ダンジョンに闇の王子が迷い込むのは間違っているだろうか。   作:即席社会人

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8.それぞれの戦い

「……あんた、いつまでそうやっているつもりよ?」

 

『神の宴』の次の日、とある店の執務室でヘファイストスは呆れたような疲れたような声をこぼす。

 

「騒いでなくても、そこで虫みたいに丸まってもらってると、気が削がれて仕事の効率が落ちるの。分かる?」

 

 何度声をかけられようとも、ボクはそこから動こうとしない。こうなった経緯を説明すると、あの宴でのボクの渾身の願いは、ヘファイストスの手でバッサリと切り捨てられた。それもそのはず。【ヘファイストス・ファミリア】 に所属する上鍛冶師の作品は、同業の間でも最高品質であるといわれている。その相場は一流の冒険者、ファミリアであろうとおいそれと手を出せない域にあるものだ。少なくとも、ボクのファミリアにそんな大金など存在しない。ヘファイストスからしても、それを昔のよしみで格安で譲るなど土台無理な話であった。

 だけれども、それで諦められるほどボクは潔い性格ではなかった。宴がお開きになった後も何度も何度も頼み込んだ。何度突っぱねられようと、黙って放置されようともお願いをやめることは無かった。そんな不屈すぎるボクの精神に、遂に彼女は降参したのか口を開け始める。

 

「そもそも、あんた昨日から何やってるの? なんなのよ、その格好?」

 

「……土下座」

 

「ドゲザ?」

 

「これをすれば何をしたって許されて、何を頼んでも頷いてもらえる最終奥義ってタケから聞いた」

 

「タケ……?」

 

「タケミカヅチ……」

 

 はあ……とヘファイストスはため息をつく。その顔は余計なことを教えやがってと言わんばかりのものだった。頭を抱え、彼女はついに手につけていた事務仕事を放り投げる。ヘファイストスは一度窓の外に目をやってから、ずっと姿勢を正し、眼帯をなぞりながら僕に問いかける。

 

「……ヘスティア、教えてちょうだい。どうしてあんたがそうまでするのか」

 

 その問いにボクは、迷いなく真っ直ぐに声を飛ばす。

 

「……あの子たちの、力になりたいんだ!」

 

 僕は土下座の姿勢を崩さず、全てを吐き出し始める。

 

「ベル君は、あの子は今変わろうとしてる。一つの目標を見つけて、高く険しい道のりを走り出そうとしてる!」

 

 嗚咽を漏らしながら、ボクは続ける。

 

「グレン君は、ボクには想像できないほどの何かを背負っている! その重圧に耐えながら、誰かとの約束を果たそうと必死にもがいてる!」

 

『あの子は危険や、女神としての本能が警鐘を鳴らしとる』

 

 ロキの言葉が蘇る。それでもボクは、彼のことを……そして自分のことを信じたかった。今頑張っている彼に、最大限の力を貸したかった。

 視線は床に縫いつけたまま、ボクは大きな声で叫ぶ。

 

「だから欲しい! あの子たちを手助けしてやれる力が! あの子たちの道を切り開ける装備が!」

 

 神が神に願う行為。それは本音をさらけ出し、自分というものをぶつける儀式でもあった。

 

「ボクはあの子たちに助けられてばっかだっ! ていうか、ひたすら養ってもらってるだけだ! ボクはあの子たちの主神なのに、神らしいことは何一つだってしてやれてない!」

 

 ぐっと体を強張らせ、最後は絞り出すように自分の心を吐露する。

 

「……何もしてやれないのは、嫌なんだよ……」

 

 消え入りそうな弱々しいその言葉は、しかしヘファイストスを動かすに足りた。この時、彼女はボクの偽らざる想いを真摯に受け止めたのだった。

 

「……わかったわ。作ってあげる、あんたの子にね」

 

「ヘファイストス……!」

 

 ボクは嬉し涙を流しながら、ヘファイストスの元へと擦り寄る。

 

「言っておくけど、ちゃんと代価は払うのよ。何十年何百年かかっても、絶対にこのツケは返済しなさい」

 

 そんなボクに、ヘファイストスはそう言葉をかける。ケジメだけはつけろ、その目がそう語っていた。

 

「わ、わかってるさ、ボクだってやる時はやるんだっ。ああいいとも、いいさ、この想いが本物だって、身をもってヘファイストスに証明してあげるよ」

 

「はいはい、楽しみに待ってるわ」

 

 目を閉じて胸を張るボクの話を聞き流しながら、ヘファイストスは壁に立てかけられた新品同然のハンマーを手に取る。

 

「へ、ヘファイストス。もしかして、君が打つのかい?」

 

「そうよ、当たり前でしょう。これは完璧にあんたとのプライベートなんだから。私の事情にファミリアの団員を巻き込む訳にはいかないわ」

 

 文句あるわけ? と、ヘファイストスはボクをジロリと睨みつける。文句なんてあるわけないさ、天界でも神匠と謳われた彼女が直々に作ってくれるんだ。むしろ大歓迎だよ! 

