孫悟空とウマ娘   作:猫ネコ

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……私は、1話完結を心掛けていますが、すみません。めっちゃ長くなりました。
回を分けようかとも考えたのですが、特別な話しではないため、1話でまとめています。

長文故に文脈がおかしい所があるかも知れませんので、その際は遠慮なく言ってください。可能な限り直します。


注意
・菊花賞と天皇賞秋の順番間違え。







とうとう"不退転,,がマンボ(鷹)のご飯に!? ライバル達は脚を振るう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー 前回のあらすじ ー

 

 

スズカ「…………私はもう走れないの…?」

 

悟空「いや。オラがもう一度、おめぇに先頭の景色を見せてやる」

 

たづな(悟空さん。ウマ娘に幸福な未来を…。お願いします)

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

悲劇を生んだ秋の天皇賞。

週刊誌からサイレンススズカの名前が書かれなくなった。

 

 

ある日の午後。

 

 

 

 

ー 病室 ー

 

 

コンコン。

 

 

……コンコン。

 

 

…………カチャ、………ヒョコ。

 

 

 

まるで泥棒が侵入するかのように、恐る恐る病室内を覗き込む栗毛のウマ娘。

 

 

グラス「…スズカさん、いらっしゃいますか…?」

 

 

スズカと同じく天皇賞に出走したグラスワンダーだった。

病室に入るとベッドの上にスズカがいる事を確認する。

 

 

グラス「ぁ、」(お休み中でしたか…)

 

 

昔。短い期間だったがチームリギルに在籍している時、少しだけ会話をした事がある。

しかし会話の内容は面白味のないものだ。なんせ彼女は走る事にしか興味がないのだから。

 

暇つぶしに走る。とりあえず走ってみる。気分が悪かったら走れば治る。

 

彼女の事はそれしか情報がない。

けれども、その頃からずっと分かっている事もある。

 

 

グラス(………相変わらず綺麗ですね。スペちゃんが憧れるのも納得です)

 

 

走る姿はもちろん。

真っ直ぐに伸びた背すじ。何ものにも動じない瞳。艶やかな長い髪。

そして今は、仰向けで微動だにせず瞼を閉じる彼女。毒で眠る白雪姫のモチーフを見ているようだ。

 

 

グラス(少しだけお邪魔させてもらいます)

 

 

そわそわと、尻尾を揺らして椅子に座る。

何をする訳でもなくスズカを見つめ、目線を下の方にずらすと、吊り下げられている左足に注目した。

そこにはお見舞いに来た人達の寄せ書きが記されている。

 

 

グラス(…こんなにも、貴女は愛されているんですね)

 

 

彼女の頬へ引き寄せられるように手が動くと、優しく触れ、うっすらと残っている涙跡を指で伝う。

自分も怪我で休養していたから分かる。 

本当にもう一度走れるのか…。それが頭の中から離れないはずだ。

 

……それでも。

 

 

グラス「……待ってますから。勝ち逃げは許しませんよ」

 

 

彼女には何としてでも戻って来てくれなければならない。

みんなのために。自分のために。

瞬間。

グラスは眉を顰めた。当時の。あの時の天皇賞を思い出してしまったからだ。

 

 

グラス(ッ!……落ち着いて。大丈夫。……スズカさんは、悟空さんが治してくれるのだから)

 

 

最悪な展開を頭から飛ばすように首を振り払う。

 

 

グラス「ふぅ…、…………ん?」

 

スズカ「……………、」

 

 

視界に入り込んだのは、光り輝くエメラルドの瞳……をもつ彼女。

 

 

スズカ「おはよう。グラスちゃん」

 

グラス「…………、」

 

スズカ「その、恥ずかしいから、手…離してもらってもいいかしら…?」

 

グラス「………お、」

 

スズカ「お?」

 

グラス「お…、起こしてしまい、申し訳ありませんでした!!!!」

 

 

飛び退くと、謝罪と同時に頭を下げた。

 

 

スズカ「謝らなくてもいいわよ」

 

グラス「いえっ、スズカさんは休んでいてください、今日はお暇しますので、また後日伺います!」

 

 

言うだけ言うと、ドアへ向かう。

 

 

スズカ「言い逃げなら許されるの?」

 

グラス「!……もしかして、聞いてました」ギギギ…

 

スズカ「ええ。勝ったのは私じゃないから、聞き間違いかと思ったけれど」

 

グラス「………」

 

スズカ「グラスちゃんさえ良ければ少し話さない?このままだとまた、退屈で眠ってしまいそうだから」

 

グラス「……辛くなったら、すぐに言ってくださいね」

 

スズカ「分かったわ」

 

 

グラスは渋々といった様子で椅子に座る。だが、左右に大きく揺れる尻尾がグラスの心情を表していた。

 

 

 

    ・

    ・

    ・

 

 

グラス「その、脚の具合はいかがですか?」

 

スズカ「タキオンが言うには順調みたい。だから最近来るのは悟空さんだけになったわ」

 

グラス「そうですか。…良かった」

 

スズカ「それにしても不思議な人ね。悟空さんは」

 

グラス「え?」

 

スズカ「なんていうか、……気持ちが楽になる。草原の中で何も気にせず、ただ思うままに走っているような」

 

グラス「はい。よく分かります」

 

スズカ「こうして関わったのだから、私も悟空さんに色々話しを聞いたわ。確かに悟空さんの事を他に人に知られたら大変よね」フフッ

 

グラス「そうなんですよ!それなのに当の本人が無頓着というか、警戒心がないと言うか…。一緒にお出かけすると皆さん疲れ果ててます」

 

スズカ「それは、どれだけ気苦労しようと一緒にお出かけしたい。…って解釈で良いのかしら?」

 

グラス「っ!………ぁ、……ぅっ、…………ハイ」

 

スズカ「ふふっ。………私も早く動けるようになりたいわ。凄く楽しそうだもの」

 

グラス「あっ!」

 

スズカ「ん?」

 

グラス「そういえば、私達の間でもスズカさんの話題になる事が多くなったんですよ」

 

スズカ「あら。そんな話題になるような事あったかしら…?」

 

グラス「はい。悟空さんとスズカさん。セントウ民族同士、誰よりも仲良くなるんじゃないかって」

 

スズカ「……ん?………セントウ、何だって?」

 

グラス「セントウ民族ですよ。知りませんか?」

 

スズカ「……悟空さんが戦闘民族っていうのは聞いたけど…」

 

グラス「それと掛けているんです。ほら、スズカさんって、先頭の景色がどうとか言ってるじゃないですか。レース中も他のウマ娘に先頭をとられると機嫌悪くなりますし」

 

スズカ「否定出来ないわね…。……じゃあセイウンスカイさんもそうなの?」

 

グラス「セイちゃんは番手追走でも問題ないので民族外らしいですよ。そう考えると、スペちゃん命名のセントウ民族は的を射てますね」

 

スズカ「スペちゃんが名付けたの!?」

 

グラス「はい。それはもう当たり前のようにサラッと」

 

スズカ「ウソでしょ…」

 

 

不名誉…とは思わないが、受け入れ難い異名が増えた。それがまさかの同室であるウマ娘によるものらしい。

 

 

スズカ(先頭民族ウマ娘サイレンススズカ。……………意外と悪くない、かも…)

 

 

………訂正。

彼女が受け入れるまでに、そう時間は掛からないのかもしれない。

 

 

 

    ・

    ・

    ・

 

 

 

グラス「ーーーさて、私はそろそろ帰りますね」スッ

 

スズカ「あ、じゃあ最後に一つ聞いてもいい?」

 

グラス「はい。何ですか?」

 

スズカ「何で私が勝ち逃げした事になってるの?」

 

グラス「ッ!!……、」

 

 

不意打ちだった。逃げウマ娘に差された気分。

とはいえ。

隠す必要など全くもって皆無。

 

 

グラス「…別に、何もおかしい事ないですよ」

 

 

明るく弾んでいた声から一転。

ぞっとするほど低くこもった声が、静かな病室に響いた。

 

 

グラス「貴女はゴールしなかったでしょう…!

それはレースの世界では競争中止と判定されるっ!」

 

 

あれから2週間弱。幾度なく夢で見た。

レース中に彼女が倒れる所。そして彼女が勝つ所。

自分が彼女に勝った夢は、一度たりとも見ていない。

 

 

グラス「引き分けにすらならない!私達の成績は1勝0敗のままだ!!」

 

スズカ「…………、」

 

グラス「………何度でも言います。私は貴女の勝ち逃げを許しません。必ず、どれだけの刻が過ぎようとも…、私は最高の状態で貴女と決着をつける…!」

 

 

ギラギラと。闘争心剥き出しの眼光がスズカに突き刺さる。

対するスズカは、ただひたすらに見つめ返していた。

 

 

スズカ「………………ねえ、」

 

グラス「………何ですか」

 

スズカ「なんだか、スペちゃんからライバルを取ってしまった感じがして、………ちょっと気まずい…」

 

グラス「ほぇっ!?しゅ、しゅぺちゃ…!!?」

 

 

二人共が台無しだった。

一触即発のピリついた雰囲気なんて元々なかったんだ…と、そう思わされるくらいに重い空気は完全に霧散してしまう。

 

 

グラス「そ、そんな話しではなかったでしょう!私はちゃんとスペちゃんのライバルです!それを取っただの、浮気だの……もっと真剣にっ!」

 

スズカ「ごめんなさい。浮気とは言ってないわ」

 

グラス「〜〜〜ッ、か、帰ります!!!」

 

 

清楚な振る舞いと対極な位置に彼女はいた。

勢いよく立ち上がった拍子に転がる椅子。慌てて片付けるとベッドに椅子をぶつけ、謝り倒しながら足音を大きく鳴らしてドアへ向かう。

 

 

スズカ「グラスちゃん」

 

グラス「!!!」

 

スズカ「今日は楽しかったわ。また、来てくれると嬉しい」

 

グラス「!…………はい」

 

 

落ち着きを取り戻した彼女は、ゆっくりとドアを閉めた。

 

 

スズカ「…………、」

 

 

バフッ。

スズカは起こしていた姿勢から、自由落下に身を任せてベッドに埋まった。

 

 

《必ず、どれだけの刻が過ぎようとも…、私は最高の状態で貴女と決着をつける…!》

 

 

あんな事言われたらウマ娘として興奮しない訳がない。

聞いた瞬間、瞬時に思い浮かんでしまった。

自分の後ろで走る彼女の存在を。そして、そのままゴールする自分の姿を。

 

 

スズカ「………ほんと、早く治さないとね」

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

ー 次の日 ー

 

 

グラス「こんにちは、スズカさん」

 

 

彼女は来た。

 

 

スズカ「ええ、こんにちはグラスちゃん」

 

 

 

ーーーーー

 

 

次の日も。

 

 

グラス「こんにちは。スズカさん!」

 

スズカ「え、ええ。……こんにちは」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

その次の日も。

 

 

グラス「こんにちは。スズカさん!これ、お見舞いの品です。どうぞ!」

 

スズカ「…あ、りがとう。……グラスちゃん?」

 

