宇宙戦艦ヤマト 迷い子達のアンサンブル 作:soul
西暦2199年6月1日 宇宙戦艦『ヤマト』艦内
突如姿を現して目の前に立ち塞がった三隻目の『ボーグ・キューブ』。知らぬ間にアルファ宇宙域の辺境部に三隻もの『ボーグ・キューブ』の侵入を許していた事を知った惑星連邦士官達は驚愕している暇すら与えられなかった。
映像通信で一方的な宣言の下、『ボーグ・キューブ』は『ヤマト』と『エンタープライズ』に『同化』の先兵『ボーグ・ドローン』を双方の艦内に大量に送り込んできたのだ――『ボーグ・ドローン』の侵攻は留まる事を知らず、保安クルーや捕まった哀れなクルーを同化して勢力を増しながら『ヤマト』の艦内を侵食していく……幸運なのは『ボーグ』が機関室以外の設備に興味を示さず、『ドローン』の行動をモニター出来る事だろう。最初に襲われた機関室は犠牲を出したが機関長徳川の迅速な判断によって大多数の機関部クルーは非常口より脱出しており、人的な被害が最小限であった。
『ヤマト』医務室
「先生、逃げましょう!」
「どこに逃げると言うんじゃ! わしゃ逃げんぞ!」
衛生士である原田真琴が佐渡酒蔵に逃げるように進めるが、佐渡はガンとして首を縦に振らなかった――医師である自分が此処を離れたら、怪我人が搬送された時に適切な対処が出来ないと考えて医務室を死守するつもりでいるのだ。
「佐渡せんせ、怖いよぉ」
「おおぅ、翡翠ちゃん。お前さんは原田君と一緒に避難するんじゃ」
「……せんせも一緒に行こう?」
「わしゃ、此処で仕事があるでな。後から行くから先に行って待っとってくれ」
『ヤマト』に迷い込んだ異星人の少女翡翠が佐渡にしがみつくが、その手を優しく放しながら佐渡は視線を合わせて諭すように語り掛けた。
目に涙を溜めながらも手を離した翡翠を優しく原田の方へ押しやったその時、医務室のドアが大きな音を立てた。音に驚き飛び上がった三人を尻目に、硬い物を何度も打ち付ける音と共にドアは変形していき、出来た隙間に手が差し込まれて無理矢理ドアを押し広げていく……人が一人通れる隙間が出来るや否や、灰色の肌をした男が身体を押し込むようにして医務室へと進入して来たのだ。
全身が黒いプロテクターで覆われて右腕が金属製のマニュピュレーターに置き換えられた異様な男は、その無表情な顔を医務室の奥に固まる三人に向けて右目に相当する部分に装着されたレンズを何かを探るかのように動かして三人に近付いて行く。
「コッチに来るな! アッチ行け!!」
「真琴おねえちゃん怖いよ!」
「二人共ワシの後ろに隠れるんじゃ!」
二人を庇うようにして後ろに隠しながら佐渡は近づいて来る男を睨みつけるが、男は何ら反応を示さずに佐渡を右腕のマニュピュレーターで弾き飛ばす。
「先生!?」
「せんせぇ!?」
吹き飛ばされた佐渡の身を案じて声を上げる二人を無機質な目で見つめた男は、左手で原田を掴むと押し退けるようにして退かした後に翡翠の前に立った。
「ひっ!?」
「――このっ! 翡翠に触るな、変態!!」
恐怖に短く悲鳴を上げる翡翠を見た原田は恐怖を押さえ付けると男の腰にしがみついて止めようとするが、男の胆力は凄まじく腰にしがみついた原田を軽々と引きずって翡翠に迫る。
「逃げなさい、翡翠!?」
迫る男を必死に止めようとしながら原田は翡翠に逃げるように促すが、恐怖に足が竦んだ翡翠は動く事が出来ない……右腕のマニュピュレーターを展開した男は翡翠を壁に押し付けて身動きを封じると、左手を翡翠の首筋に近付けていく。
「止めてぇぇぇえ!?」
必死に止める原田の目の前で男の左手から伸びた同化チューブが無常にも翡翠の首筋に突き刺さり、チューブからナノプローブが注入されていき、翡翠の体が小刻みに震え始める。呆然とした表情でそれを見ていた原田は絶望のあまり目の前が暗くなり、悲痛な叫び声を上げた…………時、周囲に聞き慣れぬ女性の声が響く。
