孫悟空とウマ娘   作:猫ネコ

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たくさんの意味を込めて、ごめんなさい


注意 

捏造あり






静まり返った秋の天皇賞 ー 前編 ー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

春の天皇賞と並ぶもう一つの天皇賞。秋古バ三冠の一つにも数えられるG1レース。

ーー秋の天皇賞。

中距離最強を決めるレースと言っても過言ではないほどの有力なウマ娘が集う舞台。

現時点、最強と名高いサイレンススズカもこのレースの出走バだ。

パドック前の控室。彼女の元にはチームスピカの面々がそろっていた。

 

 

沖野トレーナー(沖野)「スズカ。お前が一番速く走るには自由である事が最優先だ。しかしグラスワンダーの事だけは忘れちゃだめだ」

 

サイレンススズカ(スズカ)「はい」

 

沖野「恐らくだが毎日王冠の時と同じじゃない。エルコンドルパサーが居ない今、グラスワンダーはお前だけにマークをするだろう」

 

トウカイテイオー(テイオー)「でもさぁ、スズカは大逃げだよ?マークするったって、後方からの走りをするグラスじゃ離れすぎてマークのしようがないと思うけど?」

 

沖野「俺もそう思うが、実行するのがグラスワンダーの恐ろしい所だ。だがその事はあくまで知識として知ってる程度で良い。スズカは好きなように走れば良いんだからな」

 

スズカ「……はい。私は先頭の景色を見続けるだけなので」

 

沖野「!…ははっ、お前も充分恐ろしい奴だったな。スペ!お前から何かないか?」

 

スペ「……………」ポケー

 

テイオー「スペちゃん?」

 

マックイーン「どうしたのでしょうか」

 

スズカ「さあ?朝からずっとこの調子だから、……スペちゃん」

 

スペ「………ほえ?あれ、今呼びました?」

 

沖野「呼びました?じゃねぇよ。もーしっかりしてくれ!これからお前の憧れのウマ娘が走るんだぞ!」

 

スペ「は、はい!」ハッ!

 

沖野「じゃあグラスワンダーの事について何か教えてくれ。癖とか」

 

スペ「はい!グラスちゃんは外差しが得意なので、逆に内に沈めるのも良いと思います!」

 

沖野「お、おぉ……いきなり結構むごいの来たな…」

 

スペ「グラスちゃんの武器は末脚の切れ味。私やキングちゃんとは違い、グラスちゃんはお尻の筋肉を存分に使うので瞬間的な加速が速い。そのため競り合いにはめっぽう強いです!」

 

沖野「な、なるほど…」

 

スペ「だからお尻が大きくなるんだってエルちゃんが言ってました!」

 

沖野「…………ん?」

 

スペ「あと、グラスちゃんはスカート丈にこだわりがあるので、勝負服のスカートの長さを変えると精神面に有効だと思います!」

 

スズカ「す、スペちゃん?」

 

スペ「それに抹茶ラテを"和,,としてか"洋,,としてかを寝不足になるまで考えるという、おバカな所があるので、ゲート前に抹茶ラテは"洋,,だよ。…とか言えば多分出遅れます!」

 

テイオー「なんか……姑息じゃない?」

 

スペ「その中でも1番使える手があるんですけど、」

 

ダイワスカーレット(スカーレット)「…何か聞くのが怖くなって来たわ…」

 

ウオッカ「おれも…、」

 

スペ「意識をグラスちゃんに置く事で、いつスパートかけて来るかが分かります!」

 

沖野「意識を?……悪い、もうちょっと詳しく聞いても良いか?」

 

スペ「詳しく、ですか。んー、……あっ!頭の中でグラスちゃんを考えると、圧力の加減で来るか来ないかが分かるようになります!」

 

『……?………??………???…』

 

マックイーン「……ゴールドシップ。出番ですわよ」

 

ゴールドシップ「え"っ、」

 

マックイーン「スペシャルウィークさんの解読をお願いします」

 

ゴールドシップ「いや無理だろ、無茶振りすんな」

 

マックイーン「あなたなら出来るはずです」

 

ゴールドシップ「どんな自信だよ…。

……………私らが海老で鯛を釣るのだとしたら、スペは鯛を手掴みで捕まえるって感じだな」

 

マックイーン「ありがとうございます」

 

テイオー「え、何か分かったの?」

 

マックイーン「ええ。私達が理解するには早過ぎるという意味です」

 

テイオー「諦めただけじゃんそれ!」

 

 

 

沖野「………すまない、スズカ。お前の大事なレースだってのに緊張感欠けるよな」

 

