宇宙戦艦ヤマト 迷い子達のアンサンブル 作:soul
『ヤマト』大食堂
宇宙戦艦『ヤマト』は人類の技術の粋を集めて建造された全長333メートルの航宙艦であり、複雑なシステムを効率よく運用する為に999名の専門の訓練を受けた乗員が日々職務に励んでいる。そしてそんな乗組員の憩いの場として様々な食事を提供するのがこの大食堂であった。
『ボーグ』が待ち受ける星雲への直接ワープを敢行して、遭遇した『ボーグ・キューブ』内へと強硬突撃を敢行した後、現在『ヤマト』はその『ボーグ・キューブ』の腹の中とあって、何時戦闘になっても可笑しくない為に乗組員達は警戒態勢の中で緊張状態にあり、大食堂を運営する主計科の乗組員も戦闘糧食の準備に追われて姿が無い。
そんな緊張状態ゆえに閑散とした大食堂の中には、戦闘艦の艦内には似合わない小さな人影が二つ――最初は猫をかぶっていたが、最近では本性がバレると開き直って悪戯をしては真琴に折檻される事が多い翡翠と、ミスマル・ユリカにくっ付いて『ボーグ・キューブ』から『ヤマト』の乗艦した所を翡翠に強襲されて拉致られた『古代火星文明の演算ユニット』のアバターであるソフィアである。
「……まったく、何事かと思えば」
「まぁまぁ、そうムクれんなよ」
「ユリカを一人には出来ん、行かせてもらう」
「――ちょっと待った。四六時中ベッタリだと、ミスマル・ユリカに鬱陶しがられるよ? それでなくても、ようやく旦那さんに会えたんだから、再会を喜んだり、ふたりっきりになって熱いチューでもしたいだろうしさ」
「……なおさら離れる訳にはいかない」
「……どんだけ大好きなんだよ」
大食堂に備え付けられているフードディスペンサーの前で、ユリカを幼くしたような顔立ちをむすっとしたまま愚痴をこぼすソフィアが踵を返して立ち去ろうとするのを、拉致したのをまったく悪びれていない様子の翡翠が腕を掴んで止める。
「それに、この話はアンタにまったくメリットが無いわけじゃないから」
「……どんな?」
半目で全く信用していないソフィア。
「今度新メニューとして、物凄っいスイーツを『O・M・C・S』で提供するらしいんだけど、その試作品が食べられる『O・M・C・S』の裏コードを平田のおじさんに聞いたんだ」
「……つまり、付き合えと?」
「――ミスマル・ユリカも甘いものが好きだろうし、教えてあげたら喜ぶと思うよ」
慣れた手つきでフードディスペンサーを操作する翡翠。ワクワクした表情を見せる翡翠と、それを冷めた目で見ているソフィアという対比が何ともシュールである。暫くするとフードディスペンサーの取り出し口が開いて中から透明な容器に入ったスイーツが出て来る。容器の中に甘い匂いのするクリームがふんだんに使われて、食べ易くカットされた彩り豊かな果実とチョコでコーティングされた焼き菓子が添えられていたが……それを見ていた翡翠の表情が厳しいものになる。
「……どうした?」
「……なんか、彩りがケバケバしい」
容器の中央に位置するクリームの周りには様々な色をした小さめのアイスが無数に添えられており、翡翠は心の中で“れいんぼ~”と呟いて引き攣った表情を浮かべながらも、がら空きのテーブルの一つの上にスイーツを置いて席に座り、反対側にソフィアが座る。ようは味が美味しいかどうかよ、と気合を入れて付属の長めのスプーンを手に取っていざ試食と言う所で、じっと机の上のスイーツを見ていたソフィアが口を開いた。
「……なぁ、これは食べ物なのか?」
「……食欲を削ぐ事を言わないで」
余計な事を言うソフィアを黙らせた翡翠は、それではいただきますとスプーンを“れいんぼ~”なスイーツに突き刺そうとしたその時――大食堂の入り口近くから何やら喧騒の様なものが聞こえてくると、一人の女性士官が文字通り飛び込んで来た。
赤を基調としたナデシコの制服を身にまとったショートカットの女性士官は睨み付ける様に大食堂内を見回しながら、何事かとスイーツにスプーンを刺したまま固まっている翡翠を見つけるや、にやりと笑う。
「ここに居やがったか、翡翠とやら! 神妙にお縄に付きやがれ!」
両手を突き出して捕獲しようと突進してくる女性士官を見た翡翠は飛び上がると、女性士官の背中に手をついて馬飛びの要領で躱す――勢いよく飛び掛かったは良いが、相手に避けられて踏み止まろうとした所で背中を押された形になった女性士官は、勢いを抑えきれずにテーブルを巻き込んで派手な音を立てて転倒した。
「……何、一体?」
「あはは、リョーコは昔っから目標を見つけたら突撃する癖があってね――ごめんねぇ!」
