その身に宿すは月の意思   作:すぷれえ

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15 月下美人

 

 夜は深い。空気はいよいよ凍てつき、静寂さは耳が痛いほど。月は煌々と輝き、夜という世界を彩る。

 山の中にある柳洞寺は、まるでそこだけ失われたかのように黒々とした穴が空いており、巨大な生物の口の様だった。飲み込まれたら終わりの底なし沼。それは視覚的なモノだけではなく、事実、寺は魔女の巣として『異界』と化していた。

 

 単騎では最強と思われていたバーサーカーの敗北。アヴェンジャーとセイバーの二騎をも退けた狂戦士の敗北で、硬直していた戦況は一気に崩れた。始まりの御三家、その一角であるアインツベルン。マスター、サーヴァント共に最高を凝らしたドイツの名家が満を持して送り込んだ白銀の少女は、圧倒的な暴風の前に崩れ落ちた。

 狂戦士を打倒したのは、三騎士と謳われた最優と名高いセイバーではなく、最速のランサーでもなかった。多くのマスターがその存在を知らなかったであろう。なぜなら彼は、本来あるはずの無い八騎目のサーヴァントだったから。

 

 それにいち早く気が付いたのは、この冬木の地の龍脈を今や自分のモノとした魔術師のサーヴァントであった。残るサーヴァントは自身を抜いて四騎。セイバー、アヴェンジャー、アサシン、そして得体の知れない八騎目のサーヴァント。その内暗殺者は自分の手の中にある。アヴェンジャーは、正規のマスターの手を離れた。セイバーは対魔力が高く、正面からぶつかれば敵わないが、マスターという付け入る隙がある。彼女は最弱と言われるキャスターのクラスではあったが、確かな目的と願いがあった。

 故に好機は見逃さない。幾ら陣地形成でこの上ない工房を確保したとはいえ、バーサーカーを単騎で打倒した得体の知れないサーヴァント相手には、準備をしてもしすぎることは無い。対魔力に優れ、最優と名高いセイバーを手に入れられれば、盤石とはいかないまでも一息つけると確信していた。

 その身に宿すは神代の、今は失われし魔術。誰が出てこようと、一度は逃げおおせる自信はある。

 ならば―――――。

 

 

 

 

 

「――――――」

 耳障りな音が聞こえてくる。うとうとと睡魔に身体を預けようとしていたところだったけど、まるで虫が背筋を這いまわるような不快な音に迷わず私は起き上がる。

 きっと襲撃だ。残っているのはキャスターとアサシン。それにバーサーカーとアイツ。それにしても数が多い。魔力を内包した伽藍洞の使い魔。それが大量にこの家を取り囲んでいる。

 なにかこすり合わせた様な、やすり掛けをするような鈍い音。それがさざ波のように、静かに、だが這うようにしっかりと押し寄せてくる。私が今いる離れは廊下を伝わなければ本邸には行けない。きっと戦場になるのはこの家の中庭。セイバーが最も力を発揮できる場所。そして、今この襲撃を仕掛けてきている犯人。ソイツが今いるところだ。

 

「舐められたもんね――――――」

 魔術師のサーヴァントであれば、こんなに自分の存在を無防備に知らせることは無い。アサシンのように穏行の術は持ち合わせないかも知れないが、私たち魔術師には私たちなりのやり方がある。

 それをせずにただ気配を垂れ流しにしているのは、どこからでもかかって来いという挑発。セイバーと真正面に事を構える事が出来るという自信の表れ。私も万全を期していたつもりだったけど、キャスターにアヴェンジャーを奪われたことは知られているはずだ。そうでなければバーサーカーと同等の二人を相手にこんな無謀な事をしようとは思わない。私とキャスターのそこら辺の力量を見誤ることはしない。プライドはあるけれど、サーヴァント相手にどうしようもない差があるのは事実。

 そして、セイバーのマスターは衛宮君だ。拷問にかけるとか、精神操作をするとか、セイバーには効かない魔術でも、魔力に対してほとんど無防備な衛宮君なら容易にかかってしまう。キャスターが狙っているのはきっとそれだ。衛宮君が自由に使える令呪は後一画ある。そして、キャスターのマスターの令呪がどれほどあるかは知らないが、最悪のケースで三画。いくら対魔力に優れるセイバーでも、令呪には抗えない。セイバーを支配下に置くのに一画。私たちを殺すのに、もう一画。しかもそれが、『衛宮士郎と遠坂凛を殺害せよ』などと至極簡単な事なら令呪の力は最大限に発揮されてしまう。

