宇宙戦艦ヤマト 迷い子達のアンサンブル 作:soul
現在、格納庫内は空間汎用輸送機SC97コスモシーガルの発艦準備に追われて慌ただしい喧騒に包まれていた。
艦体にダメージを負った『ヤマト』と『エンタープライズ』は、突然現れて窮地を救ってくれたナデシコによって付近に存在する廃棄された宇宙基地にて補修を行う予定であった。
だが宇宙基地の内部を調査した『エンタープライズ』の上陸班により、宇宙基地は謎の現象によって全滅した可能性が高い事が判明したのだ。その為に今後の事を協議する必要があり、二隻のナデシコ級の一つナデシコDに各艦の代表が集まる事になった。
シーガル内では発進に向けて最終チェクが行われていた。操縦系統をチェックしているのはパイロットを務める古代、副操縦席には真田が座って機内の環境システムのチェックを行っており、後部座席には真田の推薦で言語学に精通する桐生と本人の要望によりデーター少佐が乗り込んでいる。
「最終チェック完了、オールグリーン。副長いけます」
「コッチも問題はない。発進してくれ」
「了解、シーガル発進します」
外部隔壁が展開して格納庫に設置されたアームがコスモシーガルを宇宙空間へと押し出すと、アームよりシーガルが離脱する。スラスターを吹かして微調整をしたシーガルは、エンジンを始動して『ヤマト』より発進すると艦体を迂回する。程なくしてシーガルは目的地である『ナデシコD』の巨大な艦体が目に入った――その巨体は宇宙に浮かぶ城の如くであり、その威容に唯々圧倒されるだけであった。
シーガルを操縦しながら古代は機首を何処へ向けたら良いかと考えていると、システムが『ナデシコD』より誘導ビーコンが発信されている事を知らせた。
「『ナデシコ』からの誘導を確認、指定された着艦口へ向かいます」
「了解、やってくれ」
誘導ビーコンに沿ってシーガルを操縦しながら古代は、どんどん大きくなるナデシコDの艦体に驚愕の念を禁じ得なかった……『ヤマト』を除けば地球の船は太陽系内を航行する事しか想定されておらず、ここまでの巨体はコスト的にも無理があり、敵国であるガミラスにもこれほどの巨艦は見た事がなかった。
「……『ナデシコD』、とてつもない大きさですね。大きさで言えば『ボーグ・キューブ』とほぼ同等なんでしょう」
「ああ、もはや移動要塞と言ってもいいだろうな」
「そんな船が何故こんな宙域にいるのか……」
「それに『ナデシコ』の転移技術は、三隻目のキューブも持っていた……」
「そこら辺に『ナデシコ』がこの宙域にいる理由があると?」
「あくまでな」
『ヤマト』から離れて目的地である大型航宙艦『ナデシコD』へ向かいながら古代と真田は、目の前に広がる『ナデシコD』の巨大な艦体に圧倒されていた。そんな事を話している内に『ナデシコD』の艦体はどんどん大きくなり、古代は指定された着艦口へとシーガルを向けて誘導波に沿って内部へと進入して行く。
着艦口から内部に入るとそこにはかなり広いスペースがあり、周囲にはまるで物語に出てくるような人型の機械が無数に鎮座していた。
「……何だ、あのロボットは?」
「案外、艦載兵器かもしれんぞ」
呆気に取られた古代に茶目っ気たっぷりに答える真田……もしその冗談が正解だと知ったら彼はどうするのだろうか? 気を取り直した古代は誘導波に従って、格納庫と思われる広場の奥にあるスペースへとシーガルを着地させる。
すると天井部分よりシャッターが下りると、辺りに空気が注入されていくのをセンサーが知らせた。
「センサーからの数値では呼吸に問題ないようですね、やっぱり彼女達は我々と同じく並行世界から来た地球人なのですかね?」
「安直な発想だが的を射ていたようだな」
「ワープ・フィールドの発生機関は確認できるが、我々ごと跳躍したシステムは未知のモノだ。だが艦体に書かれていた船名も地球の花を現してる物だから地球を起源としている可能性は高い」
古代と真田の話にデーター少佐も加わり、『ナデシコ』に付いて話を続ける――二隻の『ナデシコ』が登場した後、その設計思想や艦体に書かれた文字などからナデシコは地球もしくはその影響を受けた文明によって建造されたか、ポース粒子を発生させて転移するなど聞いたこともない方法で移動することから『ヤマト』と同じく別の世界から来たのではないかと言う推察がされていた。
