ダンジョンに闇の王子が迷い込むのは間違っているだろうか。   作:即席社会人

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主人公の名前は、白猫プロジェクトに登場する記憶をなくした男グレンとは関係がありません。ご了承ください。


9.開花する脅威

「うおおおおおっ!!!」

 

「──フン!」

 

 普通であれば相容れぬ二人が激突する。レベル7のオッタルと、名も無き駆け出しの冒険者。でも何故だろう、私の心は激しく高揚している。全く違う二つの魂を同時に見つけ、子供のようにはしゃいでしまったあの日を思い出す。あの時、少年(ベル)の魂を見つけてから、時を置かずして見つけた彼の魂。綺麗で、透き通っていて、未熟でまだまだ弱いあの子の魂とはまた違う真っ黒に染まった魂。しかし汚れているのではなく、美の女神である私が吸い込まれそうになったほどの漆黒の魂。しかも内にはまだ何かを秘めている。それがどんなものかも想像がつかなかった。でも分かる、それはとっても危険なもの。呼び覚ましてはいけないもの……たとえそう分かっていても、すっかり彼の魂にある刺激に当てられた私は、いてもたってもいられなくなってしまった。

 彼にオッタルをぶつけたのは正解だった。戦い、傷つき、その中で光る彼の黒い魂は惚れ惚れするほど美しく、酔いしれてしまうほど甘美なものだ、今すぐにでも食べてしまいたいほどに。

 でもまだよ、まだ彼は蕾。摘み取って飾るにはまだ早い。

 

「……ヘスティアもずるいわね、こんな二人があの子の団員だなんて」

 

 私は、そんな言葉をぽつりと呟く自分に驚きを隠せない。今までなんの不自由もなく全てを手に入れてきた私が、二人だけしか子どもたちがいない彼女の全てに嫉妬している。

 でも、そんな状況もたまらなく楽しい。もっと私に見せて、あなたの魂の輝きを、あなたの全てを……ね。

 

 

 ☥

 

 

「もう終わりか?」

 

「クソッ……!!」

 

 息を切らして、地面に手をつく。剣を突き立てて何とか立ち上がり、再びオッタルを睨みつける。オッタルは今まで、俺の剣撃の全てを足の一歩も動かさず、その上素手で受け止めている。全力で押そうが不意をつこうが、その全てが弾き飛ばされて無に帰る。

 息を整え、俺は再び突撃する。俺ができる最高速度で剣を振るい、弾かれても弾かれてもその度に速く、鋭く剣を振るう。

 

(今だ……!!)

 

「はあっ!!」

 

 剣を上に弾かれた瞬間、俺は剣から手を離し、オッタルの顔面に回し蹴りをお見舞いする。完全に入った! そう希望を持ったのもつかの間、オッタルの顔周りの砂煙が晴れると、どういうことか完全にガードされていた。

 

「弱い……」

 

「うおおおっ!?」

 

 オッタルは落胆してそう呟き、顔の横にある俺の足を掴んで壁へと投げ飛ばす。ガシャン! とモンスターが入っている檻にぶつかる。

 

「がはっ……!!」

 

『ギャアギャアッ!!』

 

『ヴォォオオッ!!』

 

 内蔵が圧迫され息が止まる。檻にいたモンスターは、突然の衝撃で大きく喚き声を挙げる。フラフラと立ち上がり、血で赤く染まった目で前を見る。オッタルは決して前に詰めてこない。一歩も動かず、ただそこに佇んでいた。

 俺はあの一撃で、オッタルが全ての攻撃を防いできた全貌が分かる。

 

 

 実力に差がありすぎる。

 

 

 ただ、それだけだった。俺の全力の連撃も、力を込めた重撃もオッタルにとっては蚊に刺された程度。不意を突いた一撃も、彼にとっては止まって見えるのだろう。技術でどうこう出来る領域など、ハナから存在していなかったのだ。

 こんな実力差じゃあ、逃げることも出来ることも出来ない。俺は再び覚悟を決め、もう一度剣を前に構える。

 

「そうだ、それでいい。もっと足掻いてみろ」

 

 それを見たオッタルは不敵な笑みを浮かべてそう言った。

 

「クッソおおおおおっ!!!」

 

