その身に宿すは月の意思   作:すぷれえ

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3 呼び出した力。

 まさしくそれは、神話の再現であった。槍は速いなんてもんじゃない。高速、いやまさに神速と呼ぶにふさわしい。それを、完璧に防ぎきっているアヴェンジャーもやはり、ランサーの動きについていけている証拠だ。

 サーヴァントシステムで呼び出されたのは、神話、伝記に名を連ねる人物だ。その彼らが戦う様は、伝説と同じだけの激しさがある。

 分からないのだ。戦いの速度が激しすぎて。繰り出される紅い穂先は、決して一度に一つなどではない。それは分かる。だが、それがどこに放たれているのかが分からない。次元が違うと表現するのがぴったりだろう。私は不覚にも…見惚れていた。『神業』まで昇華された『人の業』は、こうまで美しいのか。それを可能にしている二人はやはり、人の域から逸脱した存在だということを再確認させられる。

 

 繰り出される穂先。それを必死に捌くアヴェンジャー。槍と刀。間合いの違う両者にとって、いかに自分の間合いで戦うかが鍵となる。アヴェンジャーは槍をかいくぐろうとするけど、彼の前進はことごとく紅き閃光によって阻まれていた。両者の間合いはつまることのないまま、一進一退の展開を繰り広げている。周りにランサーのマスターは見えない。私がアヴェンジャーの援護ができればまた展開が変わっていただろう。でも、私の魔術は狙いが甘い。もう少し離れていれば狙えるけど、二人の距離がこんな近さじゃ、アヴェンジャーを巻き込んでしまう。

 

 

 

「オラァ!」

 迸る閃光は三閃。首、胸、胴。ほぼ同時にアヴェンジャーにせまる。点の攻撃を、力を受け流すことで捌く。軋む細身の刀。それでも、ギリギリ致命傷は避けている。彼の目は正確にランサーの攻撃を捉え、隙あらば間合いを詰めようと狙っている。ランサーもそれを理解しているが故に、攻撃の手を緩めることはない。いくら彼でも、剣の間合いではサーヴァント相手には太刀打ちできない。相手がセイバーでないにしても、自分の攻撃をことごとく捌く剣さばきは、決して見せ掛けだけのモノではないことをランサーは理解していた。

 

 槍という武器は、その形状から刺突に特化している武器と思われがちだが、その一番の攻撃は払いである。点の刺突と線の払い。この二つが槍にとって重要な動きである。ランサーが執拗に繰り出している点の攻撃とは違い、払いの線の攻撃は捌く事は難しくなる。アヴェンジャーが持つ刀も、たやすく折られてしまうだろう。

 刺突を主としていたランサーが狙うのはその『変化による隙』であり―――

 ――――アヴェンジャーが狙うのも『変化をつけることによる隙』であった。

 

「ナニィ!」

 首を狙った刺突。そこから出された肩口から胸にかけての払い。防がれると分かっていても、大きく体制を崩せるはずだった。だが、刺突を繰り返す攻撃からは若干長くなる払いへの繋ぎ。そこを狙われた。そのことを理解するのと同時に、ランサーの体は大きく後ろに飛び退いていた。それは、彼の戦場で培った勘と生存本能、彼のマスターから下された『絶対に生き抜け』という令呪の縛りによるものだった。

 刺突からのわずかな繋ぎの時間。それを狙っていたアヴェンジャーは一瞬で拳を突き出す。ランサーに飛びのいて躱された拳は、空を切りそのまま地面をついた。割れる地面、震える大気。目を見開いたのは、赤い少女と青い男。へこんだ大地に悠然と立っているのは黒いローブの男。息つく暇もなかった戦場に、少し睨み合いの時間が訪れる。

 

「―――――」

「いや。どうしてなかなか。あまりにもチグハグだと思ってたが、やはり見かけだけじゃねぇか。お前、何処の英霊だ?」

 不意に、あの軽い調子に声をかけてくる。深紅の槍を肩に担いだランサーには、先ほどの動揺は見られない。

「…。そういうお前は分かりやすいな。あれだけの速さ、獰猛さ。彼のアイルランドの光の御子と会い見えるとは」

「そこまで分かったか…。ならば受けるか――――我が必殺の一撃を」

 

 

 

