ダンジョンに闇の王子が迷い込むのは間違っているだろうか。 作:即席社会人
(いくらなんでも遅すぎる……!)
部屋に飾る時計の針が無機質に動く。既に時刻は朝の五時、ボクはホームである廃強会の隠し部屋でウロウロと歩き回っていた。
ベル君の成長に、あのヴァレン何某への恋心が大きく影響を与えていることを面白くないと感じたボクは、彼が外食へ向かった直後にミアハを誘ってやけ酒を浴びていた。ひとしきり飲んだあと、ふらついた足でホームに戻ってきた時に待っていたのはベル君でもグレン君でもなく、がらんとした静けさだけだった。
二人ともまだ外で遊んでるのかい。全く誰に似たんだか……そんな思考を巡らせながら、ボクは普段ベル君が寝てるベッドへと倒れ込む。彼の匂いを嗅ぎながら二人の帰りを待っていたが、待てども待てども戻ってこない。一定の時間が経って急激に酔いが冷め始め、良くない結末が頭をよぎる。そしてよぎる度に首を振り、大丈夫だと言い聞かせていた。だけども焦りは次第に積もっていく。
「どこに行ったんだ、二人とも……」
ボクは居ても立ってもいられずに、部屋から飛び出して近辺を探索する。しかし収穫はゼロ。そうこうしているうちに日が昇ろうとしていたのだった。
その時ガチャリと扉の開く音がする。ボクは一瞬身体を震わせて玄関へと向かった。そこには傷だらけのベル君と、肩を貸しているグレン君の姿があった。
「ベル君!? グレン君も!?」
「……か、神様」
弱々しいベル君の声が小屋に響く。既に彼の意識は朦朧としていた。
「グレン君、早く上がって……!」
ボクはすぐにベッドと治療器具の用意をし、グレン君に彼を運んでもらう。すると安心したのか、ベル君は気絶するように眠りについた。
「グレン君、ベル君はどうしてこんなに!? まさか、誰かに襲われたんじゃあ!?」
「そういうことじゃ、ないんだ……」
「じゃあ一体、どうして……」
「……ダンジョンに潜っていた」
グレン君の口からまさかの言葉が落とされる。ボクは目の前にいながら止めなかった彼を責めようとしたが、彼の表情を見て怒りを腹の底へと飲み込む。今、ベル君もグレン君もまともな装備を何も身につけていない。このような装備環境でダンジョンに夜通し挑むことなど勇敢を通り越して無謀としか言えなかった。
「……どうしてベル君はこんな無茶をしたんだい? それに、君はどうして止めなかったの?」
「……それは」
グレン君がことの詳細を伝えようとしたその時、いつの間にか目を覚ましたベル君がグレン君の腕をギュッと握っていた。彼の腕に爪がくい込み、血が滲むほどに。グレン君も決して振りほどかなかった。ただベル君の目を見て、そして俯きそれ以上言葉を発しなかった。こうなってしまっては、口を開かせることは叶わないだろう。そう感じたボクは、小さくため息をつく。
「わかった、何も聞かないよ。君は意外と頑固だから、ボクが無理矢理聞き出そうとしても無駄なんだろうし」
「ごめんなさい……」
「なに、いいさ。今日は治療を済ませたら直ぐに寝るんだよ?」
「……はい、ありがとうございます」
ベル君の返事を聞いたあと、グレン君の方を見る。彼はベル君ほどのベル君ほどの傷を負ってはいなかったものの、生々しい擦り傷や切り傷が体を埋めつくしていた。
「グレン君は先にシャワーを浴びておいで、その後ベル君の治療を手伝って欲しいんだ」
「……わかった」
そう言うと彼は剣を下ろし、上着を脱ぎ捨てる。
「……!! グレン君……」
その背中に見えたのは縦一直線に血が滲んだ包帯だった。彼はベル君以上の大怪我を負っていたのだ。当の本人はもう気にも止めていないようだが……。
「う、うう……」
しばらく唖然としていたが、唸るベル君の声を聞いて現実に引き戻される。今日僕は、今までで一番の恐怖を感じた。家族である彼らを失ってしまう恐怖に……何も出来ず、一人取り残される恐怖に。
「か、神様……」
「な、なんだい……?」
「僕……強くなりたいです」
ベッドの上でボクを真っ直ぐ見て、ベル君はそう呟く。僕はやがて目をふせながら「うん……」と、真摯に受け止めることとした。その瞬間、ボクの中の恐怖は消え去り、ただひたすらに彼らに力を貸してあげたいと思うようになった。
☥
