宇宙戦艦ヤマト 迷い子達のアンサンブル   作:soul

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 ATTENTION!
 文章内に残酷描写があります。苦手な方はご注意を。



第二十一話 大宇宙の洗礼

 『ナデシコD』艦内 艦長室


 

 

 『ナデシコD』の船体上層部に位置する円盤状の構造物――各種センサーや観測機具が装備されており、『ナデシコD』全体を統括する艦橋を持ち『ナデシコD』の目と耳と頭脳が置かれている。表面を走る模様はディストーション・シールドを発生させ、円盤部後部には十基ある相転移エンジンの二基が搭載されており緊急時には中央部と切り離して脱出船としての機能を持っていた。

 

 上部円盤部の中央にある艦橋の近くには主要スタッフの私室があり、その一つ艦長たるミスマル・ユリカの私室には現在ホシノ・ルリやハルカ・ミナトそして唯一医学的な技術を持つイネス・フレサンジュが詰めており、ベッドに横たわるユリカの診察を終えたイネスにルリはユリカの状況を問掛けた。

 

「で、イネスさん。ユリカさんの容態はどうですか?」

「大丈夫だよ、ルリちゃん! もう平気だから」

「まぁ、本人の言う通り一時的な体力低下みたいだから栄養剤でも打っときましょう」

 

 イネスは往診セットからハイポスプレー(無針注射器)を取り出して、ユリカの上着の袖をまくると二の腕辺りの皮膚をアルコールで拭いて消毒してハイポスプレーを押し当てる。

 

「……うっ、コレって苦手なんだよね、何かにゅるっと入ってきて」

「我慢なさい艦長、昔は針を突き立てて皮下に直接注入していたのよ」

 

 ……子供か、ルリとミナトの目線が氷点下に下がる。

 あの時はユリカの身体を中心に幾何学模様が広がり、『ナデシコD』の船体のみならず周辺の宙域にまで広がって『ナデシコC』とユーチャリスを巻き込んで強制的にボソン・ジャンプを敢行した――あの現象は明らかにユリカを中心に行われたものであり、考えられるのは火星の後継者による生体実験――遺跡に組み込まれた事に因る何らかの後遺症の可能性が高い。

 

 奴らの計画の要でもある生体翻訳システムとして組み込まれる事が決まっていた為に仮死状態で長期間保存されていたユリカは、アキトほど無茶な生体実験は行われてはいなかったが、ボソン・ジャンプの根幹たる遺跡の演算ユニットに組み込まれた後遺症からか、未だリンクは切れていない。

 ……つまりは精密検査でも発見出来なかった未知のナノマシンがユリカの身体には組み込まれており、大規模なボソン・ジャンプが行われるたびに彼女の身体の中にある未知のナノマシンは活性化してエネルギーとして彼女の身体の活力が使用される可能性が高い。

 

 これは由々しき問題である。大規模もしくは長距離のジャンプを敢行した場合は、彼女の中にある未知のナノマシンが活性化して彼女の体力を奪う――それは最悪命すらも奪うかも知れない。どれだけの規模なら影響がないのか、その線引きすらも分からない。

 

「イネスさん、ユリカさんの体力低下って具体的にはどれくらいのものなのですか?」

「……そうねぇ、例えるならば一週間飲まず食わずで遭難した感じかしら」

 

 曖昧な質問をするルリに、具体的な例を上げて答えるイネス……間違いなくイネスも同じ結論に達している。

 

「はい、これで診察は終了。後は安静にして栄養のあるモノをしっかり摂りなさい」

「ありがとうございました、イネスさん」

 

 診察も終了して一段落したその時、ルリのコミュニケーターがジュンからの着信を告げる。通信を繋げると難しい顔をしたジュンがウィンドウに現れて周囲を見回した後、ルリに向かって話しだした。

 

『ユリカの容態はどうだい?』

「一時的に体力が低下しましたが、今は落ち着いています」

『そうか、それは良かった。悪いんだが、ハルカ君とフレサンジュ女史と一緒に艦橋まで来てくれないか、少し相談したい事がある』

 