グラス「何ですか?」

 

スズカ「その、……トレーニング、上手くいってる?」

 

グラス「はい。今日も終わらせて来ましたが…?」

 

スズカ「そう…。それなら良いのだけど…」

 

グラス「???」

 

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

そして。

 

 

ー チームリギル ー

 

 

 

東条「ーーー今日のトレーニングはここまで!各自クールダウン!自主練をする者は私に報告!以上!!」

 

『ありがとうございました!!!』

 

 

 

エル「ヘーイ、グラァス!」タッタッタ

 

グラス「エル。お疲れ様でした」

 

エル「何言ってるんデスか!まだまだ一緒に疲れマスよーっ!」

 

グラス「自主練、ですか?」

 

エル「イグザクトリー!!ささっ!早くトレーナーさんの所に、ーー」

 

グラス「あ、申し訳ありません。私は辞退させていただきます」

 

エル「………………また、"用事,,というやつデスか?」

 

グラス「ええ…。すみません」

 

 

エルの眉間に皺が寄せられる。

ここ数日、グラスは "用事,,ですぐに帰る。以前なら自然な流れでやっていた自主練なんて見向きもしない。

 

 

エル「グラス。……一体、何をしているんデスか…?」

 

 

もっともな問いかけ。

当然だ。

グラスの言う用事を明確に言っていないのだから。

 

 

グラス「えっ、と…。……それは、ちょっと…」

 

 

こんなふうに、聞く度に濁す。

そして次に出る言葉がーー。

 

 

グラス「エル。申し訳ありません。私はこれで失礼します」

 

 

そう言ってそそくさと踵を返して立ち去るのだ。

 

 

エル「グラスッ!話しはまだっ…、……………………これ以上、見過ごすわけにはいきマセンね」 

 

 

 

     ・

     ・

     ・

 

 

 

20分後。

エルは仲間を集めた。

 

 

キング「もうっ、一体何なのよ」

 

スカイ「緊急事態って聞いたけど」

 

スペ「という事は、サイヤ件かな?」

 

キング・スカイ「「なにそれ…?」」

 

スペ「人前じゃあまり言えないから、悟空さん関係の事とサイヤ人をフュージョンしてみました。ほら、秘密の軍団が使う暗号…?みたいな」

 

スカイ「スペちゃん……」

 

キング「あなた…。先頭民族といい、ネーミングセンスあるわね」

 

スペ「えへへ……、ありがとうございます!」

 

スカイ(マジか…。キング的にはアリなんだ…)

 

エル「いえ!今回はサイヤ件ではありません!」

 

スカイ(使いこなすの早いって)

 

キング「勿体ぶらずに言いなさいよ。このキングの自主練を止める程に大事な話しなんでしょうねぇ?」

 

エル「それですッ!!!!」グアッッ!!!

 

スカイ・スペ・キング『ッッッ』ビクッ

 

 

エル「……1つ、聞こうか。諸君」

 

スカイ「何だい大佐」

 

エル「約10日間。自主練をしないウマ娘をどう思うかね?」

 

スカイ「え、ふつu」

 

スペ「10日はちょっと……。すっごく大事な用とかならしょうがないけど…」

 

キング「考えられない。ただそれは自分で行動する事だから強制しようとは思わない」

 

スカイ「……もうちょっと頑張らないとね〜」

 

エル「うむ。……それでは次に、質問の意図を答えマス」

 

スペ「なんですか?先生」

 

 

 

エル「自主練放棄ウマ娘がグラスなんデス」

 

スカイ・スペ・キング『…………なんて?』

 

 

エル「グラスが自主練を全くしないで帰ってしまうんデスよ…」

 

スカイ・スペ・キング『マジか……』

 

 

 

他人に厳しく、己に超厳しい彼女。

これは一大事だ…と、みんなの心は一つになった。

 

 

スカイ「帰っちゃう用事は?」

 

エル「答えてくれマセン」

 

スペ「チームのトレーニングには出てるんだよね?」

 

エル「イェース。でも、真面目にはやっていますが覇気を感じマセン」

 

キング「心配だけれど……、あまりプライバシーを侵害したくないわね。隠しているみたいだし」

 

スカイ「行き先くらいは知っても良いんじゃない?」

 

スペ「ウララちゃんの時と同じですね。尾行しましょうか!」ワクワク!

 

スカイ「いや、それこそサイヤ件でしょ」

 

スペ「あ…、」

 

 

 

 

     ・

     ・

     ・

 

 

 

 

悟空「ーーーそんでオラが、グラスの"気,,を探れば良いんだな?」

 

キング「ええ。何もないなら良いのだけど、あの人がこんなに自主練に参加しないなんて不思議なのよね」

 

悟空「言われてみりゃ確かにそうだな。スカイなら別におかしくねぇんだろうけど」

 

キング「そうなのよ。私だってスカイさんならこんなに考えていないわ」

 

スカイ「すごい風評被害だね。……まぁ、この際それは無視できるけどさぁ…」チラッ

 

 

 

 

ウララ「」グッタリ

 

スペ「ウララちゃーーーーん!!!」キャーー!

 

エル「め、を……っ、目を開けてくだサイ!!!」ウワーンッ

 

 

 

 

スカイ「張本人であろう悟空さんは別として、キングはこの状態につっこもうよ」

 

キング「何で今更…?」

 

悟空「ウララが倒れてんのなんていつもの事だろ?」

 

キング「ええ」

 

スカイ「…………、」

 

 

 

 

スカイ「ウララぁあああああ!!!困った事があったら言いなって言ったでしょ!!」

 

ウララ「…………ぁ、せいちゃ、」

 

スペ「あっ!意識が!」

 

エル「戻りマシタ!!!」

 

 

 

 

キング「今日は何をやったの?」

 

悟空「感覚トレーニング。ウララの奴は感が鈍いから中々上手くいかなくてなぁ。とりあえず残像拳の本物当てゲームを1時間やってみた」

 

キング「………なるほど。残像は"気,,が宿っていないから惑わされないようにって事ね」

 

悟空「やるなぁ、キング。その通りだ」

 

キング「私もやりたいわ」

 

悟空「おしっ!んじゃ早速、」

 

エル「ストーーーップ!!!」

 

 

突然悟空達の間に割り込んで来たエル。

 

 

エル「もーッ!悟空さん!キング!今は緊急事態って言ったじゃないデスか!」

 

キング「あなたもノッてたように見えたけど…?」

 

エル「…エルは、過去を振り返らない主義なので」

 

キング「…………、」

 

エル「そ、それより悟空さん!早くグラスの居場所を!」

 

悟空「んー、探すけど……、大体の見当はついてんだよなぁ」

 

 

悟空にしてみれば、これは捜索ではなくただの答え合わせ。

だからグラスの"気,,を探す前に、特定の場所に意識を向けた。

 

 

スペ「?…悟空さんはグラスちゃんがどこに行ってるか知ってるんですか?」

 

悟空「多分な。………………あ!…やっぱりだ」

 

エル「見つけたんデスか!?」

 

悟空「ああ。グラスはスズカの所に行ってる」

 

スペ「えっ、ずる、ーー」

 

キング「スペさん」

 

スペ「珍しいね。偶然なのかな?」

 

悟空「違うと思うぞ。オラはスズカの所に毎日行ってっけど、その度にグラスの名前が出て来るから、恐らくずっと行ってる」

 

スペ「ッ!……私はこんなに我慢してるのに、ーー」

 

キング「スペさん」

 

スペ「でも何しに行ってるんだろう。………ハッ!もしかしてグラスちゃんは、秋天の後ろめたさを感じて……」

 

悟空「いや。スズカの話しじゃあ毎日すげー笑顔らしい」

 

スペ「はァ?????」

 

キング「スペさん」

 

スペ「聞こえません」

 

キング「落ち着きましょう」

 

スペ「嫌です」

 

 

 

スペ「だって酷くないですか? 」

 

 

 

スペ「私だってスズカさんの所行きたいのに、それを我慢してトレーニングやっているんです。頑張って頑張って…、その後に待っているのは誰もいない暗い部屋。1人部屋じゃないんですよ?ベッドが2つあるんです。それがまた悲しくなっちゃって。 それでも病院では電話しちゃ駄目だからLANEをする。あまり長く続いたら迷惑だから泣く泣く終わらせて、独りぼっちタイムの再開。強引に眠って、朝になる。そしてまたトレーニング。私はトレーナーに言いました。今日オフでお願いします!…と。駄目の一言で終わりました。そんな私を置いて抜け駆けして、ほんとあの栗毛ーーーー」ブツブツブツ

 

 

 

スカイ「でもさぁ、このまま様子見って訳にはいかないよね〜」

 

エル「様子見なら充分デス。一刻も早く鍛え直してくれないと」

 

キング「確かにそうね。強制するのは抵抗あるけど、牙が削れていくライバルを見るのは嫌だわ」

 

悟空「そうだなぁ。………うん、オラに良い考えがある!」

 

 

そう言うと、悟空は催促するように手を叩いた。

 

 

悟空「ほれ。そろそろ起きろぉ、ウララー」パンパン

 

ウララ「!」ピクッ

 

スカイ「え"っ、ウララ倒れてるけど…」

 

エル「もう少し休ませた方が良いんじゃ…」

 

悟空「大ぇ丈夫だ。神経がすり減ってるだけで体力は有り余ってっから」

 

ウララ「ーーーむ、むむむ…っ」グググ…

 

悟空「おー!良い感じ良い感じ!頑張れー!」

 

ウララ「ん、ぎぎっ、………ふんぬっ!」グアッ!

