その身に宿すは月の意思   作:すぷれえ

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たぶん直します。

クリスマスだから投稿しろよ(意訳)という圧力を受けました。
 
ありがたいことです。


19 その手には

 

 

 そこは、月下の花園だった。

 白き花が辺り一面に咲き誇る、どこまでも広い箱庭。それが四方を囲まれた、閉ざされた世界だと思わせないような、遥か彼方すらも終わりのない閉じられた劇場。

 星より振る光は、可憐な花弁によって広げられ、空間を彩る。

 

 そんな白い世界に、はっきりと分かる異物。

 激しく動き回る紅と、それに追随する黒。

 二つの点が、くるくる回る。

 

 くるくる。

 くるくる。

 

 定められた運命(Fate)に抗う愚か者の戯曲。

 

 主演は男と女。長い金の髪と、自然界には無い金の双眸。黒き衣装に身を包んだ男と、純白のドレスを着飾った女。女の化粧は赤黒いワインを少々。

 演出は女を愛した神父。彼の極上の酒は女を酔わせる。

 繋がれた糸は激しく。人形は四肢を躍らせる。

 この舞台にふさわしい、最も美しい男女の魂の交わし合い(殺し合い)

 地は抉れ、風は荒れ狂い雄たけびをあげる。

 振るわれた腕は轟音を伴い、それを防ぐ腕は軋み、火花を散らす勢い。

 

 

 鬼のような牙。見開かれた、縦に裂けた瞳。血に堕ちた女は理性を失い、唯一の肉親に飛び掛かる。

 それを必死に防ぐ男。彼に残された手は用意されていない。一方が死に、一方が生き残る、そういう風に物語は書かれた。

 役者に筋書を違える力はない。

 与えられた演目で、ただ操り人形のごとく動くのみ。

 

 女は演目を知らない。それすらも神父が凝らす演出の一部。ただ狂った己の姿を知ることもなく、鬼に堕ちた女は怒りのままに腕を振るう。目の前の障害は、ただ壊すものでしかない。何故壊れないのかも知らない。なぜ防ぐのかもわからない。それすらも疑問には浮かばない。ただ、命令(台本)のままに破壊を続ける。

 

 男は抗う。この終末をなぞるわけにはいかない。認めるわけにはいかない一線だった。どうにかして、止めなければならない。美しい女を、ここまで醜く、そして最も忌むべき存在へと換えられたまま、見過ごすわけには、そして逃げ帰るわけにはいかなかった。

 

 手を伸ばせば、触れられる。そんな距離なのに、絶対的な隔たりがある。そういう風に、描かれた。女には、もはや目の前の存在が、ただの壊しにくい石か何かにしか見えていない。その男にどんな感情を抱いていたのか、そもそもその男が誰なのか、自分が何者だったのか、それすらも分からないでいる。そして、その一番忘れてはならないモノを忘れている事に気が付かない。

 

 そういう意味では女の精神はとうに壊されている。死んでいるといっても過言ではない。後に残されたのは、その女の皮を被った殺戮者だけ。

 

 くるくる。

 くるくる。

 

 

 

 

 

「―――――――」

 ――――――――朱い。

 

「―――――――」

 ――――――――朱い。

 

「―――――――」

 ――――――――朱い。

 

 まるで朱いフィルムを通しているようだ。頭の中に雑音が入って、耳も聞こえない。

前の黒いモノはナにカ―――――。

 ナにか、うゴいてイる―――――。

 よク、わカらなイ――――――。

 壊せ。

 こわせ。

 こワせ。

 コわせ。

 コワせ。

 コワセ。

 

 ただ、動く。壊すために動く。それだけ。

 止められる。

 まだ動く。

 コワセ――――。

 

・・・・・・

・・・・・

・・・・

・・

 

「――――――!」

 ―――――――風が、吹いた。

 

 アタタかい―――――

 

 靄のかかっていた頭が、はっきりしてくる。

  何――――――?

 

 朱いフィルムが、取り払われる。

  誰――――――?

 

 腕が生ぬるい。

  何故―――――?

 

 腕が動かせない。

  何故―――――?