 何かトラブルでも発生したのだろうか? 難しい顔をしているジュンの要請を受けたルリは周囲を見回して了承の意を受けると、直ぐに艦橋に向かうと答えて通信を終える。そしてルリはユリカに大人しく寝ているように念押しした後、二人を伴ってユリカの私室を後にすると艦橋に向けて歩き出した。

 

 


 

 

 『ナデシコD』 艦橋

 

 アゥインから衝撃的な情報を受け取ったジュンは、副長席に座りながら難しい表情を浮かべながら各種センサーの観測結果の報告に目を通していた。アゥインの報告によればこの映像は『ナデシコD』の現在位置から半光年――四兆七千三百億キロ先にあり、光学機器による観測では半年前の映像しか得られ為に確認しようがない。

 

 この圧倒的なまでの距離をどう詰めるか? 手段としてはボソン・ジャンプを用いるしかないが、それはA級ジャンパーであるユリカの身体に悪影響をもたらしかねない。ならばフレサンジュ女史に助力を請い、彼女の力でボソン・ジャンプを行うか……幸い彼女はテンカワ・アキトに執着している。恐らく此方の要請に否はないだろう。

 

 そう考えていた時、艦橋のドアが開いてルリを先頭にハルカ・ミナトとイネス・フレサンジュが入室して来た。

 

「……来たか。すまないが、もう一人呼んでいる人物が居るんだ。もう少し待って欲しい」

 

 開口一番に待つように伝えてくるジュンの様子に、ルリはよほどの事が起こっている可能性を考えた。しばらくすると艦橋のドアが開き保安部のゴート・ホーリーが入室して来た。

 

「すまない、遅くなった」

「いいや、構わない――これで全員揃ったな。まずは場所を変えよう」

 

 ジュンは立ち上がると皆を伴って艦橋に付属して設置されている部屋――作戦立案室へと入っていく。中に入ったジュンは皆に座るように促すと、全員が席に座ったのを確認して自分も席に座り、疲れを取るかのようにこめかみを揉んだ後に話し始めた。

 

「実はシステムの再チェックを行っていたアゥインに“何者か”もしくは“何か”から幾つかの情報が送られてきた」

 

 ジュンは作戦立案室に備え付けられているパネルにアゥインより提供された映像を映し出す――そこには無残にも白亜の船体を切り刻まれた、ユーチャリスと思われる船が漂流している姿が映し出された。

 

「これは……」

「酷いわね、特に相転移エンジンのあった場所なんて完全に無くなっているじゃない」

「――これは、事実なのですか?」

「分からないというのが現状だ。情報によればユーチャリスらしき船の漂流している場所は『ナデシコD』から四兆七千三百億キロも彼方の宙域であり、そんな長距離――半光年も先をリアルタイムで観測できる機材は『ナデシコD』には搭載されてはいない」

 

 大破したユーチャリスの姿を見て言葉を失うゴートと、特に相転移エンジンがあった艦尾が無残に切り刻まれている事にショックを受けているミナト。金色の眼を大きく開いて驚きの表情を浮かべるルリの言葉に、ジュンは確認手段が無い事を告げる。

 

 ナデシコ級を含めて地球連合の宇宙船は内惑星航行が標準であり、長距離を航行する為にボソン・ジャンプのネットワーク『ヒサゴ・プラン』が整備されていたが、それは火星の後継者とテンカワ・アキトとネルガルのシークレット・サービスとの戦いによって幾つかのターミナルコロニーが失われ、計画は大きく後退を余儀なくされていた。

 

 ゆえに現在の地球連合の艦船のセンサーは内惑星で使用する事を前提に制作されており、半光年も先の事を観測する機具など超望遠観測機器位しかない。

 

 そこでジュンは静かに映像を見ているイネスに声をかける。

 

「そこで、フレサンジュ女史。ユリカの体調が思わしくない今、貴方のナビゲートで目標であるユーチャリスらしき船の所までボソン・ジャンプは可能ですか?」

「……そうねぇ、移動先を明確にイメージ出来れば可能よ」

「超望遠で観測した結果、ユーチャリスらしき船の居るであろう周囲には目標となる天体はなく、もたらされた情報のみになるが?」

「……正確な距離が分かれば何とかなるわ……情報や映像が真実ならばね」

「……確認手段が無いからな、実際に行ってみなければ分からない」

 