『異物の進入を確認、抗体システム起動します』
「……えっ?」
それは確かに翡翠の口より発せられた言葉であるが、声がいつもの翡翠の声ではなく別人が喋ったかのようだった。驚きの声を上げる原田の目の前で、表面上は分からないが翡翠の身体の中で劇的な変化が生じる――体内に流れる血液に存在する赤血球に擬態していた『抗体システム』が目を覚まして、体内に進入したナノプローブを瞬く間に駆逐していき傷ついた細胞を修復していった。その修復はナノプローブによって傷ついた細胞のみならず、体内にある全ての損傷――脳組織の奥にあった小さな損傷も修復していく。
脳組織の小さな傷が修復されると脳内ネットワークが再構築されていき、『ヤマト』の艦体に激突した際に失われた記憶が呼び覚まされていった。
「……ふん、まさか抗体システムに助けられるなんて、癪だけど『
「……えっ? えっ?」
痙攣しながら苦悶の表情を浮かべていた翡翠が一転して皮肉げに鼻を鳴らす様子を見て、理解できないのか呆けた声を出す原田。状況は原田の理解を待ってはくれず、翡翠は押さえつけるマニュピュレーターを掴むとゆっくりと押し退けていく。とても小柄な身体からは考えられないほどの力を発揮しながら異星人の男のマニュピュレーターを押し返している翡翠の姿に混乱している原田は、彼女の瞳が何時もの緑色ではなく、血のように真っ赤な色をしている事に気付いて思わず息を呑む。
「……何時まで押さえ付けているつもりだ!」
左手でマニュピュレーターを押し退けた翡翠は、右手を握り締めると気合一閃――男の腹部に閃光の速さで拳が叩き込まれてプロテクターを砕いて吹き飛ばす。
「……えっ? えっ? えっ?」
事態について行けずに呆けた声を連発する原田を尻目に翡翠はゆっくりとした足取りで歩き出すと、ダメージのあまりうまく動けない男の背中に手を入れると何かを探すように動かして行く。
「怪我はない真琴ねえちゃん?」
「えっ? ええっ」
「そう、ちょっと待ってね……と、あった」
探し物を見つけた翡翠は掛け声と共に何かを引き抜くと、男は一瞬痙攣をして動かなくなる。それを見届けた後に翡翠は,最初に吹き飛ばされた佐渡の側に行って状態を確かめる。首筋に手を当てて脈拍を確認している姿は普段の翡翠であり、その瞳も緑色の光を宿しており、先ほどの赤い瞳は見間違いだったのかもしれない。佐渡の身体を触って異常がないか確認し……気絶しているだけのようだと判断した翡翠は、佐渡の身体を小さく揺らしながら声をかける。
「骨は折れていないようね、せんせ起きてよ」
ゆっくりと佐渡の身体を揺らして覚醒を促すと、ほどなくして佐渡が目を覚ました。最初は朦朧としていた佐渡だったが、男の存在を思い出すと焦ったような表情で翡翠を庇おうとするので、笑いながら翡翠は男を無力化した事を告げる。
「何と、強いなぁ翡翠ちゃんは」
「まぁね、あの程度なら簡単、簡単」
褒められて嬉しいのか無い胸を張る翡翠。そんな和気藹々と言った所へ戸惑った様子の原田が近付いてくる。
「……翡翠、一体何がどうなっているの?」
まだ混乱しているのか困惑の表情を浮かべている原田の問い掛けに、翡翠は唇を尖らせると不満げにボヤき始める。
「どうなっているって言うのはコッチのセリフだよ、なんで昔に絶滅したはずの『ボーグ』が居るのよ?」
アケーリアスめ、手を抜きやがったな! あの引きこもり共め、とこの場に居ない誰かに恨み言を口にしながら翡翠はぐるりと周囲を見回すと、あっちに一つこっちに三つかと『ヤマト』に進入してきた『ボーグ・ドローン』の大体の位置を把握したかのように呟いた。
