────ゾロの加入、バギーとの戦い、シロップ村の防衛を経て、一行は海上レストラン『バラティエ』にいた。
「船長の責任は
突然の発言に、ルフィは当惑した。散々、あれだけ労働はいやだ、ところでルフィ服のボタン外れてるよ、などと言っていたイザヨイが、1年間もレストランで働くなんて。
「イザヨイ!! 何言ってんだ!!」
「ルフィは10年も我慢してやっと海賊になったんだろ。ここで1年も足を止めるのか?」
「そ……そんなの、お前だって一緒だろ!! 俺はお前ら全員と
「決めんなボケナス“料理長義足キーック”!!」
頸動脈に的確な蹴りを入れられて、ルフィが「おふっ」と呻いて吹っ飛んだ。ゴム人間に打撃は効かないからこの程度で済んでいるが、今のはなかなかに鋭い足技である。
「許す許さないはおれの決めることだ!!」
「なんだおっさんピンピンしてんじゃねェか」
「やかましい!!」
全治何たら日の大怪我を負ったと語る料理長だが、体幹のブレはなく、怒鳴り声は青空に響き渡る。
呆れたように息を吐く老人は、生意気な麦わら少年を見て、次に奇妙なくらい凪いだ表情の少年を見やった。
「小僧。船長を敬う心は申し分ねェが、
「……わかりました」
イザヨイは、肩を落としてルフィの隣に座る。今日も晴天。砲弾により大破した箇所から差し込む陽光が身体を温めるが、イザヨイの目は暗いまま。
どうにかしてやんねェと、とルフィは思う。これはルフィとオーナーの問題だ。ルフィ自身が、この場で解決しなければならない。あのイザヨイが、大嫌いな労働に手を出してまで慮ってくれたのだから。
料理長は編んだヒゲを撫でつけて、わざわざ緩慢な動作でこちらに背を向ける。
「ここはワケあって万年人不足でな。入れても入れてもすぐに辞めちまう」
そして振り返る。厳しい目つきは変わらない。口元の動きはヒゲで見えづらい。
「……ま、従業員が2人、1週間でも続いてくれりゃ上々だ」
「おっさん……!!」
「ただし!!! 余計なマネしたらタダじゃおかねェぞ若僧ども!!!」
小童どもに吼える姿はまるで獅子の如き風格。このおっさん、ただのコックじゃねえなと感じつつ、ルフィは親友に笑いかける。
「ししし、良かったなイザヨイ!」
────けれど。
「……うん。オーナーには感謝しないと」
苦笑する彼の瞳は、未だ重苦しく翳っていた。
その感情の正体を探る前に、またイザヨイは眠たげに目を擦ってしまったのだが。
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「6番のデザートまだか!!」
「こちらでよろしいですか?」
「え、お、おう」
「おい皿洗いを────」
「普通の皿はやっておきました。調理器具は洗い方が分からなかったのでひとまず置いてます。申し訳ありません」
「あ、うん」
「ルフィ、つまみ食いしちゃ駄目だ。あとこの料理運んできて」
「じゅるり………………」
「どうせ後でまかないが出る。今は我慢して」
「まかない!? 肉か!? 肉以外でもいいぞ!!」
「海賊三名様でよろしかったですね。ご注文を承ります」
「……なんというか、その……あんた、板につきすぎじゃない?」
「ご注文を承ります」
「船に乗ってるときから思ってたんだけど、イザヨイってオンとオフの差が激しいわよね?」
「ご注文を承ります」
「いやロボかアンタは!!」
「ご注文を承ります」
ナミは怒りに任せてテーブルを叩くが、そんながっつりマナー違反行為を誰一人咎めることはない。ただでさえ荒事の多い海上レストランバラティエにおいて、この程度の騒ぎに反応するのは一見さんくらいなものだ。
「……早く仕事を終わらせて寝たいです……ので、ご注文を承ります」
なるほど、下手にダラダラやるより手早く済ませたいということか。理屈は納得できる。ナミは、海賊王のヒモ志望とかいうよく分からない男の一端を理解した。
「げっ!! お前ら!!」
と、そこへ、腰のエプロンが似合わない────というか屋内では帽子脱いでおけよ────我らが船長がズカズカやってくる。とてもウェイターらしくない。
「よっ、雑用」
「1週間も働くんだってなァ」
「船の旗描き直していいか?」
ナミ、ウソップ、ゾロの順に、ニヤニヤしながらルフィをからかう。だが、ルフィにとっては、それ自体よりも許しがたいことがあった。
「お前ら、おれを差し置いてこんなうまいもん食うとはひでェじゃねェか!!」
「ルフィ、“まかない”」
「ぐっ……ご、ゴチ、ゴチソウヲイタダキマス」
「“ご注文を承ります”」
「ごち右衛門を受けて回ります……?」
「………………
ルフィの船に同乗してから少し経つが、3人にとって、ルフィと同程度、いやそれ以上にイザヨイは不可解な存在だった。