スズカ「ふふっ、私はスピカの雰囲気が好きなので大丈夫ですよ。1番リラックス出来てます」

 

スペ「さすがスズカさん!私っ、ずっと応援してますから!」

 

スズカ「うふふ、スペちゃんがそう言ってくれるなら百人力ね」

 

 

 

 

沖野「ーーーーーーよし。そろそろ時間だな」

 

 

沖野が腕時計を見ながら告げる。スズカは静かに頷き、スピカの声援を背中で浴びながらドアへと向かった。

すると、ドアノブに手をかけた所で振り返る。

 

 

スズカ「………スペちゃん」

 

スペ「何ですか?」

 

スズカ「良かったら、途中まで一緒に行かない?」

 

沖野「どうしたスズカ?何か、「行きます!!!」…あ、おいっ」

 

スペ「大丈夫です!スズカさんは私に任せてください!」

 

 

そう言うとスズカの手を握りしめて部屋から飛び出した。

声をかける暇がなかったスピカの面々は呆然と佇む中、沖野が項垂れながら口を開く。

 

 

沖野「任せてって………スペだから不安なんだよ…」

 

 

それには全員が共感し首を縦に振った。

感覚が鋭いウマ娘だけでなく、人間である沖野まで感じ取ったのだ。

ーー出走を控えたスズカよりも、荒々しい雰囲気を纏っているスペを。

 

 

     ・

     ・

     ・

 

 

ターフにつづく裏通路。コツコツと足音を反響させながらスペとスズカは歩いていた。

 

 

スズカ「スペちゃん」

 

スペ「何ですか?」

 

スズカ「今日そんなに走りたかった?」

 

スペ「え?」

 

スズカ「今朝から、かしらね。ボーってしてるかと思ったら突然スペちゃんから寒気を感じるの。まるでスペちゃんが出走するみたいに」

 

スペ「っ!あわ、っ、す、すみません!迷惑ですよね!?えと、あのっ、、私離れましょうか!!?」

 

スズカ「落ち着いてスペちゃん。そうじゃないの」

 

スペ「でも…」

 

スズカ「責める訳じゃないけれど、今のスペちゃんは、私やスペちゃんのおかあちゃんを理由に走って無いわよね?」

 

 

スズカは以前スペの口からハッキリと聞いていた。お母ちゃんとの約束で日本一のウマ娘になると。そして、自身のようにカッコ良く走りたいと。

 

 

スペ「そ、それはっ、」

 

スズカ「だから落ち着いて、ね?私はそれが嬉しいんだから」

 

スペ「うれ、しい、、ですか?」

 

スズカ「ええ。もちろん誰かのために走るっていうのは素敵な事よ?先頭の景色が見たいだけの理由で走る私よりよっぽどね」

 

スペ「そんな、ムグッ!?」

 

 

スズカはスペの口に指を当てて黙らせた。

 

 

スズカ「でもちょっとだけ寂しかったわ。もっと欲を出して良いのにって。だけどスペちゃんは変わった。宝塚記念が終わった後からだったと思う」

 

スペ「っ!」

 

スズカ「多分スペちゃんは気づいてないと思うけど、トレーニングをしてる時たまに怖い顔して見てくるのよ?食べられちゃうんじゃないかってヒヤヒヤしてるわ」

 

スペ「えーっ!さすがにスズカさんを食べたりしませんよ!?」

 

スズカ「うん、比喩表現だから落ち着いてね。でもそれが嬉しいの」

 

スペ「……怒らないんですか?」

 

スズカ「怒る理由がないわよ。どうして?」

 

スペ「だって、トレーニングの邪魔をしてますし、スズカさんも落ち着かないんじゃ…」

 

スズカ「ふふっ、私もウマ娘だからね。強いウマ娘にライバル視されて嫌な訳がないわ」

 

スペ「スズカさんっ!」

 

 

スペは感極まって抱きつこうとした。

 

 

スズカ「それもこれも全部、ーー"ゴクウサン,,のお陰かしら?」

 

スペ「え"っ」

 

 

スズカの口から飛び出た思わぬ人物。どこから情報が漏れるか分からないから名前を出すのはやめようと皆で決めたはず。

それなのに何故?…とスペの脳内が困惑で埋め尽くされる中、スズカは口元を手で隠し、クスクスと笑っていた。

 

 

スズカ「当たっちゃったかしら?」

 

スペ「ぇ、、な、んの事ですか?」

 

スズカ「ふふっ、興奮しながら部屋に戻ってくると必ずそのワードが出て来てたもの。隠そうとしてたみたいだけど、それが何回も続くと結びつけるくらい簡単よ」

 

