「ほう、なかなか綺麗なもみじを咲かせたな。この季節に見れるとは驚きだ。アスタルテ、珍しいからよく見ておくといい」
「
「お前らなあ……つーか、なんでここにいるんだよ」
場所は彩海学園前。
基本的に顔パスで入れるとは言え要は一応部外者なので那月からの用がない限りできるだけ学校には来ないようにしている。
そんな要だが今日に限っては登校時間から藍色の髪の少女、アスタルテと共に校舎前に来ていた。登校中の生徒が中等部と高等部に分かれる手前の場所だ。古城たち一行と遭遇したのはそんな場所だった。
「いや、養護教諭の人が急用でしばらくいないって言うから代役だ。厳密に言うと代役はアスタルテで俺がサポートだけどな。ちなみにアスタルテは那月ちゃんの下で保護観察中……」
本来アスタルテは医療用の人工生命体として製薬会社で作られていたため、医師免許保有者と同等程度の医療知識を持つ。養護教諭の代理として十分な勤めを果たせるだろう。
また、那月の元で保護観察になったためか、那月を教官と呼んでいる。
ちなみに要は、前回眷獣の支配権を移行させたためか、上位存在と認識しマスターと呼んでいる。要は止めたのだが直すことはできなかった。
「で、その綺麗なもみじはどうやって咲かしたんだ?」
「あ~いや」
古城は事情が事情なだけに言いよどんでしまった。そんな彼より先に雪菜が声を出した。
「気にしないでください先輩。私が悪いんです、先輩がいやらしい人だってことは分かっていたのに……」
もっともその言葉が古城に対するフォローになるかどうかは全くの別問題であるが。というか、ある意味では止めに近いものだった。
「だから、なんでそうなるんだよ!」
「覗いたのか?」
「違う事故だ!」
危ないやつを見る目の要と心なしか視線が冷たいアスタルテに気圧された古城だが、ここで負けた大変なことになってしまう(主に自分に対する世間の評価)と、必死に事情を説明した。
簡単に言ってしまえば妹の部屋だから大丈夫だろうとノックせずに入ったら雪菜の着替えを覗いてしまったのだと。
「……まあ事故といえば事故か。二人とも仲のいい兄妹だから仕方ないかもしれんが、凪沙ちゃんも年頃だからその辺は気をつけた方がいいと思うぞ」
「同感です」
「ほら古城くん、要っちだって同じ意見じゃん!」
要は那月と同居しているうえに、最近はアスタルテも増えたため、その辺りはかなり敏感だった。それこそアスタルテが来た当初、入浴中など意味もなく散歩に出かけたりしていた。
ちなみに要っちとは暁古城の妹、暁凪沙がつけたあだ名である。
「つーか、姫柊はどうして凪沙ちゃんの部屋に?」
「球技大会のチア部で使う衣装の仮縫いしてたんだ」
「球技大会――ああ、もうそんな時期だったか。つか、姫柊チア部に入ったのか?」
凪沙がチア部なのは知っているが、雪菜が入っていないはずだった。そんなことをすれば監視役に支障が出るのではと。
要に行っているように式神による監視をすれば問題はないのかもしれないが、獅子王機関から最優先事項は第四真祖と言われている以上雪菜自ら監視しなくて彼女の性格上合わないだろうとも。
「その、どうしても断りきれなくて」
「男子全員土下座で雪菜ちゃんに頼んだの。姫がチアの衣装で応援してくれるなら家臣一同なんでもする、死に物狂いで優勝目指して頑張るって」
「姫柊だから姫か。ん? そういえば夏音はどうなんだ? たしか聖女扱いされた気がするけど」
要が中等部の生徒の中では最も親しい少女について聞いてみた。
彼女本人は避けられていると少しばかり悩んでいたが、実際は聖女と呼ばれるほどの美貌の所為で近寄りがたいと思われているだけだったりする。
「夏音ちゃんのクラスは恐れ多いって平伏してたよ」
「……大丈夫なのか中等部」
少しばかり彩海学園中等部が心配になった要だった。古城は夏音のことを知らないため首を傾げていたが。
「そういえば、夏音ちゃんに聴いたけど去年の大会は凄かったんだって?」
「あ~、何故か俺が笹崎の奴とバドミントンで勝負する羽目になってな」
去年の球技大会を思い出しながら要は遠い目をしていた。
学校関係者ではないが手伝って欲しいと頼まれ球技大会当日もその場にいたのだが、何故か勝負を挑まれ、学校の生徒や他の教師(那月含む)も乗り気になってしまい勝負になってしまった。
「いや、アレはバドミントンじゃねえだろ。最後の方はお互いゼロ距離でラケットの打ち合いしてた様なもんだろ」
バドミントンの最中徐々に白熱していき最終的にはネットの真上に来たシャトルを挟み込みラケットを振るえば相手のラケットとぶつかるような冗談みたいな状態で打ち合いになっていた。
ラケットをぶつけ合うたびに火花の散るそれはバドミントンという平和的なスポーツではなくなっていたのだ(一度ぶつけ合う度にシャトルが無残な姿になっていき何度も交換された)。
最終的に那月が止めに入ったため決着はつかず終いだった。
「笹崎先生今年こそ決着付けるって張り切ってたよ」
「へえ、それじゃあ今年も浅葱たちと賭けができるな」
「今年は勘弁してほしいな。つーか賭けなんてやってんのかお前ら」
「ジュースだけどな」
肩をすくめながらそう答える古城。ちなみに賭けの内容は勝敗ではなく那月に怒られるかどうかである。
