注意
・捏造
・勝負服の入手法や仕立ての流れは適当。
悟空より一足先に到着していたたづなは、門の傍で目を瞑りながら佇んでいた。
体のラインに沿ったトレンチコートを羽織り、冷たい風が髪を靡かせる。
瞼を閉じながらも彼女には分かっている。その方向を見なくても彼女には見えている。
彼女はゆっくりと目を開けて、答え合わせをするべく振り返った。
すると、声をかけるには少し早い所に悟空の姿があった。
着々と練習の成果が出ている事により、たづなはニヤける顔を抑えきれない。
そして確信を持って行動したたづなの意を汲み取り、悟空もつられるように笑った。
悟空「やるじゃねえか」
たづな「はい」
悟空「"気"……だんだん読めるようになったんだな」
たづな「おかげさまでどうにか。もっとも、"気"の持ち主は誰だか特定出来ませんけどね。悟空さんくらいしか」
悟空「最初はそんなもんだ。良く出来てる方だと思うぞ」
たづな「ありがとうございます」
では早速。
たづなはそう切り出そうとして悟空の恰好が目に止まった。
たづな「悟空さん。スーツ、お似合いですよ」
悟空「ん。サンキュー」
たづな「着心地はいかがです?」
悟空「……ダメだな。もう肩が凝ってきた」
たづな「あらまぁ、ですが少しだけ辛抱してくださいね。学園とご縁のある所ですので、身だしなみはしっかりしませんと」
悟空「分かってるさ」
とは言っても窮屈なのは不快だ。少しでも早く慣れようと肩を回したり、首を動かして工夫している。
同時に悟空はスカイとの話しを思い出した。
僅かな解放感を得るために片手で器用にボタンを外す。
たづな「ッ!?」
1番目と2番目のボタンを外した事により肌が露出するが、ネクタイが邪魔をして彼女からは見えない。
突然どうしたのか。
たづながそう問い掛けようとした時だ。
悟空「なあ」
たづな「! は、はい?」
悟空「ネクタイだけでも取ったらダメか? 首が絞まる感じがして苦手なんだ」
たづな「そ、そうですか……。でしたら取っても構いませんよ」
悟空「わがまま言って悪いな。助かる」
たづな「いえ………」
ようやく気付いた。
違和感はずっとあった。彼に普段のような明るい笑みが無いのだ。声だって低い。
この話し方はまるで、変装に使用しているスーパーサイヤ人そのもの。
しかし結論から言うと、この件には必要ない。
学園業務の一環で向かう用事なのだから、警備員孫悟空としていれば何も問題はないのだ。
その時、
たづな「!」
ネクタイに悟空の手がかかった。
悟空「………ふぅ……ん、随分と楽になったぜ」
シュルシュルと音を立ててネクタイが解かれていく。
先程ボタンを外した事により、悟空の胸元が露わになった。
すると彼女の目が大きく開かれる。
たかだかボタンの1.2個外しただけだと言うのに、発達した胸筋の盛り上がりが激しく主張しているのだ。
今更な話しだ。
胸元だけなら道着を着ている時には見えているし、特別珍しいものではない。
悟空「たづな?」
たづな「な、んでしょう…?」
悟空「いや、おめぇ……どこ向いてんだ?」
たづな「………」
だと言うのに、たづなの首は可動域ギリギリまで捻じられている。
たかがスーツ。そしてされどスーツ。
こういうのをギャップと呼ぶのだろう。以前はキングヘイローとセイウンスカイが不意打ちをくらい悶えた。
たづな「悟空さん」
だが彼女は、ーートレセン学園秘書の地位に立つ者は一味違う。
キングやスカイのように慌てふためく様子はない。
冷静に、絡まった糸をほどいていくかのように、丁寧に事を運ぶ。
たづな「貴方はトレセン学園に所属する者として出向くので変装する必要はありません そしてネクタイはしなくても良いですがボタンはもう1つとめるように あとは話し方には気をつけてください」
彼女は一息で言った。
途中に引っ掛かる事もなく、直接脳内にインプットされるようなスラスラとした発音だ。
その事に悟空は、ぽかーんとしながら何度も頷き、
