宇宙戦艦ヤマト 迷い子達のアンサンブル 作:soul
『ナデシコD」から広がった幾何学模様に包まれた途端に、強制的にボゾン・ジャンプに巻き込まれたユーチャリスの艦内で、衝撃で床に倒れ込んで意識を失っているテンカワ・アキト。
「……くっ」
暫くして意識を取り戻したアキトは、首を振りながらも待機室の床から立ち上がろうとするが目眩を感じて床に座り込んだ……どうやらあの巨大なナデシコ級が引き起こしたボソン・ジャンプは通常の物より長距離を跳んだのかもしれない。
「……ラピス大丈夫か?」
ウィンドウを立ち上げるとオペレーション室へと繋ぐ。オペレーション・シートで意識を失っていたラピスだったが、何度か呼びかけるとようやく目を覚ました。
『……アキト』
「ラピス、現在位置は?」
『……現在位置不明』
「不明? どういう事だ」
『周囲に現在位置を特定できる星がない』
ラピスは新たなウィンドウをアキトの側に展開して、ユーチャリス周辺宙域の情報を表示する。そこにはユーチャリスの周囲には惑星はなく太陽すらも確認できず、ユーチャリスは太陽系の外にジャンプ・アウトした可能性があった。
「……ランダムにジャンプしたのか?」
ボソン・ジャンプの前、自分の余命を知ったユリカがひどく動揺していた。その精神的な動揺が『演算ユニット』へのイメージ伝達を揺らがせ、全く意図しない未踏の地へとジャンプさせたのか……だとしたら、こうして通常空間に実体化できただけでも幸運なのかもしれない。
「周囲に艦影はあるか?」
念の為にラピスに確認するが、やはり近隣空間に『ナデシコ』の姿はないとの答えだった……さて、どうしたものか。自分一人であれば何も問題はない。予定通り当て所もない旅に出れば良いだけだが、今ユーチャリスにはラピスが居る。
元々ネルガルの小惑星基地で補給を済ませた後、月の秘密ドックでエリナ・キンジョウ・ウォンにラピスを託してから一人旅立つ予定であったのだが、現在位置すら分からなければどうしようもない。
ソファーに座り込んだアキトは、これからの行動方針を考えているとラピスより未確認の艦船が接近している事を伝えてきた。
「船? 接近を察知出来なかったのか」
『未確認船はユーチャリスより五十万キロの所に突然現れた。十時方向より接近している』
「映像は出せるか?」
アキトの要請にラピスは、補正した映像を新たに立ち上げたウィンドウに映し出した――そこには巨大な立方体の船がゆっくりとユーチャリスへと近付いていた。
「……なんだ、これは?」
『ナデシコD』艦橋
突然のボソン・ジャンプで未知の空間に飛ばされた『ナデシコD』艦橋では、早急に現状を把握しようと観測機器を総動員したが、既存のデーターには参照出来るものはないが、マクロな視点――いて座A*と思われる天体の位置から現在位置は、太陽の属するオリオン腕ではなくペルセウス腕に近いのではと推察された。
「ペルセウス腕……地球のあるオリオン腕より銀河の外側にある渦状腕、か。人跡未踏の地だな」
観測結果からもたらされた結果に、副長席に座っているアオイ・ジュンは深くため息を付く。突然『ナデシコD』を中心に幾何学模様が広がったかと思うとジャンプ・フィールドを形成してジャンプ先すら選定しないままジャンプを決行――気が付いた時には未知の空間にジャンプ・アウトしていた。
テンカワ・アキトを確保するという目的は果たせず、自分達は宇宙の迷子……やっぱり、アカツキ・ナガレの甘言などロクな事がない。そうボヤいていると、艦内エレベーターのドアが開いてハルカ・ミナトが艦橋に戻って来た。
「お疲れ様、ユリカの様子は?」
「今はゆっくり眠っているわ」
衝撃の事実を知らされたミスマル・ユリカが感情を暴走させた挙句に暴走して、この碌でもない船共々ランダム・ジャンプを敢行してしまい、その結果ユリカの身体に多大な負荷がかかったらしく彼女は意識を失ってしまった。
そのためミスマル・ユリカを艦長室のベッドに寝かせて安静にしながら、『ナデシコC』に状況を説明した後で乗り込んでいるイネス・フレサンジュを派遣するよう要請をしたのだ。
「で、ドクターは?」