 腕が抜けない。

  何故―――――?

 

 腕が、刺さっている。

  何に―――――?

 

 顔をあげる。

  誰――――――?

 

 この人知っている。

  誰――――――?

 

 ――――――、――。

 

 

 

 

 

「あ、―――――」

 

 

 吐息が漏れる。金の瞳は、紅に戻る。

 頬に飛んだ赤い液体。

 深々と刺さった自らの右腕。

 

 ―――――――兄に刺さっている、自分の腕。

 

 

 

 

 兄さんが、私を助けて、どこかへ行ってしまった。

 そのせいで、姉にあたる人に、怒られた。

 兄さんは、消えてしまった。

 私のせいで。

 私の、せいで―――――。

 

 

 

 

 

「―――――今日も会えないなぁー。ねぇ、志貴ぃ、見つからない?」

「そんなこと言ったってな、アルクェイド。確かにお前ぐらいの明るい金髪と白い肌だったら見たら一発で分かるだろうけど、流石にこの平日のオフィス街じゃ人が多すぎるよ」

「むぅ…」

「だいたい、今は「サーヴァント」、っていうのになってるんだろ?しかも夜しか戦わないって先輩だって言ってたじゃないか。今よりも夜に探した方が見つかる可能性は高いと思うけどな」

 未だに口を膨らせて、あからさまに「私、いじけてます」とアピールしてくるアルクェイドに、志貴は内心息を吐く。それでも、彼女が勇気を出して毎日歩いているのを、志貴は知っている。不安に揺れ動くアルクェイドは、志貴と二手に分かれて探す様なことを絶対にしない。それは、決して志貴がリシュアン=ブリュンスタッドにあった事がないから、という理由でない事は明白だった。

 この冬木の街に、彼らが電車を乗り継いでやってきて、既に3日は過ぎている。その間、聖杯戦争に参加している召喚者には会う事が出来た。しかし、その時すでに彼女の兄は隷属の縛りを断ち切り、去った後だった。

 それから、二人に手掛かりはなし。同じくこの街に来ているはずのシエルも、教会の事でかかりっきりらしく、冬木に来てから会った事はない。

 

 ――――――アルクェイド=ブリュンスタッドは、バカだ。

 志貴は、常識に欠けるところのある彼女にしばしば言う。

 でも、それは彼女が悪いわけじゃない。何も知らなかった、知らされていなかった、そういう生き方しかできなかったからだ。

 彼を取り巻く、「遠野」と「七夜」、それにある意味「世界」通じている魔眼「直死の魔眼」。それら全てが、魔法使い「ミス・ブルー」との会合を経て、今の遠野志貴を形作っている。その中で、彼はある女性と出会った。

 古くから続く因縁。確執ある妹と、もう一人のシキ。子供の頃、その一端にさらされながら、何も知らずに生きてきた。それが、『真祖の姫君』アルクェイド=ブリュンスタッドに触れることを発端に、再び志貴を襲った。

 それでも、志貴はアルクェイドの事を好いている。それに対して、青髪の先輩だったり、妹であったり、双子の使用人にはいろいろ言われつづけているのだけれども。

 

 彼女と近しくなって、志貴は彼女が過ごしてきた800年の生き方を知った。同時に、彼女やもう一人のシキを狂わせた神父には殺意が湧いたし、そんな殺戮者の生き方を強いた真祖には今でもより強い憤りを感じている。

 アルクェイドの、数少ない対人関係の中で、志貴が最も感情を持て余しているのが彼女の実兄だ。彼女から語られるのは、いかに兄が優れた真祖であったか。だが、そこに彼女自身が何かを兄にして貰った、という話がほとんどない事に志貴が気付くのは早かった。彼女から語られる英雄譚は、妹という贔屓目を差し引いても強大な力を持っていたことが志貴にも容易に想像つくものだったし、それだけの力を持ち得ながら、アルクェイドを導くこともせず、『蛇』の呪いに苦しむアルクェイドを助けることもしない。志貴が始め、リシュアンという存在に感じたのは明確な義憤であった。

