「んん…」
けたたましく鳴る目覚ましの音で、今日も深い微睡から無理矢理起こされる。どうしてこう、私は朝に弱いんだろう。この十数年生きてきて、未だに慣れることができない。親の仇のように私を攻撃してくる目覚ましの不快音も、十分すぎるほど私に効いている。
もう間もなく始まる聖杯戦争が、一般人に対しての魔術の秘匿という点から夜間という限定された時間帯でのみ行われることが、私にとっては非常にうれしいことだ。今の私は、襲われたらひとたまりもないだろう。それだけ朝の寝起きはひどいと言える。
…そろそろ起きよう。七人のマスター、七騎のサーヴァントが揃った瞬間から、聖杯戦争は開幕する。ゆっくり寝てなどいられない。その時は、もう間もなく来るはずなのだから―――。
「――――」
…だるい。体を無理矢理起こし、一度立ち上がる。昨日寝る前には感じられなかった疲労感が、全身に広がっている。体を支えているベッドに、磁石で引き付けられているみたい。
未だきちんと開かない目をこすりつつ、窓に目線をやると、太陽は昇る前であった。優等生根性で、知らずに学校に行けるようにしていたらしい。
「寝よ…」
体が重い。だるい。この疲労感は、ただ単純に私が朝に弱いからとかじゃない。昨日、あれだけの魔術を行使したせいだ。こんなんじゃ、学校に行く気もしない。ズル休みなんて優等生がすることじゃないけど、学校は私にとってそれなりに気を使う所だ。ボロが出てしまう…なんて言い訳がましい。ホントは分かってるんだ。大抵のことは努力しなくてもできるけど、そこまで私は優等生じゃない。休みたい時は休む。今日はそんな気分だった。さっきは『ゆっくり寝てる場合じゃない』とか言っておきながら、私はもう一度ベッドに半ば倒れこみ、睡魔に身を委ねた。
◆
「ン――――」
もう一度、目を覚ます。今度は自分の体が勝手に起きたからか、さっきより調子がいい。部屋に差し込んでくる光はさっきよりずっと高いところにあった。どうやらお昼過ぎまで寝ていたらしい。学校は言うまでもなく遅刻。もう終わるかもしれない。でも、今日はサボるから私には関係のない話だ。
「―――まだ回復しないか。体の半分は持っていかれたから…」
魔力は思った以上に使われていた。久しぶりにゆっくり寝ていたから、寝起きだというのに気分はそれほど悪くない。でも、体は気分とは裏腹に重いままだった。そういえば、召喚後すぐに動けた私を、アヴェンジャーは称賛していた。マスターにとって、サーヴァントを従えるのはかなりの負担なんだろう。
「そうだった――――。私、召喚失敗したんだっけ―――」
セイバーを呼び出すどころか、イレギュラークラスだった。剣を持っていたし、セイバーで呼びだすことも出来たのだろうけど…。
「時間を間違えて、失敗しちゃったのよね…」
できればやり直したいけど、もうどうしようもないし。犯してしまった失敗は、もう否定できない。
「今日一日は魔力が戻るのに時間がかかるか…。彼を連れて街(戦場)の確認にしよう」
もぞもぞとベッドから出る。
暖かい布団の魅力は、私にかなりダメージを与えたとだけ、言っておく。
◆
「…うわ。すごい…」
元通りだった。寸分の狂いもなく元通りであった。穴の開いた天井、そこらへんに転がるそれらの瓦礫、それに破壊された家具、汚れた絨毯。まるで何事も無かったかのように、それが当然の状態であると言わんばかりに、昨日ぐちゃぐちゃだったリビングはまるで時間が巻き戻ったかのように完璧な状態であった。ここまでされてしまうとなんだか申し訳なくなってくるし、本当にアヴェンジャーが戦場で名を馳せるほどの戦士だったのか怪しくなって来る。
「すっごく華奢だったし…彼。執事とかじゃないでしょうね…」
リビングの状態は感心を通り越して感動してしまうほど。肝心の戦闘力が心配だ。
「おはよう、マスター。もうお昼近いのに起きてこないから、今日は一日寝ているつもりかと思ったよ」
その彼は、リビングで待っていたようだ。椅子から立ち上がり声をかけてくる。
「おはよう。悪いわね、ここまでさせちゃって。いくら貴方でも大変だったでしょ?」
