オイスタッハと交戦した翌日の昼。
「な、なあ、那月ちゃん。そろそろ許してくれないか?」
「なに、不死身の
中学生と見紛うほど小柄な少女の目の前で正座している男がいた。
あと、不死身でも足の痺れは厳しいものがあると要は抗議したかったが、那月の鋭い眼光で封殺されていた。
「い、いや、ですから不可抗力だったんだよ。むしろ被害を最小限に抑えたといいますか…」
こうなっている理由は簡単。昨日の倉庫街で要が被害の一部を増やしたことをうっかりバラしてしまったからだ。(勿論自分でやってしまったので自業自得である)
「そうか、つまり。最初から真面目に当たっていたということだな? 完成体とまではいかずとも、第二段階程度の力は使っていたんだな?」
「えっとですね――」
那月も要が真面目に事に当たった上ででた被害ならここまでは怒らなかっただろう。
しかし、昨日の要は実は手を抜いていた。
要のスサノオに幾つかの段階がある。昨日も使った骸骨の像、そしてそこから発展した第二段階と本気を出したときに使う完成体スサノオ。
昨日要が使ったのは骸骨の像のスサノオ。つまり戦う気はあったものの手を抜いていたということだ。
「まったく、お前の戦闘狂ぶりには困ったものだ」
「悪かったよ。久しぶりに歯ごたえのある相手にあえて少しテンションが上がってたんだ」
そう、オイスタッハとアスタルテは旧き世代の吸血鬼を相手にして勝利したほどの力の持ち主だ。
眷獣を掌握しきれていない古城では厳しいかもしれないが、真祖に匹敵する力を制限なく使える要なら本気を出せば逃すことなく捉えることもできた。
しかし、戦闘狂の彼はそこそこの相手と戦いたいという実に自分本位な理由から手を抜いて相対したあげく逃してしまった。那月はその事に腹を立てている。
「責任持ってアイツは追うよ。というか一応当たりは付けてあるっていうか、手はある」
「ほう。そうなのか」
「当然。そうじゃなきゃ昨日そのまま追撃している。今日中に見つけ出す」
自信をもってそう答える要に那月はようやく正座をとかせた。
◆
那月の部屋を出た要はこめかみを押さえながら一つ息をついた。
「まったくドジったものだな。いい年して何やってるんだか」
要はオイスタッハを取り逃がした事を後悔していた。
戦うことは嫌いではないし、手を抜くこともよくある。とはいえ、それで取り逃がしたせいで下手をすれば最悪の結果を引き起こしているかもしれない。と考えると自分が如何に馬鹿なことをやったかと自虐してしまう。
(おおよその目星はついている。後はできるだけ早くやつらの居場所を確定しないとな…早く、確実にとなると、浅葱に頼むしかないか。自分の失態に巻き込むのは気が引けるけどな)
今は昼休み、おそらく食堂にいるであろう知り合いの少女の下へ要は足を運んだ。
◆
藍羽浅葱という少女はここ魔族特区の絃神島に幼い時にやってきた、当然魔族の知り合いも少なからず存在する。
その中でも特に親しい魔族が一人いる。八年前に絃神島にやってきた吸血鬼だ。最初こそ特に興味のなかった浅葱だがあまり時間の経たないうちに砕けた関係になっていった(彼女の幼馴染曰くボケとツッコミ)
彼女自身彼のことを悪い奴とは思っていないし、なんだかんだで信頼している男の一人だ。知り合いの魔族恐怖症の少女が気兼ねなく話しかけている姿を見てもそれに間違いないと思っている。
と、そんな具合に中々高評価のようなものを受けている吸血鬼だが。
「と、いうわけで、浅えもん助けてくれ!」
彩海学園の昼休み。そこには女子高生に手を合わせ拝むように頼み込む吸血鬼がいた。
というか、藍羽浅葱が魔族中でも特に親しいという吸血鬼の青年うちは要だった。
「アンタ、私のことを便利屋かなんかと勘違いしてない?」
ジト目で要を睨みながら浅葱はそう言った。
「そんな事思ってませんよ。美人で気配りのできる浅葱さん」
「アンタに言われると馬鹿にされている気がするわ」
華やかな容姿の少女は実に面倒くさそうな表情だった。
「別に馬鹿にはしてないさ。それに勿論報酬は用意してある。ルル家のアイス七段引換券だ。二枚あるから古城と行ってくるといい。貰ったから付き合えとか言えば来るだろう」