 俺は再び飛びかかる。愚策だなんてとっくの昔に理解している、だが、今の俺にはこれしか出来なかった。剣を何度も振るって振るって……振るいまくる。すると次第にオッタルの笑みが消え、徐々に怒りの表情へと切り替わっていく。

 

「フレイヤ様に見初められた人間とは思えん……ガッカリだ」

 

「……!!」

 

「終わりにするぞ」

 

 オッタルの冷たい声が全身に突き刺さる。一瞬身を固まらせたその瞬間、ズン、と全身に衝撃が走る。次に腹の底から血が上ってくるのを感じた。理解した時にはもう手遅れだった。俺は、オッタルから反撃を食らったのだ。奴の硬い拳が深々と俺の腹に突き刺さっている。骨が砕け、内蔵が潰れる音が内側から聞こえる。

 

「が……は……っ」

 

 全ての衝撃を一点に集中させた一撃を受けた俺は、吹き飛ばされることも無く、叩きつけられることも無く、ただそこに膝をついてゆっくりと地面へ倒れ込む。無様に口から血を流しながら、俺の意識は遠のいていく。俺は……ここで死ぬのか……もう、指の一本動かす気力すらない。最後に見たのは、俺の血にまみれた拳を握りしめる、オッタルの姿だった。

 

 

 ☥

 

 

「……フレイヤ様」

 

「殺しちゃだめでしょうオッタル? いずれ私のものになるはずだったのに……」

 

「申し訳ありません、フレイヤ様。全ては自分の身勝手な行動によるもの、いかなる処罰も受けるつもりです」

 

 そう言ってオッタルは、私の前に膝を着く。しかし私はそれよりも、目の前で消えゆく魂の光が惜しくてたまらなかった。それと同時に少し残念にも思った。彼の消えゆく魂の、その先に輝きが見えないことに。彼には少し期待しすぎたのかもしれないと落胆する。しかし、少し落ち着きを取り戻し、モンスターの入った檻の鍵を開けようとしたその時、ピクリと彼の指先が動いたのを私は見逃さなかった。

 

「……待って、オッタル」

 

 彼の胸の奥から、緑の光が発せられる。彼はまだ、生きている。そしてまだ、戦う意志を宿している。枯れかけた蕾が息を吹き返すのを感じる。

 

「ああ……そうよ……もう一度立ちなさい。そして私を楽しませて!」

 

 神々の存在を脅かすであろう脅威が、ついに開花する。そんな彼に、私は恍惚な声を上げた。

 

 

 ☥

 

 

 結局俺は……何も出来なかった。

 暗闇に沈む意識の中、俺は自分の不甲斐なさに腹を立てる。何が闇の王子だ……こんな情けない俺が、誰を助けられるっていうんだ……! 街のみんなも……ベルも……ヘスティア様も……そして、アイリスも……。

 こんな俺じゃあ、誰も守れない。また失って惨めな思いをするだけだ。

 そんなのもう、耐えられない……。

 

(すまない……ヘスティア様……俺は、もう……)

 

 薄れゆく意識の中、俺は頭の中で謝罪する。

 

「……な、なんだ?」

 

 全てを諦めて楽になろうとしたその時、胸の中心から緑の光が発せられる。

 

『……あの子たちの、力になりたいんだ!』

 

 突如目の前に、ヘスティア様の姿が映し出される。見たことの無い一室で、彼女は眼帯をした一人の女性の前でずっと頭を下げていた。

 

「なんだ……これ」

 

『ベル君は、あの子は今変わろうとしてる。一つの目標を見つけて、高く険しい道のりを走り出そうとしてる! ……グレン君は、ボクには想像できないほどの何かを背負っている! その重圧に耐えながら、誰かとの約束を果たそうと必死にもがいてる!』

 

 泣きそうな声のヘスティア様が、俺たちの全てを語っていた。

 

『だから欲しい! あの子たちを手助けしてやれる力が! あの子たちの道を切り開ける装備が!』

 

「……!!」

 

 その一言を境に急激に場面が切り替わる。

 

『これは、君が自分を見失いそうになった時……自分を忘れそうになった時の道標だと思って欲しい。君の心に答えて、この首飾り(ペンダント)は力を貸してくれる』

 

 これは、さっきのヘスティア様だ。

 

『この首飾り(ペンダント)に誓って約束して欲しい……お願いだ、どんな事があってもボクたちを置いて勝手にいかないで、困ったらボクを……ベル君を頼って』

 

 そうだ……俺は……。

 

『俺はどこにも行かないさ、ヘスティア様。俺はこのファミリアの一員だ、どんな事があっても必ず生きて帰ってくる……約束する』

 

 俺は、約束したんだ。どこにも行かないって、必ず生きて帰るって……! 