 ―――――――この状況は非常にマズい。

 

「士郎と合流するのが最優先か…。早まんないでね――――――!」

 

 

 

 

 

 ガシャガシャと。肉も皮も無い、骨だけでできた人形が襲ってくる。それが、手に持った剣を振りかざしながら迫ってくる。竹刀を強化しただけのこの装備でも、俺でも倒せるような人形。でもそれが、何体も何十体も襲ってくると話は大きく変わってくる。

 次々と庭から襲ってくる目の前の人形を打ち払う。竹刀を振りかざし、見よう見まねでしかない彼女の剣筋をまねる。しっかりとした手ごたえと共に、何体かの骨の傀儡たちが崩れ落ちた。だが、漏らしてしまった横から首筋に向かって死線が伸びてくる。考えるよりも早く、この身体は反応しているが、腕は伸びきってしまっている。それを認識した時、背中をじっとりとした冷や汗が走った。マズい―――――!

「しまっ――――――」

 

 

 

「――――――油断大敵ですよ、シロウ」

 だが、一陣の風がそれらを薙ぎ払った。自分には勿体ないくらいの頼もしい蒼銀の従者が、隣に居てくれる。

「ごめん、助かったよセイバー」

 そうやり取りを交わすものの、敵の使い魔たちは我先にと襲い掛かってくる。四方八方から数にモノを言わせた襲撃は、確かに俺にとっては脅威だ。

 だけど、セイバーの神速の剣捌きには、油の刺していない機械のようなその緩慢な動作ではついていけはしない。一薙ぎすれば人形たちが無数の骨になって崩れ落ちていく。圧倒的な魔力の密度と、格の違いを見せつけるかのように、セイバーは剣を振るう。ただいかんせん―――――――。

「マスター。数が多すぎます。これではらちが明かない」

 いくらセイバーと使い魔たちに絶対的な差があろうとも、この狭い廊下で身動きは取りづらい。まるで生え変わる鮫の歯のように、入れ代わり立ち代わり際限なく襲い掛かってくる。この家を取り囲む人形たちの、いびつにこすれ合う音も、小さくなるどころか大きさを増しているようだ。

「一気に離れまで駆け抜けよう。遠坂と合流して、キャスターを叩く。セイバー、前を頼んだ」

 

 キャスターの位置なんて、俺でも分かる。この異常事態の家で、一番異物があるところ。中庭の強烈な存在はサーヴァントに他ならない。これだけの念入りな襲撃では、やりようはもっとあるだろう。誘われていると思っていい。そして、セイバーがキャスターを感知できていないはずがない。キャスターを警戒しつつも、遠坂と合流できる一番いいルートを選んでくれる。俺はそれに付いていけばいい。

「了解しました、シロウ」

 そうして駆け出そうとした時―――。

 

 ガラガラと、マリオネットの糸が切れる。

 見渡す限りのそこらじゅうの傀儡たちが、重力に押しつぶされたかのように壊れていく。セイバーがやったとは思えない。では誰が。遠坂だろうか。

「セイバー」

「――――分かりません。いえ、でも、ですが――――――」

 腑に落ちない、珍しく歯切れの悪い彼女を見る。月光に照らされたそれは迷いが生じている顔。何に迷っているのだというのか。

「どうなったんだ、セイバー」

 あれだけ騒がしかった音はもう消えている。敵の次の何らかの動きがあるはずだ。ガラクタのように辺り一面にころがった傀儡のなれの果ては、実体を失って消えていく。それが、そこかしこで起きているのだからキャスターの罠か、その身に何かがあったと見ていい。

 

 と―――――――――。

 天井から、物凄い殺気が突き刺さってくる。

 まるで化物の口が大きく開いて、こちらを丸飲みする錯覚。

 心臓を鷲掴みにされた。

 竦まれたかのように動けない。

 ―――――――殺される。

 剣山のような牙で、全身をくまなく切り刻まれる―――――!

