その身に宿すは月の意思   作:すぷれえ

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6 絡み合う意思

「それで衛宮君、貴方はこれからどうするの?」

「どうって…」

 確かに、急にそんなこと言われてもしょうがないか。

「なら、昨日の話から始めましょう。私の方が先に落ちちゃったから、貴方の方が情報を持っている所もあるし、お互い様ね。それより、貴方。彼女はいいの?」

「彼女…?」

 あ、あれはわかっていない顔だ。それは、彼の後ろで怒りに燃えているのに。対面の私からはバッチリ見えているけど。手がかかっているふすまはミシミシときしみ始め、私ですらだんだんと首の後ろがうすら寒くなっている。

 まぁ。あれは私に対してではなく、自分のヘッポコマスターに対しての怒りだろうけど。

 

「シロウ!貴方と言う人は…!」

 そう言って衛宮君に詰め寄るセイバー。まあ、なんと言っても究極的には私は彼らとは敵同士。この状況はあまり彼女にとって良くないだろう。私が彼女の立場だったら最悪…衛宮君の首が飛んでいることも覚悟していなければならない。

「昨日はどうであれ、彼女は敵なのですよ!私に一声かけてください!何のために隣同士の部屋で過ごしているのですか!あれほど一人では行動しないで欲しいと言ったではありませんか!」

 しょうがないから、助け船をだす。このままでは話が進まない。セイバーには少し黙ってもらおう。

「ごめんなさいね。私も少し無神経だった。貴女もここに居ていいから、話を進めさせてくれないかしら、セイバー」

「む―――」

 セイバーはそれに対してしかめ面。でも、納得してくれたみたい。衛宮君は露骨にほっとしている。コッチ見んな。

 

「そこのヘッポコ。話を戻すわ。昨日のアレで、聖杯戦争がどんなものか分かったでしょう。自分が置かれた現状を知って、貴方はこれからどうするの?」

 そう、もう分かった筈だ。殺し合い、と言うのがこの平和な国で一般人をしている人間には、頭では分かっていてもやはり理解しきれない。バーサーカーという誰が見ても分かる脅威に遭遇した今、彼はどうするのか。さっきの発言を聞くと、やっぱり理解しきれていないかも知れないという可能性は置いておいて。彼は一つ瞬きと息を漏らして、言葉を準える。

「正直―――まだ分かっていない。ただ」

 そこで再度息を吐く。もう一度、確認するように。

「マスターは皆、遠坂もだけど…聖杯が狙いなんだろ?だけど、俺は聖杯には興味ないんだ。そんなものには昨日みたいに命を懸けたくない。もちろん、襲ってくれば戦いになるのは拒まない。ただやられるのは嫌だしな。もし、この戦争で悪さして無関係な人を巻き込む奴がいるなら、俺はそいつらを何とかしたい」

 ホント、子供じゃないんだから。アレも嫌だ、コレも嫌だなんて、好き勝手言ってられる状況じゃないのに。そんなこと言えるのは、あのバーサーカーのマスターの様な圧倒的強者だけだ。衛宮君みたいなズブの素人はそんな事になりふり構ってなんかいられない。

「呆れた。貴方、自分が矛盾してるって分かってる?自分からは戦わないけど来るものは拒まない。悪者はやっつける。ばかばかしい考えね」

 それでも、これだけ私がモノを言っても、琥珀色の瞳には揺らぎがない。

「ああ。都合がいいのは分かってるさ。けど、それ以外の考えは今は思いつかない。こればっかりは、遠坂になんと言われようと変えないからな」

 …彼の意志は固い。握りこぶしなんか作っちゃって。セイバーは黙って聞いているけど、あれは完全には納得していない顔だ。彼の考えでは、勝ち抜くことが厳しいのは、彼女はとっても良く理解している。だって完全に受け身なのだもの。

でも、ま。昨日今日とこんな短時間で、これだけの事が言えるなら及第点かな。なら、私はもう一手打つ。幸い、障害になりそうなセイバーもこの分なら何とかなりそう。

 