 燻っていた俺の命の炎が再び燃え始める。

 ヘスティア様は……突然現れた俺を、なんの理由もなく介抱してくれた。目覚めたあとも、身寄りのない俺を、たった数日しか関わったことがないのに家族として迎え入れてくれた。そして今も、俺を理解しようとずっとずっと頑張ってくれている。

 彼女に散々命を救って貰っておいて、俺は勝手に死んでもいいのかよ……! 勝手に諦めていいのかよ……! 

 

「良い訳ないだろ……!!」

 

 今、二人の身に大きな危険が迫ってる。それを知っているのは俺、ただ一人だ。ここで俺が立ち上がらなくて、一体誰が立ち上がるんだ。一体誰がフレイヤとオッタル(奴ら)に立ち向かうって言うんだ! 

 

 俺は血が滲むほど拳を握りしめ、閉じていた目を大きく見開く。

 

 何度でも立ち上がってやる、何度でも挑んでやる。今度こそ……今度こそ……! 

 

「今度こそ……俺は約束を守るんだ!」

 

 

 ☥

 

 

「……ま、待てよ」

 

 現世に意識を取り戻した俺は、その指を、その腕を、その足を、その体をゆっくりと持ち上げる。血にまみれ、血反吐を吐きながらもう一度立ち上がる。満身創痍だというのに、何故かいつもより体が軽い。『誓いの首飾り(ペンダント)』の光が、ヘスティア様が俺に力を分け与えてくれている。

 

「……まだ、終わりじゃないぞ」

 

 それだけじゃない。俺の周りに昔馴染んだ力が流れ込んでくる。ユラユラとした黒い波動が俺の体に吸収されていく。

 

「ここからが本当の勝負だ、オッタル!」

 

 俺の叫び声に、今まで後ろを向いていたオッタルが俺に顔を向ける。その顔は先程の怒りの表情は消えており、俺の目覚めを喜ぶかのような視線を向けていた。

 

「はああああああああっ!!!」

 

 体に集まった黒い波動を、俺は一気に爆発させる。長い眠りを経て、ついに俺の力の一部が──『闇』が覚醒した。

 

「ようやく、花が開いたわ……」

 

 フレイヤの言葉と時同じくして、俺が闇の中から姿を現す。背中には巨大な黒翼、左腕には漆黒のガントレットが発現していた。俺は臨戦態勢に入っているオッタルを見つめ、突き刺さっていた大剣を手に取る。

 

 すると、大剣の形がみるみるうちに変化していく。闇から晴れたその剣は、あの時俺が持っていた『黒の大剣』だったのだ。こいつも俺と同じくこの世界に落ち、そして今、俺の闇の力に影響を受けて本来の姿を取り戻したのだろう。通りで、初めて握った時から不思議な馴染みを感じていたのか。

 

「準備は整ったか?」

 

「ああ……おかげさまで」

 

「ならば……来い!」

 

 オッタルの言葉を皮切りに、俺は翼を広げて宙を滑空する。先程の数倍のスピードでオッタルの元へと寄り、オッタルの体を真っ二つにしようと大剣を振り下ろす。その時初めて、手応えがなかった(・・・・・・・・)

 

「……避けたな、オッタル」

 

 そう、今まで全ての攻撃を腕一本で防いでいたオッタルが、初めて俺の攻撃を避けたのだ。身一つで大剣を躱し、反撃の拳を振り上げる。俺は翼を羽ばたかせて後ろへ下がる。

 

「……お前にとって力とはなんだ?」

 

「なんだよ急に……」

 

「答えろ」

 

