宇宙戦艦ヤマト 迷い子達のアンサンブル 作:soul
宇宙戦艦『ヤマト』 第一艦橋
元の世界へと帰る為に、『ボーグ集合体』の超光速大規模輸送用施設『トランスワープ・ハブ』の存在する星雲にあと一回のワープで到達する距離まで到達した『ヤマト』は、最後のワープを行うべく準備に入っていた。
星雲内では激戦が予想される為に、沖田艦長により『ヤマト』の乗組員全員に船外服の着用が指示され、全武装もエネルギーが装填されて臨戦態勢でワープに臨もうとしていた。
『『ヤマト』の諸君、艦長の沖田だ。これより『ヤマト』は最後のワープに入る。目的は『ボーグ集合体』の超光速大規模輸送用施設『トランスワープ・ハブ』の奪取だ。この『トランスワープ・ハブ』を利用して、我々は元の世界へと帰還する……だが現在、星雲内は惑星連邦とナデシコ勢により『ボーグ』への攻撃が行われている筈だ――星雲内では激しい戦闘が予想されるが、我々は何としても元の世界へ帰還せねばならない、諸君の奮闘に期待する。以上だ』
艦内放送を用いて『ヤマト』の艦内に訓示を行った沖田は運命の号礼を発する。
「――ワープ準備!」
「了解! ワープ明けの座標軸確認」
「確認した、星雲内中央部」
「座標軸固定する、速度12から33Sノットに増速」
沖田の号令を受けて、『ヤマト』の舵を預かる航海長の島が最終確認を行う。第一艦橋内に緊張が走る……このワープが終われば、そこは激戦が繰り広げられている筈だ。恐るべき敵『ボーグ集合体』の船『ボーグ・キューブ』が三隻も待つ戦場に飛び込み、彼らの重要施設『トランスワープ・ハブ』奪取して『トランスワープ・コンジット』の入り口に突入して亜空間へと入らなければならない。
『両舷増速。出力40から99まで上げる、波動エンジン室圧上昇中』
宇宙を疾走する『ヤマト』の前方に光が灯り、その光がどんどん大きくなっていく――ワープの入り口ワームホールである。波動エンジンが唸りを上げて、『ヤマト』の速度は加速する。
「秒読みに入ります――10,9.8,7,6,5,4,3,2,1,0」
「――ワープ!」
ワームホールに突入した『ヤマト』は、軌跡を残して宇宙空間からその姿を消した。
宇宙戦艦『ヤマト』第一艦橋
最後のワープから通常空間に復帰した『ヤマト』は激しい振動に見舞われ、ワープの影響で一時的に意識を失っていた古代達は目を覚ました途端に揺さぶられて思わず戦闘指揮席に備え付けられたポールを持って身体を支える。
「な、なんだ!?」
「――周囲の物質の密度が高くて影響を受けているんだ」
「星雲内に直接ワープ明けをしたから周囲のガスや塵に衝突しているのだろう」
驚きの声を上げる古代に、必死に操縦桿を制御して船体を安定させようとする島が叫ぶように答えて、技術支援席にて身体を支える真田が補足説明を告げる。安定翼を展開して船体を安定させて、ほっと一息を突く島。
「それで、目標の『トランスワープ・ハブ』はどこだ?」
「……周囲のガスや塵の影響でレーダーの精度が著しく落ちています。現在調整中」
無理もない。これほどガスの密度が濃いとレーダーが影響を受けて探査範囲も狭くなり、それを除去するフィルターを設定しなければ殆ど役に立たない。調整に手間取ったが、ようやくフィルターを設定して本来に近い精度を取り戻したレーダーにより、周辺の様子が分かって来た。
「現在地判明。現在位置は星雲外縁部より3パーセグ(4.488億キロ)『トランスワープ・ハブ』のある中心部より外縁よりになります」
「……かなり手前に出たんだな」
「似ているが、ここは我々の宇宙ではない。予定ルート上に未知の障害物を感知して回避したのかもしれない」
