・スペシャルウィーク:威風堂々、夢錦!
・エルコンドルパサー:プランチャ⭐︎ガナドール
・威風堂々(態度や雰囲気に威厳が満ちあふれて立派なさま)
・ガナドール(勝者)
※アプリの話しです。
実況「ジャパンカップ。ーー今スタートしましたッ!」
ガコンッ、と鳴る開幕の狼煙。
外枠13番のスペ、14番のブロワイエは共にゲートを飛び出した。
グラス「………スタート成功、とは言い難いですが、まずまずといった所でしょうか」
スカイ「うん。あれぐらいじゃあ不利にはならないと思うけど…」
ウララ「スペちゃーん!いけいけぇーー!!」
脚質的に後方から走るスペは加速せずに、おとなしく集団の外側に落ち着いた。
沖野が予想した通りペースはスロー。東京レース場の長い直線を駆け抜けるべく、ウマ娘達は末脚を温存していた。
キング「…………過去のジャパンカップの中で当時最強と謳われたオグリキャップ先輩とタマモクロス先輩は、海外のウマ娘に負けた事があった」
スカイ「どうしたの急に?」
キング「東京の2400mで必要なのは末脚よりも体力。長い直線であるが故に、仕掛け所を間違えると最後まで持たない。対するブロワイエはロンシャンレース場の主。海外特有の凄まじく長い直線で活動していた彼女は、スペさんよりも分があるとみて良い」
ウララ「たしかに、オグリちゃん言ってた。競り合ってたのにだんだん離されたって」
エル「伸びが強烈デスからネ」
キング「でもブロワイエも完璧じゃない。日本の芝を走るのが初めての彼女はどこか違和感を感じてるはず。そうなればプラマイゼロよ」
悟空「へぇ。んじゃ逆にスペがプラスになる情報は何かねぇんか?」
キング「私に勝ってる」
悟空「…………おう」
レースは長めの隊列となり向正面へ。
2400mの距離を仕掛けるにはまだ早い。隊列は固まったままの走行となるが、スペは中団よりやや後方。そしてブロワイエはその後ろにいる。
エル「………やはりこうなりマシタか」
悟空「みてぇだな」
主語のない会話。
理解している者は頷くが、
ウララ「やはりって、なんのこと?」
キング「走り方よ。これは、ーー」
悟空「待て、キング」
キング「…?…………あぁ、そういう。分かったわ」
ウララ「ほえ?」
悟空「ウララ。今走ってる中で注目してる奴は誰だ?」
ウララ「スペちゃん?」
悟空「と?」
ウララ「……ブロワイエさん、かな?」
悟空「そうだ。んで、この場合スペに勝ってもらいてぇから、負けるかも知れねぇ相手を気にして見る」
ウララ「負けるかもしれない相手……」
向正面は客席の反対側だ。よってモニター越しに見る事になるが注目ウマ娘という事もあり、後方勢が多く映っていた。
ウララ「ブロワイエさんがスペちゃんの後ろで走ってる……」
悟空「ああ。それは何でだ?」
ウララ「え、なんでって……マークしてるんだよね?」
悟空「そうだ。もっと言えば凱旋門賞でエルを相手にしてる時と同じ走り。つまりブロワイエはスペだけに集中してるって事だ」
ウララ「!!!」
悟空「んじゃブロワイエがスペだけに集中してたらどんな走り方をすると思う?凱旋門賞のブロワイエを今に置き換えて考えてみろ」
ウララ「おき、かえて……?」
当時、エルはゲートを上手く出たという事もあり先頭で逃げた。対するブロワイエは先行に位置する所にいた。勝負を仕掛けたのは最終直線。ゴール前でエルは差される形となった。
ウララ「エルちゃんを今のスペちゃんにして、その後ろをブロワイエさん………走り方?…………もぉー分かんないよぉ!」
悟空「ヤケになんな、ウララ。戦いは感覚だけじゃ駄目なんだ。おめぇは勘が鋭い訳じゃねぇし、面倒でも頭ん中まわさねぇと負けちまうぞ」
ウララ「うっ、…は、はい!」
悟空「つっても、分かんねぇもんは考えようがねぇか。……凱旋門賞の時エルは1番前にいただろ?」
ウララ「うん」
