ダンジョンに闇の王子が迷い込むのは間違っているだろうか。   作:即席社会人

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7.神の宴

「……くぁ」

 

「あ、グレン君、おはよう」

 

 ヘスティア様の声が聞こえた俺は大きくあくびをし、ベッドから目覚める。今日は夢を見なかったな……と思いながら、目をこすって体を起こしたその時には、既に二人とも朝の支度を始めていた。

 

「おはよう……少し眠りすぎた」

 

 俺の言葉に、ベルは大丈夫だよと言って朝食の準備を進める。用意されたのはパンと目玉焼き。簡素だがとても味わい深い朝食だった。俺たちは黙々と食べ進め、準備を手伝えなかったお詫びにと、俺は食器を片付ける。

 そしていつも通り、ベルとダンジョンに行く準備を整えてホームの扉へ手をかける。その時ヘスティア様は俺たちの袖を掴んで動きを止めさせる。

 

「今日もダンジョンに行くんでしょ?」

 

「そのつもりですが神様、どうしましたか?」

 

「今ここで、もう一度話しておきたいんだ。二人とも聞いておくれ」

 

 そう言ってヘスティア様は話を続ける。

 

「ベル君もグレン君も、()()()()()()()()()()()()()()()()成長する速度が恐ろしく速い。言っちゃえば成長期みたいなもんだ」

 

 ヘスティア様は、ベルにスキルのことを伏せながら彼の現状を伝えた。

 

「は、はい!」

 

「……」

 

「これはボクの個人的な見解に過ぎないけど、君たちは冒険者としての器量も、素質も全て兼ね備えてる」

 

 潤みそうな瞳を我慢して、ヘスティア様はさらに続ける。

 

「……君たちはきっと強くなる。そして君たち自身も、今より強くなりたいと望んでいる」

 

 真剣な眼差しで話を聞く俺たちに、ヘスティア様は自分の両手を胸に抱いた。心細そうに目を伏せがちにして、ゆっくりと口を開く。

 

「……だから、約束して欲しい、無理はしないって。この間のような真似はもうしないと、誓ってくれ」

 

「ぼ、ボクは……」

 

「強くなりたいっていう君の意志をボクは反対しない、尊重もする。応援も、手伝いも、力も貸そう……だから」

 

 ヘスティア様の声が震えている。そんな彼女の表情に、胸が強く締め付けられる。

 

「……お願いだから、ボクを一人にしないでおくれ」

 

 ヘスティア様が漏らした本音。その言葉は、俺たちの心を突き動かすのに十分すぎるほどの力を持っていた。

 俺ははっと肩を揺らし、大きく目を見開いて思い出す。それは、一人寂しく佇む少女との、結局守れなかった約束だった。静寂の時が俺たちの耳をくすぐる。長いようで短い時間が過ぎ去っていく。

 

「……はいっ」

 

 ベルが顔を上げる。申し訳なさそうな、泣き出してしまいそうな、喜んでいるような、そしてどこか吹っ切れたような顔をしていた。

 

「無茶、しません。頑張って、必死になって強くなりに行きますけど……絶対、神様を一人にしません。心配……させません」

 

 ベルはそう言って、俺の方を振り向く。俺も小さな声で「……ああ」と言って頷いた。

 

「その答えが聞ければ、もう安心かな」

 

 俺たちの言葉を聞き、ヘスティア様はニコッと笑う。その後彼女はテーブルにある一枚の紙を持ち上げ、俺たちの方へと振り返って告げる。

 

「二人とも、ぼくは今日の夜……いや、何日か部屋を留守にするよっ。構わないかな?」

 

 その手に握られていたのは、昨夜聞こうと思っていた『神の宴』と書かれた手紙であった。

 

「え、あ、分かりました。バイトですか?」

 

「いや、行く気はなかったんだけど、友人の開くパーティーに顔を出そうかと思ってね。久しぶりにみんなの顔を見たくなったんだ」

 

 ヘスティア様はそう言っていたが、どうも含みのある表情に、俺は絶対にそれだけじゃないはずだと言及しようとする。

 

「ヘスティア様……一体何を……」

 

「おおーっともうこんな時間だ! ちょっと喋りすぎてしまったかな? ほら二人とも、冒険者の朝は早いんだ、グズグズしてると周りに置いてかれちまうぜ!」

 

「ちょっ……!!」

 

 突然ヘスティア様は俺の言葉を遮るように大声を上げ、俺の口を押さえ込む。

 

「わ、ホントだ……グレン早く行こう!」

 

「待っ……!!」

 

