「海賊なんて大嫌い!! あたし、もうシャンクスの船には乗らない!!」
シャンクスは崩れ落ちた。そのときの衝撃たるや、かのゴール・D・ロジャーが処刑されたときと同等かそれ以上であった。
まさか、娘の反抗期が覇王色の覇気よりも強大な力を持っていたとは知らなかった。
どうして教えてくれなかったんだヤソップ、と一瞬仲間の狙撃手を思い浮かべたが、よくよく考えると、彼は息子が反抗期になる前に海に出ていた。なら仕方ない。奴は是非とも生きている内に息子と再会させて、同じ痛みを感じてもらうとしよう。
ひとまず、シャンクスの娘であり赤髪海賊団のアイドルでもあるウタが突然思想を転回した理由を追及することにした。
シャンクスたちが平和な島の善良な人々を鏖殺した上にウタを置き去りにした、なんて惨劇でもない限りこうはならないだろう。
冷静に、震える膝を押さえながら、彼女を怯えさせないよう穏やかに尋ねる。「何かあったのか」────と。
ウタはムスッとした表情を崩さず、鈴のような声で訴えた。
「イザヨイが、あたしよりルフィのヒモになりたいって言うんだよ!!」
誰が、誰の、何になりたいって?
見聞色が異常をきたしたのだろうか。念のため聞き返しても、概ね同じ答えが返ってくる。
イザヨイ。ルフィ。2人とも、このフーシャ村に住む、ウタの2歳年下の子供だ。シャンクスにもあまり怯えず、ウタとは良い友達関係を築いている。
ウタ曰く。
いつものように歌っていると、やはりいつものようにイザヨイが彼女の歌声を褒めてくれた。
彼は「ウタはいつか世界から愛される歌姫になるよ」とまで讃えてくれたので、冗談混じりに「じゃあ大人になったら、イザヨイのこと養ってあげる」と言ったのだとか。
すると、イザヨイはこう返した。
「いや、俺はルフィに養ってもらう予定だから」
────と。
ウタはどんな反応が来ようとも「冗談よ」で返す構えを完成させていたので、この不意打ちには対応できなかったようだ。
イザヨイは続けて言い放った。
「俺は、歌姫のヒモじゃなくて、海賊王のヒモになりたいんだ」
サッパリ意味がわからない。
そこへ、何も知らないルフィが暢気にやってきて、なんとなく腹が立ったウタは「ルフィとイザヨイなんてもう知らない!」と捨て台詞を吐き、今に至る────とのことだった。
シャンクスはまたも崩れ落ちた。
通りすがりのクルーたちに「どうしたんだよお
「海賊王って……そんなのより、あたしの方が凄いもん! 私の歌は最強なのに!」
「そうだなぁ」
うんうんと娘に同調してやりながら、シャンクスは考え込んだ。
ルフィが海賊に憧れているのはかねがね聞き及んでいたが、イザヨイの方は、毎日ぼんやりと日向ぼっこしている大人しい少年とのみ認識していた。それには訂正が必要らしい。
要するに、成功者のおこぼれに預かりたいということなのだろうが……それならば、尚更ルフィを選ぶ理由がない。
海賊は危険だ。敵も多い。どれだけ実力や運があっても、様々な苦難に襲われる、不安定な旅路だ。
どう考えても、恐らくいや必ずきっと絶対世界一の歌姫になるであろうウタを選んだ方が、将来安泰である。まぁウタを選んだら選んだで、シャンクスはイザヨイと話をする必要があるのだが、それはさておき。
そもそも────“海賊王”なんてワードが、どうして出てきたのか?
今のところ、ルフィは海賊になりたいとしか言っていない。彼の憧れの対象はシャンクスであって、ロジャーは眼中にないようだ。シャンクスにとっては大変嬉しいことなのだが、それはさておき。
イザヨイの発言には、違和感しかない。どうして、ルフィと海賊王をイコールで繋げたのか。どうして、海賊王に養ってほしいのか。
世界の歌姫と海賊王。この二つの選択肢を天秤にかけて、それでウタの誘いを断る理由なんて、ウタに死相が出ているなんてことがない限りは有り得ないのである。
ましてや、あの大人の言うことをよく聞く素直で早熟なイザヨイが。
なるほど────思ったより、奴は酔狂な人間だったらしい。
「シャンクス! あたし、もっともっと歌上手くなる! それで、有名になって、お金持ちになって、ルフィとイザヨイのこと見返してやるんだから!」
「……そうか! じゃあ、そんときゃ俺がウタに養ってもらおうか!」
「え〜、おとなげなーい」
ウタは強い子だ。親友に振られてもすぐ立ち直る。きっと将来大物になるだろう。
シャンクスは、威勢よく歌い出した娘を抱えて、馴染みの酒屋に向かい────次の瞬間、立ち止まる。
「………………いや、“ヒモ”って何なんだ」
新たな海賊王とそのヒモが誕生する、約◾️◾️年前のことであった。