「今、『ナデシコC』とのドッキングが完了した所だ」
正面のウィンドウには共にランダム・ジャンプに巻き込まれた『ナデシコC』を、『ナデシコD』の前方で対角線上にせり出している四本のディストーション・ブレードがシンクロ・リフトの役割をはたしてディストーション・ブレード内に格納しようとしている。
「まぁ、こういう設備がある所を見るとこの船がナデシコ級の母艦――蜥蜴戦争時のコスモスと同じ機能を持っていると言う話しは理解できるだが……」
「……それを説明してくれたのが、あのアカツキ君ってのがねえ」
ネルガル会長アカツキ・ナガレの胡散臭い笑みを思い浮かべてアオイ・ジュンとハルカ・ミナトは揃って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「まずはイネス女史と一緒にホシノ君もユリカの見舞いに向かうそうだから、その間にランダム・ジャンプ時のデーターや幾何学模様が発生した際の艦体のデーターを纏めておこう――アゥイン、ノゼア、データーの抽出を頼む」
副長席から前方のオペレーション・シートに座っている二人の少女に声をかけると、了承の意を返した二人は揃ってコンソールを操作してメイン・コンピューターにアクセスする。
『ナデシコD』艦内 中央部多目的ホール
巨大な艦体を持つ『ナデシコD』の内部にはかなりのスペースがあり、艦内には幾つかのホールが設けられている。そして艦橋の近くに位置する第一多目的ホールにはアオイ・ジュンとハルカ・ミナトそして技術部よりウリバタケ・セイヤが席に座っており、その隣には『ナデシコD』とドッキングした『ナデシコC』より来艦したホシノ・ルリとタカスギ・サブロウタが座っていた。
「ユリカの様子はどうだった?」
「イネスさんの話では身体的には何の問題はないそうです」
「……やはりテンカワの話がショックだったのか」
「……でしょうね」
「けど、まだテンカワが死んだ訳じゃない。諦めなければ道はあるはずだ」
ジュンは見舞いに行ったルリにユリカの様子を聞きながら、ルリの様子にも気を配った――四年前のあの日、テンカワ・アキトとミスマル・ユリカが新婚旅行に出た直後に火星の後継者によって事故に見せかけて拉致されたが、見送りに来ていた初代ナデシコ・クルーは二人が事故で死んだと思っていた。ショックを受けるクルーの中で特にショックを受けていたのはルリであり、かなり深くふさぎ込んでいたのだ。
その姿を見ているだけに、アキトの寿命の件を聞いたルリもユリカと同じようにショックを受けているだろうと思っていたのだが、表面上は冷静に見える。今はサブロウタやハーリーと言う仲間がおり、本人も経験を積んで成長しているから前ほどふさぎ込まないとは思うが。
「……で、肝心のイネス女史は?」
「……何でも準備があるそうですよ」
話題を変えるためにイネスの事を聞いたが、ろくでもない答えが帰ってきて頭痛を感じたのか目頭を揉むジュン。ジュン達の目の前にある壁には白いパネルが設置されており、それが嫌でも懐かしい初代ナデシコ時代を思い出させる。
暫く無言で待っていると、ドアの一つが開いて奇妙な人影がホールに入って来た――水色の髪にピンクの帽子と同色のオーバーオール ジーンズを着たアゥインと、白いパンダの着ぐるみを着たノゼアが何時にもまして無表情でトコトコ歩いてパネルの前にやって来た。
「……何をやっているんだ? アゥイン、ノゼアまで」
「……触れないであげましょう」
経験者でもあるルリは無表情で歩く二人の頬が少し赤らんでいる事に気付いているが、気付かないフリをするようにジュンを諭す……どうせ説明好きのイネスが強引にキャスティングしたのだろう。
白いパネルの前まで歩いたアゥインとノゼアが目の前に座るジュン達に一礼すると、白いパネルに数字が現れて秒読みを始めてゼロになるとファンファーレが鳴り響き、デフォルメしたアゥインとノゼアが楽しそうに踊る映像が流れ始める……。
「……みんな集まれ、楽しい『なぜなにナデシコ』が始まるよ」
「……集まれー」
抑揚がなく何ら感情が籠らない平坦な声で説明会の開始を伝えるアゥインとゼノア、そんな二人の少女を痛々しい表情で見つめる参加者達。