悟空「そうなんか。ならいつも通りにさせてもらうけどよ…、そっちに何かあるんか?」
純粋に尋ねる。
依然として変わりなく、たづなは顔を背けたままだ。
たづな「…………」
悟空「それとも体調わりぃのか? 顔があけぇぞ」
たづな「……ご心配なく。それより早く元の姿に戻ってください」
悟空「あ、ああ……」
今は疑問をぶつけるよりも言う通りにした方が良いと、彼は考える。
まずはスーパーサイヤ人から通常状態に戻り、ボタンは第一だけを開けるようにした。
悟空の姿から"黄色"が無くなった事を視界の端で確認すると、たづなはロボットのように顔だけ動かして、悟空と目を合わせた。
たづな「…………」
悟空「な、なんだよ……、気味わりぃなぁ…」
スーパーサイヤ人特有の冷たさが消えていた。黒髪の、どこか引き気味なようにも見えるが、普段の孫悟空だ。
たづな(怪し気な雰囲気もなし。……事なきを得ました)
本番が始まってすらいない、ものの数分で疲労が積み重なった彼女。
思わずため息をこぼすが、慈愛に満ちた聖母のような顔を浮かべてこう言った
たづな「悟空さん」
悟空「だから何だって……」
たづな「おかえりなさい」
悟空「え? あ、うん…?」
何の事だと首を傾げる。
当然だが悟空には見当もつかないだろう。
彼女の表面は変わらなくても、内面では思春期と乙女に発生するような嵐が起こっていた事など。
たづな「さて、では行きましょうか」
悟空「? おう。…………あ!そういやスカイから伝言頼まれてたんだった!」
たづな「私に、ですか?」
悟空「そうだ。えーと、『注文の品は確かに届けた』 だってよ」
品なんか預かってないから何の事か分からないと悟空は続けて言う。
たづなにはすぐに分かった。
あのお調子者のウマ娘は最初から言っていたのだ。
責任をもって彼を格好良くするだの何だの…と。
たづな「……はい。確かに受け取りました」
悟空「?」
たづな「悟空さん。セイウンスカイさんにお礼をしたいのですが、なにを好むのかご存じですか?」
とりあえず尽くしてくれたのならお礼はするべきだろう。
もちろん内容が良かったからだとか、目の保養になっただとか、そういう下心は一切関係ない。
あくまで、生徒が頑張った事へのご褒美をあげるだけだ。
悟空「さあ?知らねぇけど、"こんぽたーじゅ" とか渡しとけば良いんじゃねえか?」
たづな「なるほど…。………少し不釣り合いな気もしますが、高価な物は差し上げれないですし、ちょうど良いですね」
悟空「ちなみにさぁ、オラが仲介したんだけど、何か貰えたりすんのか?」
たづな「……これから私の時間をあげるのですが、それ以上に何か望むとおっしゃいますか?」
悟空「い、いえ、おっしゃいませんっ!」
たづな「よろしい」
悟空「…………………ハァ」
しょんぼりと肩を落とす悟空。
だがたづなは知らんぷりだ。
行きますよー、と声をかけながら歩を進める。
向かう先は、学園から出て徒歩5分の場所だった。
・
・
・
悟空「へえ。こいつに乗って行くんか?」
たづな「はい」
学園専用の駐車場。隅っこに数台並ぶ同型の軽自動車。
その中の一台の前でたづなは立ち止まった。
悟空「おめぇ、車持ってたんだな」
たづな「社用車ですよ。お店を転々とするならこの方が都合良いので」
彼女は迷う事なく運転席に向かい、それを見た悟空は助手席のドアノブに手をかける。
悟空「なあ、たづな」
その手は引かず、反対側にいる彼女の名を呼び、
たづな「なんですか?」
悟空「おめぇがこっち座れよ」
たづな「?」
悟空「オラが運転してやる」
たづな「ーーッ!!?」
頭を鈍器で殴られたようなインパクトが、たづなを襲った。
悟空「案内くれぇ車に付いてんだろ? それならおめぇはゆっくりしてろよ」
たづな「………ふ、ふふ」
悟空「どうした?」
たづな「悟空さんってば、面白いご冗談を言いますねぇ。ですがお気持ちだけいただきます」
ガチャリ…と、運転席のドアが開き、彼女は乗り込んだ。
悟空(冗談…?)