悟空「だからアイツは最後の直線で抜く事だけを考えた。でも今回は違う。後方から走るスペをマークしているんだ。例えばおめぇがキングをマークしてる時、もっともやっちゃいけねぇ事はなんだ?」
ウララ「…ウララがやっちゃダメなこと…。……マークしてるんだから……離されちゃダメ!」
悟空「ん。その通りだ」
正解した事によりウララは歓喜の声をあげようとした。だがガッツポーズを決める所でハッ、と我に返り静まり返る。
これは悟空による修行の一貫だ。
緩む頬を抑え込んで、観る修行として専念しよう。
そう考えた時、頭の上に手が乗った。上目遣い気味に見上げると悟空は既に笑っている。
『良くやったな』…そう言ってくれている時の顔。
そんな優しい顔をされては耐えきれない。
ウララはもにょもにょと口を動かしたあと、極限状態まで頬を緩ませた。
悟空「それを踏まえると、ブロワイエはスペの走りに全てを合わせるつもりでいると考えてみて良い。だから勝負が動き始める時は、」
ウララ「スペちゃんが仕掛けたとき!」
悟空「だな。…んじゃ張り切って応援すっか!」
ウララ「うんっ!」
そんな会話を聞きながら、エルは目を細めながらモニターを見つめた。
エル(……スペちゃん、必殺技のタイミングは第4コーナーのカーブですからネ…)
先日に2人で決めた必殺技。あのブロワイエに勝つにはそれしかない、とエルは考える。
その時。
実況「ーー仕掛けた!後方のスペシャルウィークが外から上がって行ったぁっ!!」
物語がエンディングに向けて動き出す。
ーーーーーーー
(……見なくても分かる。やっぱり私だけをマークしていたんだ)
早めに捲って加速したが耳から離れていかない背後の足音。
予想通りだ。
他のウマ娘がまだ脚を溜める中、スペは大外を回って第3コーナーを駆ける。
一度でも前を取られたら負けるという沖野の不安を思い出す。スペは自分のペース配分よりも若干脚の回転率が速い事に気づいた。
(掛かり気味?調整を………いや、このまま行く!)
長い直線の早上がりはスタミナ勝負になる。もう少し脚を溜めたい所ではあったが、下手に調整するよりも勢いに乗って加速した方が得策だと考えた。
(…………行くのか)
スペの外側を走るブロワイエは、注意深く観察した末に悟る。
(悪くない。好きなように走れば良いとも)
世界最強の余裕な笑みは依然として崩せない。
想定内だ。
スペの走行は、ブロワイエが考えていた数ある内の一つに過ぎないのだ。
もはやスペの手の内は説明書でも見るように理解している。
「さぁ!第4コーナーから直線!大外にスペシャルウィーク!さらにすぐ後ろにはブロワイエが続いているぞーッ!勝負の行方はこの525mで決まる!!」
ようやく、観客の声援が見えない大きな塊として肌にぶつかる。遥か遠くに見えるゴール板。
ここが勝負の決め所だ。
スペは一言一句思い出した。
(エルちゃん、行くよ!)
必殺の技になる名を。
(威風堂々、ガナドール…!!)
・
・
・
「威風堂々、ガナドール?……なんですかそれ」
自信満々に言い放ったエルの言葉をグラスは繰り返した。
「ワタシとスペちゃんで編み出した必殺技デス」
必殺技という響きに、おぉぉぉっ!…と声をあげるウララ。その隣でキングは分析に入っていた。
「それ造語よね。"仕掛け,,や "捲り,,なんかと掛けてるのかと思ったけど、合致しないし」
「カッコいい名前だから、……もしかしてっ、速さが2倍とかになるんじゃないかな!」
底なしに期待が膨らむウララの想像力。彼が簡潔に答えた。
「いや、界王拳はかなり難しいぞ?」
「なにそれ?」
ウララだけでなく、他の彼女達からも視線を浴びる事となった悟空。
「……なんでもねぇや」
何となく。隠しているつもりなどさらさらないが、ごまかしてしまう。
そんな悟空に悩む素振りを見せた後、グラスは本題に戻した。
「それで、必殺技の役割とはなんでしょうか…?」
エッヘン!