「……奥さんが激怒したってよ――
ショートの女性士官、リョーコとやらの突撃を軽く回避した翡翠だったが、何時の間にやら近くに来ていた眼鏡をかけたナデシコの制服を着た女性と、髪の長い陰気そうな女性士官が揃って翡翠を捕獲しようとするのを何とか回避する。
「わっお!? 何なのよ、一体?」
「――こら、てめぇ。避けんじゃねぇ!?」
顔中にクリームをつけたリョーコが立ち上がりながら文句を言い、メガネと陰気な女性士官も立ち上がると、ジリジリにじり寄ってくる……何やら状況はまったく理解出来ないが、どうやらケンカを売られているらしい、と翡翠の眼が据わって翠瞳が紅く染まりかけたその時、白衣を着た女性が大食堂内に入って来る……たしか、イネスとか言うナデシコの上級士官であると説明された記憶がある。
「……ねぇ、これは一体何なの?」
「――よろしい、説明しましょう」
妙に生き生きとしたイネスが語るには、『ボーグ・キューブ』に突入した時に救助したナデシコの人員の中に居たテンカワ・アキトなる人物の容態が芳しくなく、それを救う為に自分の協力が必要だと言うのだ。
「と言う訳で――ちょっと痛いけど我慢してね」
そう言うや否や、右手に隠し持っていた古典的な注射器を突き刺そうとするが、ひらりと躱す翡翠。見るとその注射器は透明な素材で作られた、内部にゴム製のガスケットで吸い出す古い注射器で、何でそんなモノを使うのかと抗議する翡翠に“おほほ”と笑いながら再び突き出す態勢に入るイネス。
「――付き合ってられないわ!」
大食堂の出入り口から脱兎のごとく逃げ出す翡翠……多分イネスの持つ古典的な注射器が怖かったのだろう……当のイネスは、最新の採血機の方が良かったかしら、とピントのズレた事を考えていた。
「ドクター! あのチビはどこに行った!?」
「……貴方の顔がよほど怖いみたいで、逃げてったわよ」
「逃がすか! ヒカル、イズミ、行くぞ!」
「「あらほら、さっさー」」
突然訳も分からずに襲われた翡翠は、『ヤマト』艦内を縦横無尽に逃げ回っていた。後を追いかけて来るのは、赤を基調としたナデシコの制服を着たリョーコと呼ばれる女性士官を筆頭に、時間が経つごとに追いかけて来る人間が増えているように感じる。
彼ら彼女らが追いかけて来る理由は、死に瀕しているテンカワ・アキトを回復させることが出来るかもしれないとして、翡翠の血液の中に存在する『抗体システム』を採取するのが目的らしいが……どうも鬼気迫る表情で追いかけられて思わず逃げていたが……何か楽しくなってきた翡翠。
「にゃははは、そう簡単には捕まらないよ」
「――まてぇ! このガキィ!」
「木の芽を食べていたバクが、一息――
艦内通路を走っている翡翠をリョーコと陰気な女性士官が飛び掛かって来るが、ひらりと避けて傍にあったリフトに飛び乗って上の階層へと向かいながら煽る。
「へっへぇ! 悔しかったら捕まえて見ろ~~~」
「こ、このガキィィイイ!」
煽り耐性が低いのか、顔を真っ赤にして怒っているリョーコ……今思い出したが、あのリョーコとかいう女性士官はナデシコに行って『演算ユニット』とやり合った後に煽りまくったあの女性士官だった。
「……こりゃ、そう簡単には捕まる訳にはいかないなぁ」
リフトで上の階層まで来た翡翠は、にやりと笑う。
それからも襲い来るナデシコの制服を着たリョーコを始めとしたヒカルとイズミと呼ばれる女性士官の魔の手を掻い潜り、『ボーグ・キューブ』内にいる事を考慮して警戒態勢にある所為で人影もまばらな『ヤマト』の艦内通路を爆走する翡翠……当然騒がしくしていれば、顔を顰めて不快感を露にする『ヤマト』の乗組員もいたが、中には追いかけられている翡翠に「また、悪戯か?」と呆れる様子を見せる乗組員や、「捕まんなよ~」とヤジを飛ばすノリの良い乗組員も居たりする。
小柄な身体の特性を生かして、素早くリフトに乗り込んで階層を移動したり、点検口に潜り込んでやり過ごしたり、リョーコ達も翡翠を中々捕まえることが出来ずにいた。
さぁ、次はどうからかってやろうかと思案していると、通路の先に人影があってこちらを手招きしている事に気付いた……当分追いつかれる心配もなさそうなので、手招きしている人物に近づいて行くと、呼んでいたのは岬百合亜の姿をしたユリーシャのようだ……その隣では護衛役の星名透が苦笑をしながら付き添っていた。
「……どうしたの、ユリーシャねえちゃん?」
「翡翠がまた騒ぎを起こしているって聞いて」
「……失敬な、意地悪なねぇちゃんズに追いかけられている、か弱い女の子を捕まえて」