「ならば受けるか――――我が必殺の一撃を」

 その言葉と共に、一気に殺気が膨れ上がる。今、この空間を支配しているのはランサーだ。彼以外は動くことはおろか、呼吸することも許されない。駄目だ。アヴェンジャーは殺されてしまう。それが分かっていても、私にはどうすることも出来ない。禍禍しい気が深紅の槍に集まっていく様は、まるでそれが生きているかのような感覚を受ける。えぐり取られるイメージがじりじりと体をはって首筋に伸びてくる。あれは不可避の一撃だ。文字通り、あの槍は必殺の意味を持っている。避ける術はないし、止める方法もない。もしアヴェンジャーが死なないとすれば―――

『ガサッ』

「誰だ―――――!」

 ―――ここにいない、第三者の介入に他ならない。校舎に向かう足音。放課後から三時間以上たった学校にいた人がいるらしい。一気に空気が弛緩して、私は急ぐように肺に酸素を送り込む。…危なかった。あれでアヴェンジャーが殺されていたら、その後動けない私を狙うのは赤子の手をひねるのに等しかったに違いない。

「あ…」

 校舎の角に見えたのは、よく見慣れた学生服。

「生徒…!?こんな時間にまだ残ってたの……!?」

「…みたいだな。危なかった…」

 先ほどの気丈な姿とは違い、息を吐くアヴェンジャー。疲れ切った様子は、頼もしさの欠片もない。

「…失敗した。ランサーに気を取られて周りの気配に気づかなかった…ってアヴェンジャー。あんた大丈夫?」

「いや…もう大丈夫だ。君に心配させるとは失格だな」

 ほう、と一つ息を吐き、呼吸を整える白人の優男。

「そう。けがもないようだし何よりだわ。それよりランサーはどうしたの」

「さっきの人影を追って建物へ」

「――――」

 それが何を指しているのか分かっているのか。いや、きっとこのアホ面さらしてるサーヴァントは分かっていないのだろう。

「…追ってアヴェンジャー!奴はあの生徒を殺すつもりよ!私もすぐに行くから…!」

 アヴェンジャーの顔が歪む。渋面は、何故そんなことを言うか理解していない顔だ。だが、それも一瞬のこと。ニカッと笑ったかと思うと、瞬きのうちにいなくなった。

「くそ…なんて間抜け…!」

 その後を追って、私も走り出す。自分に悪態の一つでもつかないとやってられない。目撃者を殺すのは魔術師のルールだ。

 …だから、今までそれが嫌だったから。目撃者なんか出さなければいいんだって、ずっと守ってきたのに、やってきたのに、なんでこんな失敗を…!

 

 

 

 月明かりもない夜。放課後はもうとっくに終わっている。生徒はおろか先生ももう全員帰っている。人気のない無機質な廊下という空間には、床に倒れた生徒と、そのそばに立ちつくすアヴェンジャー。

「―――――」

 アヴェンジャーは嫌悪感をにじませている。あたりにむせ返る鉄の臭い。それは死の臭いだということを、床を赤く染める夥しい血液をみて思い知らされた。

「…追って、アヴェンジャー。ランサーはマスターのところに行くはず。せめて顔を確認しないと割りに合わない」

「了解―――――血は嫌いだ…」

 了承した後、ランサーを追って消えるアヴェンジャー。何かつぶやいたようだったけど、私は次のことで頭がいっぱいだった。残されたのは、私と倒れ伏した生徒だけ。

 直視したくない。血を見ることに嫌悪感を覚えるのは生物として当然のことだ。でも、私は直視しなければならない。

 私の責任。私の責任。私の責任。

「私の責任なんだから…!」

 覚悟していた。こうなることは。魔術師には普通の人間の善も悪も関係ない。存在しない。人間であって人間でないような生物が魔術師で、常に血が流れる世界だなんて、十年前から覚悟してたんだ――――!

