ORS白き皇女は悪堕ちしたい~安価は原作ヒロインの肯定ペンギンでした~   作:サッドライプ

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 清楚、ブレイク―――。




悪堕の■■姫

 

 戦場の後始末を終え、市民達から喝采を浴びながら魔神解放戦線はエトナに凱旋した。当然その夜は飲めや歌えやの大騒ぎ。兵士達は気分よく自らや慕う相手の武勇伝を吹聴し、夜の街の住人達は祝い金を手にした者達から早速吐き出させる為に唇を湿らせる。家族が待っている者は穏やかな酒を楽しみ、戦場の緊張から解放された反動からか深夜まであちこちで嬌声が止むことはなかった。

 

 一方上層部は遊んでばかりもいられない。戦勝祝いの会食くらいは開いたが、それも魔竜王(ヴァジェト)から遣わされた労いの使者を遇する為のものだった。シルヴィアがちゃっかり口八丁で今回使用した戦費や物資を本国ネフティスから援助するという言質を引き出した上で、酔わせて気持ちよく帰っていただけたと考えれば、ある意味戦場の続きだった訳で。

 

 一度勝利したとは言ってもメスキア軍を撃退したというだけだ。相手を潰さなければ、体勢を立て直して延々とこちらが滅ぶまで攻め続けてくるだろう。

 故に二日酔いに沈滞する街の空気に構わず、政庁の会議室で軍議を開いた宰相は次の戦略を打ち出した。

 

「アルトンを接収しましょう」

 

 過日メスキアの大将軍ファフネルによって滅ぼされた風の国。魔竜族の侵攻を幾度も阻んだ自然の要害は今、遠征軍の兵が引き揚げたことで空白地帯となっていた。

 最早民衆もいない滅んだ国だ。戦略拠点としての価値はあっても、メスキア側からの補給も面倒な高山地帯に兵を駐留させ続けるだけのものではないと判断したと思われる。

 

 とはいえ神竜軍勢力に陣取られたら面倒な場所であることにも間違いない。相手の勢いを挫いた今のうちに眷属達を入植させ、向こうでいう『魔物の巣』にしてしまおう、というのがシルヴィアの狙いだった。

 当然のように将来的に衛星国家まで発展させることを見越した具体的な計画まで打ち出されていてケチの付けようもなく、その策を採用したティア達はベヒモスで山を越えることにする。

 

「あなたはどうしますか、ピアサ。デルピュネの守りも必要ですから、残っていても問題ありません」

「………行きます。たとえどんなに辛くっても、ここで行かなきゃ絶対後悔するから」

「分かってるなら、私から言う事はありません。ティア姫も、心を強く保ってくださいね」

「シルヴィア……?」

 

 

 軍師姫が事前に示唆したことを―――メスキアの悪意を、ティアはまだ甘く見積もっていたのだろう。

 

 

「ぅ………げ、ぇ…っ」

 

 

 勾配に光の線路を這わせながら辿り着いたアルトン公国首都マルケットを包んでいたのは、肌をざわつかせるような淀んだ空気。かつて涼やかに高原都市を吹き抜けていた風は停滞し、破壊された街並みに塞き止められて哀愁に満ちた音を鳴らすだけ。

 

 その廃都でファフネル率いるメスキア兵に斬られたアルトン国民は、一月が経過した今でもその骸を野晒しにされたままだった。

 冷涼な高地にある分そこまで腐敗が進行してはいないが、それだけに街中至る所にぶち撒けられた血の痕と合わせ、一体ここでどれだけの惨劇があったかをありありと想起させる。死臭が強烈でない分、死体そのものを目に焼き付けてしまうから。

 

 ティアにとってはあまりに衝撃的だった。エリーシスの時は何も分からぬまま臣下達が石化していたし、生々しい『殺戮』による大量死の現場など見るのはこれが初めて。

 

 故に真っ先にリタイアして物陰でえずき始めた大将を誰も笑わない。失望することもない。第一陣で連れて来ていたのは戦力よりもこうした『地獄』に慣れたあるいは強い者達を重視して選抜された者達だが、そんなことに優越感を覚えるようなイカれた感性の持ち主などいなかった。

 

「それでは皆さん、事前の打ち合わせ通りに。亡骸は家屋を虱潰しにしながら広場に集めて、夕刻までに火で弔います。死神部隊は怨霊の浄化をしつつ全体の警護に当たってください」