 

悟空「よっしゃあ!はい、せーの?」

 

ウララ「ウララふっかーつ!!!」

 

悟空「おう!お疲れさん!」パァン

 

ウララ「いえーい!」パァン

 

 

悟空の言う通り、疲労を感じさせない太陽のように明るい笑顔。

そんなウララにキングが近づくと、素手で服を払い始めた。

 

 

キング「もー、こんな所で横になるから汚れてるじゃない」サッサッ

 

ウララ「ありゃ、ごめんね。ありがと!」

 

悟空「そんでよ、ウララ。話しは聞いてたか?」

 

ウララ「うん。何となくは分かってるよ。でも……、」

 

悟空「ん、どうした?」

 

ウララ「スペちゃんはどーしちゃったの?」チラッ

 

 

スペ「ーーーーーしかも悲しい事にスズカさんとのLANEでグラスちゃんが来たと言ってくれなかったんです。何で言わないんですか?世間話の1つじゃないですか。もしかして私に内緒ですか?隠しているんですか?……酷い。ハブです。

あ、このハブは蛇の種類の事ではなくて、ハブられたという意味で、ーー」ブツブツブツ

 

 

スカイ「大丈夫。気にしなくて平気だよ〜」

 

ウララ「そうなの?」

 

エル「ハイ。…っと、悟空さん。良い考えとは何デスか?」

 

悟空「多分グラスの事だから普通に言えば簡単に伝わる。けどヤル気を爆発させねぇと遅れた分は取り戻せねぇから、ちょいとウララを使って思い知らせようかなーってな!」

 

ウララ「走るの!?」

 

悟空「おう。思う存分な」

 

ウララ「ぃやったー!!やっぱり精神しゅぎょーよりも走る方が楽しくて良いよ!」

 

悟空(あれも大事な修行なんだけどなぁ…。ま、ゆっくりでいっか)

 

エル「ふっふっふっ!そういう事ならワタシも使ってくだサイ!」

 

悟空「!……エルなぁ、…………んー、」

 

エル「ワタシの脚を気にしているんデショウ?大丈夫デス!有マ記念まではレース無いですし、しっかりと気を遣って走るので!」

 

悟空「んんんんんんんーーー………」

 

エル「エルも一緒になってグラスをけちょんけちょんにすればヤル気は超爆発しますよ?」

 

悟空「…………最後にはオラがケアするから少しくれぇは平気か。……よし分かった!おめぇにも手伝ってもらうけど、絶対ぇ無理はすんなよ?約束だかんな」

 

エル「もちろんデェス!」

 

 

スカイ「ま、これも同期の務めかな」

 

キング「全く。しょうがない子ねぇ」

 

悟空「?…おめぇ達は駄目だぞ?」

 

スカイ・キング『なんでッ!?』

 

悟空「いや、おめぇ達はもうすぐ菊花賞だし、今は調整中だろ」

 

キング「だけどっ、」

 

悟空「キングに至っては絶対に駄目だ。擦り傷1つでもつけちまったら、オラはキントレに顔向け出来ねぇ」

 

キング「ッ!」

 

 

本気だ。

日頃の幼さ残る顔付きが一変。顎を引き、1ミリたりとも揺れる事のない視線。

キングは思わず目線をずらして肩を落とす。

 

直後。

 

ポン…と、キングの肩に何かが当たると、芦毛の髪色がチラついた。

 

 

スカイ「キング」ボソッ

 

キング「?……なによ」ボソリ

 

スカイ「ごねて」ボソッ

 

キング「は?」

 

スカイ「良いからごねるの。ワガママを言う子供のように」ボソボソ

 

キング「い、いやよ。このキングが何故そんな事を……」ボソボソ

 

スカイ「じゃあ諦める?」ボソッ

 

キング「ッ…!」

 

 

引き下がれなかった。

というもの、グラスには借りがある。

スカイが龍球ステークスに出走する時、無様に喚いていた自分を叱ってくれたのが彼女だ。それと同時に理解もしてくれた。

些細な事でも力になれるのなら協力したい。

 

 

キング(……協力っていっても、あの子からすると余計なお世話かもしれないけどね)

 

 

クスッ…と、溢す微笑。

空気が口元から漏れる。体内で蔓延していた悪い空気だ。それと一緒に "プライド,,も外に出した。

 

 

悟空「ッ!!?き、んぐ……?」

 

ウララ「う、そ……」

 

エル「…おーまいごっど……」

 

 

悟空達は瞠目する。

 

 

なぜならば。

 

 

 

キング「わ、…私も一緒に走りたーい!仲間外れは、さ、寂しー!」ジタバタ!ジタバタ!

 

 

 

地面に体育座りをしたキングが、足をバタバタ動かして暴れているからである。

 

 

スカイ「……悟空さん。知ってると思うけどキングは冗談や適当な事なんて言わない。コッ、…こんなにワガママを言うキングは初めて見た、ヨ」

 

悟空「…………………スカイもやるつもりか?」

 

スカイ「つもりです」

 

悟空「ハァ…、キントレに聞いてみる。許可が出たらオラが断る理由ねぇしな」

 

キング「!………ありがとう」スクッ

 

悟空「スカイもトレーナーに併走して良いか聞いてくれ。分かってると思うけど、おめぇのトレーナーが来るのは無理だ。ただ…子供だけだと不安だろうからキントレが見てるって事で良い。

キントレにはオラが説明しとくから」

 

スカイ「はぁい」

 

悟空「ただし!1回でも駄目だと言われたらそれでしめぇだ!分かったな?」

 

スカイ「うん」

 

キング「ええ」

 

 

 

     ・

     ・

     ・

 

 

結果。

キントレからは難なく了承を得て、スカイはヤル気がある内に走ってくれとお願いされたらしい。

 

 

悟空「そんじゃあまずは、エル!」

 

エル「ハイ!」

 

悟空「グラスの靴と運動着を持って来てくれ。オラが向こうで着替えさせる」

 

エル「オーケーデス!」

 

悟空「んで、やる場所は、離れにあるターフだ。ウララは知ってるな?」

 

ウララ「うん!」

 

キング「そこ使って大丈夫なの?」

 

悟空「ああ。前にタキオンの実験で使ってるし、ウララともそこで走ったりしてる。元は整備不良で使われなくなってたんだけど、オラが整えたから問題ねぇ」

 

ウララ「誰も来ないからスーパーサイヤ人にもなってたんだよ!」

 

スカイ「いや、スーパーサイヤ人になって何するのさ…」

 

悟空「秘密だ。あと、向こうで準備運動もしとくから、おめぇ達も身体温めといてくれ!」

 

ウララ・エル・キング・スカイ『ハイ!』

 

悟空「よし!そんじゃあ!」

 

 

ーーーーでね?

 

 

悟空「ん?」

 

 

彼らはすっかり忘れていた。

この場にもう1人ウマ娘がいる事を。

 

 

スペ「グラスちゃんってば散々な事言うクセに、私がご飯食べてると優しい顔で見て来るの。あれ結構食べづらいんだよねぇ。でもでもっ、悪い気しないっていうのも本音でして……。それでいつかはグラスちゃんとスズカさんの3人でご飯食べに行けたら良いなぁーって考えてたのに!スズカさんと同じ栗毛だからチョーシに乗っちゃってますよ!」ブツブツブツ

 

 

悟空(ひゃ〜。…………うぇっ)

 

スカイ(………オモ)

 

キング(さて、……どうしましょうか)

 

エル(グラス。良かったデスね。スペちゃんとお似合いデスよ……)

 

ウララ「あっ、スペちゃん忘れてたね。おーい!」

 

悟空・エル・キング・スカイ『!!!』

 

スペ「ーーー!」

 

 

キョロキョロと、小動物のように首を振るスペ。

悟空達を視野に入れると、照れくさそうに顔を赤らめた。

 

 

スペ「すみません、つい愚痴を言ってしまって」

 

悟空「い、や…、全然へーき、だぞ」

 

スカイ「……溜め込むのは体に毒だからね〜。スッキリしたなら良かったよ」

 

スペ「ありがとうございます!えっと、グラスちゃんの話し、だよね?どーしよっか」

 

キング「そ、それは……、」

 

 

自分語りに夢中になっていたスペは当然ながら何も知らない。

かと言って、貴女の話しを聞いてませんでした…とも言えない。

どのようにしたら傷付けずに伝えれるのか…。

大人である悟空に頼ろうとした。

 

その時。

 

ブワッッッ!!!!!

突如。突風が巻き起こる。

彼女達は小さい悲鳴をあげた。

程なくしてから、ゆっくりと目を開ける。

 

そこには、エルを脇に抱えた悟空が佇んでいた。

 

 

エル「……………ほぇ?」

 

悟空「スカイ。さっきと同じ説明をスペに頼む」

 

スカイ「んぁ…?」

 

悟空「よろしくな!」シュン!

 

ウララ「行っちゃったね」

 

キング(逃げたのよ……)

 

 

スペ「あれ?悟空さんとエルちゃんは?グラスちゃんの事話すんじゃなかったのかな…?」ンー?

 

 

スカイ(むっ、胸が苦しー!)ズキン

 

キング(これならいっそ、無視しないで!って怒られた方がマシだわ…)ズキンズキン

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

 

ー 病室 ー

 

 

 

スズカ「ーーーそう。ハルウララさんがねぇ」

 

グラス「はい。凄く会いたがっていますよ。スペちゃんとエルで、スズカさんの事をたくさん教えましたから」

 

スズカ「っもう。……変な事は教えてないわよね?」

 

グラス「事実しか言ってないですよ〜。美しいウマ娘…、とか」

 

スズカ「ウソでしょ!?」

 

グラス「ふふっ、嘘ですよ〜」

 

スズカ「良かった…」ホッ

 

グラス「学園で5本の指に入るほどの美しいウマ娘。……が、実際に言った言葉です」

 

スズカ「盛りすぎでしょ!?……まさか、それを考えたのも、」

 

グラス「スペちゃんです」

 

スズカ「やっぱりそうなのね………」ガクッ

 

 

"シュンッ!!!,,

 

 

グラス「! あら〜、こんにちは」

 

スズカ「え?」

 

 

悟空「よっ!」

 

 

スズカ「悟空さん?今日は随分と早いですね」コンニチハ

 

悟空「いんやぁ、スズカのは別だ。今は…、」チラッ

 

グラス「?………私に何か?」

 

悟空「まぁな。いきなりでわりぃけど、立ってもらって良いか?」

 

グラス「え、ええ。構いませんが…」

 

悟空「もうちょいこっちまで来てくれ」

 

グラス「はい。………この辺りで良いですか?」

 

悟空「おう」

 

 

おずおずと困惑しながら佇むグラス。

ベッドの上でスズカも同じような顔付きで首を傾げていた。

 

 

悟空「………よし。グラスッ!」

 

グラス「ッ、は、はい!」

 

悟空「ばんざーいッ!!!!」

 

グラス「え、、え?」

 

悟空「早くしろって!間に合わなくなる!」

 

グラス「何にですか!?え、っと…、こ、こう?」スッ

 

 

少し気恥ずかしい思いからか、身を捩りながら両手を上げた。

 

その瞬間。

 

悟空の瞳が鋭く光る。

 

 

悟空「ハッーー!!」

 

 

気合いを込めた一声を出すと悟空の体はブレた。

大きな声ではないのに空気を叩くような力強さ。正面にいたグラスは思わず目を瞑ってしまう。

 

 

グラス「〜〜〜〜っも、もういい…ですか?」

 

悟空「おう。良いぞ」

 

 

恐る恐る目を開ける。

見たところ特に何も変わってなかった。

悟空も目の前にいるままで、スズカは、ーーポカンと口を開けている。

 

 

グラス「?……スズカさん、どうかしました?」

 

スズカ「……ぁ、……あのね?」

 

グラス「はい…?」

 

スズカ「ふ、服が、違うの……、」

 

グラス「服、ですか?」

 

 

スズカの指先を追うと、自然と視界に入った。

自分は制服を身に纏ってここに来たはず。だが、見えるのは赤と白を基調とした服だ。

それは制服に使われていない色であり、見覚えのある配色は学園指定のジャージではなかっただろうか。

 

 

グラス「な、ななっ、な!何ですかコレは!?」

 

悟空「見てわかんねぇか?」

 

グラス「分かりますよ!だからこそ訳が分からなくて、……ご丁寧に靴まで…。……一体どうやったんです?私、何も気付かなかったんですけど…?」

 

悟空「大した事はしてねぇさ。服を脱がせて着せた。それだけだ」

 

