黒死皇派に連れ去られた三人はうす暗い倉庫のような場所に閉じ込められていた。
「古城も凪沙ちゃんも貴方のことを信頼しているみたいだから言うけど、凪沙ちゃん一度死にかけたのよ。魔族絡みの列車事故で、それ以来凪沙ちゃん魔族に対して恐怖心を持ってるみたい」
保健室で獣人たちに襲われた際凪沙の尋常ではないほど怯えていた。普段魔族と関わりのない人間なら兎も角、凪沙は魔族特区の絃神島に住む少女だ。あの怯えに疑問を覚えた雪菜に浅葱は掻い摘んで事情を説明した。
浅葱から事情を聴き雪菜は古城が凪沙に第四真祖のことを説明しない事に納得したが、同時に一つの疑問を覚えた。
「魔族って……でも、うちはさんには」
「そうね、あいつだけが例外。理由はわからないけど、あまり吸血鬼っぽくないからじゃない? 私も付き合い長いけどアイツが吸血鬼って時々信じられなくなるし」
浅葱の脳裏に過る要と言えば、飄々とボケたり、那月に草むしりなどの仕事を命じられ、サボってしばかれている姿だったり。日光に文句を言いつつ街中をフラフラしてる姿。
そんな剽軽者に見えるのに意外と面倒見が良くて学生とも仲が良い。いつだったか学園OBが教師でもない要に会いに来てたこともあった。とても吸血鬼の日常には見えない。
一方で、そうだろうか? と雪菜は思う。少なくとも自分が知る限り、高い戦闘能力を誇り、頭の回転も決して悪くはない、那月に従っているようにも見えるが実際は誰にも制御されない。ただ、決して悪人ではない。それが要に対する雪菜の評価だった。
だが、そこまで思って一つの可能性に思い当たった。
(もしかして、藍羽先輩も凪沙ちゃんもうちはさんが戦っているところを見たことがないんじゃ……)
だから強大な力を持っていること知らない。ただ当然のように日常の中――人間の日常に溶け込んでいるから吸血鬼らしさを相手に意識させていない。きっと普段の那月との巫山戯たやり取りや、時折見せる剽軽者のような態度もそれに拍手をかけているのだろう。
(けど、それって、あれだけの力を一切誰にも悟らせないでいられるということ)
それはもしかして何よりも恐ろしいことではないかと雪菜は思う。言うなら、獅子が兎の群れの中に紛れ込んで生活しているようなものだ。
あくまで浅葱の予想であって実際のところそうであるか分からないのだが。
「それより、ごめんね。巻き込んじゃって」
唐突に浅葱が雪菜に対して
「藍羽先輩心当たりが?」
「時々あるんだわ、非合法のハッキングの依頼とか。流石にここまで強引なお誘いははじめてだけど」
浅葱が言い終わると薄暗い部屋の扉が開いた。
「キミは自分が有名人であることを自覚するべきだね」
開かれた扉から現れたガルドシュが軍人らしいハリのある声でそう言った。
「少なくとも我々が雇った技術者の中で君の名前を知らない者は一人もいなかったよ。流石に彼らも電子の女帝の正体がこんなに可愛らしいお嬢さんとは知らなかっただろうがね」
「そんな見え透いたお世辞を言われて、私が協力するとでも思った?」
強面のガルドシュに怯むことなく睨め上げて、浅葱は言った。
そんな彼女に気分を害することなく、むしろ満足そうな表情で笑う。
「失礼した。特に空世辞のつもりはなかったが。だが、君の冷静さ気丈な態度を我々は高く評価する。この状況で取り乱す一般人を軽蔑する気はないが、重要な仕事を任せる気にはなれないのでね」
意識を失っている凪沙を冷ややかな視線で見つめながらガルドシュは言う。
その視線にむっとしたように立ち上がり、
「用があるのが私だけなら二人は返してあげて。取引するのはその後よ」
「ふむ、しかし彼女たちの安全を願うのなら、その判断は支持できないな」
そう言いガルドシュは部下から薄いタブレット端末を受け取りを浅葱に差し出す。
「これがなにか覚えているかね?」
画面に映っていたものに浅葱は見覚えがあった。
「コレ……そう。やっぱりあの時つまらないパズルを送ってきたのはあんた達だったのね」
浅葱の言葉にガルドシュは思わず苦笑してしまった。
