「アリアナちゃん、やっぱり結婚しようよ。」
「私はこの夏に運命の人と出会う予定なの。」
もはやお決まりとなったやり取りを交わしながらホグワーツ特急に乗り込む。アルバスとフィニアスの後ろからついてくるオリヴィアが目を輝かせた。
「アリアナ、運命の人と出会うのですか? 今年? 占いでまた何か出たのですか? 」
オリヴィアは占い学がぶっちぎりのトップである。夢で運命の人と出会うことを見たというアルバスの適当な誤魔化しを疑いもせず信じたあたり、彼女は占いとかそう言った類のものが大好きなロマンチストだ。
「夢に見たの。私が運命の人と出会うのは今年の夏だってね。」
ゲラートがゴドリックの谷を訪れるのはアルバスが卒業した年の夏。フィニアスは見聞を広めるために卒業旅行に行くというので誘われたが、若い男女がふたりで旅など言語道断と一蹴した。今年の夏はゲラートと出会う予定なのだから忙しいのである。
新たな人生を歩み始めて18年、盛大に開き直っているので運命の人くらいは恥ずかしげもなく言える。
「……アリアナ、わたくし、あなたとは卒業してもお友達でいてさしあげますわ。だ、だから困ったことがあったらすぐに言うんですのよ? マルフォイ夫人にできぬことなどございません! 」
「ありがとう、オリヴィア。頼もしいわ。」
笑いながらアルバスは杖を振り、トランクをコンパートメントの中におさめていく。スリザリンの女帝なんていうあだ名はまったくもって不本意ではあったが、ブラックとマルフォイという純血貴族二大巨頭と繋がりを得られたのは大きな収穫だ。ブラックもマルフォイも巧みな手腕でもってアルバスの前に大きな壁として立ちふさがっていたのだから。逆に言えば、味方にしてしまえばこれほど強いものもない。貴族の子女に絡まれても返り討ちにしていたらそれもそれで色々と伝手ができたのは想定外だったが結果オーライと言ったいいだろう。だが“スリザリンの女帝”なんて呼ばれるのはまったくもって不本意である。君臨した覚えはない。
「運命の人に出会ったらわたくしに真っ先に教えること、わかりましたわね? 私がアリアナの想い人を知らないことなどあってはならないのです、わたくしはマルフォイ夫人ですから! 」
自分の想い人、つまりゲラートのことを知ることとマルフォイ夫人であることは関係ないような気もするが、彼女の中では独自の理屈が成り立っているのだろう。アルバスは適当にありがとうと微笑んでおいた。
「じゃあオリヴィア、監督生の仕事をしてくるわね。」
一通り話し終えたところでフィニアスとふたりして席を立ち、オリヴィアに軽く手を振る。首席を爆走し、半純血でありながらも純血貴族の一部にすら畏れられているというところでオリヴィアを差し置いて監督生に選ばれたのである。五年生の夏休み明けの彼女は嫉妬もせず祝福してくれたのだから、つくづくオリヴィアは素直でいい子だ。そんなに素直で純粋でマルフォイ夫人が務まるのかということは聞いてはならない。そこは彼女の心をいかに守るか、オリヴィアの夫の腕の見せ所である。
もちろんアルバスはホグワーツの賞という賞も総なめにしている。一度やったのだし、純血貴族二大巨頭の助けもあるのだから前回よりよほどスムーズに行ったのは当然のことである。ホグワーツ始まって以来の秀才などと称されたが、アルバスの記録はトム・リドルになら破られてもおかしくない。前世はトムが入学してきた頃に色々追い詰められていて余裕がなかったがゆえに何故か敵視らしきものをしてしまっていたが、今回は両親も健在だしゲラートと道を分かつ要素もないし追い詰められっこないのである。今のアルバスの心は海よりも広い。
さて、今年の夏は一体どうなるか。ほぼ百年越しに会う想い人を浮かべ、アルバスは緩む口元を引き締めた。
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「ただいま、父さん、母さん! 」
暴行事件は返り討ちにしたが、ゴドリックの谷に来なければゲラートと会えるはずもないのでいつだったかグリフィンドールの生誕地に住みたいと駄々をこねて引っ越したのである。今生の両親は一人娘にとことん甘い。前回のハードモードは何だったのかと思うくらいのイージーモードである。
「お帰りなさい、アル! 卒業おめでとう! 」
成長期を過ぎても前回ほどに身長は伸びず、ケンドラと同じか少し小さいくらいの背丈である。これではゲラートと並べば随分小柄に見えそうだ、と思いながらアルバスは母にハグを返した。
「ありがとう、母さん。もちろん首席よ。」
「ああ、さすがアルね! 首席だなんてすごいわ。今日の夕食はアルが好きなものばかりよ、楽しみにしていて! 」
ころころと笑い、ケンドラはアルバスの頬にキスを送った。
「お帰り、アル。卒業おめでとう! 」