◆
「代理頼んでその日に呼び出すかね」
「まあ、そう言うな。今回はアスタルテの鎮圧力の確認もしておきたいからな」
「……」
ダルそうな表情で要は目の前の施設をみる。黒死皇派の
前回の戦い以降、アスタルテの眷獣の支配権は要に移っている。
だが、要本人は使うことはないため、使用権はアスタルテままだ。
その場には三人以外にも黒い背広を着た二人の男がいた。要に対して警戒しているような視線を向けている。身分証明と護身用の簡易魔法陣を組み込んだ五芒星、彼らは特区警察局攻魔部。国際魔導犯罪を担当する国家攻魔官である。吸血鬼であり、良くも悪くも名の知れた要を警戒しているのは当然かもしれない。
その視線を向けられている本人は全く気にしていないので(襲ってくれば再起不能にくらいはするだろうが)特に何も起こっていない。
「それでは行きましょう。南宮教官」
「ああ」
那月たちの後に着いて歩いていきながら
(スーツ姿の男三人にフリルドレス着た娘とメイド服のような服を着た娘――シュールだな)
しかも場所は薄暗い地下通路である。いったい誰がこの状況を見て黒死皇派の
「要、見張りがいるから取り押さえてこい」
「別にいけど、アスタルテの鎮圧力云々って話はどうなったのさ?」
「アスタルテは中の奴だ」
面倒くさいなと思いながらも気配をたどると曲がり角のドアの前に二人いる。
要は曲がり角から一気に飛び出た。吸血鬼故常人とは比べ物にならない速度でありながら足音も立てず地を這うような姿勢で接近した。
横に並んでいた二人を足刀で纏めて蹴り飛ばしスサノオを右腕を部分的に召喚した。そして何時かのアスタルテの時とは違い握り潰さんばかりの握力で締め付ける。
「ぐ……ぅ……ぅ」
苦悶の声を上げる二人を見て大丈夫と判断し四人を手招きで呼び寄せる。
「要、殺すなよ」
「解ってるよ」
そう言い那月と特区警察局攻魔部の二人は部屋の中へ入っていった。
三人を見送りスサノオで拘束した二人に目を向ける。
「うん? 変身でもするつもりか」
「黒死皇派の
独り言のつもりで呟いた要だがアスタルテが事務的な口調で答えてくれた。
「ふーん、下手に変身すると体がデカくなって余計に苦しいと思うけどな」
「おそらく奇襲に動揺しているのではないかと。あるいは獣人化すればマスターのスサノオを破壊できると考えているのだと思われます」
「軍人崩れが多いって話だから後者かな多分」
元軍人であるのなら奇襲を受けたあとにすぐに体制を立て直すことも可能だろうと要は考えた。
スサノオはそう簡単に破壊される代物でも無いが、窮鼠猫を噛むということわざもある。火事場の馬鹿力を発揮されたら万が一ということもあると考え、油断しないようにしていた。
「アスタルテ」
開いたドアから那月の呼ぶ声が聴こえた。
「お呼びだな、頑張ってこい」
「行ってきますマスター」
そう言い
(子供を見送る親の心境ってこんな感じなのだろうか――)
なんとも場違いなことを考えていた。
というより彼自身アスタルテの事を気にかけているようだった。
◆
槇村という名の
お前宛だ、といい那月から渡された手紙を受け取った要は
「……那月ちゃん、この手紙からは非常に恐ろしい魔力を感じるからすぐに燃やすか封印処理を施す必要性があると思うんだけど」
据わった目つきで差出人を確認することもなくそう言い放った。
「落ち着け、というかスサノオの右腕をしまえ! こんなことで十拳剣を出すな!!」
部分召喚したスサノオの右手に瓢箪が握られているのを見て那月が珍しく慌てた声を出した。それ自体に周囲を消し飛ばすような破壊力はないがそれ以上に厄介な特性を持っていることを知っているからだ。
「…………」
要が渋々といった感じに手紙を反対にひっくり返し差出人の確認をすると、手紙の差出人はアルデアル公ディミトリエ・ヴァトラーだった。宛名には明らかに手書きの筆跡でうちは要様へと書かれている。
さらにいうとそれはただの手紙ではなくパーティーへの招待状だった。
「やっぱりあの時の直感は間違いじゃなかったか」
暴れるんじゃないかと内心ヒヤヒヤした那月だったが一周回って落ち着いた(あきらめの境地に達したとも言う)要を見てホッとしていた。
「どうする、要?」
「行くしかないかな、間違いなくなにか企んでいる気がするけど、会ってみない事には」
「あの蛇使いが面倒な性格なのはしっているがそれほど非道いのか?」
「俺がアイツ顔を合わせる度に必ずなにか厄介事が起きていた。しかもそのうち半分はアイツが自分で火種を撒いていた」
それを聞いて那月と紅茶を淹れて来たアスタルテは何とも言えない表情をする(アスタルテはそれ程でもないが)。
「まあ、考えても仕方がない。というわけで二人共行かないか?」
「は?」
那月が驚くのも無理はない。パーティに男女同伴で行くというのは珍しくない。というよりも当たり前だが男一人に女性二人連れは明らかにおかしい。
「巫山戯ているのか? アスタルテを連れていけばいいだろう」
「まあまあ、そんな釣れない事言わず。もし関係を聞かれた娘二人ということに……」
「そのケンカ買ってやる」
サラッと子供扱いする要を那月はレージングで素早く拘束した。