「いいか要、今日この部屋は男子禁制だ」
ある日の朝、ドレスの上からエプロンを付けた那月はキッチンの入口に立ち要に対してそう宣言した。
キッチンの中ではアスタルテと夏音が懸命に何かの作業をしている。
「あー、はいはい」
その様子を見て何かを察した要は適当な相槌を打った。
「つか、それはそれとしてコーヒー飲みたいんだけど?」
「男子禁制だと言っただろ。外に飲みにいけ」
要は朝起きてぼんやりしながらコーヒーを飲みたかったのだが、その要望を那月はバッサリと切り捨てた。それはもう何の躊躇もなくだ。
「……いや、那月ちゃんが入れてくれたりは?」
「私も忙しいんだ。その合間を使ってお前の相手をしているのにコーヒーまで淹れさせる気か?」
なんて奴だ!? と言わんばかりにジト目で睨んでくる那月。
「すげえ理不尽なこと言われている気がするのに何故俺が悪いような空気なんだろう」
「と・に・か・く! コーヒーを飲みたいなら喫茶店でも行ってこい」
そう言う那月に対して要は抵抗を諦め近くの喫茶店に行くことにした。
この事がまた面倒な事件に巻き込まれる原因になるとは知らずに……。
◆
那月のもちビルから外に出た要は近くの喫茶店ではなく、最近できたという少し離れたところにあるカフェに行くことにした。
「いつも暑いなこの島は」
その絃神島では多くの店に赤い旗が並んでいる。今日は二月十三日。所謂バレンタインデーである。
バレンタインデー。起源となるのは色々時代の情景やら凄惨な理由があったりするのだが、そのあたりは割合する。というより、日本におけるバレンタインデーの説明は、女性が男性に対して、親愛の情を込めてチョコレートを贈与する。で事足りるだろう。何でも商業化や擬人化してしまうのは日本特有の文化ではないだろうか。といった具合に日本におけるバレンタインデーとは商業イベントのようなものでもあったりする。別名リア充御用達イベントである。
要も絃神島に来るまではなんの関係もないイベントではあったが。ここ数年では毎年数個のチョコレートをもらっていた。
ぼんやりと歩いていると十分ほど目当てのカフェについた。朝のピークは過ぎているが中々に繁盛しているようだ。
席が空いてればいんだがと思いながら要は店内に入った。
「……浅葱はまた作ってるのかな」
運良く一人分の席が空いており店員に案内され要は壁際の席に着きトーストとアイスコーヒーを頼むと、ふとそんなことを考えた。
藍羽浅葱。通称『電子の女帝』とも呼ばれる天才的なプログラマーである。そして要が絃神島にやってきてから交流があり、要にとって妹のような存在の一人とも言える。
そんな彼女は毎年義理チョコを要に送っている。要としても妹のような少女からもらえること自体は嬉しい。嬉しいのだが……残念なことに藍羽浅葱の料理の才能は逆方向にカンストしている状態だった。
(毎年大丈夫と言いながらダメで、そのくせ食べないと拗ねるし――詰んでるよな)
まあ、なるようになる。と思考を止め(現実逃避とも言う)。持ってきた文庫本を取り出しコーヒーがくるまでの時間を潰す。
しかし、何分たってもコーヒーはやってこない。
「……?」
流石に様子がおかしいと思い要が周囲を見渡すと客が要以外一人もいなくなっていた。客以外に店員もいない。
(また、厄介ごとか? ただコーヒー飲みに来ただけだぞ)
窓の外を見た瞬間、要の疑問の答えはすぐに解決された。
「ああ、間違いなく厄介ごとだ」
窓の外には十字架に磔にされた男性が何人もいた。その男性たちは外傷はないようでどうやら眠らされているようだった。磔にされている男性たちはいろんな意味で個性的であったと言える。中性的な青年、ワイルドな青年、ホストのような青年、ダンディーな雰囲気の紳士やメガネの似合う知的な青年もいる。ただ、一人の例外もなく一つだけ共通点があった。
それは全員タイプは違えど
そしてそのイケメン男性たちの下では謎の覆面を被った集団が謎の踊りを踊っていた。