 その衝動に駆られて、志貴は一度だけ聞いたことがある。

『今は何をしているんだ』という志貴の言葉にも、彼女はあいまいに笑って返すだけ。アルクェイドが兄の今について、頑なに話さないその理由を志貴が知り、疑問と確かな怒りが沈静化したのは、青髪の先輩にすべてを聞いた時だったけれども。

 

 「彼女は、いわば『カウンター』なんですよ。真祖として突出した力を持つ第三席に、他の真祖は恐れをなしたんです。自らの身の危険を感じた真祖達が、第三席を倒しうる抑止力として生み出したのが、彼女なんです」

 

「ロアの策略によって、アルクェイドは一度堕ちました。それを救い上げたのがリシュアン=ブリュンスタッドなんです。ですが代償として彼はこの世から消え、貴方も知っている通り、アルクェイド=ブリュンスタッドが奪われた力は未だロアが所持しています。どのように彼がその『奇跡』を成し遂げたのかは知りませんが―――――――」

 

「―――――――彼は、自らを犠牲にして彼女を助けたんですよ。力を失ったとはいえ、唯一にして最大の欠陥である『吸血衝動』を取り除いたんですから」

 

 それを聞いたとき、志貴の中に確かにあった怒りの炎が、一瞬で鎮火した。そして、後に残ったのはリシュアン=ブリュンスタッドに対しての疑問だった。敵として作られたアルクェイドのことを、本当はどう思っていたのか。一見楽観的に見えるアルクェイドが、実は悲観的なモノの考え方をしているのを、志貴は彼女と触れ合って知っている。志貴のことだって、アルクェイドはその寿命と、生命としての種の違いから、未だにいつか訪れる別れに見ないふりをしている。志貴自身は、意地でもついていく事を、心に決めているのだけど。だから青年は、民間人とて一歩間違えば死に至る魔術師同士の戦争の中にすら、愛する人についていくのだ。

 

 自分が、彼女の一番になりたい。志貴の心には、少なからずアルクェイドを自分だけのものにしてしまいたい独占欲がある。志貴自身も認めるところだ。だが、それには彼女の兄という大きな壁があった。その壁を越え、もう会えない故人との関係を埋めていく作業には、時間ばかりが唯一必要であるはずだった。その死んだはずの個人が魔術であれ宗教的な輪廻転生であれ、たとえ抑止力の副産物であろうと甦ったのであれば、再び会うことで一足飛びに進められる好機には変わりはない。

 

 純粋に、会ってみたい。そして、話をしてみたい。アルクェイドから兄が居るかもしれないという事を打ち明けられた時、志貴にはそんな願望が湧いた。

アルクェイドの事をどう思っていたのか。

なぜ、同胞とも言える真祖を殺して回っていたのか。

 他の真祖によって(アルクェイド)をぶつけられるとは、どういう心境だったのか。

 今なお、自身に観念を囚われている妹を見て、何を思うのか。

 

 志貴はそれを、知りたかった。

 

 

 

「ぐ、うっ―――――――」

「ほら。そんなガラス細工みたいな身体で未だに現界し続けてるんだ。まるで亡霊みたいじゃないか。妄執だけで、意地汚い」

 メレム・ソロモンが、リシュアン=ブリュンスタッドを踏みつけている。大の男が子供に顔を踏みしだかれて、グリグリと形を歪められているのは異様な光景である。シエルの予想に反して、第三席は遅かった(・・・・)。この世界で最も強く、速いはずのその身体は、すこしでも動かしたら崩れてしまう砂の城を、ゆっくりと動かしているような緩慢さしかなかった。真祖特有の、常人とはかけ離れた身体能力は見る影もない。

「このまま殺してやりたいところだ。本当ならね。でもお前の『起源』を奪うまで、ボクにはお前を殺せない。埋葬機関で厳重に保管してやるさ。大事な妹様を護る騎士気取りの背後霊に成り下がったところで、嬉しい事にボクにとってのお前の価値は失われていない。むしろ、無理矢理にでも再び現界してくれて感謝してやってもいいな。それもボクが御しやすい形で。お前が望んでいるのは見当がつくが、残念ながらお前は既に世界の一部だ。万に一つの可能性を見逃すほど、この星は馬鹿じゃない」