どういう意味だろうと悟空は不思議に思いながら、たづなの後に続く。
助手席に座り横目を向けると、たづなは手慣れた様子で座席の位置とバックミラーを調整していた。
悟空「なあ、良いんか?言ってもこっちの事に付き合わせてっから運転くれぇすんぞ?」
たづな「……そう言っていただけるのは嬉しいですが…、悟空さん。 車を動かすには運転免許証が必要なんです」
悟空「知ってるよ。免許持ってるから言ったんだ」
たづな「あら、そうですか。悟空さんの世界だと、免許は欲しいと言えば貰えるシステムなんですね」
悟空「そんな訳ねぇだろ。ちゃんと教習所通ったさ」
たづな「……………………………本当ですか?」
運転前の工程を全て止めて、信じられないという視線を送った。
悟空「本当だ」
たづな「え、だって、悟空さんには必要ないですよね?」
悟空「ああ。オラはな」
たづな「?…… あ。チチさんですか?」
悟空「うん。家族でドライブしたかったらしくて教習所につっこまれた」
たづな「さ、さすがですね……」
悟空「いやー、あれはキツかった! アクセルとブレーキがどちなのか分かんなくなるし、ハンドルきれって言われても、それが曲がる事なんて知らねえよなぁ!」
たづな「ペダルの踏み間違いはともかく、用語は分からないですよね。指導員の方々はそれが普通だと思って話してますから理解するまでに、時間……が………」
悟空「どうした?」
スルーすべきなのだろう。
しかし一度考えてしまうと頭から消えないため、直接的な言葉を問いかける。
たづな「……悟空さん。ハンドルをきれと言われてどうしたんですか?」
悟空「そりゃあ、おめぇ、変だなぁって思ったけど切れって言われたから切ったさ」
たづな「右に? それとも左?」
悟空「いや縦に。こう、ずばんって」
そんなバカなと、いくらなんでも冗談だろうと思ったが、とんでもない。
悟空が当時を再現するかのように、手を上から振り下ろす動作を見て、たづなは確信した。
この男はハンドルを切り落としたんだ。
たづな「そ、うです………か。では出発しますよー!シートベルトはきちんとしてくださいねー!」
悟空「ん、オラが運転しなくても良いのか?」
たづな「悟空さん。免許の提示を求められたらすぐに渡すという義務があります。悟空さんの免許は今どこに?」
悟空「……あ、家だ」
たづな「どこの?」
悟空「元いた地球」
たづな「免許不携帯。その後本人確認をして存在しない人だと判明。雇い主のトレセン学園はピーンチ。という訳で私が運転します」
悟空「ははっ!そういやそんな決まり事があったな!んじゃわりぃけど頼む!」
たづな「はい」
車が発進し、待ってましたと言わんばかりにたづなは切り出した。
内容は教習所の事についてだ。
何日くらいで取れたのか。学科はどうクリアしたのか。一般道路を運転する時は緊張しなかったのか。
学園やウマ娘の事は関係のない話題。そんな新鮮味に欠ける話題が、たづなにとって新鮮だった。
聞けばなんと、教習所に通っていた時は、強敵を迎え撃つために備えていた修行期間らしい。
しかもそこに一緒になって通っていたのは過去の敵。かつては世界を滅ぼそうとした大魔王。
悟空が口を開く度に、その世界との倫理観のズレがいくつか生じたが、それでもたづなは楽しいと感じていた。
しかし…、
たづなが求めていた新鮮な話題は突如終わりを迎える。
たづな「それで、チチさんがやりたかったという家族でドライブは出来たのですか?」
悟空「ああ。チチと悟飯。そんでオラの友達のクリリンっちゅーヤツとでピクニックをしたんだ。チチが張り切って大量の飯作ったんだぜ」
たづな「………一つお尋ねしますが…、お子さんもサイヤ人の血が入ってますよね? もしや悟空さんと同じくらい食べられるのですか…?」
悟空「オラよりはちょい少なめな気すっけど、似たようなもんかなぁ」
たづな「さ、さすがチチさん…。一体何時間かけてご飯作りをしているんでしょうか…」
悟空「さあ?測った事ねぇから分かんねえな。気が付きゃあ出来てるし」
たづな「あ、いま色んな方を敵に回しましたよ」