 ベルも時間を見て驚いたのか、俺の手を引っ張って半ば強制的に俺をホームから連れ出した。結局聞きたいことは聞けずじまいか……とため息をつき、後ろで手を振るヘスティア様を見る。

 

『でも、それでもボクはベル君の力になってあげたい。今まで彼には、なんのお返しもしてあげられてない。ずっとは無理でも、今回ぐらいは彼に手を差し伸べてあげたいんだ』

 

 ヘスティア様は一体何をするつもりなんだと一瞬不安になったが、あの夜の言葉を思い出し、俺は彼女を信じることにした。それと同時に、これだけ想われているベルを羨ましくも思った。

 しかしそんなことも預かり知らず、ベルはダッシュで街を駆け抜ける。そして今日もわ俺たちはダンジョンへと歩みを進め始めた。

 

 

 ☥

 

 

「本日はよく集まってくれたみなの者! 俺がガネーシャである! 今回の宴もこれほどの同郷に出席して頂きガネーシャ超感激! 愛しているぞお前ら! さて積もる話はあるが、今年も例年通り三日後にはフィリア祭を開催するにあたり、みなの 【ファミリア】にはどうかご協力をお願いしたく──」

 

 その日の夜、ボクは『ガネーシャ』が主催で行う『神の宴』へと足を運んでいた。設けられたステージの上で、象の仮面を被ってバカでかい肉声で挨拶をする彼がそのガネーシャである。

 『神の宴』とは、下界にそれぞれ降り立った神達が顔を合わせるために設けた会合だ。どの神が主催するのか日程はいつなのか、そのような決まりは全くもってない。ただ宴をしたい神が行って、ただ宴に行きたい神が足を運ぶ。

 

「むっ! 給仕君、踏み台を持ってきてくれ、早く!」

 

 様々な神がザワつく中、ボクは【ガネーシャ・ファミリア】の構成員が務めるウエイターを使い、たくさんの料理と格闘していた。

 

(さっ、さっ、さっ!!)

 

 ボクは料理を口に入れながら、持参したタッパーに日持ちの良さそうな料理を詰め込んでいく。そんな姿を見せつけられて給仕の青年はなんとも言えない表情をするが、ボクは一切気にしない。ボクのファミリアはどの神の派閥よりも貧乏なんだ。あの子達の負担を減らせるのなら、ボクは外面など気にせず、あらゆる節約術に手を出すつもりだった。だがもちろん、そんなことのためにこの宴に参加したわけじゃない。ボクは目的の神物がいないか周りを見ながら食事を続ける。

 

「なにやってんのよ、あんた……」

 

「むぐ? むっ!」

 

 そんな姿を見兼ねたのか、一人の女神が声をかけてくる。瞳に映るのは燃えるような紅い髪と真紅のドレス。線が細くありながら鋭角的である顔立ちは秘めた意志の強さを表していた。そしてそんな美貌の中でも目を引くのが、顔半分を覆い隠してしまっている黒色の皮布だ。そんな麗人が、呆れた目でボクを見下ろしていた。

 

「『ヘファイストス』!」

 

 そう、彼女が今日のボクの主目的だ。未だに呆れた目をしている彼女を無視して、ボクは側へと駆け寄る。

 

「何よ、言っとくけどお金はもう一ヴァリスも貸さないからね」

 

「し、失敬な!」

 

 しかしどうやらヘファイストスはボクに対してあまり友好的ではなかった。それもそうだ、下界に降りてからというものの、ファミリアを持つまでボクは彼女のスネを齧りに齧りまくった。その結果、ボクに対する彼女の信用はガタ落ち。その上追い出されたあともやれ金がないだの、仕事がないだのと散々迷惑をかけてきた。

 

「ふふ……相変わらず仲がいいのね」

 

「え……ふ、フレイヤ?」

 

 ヘファイストスとちょっとした小競り合いをしていた時、澄んだ風のような声が後ろから聞こえる。長い銀髪を持つ、美に魅入られた神『フレイヤ』がそこにいた。

 

「な、何で君がここに……」

 

「ああ、すぐそこで会ったのよ。 久しぶり、って話していたら、じゃあ一緒に会場回りましょうかって流れに」

 

「か、軽いよ、ヘファイストス……」

 

「お邪魔だったかしら、ヘスティア?」

 

「そんなことはないけど……」

 

 常に微小をうかべる彼女の問いかけに、ボクは口を曲げる。

 

「ボクは君のこと、苦手なんだ」

 

「うふふ。あなたのそういうところ、私は好きよ?」

 