そう、見た目とは裏腹に浅葱は奥手で意中の相手をデートに誘うこともできない。
しかし、意外なことに外見からは一切判断できないが大食いキャラの浅葱は中学の頃から食べ物を利用したデート、所謂『色気より食い気』に近い雰囲気のものなら上手く誘えている。
交渉の為に食べ物と古城という浅葱の好きなものを二つ用意したわけだ。
「――しょうがないわね。何が聞きたいの?」
(頼んでおいてなんだが、アイス券で浅葱の技術というのは安い買い物だな)
交渉に成功したことを喜んだ。
「まあ、そんなに難しいものじゃない。ロタリンギア関係の――」
「ちょっと待った!」
「ん?」
突如浅葱の眼差しが剣呑なものに変わった。
「それ、さっき古城にも聴かれたけど、あの転校生となにか関係があるんじゃないでしょうね?」
「古城も聴きに来たのか? つーか、なんでアイツ等が」
「アイツ”等”ってやっぱりあの娘と――」
「それより浅葱。古城に教えた場所は――」
浅葱から場所を聞き出した要はすぐにその場に向かった。
◆
浅葱から聞いた場所へ向かった要だが、そこに古城と雪菜の姿はなかった。
流石に少し不安になった要が周囲を探し回っていると……そこには雪菜を押し倒して血を吸う第四真祖がいた。
確かに雪菜の霊的資質は非常に高い。それこそ吸血童貞の古城が吸えば眷獣も目覚めるだろう。
しかし、
「まさか妹のクラスメイトに手を出すとは……凪沙ちゃん泣くぞ? 第四真祖とか別にしても」
「って要!? いつから」
「え? ええええっ!?」
驚く古城といい具合焦っている雪菜を見て取り敢えず一先ずは無事だったことに安心した。
「いや、来たのは今だけど――いやいや、それ以前に昨日の夜から思ってたけどさ、お前らってもうそういう関係だったのか? 最近の若い奴はなんというか……早いな」
「ってちょっと待て! これはオイスタッハたちと戦うために姫柊が!」
「と、そうそう。オイさんどこ行ったんだ? 多分あの施設にいると思ったんだけど」
「だれだよ!? オイさんって」
ツッコミながら古城は要に説明した。
オイスタッハの戦う理由とこの島を支えている聖者の右腕について。
事情を聞いた要は何とも言えない表情をしていた。
「はあ。聖人の腕を人柱にしてるってわけか……この島が定期的に沈みそうになるのってその呪いのせいかな?」
さらりと不謹慎なことを言う要。
「ふざけてる場合かっ!?」
「別にふざけちゃいないさ。アイツがこの島で騒動を起こしてる事情はわかったけど、だからといってこの島の連中を見捨てるわけにもいかないだろう? 全員が知ってて知らぬふりしてるってなら兎も角、大半の連中は知りもしないんだし。まあ、向こうからしたらそんなの関係ないのかもしれないけどさ」
要は少なくとも自分の親しい者たち。例えば霊的資質の高い夏音や那月などが供物にされている等知れば怒り狂ってその相手を殲滅しに行くだろう。
そう思えるからこそオイスタッハの気持ちを理解できると言えば理解できる。が、理解できるから島を壊していく様を横で見物してますという訳には行かないのだ。
「結局のところ力でどうにかするしかないか。生憎俺にはそれしかできない……つーわけで先に行くぞ」
そう言い残して要はキーストンゲートへ向かった。
◆
キーストンゲート最下層。
要とオイスタッハ、アスタルテはそこで対峙している。
要がそこまで来たときオイスタッハとアスタルテはちょうど最下層に到達した時だったからだ。
「そこを退きなさい、うちは要!」
「ま、正直気持ちは分かる、と言うのは傲慢かな。けど、俺も親しい奴が供儀なんぞにされていたらキレて相手の国滅ぼすくらいはするかもしれん」
「そこまで言えるのなら、私の邪魔をしないでいただきたい」
オイスタッハの目的。供儀健材と扱われている聖者の右腕は目と鼻の先だ。
それこそ要がいなければすぐにでも取り返せる程近くにある。だから、オイスタッハにとって要が最後の関門だった。
しかし、関門はさらに増えた。
「気持ちはわかるぜ。オッサン」
「第四真祖!?」
「お、速かったな。古城」
世界最強の吸血鬼。第四真祖の力を受け継いだ男暁古城と監視役の剣凪、姫柊雪菜がそこにいた。