「とりあえずは近くには居ないようだから、せんせとねえちゃんは此処にいてね」
「お主はどうするつもりなんじゃ?」
「私? けっこう危ない人も居るようだしね、人の身体に変なモノを入れてくれたお礼をしに行って来るよ」
軽い口調で物騒な事を言い出す翡翠に、佐渡と原田は揃って顔を青くすると物凄い勢いで止めに掛かる。
「何を言っとるんじゃ! 危ないからお主も此処に居るんじゃ!」
「そうよ翡翠! 危ないから出ちゃダメよ!」
二人とも真剣に自分の身を案じている事を感じ取り、翡翠は照れるやら擽ったいやらと口元を緩ませながら後頭部をぽりぽりと掻きながらも、きっぱりとした口調で否と告げる。
「さっきも言ったけど危ない所もあるし、ユリーシャねえちゃんも助けないと後からイジけそうだから」
ウィンクしながら理由を伝える翡翠だったが、先程から口元が緩んでいる事も相まってとても真面目にやっているようには感じられず、佐渡と原田に猛反対を受けた。最初は心配している事を嬉しそうに聞いていたが、終わらない説教に焦れてきたのか憮然とした表情を浮かべると、実力行使に出る事にした。
「ああっ、もう! という事で行ってきます」
「こりゃ! 何処へ行くんじゃ!?」
「こら翡翠! 何処へ行くの!?」
怒声を振り切って医務室の歪んだドアの間から通路に出た翡翠は、背後から聞こえる「後でお説教よ!」という原田の声に冷や汗を一筋流しながら通路を疾走していく――目指すは通路の先の『ドローン』が大勢いる場所である。
『ヤマト』艦内第十八階層主幹エレベーターホール付近
「踏ん張れ! 此処を抜かれたら艦橋まで一直線だ!!」
戦闘指揮を取る為に第一艦橋から降りてきた古代は、合流した保安部員達と共に侵攻してくる『ボーグ・ドローン』達を迎え撃っていた。携帯していた『南部97式拳銃』通称コスモニューナンブを打ちながら声を張り上げる。
『ボーグ・ドローン』を発見して直ぐに戦闘に突入して最初の数体には銃も十分威力を発揮したが、その後は『ドローン』の前面にシールドが形成されて此方の攻撃を全て弾き、携帯式の実体弾も身体を覆うプロテクターを貫通する事は出来ずにじわじわと後退して遂には主幹エレベーターホールまで後退してしまった……このままでは主幹エレベーターまで到達した『ドローン』が第一艦橋にまで到達してしまう。
エレベーターを爆破して後退する事を考えていたその時、通路を埋め尽くす『ドローン』達の後方から重く鈍い音が響いて最後尾の『ドローン』が見えなくなる……その音はその後も響いて、その度に『ドローン』の姿が見えなくなった。
「……何だ?」
「戦術長、一体何が?」
「……分からない」
訝しげに『ドローン』達の後方に目を向ける古代と保安部員だが、彼らの眼には『ドローン』以外の姿は見えない……思わず銃を撃つ事すらも忘れて異様な光景の原因を確かめようとしていた二人の眼にその原因の姿が判明すると、二人共そろって間抜けな声を上げてしまった。
「……な、何なんだ」
「戦術長。俺の目が悪くなったのかな、子供が『ボーグ』を殴り倒しているように見えるんだが」
「……」
揃って呆けた表情を浮かべる二人の眼前には、拘束しようとする『ドローン』の手を掻い潜って反撃の拳を腹部に叩き込んでいる栗色の髪をした少女の姿があった――プロテクターの破片をばら撒きながら崩れ落ちる『ドローン』を冷たい目で見ていた少女は、背後から拘束しようとしてくる別の『ドローン』の手を掻い潜ると首筋に向けてハイ・キックを繰り出して吹き飛ばした後、近くにいた別の『ドローン』の腹部に向けて左肘を打ち込んでプロテクターを破壊する。