 その後も情報の全てを提供してセンサーや観測機器の優先使用権を保証する事などを決めて、一日をイメージの強化に使ってボソン・ジャンプを行うことが決定した。

 

「さて、それでは次の話だ。先ほども少し触れたが、『ウワハル』を使ってシステムの再チェックをアゥインが行っていた時に、何者かが接触してきてあの映像を送ってきたとの事だ」

 

 アゥインによればサブ・コンピューターを幾つも経由して情報は送られてきており、オペレーターとして専門的な教育を受けた彼女をもってしても相手を特定する事は出来なかったという。

 

「あの娘でも追えないとなると、かなり巧妙に隠されているんですね」

「先輩としては、どうだい彼女達の手腕は?」

「そうですね、ハーリー君ほどではないですが、かなり優秀だと思いますよ、二人共」

 

 ニヤニヤと笑いながらジュンは、先駆者であるルリにアゥインとノゼアの評価を求めるが、当のルリはすまし顔で答える……さり気なく愛弟子の擁護をしながら。

 

「そこで改めて『ナデシコD』の艦内図を確認していたのだが、ネルガルの調査チームが綿密な調査を行ったという話だけど、幾つか構造ブロックの間に広いスペースがあったり用途不明なスペースなど巨大な艦内ゆえに我々の把握していない部分があると思うんだ」

「……つまり、我々保安部で艦内を再調査せよと」

「そういう事になる、頼めるか」

「わかりました」

 

 会議の終了を宣言して長距離ボソン・ジャンプの準備に入る――まずは艦長であるユリカの所に赴き、ユーチャリスらしき船の漂流している映像を見せながらボソン・ジャンプにて向かう事を伝える……アキトの寿命が少ない事にショックを受けた後に彼の乗る船が大破した可能性がある事を知ったユリカはかなり動揺したが、側に行かなければ生死の判断は出来ないし、生きていれば助ける事も出来るとジュンに諭され、何とか気を落ち着ける事が出来た。

 

 事前にユリカに説明したジュンは、次に艦内放送でユーチャリスらしき船を発見したので長距離ボソン・ジャンプを敢行する事と、未知の領域であり万全の準備を行なう事を指示して放送を終える。

 

「さて、やれるだけの事はしよう……全ては明日、だ」

 

 そして艦内時間二四時間が過ぎ、いよいよ長距離ボソン・ジャンプを行う時が来た――艦長席には本人の強い希望でユリカが座っている。体力的にはかなり余裕が出てきたが、度重なるショックを受けた彼女の精神面を考慮して私室で安静にしているように諭すも彼女は艦長席で全てを見届ける事を希望し、ジュンは渋々ながらも認めた。

 

 ルリはドッキング中の『ナデシコC』に戻り、不測の事態にそなえている――映像が真実だった場合にはジャンプ先にユーチャリスを大破させた敵勢力が居る可能性があり、『ナデシコD』も臨戦態勢を取って十隻ある支援艦も即時発進出来る態勢を取っていた。

 

 ユリカとジュンが見守る中で艦橋の第三階層の中央にイネスが立ち、長距離ボソン・ジャンプに向けて具体的なイメージを思い浮かべている――彼女のイメージが明確になるにつれてイネスの身体にナノマシンの文様が現れて輝き始めた。

 

 ナノマシンの文様の輝きに呼応するかのように『ナデシコD』の船体に使用されているチューリップ・クリスタルと同じ構成素材が輝き、『ナデシコD』の周囲にジャンプ・フィールドが形成される――そして、イネスは一言呟く。

 

「――ジャンプ」

 

 


 

 

 漆黒の宇宙空間――付近に光源となるモノもなく一番近くの恒星系でも数光年の距離がある、チリとガスのみが存在する不毛の宙域に一隻の宇宙船が慣性に任せて漂っていた。本来なら白亜に輝いていた外殻は切り刻まれ、至る所が円筒に切り抜かれて見るも無残な光景がそこにあった。

 

 動力を失い漂う船の近くの宙域に光が集まり、巨大な構造体を形作る――イネスのナビゲートにより長距離ボソン・ジャンプを敢行した『ナデシコD』であった。

 

 


 

 

『ナデシコD』艦橋

 

