ストライク・ザ・ブラッド ALTERATION   作:霧島楓

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未投稿だった番外編を供養兼ねて投稿します。


番外編:七夕狂騒曲

 

 東京の郊外にある屋敷。 西洋風の造りでいかにも金持ちが住んでいそうな雰囲気だ。その一室で一人の細身の男がソファーに体を沈めながらパソコンを開いていた。パソコンの画面には何らかの図面と隅の方に小さな正方形のウィンドウが開いており、そこに女性の顔が映っていた。どうやら彼女と通信をしているらしい。

 

「最終確認は済んだか?」

『ええ、規定の人数を大幅に上回りましたが――今回は多いに越したことはありませんから』

「そうだな――我らが同志たちのためにも」

 

 そう言う男の表情には哀愁が漂っていた。

 

「私達は希望を奪われた」

『……』

 

 男の言葉を通信先の女は無言で聞く。

 

「それは許されぬ事だ。あの人は希望だったのだ! この世で唯一の正義だった!! だが、奴らはあの方を、我々をテロリストと呼ぶゥ!!!」

 

 男は荒れた。その細い体から憤怒の溶岩とも言うべき感情がグツグツと煮えたぎっているのが目に見えるようだ。 彼は尊敬すべき、敬愛すべき人を奪われた。

 

『――明日が待ち遠しいですね』

「ああ、同志たちは解放される。彼らと力を合わせれば、怨敵『うちは要』を始末できるはずだ」

『ええ、我らが悲願のためにも――必ず!』

「ああ、無論だ。今日はもう休もう。明日に差し支える――」

 

 そう言い男は通信を切った。人知れず彼らの計画は実行に移されようとしていたのだ……。

 

 

 通信を切った女性は大きく伸びをした。そして、パソコンの画面に映し出された一枚の写真を見る。そこにはひとりの男の顔を写していた。隠し撮りされたのであろうか、カメラに目線は写っていない。それもそのはず、この写真は監視カメラをハッキングした上で抜き取ったものだからだ。 そこに映し出されていたのは、真祖に匹敵する吸血鬼――うちは要だった。要の写真を見て女は端正な顔を醜く歪める。

 

「待っていなさいうちは要――あの時のお礼はたっぷり返してあげる――必ず後悔させてやるわ!」

 

 口調からはっきりとどす黒い感情が伝わってくる。そんな怨念の篭った声だった。

 

「決して許さない――私がこの屈辱を忘れていなかった事を呪いなさい!」

 

 握りこぶしをキーボードに打ち付け女は怒りを抑え込む。――まだだ、怒りを爆発されるのは今日じゃない! と荒れた心をなだめていく。

 

 

 絃神島 要はここ数ヶ月でお馴染みとなってしまったメンバー、那月、アスタルテ、夏音、霧葉、ニーナといった面々と朝食をとっていた。

 

「集団失踪事件?」

 

 そんな物騒な話を那月が言った。

 

「ああ、この数ヶ月世界各地の魔族特区でな――」

 

 そう言い那月は紅茶を飲む。

 

「私も大史局から聞いているわ。今まで日本国外で起きていたのだけれど、昨日ついに日本でも発生したと――」

 

 そう霧葉が那月の後を引き継ぐように言う。

 

「そんな事件があったなんて初めて知りました」

「俺もだな」

 

 夏音が不安そうな表情で言い、彼女の発言に要も同意した。事実そんな事件が起きているのは今まで知らなかった。

 

「海外であることと、魔族絡みの可能性も否定しきれなかったから情報に規制がかかっていたからな。魔族特区では特にな」

 

 那月の話を聞いて要は納得した。魔族の多く住む魔族特区で世界各地で集団失踪が起きており、それに魔族が絡んでいると知れれば魔族に対して疑心暗鬼が募ってしまうだろう。そうなれば余計なイザコザを起こしかねない。

 

「でも、ついに日本で発生したから情報規制は解除されたってことか?」

「一部な。まあ、幸いこの島では失踪者は出ていないらしい――だが、この後失踪者が出ないとも限らない。今までの事件の傾向からすると、絃神島でも事件が起きないとは言い切れないからな――」

 

 全く面倒なことだ、と那月は不機嫌そうに言う。すると、そういえば、と霧葉が思い出したように声を上げた。

 

「行方不明になっているのは男性だけというのが特徴ね」

「……ん? 男だけ?」

「ええ、未婚の男性だけよ。なにか心当たりがあって?」

 

 要の脳裏を嫌な予感がよぎった。それは、かつてクリスマスとバレンタインに要を死闘? を繰り広げた『リア充憎悪の会』という情けない組織だった。無駄な労力と無駄な行動力に、無駄なカリスマ性を持つ指導者という、いろんな意味ですごい組織だった。

 

