宇宙戦艦ヤマト 迷い子達のアンサンブル   作:soul

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第二十五話 ピーピング・トム

 強烈な恒星風を吹き上げる連星の青色巨星の間から時空連続体を破って姿を現した巨大な白亜の船は、『ナデシコC・D』を圧倒した三隻の『ボーグ』艦隊を瞬く間に無力化し、今まさに外壁を破壊されて満身創痍な『キューブ』に止めの一撃を撃ち込もうとしていた――あの『キューブ』の中には、『ボーグ』に同化されたテンカワ・アキトが居る――このままでは、彼もろとも『キューブ』は灰燼に帰してしまうだろう。

 

「や……止めて…お願い……止めてぇぇええ!」

 

 自分達にあの船を止める術はない……だが、それでも叫ばずにはいられなかった。あの『ボーグ』艦にはアキトがいる。変わり果てた姿になっていたが、自分達は彼を連れ戻す為に『ナデシコD』に乗り込んだのだ……それなのに『ボーグ』艦が破壊されて彼が殺される所を見ているだけしか出来ないなど、何の為にここまで来たのか。

 

 大型ウィンドウに向けて叫ぶユリカを痛ましいモノを見るかのように憐憫を込めた視線を向けるクルー達であったが、事態は思いもよらない方向へと進んでいく――ユリカの悲痛な叫びが聞こえたのか、今まさに『ボーグ』艦に止めを刺そうとしていた未知の宇宙船の船首に集まっていた輝きが光度を落としていったのだ。

 

「……えっ、何で?」

 

 誰かが呟いたのか呆けた声が漏れた……船首に集めた輝きを消した未知の宇宙船の前で、満身創痍の『ボーグ』艦は突然反転すると加速して光と共に姿を消し、先に行動不能になったと思われた二隻の『ボーグ』艦も同様に加速してその姿を消した。

 

『『ボーグ』艦は三隻とも現宙域を離脱したようです』

 

 戦闘宙域をモニターしていたノゼアは『ボーグ』艦が撤退した事を告げる――後に残るは未知の宇宙船と『ナデシコC』そして大破した『ナデシコD』だけである。

 

『未知の宇宙船が左に回頭――此方に向かって来ます』

「何だって!?」

 

 ノゼアの報告に驚きの声を上げるジュン--彼が驚きを顕にしている間に未知の宇宙船はあっという間に距離を詰めて『ナデシコC・D』の前で停止する。

 

『全長は約十万六千メートル、表面は銀色の装甲に覆われており推進機関らしき物は認められません。これだけ至近距離に存在しているのに、今もセンサーは何も感知する事は出来ません』

 

 前方に存在する未知の宇宙船を観測していたアゥインは、光学情報以外は何も分からない事を報告する……これだけ至近距離に存在するのに未知の宇宙船を守るフィールドは完全に此方のセンサーを遮断している。『ナデシコD』を大破寸前にまで追い込んだ『ボーグ』艦を赤子の手を捻るかのように蹴散らした未知の宇宙船との技術格差は明らかであり、そんな宇宙船がナデシコに何の用があるというのか警戒感が沸き起こる。

 

「……わざわざこちらに来るなんて目的はなんだ?」

『……呼びかけてみますか?』

「……そうだな。呼びかけてみるか」

 

 警戒感もあらわにするジュンに通信する事を提案するアゥイン。

 さきほど『ボーグ』の驚異を警告した通信には何の反応も無かったが、向こうから近づいてきた以上は何らかの反応があるかもしれないと――だが、その期待は最悪の結果となって齎された。

 

『――えっ、『ウワハル』どうしたの?』

 

 突然ウィンドウ内のアゥインが戸惑いの声を上げる。それを見たジュンは嫌な予感を感じてアゥインだけでなくノゼアにも確認を取ると、案の定ノゼアの方にも異変が起こっていた――ウィンドウに映るアゥインとノゼアは必死にコンソールを操作しているが、その表情はどんどん険しくなる……コンソールを必死に操作している二人を同じく険しい表情で見ていたジュンの耳にミナトの悲鳴にも似た声が聞こえてくる。

 

「何よこれ! 舵が効かないわ!?」

 

 ミナトを筆頭に各システムを担当するクルーから『ナデシコD』の各システムが操作を受け付けないとの報告がほぼ悲鳴のような声で上がってくる。

 

「……これって」

「ああ、そういう事だろうね」

 

 未だ本調子ではないユリカを艦長席へと座らせたジュンは、彼女のつぶやきに頷くと『ナデシコC』と連絡が取れるかどうかアゥインに問い掛ける。すると通信は問題なく繋がって新たに開いたウィンドウにルリの姿が映し出された……その姿には少し疲れが見える。

 