「もういいでち……ゆっくり休むでち……」

 

 シルヴィアが凍った表情で陣頭指揮を執る。感情の薄い機人を中心に『清掃』作業に掛かり、黒衣黒髪の大鎌を携えた少女達が空を浮遊しながら悲痛な恨み言を溢す霊魂達をあるべき形へと導いていく。

 ピアサもただ無心に長く放置されてしまった民達を安らかに眠らせるため、手づから抱き上げては運びを黙々と繰り返す。アスタやムムルは死毒で兵がやられるのを防ぐ為、衛生部隊として奔走していた。

 

 日が落ちてしまえば亡者の時間。アンデッド化した犠牲者達に襲われない為にも、急ピッチでしかし決して粗雑にならないよう一丸となって作業を進めていった。

 神竜軍が行った虐殺の後始末を魔竜族の兵達が丁重に行うその光景は、エデンの教えを信仰していたアルトンの民達にとってどれほどの皮肉だろうか。

 

「…………」

 

 神竜族の禁忌とされる魔神ザハークは、自分の女と眷属(こども)達が必死に働く姿を不機嫌そうにベヒモスの屋根に腰かけて眺めているだけだった。

 

 

 

 粛々と進めていた作業に特段のトラブルもなく、夕刻には一通りの浄化を終え。シルヴィアはティアとザハークを街はずれの小高い丘に呼び出していた。

 

「一応同胞意識を持った上での凶行だったんですね。

―――こんなにも奇麗とは思っていませんでした」

「え………?」

 

 直前までの光景のせいか血の色を彷彿とさせる茜空を背に、魔神を伴って指定の場所に赴いた蒼竜姫に振り返った少女の一言は、陰鬱としながら抱いていた感慨とは正反対のもの。

 

「生きながらにして杭に突き立てられて痛ましい狂相で死んでいる者はなかった。死体を切り刻まれ、男か女か―――そもそも“何体分”かも分からないような散らかり方もしていなかった」

「ッ!!?そ、それって……!」

「メスキア軍に魔竜族の集落が襲われれば大体そういうことになります。

 財貨を収奪することも娘を強姦することも教えで忌まれている分、戦の昂りはより残虐な方法で発散されるということなのでしょうね。……魔族相手には何をしたって構わない、それがエデンの教えなのですから」

 

 淡々と連ねる語り草は、かつて軍付の癒し手として何度もそんな悲惨な光景を目の当たりにしてきたが故の諦観。絶句するティアを置いて、灰髪の魔神は夕陽に照らし出された少女軍師に問うた。

 

「わざわざデルピュネの留守をレヴィア一人に任せてまで俺とティアを連れて来たのは、それを見せる為か?」

「一つはそうですね。敗北の末路――私達が神竜族から国を護れなければ民達がどんな目に遭わされるのか。国を背負う者として、認識していて欲しかった」

「………ッ!!」

 

 その言葉にティアの碧眼に覇気が戻る。そうだ、国を滅ぼされるなんて一度でたくさんだ。神竜族だった自分を受け入れてくれて第二の故郷となったデルピュネの皆を、そんな残酷な目になど遭わせてなるものかと。

 同時に燃え上がるような赫怒が胸を灼く。お前達は、お前(ガシェル)は、まだ私から奪おうというのか。まだ血を見たいのか。まだ悲鳴と怨嗟が聞き足りないのか。ならばそれは自ら(あがな)えと―――呪いすら込めた想いをきつく握った拳に宿し。

 

 今の復讐姫は激情に突き動かされて。だから。

 

 

「もう一つは確かめたかった。ねえティア姫、これがメスキアです。貴女の敵なんです。

 神竜族の民はそんな彼らを信仰して、故に貴女を糾弾し攻撃することでしょう。『裏切者の姫め、魔族共々黙って殺されてしまえ!』と。

 ともすれば支配された人間達すら、農具を武器に歯向かうでしょう。『エデン様の為なら命も惜しくない。あわよくば刺し違えてやる』と――――」

 

 

 

「――――そう。ならそいつらも殺すわ」

 

 

 

 それが今のティア=エリーシスの本質に他ならなかった。

 

「私から家族と国を奪ったガシェルは殺す。ならガシェルを大神官にして好き勝手させるエデンは邪魔。エデンに従うファフネルや神竜軍も邪魔。教えを信じてそいつらに盲目的に従う奴らもみんな邪魔。私の復讐を邪魔するなら、もう一度私の家族と国を奪おうとする奴らなら――――全員ガシェルと同罪よッ!!