予定宙域よりもかなり手前にワープ明けをした事について訝しむ古代に、推測する真田。だが、これで『トランスワープ・ハブ』のある星雲の中心部に直接ワープし、一気に制圧して『トランスワープ・コンジット』に突入するという作戦は難しくなった、と考えていた沖田艦長にレーダー手である森雪の緊急の報告がもたらされた。
「レーダーに感! 前方に巨大建造物――これは、『ボーグ・キューブ』です」
ガス雲を掻き分けて進む『ヤマト』の前に、巨大な金属の壁が現れる。それは一辺三キロ、二十七万立方キロの巨大な立方体であった。本来なら剥き出しの配管などが縦横無尽に走っている筈が、配管の上から装甲が施された――他の『キューブ』とは一線を各画す『クラス4・戦略キューブ』と呼ばれる特別な『キューブ』であった。
「――島!」
「――緊急回避!」
「待て!」
第一艦橋から見える巨大な壁の様な『ボーグ・キューブ』を見た古代の声に反応するかのように舵を切って回避しようとする島だったが、沖田艦長の制止の声に舵を切ろうとしていた手が止まる。
「目の前の『キューブ』を回避しても、直ぐに後方に居る『キューブ』に捕捉されるだろう」
沖田艦長の指摘を聞いた古代と島は、迫り来る装甲を纏った『キューブ』の後方に、ガス雲に隠れて薄っすらとしか見えない輪郭に気付く……船体の角の部分しか見えないが、恐らく新手の『ボーグ・キューブ』だろう。
「この星雲には他にも『キューブ』が居るはずだ。複数の『キューブ』を相手にするのは危険すぎる――両舷全速、波動防壁を艦首に集中! このまま正面の『ボーグ・キューブ』に突っ込む」
「――艦長、それは」
「……復唱はどうした」
とんでもない命令を下す沖田艦長にリスクが高いと反対しようとした真田だったが、沖田艦長の一言に口をつぐむ。半面、この数か月を沖田艦長の指揮の下に戦った若い世代――古代や島は、即座に命令を実行する為に行動に移る。
「進路そのまま、両最大戦速!」
「波動防壁展開、最大パワーで艦首に集中!」
立ち塞がる巨大な『ボーグ・キューブ』に臆する事無く、エンジンの出力を上げて加速した『ヤマト』は周囲にあるガス雲を切り裂いて、『クラス4・戦略キューブ』に突っ込んでいく。一辺三キロ、二七平方キロもある『キューブ』に向けて全長三百三十三メートルの『ヤマト』が立ち向かう姿は、どう見ても無謀であり狂気の沙汰にしか見えず、まさに蟷螂の斧でしかなかった――しかしその無謀な突撃も、次元波動エンジンの膨大な力がそれを可能とする――『ヤマト』の船体を覆うように薄い膜の様な物が展開されると、それが艦首に集中して目に見える淡い青色の防壁となっていく。
「――総員、衝撃にそなえろ!」
『ヤマト』に気付いた『戦略キューブ』がディスラプター砲や中性子魚雷で迎撃を行うが、『ヤマト』の艦首に展開された波動防壁がそれを阻み、迫り来る魚雷は島が絶妙な操艦で避けて、たとえ魚雷が命中しようとも波動防壁が完全に防いだ――周囲にある全ての物を切り裂きながら、『ヤマト』の艦首は恐るべきスピードで『クラス4・戦略キューブ』に激突――その装甲を砕いて『戦略キューブ』の内部構造物へと突入を果たした。
『戦略キューブ』 女王の間
緑色の淡い光に照らされて浮かび上がる投影型ウィンドウには、トラクタービームにより拘束された『ナデシコD』の分離艦が、それぞれ交戦していた『キューブ』から発射された切断ビームにより先端部分より少しずつ切り取られて収納されていく様子が映し出されていた。
「……シールドがまったく機能していない。まだ復旧していないんだ」
「……分解して取り込む気ですか」
心配そうに投影型ウィンドウを見つめるユリカの共に映像を見ていたルリは、金色の瞳に冷たく光を湛えたまま屈強そうな『ボーグ』に守られたラピスに問い掛けるが、刺々しい詰問を受けても無表情を崩さないラピスは、空間に投影されたウィンドウに映る分離艦を見ながら淡々と答える。