スペ「ッ!?えとえと、…あの、……決してスズカさんに隠し事を、いや、してるんですけどね?してますけど、隠したい気持ちとかじゃなくて、言えない事でもありまして…」

 

スズカ「ええ。とりあえず落ち着きましょ?」

 

 

どこまで計算尽くだったのか。スズカは狼狽えるスペを見て終始笑顔だった。

スズカは以前から話をしたかったのだ。"ゴクウサン,,と呼ばれる彼の事を。何故こんな大事なレースの前で話題に出したのかは不思議だが、スズカはスペの困り顔を見てリラックスした状態になっていた。

 

 

スペ「あのですね?これは誰にも言っちゃダメな事で、」

 

スズカ「そう。………悲しいわ」グスン

 

スペ「ッ!!?あっ!そうじゃなくて!もちろん言いたい気持ちはあるんですけどっ、あのあのっ、……フゥ、……どこまで説明しましたっけ?」

 

スズカ「まだ何一つ説明してないわよ。スペちゃん」

 

スペ「〜〜〜〜ッ!?!?!ーーっ!、ーーッッ、」ワタワタ

 

スズカ「……」(かわいいわね。…ん?)

 

 

スペを見つめるスズカだったが、後ろからやってくる栗毛の彼女が視界に入った。

 

 

グラス「スズカさん?スペちゃんまで」

 

スズカ「こんにちは、グラスちゃん。今日はよろしくね?」

 

グラス「はい。こちらこそよろしくお願いします。……ところでスペちゃんはどうしたんですか?」

 

スペ「ーーそっか!私がゴクウサンなんだ!」

 

グラス「スペちゃん!!?こんな所で何をっ」

 

スズカ「じゃあ私は先に行くわね?スペちゃん、応援お願いね」

 

グラス「え、こんな状態のスペちゃんを置いていくのですか!?」

 

スズカ「ふふっ、私に追いつけると良いわね。グラスちゃん」

 

グラス「この流れで挑発されても乗れませんよ!?何がどうなっているのですか!!?」

 

 

サイレンススズカはマイペースに足を運んだ。

スペの肩を持ってガクンガクンと揺らし続けるグラスを置いて。

 

 

グラス「しっかりしてくださいスペちゃん!」

 

スペ「うん、分かったぁ。……あれ、しっかりって何だっけ?」

 

グラス「スペちゃん!?」

 

 

そんな会話を聞きながらスズカは思う。

スペシャルウィークとグラスワンダー。今もまだギャーギャーと騒いでいる彼女達は、以前ならば人目のつく所で外聞を気にせず騒いだりしなかったはずだ。

加えてグラスはスペの口から出た"ゴクウサン,,という言葉に反応していた。推測するに、彼女達を変えたのは"ゴクウサン,,なのかも知れない。

 

 

スズカ(ふふっ、何だか羨ましい。いつか私にも紹介してくれると嬉しいわね)

 

 

スペが口から溢れた内容をまとめると、とてつもなく強いヒトらしい。それしか分からないが、強さ以外にも彼女達の気を引く魅力があるのだろう。

スズカは自然と足が軽くなるのを感じてウキウキ気分でターフに向かった。

 

そして。

 

 

 

スズカの望みは最悪な形で叶えられる事となる。

 

 

 

 

グラス「もーっ!スペちゃん!!!」

 

スペ「ハッ、た、大変ですグラスちゃん!」

 

グラス「大変なのは百も承知です!何があったんですか!?」

 

スペ「私今日のレースで掛かっちゃうかも知れません!」

 

グラス「スペちゃんは今日走らないではありませんか!」

 

 

 

     ・

     ・

     ・

 

 

スペ「ご、ごめんね、レース前に…」ゼーハー

 

グラス「い、いえ……何があったんですか?」フゥ

 

スペ「…多分、聞いちゃうとレースに集中出来ないだろうから内緒にさせてください。悪い事ではないので」

 

グラス「まあ、スペちゃんがそう言うのでしたら」

 

 

ようやく落ち着きを取り戻したスペはグラスと共にターフへと歩を進めた。

 

 

スペ「グラスちゃんは調子どう?スズカさんに勝てそうかな?」

 

グラス「コンディションは抜群に良いですが、スズカさんに勝つにはそれだけでは足りません。悔しいですけどね」

 

スペ「あははっ!グラスちゃんってば全然悔しそうな顔してないじゃん!……自信あるんだね」

 

グラス「ふふっ!そうですねぇ〜。………勝ちますよ。黄金世代として同じ相手に2度も負けられませんから」

 

 

