01
五年前に起きた事件。
巻き込まれた少女にとっては本来苦痛でしかないはずの記憶。しかし、それは少女にとって大切な記憶だった。
狭くコンクリートに囲まれたかび臭い部屋の中で少女は拘束されている。少女も高い霊的素養を持っているが、彼女を拘束しているロープには魔力を押さえ込む力が備わっていた。体を拘束され多数の獣人に囲まれた状態ではどうする事もできなかった。
部屋の窓枠の前に設置された台の上に一人の獣人が立つ。
アルディギア王国で暗躍する獣人を中心とするテロリストグループの指導者だ。アルディギアは本来獣人の国土であると主張する者だ。
「同志諸君、ついに時が来た! 今まで虐げられてきた我々の苦悩も今日までだ!」
『オオオオォォォォォォ!!!』
野太い歓声が部屋に響く。ビリビリとした振動を感じる。
指導者は横に控えさせた男から壺を受け取る。大の大人が小脇に抱えるほどの大きさの壷には禍々しい文様が刻まれている。
「これより封印を解除する! そしてアルディギアの王女を供物とし、我々は大いなる力を手に入れる! その時こそ、アルディギア王国を我らの手中に収める時となるのだ!!」
『オオオオォォォォォォ!!!』
「さあ、執行者! 王女の首を跳ねる用意を! 彼の復活とともに血を捧げるのだ」
巨大な斧を持ち一人の獣人が立ち上がり少女に近づく。少女の命も風前の灯であろう。少女自身、聡明であるがためにもはや自分の命が助かるだろうとは露ほどにも思っていなかった。御伽噺のように都合のいいことなど、そうそう起こりうるはずがないのだ、と。
しかし、早々起こらない、という事は低い確率では起こりうる可能性もあるということにもなる。
部屋の窓からガラスを突き破り、何かが部屋に入り込み場違いな妙なテンションの声が響いたその直後だった。
「アイヤ、待たれい! 幼気な少女を生贄に捧げようとは何たる卑劣、恥を知れ、恥を! ところで、その大いなる力ってマジか? マジなら是非とも戦いたいんだけどサ」
黒のスリーピースを着た男――うちは要が妙なテンションで唐突に部屋に現れ声を発した。
助けは来た、しかし、少女が知る御伽噺に出てくるような騎士や王子様とは全く違ったが。
「な、な、な……」
獣人たちも驚き「なんだ! 貴様!?」という言葉がうまく出てこなかった。
「平和条約が結ばれてから増えてるんだよね、よく分からないパワースポット的なところで生贄捧げれば、無敵のパワーが~~! って感じのノリが。俺の経験上八割がたハズレなんだけどね!」
そう妙なテンションでヘラヘラと笑いながら要は言い、近くにいた獣人の持っていたナイフを取り上げ少女を拘束していたロープを切断する。
「安物だな、那月ちゃんのレージングみたいに魔力を押さえ込みつつ、強度も高い鎖くらい用意しておくべきだと思うのですよ」
魔力を押さえ込むという時点で安物も何もないのだが、日常的に高位の魔具を見ているためか要は平然とそんなことを言う。
「……その顔、見覚えがあるな。貴様、うちは要か?」
指導者が要の素性を暴き、周囲はどよめいた。たった一体の眷獣で真祖に匹敵する力を持つと言われる怪物。それが目の前にいるのだ。テロリストだけでなく助け出された少女すらも驚きを隠せないでいる。
「王女を助けに来たのか、何故だ? 貴様はこの国になんの関わりもないはずだが……」
「まあ、人を助けるのに理由は必要ない、って豪語できれば格好良いのかもしれないけど、偶然だな。俺がこの国に来たのも、お前たちの情報を掴んだのも全て」
「嫌な偶然だな……ならば提案があるのだが、邪魔をしないでもらいたい。このモノと戦いたいというのならば第一に貴様と戦わせることを約束しよう」
指導者の提案を聞き王女は身震いする。部屋に入ってきた男は決して自分を救うために来た訳ではないのだ。