 まとめて殺し尽くしてやるわ。結果この大陸から神竜族と名のついた生物が一匹たりとていなくなっても構わない。それが私の戦い!」

 

「――――」

「………こいつは、へえ。くくくっ」

 

 そしてシルヴィアの確かめたかったものでもある。奪われない為に、恨みを晴らす為に、邪魔なら神竜族など滅んでしまえばいいという黒く濁った心。その発露を見届けたかつての『魔族の子供』は。

 

 

「はい。大丈夫ですよ。私はどんなティア姫だって全身全霊で肯定します。

 

―――たとえ、この心が砕け散ったとしても」

 

 

 罅ではない、亀裂が入ってばらばらに崩れる音がする。

 己の心の聖域が絶望の闇に染まるのを感じてなお、シルヴィア=ハマルティアは受け入れるように微笑っていた。片方の瞳からだけ、一筋の涙を頬に走らせながら。

 

 夕陽に照らされたその雫の軌跡(ティアドロップ)は、まるで滴る血のようにも見えて。

 

 

∵∵∵演算値の集束を確認∵∵∵

 

 

「………あはぁっ♪」

 

 

 反 転 す る 。

 

 神力(エスピリト)魔力(スートラ)に。女神すら屠る最強の魔王の血族―――そう『観測』された異邦の血脈が覚醒し、生物の悪意を好み糧とする正真正銘の『魔族』としてシルヴィア=ハマルティアは生まれ変わる。

 

 暖かく優しい色合いだった桜色の髪は凄惨なブラッドレッドに変色し。海の煌きと包容力を感じられたマリンブルーの瞳は息苦しい深海の藍色になって光彩を失う。『ベヒモスのお姫様』として愛されていた可憐な白の装いは、肌を妖しく露出させる黒衣に。

 そしてそんな外見の変化以上に、同性すらも眩みそうな色香と並の豪傑など一瞥のみで萎縮させる冷徹さの同居が、言葉を交わさずとも人格の変容を伝えてきた。

 

「な、なに……、シルヴィア……っ?」

「なにがどうなってんのかは知らねえが、やっちまったみてえだなティアよお?」

 

「ねえザハークさん?やっぱり全部壊れちゃいましたね?

 約束どおり、いいですよね?」

「おう、来な」

「ふふ。ザハークさん愛してる…」

 

 変貌を終えた『シルヴィア』は魔神の懐に歩み入り、妖艶な笑みを浮かべながら褐色肌に自身の青白いそれを擦り合わせる。戯れるままに感触を愉しみながら、ザハークは突然の変化に茫然とする契約者(ティア)へと厭らしい嘲笑を向けた。

 

 そして言葉で蒼竜姫の自覚しない罪を摘まみ上げる。

 

 

「なあティア。かつて戦う力も持たずに骸獣ばっかの荒野に放り出されたチビガキが、だ。

――――この世界を呪わなかったとでも、本気で思ってるのか?」

 

「………、え?」

 

 

 まさに無力な子供をかつて放逐した女は唐突な弾劾に間の抜けた声しか出せなかった。

 

「自暴自棄にもなっただろうな。縋るものが欲しかっただろうな。

 だから大事にし続けたんだろ?お前がすぐに思い出せない程度の記憶と約束でも」

 

――――『約束する!私は神竜族も魔竜族も関係ない、みんなで笑い合える国を作る!』

――――『その時はきっとあなたを迎えに行くから……だから生きて待ってて!!』

 

「あ、あぁァッッ!!??」

 

 フラッシュバックしたかつての光景に、何故か身震いがした。何かどうしようもなく恐ろしい事実が浮き彫りにされつつあるのを予感して。寒気に縮こまるように自身の体を抱くティアに構わず、魔神は邪悪な笑みで追い詰める。

 

「健気なもんだぜ。本当にお前が約束を果たして救いに来てくれるなんざ期待はしてないってのによ、迎えに来てくれたら『みんなで笑い合える国』に居られる自分であるようにって―――善良で、誰にでも優しくて慈愛溢れた『憧れのお姫様』をやり続けたんだ。

