ORS白き皇女は悪堕ちしたい~安価は原作ヒロインの肯定ペンギンでした~ 作:サッドライプ
さあ蹴っていこー。
奴隷としての服従か、死か。
魔神解放戦線に敗れても己一人であれば躊躇いなく後者を選択したものを、それに民を付き合わせることはできなかったヴィーヴル。
故にこそシルヴィアに指図されるまでもなく、ニヴェルネ国内の神竜族達の説得はヴィーヴル自らが行わなくてはならなかった。それも可能な限り速やかに、である。
ティア達にニヴェルネ国民に配慮する理由はないし、その容赦の無さは首都制圧時の殺戮で十分突き付けられている―――あれは軍事上の意義があったとはいえ、裏を返せば必要があれば容赦なくまた実行されるということだ。
自国の降伏を認められずニヴェルネ残存軍がゲリラ化してティア軍に被害が出るようなことがあれば当然それらは殲滅させられることだろう。『ゲリラに協力するかも知れない』あるいは『ゲリラが紛れ込んでいるかも知れない』民衆ごとまとめて。
そうならない為に一度各地の伝達水晶越しに戦闘停止を命令した上で、確実に対面で降伏を説き伏せる必要がある。
用意がいいというべきかその為の移動手段として魔導列車を使わせてくれる手配をシルヴィアはしていた。―――軍勢を高速で運ぶ巨大な鉄の匣という見た目に分かりやすい脅威による示威、ヴィーヴルの説得が失敗し暴発するようならその場で鎮圧する為の戦力、そして目ぼしい民を奴隷又は苗床として連行する為の手段でもあるのだろうが。
こうして理屈では到底呑み込み切れない屈辱感と怒りを噛みしめながらも、ヴィーヴルは『元』公主として各地を周り国内勢力を説得する旅に出る。
(頭がいい人ほど理屈が通っていて順当な話は自分で勝手に細部まで補完してスルーしちゃうんですよねー。私も気を付けないと)
――――魔神に従う軍師姫が提案した話に裏がない訳がなかったことに、気付く余裕もないままに。
進路を指定したベヒモスがまずヴィーヴルを下ろしたのは、首都から山向かいの寒村だった。
まずは首都から近い軍事拠点を回っていくものとばかり思っていたが、“よく考えれば”そんな近場は首都陥落後の電撃侵攻で全滅しているだろう。峻険な雪山を超えるかそれをぐるりと回るかしないとたどり着けない場所が一番手近だったという現実に暗澹たる思いだった。
そしてその村の住人たちは。
「お労しやヴィーヴル様。我らは貴女の決断に従います」
かつて骸獣に襲われ廃村の窮地にあった際、山越えの強行軍で救援に駆け付けたヴィーヴルに護ってもらった恩があった。それを忘れていない彼らはたとえ邪悪な魔族に屈服するとしても彼女に殉じると決めていた。
故に一切の反発はなく、むしろ彼女を気遣ってすらいる。
「あなた達は……。いえ、なんでもありません」
賢竜姫はその想いを受けて出かけた言葉を呑み込んだ。受け入れるという結論を提示された以上、説得する側である彼女がそれ以上何を言っても傷を拡げるだけだ。
護るべきだった民に優しくされるのは、気遣われるのはそれはそれで苦しいのだと。
この時はまだそんな贅沢なことを言っていられた。
二つ目は南部メスキア寄りの街道に位置する宿場街だった。
ある意味で前回よりも負担は少なかった。鉱山から採れたソーマ鉱石の流通で生計を成り立たせている彼らは、この国の支配者が代わったと見るや信仰などなかったかのように蔑視していた魔族へとすり寄り始めた。勿論これまでのような裕福な暮らしは望めないが、同行するシルヴィアと交渉した結果襤褸雑巾のように搾取されるような扱いはなんとか回避できた。シルヴィア側としては、粛清や圧政に掛かるコストと上納による収益の算盤を弾いて最低限のラインを提示しただけだが。
信仰よりも商売の方が大事なのか、なんて浅ましい―――そう一瞬でも考えた己をヴィーヴルは恥じる。彼らは彼らの生活があり、家族が飢えて凍える瀬戸際だった。信仰を裏切るしかなかったのは魔族から国を護れなかった自分のせいなのに、どの口でそれを非難できるというのだろうか。
“交渉”が終わっても暫くその場で自己嫌悪に塞ぐ敗残の公主の傍に、何を思ってか血染めの髪を持つ軍師姫も残っていた。
三つ目の村。ある意味で予想通りだった。ヴィーヴルが敗れたと聞いて信じられないと悲嘆に喘ぎ、蔑視していた筈の魔族に屈服することにどこまでも渋り、遂には威勢の良い若者が嚙みついて―――屈強なオーガに巨拳の一撃で黙らされた後は奴隷として連行された。