「生憎だが、どこぞの蛇使いと違ってそこまで戦いに飢えているわけじゃないんだよ。ついでに言えば感性も……普通とは言い難いかもしれないけど、底辺まで落ちているわけでもない。まあつまり、こんな幼女を犠牲に自分の欲望叶えてやるぜヒャッハー、みたいな下衆な精神はしてないということだ。結論、お前たちの提案は却下だ」
「ふむ、まあいい。貴様を殺してから王女を生贄にすればいいだけのこと。それに貴様を殺せば我らの名にも箔がつくというもの――」
「そうかい、それで? さっき言ってた大いなる力ってのはどうなんだ? 必要なら俺が手っ取り早く封印ぶち壊して蘇らせてやるぞ?」
「安心しろ。封印を解除するのに手間はかからない。解除後に我々が制御するために霊媒が必要となるだけのことよ」
そして指導者は壺の封を解き始める。
「解き放てば、奴は獣人以外のモノを嬲り殺しするだろう。さて、貴様の力がどの程度のものか見せてもらおうか」
壺が開かれ中から黒い霧が吹き出てくる。濃密な魔力が周囲に展開され魔族である獣人たちすらも息苦しそうにしている。
一部の強力な獣人や要は平然としているが、人間である少女はそうはいかない。そんな少女を見て要はスサノオを召喚し、少女も一緒にスサノオの鎧の中に入れた。
「国からしたら迷惑かもしれんが、まあ、倒してしまえば憂いが全部なくなって問題ないよな」
少女が王女と知ってか知らずか、要は適当な言い訳を口にした。
吹き出た霧は徐々に肉体を得ていく。完全に分かったわけではないが、恐らく四、五メートルほどの狼人間だろうと要は予測していく。
「中々…………っ!?」
要は実に楽しそうにそれを見据えていた。しかし、何故か唐突に目元を抑え始めた。そして数秒で顔を上げる。
「一体……まさか、アレのせいか?」
つい数秒前と打って変わりテンションの低い要がそこにはいた。
「やべー、無断で出てきて那月怒ってないか……ん?」
要は目の前の壷から溢れる禍々しい魔力など気にもせずブツブツ言っている。まるで今の状態など大したことではないと言わんばかりの態度だ。
とはいえ幼い少女がそんな怪物のぶつかり合いの真っ只中にいるのだ。そんな状況で少女が平然としていられるはずもない。
そんな少女を見て要は、
「……大丈夫だ。俺は負けないし、君は俺が責任をもって国へ返す。勿論傷一つなく、な」
数舜の沈黙の後、そう穏やかな表情で告げる要を見て少女は不思議な安息感を得ることができた。
◆
「要、仕事だ」
「ん?」
絃神島の夜。あるビルの一室で要はソファーに腰掛け本を読んでいた。そばの机の上には飲みかけのワインの入ったグラスとボトル、ショルダーホルスターに収められたオートマチック式の拳銃が置かれている。そんな風に寛いでいる要に唐突に那月が声をかけてきたのだ。
「仕事って、俺にか?」
「そうだ。向こうがお前を指名してきた」
部屋に入ってきた那月は面白くなさそうな表情だった。その表情と容姿からまるでお気に入りのおもちゃを取られた子供のようだなと要は思わず苦笑してしまった。
苦笑した要に、失礼なことを考えていないかとジト目の無言で問い詰めるが、まあいいと説明した。
「内容は近日来訪するアルディギア王国の王女の護衛だ」
「王女? なんでまた王女が俺に?」
五年前にアルディギア内で魔族で構成されたテロリストの殲滅を行った事はある。その際に国王と面識を持ったが、それ以外では特に関わりなどない国だった。少なくとも名指しで王女の護衛を指名されるほどの信頼関係はお互い持っていないはずだ。というのが要の見解である。
それ故に心底不思議そうな顔で要はそう思った。しかし、
「…………」
那月はそんな要を見てさらに不機嫌になって行く。那月からジト目で睨まれて何となく居心地が悪くなってきた要は、
「一応言っておくけど、本当に心当たりがないからな」
まるで浮気を疑われた男のような弁明を始めていた。