シートベルトを外しながら話していると、シーガルの外に迎えが来ているようであり、古代達はハッチを開くと機外へと降りていく。
シーガルの近くには出迎えの要員が待っていた――保安部員のような屈強そうなアジア系の男性が三人ほどで、見た事のある形式で敬礼しながら古代達を出迎えると三人の中から先頭に立っていた壮年の男性が口を開いた。
「『ナデシコD』へようこそ。私は案内役のゴート・ホーリー。皆様を歓迎いたします」
「ありがとう。私は宇宙戦艦『ヤマト』の副長 真田四郎、此方は――」
「戦術長の古代進です」
「技術科の桐生美影です」
「私は惑星連邦よりオフザーバーとして『ヤマト』に乗り込んでいるデーターです」
返礼しながら真田は各員を紹介していく。
「では、早速ですが会談場所へとご案内いたしますので我々に着いて来て下さい」
ゴート・ホーリーと名乗った男はそう言って踵を返すと、先頭に立って真田達を案内して行く……歩き出した真田達の後方に自然な形で残りの男達が付き、能力が高い事を伺わせる。
格納庫より『ナデシコD』の通路に出たゴートは真田達を案内してドアの前に立つと、壁にある端末を操作してドアを開ける。
「コチラは艦内での移動手段となります」
どうぞお乗りくださいと『ヤマト』からの来訪者をドアの中に招き入れる――二重構造になっているドアをくぐると壁側にシートが置かれた地球にある列車のような構造をしており、ゴート達も乗り込むと向かいのシートに座る。すると自然とドアが閉まって列車は音もなく移動を始めた。
「『ナデシコD』は巨大ですので、艦内の移動はこのような形を取っています」
『エンタープライズ』の艦内にもあったターボリフトのような物だろうか、大型船の艦内を高速で繋ぐ移動網なのだろう。
「この船はかなり大きいですね、どれくらいあるんですか?」
「全長三千二十メートルはあります、我々が所有する艦艇の中でも最大級のモノです」
古代の質問にゴートは表情を変えずに答える……最大級、つまりはそれだけ設備が整っていると言う事か。古代はゴートの視線と言葉の中に自分達への警告があったと考える。
(つまり下手なことは考えるな、と。えらく警戒されているな)
「これから向かう会談場所とは、どんな所ですか?」
「中規模の多目的ホールになります。既に『エンタープライズ』からの使節の方々も来られてそちらに向かっています」
それからも古代や真田、時にはデーターなどもゴートに質問を投げ掛けるが、彼は表情を崩さずに答えられる所は答えて答えられない事には言葉を濁す。
それでも彼らの事は少し分かってきた――彼らの地球は連合を組み、太陽系内に生活圏を広げてきた。そして目の前のゴート・ホーリーという男は、元々はネルガルという大企業に勤めていたが出向という形で戦艦に乗り込んでそのまま現在に至ると言う。
「つまりはネルガルという軍需産業からの民間協力者として乗り込んでいる、と」
「ええ、ネルガルが開発した新機軸を持って軍の協力を得ながら建造したのが初代『ナデシコ』であり、その時に警備として乗船したのが始まりですね」
「軍ではなく民間企業に席を置き続けたのはやはり?」
「……ああ、そちらの方が給料は良いからな」
「……給料で選ぶですか、興味深い」
データーが属する惑星連邦では、レプリケーター技術の発達により貨幣経済はほとんど廃れており、自らの労力を貨幣に変える行為は一部の種族を除いて珍しい物であった。
「データー少佐達は貨幣を使わないのですか?」
桐生の質問にデーターは片眉を上げる。
「ある一定以上の文明になると、レプリケーターによって分子から必要なモノを取り出して様々なモノが作れるようになる。それこそ設計図さえあれば航宙艦すら……構造が複雑になればなるほど時間やパワーがかかるので現実的ではないが」
はぁ~、と開いた口が塞がらなく桐生。生物は作れないが、欲しい物の分子構造の情報さえあればレプリケーターで複製が可能であり、惑星連邦では人生の意味すらも変わって如何に社会に貢献して有意義に生きるかに重きを置かれているという。
「もっとも技術が進歩しても人間の本質は中々変わる事は難しいようだ」
そう話すデーターの金色の瞳は無機質な輝きを放ち、その場にいる者達は得も知れぬ圧迫感のような物を感じて会話が途切れた。
『ナデシコD』艦内 中央部第五多目的ホール