グラスの瞳に燃えさかる炎が宿る。

しかしそれとは反対にスペはキョトンとしていた。

 

 

スペ「グラスちゃんから黄金世代って言うの初めて聞いたかも」

 

グラス「あら、そうですか?」

 

スペ「うん。グラスちゃんとキングちゃんは、黄金世代って呼ばれるの嫌ってそうだよねってセイちゃんと話した事あるし」

 

グラス「どんな話しをしてるんですか…。ですが、まぁ、遠からずですかねぇ。ただ一つの世代に実力者が集まっただけなのに、個々の力を纏められてる気がして好みません」

 

スペ「って、言いそうだよねーって話してたんだよ」

 

グラス「………ですが、今は違います。黄金世代という肩書きは私を強くしてくれると気づいたんですよ」

 

スペ「どういう事?」

 

グラス「皆さんにも言える事ですけど、黄金世代って、黄金の力を持つ"あの人,,と類似してるじゃないですか」

 

スペ「ん?んー……、」

 

 

グラスの言う"あの人,,とは一人しかいない。

大地が揺れ、稲妻が走り、暴風が吹き荒れる中に、神々しく存在した黄金の輝きを持つ"あの人,,

 

しかし、

 

 

スペ「類似って、………"黄金,,の字面が一緒なだけだよね?ちょっと無理矢理な気もするような…」

 

グラス「それでも良いんです。想いとは力。あの人との関係性があるってだけで強くなれる気がします。背中を押してもらってるのではなく、共に闘ってる。そんな気がして」

 

スペ「!………そっか」

 

グラス「ご理解いただけましたか?」

 

スペ「うん!グラスちゃんが"あの人,,の事大好きだってよーく分かったよ!」

 

グラス「どこかで歪みが生じましたか!?」

 

スペ「あれ?違った?」

 

グラス「全部ちがっ!…くもないですけど、今はそういう話しではありません。……スペちゃんは思いませんか?」

 

スペ「思うよ」

 

グラス「え、」

 

スペ「えへへ、ごめんね。ちょっとだけ、からかっちゃいました」

 

グラス「っもー!酷いですっ」

 

スペ「ごめんごめん。……実はさっきスズカさんに言われたんだ。私は変わったって。自覚は無かったけどね。考えてみれば最近強気でいられるのは"あの人,,のお陰なんだと思う」

 

グラス「スペちゃん…」

 

スペ「私もグラスちゃんと同じだよ。私も"あの人,,から闘志をもらってる。……だからなのかなぁ」

 

 

スペは想いを込めるようにギュッと拳を握るとグラスへ向けた。

 

 

スペ「負けたままじゃ黙っていられない。

ーーいっちょ、やってやろーぜ?グラス」ニヒッ

 

 

 

今日レース場に来れない悟空の代わりに、活気を付けるための声援を送る。

スペは特徴的な口調を真似した。慣れない言葉使いだが悪くはないだろうと、思っていると…、

 

 

グラス「………………………………、」

 

 

グラスは俯いたまま右の拳をスペの拳にコツンと当て、空いた左手で勝負服を胸元を力強く、しわくちゃになるほど握りしめていた。

 

 

グラス「グッ、…ゥゥッ………ッ…」

 

スペ「!?ぐ、グラスちゃん!どうしたの!?胸が苦しいの!!?」

 

グラス「す、ぺちゃん。私、このままだと…」

 

スペ「大丈夫!?すぐに係の人呼んで、ーー」

 

グラス「今日のレース、掛かってしまいます!」

 

スペ「…………え、どうしたの急に」

 

グラス「スペちゃんが悪いんじゃないですか!あ、あぁっ、どうしたら、心臓がっ、鼓動がうるさいです!」

 

スペ「ちょ、ちょっと落ち着こ?ね?」

 

グラス「ハァーッ、フーッ、……無理です!何で今あんな事言ったんですか!」

 

スペ「えーっ、私のせいなの!?何も言ってないよぉ!」

 

グラス「言ったからこうなってしまったんですよ!」

 

スペ「何の事ですか!?別に普通の…………あ。……あんま気にすんなよ、グラス」

 

グラス「〜〜っ!?!?!?!!!し、心臓が苦しいっ!」

 

スペ「やっぱり"あの人,,の真似がダメだったんですか!?」

 

 

とてもこれから名誉あるG1レースを走るとは思えない程の慌ただしさ。

だけどゆっくりしている暇もない。続々とターフにウマ娘が集まっているのだ。

スペは、荒い息を立てているグラスの手を引っ張って強引にターフへと連れて行った。

 

 

 

      ・

 

 

      ・

 

 

      ・

 

 

 