グラス「な、なるほど〜。並外れた速度だとこれほどまでに凄まじい………………脱がせた?」

 

スズカ(あー……)

 

 

理解をすると羞恥が襲う。

 

これまでには尻が大きいと言われ、頭と背が小さいと言われ。いきなり部屋にやって来たかと思えば下着を見られ。

その度に怒ってきた。

 

 

今後こそ。許す訳にはいかな、ーー

 

 

悟空「グラスッ!!!」

 

グラス「ひゃ、……はい!」

 

 

けれど。悟空の真面目な声に対しては背すじを伸ばし、胸を張って応えた。

 

 

悟空「グラス。これからやるオラの動きを真似してくれ」

 

グラス「……分かりました」

 

 

不服ながらも従う。

すると悟空は僅かに笑うと、屈伸を始めた。

 

 

悟空「いっちにー、さんしー」グッグッ

 

グラス「体操…?」

 

悟空「ほれ、グラスも」

 

グラス「あ、はい」グッグッ

 

悟空「いっちにー、さんしー」グッグッ

 

グラス「ごーろく、しち、はち」グッグッ

 

 

様々な箇所の筋を伸ばす。

腕立て伏せや上体起こし。スクワットなど、適度に筋肉を使い、約30分。念入りに体操をおこなった。

 

 

 

悟空「ーーーこんくれぇで良いかな」

 

グラス「ふぅ。………聞いて良いですか?」

 

悟空「すまねぇけどもうちょい待ってくれ。すぐに分かるからよ」

 

 

そう言うと、悟空はスズカの傍に行きーー、

 

 

悟空「うりうり〜」ワシャワシャワシャ

 

スズカ「きゃっ!悟空、さん!?」  

 

 

ガサツな手つきで頭を撫でた。

意図を聞こうにも、激しく舞う髪の毛で悟空の顔が伺えない。

とはいえ止めてもらおうという考えはなく、どこか温かみのある手のひらに身を委ねた。

 

 

悟空「ーースズカ」ピタッ

 

スズカ「んみゅ………あら?」

 

悟空「楽しんでたんだろうに悪ぃな。グラス借りんぞ」

 

スズカ「はい。私は大丈夫です………けど」

 

 

スズカはグラスに目を向ける。

きょとんとした瞳よりも、ジャージ姿とほんのりかいた汗に注目した。

とある考えが頭をよぎると悟空を手招きする。

 

 

悟空「なんだ…?」

 

スズカ「」チョイチョイ

 

 

用を聞くだけではなく、顔を近づけろとの事らしい。

 

 

悟空「んー?なんだよ」コソ

 

スズカ「もしかして、スペちゃんも関わってたりしますか?」コソコソ

 

悟空「!………だけじゃねぇけどな」ニヒッ

 

 

スズカから離れると、今度は優しく頭の上に手を乗せた。

 

 

悟空「夜になったらまた来るからな。それまでは良い子にして待ってんだぞ」

 

スズカ「はい。よろしくお願いします」

 

悟空「んじゃ、グラス。オラに掴まれ」

 

グラス「? はい」

 

 

瞬間移動でもするのだろう。

待ってくれと言われたからには、聞くのは今では無い。

グラスは悟空の裾を軽く握った。

 

 

スズカ「グラスちゃん」

 

グラス「何ですか?」

 

スズカ「私の責任でもあるからごめんなさい。そして、頑張ってね」

 

グラス「え?それはどういう、ーー」

 

 

最後まで言う事なく悟空達の姿は消える。

この後に待ち受けているものなんて、数日間楽しいだけの時間を過ごして来たグラスには想像もつかないだろう。

トレーニングを終えて帰る背中を、流し目で追っていたウマ娘がいた事を。

 

現時点。それだけにとどまらず。

 

ライバルが強くならない事を許さないウマ娘。

同期として手を貸すウマ娘。

走れる事を喜ぶウマ娘。

ライバルが憧れのウマ娘と密会してる事に嫉妬するウマ娘。

 

それぞれの想いを胸に抱いたウマ娘達と合流するまで、あと二秒。

 

 

 

熱血レース地獄の始まりだ。

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

ーーシュンッ!

 

 

悟空「待たせたな」

 

『!!…………、』

 

グラス「?………皆さん揃って、何が…」

 

 

冷たい風が吹く今日この頃。

温めた身体も、じっとしていればすぐに固まってしまう。

だが、グラスはすぐに動けなかった。

 

目の前には湯気が見える程に仕上がったライバル達がいるからだ。

 

 

グラス「皆さんもジャージを………、これから走るのですか?」

 

スペ「…………」

 

エル「…………」

 

グラス「……ぇ、……どうして何も言わないんです?」

 

ウララ「………」

 

スカイ「………」

 

グラス「悟空さん。そろそろ教えていただけませんか?」

 

悟空「…限りなく本番に近いレースをするんだ。おめぇもリキ入れねぇと潰されちまうぞ」

 

 

悟空が一歩前に出る。

同時に動いたのはキングだ。悟空の正面に立ち、息を吸った。

 

 

キング「ーーーー整列ッ!!」  

 

 

鋭い声に反応してキングと横並びになる彼女達。

 

 

スペ「……グラスちゃん」チョイチョイ

 

グラス「わ、たしも…ですか?」

 

エル「……」コクン

 

 

訳もわからず言われた通り列に並んだ。

 

 

キング「悟空さん。ご鞭撻の程をよろしくお願いします」

 

悟空「べんたつって何だ?」

 

スカイ「トレーニングでいこ」ボソッ

 

キング「悟空さん!トレーニングの指導お願いします!」

 

『お願いします!!!!』

 

悟空「おう!…つー訳だ。グラス」

 

 

病室での運動。

スペ達のやる気に満ちた闘志。

そして、いまキングが言った事をまとめると状況は理解した。

 

ーーしかし。

 

 

グラス「トレーニング……。いつもの遊び、ではないんですか?何かあってからでは取り返しのつかない事に…」

 

悟空「心配ぇすんな。オラが本気で見張っとくし、終わってからはちゃんとケアもする」

 

キング「グラスさんも分かるでしょう?この人が本気でやれば私達は躓く事も出来ない。転んで倒れるなんて事はやりたくても出来ないのよ」

 

スカイ「当たり前だけど、自分の体に違和感を持ったらすぐにやめて悟空さんに伝える。我慢をする必要はない」

 

スペ「多分これが最初で最後だからね。気合い入れてやりましょう!」

 

 

クラシック路線最後の一冠、菊花賞を目前に控える者達が言うのだ。

 

 

グラス「……分かりました。悟空さん。私もよろしくお願いします」

 

悟空「ああ。んじゃまず、始める前に誤解しねぇよう1つだけ言っとく」

 

 

彼女達は頷いた。

 

 

悟空「オラがやるトレーニングだからといって特別強くなる事はねぇ。言っちまえば、オラはおめぇ達のトレーナーより大分劣ってる」

 

エル「そんなにデスか?あまりそんな風に思えマセンが…」

 

悟空「それは少なからずウララが結果を出してるから思うんだろ。んでも、その根底にはキントレっちゅー正式なトレーナーの考えがある。オラだけのものじゃねぇ」

 

キング「確かに…。貴方達よく話しているものね」

 

悟空「そういうこった。だから間違っても、おめぇ達のトレーナーよりオラの方がスゲェなんて思っちゃダメだ。ちゃんと師には敬意っちゅーのを払わなくちゃいけねぇ。分かったな?」

 

『はいっ!』

 

悟空「だからオラはオラだけに出来るトレーニングをする。これは普段ウララとやってるけど、ウララも他の奴を混えてやるのは初めてだ。天狗になってっと、龍球ステークスの時みてぇに "また,,痛い目みるから気をつけんだぞ」

 

ウララ「は、はい!………ぅぅ」

 

スカイ「oh…。………ぐ、具体的には何をするの?」

 

悟空「距離を決めてレースをする。その中でオラが色々指示を飛ばすから、その通りに走ってくれ。もちろんオラも一緒に走っから」

 

エル「ヘーイッ!盛り上がって来マシタァ!」

 

スペ「それでこそ悟空さんだよね!」

 

ウララ「距離はどうするの?」

 

悟空「とりあえず1600ってとこかな」

 

キング「マイルね。まぁちょうどいい、ーー」

 

悟空「そんで2000、2200、2500、って順番でやろうと思う」

 

スカイ「ぇ、」

 

悟空「あ、終わる度に着順を聞いてくから覚えていてくれ」

 

スペ「拷問……かな?」

 

悟空「んじゃ楽しく着順を言うにはどうしたら良いんだ?」

 

エル「1着を獲れば良い!」

 

悟空「そうだ!んじゃ気張って行くぞォ!」

 

ウララ・エル・キング・スカイ・スペ

『はーい!』

 

悟空「んー…、なんか違うなぁ…」

 

キング「今度は何よ」

 

悟空「…………あ、気合い入れる時は「おおっ!」って言ってくれ」 

 

キング「……それ、必要?」

 

悟空「すげぇ大事だ。そんじゃあもう1回!気張って行くぞォオオオ!!!」

 

ウララ・エル・キング・スカイ・スペ

『おーッ!!』

 

 

ぞろぞろとスタート地点に向かう彼女達。その1番後ろにはグラスがいた。

どことなく、こわばった表情をしている。

 

 

グラス(………大丈夫。いつものように集中すれば良い…)

 

 

普段なら願ってもない好機だと喜んでいただろうに、今はバクバクと心臓が慌ただしく動いている。

緊張しているのだろう。

しかもその緊張する相手が悟空ではなく、闘争心溢れる彼女達の方だと分かると、余計に鼓動が大きくなった。

 

 

 

      ・

      ・

      ・

 

 

 

悟空「内からウララ、スペ、グラス、キング、エル、スカイに並べ!」

 

スカイ「えー、外かぁ…」スタスタ

 

キング「この人数なら特に関係ないでしょう」スタスタ

 

 

ゲートはなく、ただ線を引いただけのもの。

悟空は彼女達の後ろに立った。

 

 

悟空「そんじゃあまずは1600m。ゴールには白い線を引いてるからそこまでだ!準備はいいな?」

 

スペ「おおっ!」

 

エル「オーケー!」

 

悟空「よし。ーーーースタートだッ!」

 

 

パン!と手を叩くと走り出す彼女達。

早々にバ郡を作り、先頭にスカイが立つと、その後ろにエル。そしてスペがついた。

 

 

エル(……今回は先行策デスか。ワタシに注意を向けたようデスね)

 

スペ(マイルはG1を獲ったエルちゃんをマーク。スパートをかける直前に私が先手をとる!)

 

 

第2コーナーをまわり、頭の中でレース展開図を作る。

ここにいる者達は世代を代表するウマ娘達。それは想定通りに事を運べるだろう。

 

 

悟空「………」

 

 

彼というイレギュラーがいなければ。

 

 

悟空【スカイ。エルとスペがやり合ってる。小細工入れねぇとやられんぞ】

 

スカイ「っ!……………にゃは」

 

 

安定のレース展開を崩しにかかる悟空。

スカイは差し脚のスパートを混乱させるために速度を上げた。

 

 

エル(!?もう決めに…?)