悟空「へ?色んなやつって?」
たづな「未婚男性と主婦。ひいては女性全般といった所でしょうかねー」
悟空「オラがいつそんな多くのやつ敵にしたんだ!?」
たづな「さぁ、いつでしょう?」
悟空「なんだそりゃ……」
たづな「ふふ。でも本当に良かったですね。チチさん念願の家族ドライブが出来て」
悟空「だな。ギリギリセーフだった…」
たづな「……? ギリギリセーフとはどういう意味です?」
悟空「ほら。オラはそのあとすぐに死んだからさ」
たづな「ッ!……………、」
悟空「せっかく免許取ったんだし、1回くれぇは行っとかねえと損だろ?いやぁ、間に合って良かったぜ!」
たづな「………そうですか」
彼女は続けて言った。
たづな「すみません。ちょっと、コンビニに寄らせてください」
悟空「ん?おう、構わねえぞ」
学園を出発してから僅か10分。
コンビニの駐車場に車を停めると、たづなはシートベルトを外して深い息をついた。
大丈夫か?という悟空をよそに、たづなは1人コンビニ内へ。
戻って来た時は何故か両手に紙コップを持っている。
悟空は不思議に首を傾げると、無言で1つの紙コップを渡された。
その紙コップには温かいお茶が入っていた。
これはどうしたという意味を込めて、たづなとコップを交互に見つめる。
こつん……。
ふと、カップ同士がぶつかり悟空は再度たづなを見た。
たづな「乾杯です」
悟空「あ、うん」
彼女の行動が全く読めない。まるで一仕事終えたくらい疲れ切っているようだ。
たづな「んっ……、………あたたかい」
悟空「おめぇ、なんかばあちゃんっぽいぞ」
たづな「失礼な事言うと一気飲みしなくてはいけないんですよ?」
悟空「こんなん飲み干したら口ん中に大火傷になっちまうよ!」
たづな「それで釣り合いが取れます」
悟空「何の?」
たづな「私の心の痛みと」
悟空「心の痛みだあっ!? いきなりどうしたんだよ。というか、そういう事なら一気飲みした方が良いんか?」
たづな「……………冗談ですよ。本気にしないでください」
悟空「なんだ冗談か…。そんならもう少し分かりやすくしてくれねぇと。おめぇのは顔とか声が変わらねぇから全部本気にしちまうよ」
たづな「ふふ。以後気を付けます」
そう言って紙コップに口を付けて熱いお茶を喉に通す。
熱気のこもった吐息を漏らし、心を落ち着けながら彼女は思った。
やはり、
"孫悟空の死" に関する事は何度聞いても慣れないな、と…。
・
・
・
再び目的地に向けて走り出す。
車内ではウンウンと唸る声が途切れる事なく続いていた。
悟空「あー、くそ。一体どんなのが良いんだよ…」
彼が膝の上に置いているのは8インチ型のタブレットだ。
横にスライドする度に現れる勝負服のイラスト。たづなから参考資料にとして渡され、大まかなデザインを決めているのだが、悟空の困り顔から分かるように状況は難航していた。
悟空「ひらひらなのが良いんかな。んでも度が過ぎたら走りにくいだろうし……。色は赤っぽいのって決まってんのにそっから先が全然進まねぇ」
赤信号の停止。
彼女はタブレットに視線を向けた。
たづな「随分と可愛らしいのばかり見てますね」
悟空「ん?まぁ、そりゃあな。ウララも女だからそういう方が良いだろ」
たづな「………正直、そこまで真剣になるとは思いませんでした。服なんて着れればどれも同じだろ、とか言いそうですし」
悟空「実際そう思ってんぞ。でも、戦う時の服は違うんだ」
たづな「さすがは戦闘民族」
悟空「いんやそうじゃねえ。単純な事だよ」
たづな「?」
悟空「オラがまだクソガキだった頃、師匠から初めて道着を貰った時はすげぇ嬉しかった。同じ所で修行してたクリリンってヤツと一緒になって喜んでさ」
たづな「………」
悟空「これからは亀仙流として戦うんだって思ったら色んな力が溢れて出て来た。 だから、あいつらの勝負服にもそんな想いが込められてんだろうって思ったら簡単に決められなくて」
たづな「悟空さん……」
悟空「ほんとうによぉ、この地球に来て亀仙人のじっちゃんの凄さが何度も身に染みるぜ。 弟子を持つと色々悩んで仕方ねえ」