 

実況「さあ!大外枠13番のグラスワンダーがターフに現れ、全員のウマ娘が登場しました!見たところサイレンススズカは落ち着いているように思えます」

 

解説「良い感じにリラックス出来てますね」

 

実況「圧倒的1番人気のサイレンススズカは絶好調!そしてリベンジなるか!2番人気グラスワンダーは、少し落ち着かない様子っ!」

 

解説「キョロキョロしたり、一生懸命深呼吸してますね。あ、あれは……手のひらに"人,,という字を書いて飲み込んでいるのでしょうか……?」

 

実況「本人は真剣なのであまりよろしくないでしょうが、少し微笑ましい気分になりますね」

 

解説「同感です。しかしグラスワンダーの真骨頂は何と言っても、安定のレース展開から繰り出す末脚。ただでさえ大逃げをするサイレンススズカに対して冷静さを欠いては勝機を見出せませんよ」

 

実況「確かにそうですね。ゲートへ入るまでに何とか出来れば良いのですが…」

 

 

グラスの精神が不安定な状態は誰の目から見てもハッキリ分かった。

それはもちろん観客席でも話題に上がる。

 

 

沖野「あのグラスワンダーが心をコントロール出来てないとは…」

 

スペ「……」

 

テイオー「言っちゃ悪いけどチャンスなんじゃない?」

 

ウオッカ「やっば天皇賞の舞台はグラス先輩でも緊張するんだな」

 

スペ「……………」

 

ゴルシ「? スペ、おまえさっきから黙ってるけど何も言わねーのか?」

 

スペ「ふぇっ、え!?」

 

ゴルシ「スズカが出るからって他のヤツ応援したら駄目って事はないんだぞ?スペがちょっと言ってやればグラスも落ち着くんじゃねーか?」

 

スペ「あー、、、ですか、ね?」

 

テイオー「まあ、この騒がしい中でもスペちゃんの声が聞こえるとは思えないけどね」

 

スペ「! そ、そうですよね!」(もし聞こえちゃったら、"どの口が言ってるんですか!,,とか怒られそうだけど聞こえないなら平気、だよね)

 

 

そう考えると、最前列にいるスペは目の前にある柵に手を置き、少しだけ声を張った。

 

 

スペ「ぐらすちゃーん。おちついてー」

 

ゴルシ「ばっっかスペ!そんなちっせー声で聞こえる訳ねーだろ!」

 

テイオー「そーだよ!もっと大き…く……イワナイト…」

 

ゴルシ「ん?テイオー?」

 

スペ「どうかしましたか?」

 

テイオー「…………あれ、みて…」スッ

 

ゴルシ「なーんだよ」キョロ

 

スペ「あれって?」キョロ

 

 

 

グラス「……………」ジーーー

 

 

 

ゴルシ「っ、………今のでスペの声が分かったってのか?」

 

テイオー「い、いやぁー……そんなわけない、よね?」

 

スペ(………もし聞こえてたらどうしよ…)

 

 

絶対に聞こえないはずの距離と声量。しかし彼女が自分の声を聞き逃すのだろうかと、奇妙な信頼感がスペの不安を煽る。

 

 

 

 

グラス(いま、スペちゃんに呼ばれたような…)

 

 

結論。

聞こえはしなかったが、スペの何かを感じ取ったようだ。  

 

 

グラス(……いえ、気のせいでしょう)

 

 

それより…と、胸元で強く握る。

 

 

グラス(スペちゃんにはやられましたね)

 

 

高鳴る心臓。レース後のような燃える体温。ギャップの恐ろしさを身をもって体験してしまった。

だが声を大にして言っても良い。こんな時じゃなければもっと悦に浸れたと。

怒れば良いのか、喜べば良いのか。今の感情は何かと聞かれれば色々ありすぎて分からない。

 

しかし、総じて言える事が一つだけある。

 

 

ーー自分は今、"興奮,,状態にあると。

 

 

グラス(怪我の功名でしょうか。悟空さんにアドバイスを貰ってから何度か試しましたが特に変わる事はなかった。しかし今なら…。この湧き上がる感情を利用すれば、"あの時のように,,)

 

 

グラスの中で、"アレ,,が品の無い行為だという事は既に脳内のゴミ箱へ捨てている。

宇宙最強の男が言ったのだ。"アレ,,は自分を強くしてくれる武器になると。

 

 

グラス(疑う選択肢など元より無し。……グラスワンダー。いざ参ります!)

