『―――ホグワーツ始まって以来の天才と謳われたアリアナ・ダンブルドア、電撃結婚か』
ふくろうが運んできた予言者新聞の一面の記事を見たアルバスはふうんとおざなりに頷いた。一体どこから情報が漏れたのか。どこかにコガネムシさんのお仲間でもいるのだろうか、今度虫取り網でも構えてその辺の森でも走りまわってみよう。
「どうした、アルバス? 」
「ええ、この記事。」
昨日の今日でそんな無防備に男を家にあげるなと父親が卒倒したが、そんなことは知ったことではない。あれはさすがに過保護だし今さらゲラート相手に何だというのだ。前世での話だがやることはやってるし。後ろから抱きしめてきたゲラートにアルバスは記事を見せた。
「情報が早いな。動物もどきか? 」
「さすが頭の回転が速いわね。虫取り網でも持って森にでも出る? 」
肩口に乗せられた頭からくつりと笑うような声が聞こえ、アルバスは眉を寄せる。
「そんなに面白いの。」
「いや、その口調が。もうすっかり女性になったということかと思ってな。」
「18年も女をやっているのよ。さすがに身に着くわ。寮生活だしボロを出すわけにもいかないじゃない。そんなわけで昔の口調には戻せないわよ? 」
肩をすくめて振り向けば頬にキスを落とされた。まったく、気障なものである。というか百年以上の溝はこんなにも簡単に埋まって良いものなのか。互いの相性がどれだけいいのかわかるというものである。
「アル、お客さんよ! 」
「どなた? 」
扉の向こうからした母の声にアルバスは問い返した。一体ここまで尋ねてくるとは誰か。
「ええっと……ブラックさんと、マルフォイさんというらしいわ。」
「わかったわ、今行くわね……まったく、フィニアスもオリヴィアも早すぎるわよ。」
「知り合いか? 」
「オリヴィアは同室者。マクミラン出身でマルフォイ夫人よ、マルフォイといえば純血二大巨頭の一つ。フィニアスは……そうね、腐れ縁? ホグワーツ特急で会って七年間口説かれ続けて。」
「決闘を申し込んでこようか。」
「あら、妬いた? 」
「アルバスは私のものだ。―――自分のものに手を出されて良い気分がすると? 」
ソファから立ち上がり、予言者新聞を机に置く。緩む口元をおさえられるはずもなかった。
「フィニアスは“アルバス”を知らないわよ。私、完璧にアリアナで通してたもの。父さんと母さんにだってアリアナとして振る舞ったし。」
「私以外にアルバスを知っている者がいてたまるか。当たり前だろう? お前を完璧に理解できるのは私だけだ。」
逆もまた然り―――そう、半身にすら等しいのだ。一緒にいれば何を考えているか何て言わなくても手に取るようにわかる。
「あら、それこそ当然じゃない。」
アルバスもゲラートの頬にキスを贈ってから扉に手をかける。さて、フィニアスとオリヴィアには何と言われるだろうか?
「―――ああ、アリアナ! 新聞を見ましたわ。本当ですの? あなた、結婚しますの?! 」
「ええ、本当よ。どこで情報が漏れたか知らないけれど結婚するわ。」
「じゃあ本当に運命の人と出会いましたのね? まあ、おめでとうございます! ねえアリアナ、早く紹介してくださいな。わたくし、アリアナの旦那様になる方が見たいですわ! アリアナに相応しいか見極めてさしあげましてよ! 」
相変わらずオリヴィアは元気いっぱいであるが、彼女が認めないと言ったってアルバスは何があってもゲラートと結婚する腹積もりである。お互いに百年以上拗らせ続ければ離れたくもなくなるというもの。
「彼よ。ゲラート・グリンデンバルド。ダームストラングの首席なの。」
精神年齢三桁ともなれば恥なんてものは宇宙のかなたにかなぐり捨てているものだ。一緒に応接室に出てきたゲラートの腕に抱きついてみれば腰に手を回されてぐいっと抱き寄せられた。異性同士なら堂々といちゃついても問題ないなど、何て都合のいい世界に生まれなおしたのだろうか。
「……ダームストラングは純血しか入学できないはずですわね。しかもその首席であり、金髪オッドアイの神秘的な美形……ええ、アリアナにお似合いですわ! 合格です! さあフィニアス、アリアナのことはさっさと諦めなさいな。ミスター・グリンデンバルドの方がずっと素敵です。フィニアスは残念なイケメンですものね。」
幼なじみにばっさりと切り捨てられたフィニアスは撃沈した。
「……僕、結構本気でアリアナちゃんのこと好きだったんだけど? 」
「心に決めた人がいるって言っていたでしょ? 純血王族ブラック家ならそれ相応の家の姫君がいくらでもいるでしょう。」