 止めてくれよ、とボクは手を振る。他の神達から頭一つ飛び抜けた容姿を持つこのフレイヤは『美の神』と呼ばれる、神々の中でも特に見目麗しい者達の中の一人だ。基本的に移り気な神達が、涎を垂らして夢中になってしまうほどの力 ──『美』が彼女達にはある。

 しかし、『美の神』というのは他の神達が霞んでしまうほどに皆食えない性格をしている。ボクはそれがすごく苦手だった。程度はあれど、あまり関わりたくないというのがボクの率直な意見だった。

 

「おーい! ファーイたーん、フレイヤー、ドチビー!!」

 

 もっとも、フレイヤなんかよりずっと大嫌いなやつが、ボクにはいるんだけどね。

 

「何しに来たんだよ……君は……!!」

 

「なんや、理由がなきゃ来ちゃあかんのか? 『今宵は宴じゃー!』っていうノリやろ? むしろ理由を探す方が無粋っちゅうもんや。はあ、マジで空気読めてへんよ、このドチビ」

 

「……!!」

 

「すごい顔になってるわよ、ヘスティア」

 

 朱色の髪と糸目、そして何より平たすぎる胸が特徴の神『ロキ』がこちらに歩みよってきた。目が合った途端バカにするかのように溜息をつき、今すぐにでも噛み付いてやろうかと思ったその時、ロキの目がうっすらと開いてボクを見た。

 

「……と、言いたいとこやねんけどな、今日はどっちかと言うとドチビを探しにここに来てん」

 

 まさかの発言に、ボクたちは全員目をパチパチと瞬かせる。ロキが……ボクに? 

 

「へ、へぇ〜? ボクも君に言いたいことが山ほどあるんだ」

 

 丁度良いと思い、ボクはそう叫んでロキを指さす。ボクはここで酒場で起きたというグレン君と、ロキ・ファミリアの事件について聞き出そうとした。

 

「君の団員の管理がなってないから、ボクのところのグレン君が怪我するところだったんだぞ……いや、下手したら死んじゃってたかもしれないんだ!」

 

 この発言はロキを貶めようとしてしたものじゃない。自分のとこの子供を傷つけられて、そして犯人が所属するファミリアの主神が目の前にいる。その状況に居てもたってもいられなかったから出た言葉だった。

 ロキは言い訳もせず、謝りもせずにボクの方へと近寄ってくる。

 

「そう、ウチもそれについてちょっと聞きたかったんや」

 

「え?」

 

 ロキのその発言に、僕は困惑、ヘファイストスは疑問、フレイヤは好奇の眼差しを向けていた。

 

「ここじゃなんや、ちょっと奥の方へ行こうやドチビ?」

 

「な、そんなこと言って、裏で酷いことするつもりだろう!? 口車になんか乗ってやるか!」

 

「……今日はそういうのはもう無しや、()()()()()

 

「……!! 分かった」

 

「あら……」

 

 ロキの要求を突っぱねて、そっぽを向いたボクに対して彼女は今まで言った事がないであろうボクの本名を言う。あまりにも真剣な雰囲気に飲まれ、ボクはロキの後を付いて行く。それを見るフレイヤの目が一段と薄気味悪く感じた。

 

「じゃ、ちょっとこいつと席外すわ〜。ウチがおらんくなったからって、寂しい言わんといてな〜」

 

 ロキは振り返ってヘファイストスとフレイヤにそう告げる。その時の表情は、いつも見るロキの生意気な表情であった。

 

 

 ☥

 

 

「……彼女たち、いつの間にあんなに仲良くなったのかしら?」

 

「仲良いわけないでしょ? 大方あのダメダメが何か問題でも起こしたんじゃない?」

 

 その場に残されたのは呆れながらも若干心配するヘファイストスと、興味津々のフレイヤ。しかし好奇の視線はそれだけではなかった。その他の神々も似たような視線を二神に向けていたのである。それもそのはず、ヘスティアとロキの不仲は神々の間でも話題となっているもの。そんな彼女らが肩を組んで同じ方向へ向かうなど、何か面白いことがあってもおかしくなかった。

 

「ちょっと席を外すわね」

 

「何するつもりなの?」

 

「あの子たちが二人だけで話そうとしてるのに、他の神まで集まってきたら話せることも話せないでしょう?」

 

 だから追い払ってあげるの。とフレイヤはそう告げてワラワラと集まる神々の元へと歩き出す。しばらくすると、集まって興味津々だったはずの神々が嘘のように散り散りになっていく。

 

「ホントに何したのよ?」

 

「あら、ちょっと声をかけてあげただけよ? 邪魔しないであげてって……ね」

 

「……」

 