「……ねぇ、お姉さん。今回のお話は何かな?」
「……良い所に気付いたね、パンダさん。今回の話しは私達の乗る『ナデシコD』についてのお話だよ」
「ふーん、そうなんだ」
ランダム・ジャンプの前にルリは、謎の多い『ナデシコD』について知っている事を話すようにイネスに詰め寄った……どうやら『ナデシコD』について知っている事を話してくれるようだが、話は寸劇の形で進行するらしい。
「まず、『ナデシコD』はワンマン・フリート計画の実験艦としてネルガルには登録されてるの」
「ワンマン・フリート?」
「そう戦闘能力を持った艦と、それをサポートする補給艦などをたった一人で操作しようという馬鹿げた計画よ」
「……ふーん、僕パンダだから興味ないや」
なら聞くなよ! パンダに扮したノゼアの言葉に思わず心の中で突っ込みを入れる旧ナデシコ・クルー。思わずジト目で見てしまったルリだったが、ワンマン・フリートとは無謀を通り越して荒唐無稽な話だと思った――たった一人で幾つもの艦を制御して、あらゆる状況に対処するなど現実的ではないし、長期間の作戦行動をたった一人で過ごすなど人間はそんな過度なストレスに耐えられるようには出来てはいない。
「……そうか、なら興味が出るように説明上手な“お姉さん”に登場してもらいましょう」
そら来た――自分の事を“お姉さん”などと恥ずかしげもなく紹介させる説明おばさんの顔が白いパネル一杯に映し出された……ではイネスさんしっかり説明してもらいましょうか。白いパネルに映るイネスを半目で見つめながらルリは戦闘態勢を取った。
「初めましての人は初めまして、久しぶりの人はお久しぶり、イネス・フレサンジュです。先ほど触りだけはルリちゃんに話しましたが、今回はこの『ナデシコD』について説明しましょう」
にやりと笑みを浮かべたイネスは白いパネルの映像を切り替えて二年前のネルガル・シークレットサービスの活動記録が複数映し出される――それはシークレット・サービスの諜報員達が違法研究施設を制圧する記録や、偽装調査船が小惑星帯や木星圏などを調査している記録だった。
「火星の後継者達の暗躍に気付いたネルガルは、アキト君救出と並行して戦争末期に行方不明となったボソン・ジャンプの中枢『演算ユニット』を確保するべく行方を追っていたの」
パネルの裏から出てきたイネスは、レーザーポインターを使って次々と映し出される記録映像を示しながら説明を続ける。
「初代ナデシコに乗せて宇宙の果てに演算ユニットを誰の手にも届かない場所へと放逐した訳だけど、小惑星帯のどれかに不時着しているか木星などの巨大惑星の重力に捕まって引き寄せられている可能性が高いと思われて大規模な捜索が行われた」
パネルには複数の偽装調査船が小惑星帯や木星圏近辺でセンサーを屈指して捜索している様子が映し出されたが、結局調査船は『演算ユニット』を乗せた初代ナデシコを発見する事は出来なかったとイネスは説明する。
「……けどね、演算ユニットは発見出来なかったけど、代わりに調査チームは奇妙な物を発見したの――土星圏でね」
「――土星? 何でそんな遠い所を、ネルガルって暇なの?」
「暇って……貴方」
身も蓋もないルリのツッコミに、ジト目を向けるイネス。
土星――太陽系六番目の惑星であり、地球からの距離は最小で十二億八千万キロも離れており、地球から木星までの距離六億三千万キロと比べても倍以上離れている。
「……元々ネルガルは土星圏に“何かがある”事は昔から知っていたみたいなの」
イネスは語る――以前より土星圏宙域には正体不明の構造物があるという噂が囁かれていたという。それは長い間単なる噂と思われていたが、近年明らかになった火星と木星に存在する異星文明の遺跡がその噂に信憑性を与えた――太陽系外よりやって来たであろう異星人達が最初に木星ではなく土星にたどり着いていても不思議ではない。
先代会長の時代より古代異星人の遺跡技術を追い求めていたネルガルは、秘密裏に調査チームを土星圏へと派遣して――驚くべきものを発見した。