「なんの儀式だよ……」
割と真剣に頭が痛くなってきた要だったが、来客を告げるベルが鳴りそちらに顔を向けた。
覆面を被った集団が入ってきて二列に別れ道を作った。そしてその道を悠々と歩み寄る老人がいた。そして、要はその顔に見覚えがあった。
「またお前か……」
「久しぶりだね、うちは要くん」
「負け組さんだったかな? アイランドガードに捕まったはずだろう?」
そこにいたのはクリスマスイヴ前日に要と激闘? を繰り広げた。『リア充憎悪の会』会長マーケ・グミ氏その人だった。
「誰が負け組だ!? ふっ、それに我々リア充憎悪の会がバレンタインデーなどというリア充御用達の外道イベントに現れないとでも思っていたのかね?」
「アイランドガード仕事しろよ……」
もうコーヒーは諦めようと要は思った。いろんな意味でコーヒーより濃い連中に会ってしまったから。
勘弁してくれと言いたげな表情の要を無視して会長は高らかに語る。
「ククク、以前敗北した我々だが、もう負けはしない。負けるはずがない。この意味がわかるかね」
「いや、分からんけど聞きたくない」
「そうか、そうか。ならば教えてやろう。牢獄に入ったからといって我々のすることは変わらない。牢獄の中にいながら、『俺、家族が待ってるんだ』や『恋人が待ってるんだ』などとほざく軟弱な愚か者を粛清し、童貞と非童貞を選別し、より強大な組織へと進化したのだよ!!!」
「おい、アイランドガード仕事しろよ」
要はそう言うしかなかった。もういっそのこと監獄結界にでも放り込んで欲しいとさえ思っていた。那月が全力が嫌がりそうだが。
「そして、私はバレンタインデー前に脱獄し見事リア充どもを確保することに成功した。ああ、安心したまえ怪我は負わせていない」
「そうか、まあおめでとう。帰っていいかな?」
そういい席から立ち上がろうとする要を会長は腕を伸ばし要の顔の真横を通り壁に叩きつけた。これが壁ドンいうやつだ。
「しかし、いくらリア充を捕まえても我々の心は満たされなかった」
空いた手で握りこぶしを作りワナワナと震えながら会長は言う。会長の言葉に呼応するように周囲の覆面集団も力強く頷く。
「何故か!? その理由を我々は考えすぐに結論にたどり着いた。奴だ! 奴がいる!! 我々の『リア充殲滅戦』を妨害しただけではなく、周囲に美少女を侍らせフラグを建設しているクソッたれな吸血鬼をな!!!!」
ギロりっ!! と血走った目で会長と覆面集団が要を睨む。
「そう……君だよ。うちは要くん。君を殺さなければ我々に朝は来ない!」
「もうずっと夜明けを待ってろ」
「私はね、もう一度心眼を鍛えたんだ。ギアナ高地の奥深くでね」
「いや、どんな刑務所生活送ってたんだよアンタ!?」
「その結果、私の心眼さらに多くのものを見通せるようになった! てぇおあああ!!」
ズキュゥゥゥン! と視線が要を打ち抜く。そして。
「き、貴様……。私には見えた。黒髪合法ロリ教師、銀髪ショートカット美少女、銀髪ロングの王女、アクセプトな
「前より制度が上がってる!?」
「黙らぬか!! やはり貴様を滅することでしか我らの乾きも餓えも癒されぬ」
スっと、会長が手を上げると覆面集団が懐から拳銃を取り出し、外にいた集団はアサルトライフルを構えた。要は早々にスサノオを召喚しようとしたが。
「おっと、スサノオで暴れようなどとは考えぬことだ。諸君アレを見せてあげなさい」
会長がそう言うと待機していた覆面集団の一人が奥の扉を開く。そこには店の従業員や客が縛られていた。
「君がスサノオで暴れて建物が倒壊でもしてみろ? 何の罪もない彼らが巻き込まれることになるのだよ」
ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべながら会長は勝ち誇ったようにそう言う。