「いやいや。君の魔力を使ってるんだ。掃除にも少し多め(・・)に使わせてもらったが、ただそれだけだ。大した労働はしていない」
…どう考えても重労働だと思うんだけど。本当に執事かなんかだったんじゃないのだろうか。激しく不安になる。
「で、貴方自分の正体は思い出せたの?」
いや、と首を横に振るアヴェンジャー。
…やっぱり事態は深刻だ。一日たっても思い出せないなんて、そう簡単に思い出せることじゃないって事だ。
「―――わかった。貴方の記憶はおいおい取り戻すことにして…。今日は街に出るわよ。戦場を知っておくのも重要でしょ」
「そうだな。なら支度をしてくるといい。ここで待ってるよ」
「…違うわよ。その恰好は不味いわ。剣は隠せていないし、コートはくたびれてる。恰好でサーヴァントってことはばれないかもしれないけど、ただの不審者よ、貴方」
「ああ、そういう事か。でもそれには及ばない。私たちは元々霊体だから、通常は霊体化で過ごして君の負担を減らすのが普通だ。会話とかはできるから、安心してくれ」
それにそこまでひどいかな、などと自分の体を見回すアヴェンジャー。私はそれが少しおかしく思えて、クスリと笑った。だって、その仕草が普通の人間みたいなんだから。
「分かったわ。じゃあとりあえず行くわよ。貴方の呼び出された世界、戦場になる街を見せてあげる」
「そうか。だが、少しいいかな?」
「な…なに…?」
「君の名を教えてもらっても?本来なら、名を聞くときは自分から…というのが礼儀だが、あいにくその名を今は持ち合わせていない。クラス名のアヴェンジャーで勘弁してくれ」
ふと、そんなことを彼は口にした。マスターとサーヴァントなんて、令呪で縛り、縛られる関係だ。聖杯を巡って両者の意思が合致し、等価交換による一時的な協力関係でしかない。それなのに、彼はそれ以上に信頼関係を築こうとしている。
「私は遠坂凛。好きに呼んでちょうだい」
少しぶっきらぼうだったか。自分でも頬が熱いのがわかる。きっと彼にもばれているだろう。ちくしょう…。
「そうか…。ではリン、これからよろしく頼む」
そう微笑んだ彼が、すごく綺麗で。思えば私は、彼の顔をしっかりと見たことがなかった。目立つのが、腰まで伸びる絹のような輝きの金髪。そのなかでも右のこめかみにかかる一房の白銀の髪は目を引く。顔は端正で整っていて、長いまつげに彩られた目は美しく、そしてどこか怖さを秘めた紅い瞳。全体的にこの世のモノとは思えない。英霊とは、全員が全員、このようなものなのだろうか。
「ええ。いつか、貴方の本当の名を聞かせてねアヴェンジャー」
その私の言葉に、もちろん、と彼はうなずいた。
「それじゃ、出発しましょ。時間は有限、のんびりする暇なんて無いなんだから」
◆
アヴェンジャ―を連れて外に出る。彼は霊体化して、私のそばにいる。彼は消えていて私には見えないが、彼がそこにいるのは私にはっきり感じ取れる。
私たちの住んでる街、冬木市は大きく分けて二つの地域に分けられる。
昔からの町並みを残した深山町と、川を挟んで近代的な開発が進む新都。
私の家があるのは、古い町並みの深山町のほうだ。
新都と深山町をつなげるのは大きな赤い橋である。これが街を縦断する川の両岸をつなげている。新都はその名の通り、数年前に大きな駅ができ、急速に発展している地域だ。同じ冬木市でも、新都と深山町はまったくの別物と考えたほうがいい。
新都がここまで成長を遂げたのは、ここ十年くらいのものである。十年前の大火災で住宅地はほぼ全焼。まるっきり人が住まなくなった土地を利用し、こうした発展を遂げている。ビルは建つし、娯楽施設も豊富だ。
―――そして、その災害の中心にあるのが、新都の公園。周りが再開発される中、ポツンと忘れられたかのように人の手が入っていない。まるで、公園という形にすることで、それらを放棄したように。
「ここ、どう思う?アヴェンジャー」
隣にいるであろうアヴェンジャーに話しかける。もちろん、今の彼は見えていない。
「―――広いな。だが、ここまで人気がないというのは…」