逆らう者がどうなるかを見せしめにされた彼らは将来への絶望を胸に全てを諦める。国を落とされた竜の賢者に恨みがましい視線を集めながら。
唇を噛んでじっと堪えるヴィーヴルだが、背中にどこか暖かい何かが触れているのを感じていた。
そして段々と行先に選ばれた場所の民衆の反発は激しくなっていく。『まるで
嘘つき、裏切者、無能。自分を敬ってくれていた民からの罵声。
――――障害が残る華奢な体で必死に氷の国を繁栄させてきた結果に俯く少女の手を、誰かが握ってくれていた。
子どもに石を投げられる。四天将の恥だと侮蔑され、信仰を捨てた愚劣な王だと扱き下ろされ、魔神に尻を振った淫売めと呪われる。
――――ティア軍に魔導列車単体での本拠地強襲というリスクの高い手段を取らせる程に手を尽くし、そして孤独に脳がズタズタになる寸前まで奮闘した末路を黙して背負うその肩を、優しく誰かが抱いていた。
じくじくと血を溢れさせていくような胸の痛み。毎日毎日せめて民の命だけはと思いながら、その彼らに嫌われ恨まれてなお苦しい言葉しか吐き出せない。抵抗しないで、反発しないで。殺されるから、貴方の家族や親しい友人から順番により過酷な奴隷として連れ去られるから。
――――まるで悪意を受け止める為だけの藁人形。『必要がない時は』精神の奥底にまた封じ込められて、本当の肉体の持ち主は愛する男と子を作って幸せな時間を過ごしている。唯一今の自分を気遣ってくれる少女とも笑い合いながら、車長や車掌といった新しい友人も作って一緒に悦楽と幸福を分かち合いながら。
摩耗してボロボロになった心。次の街や村を訪ねる度に、処刑台の階段を一つずつ上っていくような幻覚に苛まれるまでになっていた。
――――背中に付き添う誰かにだけ、奇妙な安らぎを覚えて最後の一段に辿り着く。
魔族との戦いでは命尽きるまで奮戦するだろうと信頼し最前線の防衛拠点を預けていた部隊長。彼は敵に下った無気力な主君を見て錯乱し、憎悪のままに斬りかかってきた。ああこれで死ぬんだ、死ねるんだ。
――――その刃は強い魔術の楯にただ弾かれた。そして庇う為に抱き締められた、今の自分の『唯一の味方』の温もりを全身に感じて。
ずっと堪えていた何かが決壊する。
「―――どうして?なんで私がこんな想いをしないといけないのッ!!?」
縋り付くソレがそもそもの元凶であることを知っていながら、しかし遥か遠い過去のようだった。だって受け止めてくれるから。支えてくれるから。
「私ずっとエデン様の為に頑張って、皆が幸せな国になるようにって頑張って………なのにっ!!」
全て肯じて。
「――――はい。あなたは間違ってない。あなたは正しいです」
定めを与えてくれるから。
蒼の従者が『ヴィーヴルに忠実な兵士達』を物言わぬ氷像に変えていく悲鳴と狂騒の中で、安心する声音で語りかけてくれる。
「あなたが信じたエデンの教えも、本当は何一つ間違いなんかない。
だってそうでしょう?弱い相手を護ろう、欲望のままに誰かを傷付けるようなことはしないで―――それはみんなが笑って生きられる世界を作る為に大切な気持ちの筈でしょう?」
「……っ、うん、うん!!」
「その教えを誰よりも大事にして頑張るあなたも間違ってるわけなんかないんですよ。
―――でも。メスキアの大神官とか、エデンの信者を名乗る者達は虐げてもいい弱い
「………!!」
「どうして正しいあなたがこんな想いをしないといけないの。
あなたが間違ってないのなら、エデンの教えが間違ってないのなら――――」
続ける言葉は必要なかった。竜の賢者は頭がいいから。ヒントさえあれば、あらかじめ用意された
「………」
そっと幽鬼のように盲目の竜姫は歩き始める。優しく抱き締めていた筈の魔天の姫はあっさりと彼女を解放し、その背中を見送って微笑んだ。その深海の瞳に禍々しい邪悪さを宿したまま。
そしてアスタやジュデッカ率いる眷属達と混戦になった基地内をふらふら彷徨うヴィーヴルは、ニヴェルネ兵の部隊と出くわした。既に魔族側に屈服していることは知らされていて、僅かな逡巡を残して彼らは竜装を突き付け―――これまで何度も彼女の心を切り裂いてきた罵声を浴びせる。
「ヴィーヴル=ニヴェルネ、冒涜の背信者め!始祖龍様もお嘆きである、ここで我らがエデン様に代わり貴様に天誅を下してくれる!」
「エデン様はそんなこと言わない」
「「「な……っ!?」」」
以前の無表情に戻り、眉一つ動かさないまま切り捨てたその態度に気勢を削がれる兵士達。その一方で。
【ぶっ、あはははははっ!!こりゃ傑作だ、つーかオレは今夢でも見てんのか!?