 

スペ(………まだ…、脚を溜める)

 

 

先頭はポツンとスカイが残り、番手追走のエルとスペを置き去りにしていく。

その横を通り過ぎるのは、キングヘイローだ。

 

 

スペ「ッ!」

 

キング(あのヒトを自由にさせたら駄目。多少無理してでも!)

 

 

あっという間にスペ達を抜いてスカイに追い縋る。

スカイは、足音と共に視界に入って来たキングを横目で確認すると、番手に居たのはキングだけではなかった。

 

 

ウララ「おおおおおおおっーーー!!!!!!」

 

スカイ「な、に…っ」

 

 

外から捲るキングに注意をとられ、内から食い込むウララに気付かなかった。

しかもそれはキングの後ろについていたため、キングも驚きのあまり目を見開いている。

 

 

悟空「ぶち抜け!ウララぁっ!」

 

ウララ「行くぞーーー!」

 

 

最後の直線に入る間際、ウララはちゃんと気付いていた。

 

 

ウララ(このまま先頭に行きたかったんだけど……、くっ、)

 

 

マイルのG1を獲った者はエルだけではない。

学園に入った当時。新入生のG1レースである朝日杯FSで勝ち、最強の1人として数えられた怪物が、そこにいた。

 

 

グラス「いざッ!」

 

 

ドンッ!

鬼の切れ味を発揮するために力強く踏み込んだ。

残り200m

最内で先頭に立ったグラスは最後にスパートをかける。

 

直後だった。

 

ドクンッ…と、鼓動が大きく脈をうった。

 

 

グラス(なんっ…!?)

 

 

ジリジリと背中が熱い。

つい、ゴールから目線を外して辺りを見渡した。

 

 

スペ「行かせるわけっ、ないでしょ……!!」

 

 

グラスの横に並びかける彼女。

食いしばった歯を剥き出しに、充血した目を見せた。

 

 

グラス「ッ!す、ぺちゃんっ」

 

 

だけじゃない。

スペの後ろにはエル、キング。間から抜けようとウララが駆け出し、グラスの真後ろにはスカイがいた。

その時もう一度鼓動が暴れる。

ようやく分かった。

これは彼女達のプレッシャーのせいだ。

 

 

グラス(…ふふっ、面白いです!ここで誰が1番速いかを教えてあげて、)

 

 

 

 

グラス「ーーーーーーあ、れ?」

 

 

 

 

悟空「……………」

 

 

 

 

      ・

      ・

      ・

 

 

 

ーーハァ、ハァ、ハァ、ハァ。

 

 

悟空「んじゃ聞いてくぞ。ーー1着!」

 

エル「世界最強!エルコンドルパサー!!」

 

悟空「さすがエルだ。2着!」

 

スペ「わた、し、だよぉおお!あーん、悔しいぃいい!」

 

悟空「ははっ、惜しかったなぁ。3着!」

 

キング「はぁ、……私よ」

 

悟空「分かりやすく拗ねてんなぁ、次頑張れ。ほい、4着!」

 

ウララ「はーい!」

 

悟空「元気あっていいけど、オラ的には複雑だぞ…」

 

ウララ「えへへ、………やっぱり?」

 

悟空「んでもたりねぇ部分も分かった。やっぱパワーが足んねぇな。これからは、ーー」

 

キング「悟空さん。注意ならともかく、弱点をみんなの前で言うのは駄目よ」

 

悟空「あ、そっか。ははっ、わりぃわりぃ。んじゃ話し戻して、5着!」

 

スカイ「……はぁい」

 

悟空「やっぱ途中でスピード上げたのはマズかったか?」

 

スカイ「んーん。そうしなきゃ駄目だったし、強いて言うならウララに気付かなくて驚いた時かな。あの時にバランス崩しちゃったんだと思う」

 

悟空「そうだなぁ。オラもそう思う」

 

ウララ「やっぱりキングちゃんに隠れて行ったのは正解だったね!作戦通りー!」

 

悟空「あ、こら!」

 

スカイ「…………へぇ?」

 

スペ「んー?どういう事?」

 

スカイ「私にもそうだったけど、指示をするのにテレパシーを使ってるの」

 

エル「だからあの時スピードを上げたんデスか。意表をつかれマシタ……」

 

悟空「ま、まぁ…、ほら!今回はスカイやウララだったけど、ちゃんと全員にするつもりだから、なっ!」

 

スペ「むー…」

 

悟空「ほれほれ、拗ねんなって。……さて、6着!」

 

グラス「…………はい」

 

悟空「おめぇはどうしたんだ?最後に伸びが悪かったけどよ」

 

 

悟空の言う通り、残り100mまでは先頭を走っていた。

けれど気が付けば最後尾でゴールを過ぎ去っていたのだ。

 

 

グラス「……分かりません。言い訳になってしまいますが、脚が思うように動かなくて…」

 

悟空「そうか。念の為に脚の具合は見とくな。大丈夫なら次は頑張ろうぜ」

 

グラス「はい」

 

 

グラスがズボンを捲り上げて悟空が触診する。

 

その背後には。

 

意地の悪いニヤついた笑みを浮かべるウマ娘が4人もいる事をグラスは知らない。

 

 

スペ「トレーニングに力入れてなかったらそりゃあ脚もついて来ないよね」ボソボソ

 

エル「ふっふっふっ。腑抜けワンダーに負けるコンドルではありまセーン」ボソボソ

 

キング「ちょっと可哀想な気もするけど、これも本人のためよね」ボソボソ

 

スカイ「まぁ、これも実力の内ってとこかな」ボソボソ

 

ウララ「でも…、かなり危なかったよね?」ボソッ

 

エル・キング・スカイ・スペ『しぃーっ!!』

 

エル「それを言ってはいけマセン」ボソボソ

 

スペ「そうだよ。体たらくなウマ娘と同等なんて認めちゃダメなんですっ」ボソボソ

 

キング「でも本当に気をつけないと…。1回でもグラスさんの下をとったら全て無駄になるわ」ボソボソ

 

スカイ「私達が圧勝して、怠けた自分が悪いんだって思わせないとね〜」ボソボソ

 

キング「それ、自己紹介?」

 

スカイ「……………」

 

 

 

スカイ「ハァ"ン!?」

 

キング「あ、ごめんなさい。貴女も負けた時にそう思ってる?と、疑問になって…つい」

 

スカイ「ハァ…、全く。キングはさぁ、何かにつけて私をサボりウマ娘に仕立て上げようとしてるよね?」

 

キング「事実を言ったら駄目というルールあったかしら?」

 

スカイ「……いんやぁ、全然オーケーだよ。ね?サボりウマ娘に 一生ッ! 勝てないお嬢様?」

 

キング「……あら?たった今貴女より先着したけれど?」

 

スカイ「すっごいね〜。3着で自信満々に言えるんだ〜。さすがキング!私には出来ないよ!」

 

キング「…………」

 

スカイ「…………」

 

 

キング・スカイ「「ふんっ!」」ガシッ!

 

 

 

 

 

 

悟空「ーーーーうん、問題ねぇな。グラス自身はどうだ?」

 

グラス「大丈夫です。違和感なども特にないので」

 

悟空「そんなら再開すっか」

 

グラス「見ていただきありがとうございます」

 

悟空「気にすんな。そんじゃあ、ーー」

 

 

スペ「悟空さーん」

 

 

悟空「んー、どした?」クルッ

 

 

 

キング・スカイ「「ふむむむむむむむっ!!!!」」ググググッ

 

 

 

スペ「キングちゃんとセイちゃんが喧嘩しましたー!」

 

悟空「こんな短ぇ時間のあいだに取っ組み合いまでして何やってんだ!?」

 

 

 

      ・

      ・

      ・

 

 

続く2000m。

おなじみハナをとったスカイを追ってエル、そしてウララが追走。前走の走り方をやり返すようにウララの後ろにピッタリとついたキング。

そのプレッシャーからウララはジワジワとスタミナを削られるが、悟空との修行で培った超根性を披露して粘り強さをみせる。

しかし、直線にてごぼう抜きをしたスペが見事勝利を掴んだ。

 

 

スペ「やったー!!このメンバーで勝てれば私が2000で最強って事で良いんじゃないですか?

私が皐月賞バって事で良いですよね!」1着

 

スカイ「うん、何一つ良くないね〜。なぜなら私が皐月賞バだから」2着

 

ウララ「んーーーッ!すっごく上手くいったのにぃ!!!」3着

 

キング(ウララさん、掛かってたわよね?)「………恐ろしい子だわ」4着

 

エル「ば、ばかな…、このエルが……っ!」5着

 

グラス(なんでまた脚が……、途中までは普通に走れてるのに、スパートがかけれない…)6着

 

悟空「良くやったなスペ。離されずに脚を溜める。口では簡単に言えても、それが難しい事くらいオラにも分かる。完璧な走りだったぞ」

 

スペ「えへ、……ウヒヒヒヒヒヒ!」

 

キング「嬉しいのは分かったから、もう少し品のある笑いしなさいな……」

 

ウララ「ユーレーかと思っちゃった……」

 

 

なんて事ない会話だが隠しきれない息切れが目立つ。

併走やランニングではなく、中距離のレースもどきを2回も走ればさすがに堪えるのだろう。

 

とはいえ、彼にはランニングにもなりやしない。

 

 

悟空「おーい。早く来いよー。次行くぞー」

 

スカイ「休憩求めまーす」

 

悟空「却下すんぞー」

 

キング「ほらっ、行きましょ」スッ

 

スカイ「ちぇー」ギュッ

 

 

渋々とスタートラインに行く者もいれば、わざと遅く行って体力回復を望む者もいる。

やはりというべきか、1番後ろにいるのはグラスだ。もはや彼女に笑みは無い。

 

 

ウララ「次はどこの枠に入れば良いの?」

 

悟空「そうだなぁ、………好きな所で良いぞ!」

 

スカイ「っし!1枠もらい!」シュバッ

 

スペ「はやっ!?じゃあ、私は4枠かな」

 

キング「私もあまり挟まれる所には入りたくないわね」

 

スカイ「じゃあ内の2枠で逃げれば?…………ダービーの時みたいに」

 

キング「良い度胸じゃないっ、ノッたわ!!」ダービー+逃げ=14着

 

エル「やれやれ、煽り耐性ゼロキングデース。……グラスはどうしマス?」

 

グラス「………6枠もらいます」

 

エル「ふむ。外から捲りマスか。……ではワタシは3枠で」

 

ウララ「5枠!のっこりものには福がある〜」

 

悟空「決まったな。おめぇ達、少し聞いてくれ」

 

 

ウマ娘6人の眼が悟空に向けられる。

 

 

悟空「これまで1600、2000って走ってきたけど、そろそろ疲れたろ?」

 

スペ「まぁ、……ちょっと?」

 

悟空「そうか?」

 

スペ「かなり疲れました」

 

悟空「だよな。けど、そんな時だからこそ、いつも以上に集中しなきゃならねぇ。

そこでだ!スタートの時、オラがテレパシーで誰か1人に対して合図をするから、そいつが飛び出した時が、スタートだ!」

 

ウララ「えーっ!なんかずるーい!」

 

悟空「そんな事ねぇぞ?出遅れる時もあれば上手く行く時もある。けど、めっちゃくちゃすげー上手く出る奴だっているはずだ」

 

エル「実際、開始直後に数メートル先にいるウマ娘もいますから、間違ってないデスネ」

 

悟空「そうだろ?そうなったらまずは冷静に対処しなきゃならねぇ。そんで今回はそれに加えて反射神経を使う」

 

スカイ「飛び出したヒトを瞬時に把握して出なきゃ、絶望的なまでに差が広がるって事だね」

 

グラス「…でも、横ばかり見ていると脚が動かない」

 

悟空「その通り。だからおめぇ達は前を見つつ感覚を鋭く保て!疲れてくると身体は無意識に楽な方へ動いちまうからなぁ。ちゃんと意識しながら行動すんだ!」

 

『はい!』

 

悟空「次は2200m、行くぞ!」

 

 

 

 

荒々しい息。大きく揺れる肩を抑え、ターフには木が囁くような葉音だけが響いていた。

 

 

 

エル(………くっ、変な緊張デス)

 

ウララ(だれ……、いつ出るの…?)