「絃神千羅って男のしたことは最低だ。だからって、なにも知らずにこの島に暮らす五十六万人がその復讐の為に殺されて良いのかよ? 無関係な人間を巻き込むんじゃねぇよ!」
「この街が購うべき罪の対価を思えば、その程度の犠牲、一顧だにする価値もなし」
古城の問いかけにオイスタッハはただそう答えた。
「供儀建材の使用は国際条約で禁止されています。ましてやそれが簒奪された聖人の遺体を使ったものであれば尚更……!」
「だから、何だと言うのです、剣巫よ? この国の裁判所にでも訴えろと?」
「現在の技術なら、人柱なんか使わなくても、人工島の連結に必要な強度の要石が作れるはずです。要石を交換して、聖遺物を返却することも可能……」
「貴方は、己の肉親が人々に踏みつけにされて苦しんでいる時にも、同じことが言えるのですか!?」
家族を知らない雪菜にとってその言葉は重く、そして反論できない言葉だった。
「一つ聞きたいんだけどいいか?」
「なんですか……」
オイスタッハはイライラしたように要を見る。
要はただ無表情にオイスタッハを見つめている。
「あくまで仮定の話だけどな。そうだな……例えばお前の国が不当に拉致してきた子供を生贄に使おうとしたとしよう。取り戻しに来た親がその国の人間をひたすら殺しながら子供を助けに行く……お前はどうする? 悪いのは自分たちだからといって罪のない人間が殺されるのを黙って見ているか?」
「フン、そのようなくだらぬ仮定の話など」
オイスタッハは冷笑と共に切って捨てた。
「くだらない話ってのは俺も認める。けどしっかり答えてくれ。念のため言っておくが取り敢えず邪魔しない。とかいう答えは待ってないから」
「…………」
オイスタッハとて人の子だ。仮にいま要が言った事が実際に起こったとして、襲撃犯を黙って見過ごすことなどできないだろう。
「出来ないのが当然だ。自分の国が悪いと頭で解っていても、故郷が焼かれ、語り合った奴らが死んでいくのを黙って見て入れるはずがない。回りくどい事を言ったな。要するにだ、俺がお前の邪魔をするのはそれと同じ理由だと思ってくれればいいってことだ」
要を包み込むように橙色の像が出現する。
警戒するようにオイスタッハは戦闘態勢に移る。
「だから、聖遺物を取り戻したければ俺を殺してからにしろ」
「待て要。俺もあのオッサンには胴体ぶった斬られた借りがあるんだ。まずはそれを返させてもらうぜ。ここから先は、
雷光の宿った右腕を掲げて古城は宣言した。
「いいえ、先輩。私たちの
続くように雪菜が答える。
(姫柊の血でまずは獅子が目覚めたか……)
古城の中で目覚めた眷獣を把握し、要はスサノオに力を注ぐ。
骸骨の像が徐々に変化していく。筋肉のような繊維に覆われ、骸骨から人の形状に近づいていく。
最後に、女神を模したような外郭に覆われ変化は止まった。
スサノオの拳がオイスタッハへ向かう。フェイントをかけるような攻撃ではなく、ただ圧倒的な力で潰すことを目的とした攻撃だ。
オイスタッハは戦斧を用いて攻撃を防いだ。
「くぅ!」
しかし、予想以上に重いスサノオの拳に耐え切れず後ろに飛ばされた。
「ぬう!? アスタルテ!」
「
アスタルテを包み込むように展開された
その攻撃をスサノオは左腕の盾で振り下ろされた腕を受け止める。
「なに!?」
胴体をかばうように要とアスタルテの攻防を見ていたオイスタッハが驚愕の声を上げた。
実際今までも旧き世代の吸血鬼の眷獣を喰って成長してきた。
しかし、要のスサノオの魔力を喰らうことができなかった。
「アレは
雪菜が驚き無意識の内に声を出していた。
「なんだよ? 八咫鏡って?」
「霊器の一種です。詳しいことはわかりませんが、あらゆる攻撃を防ぐといわれているんです。おそらく――雪霞狼も……」
(あらゆるって言っても限界はあるんだけどな……)
雪菜が古城に説明しているのを聴き苦笑しながら要は内心でつぶやいた。
スサノオが左腕をなぎ払いアスタルテを弾き飛ばす。
再びスサノオに変化が訪れる。今度は先ほどのように外観が劇的に変わったわけではない。
