01
夜の倉庫街。
人気のないこの時間帯は割と魔族絡みの事件が起こったりする。
特にこの魔族特区絃神島ではその性質上、魔族絡みの事件は通常の街に比べて多発している。
今まさに倉庫の屋根の上で追っ手から逃げている獣人もその一人だった。
「糞っ、糞っ、糞っ、やってくれたな人間ども!」
銃撃によって痛む傷を押さえながら獣人は口汚く罵る。
ただの銃弾であれば獣人の再生力を持ってすれば瞬く間に治癒していき苦痛から解放されるだろう。しかし、彼が撃たれたのはただの銃弾ではなかった。この魔族特区の治安維持部隊、アイランド・ガードの武装は対魔族用に呪力の宿った武器を使用している。
呪力の宿った武器は獣人の再生能力を阻害し苦痛をいつまでも長引かせている。
追っ手から逃げている間は気にするまもなかったが、今は逃げ切れたと思いこんだこと、そして痛みと屈辱から一瞬とはいえ油断してしまった。
その一瞬の間に数発の銃声が闇の中に木霊した。
「ぐぅお……!!」
両足の関節部分を撃ち抜かれ獣人の男性は膝をついた。
「45口径強化呪詛弾丸。威力も高いし回復阻害の効果付きか……怪しいものだと思っていたけど、なかなか使えるみたいだ」
獣人の後ろ、厳密には二つ後ろの倉庫の屋根に黒のスリーピースを着た男が立っている。右手に握っているオートマチック式の拳銃で獣人を撃ち抜いたのだろう。街灯のない月明かりだけを頼りに数十メートルの距離をものともせずに当てたというのは驚異的な射撃センスだろう。
……撃ったのがただの人間ではないとしても。
「人間相手に使ったらオーバーキルもいいところだけどな。ついでに反動も結構来る」
「貴様は……うちは要か!?」
「そうだよ。どうした? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
数ヶ月前なら兎も角、今は真祖に匹敵する吸血鬼である要が絃神島にいるというのは割と有名な話である(勿論一般市民の殆どは都市伝説程度の噂でしか知らないが)。テロリストの一員である彼が知らない可能性は低いはずだ。
そんな彼の視線は要が右手で握っている銃に向けられていた。
「なんだ? 吸血鬼が眷獣ならぬ拳銃を使うのがそんなに可笑しいか?」
右手で拳銃をクルクルと弄びながら要は一足飛びで獣人の倒れ込んでいる屋根まで移動した。
「あいにく俺に逮捕権はないんだ。だから素直に投降してくれるとありがたい」
そう言いながら銃の照準を獣人の肩へと移動させていく。
口にはしていないが、頭を狙っていないということは、言外に投降しないなら動けないようにして引きずっていくと語っている。
だが、その前に獣人は高らかに声を発した。
「待ちな、こいつを見ろ!!」
獣人は懐からある物を取り出して要に見せつける。
「……古臭いリモコン?」
「爆弾のリモコンだ。コイツを押せば地下通路のアイランド・ガードどもはお陀仏よ――」
「ふーん。でもリモコンがなければ意味がないよな?」
「――は?」
獣人はマヌケな声を出してしまった。
――この男はなんと言った? たった今リモコンを見せたではないか
しかし、獣人の手の中にリモコンはなかった。
「な、なに!?」
「……今時暗号処理も施していないアナログ式の起爆装置か。安物だな、よく今まで爆発しなかったものだ」
舌足らずながらも威厳のある声で南宮那月がリモコンを見ながら呟いた。
「那月ちゃん来たのか?」
「お前が真面目にやってくれれば楽なんだけどな。あと私をちゃん付けで呼ぶな」
「いやいや、那月ちゃんが有能すぎて対照的に俺が手を抜いているように見えるだけだって」
ヘラヘラとそんな事を嘯く要をそれはそれは冷ややかなジト目で睨みつける。那月の心の声を表すなら「どの口がほざく」といったところである。
「貴様は『空隙の魔女』――」
那月と要を見ながら獣人は冷や汗を流しながら最近聞いた噂を思い出した。
曰く、空隙の魔女が真祖に匹敵する吸血鬼、うちは要を飼い慣らした。
(事実だったのか。厄介――いや危険すぎる。あの噂は事実であることをなんとしても報告しなければ)
欧州を中心に魔族たちから恐れられている『空隙の魔女』、そして真祖に匹敵する吸血鬼の組み合わせははっきり言って反則と言ってもいい。
この噂自体は以前のロタリンギアの殲教師の事件後に広まった噂だが、この事を多くのものは所詮はただの噂として処理してしまっている。事実彼自身も、気さくに言葉をかけ合う二人の姿を見るまで笑い話として受け流していた。
(だができるのか? 奴に撃ちぬかれた足はまだ再生していない……なんとか逃げ切るしかない――いや、逃げきれずとも通信報告さえできれば)
獣人が決死の覚悟ともいえるものを決めている時にも二人は獣人のことなど気にもせず割とどうでもいい話を続けている(具体的に言うと要がボケて那月が冷やかにツッコミを入れている)。
(今しかないか)
下手に好機を待つより、今一気に逃げる方がいいだろうと思った。