「巨大な異星文明の宇宙船――と言いたい所だけどその姿は私達のよく知るシルエットをしていたわ」
「よく知る?」
疑問の声を上げたジュンにシニカルな笑みを向けたイネスは、パネルを操作して一枚の映像を映し出させた……そこには前方に四つのブレード状の構造物突き出して上下に円盤状の構造物を持った巨大な宇宙船――それは。
「それは初代ナデシコをスケールアップしたような姿をしていた……まぁ元々ナデシコも古代火星遺跡からの発掘物から得た技術を元に設計されたから似ていてもオカシな話しではないのだけど、コレは度を越している」
調査チームから報告を受けたネルガルは秘密裏に土星宙域から遺跡宇宙船を月にあるネルガルの研究施設へと運び、詳細な調査を始めた――船殻にはチューリップ・クリスタルと同じ要素が含まれて十基ある相転移機関は使用可能であり、四本あるディストーション・ブレードはシンクロ・リフトの能力も持っているようであった。
「船体には通常サイズの宇宙船が十隻搭載され、内部構造も劣化は少なく運用可能レベルにある……大小様々なデブリや宇宙塵、そして土星の磁場に晒された割には船の状態は良好であると言えるわね」
年代測定によれば千年は土星宙域に存在していたと考えられ、最低限の船の機能は維持しており船体を守る微弱なディストーション・フィールドが展開されて危険なデブリから船体を守っていたようであった。
「……つまり、船は『生きていた』と。おかしいですね、古代異星文明の遺跡は人類の生まれる前、十万年前に作られた筈ですよね? という事は、その船は古代異星人の遺跡ではなく別の存在が作った船という訳ですか?」
「月の施設で調査した結果は船に使われている技術は我々の技術と同じであり、船の構造を見るに思考も我々と同じ――つまりはあの船は我々人類が造った物ね」
「けど、年代測定では千年前と出たんですよね」
「……そうなのよ、ホントどうなっているのやら」
「……単純に年代測定をミスったのでは?」
話していく内にジト目になっていくルリに、ため息を付くイネス。
「……そうなら話は早かったのだけどね」
……どうやら、どんでん返しがあるようだ。
「内部の調査を進めていくと色々な事が分かってきた……巨大な船体は移動ドックとしての機能を持たせた為であり、船内には木蓮で使われているプラントと同じものが組み込まれている――前方に突き出しているディストーション・ブレードはガイドレールを兼用しており、プラントで作られた部品などを搬出する移動装置としての機能も持たせている」
船体上下にある円盤部には高性能なセンサーが設置されて居住区は船のサイズにしては少人数分しか用意されておらず、船の運用は半自動制御になっているようである。
「実際、船には『オモイカネ』級のコンピューターが搭載されていたようだけどデーターは消されたのか何も引き出せなかった――故意に残されたであろうメッセージを残してね」
「メッセージ?」
船の中に入った調査チームは巨大な船内を調べていく内に船内のシステムの大半が二つのコンピューターによって制御される複雑なネットワークを形成している事を突き止めたが、肝心のコンピューター内には何のデーターが残されてはいなかった……その後も綿密な調査が行われ、付属するサブ・コンピューターの一つに小さなデーターが残されている事に気付いた。
「これ見よがしに残されていたメッセージにはこうあったわ――白き天女と妖精。そして黒い生霊の未来が欲しくば、この船で飛べと」
イネスの言葉に、場は騒然とした。
「……おいおい、それじゃアンタはこんな得体の知れないメッセージを信じて俺達をこの船に乗せたのかよ?」
不機嫌そうな声で問掛けるウリバタケ・セイヤ――彼らが『ナデシコD』に乗る切っ掛けとなったのはネルガルのプロスペクターの勧誘とイネスの言葉であった。
「……アンタは言ったよな、アキトの奴を治療する為にもアイツの身柄を確保するって、俺はその言葉を信じて乗ったんだぜ」
「……嘘は言っていないわ。アキト君の身体は火星の後継者の実験でボロボロになっていたのに、更に無理に身体を動かして何時命が終わっても不思議ではない状態だった……私は主治医として彼の命の炎が、か細く儚く消えかけている状況を見ている事に我慢ができなかった」