 長距離のボソン・ジャンプを敢行した『ナデシコD』の艦内ではジャンプの影響が出ていないかチェックが行われている。第二階層にあるオモイカネ型デュアル・コンピューター『ウワハル』と『シタハル』のオペレーション・シート座るアゥインとノゼアは、艦内のチェックを行って安全に再実体化出来たか確認作業を行っていた。

 

『……船体チェック完了、基本フレームの誤差は許容範囲です』

『艦内システムも正常に稼働中、問題なしです』

 

 第一階層のスタッフより予定宙域に到達した事の報告を受け、第二階層のアゥインとノゼアより船体に問題がないと聞いたジュンは、長距離をジャンプした疲労の為か予備席に座って深く息を吐くイネスにねぎらいの言葉を掛けると、第一階層のスタッフに周囲の探索を命じる……すると時を置かずに目標は見つかった。

 

『前方二十万キロ先に漂流物、動力はなく慣性で流されています』

『センサーによれば全長は約三百メートル、かなり損傷していますが八十パーセントの確率でユーチャリスと思われます』

 

 艦橋全体から見えるような大画面のウィンドウに映し出されたのは、ボロボロに破壊された白い宇宙船――間違いなくユーチャリスの大破した姿だった。

 

「……これは、酷いな」

 

 船体の至る所が鋭利な刃物で切り裂かれたかのように切り刻まれ、周囲には剥離した破片が無数に漂っている。特徴的な四枚のセンサー・バインダーは根元から脱落し、相転移エンジンの有ったであろう艦尾は抉り取られたかのように大きな穴となっていた。

 

「……ここまで破壊されているとなれば気密が保たれている場所も少ないでしょうね。アゥインちゃん、ユーチャリスに生命反応は無い?」

『……船は完全に動力を失ってますね。幾つか気密の保たれている場所もありますが、生命反応は感知出来ません』

 センサーが探知した情報を解析する為に、オモイカネ型コンピューターに全てのデーターが集めたれており、ミナトに聞かれたアゥインはコンソールを操作して必要な情報を読み上げた。

 

「……アキトは死んじゃったの?」

「諦めるのは早い。アイツだって馬鹿じゃない、強力な敵に襲われれば脱出ぐらいするさ」

 

 顔色をなくすユリカに努めて明るい声を出しながら元気付けるジュン。しかし彼もまたここまで破壊されていれば生存は絶望的ではないかと思っていた……だが、そんな二人の耳にセンサーの情報を解析しているノゼアの声が聞こえてくる。

 

『ユーチャリスの損傷部分より未知の粒子が検出されています』

 

 報告を受けたジュンは難しい顔をする……ここは人跡未踏の地であるペルセウス腕に近い空間であり、周辺の星図もなく恒星系からも離れた空間であるらしかった。そんな場所で敵対的な勢力と遭遇するなど、一体どんな確率だとボヤきたくなる。

 

 そしてユーチャリスの損害箇所の解析結果が次々と上がってくる。切断された場所は未知の粒子を含む高出力なビームで切り裂かれ、周囲には搭載されていたのだろう小型無人兵器『バッタ』の破片が漂ってはいるが、ユーチャリス本体の破片は損害の割に少ない。

 

「特に艦尾付近、相転移エンジンなど主要部分が抉り取られているが周囲に残骸はない……つまり持ち去られた?」

 

 謎の勢力の目的は相転移エンジンそのものなのか? ジュンは今までに出会った事もない敵に戸惑いのようなモノを感じている――そんな中、解析作業を行っていたアゥインより報告があがった。

 

「副長、ユーチャリス内に残されているコンピューターシステムのログを回収しました」

「そうか! 解析出来るか?」

「……所々に破損が見受けられますが、一部ならば映像として再生可能です」

「分かった、やってくれ」

 

 ジュンの指示を受けたアゥインは解析したログを映像化して新たに開いたウィンドウに映し出した――そこにはウィンドウに映し出された黒衣の男の姿が映し出される――テンカワ・アキトだ。どうやら通信をかけてきたアキトと、ユーチャリスのオペレーターのラピス・ラズリの会話の記録のようだ。

 