「ふーん。それ、問題点が一つあるけど、言っていいかしら」

「い、いいけど、なんだよ」

 …ここが、勝負の分かれ目。彼を、正確にはセイバーという戦力を得られるか。頼んないかも知れないけど、メリットがデメリットを上回ると私は考えた。セイバーはアヴェンジャーの事を知っている。真名すらも。もし仮に、ここで対立することになったら、衛宮君とセイバーのペアには苦戦することが必至。

 

「昨日のマスター。覚えているかしら?衛宮君と私を殺せ、とか簡単に言ってたあの子のことだけど」

それに、バーサーカーを従えたアインツベルンには、悔しいけど私はマスターとしても、連れている従者の質も勝っている所はない。かと言って、そうたやすく負けるつもりはないけれど、どうやったって勝率が低いのは目に見えている。それに、バーサーカーを倒せば聖杯戦争が終わるわけではないのだ。

「あの子、必ず私たちを狙ってくるわ。流石に貴方もそれは分かっていると思うけれど…。あの子のサーヴァント、バーサーカーは桁違いよ。セイバーが十全ならまだ分からないけど、パスもろくに繋がっていない未熟な貴方がマスターである限り、絶対やられる」

 もう一つ可能性がある。未熟な衛宮君が他のマスターに捕まった時、魔術で無理矢理吐かせられる事。このヘッポコに魔術をレジストすることなんて不可能だろうし、そんな事望むコッチに問題がある。もし衛宮君の記憶が覗かれたとしたら、それだけでこちらの真名もバレテしまう。それだけは避けなければならない。

 

 ――――ならば、傍において監視する方がいいのではないだろうか。

 

「―――悪かったな。けど、そういう遠坂だってアイツには勝てないんじゃないのか」

「そうね。正直言って、正面から一対一で戦うのはバカらしいほどよね。アレは白兵戦なら間違いなく今回最強のサーヴァントよ。私だって、今は逃げ延びる手段は見つからない」

「…それは、俺も同じだ。次は、きっと殺される」

 …状況分析はできてる。最後にはアヴェンジャーの魔術で撃退したけれど、私は魔力切れで倒れた。それまで互角に剣技で戦えていたのは、セイバーとアヴェンジャーが二人で戦っていたから。事実、アヴェンジャーが倒れてから、セイバーは終始押されていた。それは、彼にも理解できている。…もう少し。

 

「そういう事。他のマスターを説得するなんて、力も経験も貴方は足りていない。身の程分かった?自分の認識が甘いってコトが。それに、何もせずにただ聖杯戦争の終わりを待つことも貴方には許されない。確実に彼女は勝ち上がってくる」

「…ああ、分かった。けど、遠坂。お前、さっきから何が言いたいんだ」

 …よし!喰いついた。ここで気は抜かない。もうひと押し。

「もう、ここまで言ってるのに、まだ分からないの?ようするに、私と手を組まないか、って言ってるの。貴方と私のサーヴァント、アヴェンジャーとセイバーの二人同時なら、互角に戦えることは昨日分かったわ。なら、わざわざこっちがバラケてあげる必要はないじゃない」

「た、たしかに…」

「こっちから同盟を切り出しているから、対価ぐらいはキチンと払うわ。マスターの知識を教えてあげるし、暇があれば衛宮君の魔術の腕を見てあげる。―――どう?」

 衛宮君は眉間に皺を寄せて今の内容を吟味している。セイバーは隣で控えて正座して待っている。判断は衛宮君に任せるみたいだ。彼女が口を挟んでこない時点で、同盟に反対なわけではないだろう。彼女は自分の陣営が不利になると考えたらキチンと私の前だろうがなんだろうが、衛宮君に提言する。それは、私の心象に影響を与えようとも揺らがない。ここで戦闘するつもりは私にはないし、彼女もそれは分かっているのだ。それに、いざとなればアヴェンジャーが実体化するより速く私を切り捨てるだろう。そういう自信が、彼女にはあるはず。

きっと、今は私にとってのメリット、デメリットを考えているに違いない。表面上では、確実に衛宮君の方が得している内容だもの。疑ってかかるのは当然。昨日の晩、ここまで運んでもらったっていう借りを抜きにしても有り余る。というか、そんなものは昨日の私が衛宮君にして上げたことでチャラだ。