 四十年、お前がぬくぬくと神竜族の王女をやってる間もな」

「や、めて……お願いザハーク」

「なのに献身的にお前に尽くして、処女まで差し出して、苦しい思いをしてもお前を支え続けて。挙句ショックまで受けてたんだぜ?神竜族も魔竜族も関係ない国を作るなんてメスキアが潰しに来るに決まってる、なのにそれを期待してた自分はティアの不幸を望んでたも同然じゃねえか、ってな!!」

 

「違うっ、違うのシルヴィア…っ」

「えー?何が違うんですか?くすくす」

 

 縋るように視線を向けられたシルヴィアは、徒っぽく揶揄うように笑う。負の感情が込められていない辺りティアに対し怒りも恨みも皆無なのだろうが、無条件に自分に優しかった彼女が意地の悪い対応をするというだけで心が張り裂けそうになった。

 

 

「で?その希望がまやかしじゃなかったと『確かめたかった』シルヴィアに、お前さっきなんて言ったんだっけか?」

 

 

――――『まとめて殺し尽くしてやるわ。結果この大陸から神竜族と名のついた生物が一匹たりとていなくなっても構わない。それが私の戦い!』

 

「やめてえぇぇぇーーーっっ!!」

 

 認めざるを得ない。優しくしてくれた、支えてくれた、尽くしてくれた、感謝してもし切れない大切な少女を絶望させたのが自分なのだと。現実も知らない馬鹿女が吐いた戯言に縋らざるを得なかった彼女を、よりにもよって自分が闇に突き落としたのだと。

 みんなが笑える世界?神竜族なんて全て殺してやればいいなんて言う女が?理解に苦しむ、何よりもそれが自分であるという事実に。

 

「なんで……なんでそんなひどいこと言うの、ザハーク?」

 

 そしてこの期に及んで、こんな自分すらもシルヴィアは肯定してくれるのだからと契約者の魔神に矛先を反らす浅はかさ。ザハークだって自分の味方をしてくれる存在だった筈なのに―――、

 

 

 

「ひどいこと?お前本当にそう思ってるか?

――――口元。にやついてるぜ」

 

「………え?あ、れ?」

 

 

 

 指摘されて初めて気づく。歪に端が吊り上がった自分の唇に。

 さぞ邪悪に、それこそ今のシルヴィア以上に性格の悪そうな愉悦の笑顔を浮かべているのを自覚してしまう。その理由に思考が追い付かないまま彷徨わせた視線はザハークとかち合った。

 

 愉しいだろう、欲しいと思った相手を捕まえて壊して染め上げるのは………そう語る視線を否定しようとして何一つ言葉も意思も湧いて来ない。逸らすしかなかった焦点は次いで近づいてくるシルヴィアの美しい笑顔に吸い込まれた。

 

 ティア姫は間違ってない。ティア姫は正しい。

 

(そう、なのね?)

 

 心砕かれて、しかもそれに愉悦を感じるような自分を肯定してくれる、健気で愛しい少女にすとんと納得した。

 己がもう、魔神の契約者に相応しい邪悪な女へと変わっていることを。

 

 

「ふふふ。私は悪に堕ちちゃいましたけど、これからもよろしくお願いしますね、ティア姫?」

「こちらこそ。これからもずっと傍に居てね、シルヴィア」

 

 

 逢魔が時に悪魔そのものの笑みが至近距離で交錯する。そのまま視線は挑発するようにザハークへと。発情した美少女二人に誘われ―――しかも内一人は装いを変えたばかりの妖艶さを身に着けた新鮮な味付けの女だ―――食わないなんて選択肢は彼にはない。

 すぐにも触手に絡めとられた少女二人の嬌声が、昏い丘にこだまし始めるのだった。

 

 





 やっと覚醒シルヴィアに……。
 ティア姫も原作より三章ほど速くニチャ顔習得。

 あ、ちなみにザハークはシルヴィアから細かい心情を具体的に聞いてた訳じゃないです。ティアを悪に染める為に追い詰める手段として、女の弱みを察知する洞察力で彼女の言動から大体の事情を推測しただけ。
 つまりそれでも見抜けない清楚姫の変態性癖は加味されてないから、二割増しくらいで清楚姫が薄幸のヒロイン化してる解説なのは注意。
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