「……あの艦は私達が並行世界へと迷い込んだ原因の一つ。あの艦から広がった幾何学模様がジャンプ・フィールドを形成して、ボゾン・ジャンプの演算ユニットに組み込まれた経験があるミスマル・ユリカが何らかの――多分、この世界の演算ユニットにデーターを転送する事で並行世界への転移を可能としたはず。ならばまずはジャンプ・フィールドを形成するシステムを同化する」
ウィンドウ内では、切断ビームを受けて装甲を剥がされて内部構造を露出した分離艦が『キューブ』の外壁に開いた開口部より格納庫内へと引き込まれていき、格納庫内の至る所からチューブが伸びて分離艦の剥き出しの内部構造へと突き刺さって行く光景が映る。
「止めてラピスちゃん!」
「艦の中にはまだクルーがいるんですよ!?」
自分達が乗っていた艦が分解されていくという悪夢の光景を見せられたユリカとルリが声を上げるが、ラピスはまるで意に返さないかの様に無表情を貫き、ウィンドウ内の光景は変わらず分離艦の解体を続けていた。
「ラピス! 分からないんですか、あそこには人が残っているんですよ!?」
船に居るクルーなどまるで考慮せずに、淡々と―まるで流れ作業をするかのように解体を進めて行くラピスに、思わず声を荒げるルリだったがラピスはまるで理解出来ないかのように、逆に不思議そうな顔をする。
「なにをそんなに怒っているの、ルリ? 同化して『ボーグ』になれば、共に高みを目指せる。一人では出来ないことも『ボーグ』になれば『みんな』で出来る――もう暗闇で一人泣かなくていい、孤独を感じなくていい、集合意識とリンクすれば安らぎを得られる」
「……そうか、ラピスちゃん“寂しかった”んだね」
「……何を言っているの、ユリカ」
ラピスの言葉を聞いて得心が言った――火星の後継者から救出された後にユリカは、何故テンカワ・アキトが帰ってこないのか気になって、ネルガルのアカツキ会長に直談判して、ユリカはテンカワ・アキトがネルガルに救出された後の行動記録を開示して貰い、彼が何を思ってどう行動したのか知りたいと考えたのだ。
そして、その行動記録の中にネルガルが救出した少女ラピスの事があった。遺伝子操作によりISFに親和性を持たせて、コンピューター関連の専門知識を直接脳に刻まれた、桃色の髪と金色の瞳という自然界には存在しない配色をされた少女。
少しずつ弱っていく身体を押して鬼気迫る気迫で戦場へと向かうアキトをサポートする要員として、そして母艦である戦艦ユーチャリスのオペレーターとしてアキトを支えた彼女だったが、周囲にはネルガルの暗部に属する者か、技術者などしかおらず、彼女―ラピスが人間的に成長する機会は殆どなく精神は幼いままであり――そしてその幼い精神を操り捻じ曲げたのが、話に出て来た『ボーグ・クイーン』なのだろう。
(……こんな小さな女の子を道具の様に扱うなんて)
ユリカの中に怒りの炎が湧き上がるが、現状では手の出しようがない。ラピスの傍には屈強な『ドローン』が二人おり、目の前には最愛の人(抜け殻)が立ち塞がる……そしてこちらは非力な女と少女だけ。
――だがその時、幼いながらも整った顔立ちをしたラピスの柳眉が動き、何かに気が付いたかのように眉間にシワが寄る。すると、それに反応するかのように護衛として傍に居た屈強なドローン達の様子が目に見えておかしくなり、まるで周囲の事がみえていないかのように意味不明な挙動をはじめ、部屋の中を照らす緑色の光が点滅を始める。
「……これは一体?」
周囲の変化に途惑うラピス――そして、その隙をユリカとルリは見逃さなかった。
「――ルリちゃん!」
「――はい!」
その言葉を合図にユリカは動きを止めているアキトを無視して、戸惑う様子を見せるラピスを捕獲するべく飛び掛かるが、事前に気付いたラピスが躱すことにより勢い余って床に倒れ込む。