まるで手馴れた作業のように『ドローン』を無力化していく少女の姿を、攻撃する事すらも忘れた保安部員達は呆然とした表情で見ていた……人外の豪力を発揮して攻撃を無効化するシールドに守られた『ボーグ・ドローン』には全く歯が立たず撤退を繰り返していた保安部員達にとって、眼の前で繰り広げられた光景は悪夢のようなものであった。
「……ウソだろぉ」
「……あんなに苦戦した化け物どもを、こうもあっさりと」
「……幼女が華麗に舞って化け物どもを倒していく」
驚きを隠せない保安部員達の中でいち早く正気に戻った古代は、『ドローン』を無力化して近づいて来る少女に問掛ける。
「……翡翠だよな? 君は一体」
古代の声に気づいた少女――翡翠は緑色をした瞳を向ける。
「怪我はない、古代のおじちゃん」
「――誰がおじちゃんだ! 俺はまだ二十歳だ」
ふざけたことを言う翡翠に思わず怒鳴り返してしまった二十歳の古代。そんな彼の様子に笑みを浮かべながら翡翠は保安部員達の待つ方へと近付いて行く……眼の前で繰り広げられた光景をまだ飲み込めないのか、無言のままの保安部員達に視線を向けた。
「『ドローン』はシールドで守られているからエネルギー兵器は悪手。質量弾もプロテクターで弾かれるから至近距離からの関節への攻撃が有効よ。けど両手には同化チューブがあるからそこは注意してね」
似合わないウィンクを残して翡翠は保安部員達の傍を通り過ぎる。
「どこに行くんだ翡翠?」
「ん? 徳川のおじいちゃんやユリーシャねえちゃんを助けにいかないとね……特にユリーシャねえちゃんは助けないと拗ねるから」
翡翠は古代の問い掛けに苦笑を浮かべながら答えると、
「ほんじゃね」
軽く手を振って翡翠は居住区の方向へと走り始める。
古代を始めとした保安部員達はしばらくその場に留まっていたが、気を取り直すかのように一つ咳払いをした後に保安部員達に次の場所へ向かう事を告げるのだった。
『ヤマト』艦内居住区
『ボーグ・ドローン』の侵攻は『ヤマト』艦内の至る所におよび、居住区にて待機していたユリーシャに憑依されている岬百合亜と護衛である星名透は、周囲に不穏な空気を感じて移動しようとした矢先に通路に光が集まって実体化した『ボーグ・ドローン』と遭遇してしまった。
「ユリーシャ下がってください」
即座に反応した星名はユリーシャを庇うように背中に隠してコスモニューナンブを抜いて現れた『ドローン』に向けて発砲するが、既に対応したシールドに阻まれてエネルギー弾は虚しく弾かれる。それを見た星名は顔を顰めると、ユリーシャの手を引いて『ドローン』から少しでも遠ざかろうと走り始めた。
「こっちです!」
「――待って星名」
ユリーシャの手を引いて少しでも『ドローン』から距離を取ろうとする星名であったが、走り始めてから暫くすると目の前にまた光が集まり別の『ドローン』が実体化する。
「くっ!? こっちですユリーシャ」
通路を塞がれた星名はユリーシャの手を引いて元来た道を戻る――前後を『ドローン』に挟まれた星名は、ユリーシャを連れて近くにあったドアを開けると共に中に入り開閉装置の配線を撃ち抜いた。
「これで暫くは時間が稼げるはずです」
「これからどうするの?」
「……助けが来るまで立てこもります」
ベッドの傍にある通信システムを起動すると第一艦橋に繋いで現状の報告と援軍の要請を告げる。
「星名、どうだった?」
「……今、『ヤマト』艦内は至る所に『ボーグ』の襲撃を受けて大混乱に陥っている様で増援の到着まで暫く掛かるそうです」
星名は不安にさせるかもしれないがユリーシャに現状を正確に伝えることにした。
「大丈夫ですよ、ユリーシャ。いざという時には僕が守ります」
とは言えコスモニューナンブは効果がなく。ドアの開閉装置を破壊したとは言え、言い換えれば逃げ場がないという事だ。後は『ドローン』がドアを破るのが先か、増援が来るのが先かの勝負になる。