 

 

直後に訪れた一瞬の出来事。

時間にしても3秒あるかないかくらいのものだが、グラスの行動により、何十万人といる府中レース場。及び、テレビ中継を見ている不特定多数の人から声を奪った。

 

 

実況「あ、れは……まえかき……ッ!?」

 

 

いち早く我に返った実況は目を疑う光景を説明する。

 

 

実況「"前掻き,,です!グラスワンダーが前掻きをしています!!」

 

 

"前掻き,,。それはウマ娘の精神状態が不安定な時、苛立ちをぶつけるかの如く、地面を強く踏んで足裏を擦り付ける行動の事。

しかしほとんどのウマ娘は極力やらない。ムシャクシャしてようが意地でもやらないウマ娘だっている。

 

単純な話。ーー品の無い行動だから。

 

それを"あの,,グラスワンダーがやるという事は、よほど精神に多大な負荷がかかっているのだと、グラスを見る者全ての人は思った。

 

 

東条ハナ「っ、グラスワンダーッ!」

 

 

もちろん彼女もその一人だ。

グラスワンダー、エルコンドルパサーが在籍するチームリギルのトレーナー。

東条は2階の客席から慌てて駆け寄ろうとした時、彼女の手を何者かが掴み、動きを止められた。

 

 

東条「クッ、離せ!なんのつもりだ!エル!」

 

エル「………、」

 

 

エルは東条を見ずに、今もなお地面に足を叩きつけているグラスを見ていた。そんな二人へ仲裁に入ろうとリギルのメンバーは動くが、同じくメンバーの一人であるシンボリルドルフに止められている。

 

 

東条「エルッ!」

 

エル「…………行っては駄目デス。トレーナーさん」

 

東条「バカな事を言うな!お前だって見えるだろう!」

 

エル「はい。良く見えてマス。ーーグラスが限界の壁を超えている瞬間を」

 

東条「げ、んかいの、壁…だと?」

 

エル「そうデス」

 

東条「………お前は何を知っている」

 

エル「詳しくは何も。ただ、グラスワンダーというウマ娘が誰よりも、レースに真っ正面からぶつかっているという事だけは知っていマス」

 

東条「!!!…………レースの後、ちゃんと説明してもらうからな」

 

エル「! ありがとうございマスッ!」ダキッ

 

東条「くっつくな!」

 

 

 

 

 

一方チームスピカでは。

 

 

沖野「前掻き、かぁ。久しぶりに見たな」

 

ゴルシ「私でもまだやった事ねーぞ…」

 

テイオー「……グラス。あんなに気持ちがブレてたらまともに走れないよ。こっちからしたらチャンスなんだろーけど、複雑だね…」

 

スペ「………………逆、ですよ」

 

沖野「ん?逆って何だ?スペ」

 

 

その問いには応えず、スペは息を吸った。

今度は聞こえるように。力一杯の声を出すように。

 

 

スペ「スズカさああああああんッ!!!!!絶対にっ!油断しちゃダメでぇぇぇす!!!」

 

 

スペは知っている。前掻きをした後のグラスは、孫悟空の"気,,にでさえ立ち向かった事を。

あれは本来の前掻きではない。彼女自身が言ったのだ。

 

ー前掻きは、自分を奮い立たせるためにやったと。

 

ならばグラスの心配をするのは悪手でしかない。焦りを含んだスペの叫びは、比較的近くにいたスズカの耳へと入っていった。

 

 

スズカ(スペちゃん。忠告ありがとう。でもね、)

 

 

スズカは流し見るようにゲート待ちのウマ娘を見た。誰も彼もグラスを見ている。目に宿るのは困惑ではなく、闘争心を持つ鋭い目だ。

 

 

スズカ(今の彼女を軽く見るヒトはここにいない。きっと近くにいるから感じているのかも。練習中にスペちゃんから見られている時と同じ感覚を。

ーー食べられちゃい(噛み殺されそう)だわ)

 

 

ドンッッッ!!!…と、グラスは一際大きく地面を踏むと、ようやく顔を上げて辺りを見渡した。

そして、グラスとスズカの視線は交錯する。

 

 

スズカ(それでも先頭は譲らない。あの景色は…、)

 

グラス(うん、良い気分です。それでは…、)

 

 

目を細めた先には強敵の顔。

弧を描く口元は抑えきれない喜びの表れ。

 

 

 

スズカ「私だけのものよ」

 

 

グラス「とことんやりましょうか」

 

 

 

二人は誰に言う訳ではなく、ボソリと呟いた。

 

 

 

 

 

 

実況「ーーー皆様お待ちかねのメインレース、秋の天皇賞!係員が誘導してウマ娘がゲートに入っていきます!」

 