 

「……これからやる作業、あんたも手伝いなさい。今からしっかり働いてもらうから」

 

 興奮するボクに照れ隠しをするかのように、ヘファイストスはぶっきらぼうに指示する。多くの時間はかかったが、僕の努力はついに実を結んだ。飲まず食わず、土下座を続けた心労もすっかりと吹き飛び、ボクはヘファイストスの後を飛び跳ねながらついていった。

 

 

 ☥

 

 

 ヘスティア様が姿を消してはや三日、今日は酒場の子達が言っていた『怪物祭(モンスターフィリア)』の日となっていた。俺は前日、ベルに催し物のことを伝え、二人で少し顔を覗かせることにしたのだ。その後にダンジョンにも向かうため、ポーションの入ったレッグホルスターを足に装着し、大剣を背負う。一方ベルはナイフを腰に差し込み、バックパックを防具の上から背負っていた。武器の都合上、ベルにその他の荷物を押し付けるこのは申し訳ないが、ベルは快く荷物持ちを引き受けてくれる。

 ヘスティア様のいないホームに「行ってきます」というベルの声が響く。その声が虚空に消えると、俺は扉に手をかけた。

 

「そういえばグレン、怪物祭(モンスターフィリア)って一体何するの?」

 

 会場に向かう途中、ベルは俺の隣で首を傾げてそう言った。

 

「俺も良くは知らないが、闘技場でモンスターを飼い慣らすのを見せるらしいぞ」

 

 かなり人気のある祭りと聞いた、と言うと、ベルは驚きながら「あんなモンスターを飼い慣らすなんて……」と、昨日の俺と同じようなことを呟いていた。

 

「おーい、待つニャそこの白髪頭とまっくろくろすけー!」

 

「……」

 

 西のメインストリートを通った時、よく聞いた獣人の声から発せられるあだ名が聞こえる。そこには予想通り、猫人のアーニャさんが立っていた。

 呼び方はもうちょっと何とかならなかったのか……と思ってはいるが、彼女の中で俺たち二人の名前はこれで固定されてしまっているらしかった。

 

「アーニャさん、どうしたんだ?」

 

「二人とも怪物祭(モンスターフィリア)行くんだニャ? だったらちょっと面倒ニャことを頼みたいニャ。はい、コレ」

 

 一人で勝手に話を進め、ベルの手にがま口財布を手渡す。俺たち二人はなんのことかさっぱり分からなかった。

 

「アーニャ。それでは説明不足です。クラネルさんたちも困っています」

 

 今度はあのエルフの店員、リューさんが顔を出してきた。準備を行っていたカフェテラスの方から歩み寄り、俺たちの側へと近寄ってくる。

 

「リューはアホニャー。サボって祭りに行ったシルに、忘れていった財布を届けて欲しいニャんて、そんニャこと話さずともわかることニャ。 ニャア、まっくろくろすけ?」

 

「というわけです。言葉足らずで申し訳ありませんでした」

 

「あ、いえ、よくわかりました。そういうことだったんですね」

 

 分かるわけないだろ、と俺は言いたいところだったが、ベルは何も言わずに納得したようだ。しかし、シルさんがまさかサボりとは……基本真面目な彼女が店を出ていってサボルなど想像しがたかった。

 しかし、リューさんの話を聞くと、ほかのみんなと違って自宅通いのシルさんは、今日は特別に休暇扱いとなっているらしい。

 

「闘技場に繋がる東のメインストリートは既に混雑しているはずですから、まずはそこに向かってください。人並みについて行けば現地には労せずたどり着けます」

 

「シルはさっき出かけたばっかだから、今から行けば追いつけるはずニャ」

 

「わかりました、グレン、行こう!」

 

 そう言ってベルは店の外へと駆け出す。ベルは元気だな、と思いながら俺もゆっくりとその後を着いて行った。

 

 

 ☥

 

 

「シルさん……どこにいるんだろう? ……あ、すみません!」

 

「人が多すぎる……ベル、このままじゃ人探しどころじゃないぞ」

 

 東のメインストリートは、既に人混みに溢れていた。ギュウギュウと押されながらシルさんを探すも、見つけることなどほぼ不可能に近かった。

 

「……うわっ!」

 

「……なっ!?」

 