ユリーシャをベッドに座らせて何か武器になるものがないか部屋の中を見回すが、めぼしい物はなく現行の装備で対処するしかない――そう腹を決めたその時、突然ドアから大きな音が聞こえて来た。
……どうやらあまり猶予は無いようである。先程から大きな音と共にドアが歪んできている、星名はユリーシャに立つように促すと部屋の奥に行くように指示をして自分は拳銃を構えて準備をする……たとえ効かなくても牽制程度にはなるだろう、後は隙を作ってユリーシャだけでも逃がすしかない。
覚悟を決めた星名の前でドアがどんどん歪んでいき、遂には『ドローン』のマニュピュレーターが差し込まれて無理矢理開いていく――星名は拳銃を構えると、無理やり身体をねじ込もうとする『ドローン』に向けて発砲するがシールドに虚しくはじかれる。それでも連続して発砲して少しでも侵入してくるのを遅くしようとするが効果はなく、『ドローン』は身体をねじ込んで遂には部屋の中へと侵入を果たした。
「このっ!」
侵入してきた『ドローン』に向けてタックルをした星名だったが、あっさりと弾き飛ばされて部屋の奥の壁に叩きつけられた。
「星名!?」
「……くっ。アイツの注意を引きますので、その隙にユリーシャは逃げてください」
よろよろと立ち上がった星名は、息を整えると一気に『ドローン』の腰辺りを目掛けて再びタックルを敢行する。腰にしがみつく星名を『ドローン』は煩わしそうに振り払おうとするが、星名は必死になって放されまいとする。
「今のうちに逃げてください、ユリーシャ!」
「星名!?」
地力が違いすぎて再び壁に叩きつけられて意識を失ってしまった……『ドローン』は左手から同化チューブを伸ばすと意識を失いぐったりとした星名に近づいていく。だが『ドローン』が近づく前に星名との間に割り込んだユリーシャが両手を大きく広げて立ち塞がった。
「ダメ! 星名に近づかないで!」
必死な表情で星名を庇うユリーシャだったが、『ドローン』はまるで意に介さずにマニュピュレーターをユリーシャに伸ばすと彼女の身体を拘束する。
「放して!」
ユリーシャは逃れようと抵抗するが、身体を拘束しているマニュピュレーターはビクともしない。抵抗するユリーシャを無表情で見ていた『ドローン』は左手から伸ばしている同化チューブを首筋目掛けて突き立てようとしたその時――部屋に居るはずもない第三者の声が響いた。
「はい、そこまで」
「――翡翠?」
突然響いた声に周囲を見回したユリーシャは、直ぐ側にいつの間にか栗色の髪をした少女が居る事に気付いて驚きの表情を浮かべたが、自分を拘束する『ドローン』を思い出して焦ったような表情を浮かべると翡翠に逃げるように促すが、当の翡翠はすまし顔で逃げる気配はない。
「翡翠早く!」
「大丈夫だよ、ユリーシャねえちゃん」
そう言ってユリーシャは『ドローン』のマニュピュレーターの関節部分を掴むとそのまま握り潰して、怯んだ『ドローン』に足を引っ掛けて転倒させると『ドローン』の上に覆い被さって左手を拘束してから首元から背中に手を入れて何かを探す……暫くして目的のモノを探し当てたのか、背中から何かを引き抜くと『ドローン』は一瞬痙攣した後に機能を停止した。あっさりと『ドローン』を制圧した事に驚いたユリーシャであったが、立ち上がってこちらに近付いて来る翡翠を見てさらに驚くことになる――普段は緑色をしている翡翠の瞳が血の様に真っ赤に染まっていたから……その真紅の瞳を見たユリーシャは、ある恐ろしい“おとぎ話”を思い出した。
「……殺したの?」
「ううん、気絶しただけ」
険しい表情を浮かべて殺したのか問い質すユリーシャに、翡翠は手に持っている小さな機械を見せる。
「……これは?」
