宇宙戦艦ヤマト 迷い子達のアンサンブル 作:soul
デープ・スペース・13 展望別室
別室へと続く扉を開けたジャスパーは部屋の中へ入ると明かりを付ける。部屋の中央には二つのソファーがあり、落ち着いた色彩の壁紙と小型のレプリケーターが置かれていた。素材不明の透明な窓の傍まで行くと漆黒の宇宙空間へと目を向ける。
「さて、君はどんな話しをしてくれるのかな?」
展望室へと続く扉を閉めた翡翠は淡々とした表情を浮かべてジャスパーの隣まで歩くと、同じく星々の輝く宇宙空間へと視線を向けながらも問い掛ける――その問いかけは、どこか楽しそうにすら感じられた。
「……随分と余裕なんですね、流石は『Li――』
「その字名は好きじゃないな。私は翡翠だよ、今はね」
言葉を被せてジャスパーの言葉を途切れさせた翡翠は、翠瞳に危険な光を浮かべる。流石に失礼かと思ったジャスパーは、こほんと小さく咳払いをした後に「失礼」と非礼を詫びた。
「さて、それを知る君は“何なの”かな」
「……私は、この時空連続体の未来から送り込まれた『コンピューター思考体』。貴方に頼みたい事があって来ました」
「ふ~ん、それを聞く理由は私にはないけど」
真剣な表情を浮かべるジャスパーに頭の後ろで両手を組みながら翡翠は、どこかで聞いたようなセリフで答えるが相手があまりに真剣なので言うだけ言ってみるように促した。
「――『ナデシコD』の艦長ミスマル・ユリカを助けてください」
「ミスマル・ユリカを? テンカワ・アキトを『ボーグ』から助けろじゃなくて?」
真摯に頭を下げるジャスパーに、意外な頼み事だったのか翡翠は視線を向けて続きを話すよう告げる。
「彼女はテロ組織に拉致されて古代火星文明のテクノロジー『ボソン・ジャンプ』の演算ユニットに接続されました。それをナデシコ・クルーは一年前にテロ組織から彼女を奪還して救い出しましたが、演算ユニットとのリンクは途切れなかったんです」
ジャスパーは語る――遺跡の演算ユニットから救い出された当初は長年の仮死状態にあった影響から衰弱していたが、現在は回復傾向にあった。だが、脳内のシナプスが異常増大している瞬間があり、それは睡眠時間に多く見られる事から最初は夢でも見ているのかと思われたが、詳しく調べると脳内に未知のナノマシンが確認されて、それがどこか別の場所とリンクしている事が分かったのだ。
「つまり、演算ユニットが未練たらしく離してくれなかったと?」
あらゆる手段を用いてリンクを阻害しようとしたが、全ては徒労に終わり。ミスマル・ユリカを救う術はないように思えた。
「身体的には問題はなかったけど、精神的にはどのような影響があるのか未知数だった」
時空を飛び越える『ボソン・ジャンプ』の制御中枢である演算ユニットとのリンクが途切れていない事が公になれば、野心ある者は彼女を手に入れようとするだろう――ミスマル・ユリカが系列の病院に入院していた事もあっていち早くその事実を知った大企業ネルガルの会長アカツキ・ナガレはそのデーターを独占した後、夫であるテンカワ・アキトを探しに行きたいという彼女の願いを聞き入れて、新造艦としてでっち上げた『ナデシコD』を用意したのだ。
「……それって、体の良い厄介払いじゃないの?」
「いや、そこはユリカ艦長の願いを叶えつつ、誰の手も届かない場所へ送り出したとしようよ……って、そうじゃくて! 話には続きがあるの」
一々茶々をいれる翡翠に突っ込みながらもジャスパーは話の続きを始めた。ツッコミを入れている内に言葉使いもだんだん乱れてきたが。
「それでテンカワ・アキトを捕捉する事に成功したんだけど、そこで衝撃の事実を知らされて感情が暴走――未知のナノマシンがそれを演算ユニットに伝え――結果、演算ユニットはユリカ艦長の願い、『信じたくない、この辛い現実から逃れたい』という願いを叶える為に別の並行世界の演算ユニット――この宇宙のどこかに存在する演算ユニットとリンクして、この世界へと導いた」
「どうしてこの世界へ?」
ジャスパーの話を中断させて翡翠は何故この世界へ導かれたのか理由を問い質すが、ジャスパーは首を振る。その表情には疲れの色が濃かった。
「それは分からない。“何度”か試したけれど、必ずこの世界へと転移したから」
「ふ~ん、君は何回“やり直した”の?」
何気ないように問い掛ける翡翠に苦笑を返すジャスパー。
「分かる?」
「ええ、君は『時間病』の一歩手前までの因果の輪が蓄積して矛盾に押し潰される寸前じゃない。一回や二回じゃないんでしょう」
「……そうね、何回も何回もやり直したわ……望まれた結果を導き出すために……破滅的な結末を迎えては仲間を見捨てて、データーを新たな相対的な過去へと送り込んで舞台を整えて来た」