 

 なら、その差は何で埋めるか――――。

 きっとセイバーはそれを考えているに違いない。

 

「衛宮君?答え、聞かせてほしいんだけど」

 これ以上は時間をあげすぎだ。セイバーにあまり考えさせるのはよくない。適度なところで打ち切らないと、ドンドン痛いところを突かれそうだ。本当なら、交渉というか謀で叶う相手ではない。

「――――分かった。その話に乗るよ、遠坂。正直、そうして貰えれば助かる」

 

―――勝った。

 

「決まりね。それじゃ、握手しましょうか。バーサーカーを倒すまで、よろしくね。衛宮君」

「ああ、よろしく頼むよ。遠坂」

 目途は立った。これならあのバーサーカーとも戦える。これで、アヴェンジャーが記憶取り戻してくれたらいいんだけどなぁ…。

 

 

「リン。貴女との同盟は心強い。バーサーカーとの決着まで、どうかマスターをよろしくお願いします。互いに剣をそろえて戦いましょう」

「ええ。最優と名高いセイバーは心強いわ。マスターがヘッポコなのがどうしようもないけど。…でも、私たちはあくまで敵同士。契約はバーサーカーを倒すまで、よ」

「分かっています」

 セイバーも手を差し出してくる。この子も、どうやらはじめとは違い、少し雰囲気が柔らかくなっている。此方としてもそれは遣り易い。ギスギスした関係なんて、同盟を組んで足引っ張り合う必要なんてない。あまりに仲良くしすぎるのは良くないけど、これ位なら私も大丈夫だろう。同盟を組むことにも不満はなさそうに見える。

 

 ―――ふと、ここでアイツを出さないのは駄目なんじゃないか。そんな事を思った。

 

「現界なさい、アヴェンジャー」

「―――」

 ビクッとしたイメージが伝わってくる。その後、無言の抗議が来たけど私は認めない。アンタとセイバーがどんな関係なんて知ったことか。苦手?気合で如何にかしなさい。アンタの正体に関しての、セイバーへの情報漏えいはもうあきらめてるんだから。

 何拍かおいて、アヴェンジャーは姿を見せた。

「そう言うわけだ、少年。今度とも頼む」

「あ、ああ――――」

 背はアヴェンジャーの方が衛宮君より頭一個分大きいか。睨んでいるわけではないのに、どこか上から刺す様な印象を持たせるアヴェンジャーの紅い双眸に、衛宮君はたじろいでいた。

 そこから、一つ決意を決めるように目を閉じた彼は、少し視線を這わせたかと思うと、徐にセイバーの翡翠の瞳を捉える。

「遠坂凛のサーヴァント、アヴェンジャーだ」

 淡々と、事実を告げるニュースキャスターのように息吐いた。

「あ―――――せ、セイバー、です」

  震える唇から出てきたのは精一杯のその一言だった。それ以来、俯いてしまった彼女をしり目にアヴェンジャーは早々と現界を解く。…先が思いやられる。あれだけ戦闘では呼吸を合わせて居たというのに。ホント、アイツこの子に何したのかしら。完全に告白したけど有耶無耶にされて気まずい女の子みたいな感じよね…。

 帰ろう。いろいろと準備がいるし、時間が必要だ。セイバーも、衛宮君も、もちろん私にも。

 

 

 

「それじゃ、私は戻るけど。あくまで、私たちは敵同士なんだから。そこ、忘れないでね」

 そう言って、遠坂は帰って行った。きっちりと、自分たちの立場を示した上で。あれは、多分必要以上に入ってくるなって意味だと思うけど、俺は遠坂になら聖杯を渡していいと思う。アイツとは戦いたくなんてないし、遠坂なら、絶対間違った聖杯の使い方をしたりなんかしないと思う。

 