「『ニューロ・トランシーバー』これで『ドローン』は『ボーグ』の集合意識とリンクしているのだけど、無理矢理引っこ抜いたからショックで気絶したの」
説明しながら翡翠は壁際で気絶している星名を揺り起こす。すでにその瞳は何時ものエメラルド・グリーンに戻っていたが、先ほどの真紅の瞳を見たユリーシャは動けなかった。
「……うん……翡翠ちゃん?」
「怪我はないみたいだね、星名にいちゃん」
気絶から目覚めた星名は首を振って意識を覚醒させると、覗き込んでいる翡翠に気付いて驚きの表情を浮かべる。何とか起き上がった星名は倒れている『ドローン』に気づくと、困惑したような表情を浮かべて半信半疑ながらユリーシャに『ドローン』を倒したのか問い掛けるも、ユリーシャは首を横に振って翡翠が倒した事を伝える。
「……翡翠ちゃんが?」
更に困惑した表情を浮かべる星名……幾ら異星人だとは言え、見た目が地球人で言う所の十歳前後の女の子が『ドローン』を倒したと言ってもにわかには信じ難い。困惑を深める星名の姿に、くすっと笑みを浮かべた翡翠はユリーシャにしたのと同じ説明を伝える。
「『ドローン』にはそんな弱点があったのか……けど何でそんな事を君が? この宇宙は僕達の宇宙じゃないと言う話なのに……」
疑問を浮かべる星名に翡翠は苦笑を浮かべると、今は安全を確保する方が先であると諭す。
「今なら医務室の周囲には『ドローン』が居ないと思うからそこへ向かって」
この部屋に来るまでに出会った『ドローン』は片っ端から無力化してきたので時間は掛かったが相手も警戒して暫くは増援を送り込むのは躊躇するはずであるので、比較的安全に医務室へ行けるだろうと翡翠は考える。
「――翡翠はどうするの?」
「私は徳川のおじいちゃんが心配だからね」
「危ないから一緒に行こう?」
普段の翡翠に戻った翡翠に安心したが、やはり子供が一人で行動する事を心配したのか一緒に医務室へ行くように勧めるユリーシャに困ったような表情を浮かべた翡翠は大丈夫と答える。
「大丈夫だよ、様子を見てくるだけだから。ねえちゃん達も早く医務室へ行った方が良いよ」
そう言って翡翠は部屋から出て行こうとする。
「――翡翠!」
「じゃあね」
止めるユリーシャに別れを告げて翡翠は部屋を出ると、艦体後部に向けて通路を疾走した。
『ヤマト』艦内機関室付近
最初に『ボーグ・『ドローン』』の襲撃を受けた機関室は、機関長徳川の迅速な判断によって最小限の犠牲のみで機関室を脱出して駆け付けた保安部員と合流して機関室奪還の為に突入しようとしていた。
「ええい! ここはワシらの仕事場じゃ!」
機関室のドアを開けて突入したは良いが、迎撃に出てきた『ドローン』に阻まれて思うように進めない……しかも環境設定を変化させたのか機関室内が異様に暑苦しく、室内も暗い緑色の照明で照らされて馴染み深い機関室の光景とはとても思えず、まるで異星人の船に迷い込んだかのような印象すら感じる。
「好き勝手しおってからに」
生き残った機関部員と合流した保安部員達と『ドローン』に攻撃をするが場所が場所なだけに大出力な火器は使えず、乗り込んだは良いが入口近くから進めていないのが現状であった――それでも『ヤマト』の心臓部である波動エンジンは何としても取り戻す必要があった。
すでに老年である徳川さえも老体にムチを打って慣れないコスモガンを撃つが『ドローン』のシールドに虚しく弾かれる。その光景に苦虫を噛み砕いたかのような表情を浮かべる徳川の右横より音もなく『ボーグ・ドローン』が忍び寄り、徳川に襲いかかった。
「うおぅ!? 離せ、離さんか!」
「おやっさん!?」