 メレムが、第三席を回収するつもりであった事に、シエルは安堵する。この場で殺してしまうなど、ナルバレック以下埋葬機関から元締めの教会に至るまで、シエルに対する非難は囂々であろう。いざとなれば、連れ帰ることをメレムに力づくで了承を得なければならないところだった。何があったかは分からないが不調そうに見える第三席ではあるものの、彼の前でそれだけは全力で回避しなければならないことは明白。メレムにもその状況判断はできると思ってはいるものの、何をしでかすか分からない、相棒とも言えないこの微妙な関係の死徒は万が一を考えなければならないとシエルは思っていた。

 

「メレム。第三席を確保したのなら帰りましょう。ここは聖杯戦争の中心地。サーヴァントを魔術師たちにぶつけられては面倒です」

 そう言うと、メレムはようやく足を地面につけた。真祖は、まだ地面に倒れ伏している。起き上がる気力はなさそうに見えるが、シエルは第三席がこのままになるとは思えない。

「―――――それもそうだね。こうなるのならマグダラの聖骸布でも持ってくるんだった。後はあの『偽物』を殺して―――――――」

 そこまでメレムが言ったとき。その言葉がトリガーになったのか、身動きすら取れず、メレムに踏みつけられても目立った抵抗をしなかったリシュアン=ブリュンスタッドが、バネ仕掛けのように跳ね起きた。動揺したのか、メレム=ソロモンは動くことをしない。シエルとメレムの前で、真祖はまるで霞のように掻き消えた。

 

「メレム」

「アレが、サーヴァントの『霊体化』か。亡霊に身を窶した奴にはお似合いだね」

 第三席が、どこに消えたのかは分からない。洞窟内に足音が響くこともなく、かといって、先ほどまでの荒い息遣いも聞こえては来ない。

 しばし、沈黙が続く。生気(オド)と『テンノサカヅキ』の駆動音だけが静かに響く。生者のいない洞窟。しかし、皮肉が効いたことに、この星の生命の息吹ともいえる生気(オド)の密度は高い。

「取り込んだか――――――。まあいいさ。まだこちらも準備をしなければならないね。戻ろうか。シエル」

 

 

「メレム」

 

 

 思えば、この街に来てから常に彼が先導していた気がする。別に自分が先を歩きたいなどと言う幼稚な考えは持たないけれど、どうあってもシエルには違和感がぬぐいきれなかった。久方ぶりの、それももう死んだと思っていた仇敵と決着をつけるこの大チャンスに、気が逸っているといわれてしまえばそれまでの話なのだが。洞窟を出ようと、徒を進めたその小さな白い背中を、シエルは咎めた。

「―――――――何か、私に話さなければならないことがあるのではないのですか」

 

「何が?」

 振り向いたその顔は心底わからないといった子供のそれで――――――。

 

「貴方は、この街に来て、何を考えているのですか。何をしようとしているのですか――――――――――――?」

「仮にそうだとして、何をシエルに話すことがあるのさ。シエル、ボクにいつもいつも言ってるよね。『私は人間のつもりです』って」

 不敵な笑みを湛えた紅い眸に、シエルは何も言えなかった。

 

 

 

 坂道を上る。ここで狂戦士と戦ってから、私たちの聖杯戦争は始まった。最近は冬にもかかわらず暖かいともいえる快晴が続いていたものの、今日は泣き出しそうな曇天だ。

 

 私と士郎、セイバーがここに来たのは理由がある。昨日の夜、士郎の家にアーチャーがやってきた。最終的に宝具の打ち合いになった結果、セイバーの『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』と同出力以上の一撃が、私たちを襲った。結果的に士郎が『全て遠き理想郷(アヴァロン)』を展開して、あの金ぴかは帰っていったけど、士郎も何故展開できたのか分かっていないし、セイバーの宝具ではあのアーチャーに太刀打ちできない。私の魔術でセイバーの能力を上昇しても変わらないし、令呪を使っても倒せるかどうか。だからといって士郎の『全て遠き理想郷(アヴァロン)』に頼るのはナンセンスだ。