「…ランサーの槍で一突き、か。心臓をやられてちゃ、助からない」

 ランサーがいつ殺したかは分からないけど、目の前の生徒はもう虫の息だった。…いや、この状態で生きている方が驚きか。もうじき血が足りなくなって、脳が酸欠状態になって死ぬんだろう。この生徒に自力で回復する手段はないし、病院もなす術はない。

「顔を見ないと。それぐらいしない、と」

 うつぶせの顔をこちらに向けようとして、動かない自分の手を見つめた。…震えている。覚悟、してたんだ。こんなことだって今まであったし、これからもある。それなのに、今はどうしようもなく自分が憎い。

「ごめん。最期、看取るわ…」

 力をこめて、無理矢理体を動かす。倒れている生徒の顔を確認する。罪滅ぼしではないけど、その顔を確認することは絶対にしなくちゃいけないと思った。

「―――――」

 目から送られてきた情報を、脳が拒否する。目の前の光景が、まるでテレビに映されたどこか遠いところのよう。

「やめてよね――――なんだってあんたがこんな…」

 頭に血が上っているのが分かる。悔しくて、悔しくて、砕けそうなぐらい歯を食いしばる。

 なんだってコイツなんだろう。よりによってコイツなのか。ただもう、こんな時間まで学校に残っていたバカなコイツと、自分に腹が立ってしょうがない。コイツがこんな死に方するような奴じゃないって、私は知っている。コイツが死んで、泣く奴を私は知っている。

「―――――」

 …手はある。もうどうしようもないかもしれないように見えて、私はこれをどうにかできる。私はこの間それを手に入れた。失敗するかもしれないけど、十分可能性はある。

「―――――」

 でも、それは違う。周囲に気が付かなかった私と、ここまで残っていて出しゃばったコイツの二人に、それぞれ責任がある。

 だから、私がそこまでやる必要はない。コレは、父さんの唯一の形見。私に残してくれた、私だけのモノ。それはこの聖杯戦争を勝ち抜くための切り札となるものだ。父さんさえ成し得なかった聖杯戦争の勝利をつかむには、絶対これが必要になる。だから、こんなところでこんなことに使う事なんてないのだ。

「――――だから、何よ…!」

 でも、どれだけ正論を繰り返しても、私の気持ちが変わることはない。それは私が一番よく知っている。そんな無駄な時間を過ごすなら、さっさとするべきことをするまでだ。私は今にも消えかからんとする命の前に跪き、生命の火を再燃させる。

 

「…ああ。やっちゃった…」

 手の中のペンダントが軽くなる。深紅の大粒の宝石は、輝きこそ失われないモノの、中身のない張りぼてに成り下がっていた。過去何人の遠坂の当主が詰め込んだかも分からない膨大な魔力は、スッカラカンになっていた。魔力で強引に蘇生させたんだ。キチンとやるより無駄に魔力が必要になった。でも、決定的だったのはコイツがまだ生きていたという事。完全に死んでいたら、それこそ魔法でもない限り無理だった。でも、まだだった。できうる限りのことをした結果、一応最低限の結果は得られた。

「…行こ。もう終わったんだから。コイツが目を覚ます前に帰らないと」

 何か言われるのも面倒だし、アヴェンジャーとも合流しなきゃいけない。

 

 

 

 家に帰り、ソファに倒れこむ。アヴェンジャーはまだ帰ってこない。一息入れて、ここ数日にはなかったゆっくりした一人の時間が、私に余裕をもたらす。紅茶を入れて、気分を落ち着かせる。考えなければならないことは山ほどあるのだ。

 一番重要なのはサーヴァントについて。父さんの手記による知識でしか知りえないサーヴァント同士の戦いを、私は初めて実感した。

「ランサーか…宝具を使われそうになったから焦ったけど、使ってたら正体は分かったのよね…」

 敵サーヴァントを打倒するには、その正体を知ることが重要となる。サーヴァントにとって最大の弱点はその『真名』なのだ。その『真名』を知っていれば、そのサーヴァントが得意な戦い方、苦手な戦い方、制限、英霊がもつ宝具の全貌を知ることも可能だ。

 

 例えば、『アキレス腱』で有名なアキレウスは幼少時代に、全身をその水を浴びた個所が不死になる川に、母親によって入れられた。でも、入れる時に母親がつかんでいたアキレス腱の部分は浸かることがなく、以後、そこが彼の弱点となる。そして、彼は最期そこを射られて死んでしまう。

 このように、サーヴァントとして召喚される英霊は皆、確固たる伝承、伝説が残されている。

 それを理解してしまえば、能力の大部分を解明することに他ならない。

 サーヴァントがクラス名で呼ばれるのは、真名を隠すためなのだ。

「にしても…アヴェンジャーはホント分からないわ。あの顔なら西洋の英霊であるのには間違いないんだけど…持ってる宝具はどう考えても日本刀。チグハグよね…。ん…そう言えば―――」