そんな時にネルガル会長のアカツキ・ナガレから、土星で発見された奇妙な宇宙船の話が回ってきた――ナデシコ級をスケールアップしたような姿と矛盾する年代測定、態々残されていたメッセージを聞いた時、イネスの心は決まった。
「おいおい、アンタ科学者だろ? 普段の冷静さは何処に行ったんだよ」
「もちろん、それだけでは無いわ。メッセージに有ったでしょう、白き天女と妖精の未来と」
火星の後継者を逮捕する時に、『ナデシコC』は火星全域を制御下に置いて彼らの戦力を無力化した――だがルリと『ナデシコC』のコンピューターオモイカネのコンビが惑星一つをハッキングして制御下に置くその能力に、政府と軍は懸念を占めていた。
「懸念?」
「ええ、今の社会は高度情報化社会。ありとあらゆる場所にネットワークが敷かれているわ」
だが『ナデシコC』は、最高レベルのセキュリティを持つ軍のネットワークを乗っ取り、効果範囲は惑星全域にも及ぶ――つまり『ナデシコC』は、人類社会を制圧出来るポテンシャルを持っている事を証明してしまった。
それを重く見た政府は、以前オモイカネが軍に反旗を翻した事実もあってルリとオモイカネを危険視し、『ナデシコC』の属する連合宇宙軍のライバルでもある統合軍も懸念を示していた。
「それこそ、ルリちゃんを排除しようと言う意見もあるくらいにね」
シニカルな笑みを浮かべたイネスは続ける。
「そして、一番の問題はマキビ・ハリ君の存在ね」
「……ハーリー君?」
ルリと同じく遺伝子操作で生まれた――いわば最新式のマシン・チャイルドであり、若干十一歳で火星圏の掌握を行うルリのサポートを務めた。ルリよりも五年も経験が浅いにも関わらず、最高レベルのルリのサポートを務めた彼の存在は、マシン・チャイルドの研究をあらゆる意味で拍車させかねなかった。
「――これからマシン・チャイルドの研究が進み、高性能のマシン・チャイルドが次々と生まれてくるけど、はたして今の人間に彼らを許容するだけの度量があるかしら?」
「……おい!」
薄笑いすら浮かべるイネスを大声で静止するウリバタケ……
「……もう良いよ、フレサンジュ女史。けど、大企業ネルガルの会長が良くそんな信憑性もない話を信じて、この巨大船を運用可能にしたものだね」
黙って話を聞いていたジュン話題の転換を図る。
「さあ? 彼が何を考えているのか分からないわ」
「そうか――つまり僕達は、この得体の知れない船でテンカワを捕まえなければならない訳だ――ウリバタケさん、技術部を総動員で『ナデシコD』の船体、特に搭載されていると言うプラントの再チェックをお願いします。アゥインとノゼアはシステムを徹底的に洗ってくれ……勿論、貴方も協力してくれますよね、フレサンジュ女史?」
苦々しい表情を浮かべたジュンに、イネスは了承の意を伝えた。
『ナデシコD』 艦橋第二階層
オペレーション・シートに座ったアゥインとノゼアは、副長アオイ・ジュンのオーダーである艦内のシステムの再チェックを行っていた。
元々この船に搭載されていたオモイカネ型コンピューターは通常型よりも容量は巨大であるが全てのデーターが消えており、『ナデシコC』に搭載されているオモイカネ型コンピューターより株分けされたシステムでは容量にかなりのスペースが空いてしまい、解決策に難儀したネルガルの技術者は何をトチ狂ったか株分けしたシステムを二つインストールしてデュアル・コンピューターとしたのだ。
トチ狂った技術者の暴挙に頭を抱えたのは、ネルガル会長より人材を集めるように指示されていたプロスペクターであった――初代ナデシコから『ナデシコC』まで、アクが強くでも優秀なら問題ないと言うぶっ飛んだ条件を満たす人材を見事集めたプロスペクターであったが、一定ライン以上の技能をもったマシン・チャイルドを二名もスカウトしなければならなくなった彼は頭を抱えつつも見事期待に応えて、アゥインとノゼアという双子のマシン・チャイルドをスカウトした。