確かに、要に限らず強力な力を持つ吸血鬼は従える眷獣もより強力なものが多い。第四真祖である古城にしてもそうだが、火力が高すぎるのだ。兵器で例えるのであればミサイルといったところだろう。都市の一つを壊滅させてしまうような火力を持っているのだ。要にしても単純火力であれば古城よりわずかに劣るが、それでも建物の一つや二つマッチ棒を折る感覚で粉砕する程度のことはできる。
つまり、それを考えればこの戦法は実に有効だといえるだろう。もっとも、絃神島に来る前の要であれば躊躇の欠片もなく民間人ごと潰してしまった可能性もないとは言い切れないが。少なくとも今の要は那月にあからさまな迷惑をかけないようにしているのだ。
「だが、その前に君には私の心眼で色々見ておきたいものがある」
再び会長の心眼が要を射抜く。そして、会長は、大きな、それはそれは大きなため息をついた。やれやれと首を振りながら。
「やはりか。そうなのか」
「会長?」
「どうされました?」
会長の突然の変異に覆面たちは恐る恐る声をかける。
「私は彼に同情できる余地があるのではないかと僅かな望みを掛けた。最後の審判という奴だ」
周囲がはっと息を飲み会長の言葉に耳を傾ける。会長はこの世界中の男の敵といっても過言でもない男にすら自費をかけようとしたのだと。覆面集団が口々に「会長っ、あなたって人は……」と涙混じりに賞賛の視線を送っている。
「だが、心眼で見た結果は……ガッデムゥ!! 彼に同情できる余地はない。一切ない! なぜなら彼はフラグを立てたウチの二人とは既に――!!」
「スサノオ!」
要がそれ以上は言わせるものかとスサノオの右腕だけを部分的に召喚した。
そしてスサノオの右腕で会長と覆面集団をなぎ払い外へ叩き出す。窓ガラスを破り耳障りな音を周囲に撒き散らす。
会長たちの計画は有効的である。しかし、唯一誤算だったのは要がスサノオの部分召喚が可能であるということを考慮しなかった点だ。
吹き飛ばされた会長と無駄に頑丈な覆面集団たちはすぐに立ち上がった。恐ろしい耐久力である。
「諸君、リア充憎悪の会の同志たちよ。彼は圧倒的なギルティィィ!! つまり判決はぁぁ!?」
「「「「「「「「「「死刑! 死刑!! 死刑!!! 死刑!!!!」」」」」」」」」」
「諸君は我々は世界中の非リア充の代弁者にして代行者だ!! 世界中の同士たちの代表としてやつに死刑を執行せよ!! リアルでラノベの主人公みたいな事はさせるな!!!」
「「「「「「「「「「Yes, Your Majesty!!」」」」」」」」」」
その怨念の篭った声をBGMに割れた窓ガラスのかけらを踏みしめながら要は外に出る。スーツの裾が風に煽られ揺らめいている。
「流石にいい加減面倒だから今度はきっちり仕留めさせてもらうぞ?」
外に出た要はスサノオの上半身を具現化させた。骸骨に肉が現れ、衣を身に纏っていく。
「諸君総力戦だ! 撃てぇ!!」
「「「「「「「「「「おおおおお!!」」」」」」」」」」
覆面集団が拳銃をアサルトライフルを一斉に掃射する。膨大な銃撃音が街を響かせ平和な街を壊していく。
しかし、ただの銃弾ではスサノオを突破することなど不可能である。やがて、それぞれの縦断は尽きて空撃ちの音が響く。
「くそっ!」
悪態を付きながら一人が銃を捨てナイフを抜き要に接近する。
「よせ! ポール!」
「戻って来い!」
仲間の静止の声も聞かずにポールと呼ばれた男はナイフを握りスサノオに斬りかかった。
しかし、ナイフはあっさり弾かれた。
諦めず、ナイフを振るう。しかし弾かれた。
ナイフを振るう、しかしはじかれる。何度も何度もポールはナイフを振るった。ただがむしゃらにナイフを振るうその姿に会長も覆面集団も魅せられたように沈黙する。
やがてナイフは刃こぼれしていき、ついには耐久の限界を超えてその刀身は真っ二つに折れた。
「クソ!」
「なんなんだお前ら――」
スサノオが片手でポールを掴み力を入れる。
「ぐ……うぐ、あああああああああああああああああああ!!!!」