 そう言ってフレイヤはヘファイストスの席から外れ、神々の中へと姿を隠す。そんなフレイヤを、ヘファイストスは怪訝な顔でじっと見ていた。

 

 

 ☥

 

 

「で、話って一体何さ?」

 

「さっきも言うたやろ、酒場でのグレンって、お前の子の話や」

 

 未だに拗ねるボクを無視して、ロキは真剣な表情で話し始める。

 

「お前、その子になんかしたんか?」

 

「何かって?」

 

「分からんやっちゃな……改造し(いじっ)たんか? って聞いとるんや」

 

「なっ!?」

 

 あまりにも失礼過ぎる発言に、ボクはロキに掴みかかる。子供たちの改造、神であればそれができる。だがそれは神達の間では暗黙の了解で禁忌(タブー)とされているものだ。

 

「おーおー、そんな怖い顔すんなや……ま、今のでわかったわ、ホンマになんもやってないみたいやな」

 

「当たり前だ! ベル君もグレン君も、ボクの大事な家族なんだ! その子たちの人生を勝手に変える権利なんてある訳ないだろう!」

 

 ボクの怒号に、ロキは大きくため息をつく。そしてロキが改造を疑った理由を語り始めた。

 

「ドチビ、お前は道端のアリンコとドラゴンが戦った時、どっちが勝つと思う?」

 

「そんなの……答えるまでもないだろ?」

 

「そう、ドチビが言う通り、結果なんて目に見えてるわな。ドラゴン相手にアリンコ程度ができることなんてなんも無い……この前の喧嘩は、これと似たようなもんや」

 

 ロキはチェリーの入った酒のグラスを傾けながら話を続ける。

 

「ドチビの子に喧嘩を売ったウチの団員、ベートはああ見えてレベル5や。そんじょそこらのレベル1に、あいつの蹴りが止められるはずがないんや。例え酒が入って油断してたとしてもな」

 

 彼女はグラスに入った酒をチェリーごと一気に飲み干し、カン、とテーブルに勢いよく叩きつける。

 

「ところがどっこい、グレンって子はベートの蹴りを防ぎきらんかったとはいえ、見切って腕でガードしよった。その上傷一つなく立ち上がったんや」

 

 口からチェリーのヘタを出しながら、ロキは黙ったボクをさらに問いつめる。

 

「それだけやない。あの子の体の中には、恐ろしい何かが眠っとる。ドチビもなんか感じたことがあるはずや」

 

 そうだ……ボクは目を逸らしていた。彼の異常(イレギュラー)な行動の連続に。初めて出会った時の違和感に。

 

「改めてもう一回聞くわ、ホンマになんもやってないんやな?」

 

「……やってないよ」

 

「……やとしたら、相当な爆弾を抱え込んだことになるで、お前も理解しとるやろ?」

 

「……」

 

「あの子は危険や、女神としての本能が警鐘を鳴らしとる」

 

 ロキが遂に核心へと迫る。それは、ボクも感じた女神としての本能だった。今まで見ないふりをしていたが、ロキの言う通り、やっぱり彼は危険な存在なのかもしれない。

 

「悪いことは言わん、あの子をウチのファミリアに引き渡せ。万が一なんかが起きた時、手厚い方が対処は簡単や」

 

 今までのロキからは聞くことが出来なかったほど協力的な声色。その口から発せられたのは、グレン君をロキ・ファミリアに引き渡すという選択だった。様々な感情と理性、本能が混ざり合い、どうしていいのか分からなくなったボクの頭はフリーズしてしまう。

 

「……ま、当人抜きで簡単に決められることじゃないわな。こっちとしても、今すぐにとは言わん。んでも、頭の片隅には入れといて欲しいわ」

 

 ロキは埒が明かないと悟ったのか、黙りこくったボクの前から姿を消す。そこからボクはしばらく動くことが出来なかった。

 

「……へぇ」

 

 近くに存在する、好奇の眼差しにすら気づかずに。

 

 

 ☥

 

 

「……おかえりヘスティア、ロキは?」

 

「……どっか行ったよ」

 

「そう……」

 

 トボトボと歩くボクの前に来たのは、ヘファイストスだった。彼女はロキのことを聞いてきたが、ボクの顔を見たのか……それ以上何も詮索はしてこなかった。

 

「あら、元気がないわね。あなたらしくないわ」

 

 後ろからフレイヤも声をかけてくる。

 

「……フレイヤ、ちょっと今は君の声を聞きたくない。どこかに行ってくれないか?」

 

 いつも以上に辛辣な言葉をフレイヤにかけてしまう。申し訳ないと思ったが、弁明する気力すらボクには残ってなかった。

 