エルは鼻高々にふん反り返るポーズをとった。
「超スーパーアルティメットダイナミックウルトラマッハ走りデェス!」
「…………エル。私は役割を聞いたんですよ?」
周囲の気温が急激に下がる。
「あ、ハイ。めちゃくちゃ本気で走る事デェス」
「え…、それだけ…?」
意外にもそう答えたのはウララだった。彼女は無垢の性格から色んな事を考えてしまっていた。ようするに期待外れである。
「うっ…、そんな目で見ないでくだサイ…」
「エールーー!!」
「なんだか残念な気持ちかも…」
「全くだわ」
さすがに可哀想と思ったのか、エルの背中をさするスカイ。
「おい、エルをイジメんのは後だ」
「あとではなく駄目だと言ってっ、…………悟空さん?」
「…………このままだとヤベェ…」
「ッ!?」
ガバッ!と、彼女達は目の色を変えて注目した。
孫悟空が "ヤバい,,と表現した。
宇宙で1番強い男。他人を見るだけで能力値の底まで分かる程の戦闘能力に長けた彼が "ヤバい,,と言ったのだ。
「ブロワイエの奴、スペを差せんぞ…!」
直線を向いたスペ達を見て悟空は、何かを感じとった事は明白。彼女達は1ミリたりとも疑う事はない。
「悟空さんあとどれくらい!?」
「さすがにそこまでは分かんねぇ!けどさっきの “良い豆腐”だなんだの技が通用しなかったのは確かだ!」
威風堂々ね!とキングが叫ぶ。
もうなんでも良いから叫んでいないとやってられないのだ。それ程までに心臓がドックンドックンと破裂寸前まで追いやられている。
それは観客席にいるヒト全員も同じ事だ。まもなく目の前を通過するスペ達に興奮を隠しきれない。
「どうするの!?」
スカイも叫んだ。
端的にぶつけるが、彼女も分かっている。
この物語の舞台に上がるどころか脇役にもなれない自分達は手の施しようがないという事実を。
「応援しかないよ!スペちゃんがんばれー!!」
喉が張り裂けそうなくらいに声をあげる。
「スペちゃん………スペちゃん…!」
グラスは自身の両手を握り合わせた。声量ではなく、ありったけの想いを届けるように。
その時だ。
「おめぇ達!スペを怒らせる言葉を考えろ!」
超戦士、孫悟空は賭けに出た。
「宝塚記念の時やスーパーサイヤ人の時にも、アイツは感情を爆発させて立ち向かった!限界を越えるにはもうそれしかねえ!」
「それが、怒り…?」
「そうだ!」
ギリギリ理解出来る範疇。しかし勝負の決め手にするには危険過ぎる案だ。
「そ、それで集中力を欠いてしまう事になってしまったら…」
「なにも傷付ける事を言う訳じゃねぇさ。それに…、いつもおめぇ達とやり合ってるアイツは、簡単にはやられたりしねぇっ…!」
ニヤリと笑う悟空。だがあえて言おう。
これは不安を紛らわすための作り笑いだ。
無理矢理吊り上げた口角が、こめかみを伝う汗の雫が物語っている。
「怒らせろ、ね……………全員聞いて!言葉を揃えるわよ!」
無条件で策に乗ったのはキングだ。
「チャンスはオラ達の目の前を通り過ぎる一瞬!オラがスペの名前を呼んだ後に続いてくれ!」
「っ、お、オーケー!やってやりマァス!」
所詮彼らは物語の登場人物というだけの存在。
けれどその存在は、主役の彼女を覚醒させる程の役割を携えていた。
・
・
・
ことの発端は悟空がエルに、「技には名前を付けてやれば力が入んぞ」…と、伝えた事だ。
真に受けたエルはスペと作戦会議。その結果ただ本気で走るだけだという『威風堂々、ガナドール』が誕生した。
だがその裏には。
自分の末脚に名前を付ける事で自信が満ちるという自己暗示。第4コーナーのカーブ時に暗唱する事で発動させるといった言わば一種のルーティーンのように、一応は理に適ったものだった。
もし仮に従来のスペと比較したら多少は速いのかもしれない。
けれど、
「横に広がった最終直線!ここでスペシャルウィークが先頭に立った!しかしその後ろにブロワイエーーッ!」
スペの背中に追い縋る死神の如く、ブロワイエはそこにいた。
(くっ、突き離せない…!)
ある一定の距離から近づく事も遠ざかる事もない。それは裏を返せばブロワイエが、思いのままに距離感を維持しているという事にほかならない。
だがこの状況だと、本気で走る以外の選択肢はない。ほんの僅かでも脚を溜めようとした時には、ブロワイエが差し切りに来るからだ。
じわじわと。いつでも差せるぞ…というブロワイエの圧力がスペの背中に突き刺さる。
(…………でも大丈夫。私はまだ頑張れる!)
ここは最終直線。そして観客席の目の前。だから聞こえてくるのだ。
ーースペシャルウィーク!行けーーッ!
ーー負けるなぁあああ!スペシャルウィーク!!
夢を乗せた。期待が込められた想いを。
ーースペちゃああああん!!!
ーースペーッ!走れえええええええ!!!
(スズカさん…、トレーナーさんっ)
ーー頑張れえええええ!!!
(みんな…!)