 

「―――――マスター!」

 

 その悲痛ともとれる少女の叫びに、血の気が引いていた体の自由が戻ってきた。

 全身の毛が逆立つような絶望感と、無力感を、なんとか追い払う。それと同時に、セイバーに支えられて、何とか中庭に脱した。

 

 まるで石になった俺の体を、ギリギリのところで運び出したセイバーはそのまま地面に飛び込んだ。金縛りにあったかのように動かなくなった足は、何にも仕事をしてくれなかった。セイバーの負担を和らげることも出来ない。なりふり構わず脱出したせいか、俺たちは碌な受け身もとれずに転がることになった。

 おそるおそる、後ろを見やる。さっきまで居た廊下は、まるで戦争があったかのように無数の剣戟によって破壊されていた。拷問をうける罪人に降り注いだかのような、『宝具』に匹敵する魔剣や魔槍の嵐。あんな大量の宝具が全て真作だなんて、正しい事とは思えない。

 だけど、俺の目が、身体が――――――。あれは全て、一級品の宝具だと警鐘を鳴らしている。

 あれがすべて、自分の上に降り注いできたのだ。セイバーが助けてくれなかったらと思うと――――――。生きた心地がしない。あれほどの宝具を操れるのが、今の敵だとは。嫌な予感が頭をよぎる。だけど、どうしてもそれが正解にしか俺には思えない。

 

「――――久しいな、セイバー」

 

 そんな俺の恐怖を、更に煽るかのような声が、上から降り注いできた。

 

 

 

 

「なによ、あれ―――――」

 月の光にさらされて、ソイツは私たちの目の前に現れた。金色の、見るからに派手な、逆立てた金髪と同じ色の鎧。ソイツの圧倒的な存在感に思わず目を向けた瞬間だった。

 屋根の上のソイツが手を振り下ろしたかと思うと、空間から飛び出してきた無数の武具が中庭のキャスターに突き刺さった。

 泣き叫ぶ女の、断末魔。同じサーヴァント同士とは決して思えない、ただの一方的な蹂躙劇だった。

 もう、元の肉体が見えないぐらいに剣や槍がささったキャスターは、途中からは叫びをあげることも、倒れこむ事すら許されなかった。ひゅうひゅうと呼吸が聞こえていたのも、少しの間だけだった。それでも、キャスターへの蹂躙は、しばらく終わらなかった。倒れそうになる体を突き刺さる剣が支え、地に落ちようとする腕は貫かれた槍によって留められる。

 それを私は、自分の身を守る事もせず、ただ見ている事しかできなかった。この悪夢のような光景を、事実と認められなかった。

 自分は今は標的になっていない。でも、アヴェンジャーを失った今、私にアレを防ぐ手段などない。

 

 そうしてキャスターが消える。それを無感動な眼で見ていた金ぴかが次にやったのは、さっきと同じ攻撃で士郎とセイバーをあぶりだすことだった。崩れ落ちる渡り廊下から、必死に飛び出してくる二人。キャスターを倒した武器は、まだ中庭に転がっている。それなのにもかかわらず、空間を割って射出される剣戟の数々。二つ、多くても三つの宝具しか持てないとされる英霊のなかで、もしこれがすべて本物だったとしたら、私たちには勝ち目がない。文字通り火力が違いすぎる。

 ―――――たとえ、アヴェンジャーがいたとしても、だ。

 

「久しいな、セイバー」

 月光をその鎧で反射させ、屋根の上に立つその姿は、スポットライトを浴びた役者のようだった。仰々しいそのセリフも、その仕草も、それらすべてがあの男にふさわしかった。

 あれもまた、サーヴァント。それもアサシンなどとは違う、戦場を支配する英雄そのものだ。

 アイツには私と衛宮君は映っていない。いつでも殺せるような、虫けらにしか思っていないだろう。ルビーを思わせる真っ赤な瞳を細め、眼下のセイバーを見つめている。

「アー、チャー――――」

 当のセイバーは、そんな金ぴかを見て驚いている。あれもまた、セイバーの生前の知り合いなのだろうか。いや、でも彼女はあの金ぴかの事をクラス名で呼んだ。向こうもセイバーの事を知っているみたいだし、後で――――後があればの話だけど、聞かなきゃならない事が出来た。私の知らない間に、一度交戦したのだろうか。

 それにしても、位置が悪すぎる。角度が少しはあるものの、私、金ぴか、セイバーと衛宮君の並びで一直線だ。これでは合流できそうにもない。もしあの武器群が、二方向に同時に射出できるとしたならば、ほぼ不可能だろう。そうなったら最悪だ。

 

「どうした?感動の再会であろう。なにしろ10年越しだからな。迎えに来たぞ?そのような下賤の雑種など、貴様の魔力の足しにもなるまい」

 まずい。セイバーの魔力切れに、アイツは気が付いている。ここまで戦闘はほとんどないとはいえ、パスの繋がっていない士郎から魔力を受けられずに減っていく一方。キレがないのはそのせいだ。