(いや、だがないよな。あの組織は頭が監獄結界に放り込まれているはず)

 

「なあ、それ……全員恋人がいるとかそういうのは?」

「そういう特徴は無かったはずだけど、中には引きこもりだった息子が消えたって被害も出ているわ」

「そうか、奴らじゃないか」

 

 そもそも、彼らなら既婚者だろうが狙うだろう。未婚だけ狙うというのは彼らの条件には当てはまらない。と要は結論をつけた。それにこの島で事件が起きなければ自分とは関係のない話であると。

 しかし、要のこの結論は外れてしまった。 そう、この日、要は――いや、この島は大規模な事件に巻き込まれてしまうのだった。 

 後に要はこの事件のことを

 

「今まで島が沈みそうな事件や、世界滅亡ってレベルの事件には遭遇したけど――こんな事件は初めてだったね。めちゃくちゃ疲れたよ」

 

 と、語った。

 

 

 夕方。

 要たちは商店街を歩いている。

 普段から賑やかだが今日は、露店が並び、浴衣を着た人たちで溢れている。

 この後に使うのであろうイベントステージは、七夕らしい笹や短冊が飾り付けられ、祭壇のような雰囲気を感じさせる。

 常夏の島である絃神島では、季節感を感じやすいようにするためか、季節ごとのイベントというのが豊富である。今回の七夕祭りもその一つだ。

 夏音やアスタルテたちは、たまには年の近い者同士ということで、凪沙たちと祭りを回り、最後の花火が始まる時に合流することになっている。

 要はいつもの通りスーツスタイルだが、那月、紗矢華、霧葉の三人は浴衣を着用していた。

 

「私たち一応うちは要の監視役の筈なんだけど」

 

 生真面目な紗矢華が良いのだろうかと悩む。監視役の仕事をしているのに、浴衣を着て祭りに来ていることに違和感が拭えない。一方で霧葉は対照的だ。

 

「いいんじゃなくて? うちは要と良好な関係を築くのも仕事よ」

(少なくとも私はそういう要員として派遣されたんでしょうし)

 

 やや斜に構えた物言いの霧葉だが、既に要にわたあめを買わせ、手に持っている。何だかんだ楽しんでいるのだろう。

 

「気楽ね、太史局は」

「ん? どうした紗矢華。つまらないか?」

「そんなことないわよ。早く雪菜に会いたいだけ」

「そういうことね。古城たちも近くにいるそうだ、合流しよう」

「ちょっとまって、暁古城と雪菜が一緒に来てるの?」

「そりゃそうだろ」

 

 いつものことだろ。と要は続けるが紗矢華はワナワナと震えだした。

 

「違うわよ! 雪菜も浴衣を着てるのよ、変な気でも起こしたら!?」

「姫柊に起こすわけねえだろ!」

 

 紗矢華の声を頼りにやってきた古城が思わず突っ込む。

 

「私に起こすわけないですか、そうですか」

「えっと、何で怒ってるんだ姫柊?」

「別に怒ってませんけど?」

 

 そういう割に雪霞狼の入ったギターケースを握る手に力が込められている。

 

「騒々しくなったものだ」

 

 呆れたように那月が言うが、内心では悪くないと思っているのだろう。表情は楽しそうだ。

 その姿から視線を外した要が一言ボヤく。

 

「平和だねえ」

 

 そんな事を呟いたのが良くなかったのだろうか。

 空気が変わった。

 

 ドン!

 

 ドン! ドン!

 

 ドン! ドン! ドン!

 

「……ただの祭り囃子であってほしいな」

「いや、明らかにリズムおかしいだろ」

 

 現実逃避するように要が言うと、古城が容赦なく違和感を指摘した。

 太鼓の音が近づき、発生源に人々が道を譲る。

 今日は祭りだ。浴衣を着ている人を筆頭に見慣れない装いの人は多くいるが、その中でも一際異彩を放つ集団がいた。

 褌姿に法被。祭りの装いとして相応しいと言えば相応しいのだが、ちょっと認めたくない。

 那月と古城は頭痛がするのを堪えるように目頭を押さえているし、当然のように紗矢華、霧葉、雪菜は引いている。

 関わりたくないと思うのが正常な判断なので、全くもって正しい反応だろう。

 その集団の中央からよれた白衣を着た、細身の青年が現れた。

 

「御機嫌よう。空隙の魔女、そして会いたかったぞ、うちは要!」

「誰かな?」

 

 要が一歩前に出る。正直察しはついてるし、帰りたいのだが、時には前に出ないとならない時もあるのだ。

 

「自己紹介が遅れてしまったね。私はミスト。まあ、しがない魔術研究者さ」

「そうかい。その博士が変態共引き連れて何のようかな?」

「むろん、聖戦さ!」

「ごめん、その単語変えてくれないか、色々勘違いするから」

「特に、うちは要。君は我々の聖戦に大きな関係がある。この因果、逃れる事はできないのだよ。この因果、我々との宿命、君にも覚えがあるだろう?」

 