「つまらないパズルか、我々は百五十人を超えるハッカーに同じ内容のメールを送ったが、解読できたのは八人、その中で短時間で矛盾のない答えを導き出せたのは君だけだ。さて、ではこの石版だが、コレは君が解読した石版、ナラクヴェーラの起動コマンドが書かれている」
「それがなによ? 起動できたって制御できなきゃ――」
「そう、我々には起動しかできない。街を破壊しようが君の友人を焼き殺そうが私たちにはどうしようもできない。そして既にナラクヴェーラを起動した。君の友人二人を下手に外に出せば戦火に巻き込まれてしまうかもしれないな」
浅葱は息を呑む。つまりこのまま相手の要求を呑むのが最善策であるという事にほかならない。
「君の担任、空隙の魔女南宮那月とアイランドガードが対処に当たっているようだが真祖を打倒しうる可能性を秘めた兵器を相手に、一体いつまで持つかな?」
「卑怯よ」
冷酷な笑みを浮かべながらガルドシュに浅葱はそう言う。しかし、ガルドシュの内心では一つの不確定要素に対する疑心もあった。
(もっとも噂の通りあのうちは要が空隙の魔女に飼われているのならまた話は変わるが――しかし、先手は打ってある)
◆
周囲は既に火の海だった。
唯一の救いは街にまで戦火が広がっていなことだろうか。
「戻ったか要――」
レージングで三体のナラクヴェーラを拘束していた那月が振り返る。疲れは見えないが面倒くさそうな表情をしている。
「増えてないか?」
ガルドシュの打った先手、ナラクヴェーラを予め複数起動しておくことだった。最も、流石に那月一人で三体のナラクヴェーラを押さえ込んでいるというのは予想外であっただろうが。
「お前が行った数分後にまた湧いてきてな。それで、暁の方はどうだった?」
「たいしたことないってわけでもなかったけど俺が到着した時にはだいたい片付いてた」
「ちっ! なら最初からお前とやるべきだったか。アレは学習能力も持っているらしくてな、一度受けた攻撃に耐性を持つようでな、そろそろ
アイランドガードのメンバーには怪我人の救助に専念させ彼女一人で足止めしていたらしい。正直に言ってしまえばアイランドガードの特殊部隊よりも那月一人の方が戦闘能力が上なのだから当然の判断だろう。
そして、怪我人や逃げ遅れた人間がいるため彼女も本気で闘えない状態だった。特に彼女の奥の手とも言える守護者など召喚して本気で暴れさせたら絃神島に甚大な被害が出てしまう。
そんな状態でよく足止めできたものだと要は那月の技量に内心舌を巻いた。初めて会った時よりさらに強くなっていると。
「真祖を打倒しうる兵器――無制限に成長を続ける兵器だというのなら眉唾物ではなさそうだな。最悪まだ湧いてくるかもしれん」
「そうだな、ところでいい報告と悪い報告があるどっちから聞きたい?」
「悪い方を言ってみろ」
「浅葱、凪沙ちゃん、姫柊の三人が黒死皇派に連れ去られた」
「何だと?」
さらりと挙げた三人の名前を聴き那月は顔をしかめる。要と同じく三人がそれぞれ重要な人物故に誰が狙われたのか判断に迷ったのだろう。
「アスタルテの話からすると狙いは浅葱らしい。多分、ナラクヴェーラを制御するために浅葱の技術が必要なんだろうよ。魔術的な制御じゃなく電子的な制御ってところかな」
「それで、いい報告は?」
「俺が来た……じゃあいい報告にはならないか?」
そう宣う要に那月は一瞬呆気にとられてしまった。しかし、すぐに不敵な笑みを浮かべると
「……そこまで大見得切るなら、これ以上の被害を増やすなよ」
「そのつもりだよ。三人娘の救助にもいかないといけないしな」
要がスサノオを召喚し眼前のナラクヴェーラを見据える。
「要! 那月ちゃん!」
「いいタイミングで来たな古城。気取ったセリフ言った直後だから少し恥ずかしいぞ俺」
「教師をちゃん付けで呼ぶなと言っているだろう」
古城と紗矢華が口喧嘩しながら那月と要の方に向かってきた。
ちなみに口喧嘩している二人だが第三者視点から見ると普通に仲が良さそうに見える。
「なんだお前ら、急に仲良くなったな」
「「なってない!」」