 なにか引っかかる。ランサーと戦っていたアヴェンジャーが何かとても聞き逃してはいけないようなことを―――

 

「ただ今戻ったぞ、マスター」

 丁度いいタイミングでアヴェンジャーが帰ってきた。

「ねぇ!?貴方、ランサーと戦ってた時に何か言ってなかった?」

 突然の私の質問に驚いている。それも無理のない事だろう。でも、今はそれどころじゃない。

「何と言われても…困るんだが…」

 ああ、なんでこう歯切れの悪い!むしゃくしゃする。後ちょっとで引っかかりが取れそうなのに、アヴェンジャーは全く役に立ちそうにないし。さっきまで、私は何を考えていた?サーヴァントの事だ。真名を知ることが聖杯戦争攻略の鍵、でも私はコイツの真名すら知らなくて、ランサーも宝具結局使わなかったから分からなくて――――

 いや待て。ランサーはなぜいきなり宝具を使いかけたのか。それはコイツがなんか言ってたからだ。挑発?そんな安いものに引っかかって正体ばらすようなのは、英霊にはなれない。

「あの時、ランサーは何で宝具を使いかけたの!?あんた何言ったの?」

「ああ。彼の真名を言い当てたからだと思うけど?」

 ―――――。何か、とても重要なことをさらっと言われたような。

「―――真名、分かったの?あのランサーの?」

 それに無害な草食動物のような無垢な顔でうなずくアヴェンジャー。すごくイラッと来る。

「ああ。あれだけの速さ、獣のような闘気、心臓をわしづかみにされたような深紅の魔槍。多分アイルランドの英雄、クー・フーリンじゃないか」

 カマをかけたら本人認めてたし、などとニコニコしながら話しかけてくる。この頭のネジが一、二本ぶっ飛んでそうなアホ面に一発かましてやりたいところだが、そんなことしたら大変なことになりそうなので、ぐっと我慢する。落ち着きなさい、私。常に優雅たれ、よ。

「…そう。まあお手柄、とでも言っておけばいい?それで、ランサーのマスターは会えたの?」

「いや、すまない。途中でまかれてしまった」

「そ。まぁいいわ。一騎でも真名が分かれば出だしとしては悪くないし」

 そう、今夜はまだ前哨戦。まだあの神父が開幕を宣言していないから、今日のことはフライングに近い。というか限りなく黒だろう。それでもこの収穫は、決して悪くない。そうして私がうんうんと満足げにしていると、アヴェンジャーから話しかけてきた。

 

「気分がよさそうなところ申し訳ないが…。あの少年はどうしたんだ?」

 なんだ、そんなことか。少し顔が曇っているから悪いことかと思った。でも、確かにあの廊下の状態はひどかったし、アヴェンジャーにはランサーを追いかけてもらっていたから、その後の蘇生は見てないんだっけ。ちゃんと生き返ってるし、最善じゃないけど納得してるし、あれはあれで―――

「やばい―――」

 あれで帰ったのなんて無意味だ。ランサーが殺したはずの人間見て、放っておくはずがない。もう一度殺しにかかるはずだ。そんなことされたら、あの宝石を使った意味がなくなってしまう。あれから時間はかなり過ぎているけど、確認しなきゃ今日は寝られない。

「行くわよ、アヴェンジャー!」

「ちょっと、何処へ!?」

「アイツの家!」

 ソファーから立ち上がり、弾かれた球のように家を出た。未だによく状況を理解できてなさそうな従者を連れて。

 

 

 

 漆黒を進む。

 幸い、アイツの家は知っていた。一人暮らしなのに馬鹿でかい武家屋敷で目立つ、というのもあるが、知りあいがよく行く家だというので知っていた。私自身が行ったことは一度もない。

 ――――午前零時。

 雲に覆われた夜空は暗く、星はおろか月も見えない。決して明るくない空の下、私たちは武家屋敷にたどり着いた。住宅地の端、郊外に近いこの屋敷は、近所づきあいがし辛いだろうし、周りの家屋とも離れている。もし事が起きても、めったに様子を見に来る人間はいないだろう。