疲れたように乾いた笑いを浮かべるジャスパー。
「それで私の事を知っている訳だ」
「貴方の事を知ったのは最近の事よ……そして演算ユニットをどうにか出来る事も」
シニカルな笑みを浮かべていた翡翠の表情が抜け落ち、その翠瞳が真っすぐに見つめ、その視線を真っ向から受けながらもジャスパーは金色の瞳にナノマシンの燐光が走る。
「自分でも限界が来ている事は分かるわ。これが最後のチャンスだという事も――お願いします、艦長を助けて下さい」
真摯な表情を浮かべたジャスパーが頭を下げて頼み込んでくる姿を黙って見ていた翡翠は、気付かれないように小さくため息を漏らす。
「一つ聞きたい――何故、そこまで真摯になれるの? 任務だから?」
「……ナデシコ・クルー全員を助けて望む未来へと繋げる――確かにそれが私の存在理由であり、創造者の望みだけど」
身体を起こしたジャスパーは、そこで困ったかのような微妙な笑みを浮かべた。
「長く一緒にいる内に絆されたというべきか、妙に居心地が良くってね」
日々の喧騒の中、ホシノ・ルリのスパルタ教育を如何にサボるかをノゼアと話し合い、生真面目なアィウンをからかい過ぎて怒らせて追い掛けられ、何かと張り合ってくるハーリーをサブロウタと共にからかい倒し、気が付けば一緒にバカ騒ぎを楽しんでいた――そんな資格は自分には無い事を理解しながらも。
「創造者が言ってたんだけど、ナデシコ居れば染まるらしいわ――無くしたくないって思うくらいにはね」
翡翠はジャスパーへの返事を保留して展望別室に残っていた。少し考えたい事が有ると伝え、暫く一人にして欲しいと真琴に伝えてくれるように頼んだのだ。
漆黒の宇宙を見据えながら、翡翠は目を閉じてジャスパーとの会話を思い出す――時空間移動手段『ボソン・ジャンプ』の『演算ユニット』が他の並行世界の『演算ユニット』にデーターを送って実体化すると、必ずこの世界へと転移すると言う――つまり何者かの意思によって、この世界が舞台装置として選ばれた。
「私達は役者か、もしくは舞台装置の添え物か」
眼を細め苦々しい表情を浮かべる翡翠――思えば最初から違和感はあった。何十にも安全マージンを取って望んだ亜空間跳躍航行の実験を終了して通常空間へ復帰しようとした時に目の前に突然現れた『ヤマト』と激突して、あろう事か一時的とはいえ意識と記憶を失ってしまった。そして『ヤマト』は衝撃により並行世界へと流されて、『エンタープライズ』と出会う――まるで予定調和のように。
そして今またナデシコと出会い、巨大な無人基地で態勢を整えようとしている……まるで誰かの手の平で踊らされているかのようではないか。
「……どちらにしろ、悪趣味な事この上ないわ」
翡翠は漆黒の宇宙を睨みながら悪態を付いていると、窓に写りこんだ展望別室の中央に仄かな光が灯り、それはどんどん光量を増して眩い発光体オーブとなった。
「……遅いわよ『エテルナ』」
《随分な挨拶ですね、クリ――》
「翡翠――今の私は翡翠だよ」
《……相変わらずワガママな、ならば私は仮初の船名として『アルテミス』と名乗りましょうか》
「何、その名前?」
《ナデシコにいる思考体が訳した私の船体の名称です》
その発光体は、以前ナデシコDが『ボーグ』に襲われて絶体絶命の危機に陥った時に現れた未知の巨大戦艦『アルテミス』の操るオーブであった。翡翠は未知の存在であるオーブと気安く会話を繰り広げる。
「『アルテミス』ねぇ、死と再生を意味する貴方の名称をそんな綺麗な音にするなんて、中々センスがあるじゃない」
《実は結構気に入っているんです。本星に帰ったら変更申請をしようと思うくらいに》
オーブ――『アルテミス』の言葉に呆れたような表情を浮かべる翡翠。
《さて翡翠、次元転移システムの準備は整っています。多少のアクシデントはありましたが、何時でも帰れますよ》
「実はさ、ちょっと待って欲しんだよね」
《どうしたんです、皆待ってますよ? 特に教授なんか、遊んでたら首に縄を付けてでも連れ帰って来いなんて言っていたし》
「……アンタ達が私の心配をしてなかったのは良く分かったわ」
《貴方の心配なんて、そんな無駄な事をする訳無いでしょ》
このボロ船は叩き壊してやろうか、と目を三角にする翡翠だったが、気落ちを切り替える事にした。
「どうにも気になる事が有ってね、暫く待機していて」
《何か気になる事でも?》
「……まぁね」
見えざる手の主を炙り出す為にも、もう少し相手の思惑に乗る必要があるだろう――ただ踊るだけではつまらない、必ず引きずり出してやる、と翡翠の深緑の瞳は爛々と輝き、その光は、翠瞳から真紅の輝きへと変貌する――少女は己が半身と再会し、反撃の狼煙を上げようとしていた。
