部下からの報告を聞きガルドシュは愉快そうに笑う。
「うちは要……真祖に匹敵する力を持つという噂は真実だったようだな」
「投降してください。ナラクヴェーラは完全に消滅しました」
実際に消滅したのかどうかは全くわからないが、古城からの通話で得た情報をもとに雪菜はそう判断した。
一方、ガルドシュは自分の部下から奪ったであろうナイフを構える雪菜を見て見事なものだと思った。
まだ見習いの剣凪と思っていたが、中々優秀なようだと。
「ふむ、確かにこうもあっさり三体のナラクヴェーラを無効化されるとは予想外だった」
無論、あの戦果は要一人によるものではない。ナラクヴェーラを拘束していた空隙の魔女、南宮那月の力もある。那月が三体のナラクヴェーラを一定の範囲内で拘束していたためだ。それ故要はナラクヴェーラを纏めて仕留められるポイントを見つけ一気に叩くことができた。
「しかし、彼には切り札を簡単に切ってしまったことを後悔してもらう」
「何を……?」
油断なくナイフを構えて雪菜はガルドシュを睨みつける。軍人というだけの事は有り、ガルドシュはただ立っているだけでも隙が無かった。
「第四真祖、空隙の魔女、うちは要……現状この島に存在する最大戦力といってもいいのはこの三名だ」
ヴァトラーは目的はどうあれその立場は戦王領域のものであるが為にガルドシュは敢えてヴァトラーを外した。
「私はこの三人を過小評価はしていない。ナラクヴェーラは確かに凄まじいポテンシャルを秘めている。しかし、現状単体としての戦力は彼らに劣る。さて、ここで一つ問題を出そう、若き剣凪よ」
ガルドシュは笑みを浮かべ雪菜を見据える。
「力と力のぶつかり合う戦いに必要な要素は何か、個人の技量も一つの要素ではある。しかし、それだけでは足りない」
懐から無線機を取り出しガルドシュは部下に告げる。
「すべて起動しろ」
「っ!?」
その言葉を聞き雪菜は即座にガルドシュの言いたいことを察した。
「たとえ単体の戦力が劣っていようとも戦局を変える要素。それは……圧倒的な物量だ」
◆
「まるでゴキブリだな。次から次へと鬱陶しい」
そうボヤきながらも要の瞳には隠しきれない好戦的な光が宿っていた。
何十体、或は何百体か、無数のナラクヴェーラを目の前にして、面白そうだ、と思ってしまうあたりやはり彼も少なからず戦闘狂の気があるのだろう。
さっきまで十拳剣の存在に驚いていた古城と紗矢華も既に臨戦態勢に入っている。
(差し当たって調べるべきは……アレが学習によって対策を施すのが攻撃の威力に対してか……それとも特性に対してかだな)
前者であれば大したことはない。十拳剣の出力を上げれば再び突破できる。問題なのは後者、特性に対して耐性を得ているのであればスサノオの十拳剣は完全に無効化されてしまうだろう。封印に対して対抗策を得て進化されていれば十拳剣も単純な物理破壊でしか使い道がない(それでも充分強力な武器であるが)
そもそも、要は先ほど封印した三体から十拳剣のデータを共有しているかどうかすらわかっていない状態だ。ゆえにまず必要なのは現状のナラクヴェーラに先ほどと同じ威力の十拳剣が通用するか否かだった。
(まあ、効かないなら効かないなりの戦い方があるけどな)
だが、要の戦力はある意味制限が掛けられている。もし要が本気で暴れたら間違いなく市街地に被害が出る。
もし、市街地と結ぶ橋を壊して切り離してでもあれば話は変わっただろうが、今更あとの祭りだ。今からやっても一定距離まで離れる前にナラクヴェーラと戦闘が始まり被害が出る。
市街地への被害を極力控えながら無数のナラクヴェーラを相手にしなくてはならないのだが。
「……焼くか」
「え?」
古城が、何を? と要に尋ねる前に異変は起きた。
スサノオの視線に合わせるように炎が出現したのだ。その炎は瞬く間に複数のナラクヴェーラへと着火していく。
「アレが――天照?」