 

 

静まる空間。

体勢を整えるために動いた足がジャリ…という音を鳴らし、誰かと身体がピクリと動く。

 

 

グラス(………)

 

スカイ(うー…、悟空さんってたまに性格悪いよね〜。セイちゃんは待つのが嫌いなんだよ〜)

 

 

何分経ったのだろう。

10分と言われても納得するほどに体内時計が狂い始める。

 

 

 

我慢の限界が来た。

 

 

 

スペ「まだ、ーー」

 

悟空【行け!】

 

???「ッ!」ダッ!

 

 

彼女はしっかりと悟空のテレパシーに反応して飛び出した。

 

 

スカイ「ッ!や、ばッ…」

 

 

スペの声に気を取られ、まさか本当に…と、複数の悪条件が重なり合ったスカイは瞠目した。

 

 

飛び出したのはキングヘイローだ。

 

 

キング「逃げてやるわよ!距離は違うけれどダービーの雪辱を果たすッ!」

 

 

2番手についたウララ。しかし先頭のキングまでは既に6バ身も離れている。

 

 

ウララ(中盤まで脚を溜めて、それからロングスパートをするしか…………って、)

 

スペ(ッ!キングちゃん、飛ばし過ぎじゃない!?)

 

 

ロケットスタートに加えて逃げを選択したなら、差が広がるのは当然の事だ。しかし、差が広がり続けるのはおかしい。

 

それはまるで。

 

 

グラス「す、スズカさん……?」

 

エル(…………最悪デス。嫌な事思い出しマシタ)

 

 

思い出すのは圧倒的な力で潰された毎日王冠。こっちがいくらスピードを上げても遠ざかる背中。

 

 

スカイ(無茶だよ、キング。大逃げは私にも出来ない。それはスタミナを尋常じゃないくらい使うんだよ)

 

 

それでも緩める事をしないキングは第3コーナーを曲がった。

 

 

キング「ハッ、ハッ、ハッ、ーー」(さ、さすがに苦しい…!まだ700mはあるのにっ)

 

 

少しずつ脚の回転が弱まる。口が開いたままになり、頭の中が真っ白になる感覚。

心当たりがあった。

 

 

キング(………ほ、んとうに、ダービーの時と、いっしょ、ね)

 

 

目の前が滲んで見えるのは汗が入ったからなのか。食いしばった歯が痛いのは力を振り絞ってるからなのか。

 

それは違うとキングは即答した。

 

滲むのは目尻に涙が溜まっているから。歯が痛いのは悔しさのあまり、食いしばっているから。

 

 

情けないのは全部分かってる。

 

 

それでも。

 

 

 

キング「これだけは、勝ちたいの…………だから、」

 

 

 

キング「手伝って…!」

 

悟空「おう」

 

 

最後の直線。残り500m。

キングの隣で並走している悟空は後ろを走る彼女達に呼びかけた。

 

 

悟空「おめぇ達!キングの奴がこのまま行くから早めに上がらねぇと負けちまうぞーッ!」

 

 

後方勢、固まるバ群は一発の大砲のようにキングへと襲いかかる。

 

 

悟空「キング。前にやった走り方を思い出せ。無理に筋肉を使わず脱力すんだ」

 

キング「ッ!くっ、」

 

悟空「力むな。こんな時だからこそ一回深呼吸をはさめ」

 

キング「………、」

 

 

呑気だと思うか。

違う。勝つために無駄にする1秒だ。

そして。あの時の走りを思い出すために0.7秒。身体から力を抜くのに0.5秒。

 

すぐ後ろには足音が響く。プレッシャーが背中に圧迫感としてのしかかる。

 

その背中には大きな手が伝っている。

 

 

悟空「キング。オラが手を置いている部分に集中しろ。肩甲骨の力みを無くす。上下には動くな。そのために腿は、ーー」

 

キング「上にあげず膝蹴りをするみたいに、でしょ?」フッ

 

悟空「!…………おし、勝つぞ!」

 

キング「ええ!」

 

 

悟空の手が離れ、山吹色は姿を消す。代わりに現れたのはピンク色の髪。

 

 

ウララ「ま、けるものかぁあああああ!」

 

キング「…………………いえ、」

 

 

 

キング「負けてもらうわ」

 

 

今、激情に委ねるのは悪手。力みを消すにはリラックスしなければならない。

キングはゴールの白線だけを視野に入れると、奇妙な錯覚に陥った。

 

 

キング(あら、………何だか、…………世界に、1人だけ残された気分だわ…)

 

 

周囲から音が消えた。自分は走っているのに何も感じない。

不思議な事に。

その世界はただ、気持ち良かった。

 

 

 

     ・

     ・

     ・

 

 

 

キング「ーーーッしゃあぁあああああ!!!!宝塚記念は私のものよ!」1着 

 

スペ「嘘!私のだもん!」2着

 

エル「スペちゃんは完膚なきまでに負けたじゃないデスか」3着

 

スカイ「くっそー!まさか本当に逃げ切るとは…、恐れ入ったよ」4着

 

ウララ「最後の最後でこんなに差されるなんてことある……?」5着

 

グラス「っ…!」6着

 

悟空「キング。おめぇはすげぇけど、工夫しだいではもっと上手く行けたはずだ。さっきのを忘れねぇようにしねぇとな」

 

キング「当然よ!必ずモノにしてやるわ!」

 

悟空「その意気だ。そんで、エル!おめぇは完璧な走りだったけど、何で3着だ?」

 

エル「ケ?……んー、確かにそーデスねぇ、途中で大逃げ対策に切り替えれたし、勝負所は合っていた。………………あはっ!単純にキングの方が速かっただけデェス!」

 

悟空「……ひひっ、まだまだ行けるな?」

 

エル「当ッッッ然ッ!!」

 

スペ「………、」

 

 

 

スペ「エルちゃん、エルちゃん」チョンチョン

 

エル「どーしマシタ?」

 

スペ「今のレース、私2着だったんだけど?

正しく言うなら、キングと "スペちゃん,,の方が速かった…なんじゃないですか?」

 

エル「……最後2500!気合い入れて行くぞー!」

 

スペ「あれ!?無視!!?」

 

ウララ・キング・スカイ『オー!』

 

スペ「みんなまで!?」

 

 

 

 

グラス「……………」

 

 

1人、離れた所にいるグラスは目を瞑り、呼吸を整えていた。

 

 

グラス(……3戦連続最下位。……脚が重い。でもそれは皆さんも同じ事。ーーーーなんたる未熟かッ!)

 

 

己の無様な姿が許せない。

グラスは足を上げて、怒りのままに地面へ叩きつけようとした。

 

 

悟空「グラス」

 

 

しかしグラスの足は空中でピタリと止まると、静かに、重力に従って地面に降ろした。

 

 

グラス「ご、くう……さん…」

 

悟空「グラス。おめぇのソレは…、前搔きはそんな事に使うんじゃねぇだろ」

 

グラス「………ぁ…、」

 

悟空「勝てねぇのが悔しいか。追いつけねぇのが情けねぇのか。色々思う事があんだろうけど、ソイツを真っ向から受け止めるのがグラスだ。前搔きで当たり散らすのは、おめぇ自身の心を否定する事につながる」

 

グラス「………は、い」

 

悟空「それに、おめぇの前搔きは別に能力が上がる訳じゃねぇ。コントロールした闘志をあえて剥き出しにするためのもの。身も心もついて来てねぇ今やると怪我すんぞ。例えんなら、0から80じゃなく、100から140%に上げる……みてぇなもんかな」

 

グラス「………悟空さん。私は、負けたくないです」

 

悟空「……今日はもうやめだ」

 

グラス「どうしてっ!」

 

悟空「元々最後の2500はおめぇを走らせるつもりはなかった。準備運動したっつっても、いきなり連れて来ちまったから"気,,が出来上がってねぇしな」

 

グラス「…………いやです」

 

悟空「駄々こねんなって。走らなくてもおめぇには大事な仕事が待ってんだからよ」

 

グラス「しごと…?」

 

 

悟空の視線を辿る。

 

 

そこにあるのは……。

 

 

 

ウララ「次で最後かぁ。………もう負けられない」

 

スカイ「宣言して良いよ。私が逃げ切る」

 

キング「私なら全員まとめて差せれる」

 

エル「コンドルの捕食からは誰も逃れられマセン」

 

スペ「2、1、2…」

 

ウララ「なんの数字…?」

 

スペ「………私の着順って成績トップだね」

 

『は?』

 

 

 

グラスから見えるのは彼女達の後ろ姿だけ。

スタートラインに立ち、疲労を感じさせない凛とした佇まいで前だけを見ている。

 

 

グラス「………」

 

悟空「グラス。おめぇが今見なきゃいけねぇのはゴールでもスズカでもねぇ。アイツらなんじゃねぇのか?」

 

グラス「……………はい、……そうです。私の、ライバル…」

 

悟空「そんならおめぇの仕事はアイツらから目を離さねぇ事。ほら、オラに背中に乗れ」

 

 

悟空はしゃがみ込んでグラスに背を向けた。

 

 

グラス「えっ…!お、おんぶですか!?それはちょっと、………色々と恥ずかしいです…」

 

悟空「気にすんな。3戦連続最下位の方が恥ずかしいから」

 

グラス「はうっ!!……………失礼します」ノシッ

 

悟空「おう。………あ、」

 

グラス「ど、どうしました!?やはり汗くさいですか!?」

 

悟空「何言ってんだおめぇ。そうじゃなくてよぉ、最後だし、ちょっと面白ぇ事でもしよーかなーって」

 

グラス「???」

 

 

 

 

スカイ「ねぇ、みんなスタミナどのくらい残ってる?」

 

キング「そんな事バカ正直に言う訳、」

 

ウララ「40くらい!」

 

キング「言うのね…。……ちなみに100ある中の40なのかしら?」

 

ウララ「うん!あー、でも…。やっぱり30かなぁ」

 

スペ「だいぶ下がったね。私は、」

 

 

>よーーーい!ドンッッッ!!!!!