解説「1枠1番のサイレンススズカに対して、グラスワンダーは大外8枠の13番。脚質も関係して龍球ステークスのセイウンスカイとハルウララを彷彿しますね」

 

実況「あれは名勝負でしたね。見る者全てを惑わせたセイウンスカイの逃げ。その術中にハマってしまいましたが黄金世代の一角を後一歩まで追い詰めたハルウララ。はたして今回はどんなドラマが待っているのか。期待が募る一方です」

 

解説「グラスワンダーにしても今は落ち着いているようです。そもそも走れるのかどうかの瀬戸際まで考えていたのですが、すんなりとゲートに歩きましたね」

 

実況「今年のクラシック級ウマ娘はナニカが違う!ーーさあ!ゲートに出揃いました!」

 

 

 

 

 

実況「天皇賞秋、……スタートしましたッ!!!」

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

ー タキオン研究室 ー

 

 

 

《ーースタートしましたッ!!!》

 

 

 

タキオン「あぁ、出走してしまった。孫くんは何をやっているんだ」

 

 

テレビの前に齧り付いているタキオンはソワソワしていた。仕事の途中で瞬間移動するから見れるように準備しといてくれと言われたのに、彼の姿が一向に現れない。

 

すると、各ウマ娘が最初のカーブに迫った時だった。

 

 

"シュン!!,,

 

 

悟空「タキオンっ!今どうなってんだ!?」

 

 

珍しく汗をかきながら登場した。慌ててタキオンの横に立ち、テレビへと目を向ける。

 

 

タキオン「最初のコーナーを曲がった所だ。ワンダー君は13番。後ろから4番目の所にいるよ」

 

悟空「あ、いた。……はあ、何とか間に合ったみてぇだな」

 

タキオン「ギリギリアウトだがな。何かあったのかい?」

 

悟空「いやぁな、ウマ娘のヤツが水晶玉落としたっつって泣き叫んでてよぉ。さすがに無視出来ねぇから探すの手伝ってたんだ」

 

タキオン「水晶玉?今時の占いは怪しさ満天だねぇ」

 

悟空「占いは捨てたもんじゃねぇぞ?オラ結構世話になったからな。それに怪しいっちゅーのはおめぇにだけは言われたくねぇと思うぞ」

 

タキオン「失礼な。私は、ーー」

 

 

《速い!速すぎるぞサイレンススズカ!!後続に何バ身つけているんだ!?》

 

 

タキオン「……いくら何でもトばし過ぎなんじゃないのか?」

 

悟空「確かにな。おめぇ達ウマ娘は緩急つけて走らないと最後まで持たないんだろ?」

 

タキオン「ああ。そのはず、なんだけどねぇ…」

 

悟空「すげーなぁ、……って、コイツがスズカぁっ!!?」

 

タキオン「今更かいっ!?ワンダー君やコンドル君と一緒に毎日王冠出てただろう!」

 

悟空「いやー、あん時は速ぇヤツいんなーって思ってたくらいで、後はグラスとエルしか見てな、か、、っ、た……?」

 

 

《サイレンススズカ1000mタイム57.4秒!何という事でしょう!まだまだ加速しています!と、ここでグラスワンダーが外に出た!早くも捉えに行くのかっ!》

 

 

タキオン「57.4秒だってぇ!?信じられん!やはり彼女は逸材だ!断られているが是非とも被験者にしたいものだ!」

 

悟空「……………」

 

 

そこで映像はスズカから全体へと切り替わる。カメラを思いっきり引かないと後方勢が映し出されない程の大逃げ。このままでは逃げ切られると思ったのか、グラスが早くも飛び出して1人2人と抜かしていく。

そんなグラスだけにカメラが注目した。

 

 

タキオン「ほほう。彼女も中々良い位置にいるな」

 

 

十バ身近く離れているのにも関わらず、スズカとのタイミングを測っているグラスのレース感覚を褒めた。

 

 

 

その時だった。

 

 

 

悟空「クソッタレ!もう一回スズカを映せよ!!!」

 

タキオン「ッ!!?」

 

 

声を荒げる悟空にタキオンは息を呑んだ。

彼らしくない乱暴な言い方に驚いた訳ではない。悟空の言い方から感じ取ったのは怒りではなく、焦りだったからだ。

自然とタキオンにも緊張が伝わる。

 

 

タキオン「…………どうした」

 

 

端的に問う。

険しい顔でテレビに縋り付く悟空の邪魔をしないために。

 

 

悟空「……分からねぇ。オラも何でか分からねぇっ!けど、スズカに違和感を感じた。嫌な予感がする」

 

タキオン「………、」

 

 