「ぽ、ポールゥゥゥゥ!!!」
スサノオはポールが気絶したのを確認すると覆面集団に向かって放り投げた。ポールの体は数人を巻き込み地面に落ちた。
それを見届ける前に要はスサノオに命じ近くの電信柱を引き抜く。バチバチと火花を散らしながら電線が千切れるが要は特に気にもせず、覆面に向けて電信柱を地面から1メートルほど所までおろした。そして、棚の上の埃をとるように、なでるようにスライドさせていく。電信柱に巻き込まれ覆面集団の陣形は崩れていった。
「ふむ、見事なりうちは要。それこそ我が宿命のライバルよ」
「いや、やめてくれ! マジで」
何故か上半身裸になった会長がそう言ってくるのを要は本気で嫌がった。
会長はゴリラ型の巨大な眷獣を呼び出した。以前は眷獣が自身の宿主を汚いものを見るような目で見ていたが、今回は完全に汚物を見るような目をしている。ゴリラ型の眷獣の態度から一生牢獄に入ってればよかったのにという心情が誰でもたやすく読み取れるだろう(なおリア充憎悪の会メンバーを除く)。
「ふっ、奇しくも互いに人型の眷獣を持つもの、楽しいバトルができそうだ。前回は合法ロリ教師に邪魔されたが今度はそうはいかんぞ」
「はあ」
「我がリア充憎悪の会のメンバーは何処にでもいる。アイランドガードの中にも我らが同士はいる。彼はこの現場には来れなかったがアイランドガードの足止めという大任を受けてくれているのだ」
もうこの島はダメかもしれない。要は心底そう思った。人間金や地位等だけではなく、時には理屈に合わないこともする。それは一銭の得にもならなくともやってみたいと思えば人は行動できるものだろう。しかし、だからといってなんでこんな馬鹿な活動をしようと思ったのか皆目見当がつかなかった。しかも、それがよりにも寄って島を守る組織の人間がだ。
「さあ、行くぞ。ゴリマッチョ君。お前の力を見せるのだ」
「いや、それがそいつの名前か? もう少しひねってやれよ!」
まんまと言えばまんまネーミングに思わず要はツッコミを入れた。
「黙らっしゃい! もはや我らには闘いしか残ってはおらん! 戦う運命にあったのだ!! それがわからぬ貴様ではあるまい!!」
「いや、正直に全くわからない」
ゴリマッチョ君が近づき、スサノオに組み付く。まるで柔道の試合のように、相手の動きを制限し自分の技を仕掛けるか有利な状況に持ち込むつもりなのだろう。というより、あんな主でありながら命令を素直に聞く彼は眷獣の鏡なのかもしれない。
組み付かれた状態では上手く戦いを運べないと判断した要は、スサノオの右手からもう一本の腕を出現させる。その腕で体制を崩し一度距離を取る。
もはやカフェの周辺は廃墟と化していた。
「ふむ、わがゴリマッチョくんの拘束から逃れるとは……ならば!」
ゴリマッチョくんが両手で拳を作り急接近する。
「次はラッシュの速さ比べといこうじゃないか」
『ゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリゴリ!!!!!』
凄まじい速さで両手のこぶしでラッシュを繰り出してくる。
「いや、やらないからな」
八咫鏡で要はその攻撃をガードした。わざわざ相手の土俵に付き合う気などさらさらないのだ。そのまま、右腕にトツカノツルギを出現させ、一気ににゴリマッチョくんを貫いた。
「何だと!?」
会長が驚愕の声を上げるが、要はスルーして封印作業に入る。剣の中に意識をそして肉体を吸い込まれ封印していく最中要は聞いた。
『ああ、ようやく解放された』
穏やかな表情で――それはもう三日三晩徹夜で残業したサラリーマンが久しぶりにベッドでぐっすり眠れる前のような、ひどく穏やかな表情でそう言っていたのを、要は確かに聞いた。
「ご、ゴリマッチョく~~~~ん!?」
「いや、悲しんでるのお前だけだぞ」
「許さぬ、かくなる上は我が鋼の肉体を持って!!」
プチっ!