 動けるのは今。イレギュラーサーヴァントのアーチャーの事は、前に綺礼に話してある。監督役として、何か掴んでいるだろう。いけ好かない相手だけれど、あの兄弟子の腕が確かなのは私が一番知っている。なにせ、父さんが弟子に選んだぐらいなのだから。

 

 

「――――――――――」

 ついた。暗い空に、白い壁の教会はくすんで見える。周りは森だというのに、鳥の囀りさえ聞こえない。まるでソコだけ切り取られた、あの冬木の公園みたいだった。士郎もセイバーも、何も言わない。私たちは目線だけを合わせた後、扉を開けた。無論、セイバーも今回は教会へと入る。

 

「入るわよ、綺礼」

 扉を開ける前に、なんとなく分かっていた。返事はない。礼拝堂には人の姿が見えなかった。別に、コレは珍しい事ではない。教会には此処にしか部屋がないわけではないし、綺礼の私室だってここにはある。私がここに来るときは大抵が彼の呼び出しに渋々行く時だし、連絡を入れるから、彼が礼拝堂で出迎えることが多いのは事実だけれども。

「行くわよ。きっと奥の部屋だわ」

 危険が、ない筈なのだ。この監督役の拠点たる教会が墜ちることは、聖杯戦争の暴走を止める人間が居なくなるという事。だから、ここは不可侵の領域でなければならないのだ。魔術師という人種が、そもそもプライドの高い人間たちだ。だから、それが成り立っていた。だが、この嫌な予感はなんだろう。胸が締め付けられる感覚は。セイバーは普段通りにしていたが、士郎は明らかに顔色が変わっていた。だが、ここで引き返すという選択肢は、私たちにはない。

 

 中庭に出る。ここも何度も通った道だ。綺礼の性格では中庭の造形など、気にも留めなくてもおかしくはないけれど、どういう訳かいつもここはある程度整備されていた。

「―――――――っ、はぁ――」

 後ろから、息の切れる声が聞こえる。

「――――――大丈夫ですか?マスター。無理をせず、礼拝堂で休んでいるのも手ですよ。神父には私とリンで会いに行きます」

 喉が渇きを訴えたように、士郎の身体は痙攣していた。明らかに体調が悪そうだ。以上といってもいい。先ほどまでは何事も無く歩いていたのだから。

 

「いや、いい―――――。行かないといけない。戻るわけには、いかない」

 そういって、士郎は壁を伝ってゆっくり進む。足を引きずり、鉛に体を変えられたかのように、愚鈍だった。

「ああ、もう、見てらんない―――――――!」

 こいつの行動に溜息を吐いたのは何度目になるのだろうか。もう数えることをやめてしまいたい。士郎の腕を強引につかむと、自分の肩に回した。程よくついた筋肉の男の体は、やはり重たい。士郎の心臓が、フルマラソンを走った後のように全力で拍動しているのを感じる。コイツが私以上感じ取っている何かに、私は立ち向かえるのだろうか。

 

「――――――――地下…?」

 その呟きは、いくばくか歩いた後だった。肩に回しているから、士郎の声が近い。囁きに近いそれも、私はきっちりと聞き取ることが出来た。

 琥珀色の士郎の瞳の先を追うと、闇の中に階段が浮かび上がっていた。壁と壁の間、何度も訪れている私が、見つける事が出来なかった、気にも留めていなかったはずのその場所に、異常なまでの存在感の階段がある。

「―――――私が先頭を行きます。リンとマスターは私の後ろに」

 セイバーが、私たちの前に出る。彼女にも、この異様な空気が感じ取れるのだろう。まだ見ぬ脅威に、警戒心を隠そうともしない。この先に、士郎がこんなんになるまでの気持ち悪い『ナニか』がある。セイバーに続いて、私たちは、人が一人通れるくらいの細い階段を下って行った。

 

 

 何かある。

 何かある。

 何かが居る。

 何かが居る。

 

 ナニカが、居る。

 