紗矢華が信じられないといったようにその炎を見つめる。その炎はただの炎ではなかった。その炎は黒かった。闇のように、全てを飲み込むような深い深い黒だった。
「流石に天照にはそう簡単に抵抗できないだろう」
黒い炎に包まれたナラクヴェーラを見て要はそう言った。事実ナラクヴェーラは黒い炎に包まれてほとんど身動きも取れない状態だった。
「天照ってなんだよ要!?」
「あの炎の事だ」
しれっと要は答える。紗矢華はその一言であの炎が間違いなく要のスサノオの固有能力であると理解したが、同時にそんなにあっさり教えてもいいのかと思った。獅子王機関でもうちは要が黒い炎を操るという情報を得ており、雪菜や紗矢華もその情報を受け取っている。が、直接見たことがあるわけではないため、誤魔化すこともできたかもしれないのに。
「俺かスサノオが目視でピントが合わせるのが発動条件だ。その視点からああいう黒い炎が発生するんだ。近づかないほうがいいぞ。多少加減はしてるけど危ないから」
見て通り普通の炎じゃないしと要は言外に要は言った。
「手加減してるのか! あれで!?」
「何驚いてるのか知らんが、単純火力ならお前のほうが上だぞ?」
そもそも要が眷獣一体で真祖に匹敵すると言われるのはスサノオの多機能性が理由である。単純火力であれば、それこそ第四真祖である古城の眷獣と比べる劣ってしまう。しかし、多彩な特殊能力を持ってスサノオは化物ぞろいの真祖の眷獣と互角かそれ以上の力を発揮することができる。今回の天照にしても、ピントが合うだけで物を燃やせる、かつ一撃必殺足り得る火力は持っている。だが、単純な火力勝負であれば、間違いなく古城のレグルス・アウルムが勝つだろう。例えば、高層ビルを壊せと言われた際、要が天照で完全に燃やし尽くすより、古城がレグルス・アウルムで壊したほうが早い。
それゆえに要は古城の方が火力は高いといったのだが、第四真祖となって日が浅く、自覚のない古城は納得いかないといった表情だった。
「なら、証拠を見せてやるよ。あそこで転がってる奴らにレグルスをぶつけてみろ」
「あ、ああ」
古城がレグルス・アウルムを召喚する。眩い稲光と共に魔力が吹き荒れ黄金の獅子が姿を現し咆哮する。
「あっ、まずいかな」
その咆哮を聞いた要がふと気がついたようにそう言った。
「何がよ?」
傍にいた紗矢華が訝しげに聞く。
「いやな。ついさっきまでの戦闘でこのエリアには多大なダメージが蓄積されているわけだ」
「……それで?」
「そこに第四真祖の――それもまだ力を完璧に使いこなせていない古城が眷獣を放ったら――」
要が最後まで言い切る前に変化は出た。
都市の一つや二つ簡単に破壊できる世界最強の第四真祖の眷獣。召喚した時の余波や咆哮、ナラクヴェーラに向かって突進する時に起きる衝撃。それらがこのダメージの蓄積されていた所にそれだけの要因が集まれば当然の如く、その場は崩壊する。
要と紗矢華の足元が崩れたのだ。
「こんなふうになるんじゃないかな、と思ったんだよなー」
他人事のようにぼんやり要は呟いた。紗矢華はプルプル震えながら、空中で体勢を立て直し要の胸ぐらを掴んだ。
「なんでもっと早く気がつかなかったのよ!?」
「めんごめんご」
「謝って済む問題!? というより何よその謝り方!?」
「要!? 煌坂!?」
運良く地上に残れた古城が二人の名を叫びながら縁まで駆け寄り下を見ると、落下しながら紗矢華に胸ぐらを掴まれ、てへへ、やっちゃったと言わんばかりに頭をかいている要だった。そのまま二人は落下していき暗闇に呑まれた。
「なんで意外に余裕そうなんだよ……」
思わず古城がそう思ってしまったのは仕方がないことであろう。
◆
「結構落ちたな――」
上を見ながら要は呟いた。スサノオを呼び出して上へ戻ることも考えたがやめた。
ただでさえ巨大なスサノオをこんな所で呼び出したら間違いなく倒壊する。そうなった際にどさくさに紛れてナラクヴェーラが市街地へ溢れ出したら目も当てられない。上は那月と古城に任せてなんとか這い上がろうというのが紗矢華と要の共通の見解だった。