乾いた音が響いて、会長は沈黙した。いい加減我慢の限界が来た要がスサノオのチョップして意識を奪い取ったのだ。何かが潰れたようなヤバイ音もしたが、相手も吸血鬼だし大丈夫だろうと思うことにした。
「はあ、帰ろう」
要は踵を返し帰ろうとする。那月への言い訳とこれの事後処理は自分に回ってくるのだろうなと思いながら。
「と、その前に」
貼り付けにされてる罪なき民間人を先に救出しなければと、要が再び振り向くと。
「嘘だ! 会長が負けるなんて!?」
「会長! 貴方は言ったはずだ!! 30年間彼女のできなかった俺に希望をくれると!? 光をくれると言ったじゃないですか!?」
「会長! 負けないでください! 約束したはずですよ! 世界中のリア充を駆逐して我々のエデンを作ると!!」
「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」
意識を失った会長に必死に声をかける覆面集団がいた。
「はあ、いくら吸血鬼でも無理だよ。それなりに力入れて殴ったからな」
付き合っていられんとばかりに、磔にされている人たちの救助を行う。全員を十字架から下ろし安静にさせ覆面集団の方を向く。
「なに……!?」
そこには、仲間の声に応え立ち上がろうとする会長の姿があった。
「馬鹿な、並の吸血鬼では立ち上がることも困難なはず!?」
「……ごほっ、君にはわかるまい――君と違い私たちに美少女はいない!」
取り敢えず美少女云々から離れろと要は思ったが、この異様な空気によってそのツッコミは阻まれた。
「だが、私には彼らとの絆がある! 約束がある! 誓いがある!!! ゆえに倒れるわけにはいかない! 断じて! 倒れるわけにはいかんのだァ!!」
すでに彼の眷獣は要が封印した。もはや会長には拳以外に戦う術を持たない。その拳を握り締め会長は要へと向かう。
繰り出された拳は一発で終わることなく、何度も要を襲ってくる。その拳を要は弾き、いなしていく。隙ができればいつでも自分も拳を打てるように。
「みんな! 見るんだ、会長の勇姿を! 俺たちの希望を!!」
倒れていた覆面集団もよろよろと立ち上がり要と会長の攻防を見守っている。
「ええい、いい加減に!」
会長の一瞬できた隙をついて要は右の拳を会長の腹部に叩き込んだ。くの字に会長の体制が崩れたところで、要はさらに左の拳を頬をめがけて繰り出した。
体制が崩れた状態でその拳を受ければ、間違いなく数メートルから十メートル以上は相手を吹き飛ばせる一撃だった。しかし、会長は崩れた体勢を無理やり立て直し、そこに踏ん張った。そして
「セイヤァァァァァァ!!」
渾身の回し蹴りが要の首に炸裂した。
「っ!」
老いているとはいえ吸血鬼の渾身の回し蹴りをくらい要は吹き飛び、建物に突っ込んだ。
「はぁ……、はぁ……、はぁ……まだ、だ。まだ」
会長は最後の力を振り絞った。全力で走り要に最後の一撃を放とうと飛び上がった瞬間。建物の中から現れた二本の巨大な手に、バチンっ! と叩き潰された。
「火事場の馬鹿力ってやつか。流石に驚いたな」
スーツについた埃を払いながら要が建物から出てきた。自分も彼らの空気に呑まれて、わざわざ相手の土俵で戦ったことを反省しながら。
「けどまあ、これで終わりだな」
開かれたスサノオの両手からこぼれ落ちた会長の意識が完全にないことを確認し、無駄に長い惨劇はようやく終焉を迎えた。
◆
「私は最近思うんだ……お前をいっそのこと部屋に閉じ込めておけば厄介ごとの何%かは減るんじゃないかとな」