「ま、お前にとってアレは数多く経験してきた事の一部でしかないから覚えていないのかもしれんな」
仕方のない奴だと言わんばかりにそう言い、那月は要に書類を渡した。情報化が進んでいるこの社会だが、機密性の高い情報は未だに紙面、口頭などで行われていることも多い(特に絃神島には電子の女帝がいる)
受け取った書類をぱらぱらとめくっていく。内容的には此方に向かっている王女を乗せた船と合流し、こちらに到着するまでの護衛という内容だった。
「なんで、わざわざ空の上で合流するんだか」
「向こうの騎士団にも面子があるんだろう。王女の護衛をいきなり他所の吸血鬼に任せるのには抵抗があったんじゃないのか?」
「なるほどね。出発は――二日後か、夏音にしばらく行けないと伝えておかないとな」
最近は猫の里親も見つかり、要が手伝う頻度も落ちつつある。特に最近はバタバタしていて、協力できていなかったので、少し申し訳なさを感じながらメールを飛ばす。
「それとあの計画は大丈夫か?」
あの計画とは今那月と要が追っている事件の容疑者を捕獲するために立てている計画だった。要も普段遊んでいるわけではなく、アイランドガードの手に余る魔族を相手にする事がある。
要は那月の足を引っ張る事ない力の持ち主であるがために、強力な魔族が相手となると那月もアイランドガード以上に要を助手のように使う傾向がある(そのためアイランドガードのメンバーから要は嫌われている)。
今回はまさにその仕事だった。
「仕方がないさ、王族たっての願いとあっては無碍にもできん。火力に関しては暁に手伝わせるから大丈夫だ」
「そうか。あの羽根つきとやらが気になってはいたんだけど……そういえば、島の外に出ることになってるけどあの面倒な検査を受けないといけないのか?」
吸血鬼ゆえにその手の検査は念入りに行われるのが規則だ。この島に来る前まで不法入国、不法出国が当たり前な事をやっていたので、要はこの手の検査が退屈で苦手だった。
「今回は簡易検査だけだ」
「まあ、それくらいなら仕方ないかな」
なんか面倒にならなければいんだけど、そう思いながら要は窓から外の月を見上げた。
◆
そして二日後、要はヘリに乗っている。
無論武装ヘリのような物騒なものではない(というより絃神島は航空戦力の保有を認められていない)。ただの移動用のヘリコプターだ。
パイロットはアイランドガードのメンバー。要はアイランドガードのメンバーから嫌われていることを自覚しているために、ギスギスした空気で行くのか、と辟易としていたのだが、要の予想は裏切られた。
パイロットはお喋りだった。
要もギスギスした空気で行くより、そっちのほうが良かったのだが
「いやー、まさか自分がうちはさんの送迎に参加させてもらえるとはマジで光栄っすよ。あ、ガム噛みます? いりませんか、そうですか。そうそう、この前自分ナラクヴェーラと戦っているところ見ましたよ! まじで凄かったです! 俺らが手も足もでない相手を問答無用でズバーって! それ見て思ったんですよ、ああ、南宮教官の助手を勤められるのはこの男しかいないってね! 実は自分うちはさん見たのはあの時が初めてだったんですよ、その前まで先輩から話聞いてるだけであまり良い印象持ってなかったんですけど、ガラッと変わってしまって、あ、ガム噛みます? いりませんか、そうですか。そういえば南宮教官とはどういうご関係なんで? 野暮かもしれないけど自分超気になるんですよ、ホラ? 南宮教官って年齢の割には幼女ぽいじゃないですか? それに最近はアスタルテさんもいるし、だからアイランドガードのメンバーの間じゃ、うちはさんはロリコンって影口も叩かれてるほどなんです。あ、勿論自分はそんなこと言ってませんよ、仮にうちはさんがロリコンでも自分うちはさんを尊敬してますので。