 ミストが無視して続ける。無視というかそもそも話を聞いていない。

 

「スマンが記憶にないな」

「記憶にない? 確かに私は君とは初対面だ。だが君は知っているはずだ、我が偉大なる指導者を」

「指導者?」

 

 既に分かっている。気が付いている。でも、それでも一縷の望みにすがり、要は惚けてみた。

 

「そうとも! その尊名を訊けば思い返せるだろう!」

 

 ミストが両手を広げる。

 

「我らが偉大なる大恩師!マーケ・グミの名にかけて!! 今宵の聖戦にて、怨敵「うちは要」を打ち滅ぼす!!」

 

 『うおおおお!!』 宣言とともに野太い歓声が上がる。

 

「……ごめん、精神衛生上悪いから帰っていいかな?」

 

 限界だった。

 

「ダメだ」

 

 那月が躊躇なく言い切った。他の面々はシンプルに固まっている。ナニコレ?と。

 

「くくく、逃げるのかね、うちは要」

「ああ」

「だが無駄だ、儀式は既に始まっている!!」

「儀式?」

「その通り。見よ!」

 

 ミストが示す先にはイベントステージだと思っていた祭壇があった。

 七夕祭り内のイベントで使うものかと思っていたが、どうやら彼らが無断で設置していたらしい。

 その祭壇を男たちが囲み謎の踊りをしている。正直かなり見苦しい。

 年少組がここにいなくて本当に良かったと要は心の底から安堵した。

 ちなみにこの辺りから事件慣れしている、善良な島民たちが避難を始めている。極めて適切な判断である。

 

「あの男は……」

 

 祭壇付近で謎の踊りを披露している男を見て、霧葉が何かに気が付いた。

 

「知り合いか霧葉?」

「いいえ。でも太史局の報告書に載っていたわ。朝話していた行方不明者よ」

「その通りだお嬢さん。だが一つ訂正させていただこう。彼らは行方不明者じゃない、同志だ」

 

 ミストが指を左右に振り訂正する。

 

「つまり、行方不明になった理由は拉致とかの類じゃなくて、ただあの負け組連合の仲間になって自発的に姿を消していたと」

 

 要がまとめるが、誰も声を発さない。さすがにそのオチはあんまりだろうと。真面目に捜査してきた警察関係者も報われない。

 だが、そんな空気を完全に無視して儀式は引き続き進行していく。

 

「これより会長を現世に呼び戻す!」

「奴さん、監獄結界だぞ?」

「知っているさ。だから今日この日を選んだ。七月七日、即ち七夕だ! 君たちも知っての通り、七夕には愚かな恋人が一年に一度逢引する。そういう伝説があるな?」

「伝説的な愚か者なら目の前にいるな」

「本来であればこのようなリア充を増長させる悪しき伝説、打ち砕くのが我らの使命だ。しかし利用できる! 一年に一度の逢引。すなわち深い絆を結んだ者たちを引き合わせることのできる一日。これを召喚儀式に応用することで、空間を超え会長を復活させる!」

「……」

 

 無言で那月を見る要。那月は表情が引きつっている。

 

「そのために、会長を求める同志をこの数か月世界中から集めたのだ!」

 

 それがこの数か月の事件の真相としての答え合わせだった。

 事件について知っていた面々は、何ともいたたまれない気分になっていくことを自覚した。

 だが、無情にもそんな彼らを置いて、事態は進行していく。

 祭壇から光が放たれ、空間が軋み、歪んでいく。

 

「止められる?」

「無理だ。すでに空間歪曲が始まっている。今下手に干渉すると空間ごと島が吹き飛ぶぞ」

「そっかぁ」

「しかも厄介なのが、監獄結界への干渉はこの儀式の最終段階。察知することができなかった」

「できた時には既に空間歪曲でこっち側が危ないと。質の悪さはヴァトラー並みだな」

 

 那月は不機嫌そうにしている。

 

「見ろ、我らが会長が自由になる!」

 

 ミストが会のメンバーに宣言する。

 七夕伝説を利用した大規模魔術の儀式。そして、世界各地の行方不明者、というかリア充憎悪の会の新規加入者たちの祈りは空間を越え、監獄結界へと繋がる。

 

「何と言うか、世も末だな。数ヶ月でこれだけの加入者が集まったのか」

 

 疲れたように要がボヤく。世界規模の事件であった未婚男性の失踪事件が、まさか負け組復活儀式のために集まったなんて、誰が想像できるというのか。

 いったいこの世界はどこで道を踏み外した。

 そんなことを憂いながら儀式の行く末を呆然と眺める要たち一行。

 もちろん儀式を止めたいのだが、止めようにも既に空間歪曲が始まっているせいで下手に手出しができず見守るしかない。

 

「成功だ! 我々は成し遂げた! あの監獄結界から会長を取り戻すことに成功した!!」

 

 膨大な魔力が吹き荒れ周囲に煙が立ち込める。 そこに吸血鬼特有の大きな魔力が吹き荒れる。 

 

 ドンドコッ!ドンドコッ!ドンドコッ!