父からも祝福の言葉をもらい、アルバスは顔を綻ばせた。ホグワーツ卒業時に両親健在とは何と素晴らしいのであろう。前回は卒業祝いもろくにできず、色々と不完全燃焼だっただけにこの状況がどれほど有難いものか実感できる。
「ただいま、父さん。今日の夕食は私の好きなものばかりって聞いたわ。百味ビーンズを代わりに選んでくれる? 」
百味ビーンズでまともな味がひけない運の悪さくらい修正してくれても良いのに。新たな生を受けてこの方思ってきたことをもう一度思いつつ、父にそう聞く。もちろんだと頷いて抱きしめてくれた父にまたハグを返す。
明日にでもバチルダの家を訪ねてみることとしよう―――それはともかくとして、今日はまず卒業パーティーを楽しまねば損である。父と母の温もりを感じながら、アルバスは百味ビーンズで父がまともな味を引き当てますようにと小さな願い事をしてみた。
ちなみに、百味ビーンズは腐った卵味だった。当たりはいつになったらひけるのか。
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朝6時きっかり、寮生活で身についた規則正しい生活は今も健在である。正確な体内時計によって起きたアルバスはクローゼットを開けた。今日はバチルダの元に行こうと思ってはいるが、どのような格好をしていこうか。好きな人に会うかもしれないのならばおめかししたいと思うのが女心―――彼は百年以上男をやってきたはずだが、女への適応力は諸事情あってとっても高いのである―――というもの。赤毛に映えるのは何色か。髪飾りは、髪型は、ドレッサーの前で小一時間ほど試行錯誤する。オリヴィアのおかげで鍛えられた美的センスはもう濃紫の派手なスーツを選ばせるようなものではない。ゴドリックの谷は割合日差しも強いので日差しに弱い白人としては長袖以外の選択肢はあまりない。日光遮断の魔法もあるにはあるが、制汗魔法の方が楽だからやはり長袖である。
「アル、朝食ができたわよ。出てきなさい! 」
「今行くわ、母さん! 」
朝食を食いっぱぐれてはかなわない。純血貴族たちから何故か貢がれてきた一級品の髪飾りを目の前に唸っていたアルバスは席を立った。
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「ハァイ、バチルダ。いるかしら? 」
コーディネートには悩んだものの、最終的にはオリヴィアが選んでくれたシンプルながらもお洒落な一式に身を包んだアルバスはバグショット家を訪ねた。ゲラートと初めて出会ったのはホグワーツから帰ってきて数日目だったから今日いるのかは定かではないが、待ちきれるはずがないのだ。
「バチルダは今は不在だよ、お嬢さん。」
きらりと金髪が光った。は、とアルバスは息をのむ。ゲラートだ。会うのは、一体いつぶりだろうか。おや、とその眉が上げられるのは見逃さなかった。
「―――私には、ある一つの好きな言葉がある。“より大きな善の為に”と言うんだが……聞き覚えは? 」
逃さないとでもいうように細められたオッドアイは見慣れたもので。くすりとアルバスは微笑んだ。なるほど、そういうことか。
「ええ、もちろん。その昔、私が恋人と一緒に考えた言葉と同じだわ。」
オッドアイとブルーアイズがかち合う。合わなかった分の歳月を取り戻すには、それで十分だった。お互いにはお互いしかいないことはわかっている。いくら話しても話題は尽きないし、互いの考えは手に取るようにわかる。
「久しいな、アルバス。」
「今は“アリアナ・ダンブルドア”よ。その名前で構わないけど、他の人の前では気をつけてね。」
「アリアナ、か。お前がそんな名前になっているとはな。」
「皮肉なものでしょう―――いえ、今はそんなことはどうでもいいわ。あなたが記憶持ちだっていうのなら話は早いわね。単刀直入に言うわ、ゲラート。ホグワーツ首席たる私とダームストラング首席たるあなたの子どもなら、さぞかし優秀な子が生まれるんじゃない? 」
「そんなプロポーズの仕方は初めて聞いたな。試してみるか? 」
「望むところよ。今すぐ魔法省まで行って籍を入れましょうか? 」
打てば響くように答えが返ってくる。こんなに会話を楽しむのは久しぶりだ。自然と口角が上がり、時間が足りないことを示すように早口になっていく。
そして、帰ってこない自分を心配してバグショット家に迎えに来た両親にアルバスは宣言した。
「父さん、母さん。私、彼と結婚するわ。」
父はまだ嫁には行かせんと叫び、母はまあと目を輝かせる。そこにバチルダが帰ってきたものだから情報は正にカオスと言って差し支えないものだったが、当の本人たちはそんなことには構わなかった。
翌日の予言者新聞の一面を『ホグワーツ始まって以来の天才と称されたアリアナ・ダンブルドア、電撃結婚』などという記事が飾り、フィニアスを引き連れたオリヴィアがゴドリックの谷に乗り込んでくるのも遠くないことである。