲間なのか。まさか馬鹿にされた敵討ちって訳じゃねぇだろうな」
俺は何も言わない。声を出すことすら価値がないと思った。
「今のを受けて立ち上がったってとこは褒めてやる。トマト野郎の仲間にしちゃできるじゃねぇか。次は……
狼人が攻撃の体制をとったその時、突如として奴の体が押さえつけられる。
「そこまでだベート、今日のお前の行動は目に余る」
押さえつけたのは同じファミリアのドワーフの戦士だった。先程言い争いをしていたエルフも、やつの背中を杖で抑え込む。
「なんのつもりだ!?」
「お前はこれ以上、己の主神の名を汚すつもりか?」
もはや狼人の周りに味方はいなかった。同じファミリアの団員は懐疑的な表情を彼に向け、争いを茶化していた部外者も目を逸らしている。彼はいつの間にか縄で締め上げられ、店の外へと放り出されていた。
「もーホンマやで。食い逃げも大概やけど、ミア母ちゃんの店で暴れたらタダじゃすまんわなぁ」
この争いは主神の名を汚すだけでは無い、ここの店の女将さんを怒らせることになる。それがどれほど恐ろしいものなのか、俺はまだ理解していなかった。ミア母さんの表情は激しい怒りを静かに表していた。そんな彼女に俺は近づき、持っていた財布を中身ごと引き渡す。
「今日の食事代と弁償代だ」
「……足りないよ」
「じゃあまた明日来る、その時返す」
ミア母さんは睨んでいたが、俺は目もくれず店の外へ出る。店の外で転がされている狼人は俺の事を睨んでいた。
「グレンさん……!!」
ベルをシルさんが夜道から帰ってくる。激しい息切れを起こしており、その場に膝から崩れ落ちた。
「ベルさんを見失ってしまいました……なにかに囚われたみたいに走っていって、どうしても追いつけなくて……」
「……分かった、俺が探してくる。シルさんは少し休んでてくれ」
そう言って俺はシルさんを店に引き渡す。ベルを探そうと街を見渡す。辺りは既に該当すら消え、一歩先は闇に包まれていた。
「あの……」
突如、後ろから少女の声が聞こえる。今日嫌でも焼き付いた彼女だった。『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインが俺の前に立っていたのだった。
「お前も……奴の仲間なんだろ?」
「……うん」
俺はそんな彼女に対し、冷たい言葉をかける。分かってる、彼女が悪いわけじゃないのは。そんなのは表情を見れば分かる。そして彼女はベルの恩人だ、その上ベルは彼女に恩以外の何かを感じている。悪い感情でないのは間違いない。
でも俺は、彼女とファミリアを切り離して考えることは難しかった。
「じゃあ、話すことなんてない」
「あ……」
そう吐き捨てた俺はアイズに背を向け、闇夜に包まれるオラリオを駆け出した。空から覗く、無遠慮な視線に気もつかず。
☥
ベルが店を出るその瞬間見せたは表情、俯いてはいたが俺にははっきりと見えた。俺はあの顔を知っている。だとしたら、彼が向かうところなど一つしか思い浮かばなかった。そこは……ダンジョン、それも六階層だった。
「ベル……!!」
ようやく見つけたベルの姿。ろくな防具も身につけず、二体のウォー・シャドウに囲まれていた。既に一体とは取っ組み合いとなっており、押し倒される形となっている。ウォー・シャドウの鎌がベルの顔面に目掛けて振り下ろされる。助けようと思ったその時、ベルは身を翻してウォー・シャドウにカウンターパンチを食らわせた。パンチを瞳に食らったウォー・シャドウは、バリンという音と共に絶命する。そして地面に落ちたナイフを拾い直し、もう一体を胸から切り裂いた。ようやく一段落着いたのか、ベルは膝を抱える。
「ベル……」
「グレン……どうしてここが?」
「それは……」
昔の俺も、そんな顔をしていたから。何も出来ない自分が悔しくて、だけど諦められずに這いずってでものし上がろうとしていたあの頃の俺と、同じ表情をしていたから。
「諦めないお前なら、ここにいるんじゃないかって……」
俺の言葉を皮切りにベルは俯き、涙を流し始める。
「僕は弱い、そんなこと分かってた。でも、どうしても近づきたい人がいる、頑張ればその人の隣に立てるんじゃないかって、今まで本当に思ってたんだ」
「……」
「でも、今日のあの時現実を突きつけられた。分かってなかった訳じゃない、薄々気づいてたさ、自分じゃあの人には釣り合わない、どうしようもない雑魚野郎なんだって」
ベルは袖で涙を拭う。彼の手からナイフが滑り落ちる。
「見たくない現実を突きつけられた。でも全部事実で、それがたまらなく悔しかった。そして言い返せない自分が何よりも情けなかった。グレン……僕は……僕はどうしたらいいんだろう?」
拭っても拭いきれない大粒の涙がベルの頬を伝う。俺はどう答えていいのかわからなくなった。それと同時にあいつの声が蘇る。俺はベルの傍に行き、ナイフを再び握らせる。
「『剣を振るえば、いずれ何かが見えてくる。たとえ見えずとも、それはお前の糧となるだろう』」
「え?」
「俺の……師匠の言葉だ」
俺に剣を教えてくれた、あの老人の言葉。不器用で無愛想で、どうしようもないやつだったとベルに伝える。
「何かが見つかるまで振るい続ければいい。もし倒れたら、俺が家まで運んでやる」
そう言うとベルは、涙を流すのをやめてナイフを構える。ビキリ、ビキリと音を立て、モンスターの大群が生まれ落ちた。
「グレンは手を出さないで……これは、僕の戦いだから」
「ああ……」
「……グレン」
「ん?」
「僕……強くなりたい」
「……俺もさ」
そう言ってベルはモンスターの大群へと突撃する。太陽は登り、夜が開け始める。しかし彼の戦いは、今始まったばかりだった。