「シロウ」

「何だい、セイバー」

 声のした方を見るとセイバーが少し怒っている。…そう言えば、怒られてたんだっけ。遠坂との同盟ですっかり忘れてたけど…。多分、こんなこと言ったら怒られるに違いない。

「何だ、ではありません!先ほどの事をもうお忘れですか!」

「…い、いや。覚えてるよ。うかつな行動するなって事だろ。セイバーがいないと、俺は自分の身すら守れないもんな」

「――――。そこまで悲観することはありません。状況判断ができるというのはそれだけで武器になりますから。こちらこそ過ぎたことを言いすぎてしまいましたね。結果として、リンとの同盟が組めました。この話はこれでお終いにしましょう。すみませんでした」

 セイバーがそんな事を言ってくる。コッチがちゃんと怒られていたのを覚えていたと思ってるみたいだ。…今の今まで忘れてたなんて、言わないようにしておこう。

 

「セイバー。昨日はバタバタしていたから、全然話なんて出来なかったな。…改めて聞くけど、俺はお前のこと、セイバーって呼べばいいのか?」

「ええ、そのように。私は貴方の召喚に応じ、契約を交わした。貴方の剣となり敵を打ち、貴方を護り、この戦争に勝利する。―――その為なら、貴方にはどんな手でも使ってもらいます。昨日のように戦場に出てこないこともまた、約束していただきたい。戦闘は私の担当です。アヴェンジャーもいますし、負けることなどないのですから」

 セイバーの口調は一切の淀みもない。それは翡翠色の瞳からも伝わってくる。昨日のバーサーカー戦をみる限り、俺のできることなんてなさそうだ。だって俺は、ただこの聖杯戦争に巻き込まれた、なんの取り柄も無い未熟な魔術師だ。遠坂とは違う。でも、それでも。

 

『――――喜べ少年。君の願いは、ようやく叶う』

 

 あの時、俺は戦うと決めたんだ。この聖杯戦争で、無関係な人たちに悪さをする奴らを許さないって。その為に、あの火災のような事をもう起こさないように、俺は戦う。

「分かった。なら、俺は自分でできる範囲でセイバーに負担をかけないようにする。遠坂も、魔術師としていろいろ教えてくれるらしいし。でもさっき、どんな手を使っても、って言ったな。…それは勝つ手段は選ばないのか。例えば、力を得るために人を襲ったりするとか―――」

 俺は、最後まで言葉をつなげられなかった。翡翠色が、俺を敵のように睨んでくる。

「シロウ。それは私を愚弄する気か。それは騎士の誓いに反する手段だ。もし、それをシロウがお考えでしたら、その令呪の二画は覚悟をして貰わねばなりません」

 怒りで空気が死んでいく。間違いなく、彼女は本物だった。非道なことは一切しないこの清らかな凛とした姿は、やはり彼女らしい。

「分かってるさ。絶対に、死んでもそんな命令なんてするものか。それは俺が一番嫌う行為だし、それをする奴らを倒すために、俺は聖杯戦争を戦うんだ。…ごめんな、セイバー。試す様なことして」

「いえ、私も言葉が足りておらずに…。先ほどのようなことを聞けば、そういう考えに至ることも自然な事ですから。どうか顔をあげてはくれませんか?マスター」

「え?」

 知らずに、頭を下げてたらしい。元に戻して、セイバーを見る。彼女は先ほどとはうって変わって、笑顔を見せていた。

「なんだよ、セイバー」

「いいえ、なんでもありませんよ」

 はぐらかされたようであまり面白くないけれど、笑ってくれているのはやっぱり嬉しい。あまり追求するのはやめておこう。となると、次に聞かなきゃならない事がある。

 

「セイバーはなんて名前なんだ?確かサーヴァントっていうのは、英霊を使役する魔術なんだろ?なら、セイバーにはセイバーじゃなくて、本当の名前があるはずじゃないのか?」

「はい。たしかに、セイバーはこの戦争における私につけられたコードネームのようなものです。シロウのように、個々人を表す名称と言うのとは異なります。―――ですが、どうか無礼を許してほしい。私には、それを告げることができません。マスターからすれば、己の戦力を知る上で重要なファクターでしょう。それを知らないうえでの戦争は厳しいものになる。…ですが、これは私なりに考えた結果です。シロウが私の真名を隠そうとしても、それを知る方法は数多く存在します。拷問をはじめ、シロウの魔術抵抗はそう高くありません。精神介入の魔術を使われたら、意思に反して明かされてしまうことになる。―――申し訳ありません。どうか、納得してほしい」