 

 会員達の奏でる太鼓の音色が無駄に壮大なBGMとなり、要達の神経を蝕んでいく。

 

「遂にこの時が来た! 新入りたちよとくと見よ! 我ら、非リア充の希望の星!」

 

 ミストの言葉とともに魔法陣から彼が現れる。 和服の上部分をはだけさせ、無駄に鍛え抜かれた筋肉をアピールするポーズで……。

 

「今こそ復活する――あの方こそが!」

 

 ――リア充憎悪の会、会長マーケ・グミ、降臨!!!

 

「会長! 万歳!!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」「会長っ!」

 

 会員たちの呼び声に応え、マーケ・グミは握り拳を高々と上げた。

 

『『『『『『うおおおおおおおおおおおっ!!!!』』』』』』

 

 その仕草に希望を取り戻した会員たちが歓喜の雄叫びを上げた。

 

「……」

 

 そして、そんな彼らを十数メートル離れた場所で見ていた要は。天を仰ぎ、そして大きな大きな溜め息をつく。

 

「ごめん、那月ちゃん、紗矢華、古城、姫柊、霧葉。頭が痛くなってきたから帰るな――」

「ダメだ」

 

 踵を返そうとする要を那月は素早くレージングで拘束した。さらに紗矢華と霧葉が両サイドに立ち、己の得物を構え、リア充憎悪の会を油断なく見据えている。いつ襲いかかってきても迎撃できる態勢だ。そして同時に要が逃亡を図ったら即座に捕まえられる態勢でもある。いざとなったら要に解決させるという不屈の意志すら感じとれた。これもある意味信頼関係なのかもしれない。 こんな事で彼女たちの有能さを知りたくなかったのだろう。要の目は暗く淀んでいる。

 

「いや、マジで頭痛いんですよ? 早退させてくれないか?」

「安心しろ、私も痛いからな」

「ちなみに私もよ」

「同じく」

 

 紗矢華は心底気持ち悪いものを見るように、そして普段飄々としている霧葉は珍しく表情を引きつらせていた。前回と前々回、彼女は都合により彼らと直接関わることはなかった。なので、要と那月から話を聞いただけだったのだ。今回、彼らを初めて生で見て色々処理に遅れていた。 もっとも、それは霧葉だけではなかった。古城と雪菜もだ。厳密にはマーケ・グミ2世とは遭遇しているのだがオリジナルと遭遇は初めてだった。未知との遭遇というやつである。

 

「な、なんつーか……凄いな――いろいろと」

「そ、そうですね……凄いです――いろいろと」

 

 二人共乾いた笑みを浮かべながら呆然としていた。

 

「だから、精神衛生上良くないとあれほど――」

 

 言ったのに。と続けようとした要だが、最後まで言い切ることができなかった。何故なら、会長が、ミストが――いや、リア充憎悪の会の全会員が血の涙を流しながらこちらを見ていたから。

 

「うちは要。貴様――」

「えっと、久しぶり? 元気だった?」

 

 渋い重低音を響かせながら会長は血の涙を拭うことなく見据える。レージングで拘束された要を。

 

「黒髪ロリ教師と野外での拘束プレイだと! 貴様それは我々に対する挑戦のつもりか!?」

「……変わってないようでガッカリしたよ」

「しかも両サイドに美少女を侍らせおって!」

「いや、侍らせるんじゃなくて、逃げないように監視されてるというか」

 

 そういうと会長が目をガン開きにした。震える声を出した。

 

「なに? ではその二人はヤンデレ属性持ちとな?」

「いや、どちらかというと紗矢華はツンデレ気質…」

「誰がツンデレよ!?」

「え、そういうところ」

「というか貴方、私の方は否定しないのね」

「我々の前でいちゃつくな!!」

「いや、いちゃついてないけど」

「黙れぃ!! 毎度毎度、我らの神経を逆なでする男よのぉ。新しい眷獣の錆にしてくれる!」

 

 監獄結界の中でどうやって新しい力を手に入れたのか、空隙の魔女、永き時を生きる吸血鬼の要ですら分からなかった。

 

「結界の構築を作り直すか」

「頑張って」

 

 那月は自分の役割上、対策の必要があり、考えたくもないのに考えなくてはいけない。それを他人事のように宣う要をそれはそれは冷ややかな目で睨みつけた。

 