那月が呆れたようにそう言った。まあコーヒーを飲みに行っただけで街の一部を倒壊させる事件に関わった(ある意味では中心にいた)のだからそうも言いたくなるだろう。真祖に匹敵する要が暴れたにしては被害はかなり少ないほうだが、そんなことは慰めにもならないだろう。
「別に俺が起こしたわけじゃないんだが」
「目撃情報だとお前のスサノオが電信柱を引き抜いたとあったが」
「いや、それは……それよりあの馬鹿どもは?」
言い訳しようとした要だが、泥沼にはまってしまいそうだと思い、話題を無理やり変えた。そんな要をジト目で数秒ほど睨むと、那月は大きなため息をついた。
「まあ、いいさ。脱獄に誘拐、障害、街の破壊、殺人未遂等等。もはやただの犯罪者じゃなくて、テロリストみたいなものだからな。監獄結界に放り込むことが決まった。あと、奴らに協力していたアイランドガードの馬鹿者もな」
心底いやそうな顔で那月はそう言った。なにせ、あの変態犯罪集団と同じ空間に本体がいるのだ。誰だって嫌だろう。すると、今まで黙っていた夏音が心配そうな表情で話しかけた。
「お兄さん大丈夫でしたか?」
「ああ、大丈夫だ夏音。少し疲れただけだ」
「それは精神的な疲れだと推測します。糖分の摂取が有効かと……」
「ああ、ありがとうアスタルテ」
アスタルテが持ってきたアイスコーヒーを受け取り要はようやく落ち着いたといった感じだ。
なお、モーニングコーヒーを飲みに行ったのに、コーヒーを手にしたのは夜になってからになっている。
「それと、これを」
スっとアスタルテがチョコレートを要に差し出した。丁寧にラッピングが施されているのを見る限りどう見てもバレンタイン用のチョコレートだ。
「くれるのか? まだ十三日だが」
「はい。教官から助言を頂いたので」
「助言?」
「あのお兄さん私からも……」
「ありがとう、夏音。お前も助言とやらを?」
「はい」
「で、これが私のだ」
最初の二名と違い偉そうな態度で那月はチョコレートを渡した。毎年のことなので慣れたようにチョコレートを受け取ったが。
「くれるのは嬉しいけど、なんで今日なんだ?」
「去年は藍羽のモノを食べてしばらく意識不明だったせいで渡すのに一週間もかかっただろう。ならば、むしろ一日早いほうがいいと思ってな」
「……」
藍羽という名を聞いて要は固まった。そう、藍羽浅葱は毎年のように要に義理チョコを送ってくる。しかも手作りで。彼女が料理の努力をしているのは知っている。だが、実を結んでいないのも知っている。市販品で良かったのにと八年前にこの島に来てから毎年のように考えてることだった。なにせ、最初の頃など食してから数週間はチョコレート恐怖症になったくらいだ。
「マスター、脈拍が急激に上昇しています」
アスタルテが要の左手を取りながら冷静に診察している。まあ、そんなことに構ってる精神的余裕など今の要は持ち合わせていなかった。
「お兄さん、顔が真っ青でした」
夏音の声にも耳を傾けられず呆然とする。
「まあ、今日は私たちのチョコレートを味わうんだな」
ポンポンと要の肩を叩きながら那月がそう締めくくった。
◆
翌日
その日要はいっそのこと外に出なければいいんじゃないかなと思い部屋に閉じこもっていた。浅葱には悪いと思うが彼女の料理の腕はそっちの
だが、要はいま外へ出ていた。
「う~、ごめんねえかなめっち。チョコレート忘れちゃうんなて」
「気にしなくていいよ凪沙ちゃん」
そう彼女、暁凪沙が原因だった。
事は十数分前、要が部屋でアイスコーヒー片手に読書をしている時だった。突然チャイムが鳴ったのだ。
(まさか……浅葱か?)