もはやレースどころではない。

タキオンもウマ娘視点ではなく、研究者として情報収集するためにテレビを見た。

 

 

《さあ!第3コーナーの入りは依然としてサイレンススズカが先頭!グラスワンダーが前から4番手まで位置まで上がって来ました!》

 

 

映像はグラスからスズカへ。

その瞬間、悟空は戦士へと切り替わる。

 

 

悟空(どこだ、…どこに違和感を持ったんだ。……もしかしてスズカじゃねぇのか?……いや、やっぱコイツからだ。もっと良く見ろっ。トレーナーになったつもりでスズカの動きをっ)

 

 

 

(ーー違うっ、そうじゃねぇ!もしもオラがスズカと敵として戦うんならッ!)

 

 

 

 

(スズカの弱点になりそうな所はッ!)

 

 

 

 

 

悟空「……………左脚、だ」

 

 

 

ボソリと呟く確信めいた声のトーン。

タキオンは全身から血の気が失せ、ガクガクと震える足を必死に堪えた。

 

 

タキオン「ッ!!説明しろ孫くん!」

 

悟空「スズカの左脚にダメージが蓄積されてる!その事に気付いてねぇんだ!このまま走り続けるとスズカの脚はブッ壊れちまうッ!!」

 

 

言いながらも、悟空は人差し指と中指を額に押し当てた。

 

 

悟空「時間がねぇ!オラは行くぞッ!!」

 

タキオン「孫くん!」

 

悟空「止めるなタキオン!オラの存在がバレるだとか気にしてる場合じゃねぇんだ!」

 

 

タキオンは冷静な心と。優秀な頭脳を持ち合わせている。

ゆえに考えてしまう。

孫悟空。瞬間移動。別世界。人の身を超えた力。その全てが世間に晒されてしまうかも知れない。

そうなれば黙秘していた学園はもちろん。ハルウララの事だって、タダではすまない。

 

そこまで考えてタキオンは言った。

 

 

タキオン「スズカ君の"気,,を知らないだろう!ワンダー君の所に飛べ!孫くんならスズカ君の所まで1秒もかからないだろ!その後すぐ私の所に瞬間移動するんだ!」

 

悟空「! 分かった!」

 

 

タキオンの言う通りスズカの"気,,を悟空は知らない。バ群の先頭を走る"気,,を探ればすぐに分かる事だが、ほんの少しのタイムラグが生じる。

それなら慣れているグラスの元へ行った方が1秒でも早くスズカに届くとタキオンは考えた。

 

 

悟空「ーーッ!グラス!!?」

 

 

2秒とかからない内にグラスの"気,,を見つけ出した。

 

 

ーー今にも壊れてしまいそうな程に、か細いグラスの"気,,を。

 

 

直後、2人の耳に入って来てしまった。

 

 

《サイレンススズカに故障発生!!第4コーナーに迫る大ケヤキの向こう側で何があったんだ!!?サイレンススズカ!余儀なく競走中止!!》

 

 

 

 

悟空・タキオン「「ッッッ!!!!!!」」

 

 

2人は画面を見た。

フラフラになりながらもコースの端へ向かうスズカだ。画面越しでも分かる。今の彼女に意識は無い。

 

 

悟空「……………、」

 

 

悟空は額からそっ、と指を離した。

 

 

タキオン「孫くん!?」

 

悟空「………オラが行かなくてもスペが向かってる。すげぇ速さだ。今更オラが行ったって意味はねぇ。場を荒らすだけ。………遅かった…」  

 

タキオン「………………そうか」

 

 

2人は魂が抜けたように画面を見ていた。グラスが1着でゴールしたにも関わらず、泣きそうな顔で後ろを眺めている姿を。

 

 

悟空「………グラス…、スズカ…………ッ!」

 

 

ブワッッッッ!!!!…と、一瞬だけ部屋の中に暴風が吹き荒れた。

実験道具が転がったというのに、タキオンは見向きもせず、自分の脚を押さえている。

 

 

悟空「タキオン」

 

タキオン「孫くん」

 

 

お互いの名を呼んだのは同時だった。

 

 

タキオン「………今、私の名前を呼んだという事は……そういう事かい?」

 

悟空「……だろうな」

 

タキオン「そうか…」

 

 

主語がなくても通じ合えてしまう。

 

 

この時をもって、宇宙最強の力を持つ男と、自他共に認める天才的な頭脳を持つウマ娘は、

 

 

タキオン「……無力だな、私たちは」

 

 

 

"運命,,という力に打ちのめされた。

 

 

 

 

 

 

 

悟空「………………すまねぇ、」

 

 

 

 

 

 

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