いや、どう見ても息ぴったりだよ。と思った要だが、状況が悪いと思い、その言葉を飲み込んだ。
「やあ、要。奇遇だねこんな所で会うなんて」
「なんでお前がここにいる?」
要と対照的な純白のスリーピースを着たヴァトラーが古城たちの後ろから現れた。
「そんな事より、アイランドガードを退避させた方がいいんじゃないかな? そろそろあの鎖も引き千切りそうだヨ」
「――お前自慢の悪趣味船はどうした?」
要が自分の推測が正しいか確認の意も込めてそう尋ねる。それに対し金髪碧眼の美しい吸血鬼はニヤニヤと笑いながら、まるで挑発するように答えた。
「それが黒死皇派に乗っ取られてしまってね、命からがら逃げ出してきたんだよ」
「本当に白々しいなテメェは……ん? けど今ならコイツ殺しても黒死皇派かナラクヴェーラに罪を押し付けられるな」
「落ち着け」
挑発に乗ったわけではないが、少々物騒な事を考え始めた要を那月が扇で叩き止めさせる。そもそも、この二人が本気で暴れたら、ナラクヴェーラ諸共島が消し飛ぶので当然の反応である。
というよりも、二人が発している闘気の中で平然とツッコミを入れられる那月に古城と紗矢華は慄いていた。
「まあ、安心してくれ。出遅れてしまったようだけど、あの玩具の相手は責任持って僕が引き継ぐからサ。空隙の魔女のお陰でいい具合に強化されているようだし、楽しめそうだヨ」
そう言うヴァトラーに那月が頬を引きつらせ剣呑な眼差しとなった。
「――要、構わん。こいつを殺れ」
「落ち着け、那月ちゃん」
立場が逆転して要が那月をなだめ始めた。
その内二人の意見が殺すで一致してしまいそうで、古城は表情をこわばらせていた。この二人が意見を一致させてしまえば古城では止めようがない。
古城の携帯が着信を知らせたのはその直後だった。
「誰だよ!? こんな時に――」
前門のナラクヴェーラ、後門の魔女と吸血鬼×2という状態になっている古城は発信者名を見て息を呑む。
「浅葱か!?」
勢いよく叫んだ古城の声を聞き、那月と要が古城の方を向いた。
相手は浅葱ではなく雪菜であったが、一先ず無事を確認できたことに那月も要も安堵した。
「無事を確認できたし、居場所も特定できた。なら取り敢えずアレを無効化するぞ」
「人の獲物の横取りはマナー違反だと思うなァ」
「人のシマでやりたい放題なお前に言われる筋合いはない」
ヴァトラーの不服の声をバッサリと切り、自らの眷獣に指示を出す。ヴァトラーもまたそれを言われると返す言葉もないと引き下がった。
「まあ、久しぶりに君のスサノオを見物するのも悪くないかな」
そう呟くヴァトラーを見て若干――かなり嫌そうな顔をしながらスサノオに命令を出した。
「……スサノオ」
要の命令に従いスサノオが右手を振るう。右手に握られた瓢箪から何かが吹き出る。
ついにレージングの拘束を破ったナラクヴェーラが動き出した。しかし、ほぼ同時に直線上に並んだナラクヴェーラをスサノオの十拳剣が三体のナラクヴェーラを同時に貫いた。そしてナラクヴェーラは剣の中に――厳密には剣と繋がる瓢箪の中に吸い込まれていき、この世から姿を消した。
一部の瓦礫が崩れる乾いた音と燃える炎の火花の散る音がやけに強くその場にいる者たちの耳に響いた。古城も紗矢華もそのさっきまでナラクヴェーラがいた場所を呆然と見つめる。いや、彼らだけでなく退避しようとしていたアイランドガードのメンバーもだ。この場で特に驚いていないのは那月とヴァトラーだけだった。
「なんだろうな、この良い所どりだけしたって感じは」
「お前の攻撃は基本的に当たれば必殺になりうるものばかりだから仕方ないな」
「いいねえ、昂ってくるよ」
「今すぐ静まってくれ」
当事者である要、そして那月とヴァとラーだけが平常運転で話をしている。
そんな三人を見て我に返った古城が電話越しの雪菜に話しかける。
「――なあ、姫柊……終わったぞ」
『え?』
雪菜が電話越しに間抜けな声を出してしまった。
「いや、要のスサノオが持ってる武器で一突きしたら、こう、なんというか……吸い込まれていった。三体とも」
『……』
雪菜は言葉が出なかった。