 胸に手をあて、若干の伏せ目で告げてくるセイバー。だが、俺は全然怒ろうなんて気はない。これが普通のマスターだったら、自分がバカにされているモノとして怒るだろう。でも、彼女が言っていることは正しい。それに、セイバーの真名を知ったところで、俺には有効で、緻密な作戦は思いつかないだろうし、絶対必要かって言われたら、多分そんなことない。昨日のバーサーカー。真名はヘラクレスとか言ってたけど、あの有名処のサーヴァントですら、俺には力でのゴリ押し以外の作戦は思いつきそうにない。…それで十分強いから、必要ないかもしれないけれど。

 

「わかった。暗示をかけられたら俺なんて一発だもんな。セイバーがそうした方がいいってんなら、そうしようか。俺が未熟な分、そういうところもきっちりやっていかないと」

「そう言ってもらえると助かります。…最も、リンには知られてると思いますが。お察しの通りかと思いますが、私と彼、アヴェンジャーは生前面識がある者同士です。当然、互いの真名を知っている。こればかりは防ぎようもありません。ですから、彼女との同盟は外部に真名をバラされないようにするためにも重要です。最終的に彼と戦うことになった時は、真名を知るというハンデは互いに背負ったまま戦うことになるでしょう。そしてリンはきっと私に合った作戦を考えてくるはず。…少し急いでしまいましたね。先ほども言った通り、この同盟は非常に大事です。シロウ、くれぐれも関係を崩さぬようにお願いします。私たちのどちらかが、敵に落ちた瞬間に彼らは真っ先に私たちを潰しに来る。…また、彼らにもそれは言えることです。彼らが敵の手に落ちれば、私たちの情報も筒抜けですから」

 やっぱり、セイバーとアヴェンジャーは知り合いだった。あの感じ、どう見てもそうとしか思えなかったけど。セイバーがなぜ、アイツと話をするときにいつもあんな顔をするのか知りたかった。

「なあセイバー。アイツ、アヴェンジャーとは何があったんだ?あ、いや。答えたくなかったら、答えなくてもいいんだけど。アイツと話すときいつもつらそうじゃないか」

「――――」

 セイバーは何も言わない。何も言いたくないのか顔は伏していて前髪でかくれて見えない。セイバーの方からアイツの話を持ちかけてきたから、少しは話してくれるかと思ったけど、余りいい思い出じゃないみたいだ。やっぱり話してはくれないだろう。

「セイバー、やっぱり話したくないんだったら――――」

「彼は、アヴェンジャーは。―――――私の祖国の危機を救ってくれた人物です。それ以上は―――すみません」

「あ、いや。セイバーが話したくないならいいや。ごめんな」

 

 と。ひとつ息を吐いたとき。玄関の方から何か重い物が落ちる音がした。

「どすん?」

 ちょっと見てくる、とセイバーに一言言って玄関に向かう。そこには、おっきなボストンバッグを足元に置いた遠坂が靴を脱いでいた。

「はい――――?」

 ありえない光景に思考が停止する。なぜ遠坂が私服でここに居るのか。

「と、遠坂?何でここに居るんだ…?」

「そんなの、ここで暮らすから荷物持ってきたんじゃない」

 その、あまりにも。唐突すぎて。それが当然で、俺が間違っているのか?遠坂がここで暮らすのが普通で、俺は遠坂とそんな取決めをしたんだっけ?

「―――って!そんなことちょっとも言ってなんかないじゃないか!」

「なに言ってんの?…まあいいけど。協力するんだから一緒に住むのは当たり前じゃない。奥、部屋空いてるでしょ?」

 待て待て…!俺はまだ認めなんかいないぞ。遠坂凛は学園のアイドルで、それが家に居るってのでも問題なのに、桜とか藤ねえとかになんて説明したらいいとかそもそも同じ屋根の下に遠坂がいるってことが俺にとってパニックというかもうなにがなんだか…!