「あ、いいこと思い付いた。監獄結界で新しい力に目覚めた吸血鬼がいるってヴァトラーに知らせよう。多分飛んで来るぞ」

「余計に混沌とするじゃない!」

「呼んだらお前ら三人を監獄結界の同じ部屋に放り込むぞ」

 

 要がヴァトラーに押し付けようとすれば、紗矢華が即座に突っ込み、那月がさらに温度の下がった目で睨む。

 

「だが、その前にやることがある! そう君だよ」

 

 と盛り上がる要たちを尻目に、ビシッ! と古城を指差す。

 古城が「え、俺?」と戸惑う。当然の反応であるが、そんなことで止まるマーケ・グミではない。

 

「君とその横にいる国家公認ストーカー美少女と関係を言ってみたまえ」

「は? え? なんで姫柊の正体を!?」

「さすがは監獄結界に幽閉されるだけのことはありますね」

 

 雪霞狼を油断なく構え、雪菜は警戒する。

 

「いや、そのおっさん自称心眼の使い手だそうだからそのせいだぞ」

「え? し、心眼ですか?」

 

 要の補足説明に、信じられないといった風に雪菜は会長を見る。

 雪菜のような美少女に見つめられマーケ・グミと愉快な仲間達は一同揃って頬を赤らめていた。正直気持ち悪い。

 

「フッフッフ、その通りだよお嬢さん」

「紳士ぶる前に服をしっかり着ろ」

 

 要が冷静にツッコミを入れるが会長はスルーした。ちなみに要はいつの間にかレージングの拘束から抜けている。空隙の魔女の拘束を音もなく抜けてみせる。真祖に匹敵する力を持つというのは伊達ではないのだ。

 

「だが、この心眼で見抜くのはお嬢さんではない! 君だよ暁古城くん」

「何でだよ?」

「私のリア充レーダーを甘く見てもらっては困るな。君もうちは要に負けず劣らずかなりの数の美少女を侍らしている。そうだね?」

「侍らせてねえよ! 勝手についてきてるだけだ!」

「勝手ですか……そうですか」

「えっと、姫柊さん。なんで怒って……」

「別に怒ってませんけど?」

 

 古城と雪菜が例によって、いつものコントを始めていると会長を中心に魔力が吹き荒れる。

 

「暁古城! この賢しき愚か者が! その立場をどれだけの男が望んでいるか、それが分からぬか!?」

 

 流石は三百年の時を生きる吸血鬼というべきか、その魔力は凄まじい。会員たちはその力に恐れながらも敬意を抱いた。

 並の人間では、否、並の魔族であっても、彼に指一本触れることはできないだろう。これこそが、会員たちの希望の星だったのだ。

 それこそ並の兵士なら、戦意喪失している可能性すらある。それだけの力をマーケ・グミは秘めていた。

 彼らは馬鹿だが、力なき馬鹿ではないのだ。

 しかし、ここにいるのは。

 

 うちは要――真祖級の吸血鬼。

 暁古城――第四真祖。

 南宮那月――“空隙の魔女”の異名を持つ、監獄結界の管理者。

 姫柊雪菜――獅子王機関の剣巫。

 煌坂紗矢華――獅子王機関の舞威媛。

 妃崎霧葉――太史局の攻魔師。

 

 魔族としても人間としても、戦闘能力上位勢しかいなかった。

 誰も怯えていないし、吹き荒れる魔力も適当に受け流している。忌憚なく評価すれば、物理的には何の脅威にもなっていない。

 なお、精神的な脅威度に関しては、真祖級の吸血鬼が戦略的撤退を考慮するレベルである。

 

「やはり貴様ら二人はここで消す! 貴様らの断末魔をもって“リア充殲滅戦”開幕の狼煙にしてくれるわ!!」

 

 会長がよく分からない武術の構えをとる。無駄に鍛え上げられた筋肉の隆起の動きが気持ち悪い。

 会長が古城に飛びかかろうとする寸前、女性の声が響き渡った。

 

「待ちなさい負け組!」

「誰が負け組だ!?」

 

 会員たちの間を通って出てきたのは、白いスーツを着こなし、サングラスをかけた女性だった。

 

「姫っ、なぜこちらに!?」

 

 その姿を見たミストが慌てて声をかける。

 

「うちは要に恨みを持っているのは、私も同じ。なればこそ、この戦場に来るのは当然よ」

 

 見た目は普通だが、またややこしいのが出てきたと要は思った。

 

「久しぶりね……うちは要」

 

 サングラスを外して要を見つめる女性。その瞳には隠し切れない憎悪の炎が宿っている。

 だが

 

「……えっと……どちら様?」

「っ!? そう……惚けるのが上手いこと。この名を聞いても惚け続けることができるかしらね。私の名は“最手無子”よ!!」

「いや誰?」

 