けど、どうすれば、そんな風に強く、フラグ立てて美少女とお近づきになれるのかは正直知りたいですね。というわけで俺を弟子にしてくれませんか? 弟子は取らない主義ですか? そうですか残念っす。あ、ガム噛みます? いりませんか、そうですか。南宮教官とはどれくらいの付き合いになるんですか? 八年!? マジですか? つーと、教官がリアルJKだった頃に会ったんすね。それにしてもこの前はマジ凄かったですよ、吸血鬼が教官の助手なんて! って妬む奴もいましたけどこればかりは仕方ないって思う奴も何人かいると思うんですよ。だってこの前はけが人の救助やらはしてましたけど戦闘はうちはさんが来るまで完全に任せきりで。それはそうと、俺この前彼女できたんですよ! できたっていうか復縁したんですけどね。高校の時付き合ってて、俺がアイランドガードに入るって言ったら「そんな危険な仕事やめて!」ってな感じで止められて大喧嘩になって別れてしまったんすけど、この前連絡がきてもう一度やり直したいって!! もうマジで感激しましたよ!!! 今まで生きてきてよかったってまさにこのことだってね。あ、ガム噛みます? いりませんか、そうですか。それで、この前復縁後初デートに行ってきたんです。俺まだ二七ですけど、仕事が仕事ですからいろいろ覚悟決めないとって思ってるんですよね。そこで、頼みなんですけど、女性を何人も泣かせてきたという噂のある貴方にしか頼めない! 俺が彼女を幸せにできるか占ってくれませんか? え? 占いはできないんですか。んー、じゃー仕方ないか。それはそれとして俺の彼女まじで美人なんですよ、あコレ、写真見ます?―――」
このヘリのパイロットのお喋り好きは要の予想のはるか上を行くものだった。マシンガントークには凪沙で慣れているものの此方の相槌を最後まで聞くことなく話を変えて進めていくのだ。はっきり言ってかなり疲れる
パイロット自体悪い人間ではないのだろう、正直者というかある意味さっぱりした気質がなんとなくだが見て取れる。
だが、
(さ、流石にうざい。つか、何回ガム勧めてくるんだよ? そして恋愛相談をなぜ俺にしようとするんだ?)
絃神島をでた直後からこの状態が続いている。この男はすでに数時間喋り続けているのだ。舌が疲れないのか? とか、喉は大丈夫か? と思ってしまうほどにしゃべり続けている。
そしてさらに時間は流れ。
「お、うちはさん見えましたよ。あれが、そうですけど――墜落しかけてますよ!」
「あ?」
ようやくマシンガントーク地獄から解放される! と喜んだのつかの間。パイロットがそう言ったために要も窓から見てみる。
火を上げながら徐々に高度を下げていく空挺が目に映った。船体に描かれた戦乙女のシンボルは間違いなくアルディギアの船であることを示している。
「くそ! 俺が船を受け止めて海上に着地させる。お前はその後に降りてこい」
「って、危ないですよ!!」
パイロットの制止の声も聞かずに要はドアを開き飛び降りた。
「あのデカさじゃ……スサノオ!」
要がスサノオを召喚する。本来吸血鬼にとって海とは己の能力を制限されるフィールド。伝説のように海を渡れないということはないが、眷獣にしても、本人の能力にしても大きな制限を受けてしまう。
しかし、要はこの弱点をある程度克服できている。例えばその一つがスサノオと海面の接触部分に魔力の膜を張り水上に浮くようにするなどである。一体の眷獣でありながらも、複数の強力な眷獣を従える真祖に匹敵する力を持つと言われるのは、このスサノオ一体でありながら多くの応用ができる点が理由の一つだった。
そして、召喚したスサノオは何時ものスサノオではなかった。いつもよりはるかに大きな巨体。その巨体を以てしてアルディギアの飛空艇を支え、徐々に減速させ海面に着地させた。
「どうなるんだ? これは」
要の護衛の仕事は始まる前から大きな障害と当たってしまった。