尽きてゆく体力を呼び起こすのは応援してくれるヒト達の声援。それがスペの原動力だ。
「300mを切った!先頭変わらずスペシャルウィーク!その2バ身後ろにはブロワイエ!勝負の行方はこの2人に絞られたか!」
付かず離れずだった足音が、一際大きい音を立てた。
「ブロワイエが外から伸びる!凄い脚だ!まさに豪脚一閃ッ!!スペシャルウィークは懸命に逃げる!」
スペは大丈夫だと思った。
そう思う事で、自らを鼓舞した。
「2バ身から1バ身!さらに半バ身!差が縮まっていく!凱旋門賞ウマ娘の底力がスペシャルウィークに襲いかかる!!」
………負けるものか。
スペが歯噛みした。
その時。
「スペえええええええええッ!!!!!」
咆哮にも似た声が空気を切り裂いた。
(ご、くうさんッ!)
危機的な状況だと言うのに思わず笑みが溢れる。
その直後だった。
『スペシャルウィークより私の方が速い!!!』
一瞬。ほんの刹那の刻。
「……………………は?」
スペの脳内は真っ白になった。
(え、なに……今の、ウララちゃん達だよね?……なんで今言ったの?そもそもグラスちゃんやセイちゃんはともかく、キングちゃんには勝ち越してるし、エルちゃんが負けちゃった相手と接戦なんだけど?ウララちゃんに至ってはまだ本気で走り合ってないよね?しかもそんな事言う子じゃないよね?)
沸々と込み上げてくるこの感情は何だろうか。考える前にスペは、とある決断をする。
(…………そういう事ね。分かった。みんな相手に悠長な事を言ってる暇はなかったんだ。…………誰が1番かを教えてあげなきゃ)
現時点スペは、日本一楽しいレースをしたウマ娘と、最後に言える事が「日本一のウマ娘」という称号を得ると考えていた。
そしてたった今決断したのは、己が定めた「日本一のウマ娘」の定義を再構築する事。
(私がこのレースで勝った時が、日本一のウマ娘だっ!)
自由極まりない志し。
しかしその想いは限りなく本物だ。
(来て………早く、来て…)
脚を緩める事なくスペは待つ。真後ろにいる世界最強のウマ娘を。
だがそれはとてつもなく不合理だと言えよう。
一度でも抜かれたら敗北を意味する相手を待っているのだ。矛盾が蔓延る中でスペは、変わらず待ち続ける。
(200m切った……………早く来てよ!)
スペに焦りが宿る。というのもこれは作戦なのだ。
ゴール直前で差されるくらいなら、今から叩き合いをしようと。
ピンチをプレッシャーに、プレッシャーを力に変える芸当。だから0.1秒でも早くブロワイエが来るのを待つのだが、
(来たっ!…………ッ!?)
望み通りのウマ娘が来たというのにスペは、困惑に目を見開いた。
視界の端に映り込んだ、ーー青と白を基調とした勝負服。その色合いを視認した時、スペの脳裏にはブロワイエではないウマ娘がチラついたのだ。
宝塚記念で自分を負かしたウマ娘。レース人生で唯一、死んでも負けないと過激な思いをぶつけたウマ娘。
グラスワンダーという宿敵を。
「ーーーッ!!!」
スペシャルウィークを強くするのは人々の期待と夢が詰まった想いだけではない。
出会ってまもない頃だったとはいえスペシャルウィークというウマ娘を知った時、彼がこう言ったのだ。
【オラが思うに、おめぇは特定の相手を決めて戦う執着タイプだ】
当時は腑に落ちない事ではあったが、今となっては的確だったとスペは思う。
グラスワンダーを思い出したのは、偶然が招いてくれた産物だ。
抑えきれない激情が胸の内から次々に溢れ出すと、スペシャルウィークの闘争心が今、限界を超える。
「勝負だ世界最強!私が日本一だぁああああああ!!!」
勝敗を決する前に彼女は、日本一の名乗りを上げた。
・
・
・
「ついに並んだ!黄金世代のダービーウマ娘スペシャルウィーク!凱旋門賞の覇者ブロワイエ!残り100mだ!最後の力比べが始まるぞッ!」
ただものではないと、ターフの上で対面した時に初めて気付いた。
(……………だから、可笑しいんだよキミ“達”は…。その圧力はもはや殺意でしかない)
噛み殺さんとばかりに全身を包まれる威圧感。しかしブロワイエはそんなスペの重圧を受けても顔色一つ変わらなかった。
(惜しいな、スペシャルウィーク。それを受けたのが初めてなら、私は平然ではいられなかったかもしれない。……だが、二度目は問題無いっ!)
ブロワイエは加速した。
自慢の末脚だ。凱旋門賞で1人、前を走るエルコンドルパサーを差した脚だ。
長い直線は慣れている。さらにホームグラウンドであるロンシャンレース場の芝よりも短めの芝。それは脚を取られる事がないため、スタミナの温存にも繋がっていた。
欠点が無い。
ブロワイエの脚を存分に使う材料は全て揃っているのだ。
だからブロワイエは思う。
ーー何故だ、と。
「スペシャルウィークが差し返した!半バ身、1バ身!伸びる、伸びる!伸びるッ!スペシャルウィーク再び先頭ッ!!」
(何故、私はキミの背中を見ているんだ…?)