「ホシノ艦長、『ナデシコD』のシステムがハッキングを受けているようだ」

『……そちらもですか、こちらも防壁を抜かれて完全に麻痺状態です』

「何とかシステムを取り返す方法は?」

『……難しいです。発信源はあの未知の宇宙船だと思うのですが、どうやってこちらのシステムにアクセスしているのか見当がつかないんです』

 

 ルリの説明によれば未知の宇宙船から干渉を受けた形跡はなく、どのような手段を使ってナデシコのシステムに侵入したのかわからないと言うのだ――通信越しにシステムを取り戻す事が出来ないか議論する二人を胡乱な目で見ていたユリカの側に、突然光が灯ると光はどんどん光度を増して行って彼女の側に眩いオーブが出現した。

 

「――な、何にこれ!?」

 

 突然側に眩い光を放つオーブが出現したことで驚いて覚醒したユリカを尻目に、突然目の前に現れたオーブは光度を増減させつつその場に留まり、驚きから立ち直ったユリカは疲れている筈の身体を押して興味深そうにオーブの間近にまで顔を近付けて観察している……そんなユリカの行動を見てジュンやミナトは危険だと警告するが、ユリカはオーブの側から離れずにしげしげと見ていると――やがてオーブから流暢な日本語が流れてきた。

 

《ミスマル・ユリカ――並行世界のネットワークからアクセスして、この世界に転移した存在》

「……何で私の名前を?」

 

 驚きに目を丸くするユリカ。それはオーブの言葉を聞いていたジュンやミナトそしてイネスも驚きを隠しきれない。乗組員の氏名まで知られていると言う事は、ナデシコのシステムは完全に掌握されているようだ――だがそんな事よりも、聞き捨てならない事があった。

 

「平行世界? どういう事」

「ちょっと待て! 平行世界ってどういう事だ!? ここはペルセウス腕じゃないのか?」

 

 訝しげに眉を寄せるユリカに被さる形で問い掛けるジュン。

 だがオーブは彼らの問いには答えず、話を進めていく。

 

《『ボーグ・キューブ』との戦闘の折に、この船より本艦のシステムへの干渉を確認。対抗手段としてこの船と僚艦のシステムを掌握した》

 

『……『ナデシコD』から? Cからではないの』

『ん……ルリ姉さまなら隠れてヤリそう』

『……アゥイン、ノゼア。後で話があります』

 

 アゥインが疑問の声を上げる――巨大な『ナデシコD』は少デュアル・コンピューターの制御下に置かれており、アゥインとノゼアの二人のオペレーターがオモイカネ型コンピューター『ウワハル』と『シタハル』をそれぞれオペレーターとして運用している――故に自らの潔白を主張しているのだ……姉貴分をダシにして。

 

『質問があります。私達は『ナデシコD』のシステムを常にチェックしていましたが、貴方のハッキングは感知出来ませんでした……どうやってシステムに干渉したのですか?』

 

 ヤバイと思ったのかアゥインは軌道修正を試みるが、オーブは彼女の質問には答えずユリカにハッキングを行ったモノを出すように要求した。

 

「……ハッキングをした者と言われても、私達はそんな事していませんよ。ねぇアゥインちゃん、ノゼアちゃん」

 

 困惑した表情のユリカはそう言ってアゥインとノゼアの映るウィンドウに視線を向けると、二人は揃って何度も首を縦に振る――火星の後継者事件の際に『ナデシコC』艦長ホシノ・ルリはオモイカネ型コンピューターのサポートを受けて火星の後継者の戦力をハッキングにより全て掌握した……だがそれは相手が同じ文明の技術を用いているから可能であり、異星文明の『ボーグ』艦には彼らの用いる通信プロトコルを解析出来ずにハッキングを行うことは出来なかったのだ。

 

 そして未知の宇宙船に関しては通信を行っている素振りすら無く今もこうしてオーブを送り込んで来ているが、その手段すら分からない現状ではハッキングを行う切っ掛けすら掴めない程の技術的な格差が存在している。

 

『――そう言う訳で、私達には貴方達をハッキングする技術はありません……悔しいですけど』

『……大体、そんなめんどくさい事する訳ないじゃない』

 

 技術的に未熟であると主張するのが不本意なのか憮然とした表情でオーブに話し掛けるアゥインと、めんどくさそうに顔を顰めるノゼア……だがそんな二人を完全に無視してオーブは話を進める。

 

《このような低レベルの技術で我々のシステムに干渉するなど驚異と判断する――出てこい、さもなくば船を破壊する》

「ちょ、待ってください! 先程から説明している通り、私達は無実です!」

 

 脅してくるオーブに、ぎょっとした表情を浮かべたユリカはそう訴えかけた。そんな必死の訴えを聞いたオーブの意識が初めて自分に向いたような感覚を覚えたユリカは思わずごくりと喉を鳴らした。