ユリカをあっさり躱したラピスだったが、この行動を読んでいたルリが背後からラピスに飛び付くと揃って床に倒れ込む。体格差もあってルリの勢いを受けきれなかったラピスはゴロゴロと床を転がり、ようやく止まった時にはルリに組み敷かれる形で床に押し倒された形になっていた。
「……油断しましたね、ラピス。自らが圧倒的な優位にいると思っているから、足を掬われるんですよ」
「……皆との繋がりが阻害されている。何をしたの、ルリ?」
「ラピスちゃん。戦力的に劣勢な私達は、貴方達『ボーグ』と戦う為にあらゆる手段を検討したわ」
テンカワ・アキトを取り戻す為には、多くの種族に恐れられている『ボーグ集合体』と事を構える可能性が高かった。高度なテクノジーを用いて同化対象とした相手を機械的に無慈悲に同化する『ボーグ集合体』の代名詞とも言える『ボーグ・キューブ』は、一隻で惑星連邦の艦隊を壊滅状態に追い込むほどの絶大な戦闘力を誇り、その『ボーグ・キューブ』を複数存在する星雲へ突入するのは自殺行為のようなものである。
それでも諦めきれないユリカ達は『ボーグ集合体』の特性、特に『同化』のプロセスを詳細に調べた――『ボーグ』の目的は自らの生命体としての完全性の追求であり、領土や財貨そして個人というものには興味を示さず、特定の種族の生物的特性や技術的特殊性が『集合体』の完全性に寄与するかどうかを評価して、『集合体』にとって有益であると判断すると、それら優れたモノを取り込む――それが彼らの『同化』である。
『同化』まず相手の事をセンサーなどで調べて『集合体』に有益化どうかを判断して、有益であると判断すると相手を無力化して自らに取り込み、『同化作業』入る――対象の技術を取り込む為に航宙艦を解体し、乗員を『同化処置室』にてナノプローグを投与して『ボーグ・ドローン』へと改造していく。
「無力化した相手を取り込んで『同化』する……逆を言えば、『同化』の価値がある間は破壊される事は無い――ならば、そこに『罠』を仕掛ける」
『ボーグ』との戦う方法を模索していたユリカは、未来の『オモイカネ』から示された対『ボーグ』の専門家であるピカード艦長から、その薫陶を受けて戦うヒントを得たいと思っていた――そして、ようやく彼の指揮する連邦航宙艦『エンタープライズE』と接触した時に、その傍にいた別の地球から迷い込んでいた宇宙戦艦『ヤマト』と遭遇したのだ。
「『ヤマト』という航宙艦から『ボーグ』から受けたダメージを回復する為に、面白い提案を受けたわ」
機関部に深刻なダメージを受けた『ヤマト』は、原因である『ボーグ』の『ナノプローグ』を排除する為に、大量のナノマシンを用意して欲しいというモノであった――『ナノプローブ』を制するのにナノマシンを用いる。それは以前にも検討していた手法であったが、『ボーグ』の圧倒的なテクノロジーには対抗できないとして破棄した手段であった。
だが『ヤマト』には、それを可能にする手段があった――異星人の少女の血液に内包された『抗体システム』と、そのシステムを解析して複製出来る技術者により、『ナノプローグ』を無力化できるナノマシンの大量生産を可能に出来ると言う。
「……それを知った時に閃いたわ――それを使えば『ボーグ』の『同化』を逆手に取る事が可能だと。この世界の航宙艦には『有機的思考』を再現した『バイオ神経回路』で構成されたコンピューター・ネットワークが搭載されていて、それに対『ボーグ』用にプログラムされたナノマシンを組み込むことで、強力な対抗手段になる」
バイオ神経回路――連邦航宙艦には『有機的思考』を再現した『バイオ・ニューラル・ジェルパック』で構成されたコンピューター・ネットワークが搭載されおり、機械的に「計算」するのではなく人間のように「考える」ことができるコンキューター・チップであり、処理速度・反応速度を飛躍的に高める事に成功して各航宙艦の改装時にアップデートされていったのだ。