 セイバーは油断なく構えてはいる。彼女があれほどまでに敵を睨んでいるのは、それだけあの男が危険な存在であるという証拠。あの物量差では、セイバーの宝具の真名解放でもしなければ、押し返すことは難しいだろう。地の利も悪すぎる。私がそんなことを考えていると、金ぴかはもう興味も無くなったのかセイバーから視線を外して―――――。

 

 ――――――赤い瞳が、こちらを射抜いた。

 

 全身が泡立つ。同じ赤でも、ランサーとも、アイツとも全然違う目。あの死徒を相手した時と同じ、すくみ上るほどの存在感に圧倒される。

 あれは、本気で怒っている目だ――――――。

「貴様か、我の庭を土足で踏み入れるモノを呼び出したのは」

 空間は光っていない。武器を出すつもりは、まだ、無いらしい。今まではアイツは歯牙にもかけていなかった。声を出したら殺される。そう思ったから、私も衛宮君も何も行動しなかった。いや、出来なかった。

 スッ―――――――と、その赤が細まる。

「ふん、たわけが」

 私の右腕に注がれたその視線は、なにを悟ったのか。もう私には興味がなくなったのだろう。再びセイバーに向き直る。

「ではな、セイバー。再会を祝すにはここはみすぼらしい。加えてネズミの血で汚れているとなればなおさらよ」

 そういって、くるりと踵を返す。無防備な背中をこちら見せるのは、私たちが取るに足らないという自信の表れだ。

 

 

「――――――いずれ、会うぞセイバーよ。次に出向くまでに心を決めておくがよい」

 

 

 

 

 

「―――――――――」

 死んだように眠っている身体を、大切に横たえる。何しろ、この人の躰は『特別製』だ。もし、受け渡しが上手くいっていなかったら。そのせいで、次に目を開けた『彼』が『彼』でなかったら。

 気持ちがはやる。心臓の音がバクバクしている。今まで灰色だった世界が、鮮やかな色を映しはじめる。この人がいなくなってから、何百年も経ったのだ。気持ちに一応の折り合いがつくのにはそれなりの時間だった。それでも、恋い焦がれなかったわけではない。思い出に仕舞っていたとしても、忘れたわけではない。

 兄様が死んで、私の世界は輝きを失った。この人がいない世界など、全くの無価値だと思えた。

 

 では、兄様に守られていたこの私は――――?

 私がここに居る意味は―――――?

 

 

 人間のように、神を信じることはない。輪廻転生など信じもしない。

 ただ――――――それらを信じる彼ら人間が、無性に羨ましくなったことはある。

 だって、彼らはそれを信じることで、死んだ人の安寧と、来世への帰還を願うのだ。そして、彼らの願いは、『信仰心』という力となって、彼らに恩恵をもたらす。

 私には、それが出来ない――――。

 

 朱い月と呼ばれた私たちの上位存在。彼に私や兄様は『創られた』のだ。人間でいう所の、『創造神』というのが私たちにとっての朱い月だ。

 ―――――笑えない。

 あれはただ私たちを生み出しただけだ。自分のために。私はそれの犠牲だ。兄様がいなければ、犠牲になった事すら知らなかっただろう。

 ―――――私が欲しいのは、兄様だけ。あの人が『私』を『私』にしてくれた。

 

 

 ―――――――始めに感知した時は、良くできた人形だと思った。それを壊しに来たら、まさか本物だとは思わなかった。一部だけだったけれども、それは構わない。ただ、問題があるとすれば、兄様が居るのが教会管理の名のもとに行われている魔術師同士の戦いの真っただ中だという事。

 他の使い魔に、兄様の残滓を壊されてはいけない。そして、なるべくなら教会と協会の勢力を敵にはしたくない。一番いいのは、勝者となった兄様に戻ってきてもらう事。だけど、それは叶わなかった。いや、兄様の魔力はそもそもこの星から与えられていたものだ。一部とはいえ、たかが人間一人が賄いきれるものではない。こうなるのは必至だったのかも知れない。

 

 ―――――あの青い槍兵との戦闘で、兄様は心臓を抉り取られた。それでも、元来の肉体の性質から、死ぬことは無かった。ただ、彼を縛っていたあの人間の小娘の魔力だけでは、いずれ消えてしまう。だから、私はその首輪に繋がっている鎖を奪いに行った。