 

《……ミスマル・ユリカ。私の相手は君達ではない――この船のシステムの奥に潜んでいる思考体である》

「……思考体?」

 

 一瞬オーブの言葉が理解できなくて呆けた声を上げたユリカであったが、彼女の脳裏にこの宙域にジャンプする前にジュンから説明された『ナデシコD』に巣食う未知の存在からのメッセージの事が思い浮かぶ……そしてそれはユリカだけでなく、ジュンやイネスそしてアゥインとノゼアも思い浮かんだようでそれぞれ反応していた。

 

『……まさか』

『……多分、アゥインの考えている通り』

「……“ピーピング・トム”か」

 

 ウィンドウ内のアゥインとノゼアは、オーブの言葉に今までに発信源不明のメッセージを送り付けてきた相手に思い至り、ジュンは『ナデシコD』のシステムに巣食う正体不明の存在に顔を顰める。

 

 ――そして、オーブの破壊宣言で緊迫した雰囲気が漂う第三階層の中心――オーブとユリカの側に突然新しいウィンドウが開くと、そこに妙に丸々しい文字が浮かんだ。

 

【いきなり破壊とは穏やかじゃないなぁ、もっと余裕を持たないと――あっ。先ほどぶりアゥインちゃん、ノゼアちゃん】

 

 えらく軽々しい内容にオーブの驚異も忘れて目が点になる一同。

 オーブもまた軽い反応に言葉がないのか――否、オーブは何かを探っていたようで暫くの沈黙の後に話し出した。

 

《……なるほど、“置き土産”はそういうカラクリか。君の個体名は?》

【私は『ジャスパー』よろしく――ところで頼みがあるんだけど?】

《……それを履行する義務はないが?》

 

 未知の宇宙船より来訪したオーブの破壊宣言を受けて存在を明かした『ナデシコD』のシステムに潜んでいたコンピューターシステム――否、コンピューターに潜む思考体『ジャスパー』は、周囲の人々の困惑を余所にウィンドウに文字を浮かべてオーブと会話すると言う回りくどい方法でコミュニケーションを取る……それは恐らく『ナデシコD』のクルーへの配慮の意味もあったのだろう。

 

「……オーブ、喋らなくなったねぇ」

『恐らく『ジャスパー』と名乗ったシステム……いえ、思念体でしたか。それと直接データー通信を行っている可能性がありますね』

『ですけどルリ姉さま、依然として未知の宇宙船からの通信波は感知出来ません』

『『ボーグ』艦を手玉に取った相手です。私達の想像すら出来ない手段を使って通信を行っているのでしょう』

「何とかして、知る方法はないかなぁ……」

「……ユリカ」

『……ユリカさん』

 

 思案げな顔で呟くユリカをジト目で見るジュンとルリ……長い付き合いでもある二人は、ユリカの発言が戦略的な観点だけでない事を容易に想像出来たのだ。

 

『艦長。オーブの事も大切ですが、取り急ぎ報告があります』

「報告?」

 

 首をこてんと傾げるミスマル・ユリカ二十五歳、だがウィンドウに映るアゥインの表情は硬いままだった。そしてアゥインの口より『ナデシコD』の現在の状況が語られる。

 

「……そうなんだ」

『はい。『ボーグ』艦の攻撃により基本構造に致命的なダメージが入っていて、竜骨は破損して船体の各所で深刻な捻じれが起こって外装の剥離が起きています』

『しかも『ボーグ』艦からの切断ビームにより船体の強度が弱まり、捻れに拍車が掛かっています』

 

 アゥインだけでなくノゼアからも船体の破損状況を聞いたユリカはその柳眉を寄せる。問題はそれだけではなく、太陽の十倍はありそうな巨大な青い連星が発している熱は太陽以上であり、放出している恒星風は凄まじい勢いで吹き荒れて、傷ついた船体を容赦なく蝕んでいた。

 

『もはや主船体は航行には耐えられません』

 

 アゥインとノゼアの報告に第三階層は沈黙が広がった。

 突然まったく情報のない空間であるペルセウス渦状腕に飛ばされ、未知の敵である『ボーグ』艦の攻撃により巨大な『ナデシコD』は航行不能な状態に陥った――つまりこの寄る辺のない人跡未踏の宇宙空間で孤児と化してしまったと言う事実に悪寒のようなものを感じてぶるっと震えるユリカ。

 

「アゥイン、『ボーグ』の攻撃に犠牲者は出たのか?」

『『ボーグ』艦の直接攻撃によって数名の負傷者は出ましたが、人員の少なさが幸いして死傷者などは出ていません』

 