『なんだ、これは?』

「形としては立方体の姿をしている。一辺は約三キロ大体二十八万立方キロの大きさで、ゆっくりとコチラに近づいてくる」

『……まるで空飛ぶ工場だな。無骨な機械部品を寄せ集めて外壁で覆っているような姿をしている』

「……どうするアキト? 私はアキトの目、アキトの耳、アキトの手、アキトの足――アキトのしたい事をサポートするのが私の仕事」

『……ユーチャリスの船体に問題はないな? 面倒事は避けたい、ジャンプするぞ』

「……分かっ――アキト、接近中の船よりエネルギー波が照射されている」

 

 言葉の通りに緑色の光が一瞬部屋を満たすと、直ぐに消えて元の部屋に戻る。

 

『……何だ、今の光は? コチラにも光が届いたが別に変化はないようだが』

「……分からない、今のエネルギー波はまったく未知のモノだった……アキト、あの船から通信が入っている――これは通信システムが強制的に起動している」

 

 ラピスの声の後に強制的に起動した通信システムが接近中の船からの声が響く。

 

[我々は『ボーグ』だ、お前達の生物的な特性と科学技術を同化する。これより同化する、準備せよ]

 

『一方的な物言いだな』

「どうするアキト?」

『当然拒否だが何故あの船は俺達の言葉を使う、地球の船か?』

「……それはないと思う。現在地は太陽系近辺とは掛け離れているし、船の構造も私達の知るどの船とも掛け離れている」

 

 そこで一旦映像が途切れ、暫くして映像が回復すると事態が一変していた――回復した映像の中ではオペレーション・ルームと思われる部屋の中では所々で火花がちり、緊迫した声が聞こえてくる。

 

『ラピス、船を後退できないのか!?』

「……ダメ、あのビームに船体を固定されて動く事が出来ない」

 

 その時、部屋の中に凄まじい衝撃が加わり、映像が乱れる。

 

「今のでディストーション・フィールドにかなりの負荷が掛かった……次にはシールド発生機関が過負荷で停止する」

『……あのビームを止めれば、ユーチャリスは動くんだな』

「……あの船の周りは強力なディストーション・フィールドが展開されて、ビームだけでなく実体弾すらも強い反転重力で弾き返される」

『やり様はあるさ――』

 

 再び映像が乱れて再び映像が回復した時には戦いの趨勢がほぼ決していた。

 

「アキト、ジャンプで逃げて」

『ダメだ、機体のコントロールが効かない……ラピスお前だけでも逃げろ』

「ダメ、アキト――相転移エンジン全力運転――ユーチャリスを自爆させて敵にダメージを与える」

『――やめろラピス。俺はもうダメだ、お前だけでも逃げろ』

 

 そこで映像が乱れ、回復した時にはラピスの悲痛な声が響く。

 

「……相転移エンジンが切り取られる……ゴメン、アキト……助けられなかった」

 

 映像の中に光が集まり全身を黒いプロテクターで覆った蝋人形のような顔色をした人間の男が現れると、右手から鋭利な二本の長針のような物を出してゆっくりと近づいてくる。

 

「……イヤ、こないで」

 

拒 絶するラピスの声が聞こえるが男は意に介さず、右腕を伸ばして二本の長針を突き出してくる。

 

「……イヤ、やめて――あぁああああ!?」

 

 ラピスの悲痛な叫び声が響く中、再び映像が乱れて今度こそ再生が終了した。

 

 

「……サルベージ出来た記録は以上です」

 

 アゥインはウィンドウを閉じて第三階層が映るウィンドウを見るが、第三階層にいる誰もが言葉を失って重苦しい沈黙が支配していた。目の前にユーチャリスの残骸があり、かなり激しい戦闘があった事は容易に想像できたが、ここまで一方的な戦いだったとは思わず機動兵器で出撃していたであろうテンカワ・アキトの生存は絶望的に思われた。

 

「……アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト、アキト……」

「……ユリカ」

 

 映像にショックを受けたのか艦長席に座っていたユリカは両腕で身体を抱きしめるようにしてブツブツとアキトの名前を呼んでおり、その痛々しい姿にジュンも何と声をかければ良いのか躊躇っていると、『ナデシコC』からウィンドウで参加していたルリが声を発した。

 