艦内を結ぶ移動チューブから降りた一行は、ゴートの案内で艦内通路を少し歩くと大きな扉の前に着いた。ゴートの説明ではここが目的地であり『ナデシコ』側と話し合う会場であるとの事だった。
すでに『エンタープライズ』側の使節は会場内に入り、我々が最後のようだ。ゴートに促されて会場内に入室すると白を基調とした広い部屋の中央に円卓が置かれ、部屋の奥側――大画面のモニターの下に『ナデシコ』側の人員が座っており、その左側には『エンタープライズ』から来たライカー副長と戦術士官のウォーフとカウンセラーの女性。そして最後は見慣れぬ士官が座っていた。
「ようこそ、『ナデシコD』へ。改めまして、私が当艦の艦長 ミスマル・ユリカです」
モニターの下の席に座っていたミスマル・ユリカ艦長が立ち上がって挨拶し、続いて隣に座るホシノ・ルリ艦長を紹介した後は副長としてアオイ・ジュンという男性、医療・科学担当であり――
「ナデシコのご意見番、イネス・フレサンジュおば――いたっ!?」
金色の長い髪を後ろで束ねた妙齢の女性が、いつの間に取り出したのか真田達にもなじみの深いハリセンでミスマル・ユリカ艦長の後頭部を叩いた。かなりの衝撃を受けたのか、後頭部を抑えてしゃがみ込んで痛がっている。
「艦長、今度ふざけた事を言ったら叩くわよ」
「もう、叩いているじゃないですか!?」
なんと言うか日本人には馴染み深い光景に、データーを除いた『ヤマト』から来た一同は思った――ああっ、このメンタル地球人だわ、と。無言で見つめる『ヤマト』からの客に、こほん! と小さな咳をすると立ち上がったホシノ艦長が「コチラは以上になります」と締めくくった……見ると彼女の顔に少し赤みがさしているようだ
「……んんっ! 私は宇宙戦艦『ヤマト』より来た副長の真田士郎」
そして古代と桐生、『エンタープライズ』からの出向しているデーターを紹介するとホシノ艦長に進められて席に着く……もしかしたら真田にはスルースキルがあるのかもしれない。
三勢力が揃った所で会談は始まり、まずはお互いの立場――所属とこれまでの経緯が語られる。
『エンタープライズ』側からは異常な重力場の調査に赴いた時にワームホールが形成されて中から『ヤマト』が出てきた事が語られ、『ヤマト』側からは事故により並行世界へと来てしまい、元の世界へと帰る手段を探している時に『ボーグ集合体』と遭遇し、危ない所を『エンタープライズ』に助けられた事が語られる。
「そして三隻目の『ボーグ』と戦闘中に、あなた方の『ナデシコ』が現れて『ボーグ』は撤退して今に至るというわけです」
さて、と『ヤマト』側と『エンタープライズ』側の人間の目が『ナデシコ』勢――ホシノ艦長に向けられる。本来ならこの『ナデシコD』の艦長を名乗るミスマル・ユリカ艦長に視線が向かうはずだったが、先ほどの寸劇でお飾りと判断して年少のホシノ艦長に視線が向けられた。
「……私達は“ある人物”を連れ戻す為に此処に来ました」
「ある人物?」
「あなた方の言う『ボーグ・キューブ』に乗っていた黒づくめの男性――ユリカ艦長の夫テンカワ・アキトです」
その言葉に『ヤマト』と『エンタープライズ』からの出席者は、三隻目の『ボーグ・キューブ』から通信を送ってきた一際黒い衣装を纏った黒いバイザーが印象的だった男を思い出す。
「……彼があなたの夫。つまりあなた方は、彼を救出しようとしていると?」
「ええ、私達はこの三年間、彼を追い続けていました」
真田の問いにホシノ艦長が答える。
「……確かに『ドローン』を『ボーグ』の呪縛から解き放った例は、少数ながら存在するが……だが相手はあの『ボーグ』だ。並大抵のことではないな」
唸るようなライカー副長の言葉に、『ヤマト』側の出席者は以前データーより説明された――七年前の最初の『ボーグ』の侵攻の折にD型艦のブリッジよりピカード艦長が『ボーグ』に拉致されて同化されると、『ボーグ』の代弁者として利用していたと言う話を思い出す。
艦長を奪われたD型艦は『ボーグ』を追跡して奪還しようとしたが、優秀な艦隊士官であるピカード艦長の知識を同化した『ボーグ』には救出作戦を見抜かれ、ウォルフ359で『ボーグ』を迎え撃った連邦艦隊四十隻は、たった一隻の『ボーグ・キューブ』に三十九隻もの航宙艦が破壊されて一万人以上の人命が失われたのだ。
「……けど、少数でも助けられたのですよね?」