 最手無子――その名前に要は聞き覚えが全くなかった。つまり恨まれる理由もわからなかった。

 

「忘れたとは言わせないわよ! 三十年前――当時五歳だった私に、あなたがなにをしたのか!!」

「いや、素直に全く覚えがないんだが」

「だったら、思い出させてあげる! そう、あれは三十年前――」

 

 

 三十年前の春。無子は当時五歳だった。

 友達が用事で遊べなくなり、無子は一人で公園で遊ぼうとしていた。

 そんな桜散る春の木漏れ日の中、彼女は出会った。

 細身で端正な顔立ち、艶やかな黒髪、サングラスの端から僅かに覗く切れ長の目。

 テレビでもそうそうお目にかかれないであろう、浮世離れした雰囲気を醸し出す男だった。彼はベンチに腰掛け、気だるそうな表情で缶コーヒーを手にしていた。

 そんな姿すら様になっており、凄まじい衝撃を無子は受けた。

 ゆったりとした動作で缶コーヒーに口をつけ、春の風を感じている男に無子は目を奪われた。

 無意識の内に無子は男に近づいていた。

 

「何か用かい?」

「無子と結婚してください」

「……あー、まあ、大きくなったらな」

 

 これがうちは要と最手無子の出会いだった。

 

 

「これがあなたの裏切りよ! しかも幼少期に人外スーツイケメンと出会ったせいで性癖まで捻じ曲がったのよ! 責任取りなさい!!」

「むしろその約束をその年まで真に受けた事に驚きだよ。あと後半は知らん」

 

 既に覚えていないが、初対面の子供にいきなりそんなことを言われて、当時の要も困ったし迷ったのだ。今の年齢の無子が相手だったら「寝言は寝て言え」とばっさりぶった斬れるが、相手は当時子供だったのだ。傷つけて泣かせてしまえば、自分が悪者になってしまう。

 だったらと、当たり障り無い言葉でお茶を濁した。ありきたりだが間違った対応ではない。だが、まさかそれが原因で三十年後にテロを起こすなど誰が予想できただろうか。いたら会ってみたいとすら要は思った。

 あと性癖に関しては彼女自身の問題であるはず。

 

「黙りなさい! 貴方のせいで中学時代私はサッカー部K君に振られ高校時代野球部のY君に振られ大学時代はテニスサークルのT君にも振られて未だに処女なのよ!?」

「俺関係なくね!?」

「お黙り! 一途な女の気持ちを踏みにじった罪を償いなさい」

「えっとごめん、一途な女ってどこに登場した?」

「私よ!」

「……まあ、自己肯定感が高いのは悪いことじゃないけど、現実見よう」

 

 そう叫ぶ要の横で那月、紗矢華、古城、雪菜、霧葉が哀れみの眼差しで要を見ている。目は言葉より雄弁に語るとは言うが、要はこの時まさに五人の心情を容易く見抜くことができた。

 

「なんつーか、大変だな――」

 

 タチの悪い女に捕まって、と古城。四人も無言で頷く。

 

「……それで、リア充憎悪の会を利用した――と」

「ええ、その通りよ! 貴方への恨みを晴らすためにね!」

 

 血走った目でそう言う無子に要は一歩引いてしまった。

 

「いや、単なる逆恨みだろ」

 

 そんな要の心情を代弁するように古城が呟いた。

 

「今なんつったァ!?」

「いぃ!?」

 

 ギロリッ! と無子が古城を睨みつけた。あまりの迫力に古城も一歩引いてしまった。おそらく世界広しといえど魔力も霊力も持たずにこの二人をビビらせたのは歴史上彼女だけだろう。もしかしたら、彼女もまた真祖に匹敵する大物なのかもしれない。

 

「逆恨み? 違う! これは正当な恨み! 三十年の妄執とくと味わうがいい!!」

「ふむ、さすがは我らが同志だ。その心意気。素晴らしい!」

「あんたたちみたいなモテない男と一緒にしないで! 私はモテるの! モテるけどコイツに騙されたせいで上手くいかないだけよ!K君もY君も私じゃなくて幼馴染を選ぶし、T君もテニサーの癖に初恋のお姉さんに操立ててるし!」

「な、なにを言うんだ!?」

「あんたたちとの同盟もここまでよ。私はうちは要を引きずり出すための協力だったんだから!」

「そんな姫!? この戦いが終わったら結婚しようって言ったじゃないか!?」

「嘘に決まってるでしょ。私は美形好きなのよ!」

「ミスト貴様! 戒律を忘れたのか!? うちは要、暁古城とともに成敗してくれ……」

 