足を怪我しているが、ゴリラのような体勢で腕を使って移動すればいい。足で走るよりは遅いが、それでも獣人である彼は下手な人間よりは速く動ける。足を引きずる事になっても、闇夜に紛れてなんとか通信できるところまで逃げればいい。
屋根から飛び降り受身を取ったらすぐに倉庫の隙間などに隠れて逃げる。荒くなっていた呼吸を沈めて痛む足に顔を歪めながらも力を入れる。そして、屋根から飛び降りた。
しかし、跳ぼうとした瞬間、全身を鎖で雁字搦めにされた。
「な……に……?」
「どこに行くつもりだ? ああ、あとその鎖は貴様程度では破壊できんよ。曲がりなりにも神々の鍛えた”
どうでもよさそうに那月は告げる。
「くっ……俺が仲間の情報を吐くと思うか?」
「野良猫の割には大した根性だな。ま、あのクリストフ・ガルドシュが貴様ごときに本当の計画を伝えているとは思えんが」
動揺する男になにも答える気になれず、那月は背を向けた。
「戦王領域のテロリストが、極東のこの島で何をする気かは興味があるが、尋問はアイランド・ガードに任せるか。私もこうみえて忙しい。明日の授業の支度があるからな」
「じゅ、授業の支度……?」
場違いな那月の言葉に獣人は戸惑った。
空隙の魔女の異名と共に欧州で恐れられた彼女の本業がまさか高校の英語の教師とは予想できなかったようだ。
「戦王領域か――嫌な奴を思い出したな」
月を見上げながら要は嫌そうな顔をしながら呟いた。
「要、帰るぞ」
「はいよ」
拳銃をショルダーホルスターに戻し那月の空間転移で二人はその場を後にした。
「……ちくしょう」
鎖で拘束された獣人は動くこともできず唸った。
南宮那月とうちは要の事を伝えられなかったのは無念である。だが、男は低く笑い出した。
どのみち変わらんさ。計画は実行中だ。
何も知らぬ島はただ眠り続ける。
◆
その頃、絃神島に近づく一隻の船があった。
船名は”オシアナス・グレイヴ”全長約四百フィートの俗に言うメガヨットと呼ばれる外洋クルーズ船である。
その船のオーナーは今、月光浴を楽しんでいた。屋上デッキの豪華なサマーベッドに横たわり、のんびりとカシス酒を傾けている。
「フフ、まさか君が一つの場所に落ち着いているとはネ。驚いたよ」
金髪碧眼の美しい容貌の吸血鬼は実に楽しそうにしている。
数年ぶりの旧友に会うような、或は深読みすれば恋人に会うかのような。
「あのときは楽しかった。また、あの最高のひと時を楽しみたいヨ」
昔を思い出し気持ちが昂ぶっているのか彼の体から魔力が漏れ出している。
彼は吸血鬼の中でも”貴族”つまり旧き世代の吸血鬼だ。それは彼も大都市を瞬く間に壊滅させるほどの力を持っているということを表している。
吹き出す魔力は徐々に増加していく。吹き出す魔力が周囲のものを破壊するまで既に秒読み段階といっても過言ではない。
「おっと……」
吹き出す魔力が烈風となって周囲のものを破壊する前に気がつき彼は自分の気を押さえ込んだ。
「ああ、早く会いたいなあ。要……」
カシス酒の入ったグラスを月に向けて掲げ、ディミトリエ・ヴァトラーは歓喜の笑みを浮かべながら囁くように言った。
◆
「はっ!?」
「ん、どうした?」
明日の授業の支度が終わった那月に付き合いワインを傾け談笑していた要が唐突に何かを感じとったように窓から外を見た。
「分からない。けど、間違いなく厄介事が迫ってきていると俺の直感が告げている」
「直感って……」
胡散臭いと言わんばかりの表情で那月が要を見る。要は一つの酒を除いてアルコールにはかなり強いのでまだ酔っているはずはないのだが。
「いやこの感じ……そうだ、何十年か前にアルデアル公国のバーで飲んでいる時にヴァトラーの馬鹿に襲撃された時にも感じた――まさか、奴が来ているのか?」
(意外と馬鹿に出来んかもしれんな、コイツの直感も)
那月は素直に驚いた。彼女は実際ヴァトラーにこちらに向かっているという話を聞いていたからだ。要がヴァトラーの話をすると嫌そうな顔をするため黙っていたのだが。
自分からその話題を出しているのならちょうどいいと思い、那月は以前から気になっていたことを聞いてみることにした。
「前から気になっていたんだが、お前はアイツが嫌いなのか?」
ディミトリエ・ヴァトラーといえば同族喰らいの戦闘狂として有名だ。そして要と並んで真祖に近い吸血鬼とも。
同族喰らいという点を除けば似ている肩書きの二人なので同族嫌悪か? とも思っていたがどうもそれだけではない気がする。
「そりゃアイツが戦闘狂だからだ」
「お前も大差ないだろう」
間髪入れずに那月は突っ込んだ。戦いを楽しむために手を抜いている要だ。まさしくお前が言うなと那月は突っ込んだ。
「俺は戦う機会があれば楽しむタイプで、アイツは戦うために自分から火種を持ってくる戦闘狂だ。いくらアレの戦いに備えているとは言え迷惑千万! そもそもあの時
(……もう少し黙ってるか)
転移魔法で幻の銘酒『(真祖に近い吸血)鬼殺し』という要が唯一弱い酒を取り出し要のグラスに注ぎながら那月はそう思った。