そう呟いたのは真剣な表情を浮かべたミスマル・ユリカ艦長であった。そんな彼女の様子を心配したホシノ艦長が小さく彼女の名前を呼んだが、ミスマル・ユリカ艦長はホシノ艦長に小さく微笑むとライカー副長へ向けて話し出した。
「ライカー副長、私達――いいえ、私はアキトを助けたい。だって、アキトは苦楽を共にした仲間であり、私はアキトの奥さんですもの! 病めるときも健やかなる時も共に助け合っていくって誓ったんですもの! ――わた――」
尚も言い募る彼女を隣に座っていたイネス・フレサンジュが止める。
「落ち着きなさい、艦長」
両眼に涙を浮かべたミスマル・ユリカ艦長はフレサンジュの胸に顔を埋めて肩を震わしている……その光景を痛ましそうに見ているアオイ・ジュンは、『ヤマト』と『エンタープライズ』からの主席者に休憩を入れる事を提案して了承を貰うと、ホシノ艦長とフレサンジュが付き添ってミスマル・ユリカを別室へと連れて行った。
会場に残っているのはアオイ・ジュンとゴート・ホーリーの二名だったが、その内の一人アオイ・ジュンは深い溜息を付く。
「……やっぱりユリカは、まだ傷が癒えていないんだな」
痛ましそうに顔を顰めながらアオイ・ジュンはボヤいた。
「……彼女は何か心に傷を負っているのですか?」
『エンタープライズ』側からカウンセラーのディアナ・トロイがアオイ・ジュンに問い掛ける――テレパス能力を持つベタゾイド人とのハーフである彼女は心の表面だが感情が読める。恐らくカウンセラーはミスマル・ユリカの心に深い悲しみが存在する事に気付いていたのだろう。
暫く考え込んでいたアオイ・ジュンだったが、何かを決断した表情を浮かべると、ゴート・ホーリーが止めるのも構わずに話し出した。
「ユリカとテンカワは新婚旅行の最中にテロにあってね、僕達は二人が死んだものだと思っていたんだ」
だけど実際はテロ組織に拉致されており、ようやく彼女は救出する事が出来たがテンカワは戻ってこなかったと。
「助け出せなかったのですか?」
「いいや、テンカワはユリカより先に救出されていたけど、身体は既にボロボロでね……それでもアイツはユリカを救う為に命懸けでテロ組織と戦っていたんだ」
古代の質問にアオイ・ジュンは首を振りながら答える。
「そしてユリカを救出した後、アイツは戻って来なかった……後から知ったんだが、もうアイツの身体は限界らしい」
死後に自分の身体が検体にされる事を嫌って、誰の手も届かない場所で最後を迎えようとしていたと言う。
「何故、彼は自分が検体にされると思ったのですか?」
「……アイツがテロ組織に捕まっていた時に酷い実験をされていたようでね、これ以上身体を弄り回されるのを嫌ったんだと思う」
興味を惹かれたのかデーター少佐の問い掛けにアオイ・ジュンはそう答えたが、ベタゾイド人とのハーフであるディアナ・トロイはアオイ・ジュンの感情からその言葉に嘘があるか――何かを隠そうとしているように感じて、隣のライカー副長に予め決めていた合図を送る。
「――それで死に場所を求めていたテンカワ・アキトと、君達が彼を取れ戻そうとしていたのは分かったが。そんな君達が何故我々の宇宙に居るのかね」
ディアナ・トロイからの合図に頷いたライカー副長は、まずは何故彼らが平行世界よりこの宇宙に来た経緯を尋ねた。アオイ・ジュンは一瞬何かを考えたようだったが、小さく息を吐くと話し始めた。
「僕達はテンカワ・アキトを連れ戻す為に後を追った――だがアイツも頑固でね。中々連れ戻す事は出来なかった……そこで僕達は多少強引な手段を用いてでもアイツをとっ捕まえる事にしたんだ」
信頼出来る昔の仲間を呼び、知り合いの軍事産業のトップから無理矢理にナデシコ・フリート級の最新鋭戦艦『ナデシコD』を借り受けて万全を期した。
「ナデシコ・フリート?」
「中核をなすナデシコ級戦艦を中心にサポート艦で艦隊を組む、次世代の艦隊構想の試作艦として『ナデシコD』は建造されたんだ」
疑問の声に答えたアオイ・ジュンは、宇宙に出てテンカワ・アキトを捕捉してからの事を話し出した。
……ハリセン。古臭いですけど、あれほど日本人の笑いの象徴はないだろうと
思っております。
どうも、しがなし小説書きのSOULです。
次回よりナデシコ勢がこの並行世界に来た経緯を語り始めます。
過去編はかなり長いので、興味の無い方はご注意を。
次回 第十八話 在りし日を求めて 前編。
では、また近いうちに。