「これは――――――」

 いち早くこの暗闇に目が慣れたのだろう。セイバーが、声を上げる。驚愕と、そして気持ち悪いモノを見た声だ。私にも、セイバーと同じものが見えるまでには、そう時間はかからなかった。

 

「―――――――」

 人の悪意の結晶とは、こういうものではないだろうか。

 ―――――――死体だ。

棺桶に喰われて、どろどろに溶かされた、見るも無残な枯れ木のような死体だ。いや、死体という表現は正しくない。これらは全員生きているのだから。気持ち悪さに、口を押える。士郎を支えていた腕も振りほどいてしまった。直視はできない。それでも、私は知らねばならないと、視界にその惨劇を入れる。と。

 

 ギョロ(・・・)

 

 緩慢な動作であったものの、飛び出しかけたその瞳が、こちらを向いた。焦点があっていない筈なのに、見られていることがわかる。悲鳴をかみ殺す。逃げ出したい。

魔術師もたいがい人体実験などはつきものだけれど、これほどひどい事をしているのは聞いたことが無かった。あまつさえ、冬木のセカンドオーナーたる私も知らなかった。人間を家畜にしている。搾取されているのは彼らの命だ。魔力とも、魂でもいい。あの棺桶は、それを吸い取るものだ。はっきり分かってしまう。そして、これを誰がやっているのかも――――――――。

 

「―――――――どうした、リン。最近は呼びかけにも応じなかったのに、こんな場所に来ているとは」

 真後ろから、背中を撫でる声がした。気が付かなかった。兄弟子であるはずの綺礼の声が、知らない男の声に聞こえた。身震いを堪えて、振り向く。声が出ない。なぜ平然としてられるのか、今まで接してきた中で、どこかおかしいとは思っていたけど、壊れているとは思っていなかった。綺礼の皮を被った化物と言われた方がまだましだ。吐き気がする。

「いつもは連絡を入れるお前が珍しい。だが、人を困らせるのは感心せんな」

「――――――――――」

 

「保護に来たわけではあるまい。お前の性格など分かっている。今、聖杯を掴む権利を持つのは、この場で衛宮士郎ただ一人だ」

「ぐ――――――」

 士郎の顔色は土気色だ。人が人とは扱われていないこの光景では地獄に変わりはない。自分の主を支えようと、セイバーが士郎の隣に移動する。

「喜べ、衛宮士郎。聖杯戦争の監督役として、貴様には敬意を表さねばな」

「―――――――な、なにが敬意だ。コッチはお前にそんなもの貰っても、嬉しくもなんともない」

「嫌われたものだな。そんなにこの光景が奇怪かね」

 心底わからない、といった風に、士郎に尋ねる。その感性に、理解が追い付かない。士郎の顔にはありありとそう浮かんでいる。私もまったく同意見だ。皆、私たちと同じくらいの年だ。それも、皆一般人であろう。他人事とは思えない。

「なんだ、それは冷たいな。リンも同意見のようだ。しかしな、衛宮士郎。彼らは貴様と同じだ。そう言ってやるのはかわいそうだと思わんかね」

「――――え?」

「リンは気が付いているとは思うがね。衛宮士郎、貴様は気が付いたか?彼らが一様にお前たちと同じくらいの年齢だという事に。彼らは、お前たちと同じ十年前の火災の被害者だ。この教会が孤児院を兼ねていたのは貴様も知っているだろう。そうだ。またしてもお前は自分一人だけ生き残ったのだよ」

 一度疑問に思ったことがある。あの大災害で引き取られた、身寄りのないはず子供たちはどうしたのか。綺礼はその私の疑問に、『里親が見つかったか、独立した』という風に応えていた。大災害後、家督を継がなければならなかった私は、自分の事で手いっぱいだったし、それを綺礼に聞いたのだって、ずいぶんと時間がたってからの事だった。だから、何も疑問にすら思わなかったのに――――――――。

 

「マスター、気を確かに」

 ―――――士郎があの災害後、養父に引き取られたのは知っている。ほとんど生き残らなかった大災害の中を、士郎は養父に助け出された。自分一人が助かった、それがどれだけ士郎に大きな傷を与えているかは分からない。だが、今私から見える横顔は、驚愕と、後悔でグチャグチャだ。セイバーが、気を張りに行かねばならない程に。