「……そんなことで『ナノプローブ』を無力化するなんて、今まで誰にも出来なかったのに!?」
「……ふふふっ。実はね、抗体を持っている翡翠ちゃんに、もっと強力な『抗体システム』は無いかって聞いたら――」
「……あの『翡翠ちゃんウイルスGO・TO・HELL』とかいう、ろくでもない物ですか……『ニューラル・トランシーバー』とかいう怪しげなモノ共々『オモイカネ』が嫌がって、組み込むのに苦労したんですよ」
自慢げに解説するユリカと、ラピスを押さえ付けながらため息を吐くと言う器用な真似をするルリ……ジャスパーによりデープ・スペース13に招き入れられた翡翠の助力によって長い眠りから覚めたユリカは、何とか時間を作って翡翠に助けられたお礼を述べた次いでに“例の”『抗体システム』について色々聞いてみたのだ。
【ん? アレより強力な奴、もちろん在るよ】
『ヤマト』に供給するナノマシンの対価に、暇していた翡翠の知識と『ヤマト』の頭脳と言うべき真田の協力を取り付けて、ナデシコが誇る変人技術者達が総力を挙げて対『ボーグ』用のナノマシンを完成させたのだ。
「……『ナデシコD』は目に見える見せ札。本命はバイオ神経回路に潜ませたカウンタープログラム入りのナノマシン、“いつもの様に”同化しようとした貴方達は、まんまと毒入りの果実を食べたわけ」
「くつうううっ……」
ルリに組み敷かれたラピスは、ユリカの説明を聞きながら悔しさに歯噛みしていた……『クイーン』により『ボーグ』の一員として迎えられ、『集合意識』とリンクする事で多数の声に支えられる幸福感を感じ、『ボーグ・キューブ』という圧倒的な力を操る全能感は、幼い身体を高揚させるには十分であった――例え『クイーン』にどんな思惑が有ろうとも、彼女は自分を『選んで』くれたのだ……なのに全能の力に酔って、こんな初歩的な罠に引っかかるなんて。
悔しさに打ち震えているラピスを見ていたルリは、表情を引き締めて語り掛ける。
「……ラピス。『ボーグ』の目的、自らを高めてより完全な生命体を目指すというのは崇高なものだと思います――けれど、その為に他の種族を力づくで『同化』するのは間違っています。貴方達は種族という枠組みで見ていますが、その種族という枠組みの中には、無数の個人がより良い自分になろうと努力している筈です」
種族全体から見れば、ちっぽけで非力な個人という人々が、より良い明日を迎える為に出来る範囲で創意工夫を行って、その積み重ねが新しいモノを生み出していく――それこそが進歩である筈だ、と。
「……ルリちゃんの言う通りだよ。優れた種族の特性や技術を『同化』すれば、それ以上の発展は見込めない……だって、それはもう『ボーグ』という単一の種族の特性や技術になるから……それを生み出した人々の思いは、そこには無いから」
「……私は」
真摯にラピスを説得するユリカとルリ……ラピスの身体は、華奢なルリですら容易く組み伏せられるほど小さく幼い。そんな幼い少女を『ボーグ・キューブ』などという異星人の航宙艦に所属させておくなど彼女の為にならないと考えているから――だが『悪意』は突然姿を現すモノである――彼女たちは知らない、『戦略キューブ』内のこの部屋が『女王の間』と呼ばれている事を。
唐突に室内に高い電子音が響くと、天井部分に備え付けられていたオブジェからプラズマが迸ってフレキシブルに動く三本の金属製のチューブが蠢きながら降りて来る。
「――危ない!」
降りて来た金属製のチューブが横なぎにラピスの上に覆いかぶさるルリを排除しようとするのを見越したユリカが、とっさの判断でルリを抱えて金属製のチューブの一撃を回避する。縺れ合いながらも金属の一撃を回避したユリカとルリが身体を起こして視線を向けると、そこには押さえ付けていたルリが居なくなり身を起こしたラピスの背中に向けて、金属のチューブが次々に突き刺さるというショッキングな光景であった。