まあいーや。今のお前になら“使わせて”やる。―――やっちまえよヴィーヴル!!】
「私は間違ってなかった。エデン様の教えは正しかった。
なら間違っているのはお前達。エデン様を騙り教えを歪める異端者共だ」
「ぎゃぁ―――ッ!?」
「ひぃ、助け!!?」
「ぐあああッッ!!」
水流が閃き、それに倍する血飛沫が撥ね上がる。全身を寸刻みにされ紅の水面に沈む神竜族の兵士達。かつて自分に厚い忠誠を誓っていた部下達を処分したことに何の感慨も抱かず、賢竜姫は初めて『メルジーニが心から力を貸してくれた』が故に
そんな彼女の紫髪の上にぽんと置かれる暖かい手の感触。
「はい、よく出来ました♪」
「あ……♡」
血まみれ惨殺舞台で、魔族の姫に撫でられて顔を綻ばせる四天将。メルジーニでなくても彼女を知る者であれば幻覚を疑う光景は、しかし紛れもない現実だ。
護って来た筈の民に散々に痛めつけられ傷付けられ砕かれた心は、『優しくしてくれた』少女の手で全て吹っ切れて今ここに再構成された。
「これからは一緒にザハークさんの子供を産卵して、一緒にティア姫達と戦っていきましょうね、ヴィーヴルさんっ」
「はいっ!心苦しいですが、エデン様の信者として、魔神に魂を売ってでも異端者達は殺し尽くさなければなりません」
【へっ、魔族はいいのか?】
「“魔竜族”の皆さんは信仰を知らないだけなのです。 シ ル ヴ ィ ア 姉 様 のように優しい方もいて分かり合う余地はあるのだと気づけました。
―――でも信仰を知りながらそれを邪悪に歪めるメスキアの神竜族はダメです。滅ぼさなければどんどん正しいエデン様の教えが失われていってしまう」
「ね、姉様?私ヴィーヴルさんより年下……いえ別にいいですけど」
【………お前の中で整合性ついてんならいいや。潰す相手が同じってんなら、これからはお前とも仲良くやっていけそうだ】
「ええ。よろしくお願いします、シルヴィア姉様、メルジーニ姉様っ」
己を追い詰めた外道を慕い朗らかに語り掛ける殉教の乙女。かつての氷の無表情を捨てて愛らしく咲き誇るその笑顔は、――――血を吸って華々しく花弁を散らす紅桜に例えるべきものなのだろう。
狂信者ヴィーヴルがティア軍に加入した!
あれれ、予定ではもっとねちっこく蹴り続ける筈だったのに、割とさっくり裏返ってるような……?
(頭がいい人ほど~私も気を付けないと)
→ナチュラルに自分の頭がいい前提で思考する自意識の高さだが、まあ言うだけのスペックはある凄惨姫。
『慣れることなどさせない』
→最初にどぎついの行ったらその後は『前はもっときつかった』で堪えられちゃうからね、少しずつぐりぐり強くしていきながら傷口抉って痛めつけた方が、蓄積して最終的にもの凄く深い心の傷になるからね(クソ外道
「あなたは間違ってない。あなたは正しいです」
→久々登場、全肯定ママペンギン。相手を依存させる手管を学んでしまっている。
「高潔で清らかで素晴らしい教え」
→当然だが、凄惨姫がそんなこと微塵も思ってる訳はない。が、こいつ演技力は清楚姫時代から超鉄壁なもんで…。
「エデン様はそんなこと言わない」
→飛○はそんなこと言わない(言ってる)
「“魔竜族”の皆さんは信仰を知らないだけなのです」
→異教はまだ許せるけど異端は絶対に許せない。宗教家あるある。ヴィーヴル本人しか正しさを確信していない時点でどっちが異端かは言うまでもないが、彼女にとっては逆なのである。
まあニヴェルネの初代も魔族を排斥するようになったエデンの教えは歪んでると断じてたし、そういう意味では本物の原理主義に目覚めたということで。