「―――――」

 吐く息が白い。空気が張りつめていて、上気した頬に刺さる。風が出てきた。雲が動いているのが分かる。よほど上空は強く吹いているらしい。

 シンと静まりかえった大気が震えている。静寂が支配する冬の夜に、似つかわしくない動く気配。確かに、敵の気配を感じ取っている。

「いる…!さっきの奴…!」

 間に合った。塀の中から感じ取れるのは、あの獰猛な肉食獣の英霊の気配。多分、何も知らずに帰ってきたアイツを舐り殺しにしようとしているのだろう。

「…飛び越えて倒すしかない。その後のことはその時に考える―――!」

 アヴェンジャーを突撃させようとした瞬間。カアと、屋敷から白い閃光が迸った。

「――――」

 気配が、気配に打ち消される。あの白光の後に出てきた気配が、ランサーを圧倒している。それができるのは、その唯一の存在を置いて他にはない。

「嘘――――」

 現実を否定するように呟く。だが、紛れもない事実だ。その証拠に、塀から逃げるように跳び出していった青い流星は、ランサーだったのだから。

「…ねぇアヴェンジャー。これって現実…?」

「――――」

 隣の従者から返事はない。緊張は伝わってこないが、なんだろう。困惑?状況を受け入れられないのはアヴェンジャーも一緒らしい。あまりにも予想外すぎで、私は正常な判断を失っていた。だから、容易に想像できるはずの次の展開すら、回避することができなかった。

 

 一瞬風が吹きすさんだかと思うと、次の瞬間、ソレは姿を現した。塀を軽々と飛び越え、まるで猛禽類のように飛び掛かってきた。

「―――!」

 一瞬後には、私は地面に這いつくばっていた。左手首が痛い。アヴェンジャーが一瞬の判断で私を後ろに引っ張り、自らが盾となり前で攻撃を受けている。見るとアヴェンジャーは抜刀し、鍔迫り合いに持ち込んでいた。

『ギィン』

 金属同士がこすり合う音がひときわ高く聞こえたかと思うと、ソレは大きく飛びのいた。背格好は少女のモノ。アヴェンジャーと同じ金髪が月光に映え、あまりにも可憐な顔立ち。アヴェンジャーと同等の力をもつランサーを撃退したサーヴァントの正体。その神々しさ、気品さ。見るまでもない。私が欲したセイバーのサーヴァント。最優と名高い剣の英霊。剣を振るったその姿は際限なく凛々しく、女の私が悔しいくらい可愛かった。

 だけど、その顔は先ほどとは見違えるように、驚愕に彩られている。

「―――――」

アヴェンジャーは何も言わない。でも、彼女の声は聞こえた。

「そんな―――貴方が、一体何故…」

 鈴のような少女の声。軽やかであろうその音は、今は震えている。それはアヴェンジャーに向けられた衝動だ。剣を振るう気はもう無いらしい。私はそれを確認すると、ゆっくりと立ち上がる。仕方なかったとはいえ、しこたまアスファルトに打ち付けたのだ。ろくに受け身を取れなかった。すり傷こそないけど、打撲に近いところもある。

 さっき私を狙ってきたのは本気の一撃だった。それを防いだアヴェンジャーを見て、あっさりと霧散した殺気。お互いが敵同士だと相手も分かっているはず。それでも止めてしまうということは、セイバーとアヴェンジャーは生前に知り合いだったという可能性がある。コレは非常にまずい。何も対策を立てることも出来ず、セイバーにはアヴェンジャーの真名が知られてしまう。…私も知らないというのに。

 逆のことを言えば、アヴェンジャーもセイバーの真名が分かっていることになる。でもそれを望むことは今の段階で不可能だ。アヴェンジャーの記憶が戻らない以上、それすら見込めない。…私の思考は、そこで遮られた。

 

「セイバー!」

 此処にいない誰かの叫び声が聞こえる。否、この声の持ち主を私は知っている。さっきまで気にかけていた一般人であるはずの少年。ただの無力なクラスメイトは、その実、違った存在だったらしい。

「シロウ…」

 アヴェンジャーに気を取られていたセイバーが振り返る。これはもう決定打だ。彼女がサーヴァントで、あの男子が彼女のマスターであることは明白。その男は蒼銀の少女に駆け寄る。