 そんなこんなで立ち往生していると、突如として人の波が押し寄せる。ただでさえお互いが認識できないほど離れ始めていた俺たちは、その波に飲まれて完全に離れ離れになってしまった。

 

「……ぷはっ! ……はぁ、はぁ」

 

 ようやく人混みを抜け出すことが出来た俺は、一度落ち着いて道の外れに身を寄せる。シルさんを見つけるどころかベルともはぐれてしまった、この調子じゃ会場に向かうのは難しいかもしれないな……そう思ってた矢先、久々に聞く甲高い声が耳に入る。

 

「うぎゃーっ!! 助けてーっ!!」

 

 もしかして……と思った俺は、人混みからバタバタと飛び出した腕を掴み、力を込めて引っ張る。頭が完全に人に埋まっているせいか、なかなか抜き出すことが出来なかった。

 

「抜け……ろっ!!」

 

「ぶぎゅっ……!?」

 

 俺はさらに力を込めて、その手を一気に引っ張り込む。ポン、と音がしそうな勢いで飛び出してきたのは紛うことなきヘスティア様だった。彼女は俺の胸へと飛び込み、安堵の息をつく。

 

「……いやはやありがとう、もうちょっと遅かったら道端で潰れたジャガ丸くんみたいになるところだったよ……」

 

「ヘスティア様……」

 

「……って、グレン君じゃないか!? どうしてこんな人混みに?」

 

「それはこっちも聞きたいところだ」

 

 突然の再会に、お互い目を瞬かせる。しばらくして、ヘスティア様はあることに気がついた。

 

「グレン君、ベル君はどこだい? 今日は一緒じゃないのかい?」

 

「ああ、ベルとはさっきこの人混みの中ではぐれたばかりだ。今日は怪物祭(モンスターフィリア)の日だし、遅かれ早かれ闘技場に向かっているとは思うが……」

 

怪物祭(モンスターフィリア)……ああ、ガネーシャが言っていたやつか。もうそんな日になってしまったのか……」

 

 そう独り言を呟いたあと、ヘスティア様はとりあえず会場に行こうと提案してくる。俺はその提案に乗り、人が減り次第彼女と一緒に行こうと思った。

 

「……!!」

 

 しかし、俺はまたあの時の視線を感じた。周りを振り返り、その視線が闘技場の裏方から発せられているものだと気づく。ただ、今までの視線と違うのは、視線を見つけても相手が一切目を逸らそうとしなかったところだ。

 呼ばれている……そう感じた俺は、ヘスティア様の方を見る。

 

「……グレン君?」

 

 彼女はこの視線に気づいてない、不用心に連れて行ってなにかに巻き込む訳には行かなかった。

 

「ヘスティア様、すまないが会場には一人で言ってくれ」

 

「……え、どうして急に」

 

「用事を思い出した」

 

 そう言って人混みに入ろうとした時、ヘスティア様が俺の腕を掴んでくる。どうしたんだ? と尋ねると、彼女は丁寧に畳まれた布を……性格には布に包まれた何かを手渡してくる。

 終始無言なヘスティア様からそれを受け取り、布を捲る。そこには緑色の宝石が中心に取り付けられた銀色の首飾り(ペンダント)があった。緑の宝石の中には、文字のようなものが刻み込まれている。何が書いてあるのか、暗くてよく見えなかったが、首飾りに触れた途端その文字が輝きを持ち出した。

 

「……これって」

 

「ああ、君の思う通り、ただの首飾り(ペンダント)じゃない。ボクの神友に頭を下げて作ってもらった正真正銘の防具(アーマー)だ」

 

 宝石の裏には小さな文字で『Ἥφαιστος(ヘファイストス)』の刻印が刻まれていた。まさか……だが……どうして……どうやって……と、思考が巡る。そんな俺を見て、ヘスティア様は俺の手を握りこう告げる。

 

「君が疑問に思うことは多いだろう、でも今は何も考えず素直に受けとってくれ。これは、君が自分を見失いそうになった時……自分を忘れそうになった時の道標だと思って欲しい。君の心に答えて、この首飾り(ペンダント)は力を貸してくれる」

 

 ヘスティアはさらに強く手を握る。

 

「これは『誓いの首飾り(ペンダント)』。君の約束が叶いますようにという願いを込めて付けた名だ」

 

 ヘスティア様は一息ついて続ける。

 

「そして、この首飾り(ペンダント)に誓ってもう一つ約束して欲しい……お願いだ、どんな事があってもボクたちを置いて勝手にいかないで、困ったらボクを……ベル君を頼って」

 

 俯いた彼女の表情には、かすかに涙が浮かんでいる。初めて聞いたヘスティア様の心からの懇願に、俺は彼女の手を握り返す。

 