 

 

エル「1抜け!」ギュンッ!

 

スカイ「くっ、遅れたっ!」シュンッ!

 

ウララ「まだウララだけしか言ってないのにぃ!」ドンッ!

 

キング「ずるいわよ!あなた達!」ザッ!

 

スペ「公平に聞こえたから反応速度の問題だと思う!」ビュン!

 

キング「それじゃあスペさんの反応速度はビリね!」

 

スペ「勝負はこれからだよ!」

 

 

 

悟空「おー!想像以上に盛り上がったなあ!」

 

 

スタスタと、ようやくスタート地点に立った悟空は呑気に呟いた。

 

 

悟空「よし。オラ達も行くか」

 

グラス「はい」

 

悟空「走る事とか一切気にしなくて良いから、グラスはアイツらの走りにだけ集中しててくれ」

 

グラス「分かりました」

 

悟空「んじゃ、しっかり掴まってろよー!」

 

 

悟空は成立したバ群の様子を窺う。

今1番後ろにいるのはスペだ。すぐ隣にはキングがいる。

先頭のスカイが第1コーナーを周った辺りで、悟空はスタート地点から一瞬で最後尾についた。

 

 

悟空「ッ…!!!」

 

 

すると悟空は驚愕に目を見開いて、すぐさま身を翻し、スタート地点へと向かった。

じんわりと悟空の額に汗が滲む。少し息も切らしているようだ。

それもそのはず。

悟空の両手には、背中にいたはずのグラスが挟まっていた。

 

 

悟空「ちゃんと掴まってろって言ったじゃねぇかぁっ!」

 

グラス「悟空さんが速すぎなんですよ!」

 

 

言われた通りグラスはしがみついていた。

しかし、だ。

動物界最速と言われるチーターが100kmの速度を出すのに3秒以上かかると言われているのに対し、初速から100kmオーバーの速度を出されては簡単に振り解かれてしまう。

とはいえ、悟空の戻る速度はそれ以上のもの。

グラスが悟空の背中から離れて地面に落ちるまでにはキャッチされていた。

 

 

悟空「グラス!早く乗れ!今度はオラも持っとくけど、おめぇはもっと力入れろ!」

 

グラス「ですが、どこを掴めば…」

 

悟空「首に手ぇまわせ!おめぇ程度の力なら気ぃ失う事もねぇから!」

 

グラス「首を!?は、はいっ!」

 

 

これでもかという程に力を込めるグラス。傍から見ればチョークスリーパーさながらの締め技だ。

 

 

悟空「第3コーナー手前か」

 

 

顔色一つ変えない悟空は先頭のスカイを視野に入れると、ほんの僅かに目を細めた。

 

 

悟空「ーーーーーキッ!………グラス。スカイを見てみろ」

 

グラス「セイちゃん、ですか?」

 

 

3コーナーを過ぎても依然としてスカイが先頭だ。続くエル。少し離れてスペ、キング。そしてウララがいた。

 

 

グラス「……セイちゃんが何か?」

 

悟空「気付かねぇか。修行不足だな」

 

 

グラスの足を持つ悟空の手に力が込められる。動き出す瞬間の合図だ。

 

 

ーードンッッッ!

 

 

グラス「〜〜〜っ、ぅ、は、や…!」

 

 

瞬間移動やターフの真ん中を突っ切らず、ご丁寧に同じターフを駆け出す悟空。

グラスは悟空の背中に顔をうずめて、荒れ狂う風の暴力から身を守った。

気がつけば3コーナーの入り口。そして、バ群の超大外を通り、2番手を追走するエルの横にピタリと並んだ。

 

 

エル「!!!」

 

悟空「エル。作戦は?」

 

 

まるで世間話をするように話しかける悟空。

だが分かってほしい。

中距離4戦目に加えレースの終盤に迫ろうとしている所。

口を開けば、ハクハクと声にならない声が漏れるだけだ。

 

 

悟空「エル」

 

エル「っ、……スカ、イっ、はやく、なった…、エル……もっ、」

 

悟空「そうか。でも今は脚を溜めろ」

 

エル「!?」

 

悟空「スカイが速くなったのはオラがぶつけた "気,,で掛かってるだけだ。そのせいで呼吸と手足の連動が噛み合ってねぇ」

 

 

エル。そしてグラスも、スカイを注意して見た。

しかし呼吸と言われても、見えないし聞こえない。手足の連動に関しても悟空を疑うほどに何も変わらない様子。

 

 

悟空「いいか、今は抑えるんだ。必ずスカイに隙ができる。でもヤツはすぐに立て直すから、その瞬間が勝負の決め所だ」

 

エル「…………」

 

 

もはやエルは声を出せない。

来たるべき瞬間を見逃さないようにスカイだけを見張った。

難なく4コーナーを終えて最後の直線。焦りが無意識に脚を早めてしまう。

本来ならばもうスパートをかけているのだ。

 

そしてスカイもスパートをかけた。

 

 

その時。

 

 

スカイ「ッ!?」

 

 

ガクン…と、踏み込んだ右脚が小さく沈んだ。

 

 

悟空「ーー今だ!決めろエル!」

 

エル「ぉ、……オォォケェエエエエ!!」

 

 

残り少ない力を振り絞りスカイへと迫った。

 

もう直線だ。残りも300mほどしかない。

 

後方勢の差しトリオが末脚を爆発させて猛威を振るうだろう。

 

 

悟空「スペ!外ばっか行くな!オラの内から抜けろ!」

 

スペ「っ、はい!」

 

 

3番手悟空の後ろについたスペは、最内、僅かに1人通れるスペースに目を向けた。

身を屈め、力強く踏み込むと一気に悟空に並びかける。

 

 

悟空「ーーそんでオラに並んだっつー事は、だ。スペ」

 

スペ(………え?)ゾワッッッ

 

 

外を走るよりもスタミナの消費を抑えれる最内。

そこはレース終盤には似つかないほど、暗く冷たい場所で、スペの脳裏には地獄という混沌の世界が浮かび上がった。

 

スペには分かる。

 

 

悟空「………この“オレ”とやり合う気か?」

 

 

全部、彼のせいだ。

 

 

スペ「ひっ、」

 

 

見なくて良いものの見てしまった。

揺らめく金色の髪に、こちらを見下ろす冷徹な碧い眼。

心の最奥部まで刷り込まれた絶対に覆せない力の差。

蛇に睨まれた蛙どころではない。隕石が墜落するのを眺める人間だ。

 

勝負をする気にもならな、ーー

 

 

グラス「スペちゃん!!!」

 

スペ「っ!ぐ、らす、ちゃん……?」

 

 

たった今気づいた。

彼の背中に乗る栗毛の彼女。

 

 

スペ「ーーーぉ、」

 

 

一部始終、彼女が見ているのなら話しは別だ。

 

 

スペ「ォオオオ……!」

 

 

 

止まれない。………負けられないっ!

 

 

 

スペ「オオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!」

 

 

 

彼の気迫が何だ。戦闘民族がなんだ!

レースの上では1人と1人!勝った者が強い!

 

 

スペ「オオオオオオオオオオ!!!」

 

 

さっさとゴールに行ってしまえば何も怖くない。

 

 

あんな冷たい眼なんて忘れる!

 

 

心臓を握り潰される感覚なんて覚えてない!!

 

 

 

死んだかも…なんて考えてない!!!

 

 

 

スペ「オオオォォォォ…ォ………ぉ……」

 

悟空「ん?」チラッ

 

スペ「ひぃっ!」ビクッ!

 

悟空・グラス「「あ……」」

 

 

 

     ・

     ・

     ・

 

 

 

スカイ「ど、うだぁあああ!逃げ切ったぞ有マ記念!!」1着

 

エル「掛かってたくせに」2着

 

スカイ「え?バレてたの!?」

 

キング「本当なの?」3着

 

スカイ「うん。今だから言うけど、速く行かなきゃ!って思って」

 

ウララ「…………心臓、ドクンっ!ってならなかった?」4着

 

スカイ「………なった、けど…」

 

エル「それ悟空さんの圧力らしいデス」

 

ウララ「やっぱり……」

 

スカイ「…………悟空さーん!説明ー!」

 

 

悟空「………ちょっと待ってくれー」

 

 

声がしたのは背後からだった。

という事は、たった今ゴールを過ぎた事になるが…。

 

 

スカイ「…………うん。ほんとに説明してもらっていい?」

 

 

ゴールをした者上位4名は悟空から目を離せないでいた。

何故か今でも、背中にしがみついたグラス。

 

さらには。

 

 

スペ「………へぅ…」グスッ、ギュゥゥゥ!

 

 

コアラのように抱っこされているスペがいるのだ。

 

 

悟空「え、と……なんつーか、」

 

キング「……貴方、またやったわね?」ジロッ

 

悟空「は、ははっ、……うん」

 

 

キングには見覚えのある光景だ。

その当時、ピンク色のコアラウマ娘は言った。

 

 

《悟空さんが悟空さんじゃなくなっちゃったよぉおおおおおお》…と。

 

 

ウララ「怖がらせるのはダメって言ったじゃん!」

 

悟空「だってよぉ、アレ乗り越えれたら強くなると思って…」

 

ウララ「それでも、だよ!…………睨んだだけ、だよね?」

 

悟空「…………ほんのちょっぴり付け足したけど、似たようなもんだ」

 

ウララ「何を付け足したのかな?」

 

悟空「………超サイヤ人と脅し文句、です」

 

ウララ「それはダメだよ!慣れて来たウララでも倒れてるじゃん!」

 

悟空「……だって、」

 

ウララ「だっては禁止!ちゃんと謝ってね!?」

 

 

 

エル「オーウ…。珍しい光景デース」

 

スカイ「だねぇ…」

 

悟空「あ、スカイ!」

 

スカイ「んー?」

 

悟空「よく頑張ったな!偉いぞ!」スッ

 

スカイ「!………もー、しまらないなぁ」クスッ

 

 

パンっ!と、手が合わさった音が夕焼けのターフに響く。

これで全てのレースを終えた訳だが、それからが悟空にとって1番大変だった。

 

 

悟空「ほーらスペ。オラを見てみろ。全然怖くねーだろ?」

 

スペ「………ん」モギュ

 

悟空「ダメだこりゃ」

 

 

 

 

     ・

     ・

     ・

 

 

 

キング「……せいれつ」

 

『りょーかい』

 

 

ようやく落ち着きを取り戻し、悟空の前に並ぶウマ娘達。

 

 

悟空「まずは、お疲れさん。今回の事で色々と話してぇけど、一刻も早く脚をケアしてぇから、さっさといくぞ」

 

『はい!』

 

 

 

悟空「んじゃ、エル!」

 

エル「ハイ!」

 

悟空「おめぇはやっぱレースの感が群を抜いてる。直す所はねぇけど、筋肉はもう少しつけた方が良いと思う」

 

エル「筋トレデスね!合点承知デス!」

 

 

 

悟空「キング」

 

キング「……ん」

 

悟空「………アレを極めろ。おめぇには素質があるし、もっともっと強くなれる」

 

キング「分かったわ」

 

 

 

悟空「スカイ」

 

スカイ「はいはーい」

 

悟空【頭で戦うには心がブレすぎだ。予定と違うからといって諦めんな。想定外の事にもしっかりとついて来る身体があるんだから、もっと自分を信じろ】

 

スカイ「!……はい!」

 

エル「ケ?」

 

悟空「わりぃ。聞かせられねぇからテレパシーした」

 

キング「そういう事ね」

 

 

 

悟空「スペ」

 

スペ「はい!」

 

悟空「さっきのはオラが悪かったけど、実際に一度は乗り越えたんだ。おめぇは負けてねぇ」

 

スペ「………えへっ、」

 

悟空「んでも忍耐力が低いな。何事にも耐える我慢強さを身につけた方が良い」

 

スペ「あはは、……うん!」

 

 

 

悟空「そんで最後!ウララ!!!」

 

ウララ「は、はい!」

 

悟空「ウ、ララは、……んんんんんっ、………んーーーーー!」

 

エル「あ、これ葛藤中にするやつデスね」

 

スカイ「なんの葛藤してるんだろ…?」

 

悟空「んーーーっ、………修行の成果は出てる。このまま頑張ろうな!」

 

ウララ「〜〜〜っ、はい!」パァァァ!