 いつも通りの内ゲバが発生しているリア充憎悪の会。マーケ・グミがいつも通り高らかに宣言しようとしたが止まった。

 普段であれば要か古城辺りが突っ込みを入れるはずなのだが、今日はそれがない。

 会長たちが視線を向けると、要はさっきの場所から移動はしていない。だが、少々俯き表情は伺えないが、何かが違う。古城たちは自分たちではなく、要を見ていた。 

 要から発せられるプレッシャーに、無子、会長、会員全員が押し黙った。

 

「……」

 

 今日はさすがの要も予想外の出来事が起きすぎた。

 

「……」

 

 そのせいだろう。暗く淀んでいた要の目が徐々に据わり始めていた。具体的に言うと最大出力の攻撃で全員吹き飛ばしてしまうという案が彼の中で現実味のある選択肢となっている。

 軽く殺意を持ち始め、隠そうともしない。

 何がきっかけかと問われれば、太鼓の音が聴こえてきた辺りから。もっと言うならクリスマスからの積み重ねである。季節のイベントを毎回のように妨害されているのだ、誰でも腹が立つだろう。

 その気配を感じ取った古城たちが一歩後ずさる。

 

「な、なあ……要の奴、キレてねえか?」

「……」

 

 雪菜は今まで見たことのない要の姿に唖然としている。

 

「真祖に匹敵すると謳われるだけのことはあるわね」

 

 直接殺意を向けられているわけではない。それでも感じ取れてしまう圧倒的なプレッシャーに霧葉が冷や汗を流す。何より恐ろしいのは、これでもまだ本気ではないということだろう。

 

「こんなことで知りたくなかったわ」

 

 紗矢華も戸惑いつつ言う。

 普段どれだけ雑に扱おうが飄々としている男が、今は明らかに危険な気配を放っている。なぜこの真面目な雰囲気を普通のテロ事件で出してくれないのか。そもそも「普通のテロ事件」とは何なのか。そんなパワーワードがナチュラルに生まれていることに気が付かないほど戸惑っていた。

 そして緊張が走っているのは古城たちだけではない。

 リア充憎悪の会は珍しいことに錯乱していない。恐らく普段が錯乱しているからこういう時は逆になるのだろう。

 だが、言葉を発することができず、腰を抜かしているものや呼吸の乱れているものがいる。

 

「落ち着け馬鹿者」

 

 那月はさすがに慣れているのか、要の放つプレッシャーに飲まれることなく、唯一止めに入ることができた。とはいえ、その止め方に空隙の魔女たる自分の奥の手であるラインゴルトを使うあたり、彼女も今の要の状況はマズイと判断しているのだろう。

 

「落ち着いてるさ」

 

 普段であればとりあえず殴られているであろう要だが、今回は違った。ラインゴルトの一撃を部分展開したスサノオで受け止めている。

 

「民間人の避難は済んでる。ここら一帯吹き飛ばしても被害は出ないさ」

「たわけ、お前の火力なら下手をすれば島が沈む。沈まなくてもここら一帯が廃墟になるだろう」

「悪いね。このままじゃ俺の精神が廃墟になる」

「……そうか分かった。なら止めはせん」

「ちょっ、那月ちゃん!?」

 

 古城が慌てる。

 

「だが、事後処理は全てお前がやれ」

 

 那月がそう言った瞬間、八坂ノ勾玉に天照で黒炎を付与していた要の動きがピタリと止まった。

 

「撃つなら撃て。だが、その後の始末は全部お前がやれ。瓦礫の撤去、魔導災害報告書、被害補償、関係各所への説明、全部だ」

「……」

 

 要の目に、ほんの少しだけ光が戻った。

 

「それは嫌だな」

「なら落ち着け」

「ああ、スマンな那月」

 

 要はとりあえずスサノオを消した。

 

「お前たちも悪かったな、驚かせた」

 

 振り返って謝罪すると、雪菜は表情が硬いままだが小さく頷いた。そして紗矢華と霧葉がツカツカと歩いてきた。

 

「驚かせた。じゃないわよ。私だけならともかく雪菜まで怖がらせて! というか普通のテロ事件の時もふざけないで今みたいにやりなさいよ」

「いや、普通のテロ事件て何だよ?」

 

 後ろの方で古城が疲れたように呟くが、誰も拾ってくれなかった。

 テロ事件が交通事故感覚で発生するこの島が悪い。

 

「とりあえず太史局に今のは報告はしないでおくわ」

「借りになったかな?」

「そうね、そのうち返して。ま、彼らだけで情報量多すぎて面倒だったんだけど」

 

「「いちゃいちゃするな!!」」

 

 マーケ・グミと無子の咆哮が轟いた。

 つい先ほどまでマジギレ中の要に怯えていたとは思えない立ち直りの速さだった。この精神力は見習うべきなのかもしれない。精神性は絶対見習いたくないが。

 