金属製のチューブが背中に突き刺さる度にラピスの小柄な身体がビクン、ビクンと震えると彼女の身体から一切の力が抜けて、金属製のチューブを起点に小さなラピスの身体が起き上がる……そこには彼女の意思は存在せず、脱力した身体からは何の動きもない。
「……ラピス」
ルリの口からその言葉が呟かれた途端、ラピスの身体が大きく震えると、彼女は桃色の髪に隠れた顔を上げる――その表情は感情が抜け落ちて、その目は白い部分すら黒く染まって中心部分に緑色の光点が灯る。
『我々は、ボーグ』
黒く染まった眼がユリカとルリを見据える。
『航宙艦に張り巡らされた伝達システムにウイルスを仕込むとは、中々悪辣な手を考える……これも人間の特性か』
皮肉気に口角を歪めるラピスに、言葉が出ないユリカとルリ。今までのラピスと違って“今の”ラピスから発せられる気配は、人を超えて超然とした絶対の覇者としてのオーラを纏っている。
『この個体の未熟さゆえに、四隻の『キューブ』が機能不全に陥っているばかりか、ロキュータスによる『トランスワープ・ハブ』の破壊を許すとは、我々も慢心していたということ、か』
自分達を見ているようでまったく映していない瞳は、どこか遠くを見ているかのように話す。
『だが、お前達を同化する事で得られる技術で、我々『ボーグ』は新たな『トランスワープ』技術を得られる――ここまで我々を翻弄した褒美だ、求めていた男の手で我々の一員となるがいい』
その言葉で、今まで微動だにしなかったテンカワ・アキトの成れの果てが、動き出してユリカとルリに近付きながら右手から同化チューブを展開すると、残った左手をユリカに向けて伸ばす――が、その手が届く前に半透明な障壁が張られて、アキトの手を弾き飛ばす。
「――させると思うか」
「――ソフィアちゃん!?」
「……貴方、どこから?」
何もない空間が揺らいだかと思うと、突然白色の長髪と幼いながらもユリカによく似た美貌を持つ金色の瞳の少女――ソフィアの出現に、驚きを隠せないユリカとルリ。
「わざわざ他所の船にまで出張するとはご苦労な事だが――ユリカを傷つける事は許さない、彼女は私のモノだ」
『なるほど、別位相に隠れていた訳か。何者だ?』
「お前に名乗った所で無意味だ」
突然現れて邪魔をするソフィアを見据えてラピスの身体を乗っ取った存在が感心したように呟くと、それに応えるようにソフィアが無い胸を逸らして宣言した……その後ろでは所有物扱いされたユリカが「あはははっ」と苦笑いをし、同じく苦笑を浮かべたルリが「愛されていますね」とからかいながら肩を竦め……二人の会話から推察する。
「……あの悪辣なウイルスは『ボーグ』の『ナノプローブ』を基に爆発的な速度で増殖して、『ボーグ・キューブ』のみならず繋がる『ドローン』にも影響を与える……そうなれば、この艦の『集合意識』も影響を受けて機能不全に近い状態になる筈」
「……つまり、ラピスちゃんを乗っ取っているのは別の『キューブ』の『集合意識』、あるいは『集合意識』を介した『クイーン』かも」
ラピスの皮をかぶるナニかからユリカ達を庇うように対峙するソフィアの後ろで現状を把握しようと気付いた事を話し合いながらユリカとルリは、制服の内ポケットに潜ませた“切り札”に意識を向ける……後は何か切っ掛けさえ有れば。
――そして切っ掛けは唐突に訪れる。
ラピスの皮をかぶったナニかと対峙しているソフィアが、揃って何かに気付いたかのように顔を上に上げて虚空を見つめる。
『重力干渉波? こんな至近距離で、何が起こっている?』
「……空間湾曲率が増大している? これは何かが空間をこじ開けようとしているのか」