木蓮との戦争において優秀な性能を発揮したホシノ・ルリの成功を機に、合法・非合法を問わず様々なアプローチをもってマシン・チャイルドの研究が活発になり、その中でも双子のシンクロ性に着目して非合法に製造された双子の少女をネルガルの暗部が最近保護したという情報を知った彼は即座に行動を起こして見事双子の人権をネルガル本社に移すことに成功――そのまま準研究職員として登録して月の表向きの施設への出向させたのだ。
デュアル・コンピューターの片方を受け持つという方法で経験不足を補っている二人は、アゥインは『ウワハル』をノゼアは『シタハル』を担当して艦内のシステムの再チェックを行いながら個人チャットを行っていた。
『……なんと言うか、艦内の空気が悪くなったね』
『仕方ないよ。イネス先生が本性丸出しだし、見るからに悪役だったからね』
『……あの黒い人を助けに来たは良いけど、自分達が迷子になっちゃったしね』
『……その所為で、また艦内のシステムを再チェックしなければならなくなったけどね……あ~めんどくさい』
艦内システムの再チェックを行いながらチャットを続けるアゥインとノゼア……生真面目な性格をしているアゥインと、めんどくさいが口癖でありぐーたらな性格をしているノゼア。双子でありながらも正反対の性格をしている二人は案外上手くやっているのである。
『艦長大丈夫かな?』
『顔真っ青だったからね、暫く無理なんじゃない?』
『後でお見舞いに行こうよ』
『めんどくさいから、パス』
『……またノゼアはそんな事を言って』
『ルリ姉さまが代表で行っているだろうから良いでしょう』
チャットを続けながらもシステムの再チェックは進み、『ナデシコD』の本体のチェックは終了して、船体にドッキングしている十隻の支援艦のチェックに入る――リアトリス級戦艦をスケールダウンしたようなシルエットを持つ支援艦は、完全無人艦ゆえに有人艦のように生命維持システムを搭載する必要はなく、全長二百メートルクラスでもリアトリス級に劣らない重武装を誇る。
艦首グラビティ・ブラスト一門、三連装対艦砲二基、四連装速射砲六基、四連装対宙ミサイル発射管二基を装備しており、中でも特徴的なのは強化されたセンサーシステムと通信システム用の複合アンテナ六基が扇状に展開され、開発コードは中東のクルド人の一部が信仰する民族宗教『ヤズディ教』七大天使の一柱である孔雀天使『マラク・ターウース』であり、マラク・ターウース級無人戦艦と呼ばれるはずであったが、船体に張り付く形で係留されていることから『コバンザメ』級無人戦艦と揶揄されているのである。
『あ~めんどい、何でこんな事をしなきゃならないのよ』
『ボヤかないで手を動かしてノゼア、誰かに見られたら私達の沽券に関わるわ』
『……めんどいなぁ、もう。誰も来ないと思うけど、皆それどころじゃないでしょうし』
『……分からないわよ、ここも艦橋の一部だし』
『……そうね、言われてみればミナトさんとか来そう』
胡散臭いネルガルの会長の口八丁に乗せられて操舵手として『ナデシコD』に乗り込んだハルカ・ミナト。そこで彼女はオモイカネ・シリーズのオペレーターとして乗り込んだアゥインとノゼアの二人を見て昔を懐かしんだのか、事ある毎に構い始めたのだった。
『……とりあえず、あのおっぱいは敵』
『……何を言い出すのよ』
生真面目なアゥインは努めて冷静に対処していたが、めんどくさがりのノゼアはミナトをかなり邪険に応対していたのだ。だがそれがミナトの琴線に触れたのか、より一層――特にノゼアを構い始めたのであった。
『後数年もすれば、私もぱいんぱいんになるはず』
『……ルリ姉さまを見れば、望み薄だけどね』
『最近毎日牛乳飲んでるし、打倒遺伝子』
『……自らのアイデンティティーに喧嘩売ってどうするのよ』
乾いた笑いを浮かべるアゥインだったが、二人だけのチャットに割り込みが入ると表情を変えた。
『――来たわよ、ノゼア』
『来たわね――『シタハル』、割り込みはどの端末から来てるの?』
[ダメだねノゼア、幾つものサブ・コンピューターを経由する時に偽装を施されて発信者は秘匿されているよ]
『『ウワハル』貴方はどう?』
[……コッチもダメ、特定出来ない]