「じゃ、お邪魔するわね」

 そういって、俺の横をするりと交わしていく遠坂。その背中は楽しげだ。あまり大声を出したのか、セイバーが居間からやってくる。そのまま遠坂と話している姿には、動揺は感じられない。…セイバーはこうなることが分かっていたのだろうか。だとするとやはり俺がおかしいのか。答えてくれる人は、誰もいなかった。

 

 内密に話がある、とのことで、セイバーと二人、俺の部屋にやってきた。遠坂は部屋を決めているんじゃないだろうか。勝手に入られて困るようなものなんて、この家にはほとんどない。それに俺じゃ遠坂をとめられそうにないし。

「それで、内密に話したいことってなんだ?セイバー」

「はい。本来、サーヴァントはマスターからの魔力供給によって現界しています。ソレを使い切ってしまえば、身体を維持できなくなり霧散する。それは戦闘中の宝具の使用や、敵からのダメージでも失われます。事実、バーサーカー戦ではアヴェンジャー程の大きなケガはありませんでしたが、それでも少なからず損傷は受けました。治癒も魔術で行っていますので、減りは速くなります。…問題は、それを行っているのが私自身の魔力だという事です。シロウからの魔術供給のラインが、断線している。このままでは、供給がないままに魔力を使い切ってしまう」

 と。俺でも分かる深刻な事態だ。遠坂に話を聞かせたくなかったのも分かる。こんなことじゃ、見捨てられる、いや真っ先に倒しに来てもおかしくないほどのひどい状況。ガソリンタンクの俺が、エンジンのセイバーに燃料を送ってやれていない。そんな車は早々にガス欠するのがオチだ。幾らも走れやしない。

「ですので、これからは魔力を抑えるために、眠っていようかと。眠っていれば、魔力を使わないで済みます。常にマスターを護ることはできなくなりますが、これも納得してほしい」

 そんなの、当たり前だ。こっちがあんな召喚ともいえないお粗末な事故で呼び出したんだから、セイバーがいいようにやってくれれば問題ない。

「わかった。だから、慎重に行動しろってことだろ。すぐに身を守れるような状態じゃないから、どこか行くときは声をかける」

「そうしていただけるとありがたい。では、また後ほど」

 そういって、セイバーは隣の部屋のふすまを開けて入っていった。どうやら部屋は隣同士らしい。…落ち着かない。だが、これも彼女の最大の譲歩なのだろう。俺は同じ部屋なんて認めない。というか、無理だ。あんな綺麗な女の子が同じ部屋なんて、緊張でどうにかなってしまいそうだ。…今の現状も、精神衛生的には不味いんだが。

 

「はぁ…」

 なんというか、どっと疲れた。まだ、全然太陽は空高く浮かんでいるのに。畳に寝転ぶと、縫い付けられたように体を起こすのがつらくなった。まるで疲労を畳に吸収されているみたいだ。物質的な重さは無いはずなのに、畳と接している背中は鉛を背負ったみたいに鈍かった。

 そんな俺の瞼が閉じるまで、そうそう時間はかからなかった。

 

 

 

 夜は八時。あの後七時過ぎまで眠っていたけど、今は夕飯を食べ終えて今後の方針について話している。セイバーは魔力供給がないものの今は大丈夫、遠坂いわくアヴェンジャーも特に問題がないらしい。となると、待ちでもいいし、攻めにいってもいい。

「あと、判明していないマスターは四人。サーヴァントはアーチャー、ライダー、アサシン、キャスターのうち三体。私のアヴェンジャーがイレギュラーだから、問題はどのクラスが消えているか、ってコト」

「キャスターは見つけ次第、こちらから攻めかかるのが得策でしょう。時間を与えれば与えるほど、あのサーヴァントは厄介になる。とはいえ、私も探知に長けているわけではありませんので、しばらくは探索と様子見でしょうが」

「そうね。学校の方に結界が張ってあったわ。そっちからまずは探りを入れましょうか。あんな大結界、キャスターの仕業である可能性の方が高いんだし」

 遠坂とセイバーがどんどん話を進めている。ついていけない…訳じゃないけど、口をはさむ機会がない。アヴェンジャーはいないから、この男一人の状況で参っているのかもしれないけど。