「やっぱりそう思う?まぁここはちょっと曰くのあるところだしね」
ぐるりと公園を見回す。公園自体は整備されていて子供の遊び場となっていてもおかしくない。だけど、ここはただ閑散とした空気が漂っているだけ。
「十年前に、今の新都で大きな火事があったって話したでしょ?ここがその一番中心。火は一日中燃え続けて、雨が降ってようやく消えたんだって。その後、ここは復興から取り残されて、今はこのままなの」
そう、何もなくなった土地を何かを建てるまでもなくただ公園にした。
「――――」
アヴェンジャーは何も言わない。ただ、私の次の言葉を待っている。
「…ここが前回の聖杯戦争の決戦の地。私も事情は知らないけど、前回の聖杯戦争はここで終結して、それきりよ」
「―――なるほど、な。人はそれを視覚することはできない。しかし、本能の部分でそれを感じ取り、生命の危機を回避しようとしている。こんなにも怨念に満ちている土地を嫌うのは当然とも言えるか」
「ふうん…分かるんだ。そういうの」
「言ってしまえば君よりこちらの方に近い存在だしな。さっき町を巡った時にところどころ濃い部分もあったが、ここは別格だ。精神が弱い人間なら一日ここにいただけで異常をきたすぞ」
あまり面白くはないのだろう。平坦な声が、右隣から聞こえてきた。
「だから、みんな近づかないのね――――痛っ…!?」
唐突に、右手が痛んだ。
「どうした?大丈夫か?」
右腕に刻まれたマスターの証、令呪が痛む。ズキズキと、主に注意を呼びかける鈍い警告。サーヴァントへの絶対命令権とかブースターの他にも、このような役割がある。
「――――誰かに見られている」
「――――」
隣の気配が鋭いものに変わる。私も周囲に意識を伸ばす。張り巡らされた蜘蛛の巣のように、公園内の索敵にかかる。
「アヴェンジャー、分かる?」
「…いや、分からないな。だが、君への攻撃は防いでみせる」
「頼もしいことだけど…貴方が分からないのなら、相手は魔術師。マスターの方ね」
「…令呪は令呪同士で反応するのか。ならば、マスター同士は出会えば互いが認識できるんだな。と言うことはリン、君になら分かるのでは?」
「ええ。でも、魔術師は基本的に秘匿するものでしょ。隠し方だって彼らは心得てるし、令呪は魔力で発動するものよ。魔術回路を閉じられちゃ、令呪は反応しないでしょうし」
「手詰まり…か。しかも、こちらは位置を知らせている」
「別にいいんじゃない?どちらにしても、倒さなきゃいけないのは変わりないんだから。こっちから出向く手間が省けるんだし」
「リン…君のいう事は最もだが、それは敵の強さが分かっているときに限る。まだまだ情報は少ない。だが…必要以上に臆病になる必要もないな。せいぜい付きまとわらせておくさ」
その後も、私たちはかなり歩いた。そう、もう隅から隅まで…とは言わないが、霊脈が強いところとか、交通上に重要なところとか。これでもかというほど付きまとう視線を振り回して、私たちは歩き続けた。その甲斐あってか、時刻は午後7時。冬の太陽は既に沈み、新都は人工の明かりで彩られる。そんななか、一番いい景色を見るために、私は有るところにいた。
ごう、という風。遮るものは何もなく、自然の驚異は私を容赦なく襲う。新都で一番高いビル、その屋上。そこから見下ろす街並みは、今日の締めくくりにふさわしい。さっきまで歩いた場所も、ここからなら一望できる。
「なるほど…な。ここに来たのは正解だ、リン。バラバラだったピースが、ここなら当て嵌められる。今日の成果も、ここに来てこそ完成するというもの。町の作りは把握できた」
そう言いながらも、目を細め町の全景を見続けるアヴェンジャー。彼は今、私の前に実体化している。ここなら一般人に見られることはないし、マスターたちにはいずれ知られることだ。外見だけで正体を判断されたのでは、クラスをつけて真名を隠す必要などない。
戦場の把握を邪魔するわけにはいかず、私は少し彼から距離をとり、ビルの端に移動する。下では、車のヘッドライトや街灯などが見えるが、しょせん私が見えるのはこの程度。彼は同じ景色を見ていながら、その実私とは全く違う世界を見ているのだろう。