 ジュンの問い掛けに答えるアゥイン――宇宙に出たまま帰って来ないテンカワ・アキトを首に縄を付けても連れ戻す、そう謳うネルガルの再勧誘に応じたのは百名にも満たない数であった。皆それぞれの生活があり、火星の後継者との戦いから数ヶ月しか立っていない事もあり今回は二百名近く居る旧ナデシコ・クルーの半分にも満たないクルーしか参加しなかった。

 

 しかし全長三千メートルを超える巨大艦『ナデシコD』は『オモイカネ』型デュアル・コンピューターによって制御されており、半自動制御で航行可能であり少数での運用が可能であった。

 

「……人員の少なさが幸いしたか」

『ですが『ボーグ』艦の攻撃によって主船体の気密が殆ど機能していません。クルーは上部円盤に避難しています』

「……つまり、何時でも切り離しが出来る訳か」

 

 上部円盤部分にも二機の相転移エンジンが搭載されており、脱出船としての機能を備えている。ジュンはアゥインの報告を聞きながら上部円盤の切り離しを検討する――上部円盤だけでも全長は四百メートル以上有り、各種観測機器を搭載して武装もグラビティ・ブラスト二門と宇宙船としての機能は十全にあるが反面主船体に内蔵されているプラントのような物はなく、ペルセウス渦状腕のような未知の領域では食料などの物資の補給に不安がある……が、主船体が限界である以上は上部円盤部を切り離して居住可能な惑星に辿り着く可能性に賭けるしかない。

 

 そう結論づけたジュンは上部円盤部での脱出をユリカに進言しようとした矢先にノゼアの悲鳴にも似た声にタイミングを逃してしまう。

 

「どうした、ノゼア?」

『上部円盤部の切り離しシークエンスが作動しています! 止められません!?』

「なんだって!?」

 

 焦った表情を浮かべてコンソールを操作するノゼア。それを見たアゥインもコンソールを操作して切り離しを停止させようとするが、システムは相変わらず未知の宇宙船に掌握されたままであり二人の操作は無効化されていた。

 

 システムを取り戻そうと必死にコンソールを操作する二人を見守るしかないユリカとジュンを尻目に切り離しシークエンスは刻々と進み、各通路の隔壁は閉鎖されて電装系も主船体と切り離されていく。

 

『……各隔壁閉鎖完了、電装系の全ての切り離し終了……だめ、止められない』

『アゥイン、緊急停止プログラムは?』

『――システムの全ては未知の宇宙船が掌握したままね、作動しないわ』

『手動で切り替えを変更してみては?』

『……クルーは全て円盤部に集まっているから無理よ』

『……何か手はないの』

 

 必死にコンソールを操作しながらシステムを取り返そうとするアゥインとノゼアだったが、その表情は曇っていき口数の少なくなる――そしてシステムはすべてのシークエンスを終了して『ナデシコD』の船体から上部に設置されていた円盤部が連結部より切り離されてゆっくりと上昇していく。

 

『……ドッキングラッチ解除、円盤部分離しました』

『……秒速百メートルで上昇中……です』

 

 悔しそうに表情を歪めたアゥインとノゼア。そんな二人に掛ける言葉が見つからないユリカは、大型ウィンドウに視線を映す……そこにはどんどん小さくなる傷だらけの主船体が映し出されていた。

 

「ミナト君、操舵はどうだ?」

「……ダメね。切り替えられた筈だけど、ウンともスンとも言わないわ」

「……打てる手はなし、か」

 

 操舵席に座るミナトに確認するジュン――操舵席では普段は『ナデシコD』全体の操舵を担当しているが、上部円盤部が分離した後はシステムが切り替わって円盤部の操舵を行うようになる……だが今回は操舵システムの切り替えは済んでいるが、舵はまったく動かず周辺にあるコンソールは一つも反応しなかった。

 

 見れば宇宙を映す大型ウィンドウに『ナデシコC』の姿が映り始める……通信ウィンドウに浮かぶルリによれば『ナデシコC』のシステムは依然掌握されたままで、掌握した未知の宇宙船は『ナデシコC』を何処かへ誘導しようとしているようだとの事だ……騒然とする『ナデシコD』の艦橋内で本来なら舵を奪われて一際慌てて居なければいけない筈のミナトは、妙に達観したような表情を浮かべて呟いた。

 

「……どこへ連れて行く気なのかしらね?」

 

 

 




どうも、しがない小説書きのSOULです。

 謎の戦艦の恫喝に姿を現したピーピング・トム。
 ピーピング・トムと何らかの結論に達したのか、謎の戦艦は『ナデシコC』と円盤部を招きいれて『超光速航法』に入る――その先で、彼らを待つ者は?


 次回 第二十六話 目の前に広がるのは――

 では、また近いうちに。
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