単純明快な疑問が脳を埋め尽くす。
「……ッ、
彼女は激昂した。
しかし、それでも…。
「おォォおおおおおッ!! うおおああああああああああああああああああッ!!!」
スペシャルウィークの咆哮が遠ざかっていく。
「く、そォおおおおおお!」
加速、加速…、さらに加速。
世界最強の名に相応しい末脚がターフを駆け抜けると、先頭との距離がみるみる縮まっていく。
1バ身から半バ身へ…。
走って……走って……走って………スペシャルウィークの背中に手が届きそうになって、
ついには、
ーー追い越した。
(…………?)
もはや視界にウマ娘はいない。
抜き去ったはずなのに、スペシャルウィークから抜き返してやるという重圧を感じない。
「…………あぁ………そう、か…」
ふと。現実が押し寄せて来た。
ブロワイエは静かに脚を緩めると次第にはピタリと止まった。顔を横に向けると客席にいるヒト達は叫び散らしている。
声援ではなく歓声。
それは自分に向けられたものではない。
「………もう、走る必要はないんだな」
ブロワイエはそう悟ると、自嘲気味な笑みを浮かべて振り返る。
そこは既にゴール板より100mも進んだ所だった。
「……………」
スペも同じように立ち止まって掲示板を見ていた。そこには確定された数字が映し出されている。
私の…。
スペはそう口を動かすと、固まった。微かに開いた口からは空気だけが漏れる。
すると。
「……………私達、だ」
言い直す。自分の力だけで勝ったなんて思わない。応援してくれるヒト達の想いが力に変わったんだ。
その事実に対し、ほんの1ミリたりとも恥だとは思わない。むしろ誇るべきだ。
だから彼女は、こう叫んだ。
「私達の力が勝ったぁあああああああああああああ!!!!!」
13. 14. 7. 12. 6
掲示板の上から記された番号。つまり着順。
2着との差は1と書かれていた。
天高く突き上げるスペの拳。自分が1番だと誇示する背中。
その時。
背後から、芝に紛れた石ずれの音がスペの耳に入った。
「!………ブロワイエさん」
「スペシャルウィーク」
2人とも疲労困憊といった所だろう。肩で息をしてるだけでなく、足が小刻みに揺れている。気を抜いた瞬間、膝が崩れ落ちてしまうかもしれない。
けれど。
2分25秒の間。徹頭徹尾、鎬を削り合ったライバルと一言でも言葉を交わさなくてはいけないという使命感があった。
「ーーーーー」
ブロワイエが呟く。
「ぁ、えっ…と……………えへへ、」
スペはぎこちない笑みを浮かべた。
そうだった、とブロワイエは思い出す。彼女は異国の言葉を知らないのだ。
どうしたものかと考える中、意外にも早く解決した。記憶が引き摺り出して来た。自分達だけが通じ合える言葉を。
「スペシャルウィーク」
「は、はいっ!」
「La victoire est à moi」
そう言うとスペは満面の笑みを浮かべ、
「はい!とっても良い勝負でした!!」
正々堂々、力の限り戦った者同士の礼儀として握手を交わした。
日出る地にて強者達を迎え撃った日本のウマ娘。
多くの期待と夢を託され、背負い、全身全霊を懸けて走り抜く姿はみんなに希望を届けた。
そんな彼女はこの日から、実況が言った1つのワードが異名として定着する事になる。
ーーーー日本総大将…と。
ーーーーーーー
ウイニングランの途中。
スペはある場所で足を止めた。
スペ「トレーナーさーんっ!勝ちましたよー!」
沖野「お、う……っ、ちゃんと見てたさ。……おめでとう、スペ…ッ!」グスッ
スペ「えええっ!?な、泣いてるぅううう!?」
ゴルシ「もうホンっトに情けねぇよなぁ。トレーナーなんだからもうちっと、こう、…………良くやったなぁ、スペぇ!」グスッ
スペ「うえええ!?ゴールドシップさんまで!?」
テイオー「ふふん、だけじゃないよ?」グスッ
マックイーン「同じチームでいられた事、誇りに思いますわ」グスッ
スカーレット「あうあう、す、すぺせんぱぁい…!」グスッ
ウオッカ「まじ、めっちゃくちゃカッコよかったっすよぉ」グスッ
スペ「は、はは、……もぉー、そんなに泣かれると私まで泣いちゃうじゃないですかぁ…」
沖野「その前にスズカにも何か言ってやってくれ…」グスッ
スペ「え?」チラッ
スズカ「」ダバー
スペ「め、めちゃくちゃ泣いてるっ!?」
スズカ「あら、スペちゃん。おめでとう」ダバー
スペ「そんな普通にっ!?…………あ、りがとうこざいます!」
沖野「良かった、良かった。……………それで、な?スペ」
スペ「はい…?」
沖野「色々話せればと思って待ってたんだが、もう限界が近いみたいだ」
スペ「え?」
沖野「すまないスペ。………俺トイレ行ってくる!」ダダダッ!