そして悟空は何故かタブレットの画面を暗くした。
悟空「こうなったら、たづなには悪りぃけど選ぶ時も手伝ってもらう事になりそうだ。とてもじゃねぇが決まりそうにねえからよ」
たづな「…………ふふ。私は最後までお付き合いさせていただくつもりでしたよ」
悟空「ははっ! さすがだぜ。頼む」
たづな「はい」
・
・
・
しかし、悟空が " それ " を目にすると、早くもギブアップを宣言するところまでに至った。
悟空「な、んだ、この数は……!」
目的地である勝負服を取り扱う専門店に着き。
担当の者に連れられて奥に行くと、そこに広がる無数の衣装。
アスリートとして重視する着丈、袖丈、脇丈の長さ。
アイドルとして意識する華やかさ。
それら様々な衣装がグラデーションに彩られてカテゴリー分けにされており、悟空達の視界を埋め尽くしていた。
たづな「ここまでくると魅入ってしまうと言うか、1つの景色を見ているようですね……」
2人揃って立ち尽くしていると、背後から担当の男が声をかけた。
男「お褒めいただきありがとうございます。お客様にはまず視覚から楽しんでもらえるように少し凝っているんですよ」
たづな「な、なるほど…」
悟空「………」
男「とはいえやはり数が多過ぎて選べないという方もいらっしゃるくらいなので、取り入れたい要素が決まっているのであればご案内しますよ」
悟空「…………」
たづな「……ちょっと、悟空さん」ポン
悟空「ん、ん?どした?」
たづな「どうしたじゃないですよ。なにをぽけーとしているのですか」
悟空「いや、だってよ。こんなの多すぎて逆に選びようがねえよ」
たづな「まんま同じ事言ってるじゃないですか。そのために店員さんが候補を絞るためにお手伝いをしてくれるんですよ」
悟空「ほんとか!?」ガバッ
たづな「こら」ボソッ
悟空「あ、…………そんじゃあ、お願いしてもいい、ですか?」
男「もちろんです。1番拘りをもつ所として色が重視されますが、どのような色が良いとかありますか?」
悟空「うーん…、やっぱ赤かなぁ。んでも真っ赤じゃなくて、赤も入ってるけど、それだけじゃないっつーか……」
たづな「毎度のことながら説明下手ですね」
悟空「んな事言われても言葉にすんのが難しいんだよ」
男「いえいえ。主になる色が分かるだけも大分絞れますよ。後はスタイルですね。大雑把で良いので、カッコいい系とカワイイ系どちらになさいますか?」
悟空「カワイー方で」
男「かしまりました。少々お待ちください」
そう言って男はダブルタイプのハンガーラックを持って来ると次々に衣装を掛け出した。
悟空がイメージしていた通りの勝負服だ。
男の手は止まる事なく、あちこちから衣装を取っては掛けてを繰り返し、悟空とたづなが見守る中、その数30着ほどで落ち着いた。
男「こちらは個人的な考えを含まず、ご要望に該当する品をご用意いたしました。どうぞお手に取ってください」
悟空「ありがとう、ございます!」
たづな「ありがとうございます。では悟空さん。さっそく」
悟空「ああ!」
大量の服に圧倒されていた悟空にも笑顔が戻った。片っ端から見ていこうとおもむろに手を伸ばす。
ふと、たづなは店員の男に声をかけていた。男は頷いて場を離れるとすぐに帰って来た。
すると衣装が掛けられた隣に、もう一台べつのハンガーラックが現れる。
たづな曰く、気になる物があったらそこに掛けて見やすいようにしようとの事だ。
確かにその方が分かりやすくて良いな、と悟空が言うと同時に、早くも1着の勝負服をラックに掛けた。
たづな「あらぁ、かわいいですね!」
赤みがかったピンク色が主体の物。袖はレース仕様になっていて、胸元には大きなリボンが飾られている。しかしそれ以上に目立つポイントはボワリと広がったフリルの多いスカートだろう。
ロリータ系の衣装はウララとも相性が良く、大きめのリボンとボリュームたっぷりのスカートという2つの強い主張は、ウララの元気な一面を表しているようだ。
しかし、
たづな「悟空さんらしからぬチョイスですね。……こちらの衣装は何を考えて選びました?