デープ・スペース・13 大会議室
「では、『ヤマト』はこの同盟に参加しないと?」
「――我々の第一目標は、元の世界へと帰還してイスカンダルへと赴き、地球を救う術を手に入れる事です」
問い掛けるジュンへ向けて、沖田艦長は同盟への不参加を宣言する――『ヤマト』と、『エンタープライズ』が属する惑星連邦、そしてこの三年間『ボーグ』から仲間を救う為に戦い続けてきたというナデシコは、対『ボーグ』戦用に同盟を締結しようという話し合いの場を設けていたが、元々『ボーグ』と敵対関係にある惑星連邦は同盟締結に協力的であったが、平行世界から迷い込んだ『ヤマト』側はこれ以上異世界の戦いに巻き込まれる事を良しとしなかったのだ。
「『ヤマト』は滅亡へと向かう地球を救う為に旅立ちました。我々の航海には生き残っている人類の願いが込められているのです」
滅び行く故郷を思っての言葉は重かった。
「……分かりました。そういう理由なら無理強いは出来ませんね」
「……ありがとう。とは言え、今のままでは長距離の航海は『ヤマト』の船体が耐えられません。心苦しくは有りますが修理が完了するまでの間、この基地への滞在を許して頂きたい」
「それは構いません」
『ヤマト』の事情に理解を示したジュンは、修理が終わるまでの間の滞在を許可する――そこには会議の冒頭で『エンタープライズ』側より、軽いジャブとして施設の不法占拠を指摘された事も遠縁としてあった。
『ボーグ』により致命的な損害を受けて生命維持に支障が出かねなかった当時の状況を鑑みて。また連邦の様式で建設されているとは言え、秘匿されていた基地ゆえに管理セクションすら分からない現状ではあまり問題にする気はなく、家賃代わりに『ボソン・ジャンプ』に関する技術の提示を求めたくらいである。
なお、事前に『ヤマト』より修理に必要なナノマシンの確保に協力を要請された事もあり、『ボーグ』に対抗する為に必要な物資として融通するよう求めていた。
「さて、『ボーグ』に対抗する為に惑星連邦と同盟が締結出来たのは喜ばしい事です――そこでピカード艦長、対『ボーグ』戦のスペシャリストである貴方は、これから『ボーグ』とどう戦うべきだとお考えですか?」
ジュンに意見を求められたピカードは眉をぴくりと動かす。
「……随分と私の事に詳しいみたいですが?」
「――『ボーグ』に対抗する為の情報を集める中で、ピカード艦長のご活躍はよく記載されていましたから」
疑問の声を上げるピカードにすまし顔で返答するルリ……ピカードとしては、どれだけの情報を基地のメイン・コンピューターから引き出しているのかと揶揄したのだが、ジュンが答える前に隣にいるルリが周囲への情報収集の末だと返答してきた。
まぁ、良い――ピカードは、別にこの件で強く追求しようと考えてはいなかった。貴重な戦力を些細な事で失う事は、対『ボーグ』戦を考えるとマイナスにしかならないからだ。
「まず『ボーグ』と戦う上で一番厄介なのはその対応力でしょう。彼らは攻撃を受ければ過去のデーターと照合して対応策を全ての『ボーグ』に送り込み瞬時に対応してくる所でしょう――基本攻撃は数回しか効果がなく、それ以降は全ての『ボーグ』が対処してきます」
「……つまり、私達のグラビティ・ブラストが最初しか通用しなかったのも」
「以前にその兵器を運用する種族と出会った事があったのでしょう」
ピカードの説明を聞いて苦々しい表情を浮かべるナデシコ側――『ボーグ』が以前に出会ったグラビティ・ブラストを使う相手とは、ユーチャリスである事は明白だったから。そしてそのユーチャリスとの戦闘データーにより、ナデシコ側は主力兵器であるグラビティ・ブラストはおろか、同化された影響で虎の子の『相転移砲』ですら解析されて無効にされてしまったのだ。
「では、どう戦ったら?」
「相手に対処する時間を与えない事が肝心です――『ボーグ』は受けた攻撃を完全に防ぐシールドを発生させます。我々は攻撃の周波数を変調させて相手に対応する隙を与えず攻撃します」
「ならばボク達にも戦い様はあるな」
ピカードの説明を聞いたジュンは、新たに闘志を燃やすのであった。
どうも、しがない小説書きのSOULです。
翡翠は半身と再会し――このふざけた事態を引き起こした『演出家』に報復を誓い、活動を開始しようとしていた。
次回 第三十八話 闇に潜む者たち。
『エンタープライズE」の私室で束の間の休息を取っていたピカードは、部屋の中に侵入者を感知して警戒する――果たして侵入者の目的は?
では、また近いうちに。