スペ「ほ、ぇ?………トイレ…?」ポカーン
テイオー「…………さいってー」
マックイーン「もう涙なんて出したくとも出せませんわ」
ゴルシ「誰かアイツにデリカシーの意味教えてやれよ」
スカーレット「そういえば、途中で何かソワソワしていたわね…」
ウオッカ「緊張、してたんだろうな…。だからと言ってこの場面でアレはねぇと思うけど」
スズカ「…………まあ、そういう訳だから。スペちゃん、早く次の所に行ってあげて」
スペ「!……はい!皆さんありがとうございました!」
ゴルシ「おめーが礼を言う必要はねーっての」
テイオー「ボク達の方こそ、良いレースを見せてくれてありがと!」
スペ「ゴールドシップさん…。テイオーさん…。……はい!ではまた後ほどお会いしましょう!」
・
・
・
ウイニングランは終わるとスペはある場所へ向かう。そこはチームスピカがいた所から100mほど離れた所だった。
スペ「…………」
ウララ「あ、スペちゃん!」
スカイ「よっ!日本総大将のお出ましだ!」
グラス「おめでとうございます!スペちゃんの力、存分に見せていただきました!」グスッ
キング「さすがこのキングの同期!私としても鼻が高いわ!」
スカイ「……高飛車振る舞うなら泣くのやめたら?」
キング「う、うるはいっ!」グスッ
スペ「……………」
ウララ「あれ?……どうしたんだろ…?」
グラス「?……俯いたまま動かなくなっちゃいましたね」
スカイ「顔上げたらボロ泣きしてるんじゃない?」
キング「容易に想像つくわね」
スペ「…….……ぉぉ…」
ウララ・キング・グラス・スカイ『???』
スペ「うおおおおおおおおおおおっ!!!!」ガックンガックン
ウララ・キング・グラス・スカイ『!??』
突如、スペは勢いよく頭を前後に振り始めた。
グラス「す、すぺちゃん?」
ウララ「くび痛くなっちゃうよ?」
スペ「おおおおおおおおっ、………ッ」ピタッ
スカイ「ぉぉぅ…、急停止した…」
キング「大丈夫なのかしら?……色んな意味で…」
スペ「私が最強だ!私が1番なんだ!!」ガバッ!
ウララ「……どうしたの、急に?」
スカイ「あ。……アレの事言ってんじゃない?スペちゃんに向けて言ったやつ」
グラス「あぁ、挑発の事ですね」
キング「ふふっ、しょうがないわねぇ。今だけは1番を名乗る権利をあげて、ーー」
スペ「あいむ、なんばーわんっ!」
スカイ「これダメなやつだ!スペちゃんおかしくなってる!」ギョッ!