 

「だが、私はお前たちを争うつもりはない。ここも、既に放棄しようとしていたところだ。聖杯戦争は事実上終結したといってもいい。残りのサーヴァントはお前のセイバーと、凛が呼び出したアヴェンジャー、そしてイレギュラーなアーチャーしか残っていない。勝利は実質お前のモノだ、衛宮士郎。その気になれば、あの十年前の災害も無かったことにできる。そうすれば、ここに居る者たちも、こうはならないだろう」

「なっ―――――――。そんな、事が。出来るのか」

「無論。そして、お前たちにはその資格がある。私の本来の役目は聖杯の持ち主の選定。故に、望むのであれば、この場で聖杯を渡してやってもいい」

「聖杯戦争に名乗りを挙げたとき、お前は言ったな。『聖杯に望むものなどない』と。だが、万物の願望器があれば、十年前のあの火災を無くすことができる。あの火災で失われたすべての人々を救う事が出来るのだ。」

 ―――――――負けた。士郎は聖杯を望む。望んでしまう。士郎が聖杯を取る事には問題が無いのだ。だって、アイツが頑張ったのは私、知ってる。だけど、どうしても引っかかるのだ。何故綺礼は、こんな事をしたのか。この死体から搾取した魔力や命を、何に使っていたのか。それが、取り返しのつかない物のような気がする。そして、ここで聖杯を望むという事は、セイバーを失うという事だ。士郎が聖杯を取った後、アーチャーが消えてくれればいいが、前回から残っていることを考えると、それはないだろう。

「さぁ、答えろ。衛宮士郎、貴様は聖杯を望むか」

 

 

 私は、士郎が聖杯を望むと思った。セイバーもそうに違いない。大層な確認をしたが、綺礼だってそれを信じて疑わなかっただろう。

 

 

 

「―――――要らない。それを求めちゃいけないんだ」

 でも、士郎はそれを拒絶した。自分が背負ったものを、なくすことなどできないのだと。感じた思いを、消すことなどできないのだと。

 コイツは馬鹿だ。だって、それをすれば、魔術とは無関係でいられたのに。両親が生きていて、普通の家庭のまま、普通に結婚して、普通に死ねたのに。それがどれだけ幸福なのか、分かっていない筈がないのに。

 ―――――でも、それが、士郎の答え。それを呆れながらも、納得している自分がいた。

「そうか、ならお前は――――――」

「聖杯なんていらない。俺は、自分をまげることなんて、出来ない」

 震えは止まっていた。顔色も戻っている。横顔は、真っ直ぐに綺礼を見ていた。

 

「なら、お前はどうだ、セイバー」

 その視線に、興味をなくしたように、セイバーに語りかける。今度はセイバーが標的にされた。

「小僧は聖杯が要らないといった。ならば、次の権利は勝利したお前に譲るのが適切であろう」

「私は――――――」

 

「――――――――」

 更に迷うセイバーに、綺礼が耳打ちをする。

  何を言った。

  何を言われた。

 マズい気がする。そもそもこの男が無償で何か人の為に行うという事の方が気味が悪いのだ。

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え――――――?」

「あ――――――――――――」

 

 ―――――――――紅い炎が、目の前に咲いた。

この緊張感にふさわしくない、気の抜けた声が二つ聞こえる。

 一つは士郎だ。ゆっくりと、地面に倒れ伏していく。

  何故?

 胸が赤い。

  何故?