二台のオモイカネ型コンピューターを持ってしても割り込みをかけてきた相手を特定出来ない事に、アゥインとノゼアは揃って顔を顰める……最初の接触は『ナデシコD』が出航準備に追われていた頃、十台あるサブ・コンピューターを経由してメッセージが送られてきた事が発端であった。内容は簡単な挨拶であったが、オモイカネ型コンピューターと専門的な訓練を受けた二人のマシン・チャイルドが揃って発信源を特定できなかったのだ。その事実は双子のマシン・チャイルドのプライドを傷つけ、株分けされてから日の浅いオモイガネ型コンピューター『ウワハル』と『シタハル』の幼い自我にも痼りとして残っていた。
『……で、ピーピング・トムは何て?』
[座標が送られてきているよ]
苦々しい表情を浮かべたノゼアの前に、『シタハル』より座標が表示されたウィンドウが展開される――それは『ナデシコD』の現在位置から半光年も離れてはいない宙域であった。
『……半光年、大体四兆七千三百億キロか……遠いわね』
『……『ナデシコD』に搭載されている重力波センサーの探知圏外ね』
『そんな遠い所の座標なんてどういう気だろう?』
『ナデシコD』には様々なセンサーや革新的な観測機具が搭載されており、ノゼアの言う重力波センサーとは時空の曲率を観測するシステムであり、到達速度は光速とほぼ同等ゆえに四兆七千三百キロもの距離を観測するには、光の到達する時間と同じく約半年の時間を必要とする。
[メッセージはもう一つあってね]
『もう一つ?』
『ウワハル』の言葉に小首を傾げたアゥインの前に新たなウィンドウが展開される――そこには見覚えのある白い宇宙船の大破した姿が映し出された。
『……これって、目的の船ユーチャリス?』
[かなり損傷が激しいけど分析の結果、特徴ある四つのセンサー・バインダーの痕跡など、七十パーセントの確率で目標の船ユーチャリスだと断言できるよ]
『……相転移エンジンなんか跡形もないじゃない……めんどくさい事になりそう』
『これはアオイ副長に伝えた方が良いわね』
『……どう伝えるの?』
『正直に伝えるしかないんじゃないかしら?』
幾ら映像的な証拠があるとはいえ、発信源不明の未確認情報を伝える事にノゼアはゲンナリした顔になる……だがアゥインは生真面目さを発揮してジュンのコミュニケーターに繋げる。程なくしてアゥインの側に新たなウィンドウが展開されると、副長アオイ・ジュンの姿が映し出された。
『どうしたアゥイン、何か問題でもあったか?』
『再チェック中に気になる情報を見つけました』
『気になる情報?』
コンソールを操作して、ジュンの側に送られてきた映像を映したウィンドウが立ち上がる――それを見たジュンの表情が強張る。
『アゥイン! この映像は何だ!?』
『――システムの再チェック中、サブ・コンピューターを経由した“何か”が送ってきたモノです。『ウワハル』はこの映像に映る船を七十パーセントの確率で目標の船ユーチャリスである可能性が高いと言ってます』
『……サブを経由した“何か”とは?』
『私達の知らない未知のシステムか、第三者の介入する余地がこの船にはあるか、です』
『……分かった。引き続きシステムの再チェックと並行して、この映像に映っている船――仮にユーチャリスと仮定して、周囲の情報や到達までの時間、映像から読み取れる情報、特にこの情報の出処に付いて纏めておいてくれ』
『わかりました』
そう指示を出したジュンは慌ただしく通信を切る……後には再チェックの手直しや求められた情報を纏める準備をするアゥインと、ため息を付くノゼアが残される。
『……やっぱり、めんどくなった』
『――ほら嘆いていないで、手伝ってノゼア』
めんどくさそうにため息を付く妹に発破をかけると、アゥインはオーダーを処理すべくコンソールを操作し始めた。
どうも、しがない小説書きのSOULです。
今回はもろ説明回ですね、マッドを前面に出すイネス先生素敵。
次回次回 第二十一話 大宇宙の洗礼
謎の存在のメッセージに導かれて跳んだ先で見た物は、
無残な姿をさらすユーチャリスと、宇宙に潜む脅威であった。
では、また近いうちに。