グラス「スペちゃん!先程は申し訳ありませんでした!ただ今だけは素直に喜びを分かち合い、ーー」
スペ「どぉおおおおだぁああああああ!見ましたかエルちゃん!これでも自分の方が速いって言いますか!?」
キング「ぁ…」サァァァ
ウララ「………あの、ね?スペちゃん?」
スペ「がうっ!?」
スカイ「ヒイッ!その、エルは用事があるって言って、今いないの…」
スペ「!!?………」キョロキョロ
ウララ・キング・グラス・スカイ『………』
スペ「ッ!……………………エルちゃんがいない事は百歩譲れます」
ウララ・キング・グラス・スカイ『………』
スペ「……………あのヒトは?」
キング「………あ、あら?い、いつの間に、ーー」
スペ「キングちゃんらしくないね。なにをごまかしてるの?」
キング「ッ、………ね!スカイさん!ね!」
スカイ「ここで私に振るの!?」
スペ「セイちゃんなら答えてくれるの、カナ?何であのヒトはいないの?私の事見てくれてなかった?」ジトッ
スカイ「ちょ、ちょっと本気で怖い!トイレに行ってるだけだから!ちゃんとスペちゃんが走り終わった後に行ったよ!」
スペ「……………へえ、」
ウララ・キング・グラス・スカイ『……』ゴクリ
スペ「ちなみにあのヒトは何か言ってた?」
ウララ「す、凄いって、ーー」
スペ「出来ればあのヒトが言った事をそのまま聞かせてほしいな」
ウララ「ッ、……コホン………『いやー、すげぇ!すげぇ!まさか本当にあそこから勝っちまうとはなあ!大したもんだ!ははっ!……さてと、んじゃションベンしてくるわ』……だったかな?」
スペ「軽過ぎる!そして緊張感のかけらもないっ!」ウワーン
キング「まぁ…、あのヒトの事だし…」
グラス「そんな事より主役はスペちゃんですよ。私達も嬉しいんですから、勝利した時の事を聞かせてください」
スペ「勝利、した時の……ッ!そういえばっ、みんなして私を挑発して来たでしょ!」
スカイ「話しがぶり返したーーっ!」
キング「グラスさんのへっぽこ!」
グラス「わ、私のせいですか!?」
スペ「これで分かったかぁああああ!私が1番速いんだぁあああああ!!!」
ウララ「分かったから!ね!」
スカイ「お願いだからお祝いの言葉を受け取ってよ!」
スペ「がぁあああああああああああ!!!!」ガックンガックン
キング「…………せっかく名誉あるレースに勝ったのに…」ガックリ
グラス「暴走スペちゃんですね」ウフフ
キング「なんで嬉しそうなのよ…」
スペ「あああああああああっ!!!」ガックンガックン
ーーーーーーー
エル「ん?」
遠くの方で何か聞こえた気がする。そう思いエルは適当に空を見上げるが、そこにはライトがあるだけだ。
気のせいかと思い視線を戻すと、前から目的のウマ娘が来ている事に気付く。
ここはレースを終えたウマ娘が来る裏通路だ。
エル「へいへいへーい!」
一足先に裏通路に来るという事は敗北したウマ娘という事になるが、そんなのはお構いなしに気さくな声が響き渡る。
その声に反応した彼女はふっ、と目を細めた。
エル「ナイスファイト!ブロワイエ!」
ブロワイエ「ありがとう。エルコンドルパサー」
エル「どうでしたか?日本のダービーウマ娘の感想は」
ブロワイエ「怖かったさ。そして強かった。速かった。………楽しかった」
エル「ひひっ!それは良かったデェス!」
ブロワイエ「世界は広いな………いや、日本のウマ娘が可笑しいのか?」
エル「失礼な!」
ブロワイエ「ふふっ、冗談………という訳でもないが。………エルコンドルパサー」
エル「なんデスか?」
ブロワイエ「是非ともキミに、私の最後を飾るウマ娘になってはくれないか?」
エル「!………詳しく」
ブロワイエ「来年の凱旋門賞で決着をつけよう。その日を私の引退レースにしたい」
エル「…………」
ブロワイエ「キミにも都合があるだろうが、どうかな?」
エル「………ブロワイエ1人の引退レースじゃあ世界の注目は集めれマセーン!どうせならもっと派手にいきまショウ!」
ブロワイエ「どういう事だ?」
エル「ワタシもその日を引退レースにしマァス!」
ブロワイエ「!!?」
エル「そして凱旋門賞だけを視野に入れるので、来年のレースは海外で調整しマス」
ブロワイエ「本気か?」
エル「いえ、超本気デス。……もう一度、一緒に走りましょう」
ブロワイエ「く、ふふっ、………ああ!勝負しよう!エルコンドルパサー!」
エル「望む所デス!ブロワイエ!!」
悔しさか、喜びか。
ブロワイエの目尻を輝かしい雫が一滴が流れた。しかしそんな些細な事は話題には上がらない。
数ヶ月後にやってくる世紀の一戦に胸を躍らせて、2人は熱い握手を交わした。
ーーーーーーーー
悟空(いやー、アイツとんでもねぇな)
純粋に応援をする反面、比べてしまった。そして想像出来てしまった。
スペの後ろを走るウララの姿を。
悟空(ま、それはそれか)
即座に、考えても仕方ない事だと考え、頭から消し去った。
代わりに思うのはスペの事。