俺たちが帰ってきて半日が経った。ベルは落ち着きを取り戻し、今は澄んだ顔で眠りについている。俺もまた、背中の傷をヘスティア様に癒してもらっている途中だった。俺たちが帰ってきてから、ヘスティア様は常に暗い顔をしている。ベルの治療中も、ずっとなにか思い詰めたような表情をしていた。
「……ヘスティア様」
「どうしたんだい、グレン君?」
「今回の事、あれは俺が提案したんだ」
『剣を振るえば、いずれ何かが見えてくる』。そう諭し、ベルを突き動かしたのは紛れもなく俺だった。ベルは何かを見つけたがっていた。だから俺は後押しした、彼の危険も顧みず。無責任も甚だしい。
「だから……ベルのことは責めないで欲しい。責めるならせめて……」
「もう、責めるつもりなんてないよ……二人とも」
ヘスティア様のまさかの発言に、思わず驚きの声を挙げる。
「そりゃ初めは、何してんだー! って思ったよ、怒鳴りつけようともした。でも、二人の顔を……目を見てさ、あの時の二人は今までのどの瞬間よりも清々しい顔をしてた。あんなのを見せられたら、責めれるものも責めれなくなっちゃうもんさ」
そう言ってヘスティア様は治療を終え、ポンと背中を優しく叩く。
「はい、この話はもう終わり! でももし、今回のことを本気で悪いと思ってるなら、ちゃんと反省はしてくれよ?」
「……ああ」
やっぱり、この
「ふふん、じゃあOKさ! さて、ベル君はまだ寝てるし、一足先にステイタス更新と行こうか!」
背中の治療を終えたヘスティア様は、そのままステイタス更新の儀式へと移行する。指でなぞり、紙を乗せ俺のステイタスが写し出された。
グレン Lv.1
力:I0→H125
耐久:I0→G203
器用:I0→H108
敏捷:I0→I82
魔力:I0
《魔法》
【】
【】
【】
《スキル》
【
・早熟する。
・約束を果たすまで効果持続。
・約束の達成願望により効果向上。
「ななななな……なんじゃこりゃ~~~~~~~ッッッ!!!!???」
トータル上昇値500オーバー。ヘスティア様曰く、この成長速度はもはや成長とは呼ばないらしい。飛躍、いや、進化に近いものだと語った。特に耐久の数値の伸びが異常だ。単体で200オーバーの上昇値、ヘスティア様は何かの間違いなんじゃないかとオロオロしていたが、俺には一つ心当たりがあった。
「まさか、あの時か……?」
「あの時って!?」
ヘスティア様が身を乗り出して聞いてくる。そこで俺は『豊饒の女主人』で起きた出来事を詳細に説明した。もちろん、ベルの身に起こったことは話さずに。それを聞いたヘスティア様はワナワナと震えだし、遂に俺へと怒声を浴びせる。
「このあふぉぉ────!! ロキのとこの団員と喧嘩した!? しかも相手は第一級冒険者だって!? 本当に破滅願望があるんじゃないか君!?」
と、今まで見た事もないような顔でヘスティア様は説教を続ける。ロキ・ファミリアの第一級冒険者。その基準はレベル5。レベル1などが挑んでも、例え天地がひっくり返ろうとも勝てるはずのない相手だとヘスティアは言っていた。手加減していたとはいえ、俺はそんなやつの一撃を受けたのか。今回の上昇の全てがそれのせいだとは言い難いが、耐久数値へ大きな影響を与えていることは確かだった。しかしヘスティア様からすれば、五体満足で生きていること自体が奇跡みたいなものだと語っていた。
その後の彼女は酷かった。ロキと呼ばれる神に対して、やれ団員への教育がなってないだの、悪趣味だの、女癖が悪いだの、エセ関西弁だの、貧乳通り越して無乳だの……ほとんど関係の無い罵倒までしていた。
「神様、おはようございます……」
「ベル君!」
そんなヘスティア様だったが、ベルが目を覚ましてこちらに来た瞬間、彼女は彼の胸へと飛び込む。ヘスティア様は本当にベルのことを大事に思ってるんだな。
「グレンも、おはよう」
ベルの顔にはまだ疲れが残っているようだったが、いつもよりも真っ直ぐな光をその瞳に宿していた。
「……なにか見つかったのか?」
「……分からない、でもなんとなくスッキリした。僕の思いを全部ぶつけられたから」
ベルと二人で顔を見合せ、お互いに笑みを浮かべる。それに嫉妬したのか、ヘスティア様が間に無理矢理割り込んできた。
「ちょっとちょっと! ボクを除け者にしないでおくれよ!」