 オッタルが発する急な問い。なぜ今と疑問を持ったが、オッタルはそれを聞く余地を与えてはくれなかった。

 俺にとっての力……か。俺は一度胸に手を当て、今までの出来事を思い返す。そこから導き出した俺の答えは一つしかなかった。

 

「みんなを……あんたたちみたいな身勝手な連中から、守るためのものだ」

 

「……それだけか?」

 

「他に何がある?」

 

「……浅いな」

 

「今はそれだけで十分だ」

 

 短い問答を終え、再び互いに構えを取る。すると、オッタルが初めて積極的に攻撃に乗り出してきたのだ。

 覚醒した俺のさらに数倍のスピードで距離を詰めてきたオッタルに、俺は剣を構えて迎撃の体制を取る。俺の剣よりも圧倒的に素早く、重い拳の連撃が奴の両腕から繰り出される。その連撃を、俺はできる限り受け流していた。いくら闇の力が目覚めたとはいえ、次直撃を喰らえば死は避けられない。あまりにも綿密な連撃に、攻撃の隙が見つからない……一体どうすれば……そう苦悶していた時、俺は無意識に闇の力を大量に目に流し込んでいた。そして突如周りの世界がスロウに映り出したことに、俺は困惑する。

 何が起きたのか分からなかったが、オッタルの動きをゆっくりと観察することが出来る絶好の機会だった。右、左、上、下、正面……拳の動きを綿密に把握する。

 

(……!! ここだ!)

 

 その中でようやく見つけた奴の隙。その隙を突くかのように、俺はオッタルの脇腹をするりと通り抜けて腕を切り付ける。

 

「何……!?」

 

 オッタルは驚愕していた、自分の攻撃中に背後を取られたことに。それも、圧倒的格下の俺に。そして奴は自分の腕を見る。少しばかり切り傷が入って血が一滴落ちていた。

 

「これだけやってようやく皮一枚か……」

 

 俺は奴の腕を本気で切り落とすつもりの斬撃を発したつもりだった。だが、相手が悪かったのだ。オッタルはレベル7、レベル1の俺の斬撃など、強化しようとも致命傷にはなり得なかったのだ。

 オッタルは再び詰め寄り、連撃を俺に浴びせてくる。

 

(もう一度……もう一度俺にチャンスをくれ……!!)

 

 その時は、もっと速く……もっと重く……もっと鋭い一撃を……!! 

 

 そう願って俺は耐え続ける。するとついに、あの時と同じ隙をオッタルは俺に晒したのだった。

 

 決めてやる……!! 今度こそ……!! 

 

 俺は勇気を出して一歩を踏み込み、もう一度オッタルの腕に狙いを定める。その腕に大剣を振り下ろそうとしたその時、腹に大きな衝撃を再び受けた。

 

「……ごふっ……!!」

 

「何度も同じミスを、俺はしない」

 

 オッタルの膝蹴りが俺の腹に直撃していた。俺は弾き飛ばされ、ゴロゴロと地面を転がる。魔力が尽きたのか、背中の翼とガントレットが霧散する。もう俺に、まともに動く体力など残ってなかった。

 

「お前は確かに強くなった。だが、お前は力の本質というものを理解していない。それを見つけられん限り、俺には絶対に届かん」

 

 その言葉を残して、オッタルはフレイヤの元へと行く。待て……! やめろ……! 何度も手を伸ばし、奴らを止めようとする。声にならない声が、俺の心の中で響き渡る。しかし、そんな足掻きも虚しく俺は奴らの後ろ姿を最後に、意識を落とした。

 

「また会いましょう……グレン」

 

 

 ☥

 

 

「この禍々しい力は……一体」

 

 オッタルとグレンの激闘から数十分。闘技場の近くを通ったエルフ、リヴェリアが闘技場の裏方へと足を運んだ。理由は、あの時発せられたグレンからの闇の力、その調査のためである。

 

「彼が……まさか」

 

 そこで彼女は、裏方の真ん中で倒れているグレンを発見する。その体から発せられている闇のオーラから、彼がこの闇の力を発した者だと直感的に判断する。また、どうしてか大怪我を負っているため、事情聴取と治療も兼ねて、彼女の所属している【ロキ・ファミリア】のホーム『黄昏の館』へと彼を運ぶことにした。

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