「俺はどこにも行かないさ、ヘスティア様。俺はこのファミリアの一員だ、どんな事があっても必ず生きて帰ってくる……約束する」

 

「……うん」

 

 泣きそうになるヘスティア様を慰めながら、首飾りをつける。まるで俺の中の何かに呼応するかのように光を放ち、やがて収まった。

 

「気に入ってくれた?」

 

「ああ……すごく」

 

 宝石を握り、目を瞑る。何が起きたのかは分からないが、ヘスティア様がすぐ近くにいるようで安心する。

 

「なら良かった!」

 

 顔を上げるとさっきまで泣きそうになっていた彼女の表情は、既に笑顔に満ち溢れており、俺に元気な声でそう言った。

 

「用事を思い出したんだろう? なら早く行かなきゃ! すぐ終わらせて、ベル君とボクと三人で祭りを楽しもうぜ!」

 

「ああ……すぐ戻るさ」

 

 ヘスティア様はグッと親指を立て、俺を見送る。幾分か元気を分けてもらった俺は、俺を呼ぶ視線の大元である闘技場の裏方へと歩みを進め始めた。

 

 

 ☥

 

 

「……あら、やっと来たのね」

 

「……あんたが俺をここに呼んだのか?」

 

 奥から聞こえた美しい声。ローブを被った後ろ姿からでも彼女がヘスティア様と同じ神だと理解するのにそう時間は有しなかった。彼女がローブを取り外す。長い銀髪に全てを虜にするような瞳を持っており、美の女神だと言われているのは彼女だろうと大方予想がついた。

 心の隙間に入ってくるかのように、いつの間にか俺の近くに寄ってきて俺の頬を撫であげる。甘い香りと滑らかな指先に一瞬翻弄されそうになったが、意志を強く持って俺は彼女の手を弾き飛ばした。

 

「触るな」

 

「……まあ、私に触れられて魅入られない子がいるなんてね。それほど想っている子がいるのかしら、妬いちゃうわ」

 

 クスクスと笑う彼女に対して、だんだんと苛立ちが募ってくる。

 

「こんなところで何してるんだあんたは? なんで俺を呼び出した?」

 

「私のことを知りたいの? 想ってる子がいるのになかなか積極的ね。やっぱりいいわ、あなた」

 

「言葉遊びはやめて質問に答えろ!」

 

 飄々とした彼女の態度に思わず声を荒らげてしまう。今まで色んな神を見てきたが、彼女はその中でもずば抜けて食えない性格をしていた。腹の底が見えない彼女にどうしても焦りを覚えてしまう。

 

「……そうね、じゃあ言おうかしら。モンスターたち(この子たち)に、外へ出て暴れてもらおうと思ってるの」

 

「……なんのためにだ?」

 

「それは言えないわ……でも、あなたのお友達の白い子や、あなたを助けてくれた小さな神様が危険に巻き込まれることは間違いないでしょうね?」

 

 そう彼女が発言した瞬間、彼女の首に俺の刃が突き立てられる。

 

「ベルやヘスティア様に指一本触れてみろ……どうなっても知らないぞ!」

 

「あら、怖いわね」

 

 目的を言わないといいながら、遠回しにベルとヘスティア様を襲うと言っている彼女の猟奇的な性格に飲まれ始める。怖いと言いつつも余裕な笑みを浮かべる彼女が尚も不気味に映る。

 

「でも、ここであなたに足止めされていられるほど、私には時間が無いの」

 

「……ッ!?」

 

 俺は刃を突き立てたまま、彼女と一時の時間を過ごす。すると後ろから、今までにないほどの悪寒が背筋を伝う。振り向けない……一体後ろに……何が……。

 

「……でも、あなたの相手はこの子達じゃないわ」

 

 ニヤリと笑った彼女が、後ろにいるなにかに声をかける。

 

「オッタル……」

 

『オッタル』……その名が聞こえた途端、俺の首が強い力で鷲掴まれ、そのまま遠くの木箱へと投げ飛ばされる。ガシャン、と音を立てガラガラと崩れる木箱に俺は下敷きになる。

 

「相手をしてあげなさい」

 

「仰せのままに、フレイヤ様」

 

「……げっほ、げほっ……」

 

 木箱をどけ、アザのできた首を擦りながら俺は立ち上がる。俺の目の前に立ちはだかる大男、彼の名は俺でも聞いたことがある。【フレイヤ・ファミリア】に所属する、このオラリオで唯一のレベル7、二つ名は『猛者(おうじゃ)』、猪人(ボアズ)のオッタル。

 

「フレイヤ様の命令だ、来い」

 

 彼の冷徹な声色が辺り一面に響きわたる。その瞬間この無謀な戦いの火蓋が、切って落とされた。

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