右腕のマニュピュレーターで徳川を拘束した『ドローン』は助け出そうとする他の乗組員を左手で振り払った後、左手から同化チューブを伸ばして徳川の首筋に突き立てた。苦悶の表情を浮かべる徳川に同化チューブより同化ナノプローブを注入するにつれて抵抗する動きが緩慢になっていく……非道な光景に徳川を慕う機関部員達は眼を逸らしていく――そして、その光景は徳川を助けに来た翡翠の目にも映った――緑色をしていた翡翠の瞳が真紅に染まる。
「こ――の! 何をしているか!?」
通路を走っていた翡翠は更にスピードを上げると跳躍――徳川を拘束している『ドローン』の顔を目掛けて蹴りを叩き込む。たまらず吹き飛ぶ『ドローン』には一瞥すらせず、倒れている徳川を抱き起こした翡翠は灰色に変色していく皮膚を見て顔色を変えると、指の先を食い千切って徳川の首筋にある『同化チューブ』を打ち込まれた跡に添える。
「……お嬢ちゃん、何をしているんだ!?」
「――黙って!」
疑問に思った機関部員が声をかけるが翡翠はそれを一蹴する。徳川の状態を真剣な面持ちで見ていた翡翠だったが、肌の色が元に戻って呼吸が安定すると小さく息を吐き出す……しばらくして徳川が目を覚ました。
「……愛子?」
「……残念、翡翠だよ」
朦朧とした意識の中で愛しい孫娘と見間違えた徳川に優しく微笑みながら翡翠はゆっくり徳川を床に下ろすと、立ち上がって『ドローン』達の方へ向いた翡翠の瞳は真紅の輝きが増して、ギラギラと危険な光を浮かべていた。
「……よくも」
一言呟いた翡翠の身体一瞬ブレると、次の瞬間には機関部の奥にいた『ドローン』達の膝下にまで移動して周囲にいた『ボーグ・ドローン』を瞬く間に無力化した。
「……おいおい、ウソだろう」
「……人間業じゃねえなぁ」
人の範疇を超えた動きに保安部員達が強ばった表情のまま呟く……機関室内の『ドローン』の全てを無力化した翡翠は、倒れた『ドローン』を一瞥すらせずに保安部員達の居る――その奥の徳川が横たわる場所へと向かって行く。
途中で保安部員達の傍を通る時、銃こそ向けられなかったが保安部員達の眼には未知の―よく分からないモノへの戸惑いと恐怖が見え隠れしていたが、翡翠は何も言わずに傍を通り過ぎて床に横たわる徳川の側に座った。
「……おおっ、翡翠ちゃんか。もう大丈夫じゃよ」
「ダメだよ、おじいちゃん。安静にしてなきゃ」
弱々しい笑顔を浮かべて起き上がろうとする徳川を優しく静止する翡翠。静止を受けて再び床に横たわる徳川。その時、徳川の様子を見ていた応急長の山崎は翡翠に問掛ける。
「翡翠。徳川さんは『ボーグ』にやられて危険な状態だったと思える。君は一体何をしたんだ?」
先ほど徳川は『ドローン』よって首筋に同化チューブを打たれてナノプローブを注入されていた。顔色も変わって抵抗すらも出来ない状態だったが、翡翠が側に来て劇的に症状は改善したのだ。どうやったのか、副作用はないのか気になるのは当然であろう。
だが、翡翠はそれには答えずに徳川を安静にしておくように告げて、立ち上がると通路を歩いていく。
「何処へ行くんだ、翡翠?」
「……まだ、困っている人が居るようだからね」
「……気をつけてな」
「……ありがとう、山﨑のおじちゃん」
一瞬止めようとした山﨑だったが、機関室を占拠していた『ボーグ』を瞬く間に無力化した翡翠の実力を思い出すと口を紡いで代わりに道中気を付けて行くようにと声をかける……確かに驚異的な能力で『ボーグ』達を叩き伏せたが、その姿はまだ子供でしかなく一言だけでも声をかけるべきだと思ったのだ。そして翡翠もまた山﨑の心遣いを知ってか、一言礼を言ってから通路を走り出した。
どうも、しがない小説書きのSOULです。
小さな台風の覚醒により風向きに変化の兆しが見える――しかし、これで終わるような相手ではなかった。
次回 第十四話 白銀の妖精、とんでもない爆弾が落ちます。
では、また近いうちに。