「ふふ、じゃあ、失礼させてもらおうかしら」

 

「フレイヤ、あなた用事があったんじゃないの?」

 

「もういいの。確認したいことは聞けたし……それに、やりたいことも出来たしね」

 

「……そう」

 

 フレイヤの行動に、ヘファイストスは怪訝そうな顔を隠さない。フレイヤはそんな彼女を無視し、宴の会場を後にした。

 

「で、あんたはどうするの? 私はもう少しみんなの顔を見に回ろうかと思うけど、帰る?」

 

 その瞬間、ぴくっとボクの体が無意識に動く。本来の目的を思い出したからだ。ボクはヘファイストスの前に立ち、ゴクリと喉を鳴らして彼女に述べる。

 

「その……ヘファイストスに頼みたいことがあるんだけど……」

 

 その時、ヘファイストスの目がスっと細まる。ああ、この目は金を貸さないと言い放ったあの時と同じ目をしている。だけどもボクは、諦める訳には行かなかった。ヘファイストスの持つ【ヘファイストス・ファミリア】は、オラリオ屈指の『鍛冶師(スミス)』のファミリアだ。今日はその永久現役社長である彼女が参加していることに、一縷の望みを託して参加したんだった。ボクはヘファイストスに向かって、大きな声で望みを放った。

 

「ベル君とグレン君に……ボクのファミリアの子たちに、装備を作って欲しいんだ!」

 

 

 ☥

 

 

怪物祭(モンスターフィリア)?」

 

「あれ、グレンさんは知らないんですか? 私大好きなんですよ!」

 

 ヘスティア様が『神の宴』に向かったその夜、俺は個人的に『豊饒の女主人』へと足を運んでいた。どうも俺は、ここの賑やかで平和な雰囲気が好きらしい。かなり遅い時間で人も少なく、ミア母さんも厨房に引っ込んでいるため、俺はシルさんにここの催し物についての話を聞いていた。

 

「ミャーが説明するニャ! 怪物祭は、年に一回開かれる【ガネーシャ・ファミリア】主催のドデカい催しニャ! 闘技場を一日まるまる占領して、ダンジョンから引っ張ってきたモンスターを調教するのニャ!」

 

 俺の後ろからひょっこり現れたのは、茶色い猫人のアーニャさんだった。店に来た時は警戒されていたが、謝罪とお詫びの意味も込めていくらかお金を渡したら、許してくれた上に若干仲良くなったのだ。

 

「あんなに凶暴なモンスターを飼い慣らすなんて、できるのか?」

 

調教(テイム)という技術自体は昔から確立されているみたいです。素養によるものが大きいみたいですが、モンスターに自分が格上であることを認識させ、従順にさせてしまうというものです」

 

「なるほどな……」

 

「ミャーたちも見に行きたいけど、仕事で見に行けないんだニャー……そうだまっくろくろすけ! 怪物祭に行ってお土産と土産話でも持って来いニャ!」

 

「行くのはいいんだが……いつ開かれるんだ?」

 

「確か……3日後だったかニャ?」

 

 3日後か……ベルを連れて向かうのもいいかもしれないな。そう思った矢先、店の奥からミア母さんが戻ってくる。

 

「アンタたち! まだ営業時間は終わってないんだよ、とっとと仕事に戻んな!」

 

「は、はいニャー!」

 

「ではグレンさん、また時間があったら話しましょう」

 

 そう言って二人はそそくさと仕事に戻っていく。ミア母さんから追加の醸造酒が勝手に出され、俺の前で肘をついた。

 

「アンタも、あんまりうちの従業員を誑かすんじゃないよ。従業員を独り占めしてるって苦情が入んのも困るんだ」

 

 そう言ってミア母さんは、奥のテーブルの冒険者を睨みつける。男たちは慌てて顔を隠したと思ったら、金を払ってそそくさと出ていった。

 

「すまない、ミア母さん」

 

「次から気をつけなよ」

 

「……今日はもう帰るよ」

 

 そう言って俺は、出された醸造酒を一気に飲み干し、お会計を済ませる。従業員たちの出迎えを受けながら、夜風にあたって帰路に着く。

 

「……誰だ!?」

 

 その時、俺は後ろから視線を感じた。舐め回すような無遠慮な視線。この前もあったが今日はそれがいっそう強かった。周りを見るが誰もいない。いっそう強くなる視線を感じ取り、振り返る。そこには摩天楼(バベル)があり、その視線は上空からのものだと理解した。見ていることがバレたのを感じたのか、いつの間にか視線が消えている。この夜はなんだか嫌な予感がして仕方がなかった。

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