悟空「え、特に考えてねぇけど?ふわふわして良いかなって思っただけだ」
たづな「やっぱり…」
そこまで考えてなかった事を知ると、彼女は向き直った。
たづな「車内の時には色々と考えていたではありませんか。確かにあの子に似合うとは思いますが、師の貴方が心を込めないでどうするのです」
悟空「い、いやぁ、投げやりになった訳じゃねえんだぞ? こう、ビビッ! と来た直感も必要かなって」
たづな「ではあの子にコレを見せる時には何と言って渡すのですか? このままだと、直感で選んできたぜ! と言う事になりますけど」
悟空「………………それはちょっとイヤだなぁ」
たづな「そうでしょう? なにもこちらの衣装がダメと言ってる訳ではありません。それどころか、少しでも貴方の考えがあれば即決するくらい素晴らしいものですのに」
悟空「でもあれだぞ? オラが初めて道着を貰った時は、特に何も言われなかったぞ?」
たづな「それでも嬉しかったのでしょ?」
悟空「うん」
たづな「あの子は女の子で勝負服な特別な物。慕う貴方から選んだ理由などを聞けたら、もっともーっと嬉しいと思うんじゃないでしょうか?」
悟空「なるほどな……。うん、もう少し考えてみっけどよぉ、おめぇの方はどうだ? おめぇが選んだ物でオラも良いって思ったら丸投げになんねえだろ」
たづな「ふふっ、実は気になっていた物がありまして」
カチャリ。
ラックに掛けられた衣装が1つ。
そのデザインは、この世界で言う所の中国武術がモチーフとなっていた。
黒色のゆったりとしたパンツ。フロントに四つ程のボタンで留められたボタンの赤いトップス。腰には白い帯を巻き。
さらに黒無地の蹄鉄付きシューズ。
それはまさしく、
たづな「いかがでしょう! 貴方を彷彿とさせるカンフー要素を込めた勝負服は!」
衣装を手でかざしながら、彼女のPRが始まった。
たづな「まず第一の理想として、今言ったように武術の要素を取り入れる事でした。それは本来の貴方の姿であり、それを知るあの子にはこれ以上ないくらいの想いの力となります」
悟空「おー」
たづな「そしてちゃんと可愛い要素として背中側をご覧下さい。帯がリボンの型になっているんです。これにより一見カッコ良く見えるデザインの中に女の子らしい要素が加わり、より一層可愛く見えるというギャップを利用したものになります」
悟空「へー、そいつはすげぇ」
たづな「運動面に関しても何も問題は要りません。ズボンの裾は脹脛くらいの七分丈ですが、お尻ともも裏でたっぷりと生地を余らせているので、走る際の関節の可動域はしっかりと確保出来てます。 帯についても同様に、自分で結ぶのではなく固定された仕様になっているので、途中で落ちたり緩む事もないのです!」
悟空「うんうん。あ、ちょっと良いか?」
たづな「はいっ、なんでしょう!これはきっとあの子も喜んでくれると思いますよ!」
悟空「かも知んねぇけどさ、武術の雰囲気は入れたくねえ」
たづな「……………………………はい、つぎー」
彼女オススメの勝負服を元の位置に戻すと、あからさまに悟空から視線を外してそっぽ向いた。
悟空「っ、お、おい拗ねんなって…!」
たづな「……元から武術要素を取り入れるつもりが無いのであれば仰ってくれたら良かったじゃないですか。 あんなに説明したのがバカみたいです…」
悟空「そんな事ねぇってば。その、凄かったぞ、たづなは。ですよね!?」
男「はい! 初見で拘りポイントを見抜き、それを伝えるボキャブラリーの多さが尋常ではありませんでした。店員として立つ背がないくらいでしたよ!」