変化したのはスサノオの眼だった。怪しく不気味に光っていた眼に勾玉のような模様が浮かび上がっている。
――天照
スサノオの視線が飛ばされたアスタルテを視認すると、アスタルテ――厳密にはアスタルテを包み込む
数秒か。
あるいは数十秒か。
アスタルテの
アスタルテが床に激突する前にスサノオの右腕を伸ばしアスタルテを拘束した。
「なるほど――霊器・八咫鏡――それが貴方が真祖に匹敵すると言われる答えですか?」
「いや。これを手に入れたのはほんの数十年前で、俺が真祖の連中と戦ったのはもっと前だ」
オイスタッハの疑問に要は特に自慢するわけでもなく淡々と言った。
余談ではあるが要が霊器を見つけたのは世界中旅をしている時に立ち寄った遺跡で発掘したものであり、それをスサノオに装備させたという経緯がある。そして更なる余談だがその遺跡に『死都帰り』の異名を持つ考古学者が訪れ「何もねーじゃねーか!!!」と叫ぶのは要が霊器を持ち去ってから十数年後の事である。
「つまり、あの黒い炎が貴方のスサノオ固有の能力。或はまだ隠し球があるというわけですか」
「さてね……隠し球って言うなら俺より――古城、もう出せるんだろ?」
振り向きもせず要は古城に言った。
一瞬古城は呆気にとられたがすぐに我に返り、古城は力強く頷いた。
「ああ、勿論だ!」
「なら見せてやれ、第四真祖の力を」
覚悟を決めた古城が右腕をオイスタッハに向ける。
「
眩い雷光が古城の右腕から発せられ、巨大な獅子へと姿を変えていく。
「
古城の呼びかけに答えてレグルス・アウルムが巨大な咆哮を上げる。
莫大な魔力の塊である眷獣の召喚で発生した魔力の嵐に煽られオイスタッハが体勢を崩す。
「これが……第四真祖の眷獣ですか……」
その暴力的な力の前にオイスタッハは冷や汗を流す。
「覚悟しな! オッサン!!」
古城が命じると同時にレグルス・アウルムの攻撃がオイスタッハに命中した。
「グ、グオオオォォォォオオオオ!!!」
雷の奔流をその身に浴びて、オイスタッハは絶叫する。
その姿はまるで天からの罰を受ける罪人のような痛ましい姿だった。
レグルス・アウルムの巻き起こした力の奔流が収まると、仰向けに倒れているオイスタッハがいた。
「やっべ、やりすぎちまったか!?」
慌てて駆け寄る古城と雪菜。雪菜がオイスタッハを診察する。
その間、古城は命まで奪う気はなかったために冷や汗を流していた。
「大丈夫です。気絶しているだけですね」
「そうなのか? 良かった。タフなおっさんで――」
「そうですね。でも、これをつけていたのも大きかったですね」
そう言い雪菜はオイスタッハの胴体を指差す。
「コレは……鎧か?」
「はい。ロタリンギアの聖戦装備
つまり、それおかげで助かったわけか。と、古城はホッとしていた。
「先輩は眷獣の細かい制御を覚えないとダメですね」
「ぜ、善処します」
しかし、雪菜にダメ出しされ項垂れていた。
「そ、そういえば要は?」
話題を変えようと先程から一言も発していない要を探す。
まあ、探すといっても古城たちの少し後ろにいるのだが……。
振り向いた古城と雪菜の目に映ったのは。
「うっ……はあっ……あっ……!」
ケープ姿で拘束され扇情的な声を上げるアスタルテの姿は、年頃の少年少女にとって少しばかり刺激の強いものだった。
「あ、あのうちはさん? 一体何を……?」
顔を赤らめた雪菜が恐る恐る聞いた。
要は何でもないかのようにアスタルテから口を離した。
「何って、このままじゃ眷獣に食われて死ぬから、眷獣の支配権を俺に移した。ま、俺は使えないけどな……なんで二人揃って顔を赤らめてるんだ?」
「い、いえ別に……」
「あ、ああ何でもないよな、姫柊?」
アスタルテを床に寝かせ、要は人の悪い笑みを浮かべていた。
「まっ、年頃だからなあ」
「だ、だから! 何も考えてないって言ってるだろ!!」
「そ、そうですよ! いやらしい事なんて考えてません!!」
騒々しさを残しながらも今回の事件は一応の収束を迎えた。
以前感想欄で主人公は写輪眼を使えるか? という質問があったのですが、答えは本人は写輪眼を持っていません。が、眷獣のスサノオが固有能力として持っている。という形にしました。