まあ、もっとも。
「こんなことなら橋を切り離しておくべきだったか」
「…………」
紗矢華はツーンっとそっぽを向いていて一言も喋っていないのだが。
「いや、気付くのに遅れた俺も悪かったが、俺だけでのせいではないのともうのですよ?」
そうは言っても古城に眷獣を使うように言ったのは自分なので、あまり強く弁明することもできない要だった。困ったような表情でそいう要をジト目で見る。そして数秒ほど見つめると紗矢華はため息をついた。
「別に落ちたことに怒ってるわけじゃないわ」
(落ちてる最中は怒ってた気がするけど――)
「ならなんで目を合わせないんだよ?」
「だって! あなた着地するときに私を――お、お、お――!」
恥ずかしいのか紗矢華は中々最後の言葉が出てこない。が、着地の時と聞いて要は察しがついた。
落下している最中、崩れた瓦礫で紗矢華が傷つかないように、要は無意識に彼女を抱き寄せ、部分的に呼び出したスサノオでガードしながら落下していた。そして、最終的に着地するときには紗矢華に衝撃がいかないように着地するため、紗矢華を、所謂お姫様抱っこしながら着地したのだ。なお、要本人はお姫様抱っこをしたというより壊れ物を丁寧に扱ったようなイメージだったのだが。
そして、同時に要はあることを思い出した。
「そういえばお前男嫌いだったな。悪い、忘れてた」
「――自分で推測しておきながら忘れてたの!?」
「いや、落下しながら思い出す余裕がなかったんだ」
余裕がなかった。もし、紗矢華が関係ない立場で聞けば即座に嘘だと思っただろう。なにせ、要は吸血鬼だ。それもそこらの雑魚とは格が違うといってもいい。そんな要が予測していた落下で余裕がなかったなんてことはそうそうないだろうと。
だが、今回のその言葉は、裏を返せば紗矢華を守るために必死だったとも取れる。事実紗矢華は傷一つ付かず、ダメージも一切なく着地している。
「――変な吸血鬼――」
「よく言われる――取り敢えず、上を目指そう、ある程度上まで行けばスサノオ使っても大丈夫だろうから」
「そうね、ここで使ったら大変なことになりそうだし」
そう言い二人は歩き始めた。
もちろん、階段を使う、というわけではなく、登れそうなところを見つけたらそこからよじ登っていく。普通の人間では絶対にできないような場所でも、この二人は当然のように登った。
「あ、そこ崩れそうだから気をつけろ」
要が紗矢華の前を歩き、危険な場所を見つけながら出口に向かう。
「ねえ――」
するとしばらく無言だった紗矢華が声をかけてきた。
「ん?」
「私って、大きいかな?」
「胸がか?」
瞬間、要の顔面に向かって拳が飛んできた。
「あぶねっ!?」
紙一重で要は拳を躱した。直撃すればいくら吸血鬼といえどかなり痛かっただろう。紗矢華も伊達や酔狂で舞威媛を名乗っているわけではないのだ。(ちなみに要が呪詛や暗殺よりガチンコ勝負が専門じゃないのか? と思ってしまうほどキレのいい拳だったことを明記しておく)
「い、いいいきなり何言うか!?」
セクハラよ!? と真っ赤になっている紗矢華を見ながら要は。
「いやお前が言ったんだろ!? けどまあ、俺はいいと思うぞ。ないよりあったほうが、ていうか、その方が好きだし――」
と言った。ちなみに、後半はかなりキリッとした表情で言った。
「だから! 胸じゃなくて身長よ! 身長!! 胸から離れなさい!!」
「身長? 俺より低いじゃん」
紗矢華は自嘲的な笑みを浮かべながら言った。
「そうじゃなくて、女の子にしては大きいでしょ? だから、初めてだったのよ、守ってもらうなんて――いつも私が守る側の人間だったから」
「それ身長はあまり関係ないと思うがな――俺からすればお前も姫柊と同じ、目の前の事に頑張ってる女の子なんだけどな」
「――そんな事言われたのも初めてよ――不思議ね暁古城といいあなたといい、あまり怖くない――」
そう言う紗矢華に要は「そうか」とだけ返した。