広々としたリビング、そこでは犬埜が炭酸水の瓶をぐびっと音を立ててソファーに座っていた。
「おつ、怜。どうだった娘ちゃん」
「寝てくれました。でも意外ですね…ケンが子供を連れてくるなんて。さすがの僕でも驚きましたよ」
超が付くほどに気まぐれな犬埜。子供が死のうと老婆が目の前で倒れようとまるで石っころでものようにと動じることなく通り過ぎる彼が、倒れていた子供を拾ってくるなんてすごく珍しい事であった。
「どーいう風の吹き回しですか?」
「んー…気まぐれかな。でもあの子をオレ達の娘にする」
「娘?…家族ごっこでもするつもりですか」
「それとはまた違うけど…オレ達ってフーフ、なんだろ?」
キラッと光る薬指のシルバーリング。
愛を誓い合った者の証。
怜はふっと笑って犬埜の頬を優しく撫でた。
「フッ…そうですね。僕らは夫婦だ。僕のかわいいかわいいケン…」
チュッ…
響くリップ音は徐々に吐息と共に混ざって激しくなっていく。
「っ…はぁっ…れぇん」
「ふっ…なんて顔をするんだ。ケン…この先は片づけが済んだらね」
寸止めを食らったようなもどかしい顔をする犬埜。その顔が余計にそそられる。
「(まぁ…犬埜ことだ。飽きたらどうせ可哀そうだが用済みになるだろう…)」
ココはそんな街。温かさもない悪行という欲の塊…仲間だった奴が明日には裏切るかもしれない。それが当たり前の所であり無法地帯のスラム街。
朝、窓から差し込む日差しで目が覚めた。
ゆっくりと体を起こした。大きな服を見て昨日のことを思い出した。
傷も癒え、体の調子がいいと感じる。周りを改めて見渡すと狭い部屋、だるまストーブにベットと窓があるだけの殺伐とした光景だった。
その部屋から出ると広々としたリビング。
「…いない」
そう呟いて周りを見渡すと右側にもう一つ部屋があった。扉は細く開いている。
少女は大きなシャツを引きずりながらその扉に向かい、ゆっくりとドアを開けた。そこには抱きしめあうようにぐっすりと眠る二人がいた。
少女はゆっくりとベットに近寄った。下は毛布でわからないが上半身裸の二人、背中を向けている犬埜の背中は古傷だらけ、それまでの人生を物語っているようだった。
だがそれとはまた別に真新しい噛み痕があり、そこが気になったのか少女はその痕にそっと触れようと腕を伸ばした。
バッ!!!
何が起こったのかわからなかった。犬埜はその気配を感じ取ったのか一瞬で起き上がり、少女の腕をつかみ上げ殺気を含んだ目で睨みつけていた。
「…んぁっ…なぁーんだ!娘ちゃんじゃん。忘れてたよ。危うく殺すところだった…起きてきたんだね」
犬埜は寝ぼけていた目が覚めたかのように先ほどの殺気がなくなり、少女を全裸でギュッと抱きしめた。
「んっ…ケン、どうしました」
「娘ちゃんが起きてきた」
騒がしい声に大きなあくびをする怜。起き上がると無抵抗な少女が裸体の男に抱きしめられている。パッと見れば通報されるだろう光景。
「おはようございます。よく寝れましたか?」
「うん…」
小さい返事にニコッとほほ笑む怜。少女の頭を撫でた。
「あっ、ケン。腕が赤くなってますよこの子。駄目じゃないですか優しくしないと」
先ほど犬埜に腕を力ずよく握られた為か手痕が赤く残っている。
その指摘に犬埜はバツが悪そうな表情を浮かべた。ごめんねーと軽い謝罪。
「さっ、服を着てみんなでご飯にしましょうか」
少女を下して、リビングで待っているように伝えた。
しばらくすると、まだ眠そうな犬埜と身綺麗に整った怜が部屋から現れた。怜はそのままキッチンに向かい。犬埜はそのまま少女とおんなじソファーに座る。
「ねぇ、昨日も聞いたけどさなーんにも覚えてないの?」
「…わからない。名前も…わからない…」
「ふーん…じゃあさパパとママは?」
「まま…ぱぱ…覚えてない…でもわたしいらないって言われた…」
こんな街では捨てられた子供など珍しくない話。驚くことはなかった。
「そーなんだ。そしたら捨てられたモノを拾ったんだから、オレ達の娘ちゃんだよね」
「…むすめ…」
「そう、オレ達は殺しも盗みも全部する。それがお仕事なの。この街で最強なの。君を狙う悪いゴミも全部オレたちが消してあげるし、君が食べたいご飯もあげるし、オレ達娘ちゃんを大事にするよ。どーする?」
犬埜を見つめる少女。ピクリとも動かない無表情に怜は後ろから朝食を持って声をかける。
「ケンはこう言ってますが、君はここから出で行くのも僕らは止めません。おまかせしますよ」
ニコッとほほ笑む怜。でもどこか冷たい
「わたし、ここにいたい…」
その答えに犬埜はパァッと明るくなった。見えないはずのしっぽが見える
「じゃあこれでオレ達の子だ。ならさ、娘ちゃんを捨てた元ママとパパはいらないね。今日殺してこようかなぁ。どこにも行けないように」
殺してくる…無邪気な笑顔でまるでコンビニでも行ってくるように放つ言葉に怜はニコッとほほ笑むだけだった。
少女もそのことを言われても特に表情を変えることもなく、黙々と朝食を口にする。
「美味しいですか?」
「うん・・・」
「なぁ、娘ちゃんっていうのも呼びにくいからさぁ・・・名前決めねぇ?」
「そうですね・・・今後考えたらですね」
「そういえばあの日満月だったんだよねぇ〜・・・どっかの国では満月にはウサギが住むって良くいうよね?」
「そんな話も聞きますね・・・じゃあレープレってのはどうですか?」
「まんまだなぁ」
「それがいい・・・」
あまり話さなかった少女が初めて自分から意見をした。それに対して二人は少し意外な顔をしたが、その子が言うならと名前名前が決まった。
「レープレ!オレ達の娘ちゃん!レープレ!!」
「ケン、落ち着いて。早くご飯食べないと冷めてしまいますよ」
「・・・二人はワタシのママとパパ?・・・」
「あー・・・そうだね!オレがパパ!怜がママだよー」
「ママ・・・パパ・・・ワタシの」
レープレは静かにクスッと微笑んだ