隔絶した技術によって人ならざる感覚を持つラピスの皮をかぶったナニかと、古代火星文明の作り上げた演算ユニットのアバターであるソフィアの超感覚は、自分達の居る『戦略キューブ』の近距離の空間が歪められて白い空間――ワームホールが形成されるや、その中から一隻の航宙艦が出現するのを感知した。
既存の航宙艦とは全く異なる設計思想により未知のテクノロジーを用いて形作られたその航宙艦は、細長い船体の上に戦う為の武装を施した重武装の戦闘艦であり、ラピスの皮をかぶったナニかには見覚えのない船であったが、ソフィアにとってはその船は既知のモノであった――位相の異なる世界に力づくで進入して色々と邪魔をしてくれた“あの娘”の乗る船――宇宙戦艦『ヤマト』。
『ボーグ』の巣くうこの星雲への攻撃が決定する時に袂を分かったあの船が、何故この星雲に来たのか? 故郷を救う事を第一にしていたあの船に乗るクルーがどんな心変わりをしたのか疑問い思うソフィアであったが、事態は彼女に考える時間を与えてはくれなかった――突如この星雲に現れた『ヤマト』は速度を緩める事なく、むしろ速度を上げて突っ込んで来る……艦首が半透明の防御フィールドに覆われており、『ヤマト』のクルーが何をしようとしているのか理解したソフィアは、クルー達の正気を疑う。
「――加速した!? ユリカ!」
『ヤマト』の意図に気付いたソフィアは、振り返ってユリカと隣に居たルリをついでに抱えて彼女たちを守るように障壁を展開すると同時に、『キューブ』内が激しい振動に見舞われる。全長三百三十三メートルの『ヤマト』がワープ明け直後の猛スピードで激突した衝撃は、一辺三キロ・二十七立方キロの『ボーグ・キューブ』の巨体を震わせるほどの衝撃を与えて、ソフィアに庇われたユリカとルリは絶え間なく押し寄せる激しい揺れに翻弄される。
室内を照らす緑色の照明が明暗を繰り返し、『キューブ』を形作る構造体が瓦礫となって降り注ぐ……爆撃で受けたかのような残状の中で、ソフィアの張った障壁はユリカアとルリを完全に守り切り、先ほどまで対峙していたラピス達は『ウイルス』によって低下した機能を最大限に使用して何とか身を守る事が出来たが、屈強な『ドローン』達は瓦礫の中に埋もれて暫くは身動きが取れない様子であり、アキトは床に倒れ伏して身動き一つしない。
そしてラピスは、激しい振動によって室内を彼方此方に飛ばされて、いつの間にか背中に接続されていた金属製のチューブも途中で捻じれ切れて、“ナニか”に支配されて希薄になっていた自我が戻ったが、『ボーグ・シールド』に守られていたとはいえ幼い身体を打ち付けた影響で暫くは身動き一つ出来なかったが、苦悶の声を上げながら何とか顔を上げた彼女が来たモノは――室内の壁をぶち抜いた巨大な砲口であった。
「――なっ!?」
無茶苦茶な方法で『戦略キューブ』内に突入してきた航宙艦の艦首に備え付けられた巨大な砲口が目の前にあり、ラピスは驚きの声を上げる。まるで現実感のない光景に戸惑うしかなかったのである……眼前の光景に暫し身動きを忘れていた僅かな間だったが、それが致命的な隙となってしまった。首筋に冷たく硬いモノが押し当てられる感覚と共に「プシュ」という音が聞こえたかと思うと猛烈な眠気が襲ってくる。
「――油断大敵ですよ、ラピス」
意識を失う直前に聞こえた声は、ホシノ・ルリのものであった。
どうも、しがない小説書きのSOULです。
『ヤマト』の象徴でもある艦首波動砲口ってインパクトがありますよね。
『ヤマト』の乱入によって出来た隙をルリは見逃さなかった。
こうして絶望的な『ボーグ』との戦いは一応の終息を迎えるのであった。
次回 第五十六話 絶望の中に見える希望
彼女達は確かにやり遂げた――だが、
では、また近いうちに。