 兄様の身体に空いた風穴を埋めるために必要な魔力を、それこそ全身を総動員して精製しつづける魔術師。明らかに魔術回路の容量を超えた魔力を吸い取られている。

 そんな、兄様を縛っている女の右腕を奪い取った。抵抗は弱弱しかった。当たり前だと思うし、あれだけの動きをしたことを褒めるべきだろう。

 それに、彼女には兄様を召喚した恩義もある。だから、私は兄様を奪う代わりに、一度だけこの戦争で手助けをすることを約束した。――――彼女がそれを聞いていたかは分からないけど。

 

 そして、奪ってきた腕に浮かんだ文様を、兄様をこの世に縛り付ける楔を、自分に移す。

 ちくちくと、私の手の甲に刻まれる文様。その痛みすらも今は愛おしく、彼とのつながりを感じられる。

 

 魔力パスは繋がった。これで、兄様は永遠に私のモノ――――――。

 

 

 地面に横たわる兄様の身体を抱きしめる。私よりも大きな身体、病的なまでに白い肌。女性かと見まがうような長い睫毛に、腰まで届く砂金を散りばめたかのような髪。どれをとっても懐かしい、そして今まで一度も忘れたことの無かった姿。もう一度、この胸におさまれる日が来る悦びに、体の芯から熱くなる。魔力パスと、肌から感じる確かな感触が、身も心も兄様と触れ合って混ざり合っていく。その麻薬のような快楽に、しばらく浸りつづける。もう、私が魔力を供給し続ける限り、兄様はどこにも行かない。私という楔からは、逃げられない。

 そうして、兄様の唇を奪う。すこし渇いていて、私のよりも冷たいそれを、私の暖かい舌でなぞっていく。その割れ目から中に侵入して、舐めてつつく。寝ている兄様の舌を、無防備なそれを犯していく。私の吐いた息が、兄様の中へ入っていく。兄様が吐いた息が、私の中に入ってくる。私の荒い息遣いが、迸る電撃となって身体全体を麻痺させていく。細く、美しい首筋に手を回し、深く、深く、抱きしめていく。それでもなんだか実感がわかない。もっと、もっと、兄様がここに居ることを、彼が自分と繋がっていることを全身で感じたい。ますます私は、四肢を絡みつけて、強く、強く、兄様の体を抱きしめた。魔力パスだけではなく、兄様の体に、私を刻みつけるように。私の中に、彼を取り込むように。

 

 ずっと、私の中で私と一緒――――。

 

 

 ひとしきり唇を堪能した後、真横に寝ている兄様を仰向けに寝かせる。その上にうつ伏せで乗る。かつて千年城で良く甘えていた時の恰好。その時には、優しく私の頭をなでる手があったけど、今はない。物足りなくて、お互いの左手を絡ませる。指と指が擦れあって、深くつながっていく。それでも足りなくて、今度は右手。足は自然と交互になっていて、絡み合う。修復したばかりの心臓に、耳を傾ける。生きている事の証左である、ゆっくりとした規則正しい拍動。

 めいっぱいに兄様の匂いを嗅ぐ。淡い柑橘系の匂い。昔からお揃いだった香り。私の匂いと交ざっていく。兄様は私だけの匂いに包まれて、私は兄様に包まれる。

 

 

 

 

 そうして、微睡のなかで浸っていると、兄様が一つ身じろぐ。魔力パスが、目覚めを教えてくる。

 やっと起きてくれる。不安はある。私の記憶があるのか、私を私と認識してくれるか。

 起きてくれたらなんて言おう。かっこよく成長したところを見せようか。それとも、これだけ待たせたことでめいっぱい甘えてしまおうか。

 

 ――――――そして。

 

 

 

 

「―――――――アル、ト?」

 

「――――――っ!」

 

 言いたいことはいっぱいあった。

 起きたら、次はどう言葉を交わすんだろう、なんて、いっぱい考えもした。

 ―――――でも、全部、全部、無駄。

 優しい、紅い光が見えたかと思うと、途端に目の前が良く見えなくなった。目が熱い。いっぱいいっぱい溢れてくる。でもこれは私には止められない。

 だって、これは今までずっと彼を想ってきた証拠だから。

 ずっと待っていた証だから。

 

 ――――――さっきは無かった、私の後頭部に感じる暖かい感触。

 

 

 

 涙はまだ、止められそうにない――――――。

 

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