浅葱を危険人物みたいな扱いして悪いとは思うのだが、それだけバレンタインの浅葱がトラウマになっているのだとわかってほしい。
恐る恐る来訪者を見ると写っているのは凪沙だった。ほっと息をついて玄関のドアを開けたのだった。
「やっほー、かなめっち。バレンタインのチョコレートを届けに来たよ!」
「そうなのか? わざわざありがとう、凪沙ちゃん」
ニコニコと笑みを浮かべながらカバンの中に手をいれる凪沙だが、中々目当てのモノが見つからないのか徐々に焦った表情に変わっていった。
「ごめん! かなめっちチョコレート忘れちゃった」
「ああ、そうか。それじゃあまた次の機会に――」
「ダメだよ! 今日渡さないと! 私今から取ってくるから待ってて」
「あー、それじゃあ凪沙ちゃん、俺が一緒に行くから向こうでくれないか?」
凪沙は暁家の家事の大半を担っているのを知っている要としては、ここからさらに一往復半させるのは忍びなかったためそう提案した。
「え、でも……」
「俺も貰う立場だからな。何から何までやらせるというのはちょっと気が引けるから、頼む」
「うん、それじゃあ……」
といった感じに外へ出てきたのだった。
「でも、買い物の荷物持ちまでさせちゃって」
「気にしなくていいさ、これくらい俺には軽い」
魔族恐怖症である凪沙が唯一恐ることなく接することができるのが要だった。古城も不思議がっているのだが、凪沙は何となく要に対しては恐怖心をぼえることはなかった。
学校のことや古城のこと夏音や雪菜といった二人の共通の話題で盛り上がりながら歩いていると、マンション前で古城と雪菜に出会った。
四人で他愛もない会話をしながらエレベーターで上に上がり降りると暁家の扉が開き一人の女性が出てきた。暁深森。古城と凪沙の母親だ。
「あれ、深森ちゃんどうしたの?」
「みんな久しぶり! それじゃあ私ちょっと急な仕事があるから」
「「?」」
暁兄妹は不思議そうな顔をしたが、自分たちの両親はああいう人だったと変な意味で納得してしまった。
「なあ、姫柊、なんか俺デジャヴを感じたんだけど……」
「奇遇ですね、私もです」
そして、開け放たれた暁家の扉からは、要が現在もっとも恐る人物。藍羽浅葱顔を出していた。エプロンを装着し、背後に黒煙を従えながら。
その瞬間要は全力でエレベーターへと向かった。
「凪沙! 逃がすな!!」
「ガッテン!」
要がエレベーターのボタンを押していると流石は高級マンションというべきか、かなりの速さでエレベーターはやってきた。要はすぐに乗り込み一階のボタンを押す。
凪沙が全力でエレベーターに向かってくるが、エレベーターの扉が閉まるほうが早いだろう。要は安心した表情で壁に寄りかかった。そして、扉がしまる寸前で、凪沙は自分の手を差し込んだ。
「ちょっ!? 危ないよ凪沙ちゃん!!」
「逃がさないよかなめっち!」
凪沙もかなり必死だった。少しでも食べる量を減らそうと必死だった。エレベーターの扉をこじ開け要の腕を掴み無理やりエレベーターから引きずり出す。
「かなめっち。敵前逃亡は士道不覚悟だよ」
「頼むから勘弁してくれ!」
ズルズルと引きずられながら要は自分の命運を呪った。
そして、彼の記憶は一度ここで途切れている。次に記憶が繋がったのは丸一日経った頃だった。
◆
某国王女の場合
「要、私の気持ちを受け取ってくださいな」