「アキト、アキト……ようやく、ようやく会えると思ったのに……やっと、アナタを取り戻して、回り道をした分を取り戻して、二人で……しあわせ…に……」

『しっかりしてください、ユリカさん! まだアキトさんが死んだと決まった訳ではないんですよ』

「……なのに、アキトは……手の届かない場所…へ……」

『謎の敵からの通信には“生物的な特徴”も同化すると言ってました。つまりアキトさんは敵に囚われている可能性があるんです! 今アキトさんを救い出せるのは、同じ宙域にいる私達しかいないんです――しっかりしてください、ミスマル・ユリカ!』

 

 最後には叩きつけるかのようにユリカの名前を呼ぶルリ――確かにアキトはブラックサレナで出撃していたようだったが周囲の空間にブラックサレナの残骸は確認されておらず、ユーチャリスを襲った敵は通信で“生物的な特性”を同化するといっており、映像の中でユーチャリスのラピスは相転移エンジンが“切り取られる”と言っていたし、実際ユーチャリスの船体には相転移エンジンは残っていなかった。

 

『つまりアキトさんは撃墜された訳ではなく、敵に囚われた可能性が高い』

「……なるほど、ならばユーチャリスを襲った敵を追いかければテンカワの奴を取り戻す機会もあるはずだな」

 

 ルリの説明に得心が行ったのか頷くジュン。希望が残っている事を理解したのかユリカもまたテンカワ・アキトの名を呼び続ける事を止めて眼に光が戻って来た。

 

「……アキトを…助ける?」

『そうですユリカさん。今アキトさんを助ける事が出来るのは、同じく未知の領域に居る私達だけです』

 

 ルリを映すウィンドウがユリカに覆い被さるかのように動く。

 

『ですから私達が奮起して、アキトさんを救い出さなければいけないのに、肝心のユリカさんがそんな体たらくでどうするんですか? 私達の前で誓いの言葉を述べたのをユリカさんは忘れたのですか?』

「……誓いの言葉?」

『病める時も健やかなる時も共に助け合う――今こそ誓いを果たす時です』

「……病める時も健やかなる時も」

 

 ウィンドウを近づけてユリカを説得するルリを見て、ジュンはルリに扇動家の才能はないなと思いながらも、火星の後継者が起こした事件――テンカワ夫妻誘拐事件を発端とした事件はルリに多大なストレスを与えていたのだなと感じた。

 

『…ユリカさんがアキトさんの妻だと言うのなら、こんな時にこそ奮起しないでどうするんです』

「……妻なら……そう…そうだよね、奥さんならこんな時にこそ、夫を支えなきゃね」

 

 ……チョロすぎるよユリカ。何故か精神を立ち直らせて拳を握りながらその気になっているユリカを見たジュンは乾いた笑いを浮かべた。

 

『――ルリ姉さま、重力波センサーに感あり。一二時方向・仰角プラス四十より接近する物体があります』

 

 一瞬弛緩した雰囲気が艦橋内に流れたが、『ウワハル』で解析作業の傍らで周囲を警戒していたアゥインが此方に近づいてくる物体を感知した事を告げると、一気に艦橋内の空気が緊張する。

 

「アゥイン、接近中の物体の詳細な情報をくれ」

『はい副長。接近中の物体は三つ。それぞれ全長約三キロ、観測結果から主な構成物質は金属の可能性が高く、光速の二十五パーセントで接近中』

『アゥイン、接近中の物体の映像は見れますか?』

『はい、ルリ姉さま――最大望遠になります』

 

 コンソールを操作してアゥインは光学機器による映像を『ナデシコD』の艦橋と『ナデシコC』の艦橋にウィンドウを立ち上げて映し出す――そこには一辺が約三キロの立方体の船体を持ち、表面には無骨な機械部品を寄せ集めて外壁で覆っている三隻の巨大な宇宙船が凄まじいスピードで近づいて来ていた。

 

 

 




 どうも、しがない小説書きのSOULです。

 謎の存在に導かれて向かった先には、無残に破壊されたユーチャリスの残骸しかなかった。
 迫り来る未知の宇宙船群――はたしてナデシコDの運命は?

 次回 第二十二話 ボーグの脅威。

 では、また近いうちに。
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