怒らせろと言ったのは自分だが、まさかあんなに効果があるとは正直思わなかった。
もしも、スーパーサイヤ人同様に、怒った時の力を使いこなせたならアイツは…、
悟空「スペシャルウィーク………もっと強くなれるな!」
ワクワクが止まらない。
今度ウララと一緒に少しくらい鍛えても良いんかな、と理想の未来を考えながらズボンを下ろした。
「ほほう。今のを見てまだ先を望むとは。やるねぇ、お兄さん」
悟空「ん?」
小便器を一つ開けた所で悟空の声に反応した者がいた。
???「おっと、突然すまない。つい気になってしまって」
悟空「おう。構わねぇさ」
???「なら良かった。……平気そうだけど、日本語で大丈夫か?」
悟空「?……ああ」
???「分かった。それじゃあ率直に聞きたいんだが、スペシャルウィークが何故もっと強くなれると思ったんだ?」
悟空「深い意味なんてねえよ。ただの素人が偉そうに言っただけだ」
???「みくびってもらっちゃ困るなぁ。素人なら今のレースを見て逆に絶賛するはずさ。黄金世代の最強はスペシャルウィークで決まりだー!……なんてね」
悟空「…………」
???「どういう意図で言ったのかは分からないが、俺はお兄さんと同じ事を思った。最終直線、ブロワイエと競り合ってからスペシャルウィークは伸びた。競り合いを制した訳じゃない。確実に加速したんだ」
悟空「…………」
???「あそこまでの伸び、他のレースでは見た事ない。スペシャルウィークにとって火事場のバカ力みたいなものだったかもしれないが、あの末脚を完全にモノにしたら。……それこそお兄さんが言ったように、もっと強くなれる」
悟空「………かもな」
???「………お兄さん、トレーナーだろ」
悟空「……つい最近なったばっかだけどな」
ほぼ同時に用が済むと、今度は手洗い場で隣になった。
???「最近か…。地方?中央?……それともやっぱり海外か?」
男は自然と悟空の事を外国人だと決め付けた。
それもそうだろう。
金髪に青眼、ジャケット越しに分かる程発達した筋肉。どこからみても日本人の特徴をしていないのだから。
悟空「…………カイガイ、だ」
???「あー、まぁそうだよな。ーーーあっ、すまない。ちょっと待っててくれ!」
そう言って男は、メロディを奏でる携帯をポケットから取り出すと耳に当てた。
ーーどうしたんだ、っ、わ、分かったからそんなに叫ぶなって。
ーーどこって、まだトイレだけど。
ーーりょーかい。すぐに行きますよ、っと。
ほんの数回の返答だった。
男は携帯をしまうと手帳を取り出してペンを走らせる。
???「ここで出会ったのも何かの縁。お兄さん、これ持っててくれる?」
悟空「何だこれ」
小さく折り畳められた白い紙。文字は内側に書いてあるため見えなかった。
???「俺、お兄さんの事気に入ってさー」
悟空「っ、…アンタ、いきなり気持ち悪ぃ事言うなよ」
???「違う違う!変な意味じゃなくて!」
悟空「じゃあ何だよ」
???「お兄さん。トレーナーの卵だって話しだからさ。先輩としてアドバイスでもって思ってね」
悟空「先輩って、アンタ…」
???「そ。同業だよ。だから次の水曜日。お兄さんさえよければ俺のチームの見学でもしない?テキストも大事だけど、直に質問出来る良い機会だと思うけど」
悟空「………何で会ったばかりのオレにそこまですんだ?トレーナー同士なんだから敵じゃねえのか?」
???「お兄さん程の審美眼持ってるなら、トレーナーとしてウマ娘の能力UPに貢献出来れば良いと思ったんだ。気に入ったというのも本当だし。それにチームの秘密を言う訳じゃない。あくまで一般的なトレーニングを説明するだけさ」
悟空は考えた。
少々リスクのある事だが、これは又とないチャンス。これまでの師匠達と同様に、色んな人の話しを聞ける事は強くなれる事に繋がるのだ。
悟空(正直、何か新しいやつを掴めねぇとウララの修行も同じ事を繰り返してるだけだしな。………よし!)
悟空「アンタがそう言ってくれるんなら、その話しに乗らせてもらうぜ」
???「おおっ、良かった!来週の水曜日。その紙に書いた場所まで来てくれ!タクシーの運転手に見せれば分かるから!」
紙に記したのは男の配慮だ。
海外の人でもちゃんと分かるようにと。
悟空「ん。見せれば良いんだな」
そう言って悟空は中身を見ずにジャケットにしまった。
???「それじゃあ……って、名前聞いてなかったな」
沖野「俺は、沖野だ。お兄さんは?」
悟空「カカロットだ」
沖野「カカロットさん、ね。オーケー。じゃあまた」
悟空「おう」
そう言って彼らはトイレから出ると左右に分かれて歩いて行った。
次に相まみえる場所は、一体どこになるのやら…。
……やってしまった…。
最近の投稿の中で11月上旬って書いてたのに、ジャパンカップは11月末だ…。
つまりほんの数話で貴重な1ヶ月が過ぎてしまった…。
どうやらジャパンカップの話しは早かったらしい。スズカとウララの邂逅だってまだなのに…。
上手い事、過去話しでもして調整します。