 足元が濡れる。水よりもっと、ドロッとした粘性のあるものだ。

 

 もう一つの声は、セイバーだ。その手には、先ほどまで無かった不可視の剣が握られている。

 いや、正しくは、不可視ではない。紅く染め上げられた剣は、主の不義理に涙を流していた。

「シ、ロウ――――?いや、私は、ワタシは、わたしは――――――」

 

 

「士郎―――――――――!」

 叫ぶ。崩れ落ちた士郎を何とか支える。肩口から腹まで、一刀のもとにバッサリだ。荒い息と、それに脈打った心臓から、どんどん血が流れ落ちていく。

「士郎、しっかりしなさい、士郎!」

 このままでは助からない。致命傷だ。宝石が足りない。それこそ、一度目に士郎を生き返らせたぐらいの奴が無いといけない。士郎の家に置いてきてしまった、ありったけの宝石を使えば何とかなるかもしれないけど、とりあえず、手元の宝石を片っ端からつぎ込む。

 

 

 必死に士郎の蘇生に取り組む私に、周りを見る余裕はない。セイバーはまだ放心状態、使い物にならない。だから、綺礼のそばに、誰かが立ったのすら、分からなかった。

 

「ふはははは、無様だな、セイバー。己を信じる者を二度も裏切ったか。まさに清い騎士道だな!」

 それは、昨日の夜も聞いた声。絶対的な強者の風格。セイバーと真正面から打ち合って、打ち勝つだけの能力をもったサーヴァント。そもそも、今日はコイツを倒せるキッカケを掴みに来たはずだったのだ。それが、綺礼の横に並んでる。

「な、綺礼、アンタ―――――」

 思わず、その長身の体躯を睨む。無感動な瞳に、こちらをみて楽しむ傲慢さが浮かんでいた。もったいぶった表情で、兄弟子だった人物は告げる。

「紹介しよう。彼が人類最古の英雄王。わが師、遠坂時臣(・・・・)が前回の聖杯戦争で召喚した英霊だ」

 父さんの―――――――――――。

 頭が真っ白になる。父さんは聖杯戦争で敗れた。言峰綺礼が、サーヴァントを引き連れ護衛として立ち振る舞ったのにもかかわらず。幼き日、綺礼には謝られたのだ。父を護れなくて、申し訳ない、と。

 だから、前回から残っているアーチャーが、父さんのサーヴァントだなんて、考えもしなかったのだ。

「時臣の娘か。いや、父親とは違ってなかなか面白そうな雑種だな」

「……なぜ父が死んで、貴方が生きているの」

 士郎を握る手に、力が入る。万事休すだ。ここから逃げるすべなどない。ならば、最後に、すべての疑問に答えてもらおう。向こうも、その気でいることは見たらわかる。

 

「時臣師は私が殺した。彼はそれ以来、私と同盟にある」

「そ、んな――――」

 終わった。私が、父の誇りを護るため、父が愛した家を護るため、これまで積み重ねてきた努力は、無意味だったのだ。私は優雅に振る舞う遠坂の娘ではなく、ただの道化だったのだ。

 

 それを自覚した途端。

 ――――――心の火が、消えてしまった。

 

「いやはや、中々いい見世物だったぞ綺礼。さて、この雑種と時臣の娘は処分しろ。セイバーはこれからゆっくり愛でてやらねばな」

「あ、くっ――――」

 そう言って、セイバーに近づく金ぴか。セイバーも、どうにか対応しなければならないと思っているようだけど、彼女ももう、心が折れてしまっているはずだ。私同様、無気力になって、自棄になっていてもおかしくはないと思うのに。やっぱり、私たちとは違い、精神力が違うのだろうか。

「ごめん、士郎―――――――――」

 

 綺礼の久々に見る楽しげな表情を、これ以上みたくないと、私は腕の中の士郎に謝って、世界を閉じようとした。

 

 

 ―――――その時。

 白い閃光が、教会内に瞬いた。瞼を閉じかけていたそのわずかな隙間に、太陽の光を差し込まれたかのような強烈な閃光が、私を襲った。

「―――――――――」

 鮮血を思わせる紅い瞳と、月光を紡いだ白銀の毛。私が片腕を無くした時の、あの死徒が連れていた獣だった。

 大きな熊はあろうかという体躯。あのギルガメッシュでさえも、動くことは無く、慎重になっている。

 

 時が止まりかけたその瞬間、私たちは空中に投げ出されて、次の瞬間、その雪原を思わせるような背中の上に着地していた。

 あっという間に、教会を出ていく。

 ――――――――どうやら、助かってしまったらしい。

 

 

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