悟空「だってさ!」
たづな「………分かりました。では先程の事は忘れて、1つ伺います」
悟空「ん?」
たづな「なぜ武術要素を外したいのです? 師である貴方と同じ系統の物なら…、という私の考えはズレていないと思うのですが」
悟空「んー、そっからはオラの感覚になるんだけどよ、ウララっぽくねぇんだ」
たづな「………!」
悟空「一度はどん底まで沈んじまったけど、乗り越えたアイツはずっと元気だ。明るくて、笑って、そんでアイツと話すやつもそれに釣られて笑う。 そんなアイツの衣装が戦うためだけに作られた型ってのも、おかしな話しじゃねぇか?」
たづな「ふむ、言われてみれば確かにそうですね」
悟空「それならアイツの心を映し出したような晴れやかな恰好が良いとオラは思う」
たづな「………悟空さん」
呟くように名前を呼び、悟空も「ん」と一言だけ返す。
そして、
ぺちん…と、小さく軽い音が鳴った。
それは悟空とたづながお互いの手を合わせた音だった。
たづな「素敵な事を考えてるじゃないですか!それこそもっと早くに言ってくださいよ」
悟空「へへっ! たった今思ったんだ。自分で言ってなんだけど、今ので大分イメージがしっかりしたな!」
たづな「はい!そうと決まればさっそく選別しましょう!」
それからは、じっくり観察なんて事はしない。
パッと見てハルウララの姿が思い浮かばなかったら違う。
誰もが目にした瞬間 "元気が良い。太陽のように晴れやかだ" …と思うようなデザインこそ、ハルウララに相応しい。
そうしてピックアウトしたのは全部で6着。
悟空「お?」
たづな「あら?」
その中の1着に2人の手が同時に伸びた。
悟空「こりゃあ、決まりで良いんかな?」
なにせ相談するまでもなく同時に選んだのだ。ほぼ確定だろうと思うが、たづなは自分で選んだ割に、何やら悩んでいる様子。
悟空「?」
たづな「………明るくて、眩しくて、まさにあの子にピッタリだと思います。……ですが、」
彼女は振り向き、店員の男を見た。
たづな「これは、お正月の着物がモチーフですよね?」
袖には花が描かれた赤い振袖。白とピンクの振袖と同じ花が描かれた袴風。
たすき掛けをする紐があり、膝くらいまでしかない袴の丈は、走る分には何も問題ないだろう。
彼女が気にしているのは、あらかさまに正月の雰囲気が込められた衣装にある。
男「仰る通りです」
たづな「だとするとさすがに、季節にそぐわない時がやって来る、と言うことになりますね……」
悟空「どういう意味だ?」
たづな「簡単に説明しますが、1年が終わり、新たな1年の幕開けとして、良い年になりますようにとお願いをするために着物を着て神社にお参りをします。その時の着物がこの衣装の題材になっています」
悟空「そんでそんで?」
たづな「なのでこれから先に走るであろうG1レース。春や秋などの季節には不釣り合いなんですよ」
悟空「ふーん…。別に良いんじゃねえか?」
たづな「え?」
悟空「春でも秋でも、雨が降ってて泥んこになっても関係ねえ。不釣り合いなんてのは、アイツの元気で全部吹き飛ばす。 そんなアイツを見てるやつらも元気をもらう。 良い事だらけじゃんか!」
たづな「……本当、貴方は前向きな方ですね」
くすっ、と彼女は微笑んだ。
悟空「ようし、こいつで決まり、ーー」
たづな「ちょっと待ってください」
悟空「っ、なぁんだよ今度は!」
たづな「すみません。どうしても悟空さんの要素を入れてあげたいんです…!」