 

キング(叱るか、褒めるか…って所ね)

 

 

 

悟空「グラスはこの後すぐにマッサージするから残ってくれ」

 

グラス「そんなっ、私は最後で、」

 

悟空「おめぇならそう言うだろうと思ったけど、オラがトレーナーに申し訳が立たねぇ。ここは聞き入れてくれ」

 

グラス「……わかりました」

 

 

 

 

悟空「最後に1つ!今回のレースで勝ち負けに差が出たと思うけど、気にする必要はねぇ。

たった1つの策を使うだけで簡単に戦況がひっくり返るのが闘いだ。

逆に、格下だと思ってる奴らに負ける時もある。オラから言えるのは油断すんなって事だけだ!」

 

『はい!』

 

悟空「よし。……そんじゃあ、終わりにすっか」

 

『ありがとうございました!』

 

 

 

揃って頭を下げた、束の間の出来事だった。

 

 

ーードシャッッッ!!

 

 

グラスを除いた彼女達は膝から崩れ落ちてしまう。

 

 

 

キング「…………気、抜くんじゃなかったわ…」

 

スカイ「どうしよ…。地面が気持ちいい…」

 

スペ「というより動きたくない」

 

エル「………ここがエルの睡眠場所デス…」

 

ウララ「ウララも入れてほしーな……」

 

 

 

ポワァァァ……,

 

 

 

スカイ「セイちゃんも寝r…………やばい。超元気になってきた」

 

ウララ「?……どうしたのいきなり?」

 

エル「エル最強っ!」ビシッ!

 

ウララ「ええええっ…!!?」

 

キング「そうね。もう一度走れるかも」スクッ

 

ウララ「キングちゃんまで…。す、すぺちゃぁん…」

 

スペ「あ、立てた」サッ

 

ウララ「な、何がどーなってるのー!?」

 

悟空「簡単だ。オラの"気,,を分けた。その元気で風呂に入って、部屋にいてくれ。オラが順番にケアをしに行くからよ」

 

キング「ほんと便利ね、"気,,」

 

エル「そういう事なら早く帰りまショウか」

 

ウララ「ちょっと待って!悟空さん!ウララの事忘れてるよ!」

 

悟空「おめぇは修行中だ。ケアはするけど"気,,を分けた時なんて無かっただろ」

 

ウララ「そんなぁ!」

 

悟空「ほれほれ、立たねぇと置いてかれんぞー」

 

ウララ「ううううっ!!」

 

悟空「ほいっ、根性根性!」

 

ウララ「こ、んじょー……!!」グググッ

 

悟空「気力を振り絞ってー、……立つ!」

 

ウララ「………た、たったッッッ!」ビシッッッ

 

悟空「いっせーの?」

 

ウララ「ウララふっかぁつ!」

 

悟空「よし!」スッ

 

ウララ「い、いぇーい…」ペチッ

 

 

悟空との情けないハイタッチが終わり、ふらふらな足のままグラスの元へ行った。

 

 

ウララ「……ぅー、あ、やっぱり気持ち悪い、かも…」

 

グラス「大丈夫ですか?」

 

ウララ「んー、うん!ウララはへーき……だよっ!」ギュッ

 

グラス「きゃっ、ウララ、ちゃん?」

 

 

突然グラスを抱きしめにかかったウララは、ゆっくりと背中をさすり、ポンポンと優しく触れた。

 

 

 

ウララ「………グラスちゃん」

 

グラス「?…なんでしょう」

 

ウララ「今日は、遅かったね!」

 

グラス「…………はい」

 

ウララ「だからね、ウララの元気分けてあげるから、たっくさん元気になってね!」

 

グラス「!………約束します」ギュッ

 

ウララ「うんっ!」

 

 

小さな体が離れると、後ろには列を作った彼女達がいた。

 

 

グラス「キングちゃん……」

キング「貴女、へっぽこね」

グラス「…そうですね。ですが今日で卒業します」

キング「賢明よ」ポン

 

 

 

>帰るわよ、ウララさん

>はぁーい!

 

 

 

スカイ「私達は同志だよグラスちゃん!今度は一緒サボろうね〜」

グラス「ふふっ、申し訳ありません。これからは忙しくなりそうなので、またの機会に」

スカイ「そりゃ残念。……でも、その方がキミらしいよ」ポン

 

 

 

>キング〜、ウララ〜、良かったらセイちゃんをお部屋にご招待してくれませんか〜。

>良くないからしないわ。

>なんっでそんな事言うのさ!悟空さんがマッサージやりやすいように集まってた方が良いって思ったのに!

>それならそうと最初からそう言いなさいな。

>わーい!セイちゃんとお風呂だー!

 

 

 

エル「グラス。今日からマンボのご飯には"不退転,,をあげようと思いマス」

グラス「………とうとう剥奪されてしまいましたか…」

エル「ハイ。なのでもう一度心に刻みたいのなら、マンボに頭を下げて返してもらってくだサイ」

グラス「……エル。面倒をかけてごめんなさい」

エル「………もう、終わった事なのでいいデス」ポン

 

 

 

>ヘーイ!エルも裸の付き合いしマース!

>やったー!エルちゃんも一緒〜!

>このまま大浴場に直行だね。

>今元気だから分からないけど、筋肉や腱は疲れているものね。ゆっくりしたいわ。

 

 

 

 

スペ「…………」

 

グラス「スペちゃん…」

 

スペ「…………グラスちゃんの、栗毛」コツン

 

グラス「ぁぅ、………え?」

 

スペ「『グラスちゃんが私を見てない間に、覆しようがないほどの差つけちゃうから』………そう言った私にグラスちゃんは何と言いましたか?」

 

グラス「ッ!…………『私がスペちゃんから目を離す事はない。故にスペちゃんが私に勝つ事はあり得ない』」

 

スペ「目離したし、あり得たね」

 

グラス「……はい」

 

スペ「……………」コツン

 

グラス「ぁ、いた…」

 

スペ「痛くないくせに」

 

グラス「そうですね〜」

 

スペ「嘘つき」

 

グラス「反省してます」

 

スペ「じゃあ宝塚記念の事、許してくれますか?」

 

グラス「一生根に持ちます」

 

スペ「…では私も、今回の事は忘れませんから」

 

グラス「ええ。私の失態としてずっと覚えていてください」

 

スペ「…ははっ、そうするよ。…………また明日ね」ポン

 

グラス「……はい。また」

 

 

 

>待ってよー!なんで先行っちゃうの!?

>だってスペちゃん話し長いんだもん!

>何をそんなに話していたんデスか?

>エルさん。聞くのはやめましょ。

>そうそう。口から砂糖出る。

 

 

 

グラス「……………」

 

 

遠ざかっていく彼女達。汚れた後ろ姿が語ってくれている。

彼女達は文字通り実力で教えてくれたんだ。

 

このままだと置いて行ってしまうぞ…と。

 

それは警告であり、彼女達なりの愛なのかもしれない。

勝手な解釈をするグラスだが、その表情は清々しいものとなっていた。

 

 

グラス「…………悟空さん」

 

悟空「なんだ?」

 

グラス「私が弛んでいると気づいたのは悟空さんですか?」

 

悟空「いんや、エルだ。自主練をしねぇのはともかく、トレーニングに覇気がねぇってよ」

 

グラス「そうですか。……ウララちゃんや、スペちゃん達まで…」

 

悟空「本当はウララだけに走らせるつもりだったんだ。それなのにエルが参戦して、菊花賞を控えてるアイツらまで。ダメだって言ったのに聞きやしねぇ」

 

グラス「なんで、ですかねぇ。……そのまま放っておけばライバルが1人減るのに…」

 

悟空「何で、かぁ…。……………寂しいんだと思うぞ。ライバルが追いかけて来てくれねぇってのはよぉ」

 

グラス「悟空、さん…?」

 

 

彼に似つかないか細い声。

グラスは覗き込むように見上げると、大きな手が頭に乗った。

 

 

悟空「さぁ、早くケアして帰ろうぜ。この後他の奴らの所にも行かなくちゃいけねぇからな」

 

グラス「……はい!お願いします!」

 

 

足を中心に揉みほぐされながら、グラスは思った。

 

 

ーー今日の借りは必ず返す。

 

 

彼女達の慈愛に満ちた優しさと。コテンパンにされたレース、2つ合わせてきっちりと。

 

 

年末。その舞台が行われる、有マ記念というレースの中で。

 

 

 

 

グラス(そのためにはまず、アレからしないと…)

 

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

 

グラス「お願いします!マンボくん!もう一度私に、不退転を掲げさせてください!!」ドケザ

 

マンボ(鷹)「……ケ?」

 

グラス「どうかまだっ、食べないでください!!」ドケザッッッ!

 

マンボ「ケー?」チラッ

 

 

 

エル「〜〜〜っ、ーー!…っ、!!ーー」ピロンッ

 

 

 

 

ーーーーーーー

 

 

 

次回予告:(秋月やよい)

 

とうとう始まったクラシック路線最後の一冠、菊花賞!

スペシャルウィーク、セイウンスカイ、キングヘイローは鎬を削り、栄冠を求めてゴールへ向かうッ!

 

しかしッ!!そのレースを見た1人の女性が動き出す。

 

 

次回ッ!! ウララのママのお母様!

 

 

 

「キング。貴女は学園を辞めてこっちに帰って来なさい」

 

 

 

 






この度!孫悟空とウマ娘のお気に入り登録者が1000人を超えました!
評価も高くしていただき、寛大な皆様のお陰で批判もなく、伸び伸びと書く事が出来ています。

これからもどうぞよろしくお願いします!
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