「翡翠ってか弱いかな? かな?」
最初は恐る恐る手を伸ばして翡翠の栗色の髪を撫でながら、慣れて来たのか撫でる手が肩に伸ばされて軽い抱擁となった時、翡翠は何故抱擁? この前に散々脅かしたのに? と疑問に思いながら、されるがままに抱き締められている翡翠だったが、ユリーシャの抱き締める力がどんどん強くなっていく。
「……ユリーシャねえちゃん?」
訝し気に問い掛ける翡翠の前でユリーシャは大きく息を吸う。
「――みんなー! 翡翠はここよ!」
「なっ!?」
抱擁ではなく拘束されていた翡翠は、ユリーシャの裏切りに目を白黒させながら何とか逃れると、艦内通路の向こうから「こっちか!」とリョーコの声が聞こえてきて頬を引きつらせて走り出す――にこやかに笑って手を振るユリーシャを見てムカついた翡翠は走りながら捨てセリフを残した。
「――ユリーシャねえちゃんの下半身デブ!」
「――なっ!?」
脱兎のごとく逃げる翡翠を追いかけてナデシコの制服を着た女性士官達が駆け抜けた後、その場には頬を膨らませたユリーシャと、くくくっと笑いをかみ殺している星名が残されていた。
「……デブしゃないもん」
宇宙戦艦『ヤマト』 第一艦橋
『ボーグ・キューブ』内へと突撃を敢行した後、警戒態勢にある第一艦橋では、『ボーグ・キューブ』内の動きや偵察衛星を射出して外に居る他の『ボーグ・キューブ』の動きを探っていた。
艦内に突入してから『ボーグ・キューブ』に動きは無く、何故か『ボーグ・キューブ』内にいたナデシコの艦長ミスマル・ユリカとホシノ・ルリの両名の話によれば、現在『ボーグ・キューブ』の艦隊は捕獲した『ナデシコD』を同化する過程で、『ナデシコD』の艦内に張り巡らされたバイオ神経回路に潜ませた『ボーグ』の『ナノプローブ』に対抗するカウンターウイルスをワザと同化させる事で『ボーグ・キューブ』のシステムに混乱を引き起こして、現在は『ボーグ・キューブ』のシステムはダウンしていると言う話だ。
「……何というか、無茶苦茶な話だな」
「ああ。ミスマル艦長だったか、自分の乗っている船を囮にして相手をマヒさせるなんて、物凄い度胸だな」
警戒態勢にあるが、砲雷撃管制席に座る南部 康雄二等宙尉と操舵席に座るがミスマル・ユリカらを救出した折に聞いた話を思い出してボヤくように呟く……事実、彼女の話を裏付けるように突入してから今まで『ボーグ・キューブ』は無気味な沈黙を続けている。
「……けど、こんな敵の腹の中ってのは落ち着かないったらありゃしない」
なおもボヤく南部であったが、誰も返事をしなかった。聞こえなかったのかと思った南部が「航海長?」と再度問い掛けるが返答がない――訝しんだ南部が振り向く。
「航海長? ――なっ!?」
振り向いた南部は驚きのあまり砲雷撃管制席より立ち上がる――第一艦橋内には、操舵席に座る島の姿はおろか誰の姿も存在しなかった。各席のシステムは正常に動作しており、つい先ほどまで担当士官が操作していた事が伺える……何か異常事態が起こっていると判断した南部が腰の銃に手を伸ばした時、突然目の前が光に覆われて眩しさに手で目を覆った南部……後には誰の姿も残っていなかった。
宇宙戦艦『ヤマト』 機関室
『ヤマト』の心臓部とも言える波動エンジンの周りには機関部員達がエンジンのコンディションを最適に保つべく忙しそうに作業をしていた――『ボーグ・キューブ』の腹の中に居る今、エンジンの不調は即座に『ヤマト』の弱体化に及んでしまう為に少しの不調のサインを逃さないよう集中して仕事に取り組んでいた。
波動エンジンの出力計器盤を見つめていた機関長徳川彦左衛門は、ふと言葉に出来ないような違和感に顔を上げる……波動エンジンに目に見えるような不調の兆候は見られないが、首を傾げながら作業に戻った後……機関室には誰も居なくなった。
宇宙戦艦『ヤマト』 医務室
999名もの乗組員の健康を保つ重要な施設である医務室に中には誰の姿もなかった……責任者である佐渡先生の姿も、気心の知れた衛生士である真琴の姿も――そればかりか、『ボーグ』の『インプラント』を外されてリンクが切れて動く事が出来ないテンカワ・アキトや、眠り続けていたラピス・ラズリの姿さえベッドの上から消えていた。
どうも、しがない小説書きのSOULです。
仲間を救う為、愛する男を救う為に、『ヤマト』艦内を追い掛けられる翡翠。
――たが、相手もただでは捕まらない。
そんなドタバタ劇の裏では不穏な空気が流れていた。
次回 第五十八話 罪を裁くモノ
――真の脅威が姿を現す。
では、また近いうちに。