悟空「まだそんなん言ってんのか…。別に求めてねぇと思うけどなぁ」
たづな「そんな訳ないですよ!!!」
悟空「おっ、おぉ………、んじゃリストバンドでも付けるか?」
たづな「それだと…、衣装の統一性がありませんね。それにもうちょっと貴方の色が欲しいです」
悟空「えー、…………そんじゃあ腰の帯はどうだ?オラ結構ハラを締めてリキ入れっからさ。ウララも同じようにするってのはどうだ?」
たづな「それですっ!」
悟空「っし!」
グッ…と悟空はガッツポーズを決める。
そしてたづなの行動は早い。すぐに店員の男と話しを始めた。
男にも会話が聞こえていたためスムーズに事が運んだが、完成してある衣装に手を施すのは容易ではない。
なにをどうしても違和感が残ってしまう。
考え直してはどうだ、と男は言う。
しかし、たづなは引かなかった。
ここまで頑固なたづなを見るのは初めてに近いが、それもそうだろう。
駿川たづなというウマ娘は、自身の勝負服に自分以外の思い出がない。
孤軍奮闘なレース時代だったが故に、他のヒトとの思い出が無かった。
だからこそ、思い出の重要性を誰よりも知っている。
言うまでもないが、ウララに頼まれた訳ではない。
これはあくまで、たづなの押し付けだ。
彼女は全て理解している。
それでも言うのだ。
たづな「こちらの衣装の帯を青色で調整させてください」
ーーーーーーー
ここは車の中。
すっかり暗くなった道路をライトを付けて走らせている。
悟空「はぁーっ、疲れたな」
たづな「お疲れ様です」
悟空「おめぇもな」
今日おこなったのは衣装の確保。ここからハルウララの身体に合うように調整が始まる。
悟空「今日か明日にでも、ウララの手の長さとかを測れば良いんだよな?」
たづな「そうですよ。そのデータを送らないと調整の仕様がありませんからね。あ、採寸は私がやりますよ」
悟空「おう。にしても上手いこと青色の帯があって良かったな」
たづな「はい。さすがに貴方のような濃い青色には出来ませんでしたが、まあ許容範囲内です」
悟空「そりゃ何よりだ。しっかし、あん時のおめぇ迫力凄かったなぁ。あの男ちょっとばかし怖がってたぞ」
たづな「うぅ、抑えきれず、つい…」
悟空「へへっ、面白かったからオラは別に良いけどな!」
たづな「これからもお付き合いがあると言うのに、次回が気まずいです……」
立場上、配慮の欠ける行動を慎むべきだったと、彼女はハンドルを持ちながら肩を落とした。
その時、
ぎゅぅうるるるるるるーーーー。
悟空「はら、へったなぁ…」
車内に響く音は悟空が腹の中で奏でたものである。
たづな「ちょうど夕食時ですか……。どこか入ります?」
悟空「良いんか!?」
たづな「ええ。もちろん」
悟空「やっりぃっ!そうこなくっちゃな!」
たづな「食べたいものはありますか?」
悟空「肉!!!」
たづな「即答ですねぇ、良いでしょう。ただし約束があります」
悟空「ん?」
約束というより、切実なお願いだ。
たづな「3件くらい移動しても良いので、腹4分目で控えてください」
悟空「んひひ、分かったぞ。その方が色んなもん食えそうだし楽しみだ!」
さて、楽しみにしていた方も多いと思いますが、すみません。
ハルウララの衣装は公式のものを使いました。
理由としては、悟空にも言ってもらいましたが、ウララに合わないと感じたからです。
オリジナリティのない結果となってしまいましたが、イメージは付きやすいものになったとポジティブにとらせていただきます。
ハルウララの新衣装を知らない方はぜひお調べください。