「ああ、ありがとう」
手作り感のあるチョコレートを受け取りながら、ふと彼女は料理の腕はどうなのだろうと思ってしまうのは。どう考えてもバレンタイン当日の出来事の影響だろう。
「ふふ、手作りのチョコを異国の殿方に渡すというのも良いものですね」
「そうなのか。いまいちピンとこないが」
「ええ、そういうものです。本来であればバレンタイン当日の夜にお渡しして、そのまま熱い夜を過ごしたかったのですが、残念ながらあなたが捕まらなくって」
冗談か本気かよくわからないなと、思いながら思わず要は苦笑いしてしまった。なにせその時要は意識不明だったのだから。
「他にも日本のバレンタインを勉強して色々考えたんですよ。侍女からは自分にリボンをつけてというのも聞いたのですが、お父様とお祖父さまが反対してしまって」
「そりゃ、そうだろう」
というより、一国の王女に何を吹き込んでるだその侍女たちはと思い、あの国大丈夫か? とすら思ってしまったの要は至って普通であるだろう。
「次に媚薬や惚れ薬も考えたのですが――どれも効果が期待できずに……」
「まて効果が期待できれば入れたのか?」
「うふふ、冗談ですわ」
「お前が言うと冗談に聞こえないな」
ある日に昼下がりの二人の時間は穏やかに過ぎていった。
◆
監獄の魔女の場合
「受け取るがいい、うちは要」
「なんで、那月ちゃんといいお前といい偉そうなんだよ」
呆れながらも和服を着た魔女からチョコレートを受け取った。
「ふん。私とて苦労したんだ。材料を揃えるために那月にどれだけ交渉したと思っている」
「むしろ交渉できたことに驚きだよ」
少なくともこの監獄に面会システムなんてなかったはずだがと思いながら、彼女の行動力に驚いてしまう。見解の相違もあるだろうが、その行動力がありすぎるが故に那月と敵対することになってしまったのではないかと要は密かに考えている。
「ほら、早く食べろ。私は後で感想を聞くこともできぬのだからな」
「はいはい」
包装を丁寧にはがし、中に入っていたチョコレートを一つ口に放り込む。
「……うん、適度な甘さとほろ苦さがうまく混ざってるな。悪くない」
「そうか……」
魔女は満足そうな表情で笑った。
舞威媛の場合
「ほら、受け取りなさいよ。うちは要」
そっぽを向きながら渡してきたのは包装された小さな箱だった。
「なんだこれ?」
受け取りながら尋ねる。
「チョコレートよ」
「え!?」
ぶっきらぼうにチョコレートと言われて要は思わず固まってしまった。男嫌いで有名な彼女がわざわざチョコレートを自分に渡したということが驚きだった。
「な、なによ、そんなに驚いて」
「いや、お前が俺にチョコレートって。何かあったのか?」
「べ、別に深い意味なんてないわよ! ただの義理チョコよ。それに貴方には命を救われたりしたし……あー、もう。とにかく、ありがたく受け取って、感謝の念を込めて食べなさい! いいわね!!」
「――わかったよ。ありがとう」
面白い娘だなと思いながら要はクスクスと笑った。
ちなみに会長が再び立ち上がるシーンでは、幽○白書の○truggle of ○adnessというBGMを脳内再生しながら書きました。
ちなみに、この作品はクリスマス小説書いてる時点で考案してました。主に会長が帰ってくるところを
2015.5.21
加筆修正いたしました