「と。こんなものか。それでいい?士郎。どこか行くときはちゃんとセイバーを連れて行くこと。学校はセイバーは連れていけないから、私のそばを離れない事。いい?」

「ん…あ。わかった。しばらくは探索、探り合いなんだな」

 よくできました、というようにニコニコと笑いかけてくる遠坂。―――正直反則だ。なんだってこんな時折可愛い仕草をするのか。こんなことばかりされてたら、心臓もたないぞ、俺。

 

 じゃあこれで終わりね、と遠坂は自分の部屋(占拠)へ戻っていった。では、とセイバーも後にならって自分の部屋へ戻っていく。…なんだろう。家長は一応俺のはずなのに、一番立場が低い気がする。というか、低い。

「でも、遠坂には勝てそうにないなぁ…」

 絶対の自信をもってそう言えることが、ちょっと情けなかった。

 

 

 

 そのころ、部屋に戻ろうとしていた少女はというと。板張りの廊下で青年に呼び止められて、縁側で二人、すわっていた。視線は落ち着きがなく、庭を見たり、月を見たり、顔を見ようとして…結局見れずに逸らしたり。はた目からみたら面白いことになっているのを知らぬは本人ばかりか。

 

「アルトリア。どうやら、また再び共に剣を揃えることになったようだ。バーサーカーを倒すまで、よろしくたのむ」

 ポツリと、月を見上げた青年がそんなことを口にする。

「貴方は、私に失望したのではないのですか、リシュアン」

 青年はその問いかけに答えない。ただ、月を見上げるのみ。そのままどれくらいの時間が過ぎたことか。再び口を開こうとしたセイバーを、遮るかのように青年が口を開く。

「そうやって、人の目を気にしなければ生きていけないのか?それすらも超える意思があったから、君はその為りで王として君臨したのではないのか?でなければ、女があれだけの騎士たちを統率することは不可能のはずだ」

「それは私の最期を知らないからです…」

 絞り出す言葉は、再度さえぎられる。

「俺と君は、あの一度しか会ってないから分からないが…。少なくともあの時は間違いなく統率していたさ。それに…俺に負い目を感じているようだが、気にすることは無い。先の戦闘で返してもらった。あれで俺を見捨ててバーサーカーを抑えてくれてなかったら、俺は今頃敗北していただろうよ」

 そもそも、あれは自分の為にやったことで、恩義を感じることなどないのだが…、などとつぶやく青年。隣の少女にはバッチリと聞こえてたが、それは聞こえるように言っていたので特に問題はない。

「それでも。そもそも貴方にけがを負わせてしまった原因は、私の技量不足で…」

「だ か ら。 そんなの俺が未熟なんだからけがをした。お前が気にすることない。俺がそう言ってるんだから、それでいいんだよ。そして、過去の事は昨日のでチャラだ。オーケー?」

 めんどくさそうに、青年は語気を荒げる。それでもなお、少女は俯いたままで納得が言っていない様子だ。

 

「そんなものなのでしょうか…」

「そんなものだ」

 

 それ以来、黙りきって自分の手元を見つめている少女。何も言わずに月を見上げる青年。冬の空気が寒さを運んできているのに、彼らはそれをおくびにも出さずに縁側に座っている。虫の声も聞こえず、ただ静かな夜。

 

 

 おもむろに少女が立ち上がる。それを視界の隅でとらえる青年。

「私は戻ります。では良い夜を、アヴェンジャー」

「こんなに月が綺麗なんだ。悪い夜であるはずがない。ではな、セイバー」

 

 すっきりとした表情の少女と、静かに口元を緩ませる青年の姿が、そこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見つけた…やっと見つけた…!ああ、どうしよう。早く迎えに行かなくちゃ!そうよ、絶対そんな事あるはずなかったんだから…!」

 

 

夜は、長い。




こんばんはー。
最近寒くなって来ましたねー。

すぷれえです。
一応、最終話までのプロットはそれなりに組上がったので、ちょいちょい書いて行ければ、と。

でも、歌月十夜やり直す時間ください。
後は月姫。


活動報告も、こっそり更新してます。
直前発表しかしてませんけど。

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