「ご、ごめんなさい神様!」
「ふんだ! そんなこと言って、また君たち二人でどこかへ行って帰ってこないんだろ? 今回みたいに!」
「も、もうしませんよぉ。だ、だからもう怒らないでください神様ぁ……」
「次の休みベル君がデートしてくれるって言うなら、考えてあげなくもないかなー?」
ヘスティア様……。
「しますします! デートでも何でもしますから!」
「もちろん二人っきりだよ! ご飯の時はちゃんとあーん、もしてくれる?」
「も、もちろんやらせて頂きます!」
「よっしゃ! 言質は取ったぜ!」
拗ねるヘスティア様をなだめるベル。彼がアワアワとしているうちに、ニヤリと笑ったヘスティア様はベルへ色々な約束を取りつける。ベルはよく分からないまま全てを承諾し、ヘスティア様はガッツポーズを取っていた。それでよく神が務まっているなとため息が出た。
「ベル、ステイタス更新がまだだったよな。俺は外に出てるから、終わったら来てくれ」
「分かったけど……どこに行くの?」
「お前も分かってるはずだ」
そう言うとベルの顔がみるみるうちに青ざめる。疲労で忘れていたんだろうが、今の一言で思い出したらしい。俺は絶望しているベルの顔を横目に、ファミリアのホームから外へと出た。
「……涼しい」
ベルとヘスティア様のいる騒がしい小屋から出て、久々に一人の時間を堪能する。どこか休める場所はないかと探したところ、廃教会のベンチが空いていた。ちょうど木陰が重なっており、居心地がいい。
そういえば昨日の昼から一睡もしていないことに気がついた。気がついた途端、どっと眠気が押し寄せてくる。すぐに出てくるベルを待つつもりが、協会に吹き込む風の心地良さと鳥のさえずりも相まって、気が付かないうちに意識を暗い闇へと落としてしまった。
☥
荒廃した村で、俺と老人がまた出会う。
「よく飽きないな、あんた」
初めて俺は、老人よりも先に口を開いた。ずっとずっと心に引っかかっていた疑問。彼はなぜ俺にここまで肩入れするのか、その理由がさっぱり分からなかった。
「『スキアーズ』だ。名乗ってなかったか?」
「……初めて聞いた」
老人、スキアーズは俺の質問に答えず、今更の自己紹介を始める。
「お前こそ飽きないな、一体いつまで穴を掘る?」
スキアーズが逆に質問を返してくる。
「前に言った、これじゃまだ小さい」
「どれぐらい深ければいい?」
「……天に届くほど」
スキアーズは俺の答えに、関心を抱いているようだった。俺は穴を掘る手をようやく止め、彼に向かって話し始める。
「分かってくれとは言わない……ただ」
「ただ?」
「……真っ暗い穴の底まで、白い光が射すときがある。それは……好きだ」
分け隔てのない、優しさのように思えるから……。
スキアーズは俺の言葉を、肯定も否定もせず静かに聞いていた。俺は話を続ける。
「天と地にこだわる必要はない。穴に入れば、みんな同じだ……なんとなく、そう思うから」
スキアーズは何も喋らなかった。何も無いなら、今日はもう帰ってくれと伝えた時、彼は一振りの剣を俺の足元へと放り投げた。俺にはその意味がわからなかった。
「拾え、穴を掘らなくてよくなる方法がある……それを、教えてやる」
スキアーズは剣を構え、俺の前へと立ちはだかる。もはやその目は先程までの老人の目とは程遠い、一人の戦士の瞳へと変化していた。
☥
「──ン、──レン!」
誰かに揺さぶられ、俺は徐々に意識を取り戻す。ゆっくりと目を開けた時、そこに居たのは白い髪と赤い瞳を持った少年、ベルだった。
「グレン! やっと起きた、大丈夫?」
俺はベルの肩を借り、ゆっくりとその身を起こす。そこは俺たちのファミリアのホームである廃教会だった。あれは……夢だったのか。
「僕が上がってきた時には静かに眠ってて……かと思ったら急に唸り出したから心配したんだよ……」
悪い夢でも見たの? とベルは心配の声をかけてきたが、俺はなんでもないと答えて立ち上がる。最近よく見るあいつの夢、この夢は俺に何を伝えたがっているのだろうか。
「待たせてごめんベル、さあ行こう」
「う、うん……」
いや、今考えても分かることなどない。そう思ってベルに声をかけ、廃教会の外へ出る。未だ心配そうに見つめてくるベルを尻目に、俺たちはあの事件の現場『豊饒の女主人』へと足を踏み出した。