「スタイル抜群のJK二人とロリ教師相手にその距離感。許せん、私が監獄結界でどれだけ禁欲して過ごしてきたと思っておる!?」

「許せない許せない! 華のJK時代にそれだけのスタイルで! スーツのイケメンとその距離感! 世界は乙女ゲーじゃないのよ! リアルでそんなの許せない!! 認めない!!」

「いや君ら、滅茶苦茶親和性高いな、おい」

 

 ムキーッ、とヒステリックに叫ぶ無子にそう語りかけるが、当然のように話など聞いてくれない。聞いてくれるような相手なら、そもそもこんな事件は起きていない。

 数十秒ほど美少女への恨み言を吐き出した無子が、突然落ち着きを取り戻した。

 

「そう、そうなのね。そういうことだったのね」

 

 会長のように目をガン開きにする無子。その瞳に新たに危険な光が宿った。

 

「うちは要! 私はようやく世界の真理に辿り着いたわ!」

「一応聞こうか?」

 

 あからさまにうんざりした態度を出しながら、一応要は聞いた。

 

「うちは要、あなたは私の敵じゃなかった!」

「気が付いてくれて何よりだ」

「私の真の敵、それは―――美少女よ!」

「…………」

「そう、世の美少女を駆逐すれば世界の美形男子はすべて私のもの!」

「馬鹿じゃないの」

 

 ついに限界を超えたのか、紗矢華が思わず口走ってしまった。

 そして基本的に人の話を聞かない彼女たちだが、こういうのだけは聞き逃さない。

 

「なんですって!? 調子に乗るんじゃないわよ小娘! ……ちょっと顔が良くて髪が綺麗でモデル並みに長身で胸が大きくてスタイルがいいからって!!」

「ひたすら紗矢華を褒めてるな」

「聞くなっ!」

 

 顔を赤らめた紗矢華が要の耳を塞ぐ。

 だが、この行動がまたよくなかった。

 今、紗矢華は要の正面に回って両手で耳を塞いでいる。

 要的には照れて赤くなっている紗矢華の顔を見ている方が、精神安定上いいので構わないのだが、横にいる古城たちはともかく、無子と会長たち視点では

 

「き、き、Kiss!?」

 

 全員がちょっと表現しにくい味のある表情をしながらハモッていた。

 

「え? え?」

 

 Kissという単語を聞いて紗矢華が冷静になる。そして今の自分の状況を改めて確認し、理解した。

 

「す、するわけないでしょ!? こんな場所で!!」

「ここじゃなきゃいいのか?」

「黙りなさい!」

「はい」

 

 普段通りと言えば普段通りのやり取り。しかし、ここには普段通り、というか普通じゃない人たちがいた。

 

「なんだそのイベントは!? この三百年一度もそんなイベントはなかったぞ!!」

「やはり美少女は駆逐するしかない」

「あの、姫。ご要望でしたら私がお相手を」

「引っ込んでろ三下」

 

 再び始まる内ゲバ。

 

「これもう放っておけば勝手に自滅するんじゃないか?」

「多分な」

 

 古城の意見に要も即座に頷く。何なら要は初遭遇時からずっと思い続けている。だが、なんやかんや未だに続いてるので確実とも言えないのが厄介なところだ。

 そんなことを言ってる内に、どんどんヒートアップしていく。そして

 

「あんたたち本当に使えないわね。あんたらみたいなポンコツにはもう頼らない。今ここに新しい組織の結成を宣言するわ。その名は”美少女殲滅連隊”!!」

「何を言うか!? 美少女を駆逐しても未来はない! リア充の殲滅だ! そこに平等な未来があると何故分からぬ!!」

「ひ、姫、私はどうすれば」

 

 いい具合に場が温まってきたところで、那月の冷ややかな声が響いた。

 

「悪いが、茶番は終わりだ」

 

 無数のレージングが会長、無子、会員たちを拘束した。

 

「へ?」

「な、なんだとあの儀式で生み出した空間歪曲を修正したというのか!?」

「空間の安定と監獄結界の修正、少し手間だったがまあこんなものだろう」

 

 巻き付いているレージングが金属音を立てながら、彼らを監獄結界へ収監するために動き出す。

 

「訳の分からん組織結成直後だが、続きは監獄結界でやれ。安心しろ裁判までには出してやる」

『ぬああああああああああああああああああああああああああ!!』

 

 情けない悲鳴が七夕の夜に響き渡った。

 

「ついに終わったか。何もかも」

「お前が冷静さを失わなければ、もっと早かったんだがな」

 

 那月がジト目で要を睨む。

 要が本気で暴れそうになったせいで、無駄な労力を使わされたからだ。

 

「……あ、流れ星」

「ごまかすな」

 

 那月の扇子が要に炸裂した。

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