「―――少なくとも、新都を根城にしているのが一人いる」
公園でアヴェンジャーが言っていたけど、まずは情報戦だ。誰がマスターで、誰がどのクラスを引き連れていているか、あわよくばその真名まで。少しでも情報を得ようと躍起になっている。
「――――?」
どこからか視線を感じる。敵意のない視線。素人のそれは、下からだった。目に強化をかけて、視力を上げる。
「――――」
バイトでもやっていたのだろうか。一般人の彼は、同じ高校の制服で、少し校内で有名な人間だった。私も何度か廊下ですれ違ったことがある。なぜか私を毛嫌いしている生徒会長との会話に紛れて、一言二言言葉をかけた程度。知り合い…の域を出ない。
「どうしたんだ。何か見つけたのか」
ずっと一点を見つめていたアヴェンジャーが声をかけてくる、彼の方は終わったらしい。
「別に。ただの一般人よ。こっち見上げてたから」
ただの偶然…月でも見ていたのだろう。私はそう思うことにした。
「帰るわよ、アヴェンジャー。町の把握は終わったようだし、私もまだ召喚疲れが残ってる」
「了解した、マスター」
アヴェンジャーが再び霊体化したのを確認し、私は家路についた。
家について、リビングで彼と向き合う。
「じゃあ私は寝るけど、後のことお願い」
「了解した。回復に努めるといい。いい夢を、マスター」
アヴェンジャーと別れ、ベッドに入る。明日になったら、本格的に聖杯戦争が始まる。
十年前。父が魔術師のすべてをかけ、なしえなかった偉業。敗れ去った戦争に、私は明日から身を投じる。
◆
「私、学校行くから」
朝食を済ませ、アヴェンジャーが今後の方針を聞いてくる前に、私は先手を打った。その言葉に難色を示すアヴェンジャー。眉間にしわが寄っている。
「いい?私はマスターになっても基本的に生活を変えない。魔術師は秘匿されるべき存在。一般人の多い学校なら、逆に大丈夫だと思うけど」
「君がそういうなら、俺はもう何も言わないよ。好きにするといい」
なかばあきらめに近い形で、彼はすんなり折れた。
「でも、貴方にも来てもらうから。護衛、期待してるわよ」
そういうと、彼は鷹揚に肯いた。
何事も無く登校した私は、いつもとは違う学校に迎えられた。隣のアヴェンジャーも変化を感じ取っている。
「リン。今からでも考え直さないか?」
「何言ってんの。私のテリトリーにこんなん仕掛けてんだから見つけてぶっとばしてやんないと。行くわよ」
校門についた私たちは、あまりの異変に立ち尽くしていた。空気がよどんでる。学校全体に、結界…悪いほうのが張られようとしている。犯人は見つけ次第ぶっとばしてやると、私は決めた。
一日が終わり、この気持ち悪い結界を解除しにかかる。教室や廊下、校庭などでそれぞれ基点が見つかった。巧妙に隠されたそれを見つけ出すのはなかなか労力を使う。そんなことをしているうちに、時刻は午後八時。私たち以外に残っている人などいない。
「―――これで七つ目か。これが起点みたいね」
先ほどまでの六つとは打って変わり、最後に上がった屋上では堂々と刻印が刻まれていた。見たこともないカタチ、聞いたこともない文字。そこに含まれる膨大な魔力量。明らかにマスターかサーヴァントの仕業だ。私の手に負えるものじゃないし。
「――――」
先ほどから実体化しているアヴェンジャーは何も言わない。しかし雰囲気は穏やかではなく戦士のそれである。この結界の正体を知ったに違いない。かなり性質のわるいこの結界、発動すれば内部の人間を溶解させる。正直ここまでできるのはサーヴァント以外ありえない。人を溶解させて、生命力―――魂を喰らうのだ。サーヴァントは元々霊体、魂は彼らのエネルギー源となる。
「周囲の人間からエネルギーを奪い、自身の魔力量で足りない部分を補い力を増す…。戦争を行う以上、善悪を除けば戦略としては正しい」
アヴェンジャーが自分の意見を言う。だがその美しい顔はゆがんでいる。嫌悪感を持っている証拠だ。
「そう…。とりあえず消しましょう。気休めにしかならないかもしれないけど、邪魔くらいにはなるでしょう」