「大丈夫か…と、この状況は…」

 訳が分からない、といった風にこの場を見つめる男子。今でこそ小休止しているが、ここは戦場だ。見たところ何にも分かっていないようだし、マスターとしての心得も何も知らないんだろう。つまり、私は。盛大な勘違いで切り札を使ってしまった挙句、それが敵のマスターだったって事だ。それが強烈な擬態であったならまだ騙された、と許せるかも知れないが、絶対この男は何にも分かっていない。さっきからセイバーにやれ説明しろだの、女の子が戦うなだの、聞く人が聞けば鼻で笑うようなことを平然と言っている。だから、

「――――ずいぶんと楽しそうね、素人のマスターさん?」

 私の口から、盛大な嫌味がでたのは、無理からぬことだろう。

「と…遠坂…?」

 その男の子はまるで幽霊でも見たかのように、こちらを向いてくる。アヴェンジャーよりも前にでて、セイバーと彼に対峙する。

「こんばんは、衛宮君。月も出てきて良い夜ね」

「全くだ。空気が澄んで月がよく見える」

 後ろで呟いたアホは放っておいて。未だにアホみたいに口を空けている彼に挨拶した。きっと私は今すっごくイイ笑顔をしているだろう。それと同じくらいすっごくムカついている。これで分かんなかったらブンナグッテヤリタイ。

「ば―――バカかお前、こんばんはってそんな場合じゃないだろう!遠坂、お前は…!」

 …少しは分かっているみたい。でも、バカはないと思うけど…?

「ええ。貴方と同じマスターよ。つまり魔術師。貴方も似たようなもんだし、別に隠す必要はないわよね」

「魔術師、だって――――?遠坂、お前魔術師だったのか…?」

 何故それを知らないのか。いくら世間体が全くなく交流も全くない魔術師でも、一応ルールとかはある。私はこの冬木一帯を支配するセカンドオーナー。いわば地主みたいなもの。だから、ここに来て住もうとしている魔術師はセカンドオーナーの私に報告と許可を得なければならない。それを認可している魔術師は、私は一つしか知らない。つまり衛宮君は完全なモグリである。それすらも知らないし、今まで土地の借用金ごまかしてたなんて―――!

「あ―――」

 なんか目の前のバカがやっちまった、みたいな顔してるけどもう遅い。すっごく腹が立ってしょうがない。

「アヴェンジャー。悪いけど、一度霊体化して頂戴。私、すっごく頭にきてるから」

「それは構わないけど…いいのか?」

 チラリ、とセイバーを一瞥するアヴェンジャー。そのセイバーといえば、なにやらウズウズ?違う、ソワソワが正しいわね。ソワソワしている。やっぱりアヴェンジャーに用があるのだろうか。そのアヴェンジャーは無関心、記憶なくしてるから当たり前か…。

「いいのよ。貴方がいたらセイバーも剣を納められないし。腹いせに現状を思い知らせてやらないと気が済まない」

 ほう、と一つ息を吐き、そのままアヴェンジャーは煙のように消えていった。

「遠坂、いまの…」

「いいから話は中でしましょ。どうせ何も分かっていないんでしょ?衛宮君は。安心なさい。嫌って言っても全部教えてあげるから」

 そう言って私はずんずん進んでいく。後ろの警戒はアヴェンジャーがいるから心配ない。背中を守られている感覚が確かにある。

「っ…待てよ遠坂!話って、何考えてるんだ!?」

 まだ来てなかったのか。さっさと従えば良いモノを。

「衛宮君、突然の事態に驚くのはいいけど、さっさと行動しないと命取りってこともあるの。それが今この瞬間ていうこと、貴方理解できる?」

「っ――――う」

 観念したらしい。口の端から洩れるうめき声は、私に言い負かされた証拠だ。少し気分がよくなる。

「わかればよろしい。それじゃ行きましょ。衛宮君のおうち。お茶の一つ、出るわよね。貴女もそれでいいでしょうセイバー?」

「…いいでしょう。なんのつもりか知りませんが、貴女がマスターの助けになる限りにおいては控えます」

 こちらの了承も得た。さすがに戦士ね。一瞬アヴェンジャーに動揺してたようだけど、彼を消した時ぐらいにはもう立ち直ってた。切りかかってくることもなくなったし。そのまま立派な武家屋敷の門をくぐる。

 

「学校と180度イメージが違わないか…?」

 そんなことを後ろの男子生徒が呟いていたことを、私は知らない。

 

 

 




お気づきかもしれませんが、士郎君より凛ちゃんのほうが主人公主人公してます。

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