やたらめったら眠い疲れたダルいと言い放ち、ルフィやゾロの隣で太陽の下寝こけていると思ったら、海賊王になるなんて突飛な目標を信じていたり、知らない間に一仕事してきたりする。
そもそも、楽に生きたいやつが本当に海賊になるだろうか? どうも何かがある。疑わしい。
今のところ確定しているのは、イザヨイはルフィの世話を焼くことに心血を注いでいるらしいということくらいだ。今みたいに。
「ルフィ、素手で鼻をいじるのは不衛生」
「うん」
「ゾロのコップに異物混入するのも」
「……………………わかった」
「何しようとしてくれてんだゴラァ!!」
キレるゾロ、「まだやってねェからいいだろ!!」と逆ギレするルフィ、笑いを堪えるその他2人。賑やかな様子を一通り眺めたあと、イザヨイは仕事に戻っていった。
その背中に深い落胆と苦しみが滲み出ていることに、果たして何人が気付いたか。
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ギンを見送り、料理長に首根っこ引っ掴まれた雑用係1号も見送り、サンジはひとり煙草をふかす。
ふと、隣に立ったのは、雑用係2号だった。早々と仕事をひと段落させて休憩に入ったらしい。
「イザヨイって言ったか? ……お前みたいに良い仕事するウェイターが、1週間だけなんて惜しいぜ。どうだ? 海賊なんざ辞めて、ここで働かねェか?」
「……恐縮です。可能であれば、是非お受けしたいところですね」
「ま、お前の船長が許さないだろうけどな。聞いたぞ。お前ら、最初1年も働くつもりだったんだな」
それなりに使えそうなこの男はともかく、あの麦わら帽子が1年もここにいたら早晩破産する。船の修繕費は馬鹿にならないが、若い海賊どもには適当に仕事を振ってとっとと帰ってもらうのが最善策だろう。
このレストランは、
それにしても、奴ら─────特にルフィとかいう麦わら帽子の船長は、とても自由に見える。海賊なんてロクでもないが……自由に海を冒険するのはどんな気持ちなのだろうか。
いや、とサンジは首を振って思考を軌道修正する。今だって十分恵まれているし自由だ。少なくとも、
料理ができる場所。親のように慕える存在。自分のような者が、これ以上を望んではいけないのだ。
「……なぁ、アンタ」
聞くつもりはなかった。一時の妄想に振り回されないために、どうにか時間をつないで冷静になりたかった。
「初日からなかなか働ける“優秀”な奴なんだったら……海賊になるなんて出て行ったら……故郷の親も、引き留めたんじゃねェのか?」
「……そうですね〜。父は俺に、大工の仕事を継がせて、
「普通に子思いの親御さんじゃねェか」
「……ええ。きっとそれが“普通”……なんでしょうね〜……」
イザヨイは眠そうに目蓋を閉じかけると、壁に背を預けて大きな欠伸をした。
「……でも……親が子を不自由なく育てるのは、製造責任があるんだから当然のことですし……てか、この過酷な世界でそんな選択した時点で最後まで責任持てよって話だし……てか親孝行しないからって文句言ってんじゃねェよ見返り求めんなカスって感じだろ……つーか要望通りの個体が欲しいなら胎盤こき使わずに自分でロボット作れや……」
途中から口調が崩れて、露骨に苛立ちが混じってきたが、イザヨイは構わず続けた。
「……別にさァ、親の言うこと聞けない子どもはゴミじゃないですよ。……価値があるかないか、役に立つか立たないか……そういう物差しで人を測る方が間違ってるでしょ」
しばらく間が空いた。彼は気まずそうに視線を空に泳がせると、また欠伸をする。そして、さっきまでの煮え立つような語りが嘘のように喋り出した。
「えー………………その、あー……話すの疲れちゃいましたね……ふわぁあ……お昼寝してきていいですか……?」
「駄目に決まってんだろ」
「サンジさんのケチ……」
「うるせェぞ雑用!! とっとと働け!!」
背中を蹴って押し出そうとするが、眠気によるふらふらとした姿勢でかわされてしまう。にわかにカモメが騒がしく笑い出して腹が立つ。
「あンの野郎………………」
しかし面白い奴ではある。見た目と動きは悪くないし、それなりに鍛えればいいウェイターになるだろう。そうでなくとも、一緒に働きたいと思うだけのものがある。
さて、まぁまぁ使えそうなあの男を海賊から引き抜くか────あるいは。
「いや……おれはこのレストランで料理を作るのが仕事だろ」
言い聞かせるようにしてひとりごち、サンジはタバコの灰を落として店内に戻っていった。
・イザヨイ
仕事ができると評価されやすいが、隣のルフィがアレすぎたゆえにマシに見えているだけであり、処理能力は大したことがない。
・サンジ
これは大抵のメインキャラがそうなのだが、過去の重さがえぐい。よく健やかに育ったなこの人。