地面に刻まれた呪刻に近寄り、左手を差し出す。その腕に刻まれたものは魔術刻印と呼ばれ、遠坂の家が伝える魔道書だ。
意識を切り替え、魔術を行使する。破壊しようと手を伸ばし―――
「なんだよ。消しちまうのか、もったいねぇ」
気配の接近を、認識できなかった。響く第三者の声。
「―――――!」
とっさに立ち上がり、声の主を探す。
給水塔の上。全身を青い鎧で包んだ男が、月を背に座っていた。
一言男を表すなら、肉食獣。吊り上った口元とそこから見える歯は、獲物を見つけたそれに相違ない。
「これ―――あなたの仕業?」
「いんや。そんな魔術師じみた戦い方、俺はしねぇ。どちらかというと、あんたの後ろの兄さんとおんなじ部類さ」
軽々と、それでいて殺気に満ちた声。雰囲気はもう、歴戦の戦士でしかありえない。
「やっぱり、サーヴァント…!」
「そういうお嬢ちゃんは、俺の敵でいいんだよな?」
そういいつつ、男が虚空をつかむように右手を上げる。次の瞬間、そこには紅い二メートルもの凶器があった。
禍禍しく、絶対的な存在感。武器ひとつでこれほど恐ろしいとは思わなかった。いや、それを可能にしているのは男の方か。なんにせよ、自分の本能が、決して戦ってはいけないと警告している。
「――――!」
来る―――と思うより早く、私の体は横っ飛びで飛んでいた。そこに迫る紅い閃光。一瞬前にいたところは、鋭くえぐれていた。あのままだったら命はなかっただろう。私の命を救ったのは、アヴェンジャーだった。とっさに手を引き、私の位置をずらしたのだ。このままじゃやられる―――!
「アヴェンジャー!」
声をかけるかはやいか、彼は私を抱きかかえ、軽々と跳躍する。三階建の校舎から、何のためらいもなく飛び降りた。
「だめ―――!間に合わない!」
抱きかかえられた体制からは、飛び降りながら閃光を放とうとしている青男が見えた。このままじゃ、地面に着くより早く突き破られてしまう―――!
「まかせろ」
耳元の声はこんな時なのにひどく落ち着いていた。槍はもう繰り出されようとしている。だが、彼は何の動揺もなく、当たり前のように空中を蹴った(・・・・・・)のだ。
ブオン、とさっきの落下コースを閃光が走る。それをしり目に見ながら、まるで猫のように彼は音ひとつなく降り立った。そのまま、アヴェンジャーは目の前の校庭に駆ける。
けど、
「よう、鬼ごっこは終わりかい?」
アヴェンジャーと私の行方には、青い男が待っていた。
「――――」
何も言わず、アヴェンジャーは私を下した。そしてそのまま私の前に出て、青男と対峙する。その背中は、なんの力も入ってなかったが、それが非常に頼もしかった。
「―――へぇ」
男の口元はますます吊り上る。見える犬歯が鋭く光る。
「嫌いじゃないぜ、そういうの」
紅い槍をくるくると回す。それが振るわれるたび、ごう、という旋風がこちらまで届く。どれほどの重さなのか計り知れない。それを軽々扱う男は―――
「ランサーの、サーヴァント―――」
「いかにも。そういうアンタのサーヴァントはセイバー…じゃねえな。何者だ、てめぇ」
視線が鋭くなる。先ほどの気安さ、軽い雰囲気は霧散した。今、男が纏うのは闘気と殺気のみ。アヴェンジャーの後ろにいても痛いぐらいだ。
「アヴェンジャーのサーヴァントだ。よろしく頼むぜ、槍の騎士殿」
だが、そんなことを感じないかのように、私のサーヴァントは答えた。
「アヴェンジャーだと?イレギュラーか」
目を細めるランサー。明らかに面白くなさそうだ。
「そうだ。しかし、我ら英霊をたった七つで括ろうとするのがそもそも不可能ではないかな?それに―――」
そういいつつ、アヴェンジャーは抜刀する。細身の曲刀、所謂日本刀というやつだ。どう見ても西洋人のアヴェンジャーが日本刀を使うなんておかしい。あんまりにもちぐはぐで、そんな英霊聞いたことない。けど、今は彼を信じるしかない。
「―――戦士なら、武器(エモノ)で語れってか…。いや、確かにそうだ。どっちもお前が言う事は正しいわ。アヴェンジャーとか言ったな?なら――――」
行くぜ――――?
紅い閃光が放たれた。