「やだ。純血貴族の女性はつまらない。」
「わたくしがつまらないと言っていますの、フィニアス? 良いですわ、半殺しにしてさしあげます。」
ふむ、とゲラートが首を傾げた。
「ミセス・マルフォイ。彼を半殺しにするなら手伝いましょう。私のアリアナに手を出すというのなら放ってはおけませんからね。」
ゲラートが取り出した杖におや、とアルバスは首を傾げた。
「今回も手に入れたのね。」
「何か問題でも? 」
ニワトコの杖。かつてアルバスも使っていた杖だ。五十年以上にわたりその主人であり続けたが、死の秘宝と呼ばれ、死に近いそれは正に呪われていると言って差し支えなかった。死の秘宝の一つである蘇りの石にかかっていた呪いを受け死にかけた身としては、若い頃には欲したものの呪われた品を愛する人に持っていてほしいなどとは思えるまい。
「……それ、呪われているとも言えるから。」
「私が使い方を誤るとでも? 」
「あなたがそれの使い方を心得ているのは知っているけど。」
アルバス・ダンブルドアとゲラート・グリンデンバルドの誰にも知られていない決闘。今回は起きないだろうが―――あの時、ゲラートは競り勝ったアルバスにニワトコの杖の使い方を教えた。アルバスはそれを受け入れた。そこで、ふたりはお互いに既に許し合っているのだ。何もかもがあまりにも相性が良すぎて、互いの隣が心地よすぎるのに状況が一緒にいることを許さなかった。この都合の良い世界で一緒にならずにどうするというのだ。
「あら、何か問題でもありますの、アリアナ? 」
「何でもないわ、オリヴィア。フィニアスを半殺しにするならどうぞご自由に。」
さすがにブラック家のご子息様を殺しはしないだろう。ここは魔法の世界なのだから生きてさえいれば大抵どうにでもなる。了解、と頷いたオリヴィアがフィニアスを引きつれて家を出ていったのでゲラートもそれを追っていった。ご丁寧にフィニアスに見せつけるように額にキスを贈ってから。アルバスはそれを優雅に紅茶を飲みながら見送った。お客様をほったらかして自分だけ楽しんで良いのかと? 彼らは彼らなりの楽しみ方をしているから良いのである。
まあ額へのキスなどキスの範囲にも入らないようなものではあるが、フィニアスにしてみれば呆然とすることだ。在学中はガードが固く異性と手を繋ぐやら腕を組むやらの行為さえ許さなかった彼女が無防備に距離を許しているのだから。
アルバスは防音呪文をかけ、外で行われていることに関しては知らないふりを決め込んだ。わかったことはといえば、一時間ほど後にオリヴィアとゲラートが何事もなかったかのように魂の抜けたフィニアスを連れて帰ってきたことくらい。彼は不憫属性かもしれない。
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「ところでゲラートはどこに就職するの? 」
フィニアスの魂が抜けたまま、彼を無視してアルバスは話を進めることにした。どうせすぐに立ち直ることだろうから放っておけば良い。
「そうだな……魔法省にでも。」
「闇祓いから局長、執行部部長、魔法大臣の出世街道ってところかしら。良いんじゃない? 」
ゲラートの優秀さはよく知っている。茶葉占いをしているオリヴィアを一瞥してからアルバスは頷いた。ゲラートが魔法省に就職して魔法省を掌握するのなら、前と同じくホグワーツに就職してホグワーツを握るのでも良いかもしれない。前回一番手こずったのはスリザリンだったが、不本意ながらスリザリンの女帝なんて呼ばれるほどには掌握できている。魔法界にグリンデンバルド閥を築いてみるのもまた一興、といったところか。
「ミスター・グリンデンバルド、魔法省に就職するのでしたらマルフォイが一筆書いて差し上げてもよろしくてよ。流石の魔法省でもマルフォイを無視などできないはずですわ。」
顔を上げたオリヴィアは豊かな胸を張った。
「助かる、ミセス・マルフォイ。それならば頼もうか。」
かくして、ダームストラングを放校されたゲラート・グリンデンバルドの就職先はイギリス魔法省闇祓いなんていう笑えるのか笑えないのかという事態になったが、アルバスとしては自分と彼が幸せなら良いのである。オリヴィアは親友が良いなら良いらしいし、マルフォイも将来の出世頭との伝手ができるのは悪いことではあるまい。
この後オリヴィアのバックアップの元出会って一週間もしない内に籍を入れ、今度は週刊魔女が下世話な興味をかきたてるような記事を載せることになるが、それはここでは割愛することにする。