その身に宿すは月の意思   作:すぷれえ

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お兄さんからのクリスマスプレゼントだよ!

頑張った。でもクオリティは下がった。


7 激突する感情

「なぁ、アルクェイド。なんなんだ?いきなり『出かけるから準備してこい』なんて。行先だってまだ聞いてないしさ。せめて一言秋葉に残していかないと後が怖いんだけど…」

 そうぼやくのは黒髪の少年。丸い眼鏡をかけたその顔は、大人の中に少し幼さを残している。時刻は午後8時過ぎ。三咲町の繁華街は、帰宅を急ぐ人でにぎわっていた。吐く息は白く、短い日はとっくに暮れているが、空に瞬く星は人工の灯りに消されている。空には真っ白な月が浮かんでいるのと、漆黒の闇が広がるだけ。

 その中で、その男女は話していた。町の喧騒は、彼ら二人の会話を遮ることは無い。少し前にこの町で起こった連続殺人事件は、人々の心に闇の怖さを思い出させるのには十分だったらしい。どの人も、心なしか歩く速さが速かった。その中を泳ぎながら、青年の問いに金髪の女性が答える。

「…なんなら、貴方はここに居てもいいわ。ううん、本当は志貴にも来てほしいんだけど。ごめんね、私にも、よく現状が分かってないの。でも、行って確かめなきゃいけないって思ってる。本当に、アレがなんなのか私は調べなきゃいけない」

「―――分かった。ようは、なんか気になるものがあるから見に行く、ってことなんだな。お前ひとりじゃ何仕出かすか分かんないし、俺も行くよ」

 あまり要領がいいとは言えない彼女の言葉を、きちんと意をくみ上げて回答して見せた。彼は普通だと言うかもしれないが、なかなかできることではない。慈愛にあふれた愛しい人のその言葉に、彼女は満面の笑みで答えた。

 

 雑踏のなか、彼らは駅へ進む。駅前の大通りは、スーツ姿の男性や、学生がたむろしていた。バスを待つもの、迎えの車を待つもの、電車を待つもの。大通りを渡ることを赤色灯に遮られ、道の反対側で眺めることしかできない志貴は、ぼんやりとそのさまを見ていた。と。

「あれ、先輩――――――?」

 横断歩道の向こう側。同じく信号待ちをしている集団の中に、見知った顔を見つけた。青味がかった髪に、丸い眼鏡。少し前まで制服姿を学校内で見かけた姿。少し前の一連の吸血鬼事件の後、この町に用事がなくなったから、外国へ帰ったはずだった先輩がいる。また何か起こったのだろうか。見れば、隣のアルクェイドも気が付いたようで、その端正な顔立ちは見る見るうちに歪んでいった。

 信号が変わる。人々が一斉に動きだす。白と黒の縞模様はすぐにかき消された。人の流れに従い、遠野志貴とアルクェイド=ブリュンスタッドは横断を始める。しかし。懐かしき姿は決してそこを動くことは無い。後ろから人がやってこようとも、川の中の岩のようにそこに留まっていた。ほどなくして、志貴は見知った顔と相対する。顔がほころぶのは、親しき仲である以上仕方ないだろう。

「お久しぶりです、先輩。いつ日本に?」

「ええ、こんばんは、遠野君。本当は、もっとお話ししたいのですけど、今回は急ぎの用です。見たところ、お二人でどこかに出かけるようですが…」

 久しぶりに姿をあらわしたシエルは、彼女には珍しく眼鏡をしていなかった。となりのアルクェイドを眼中に入れることなく、志貴と会話を始める。当然、白いセーター姿の少女は面白くない。彼女の頬がみるみる膨らんでいくその様とは対照的に、シエルの顔は勝ち誇ったようにニコニコしはじめた。アルクェイドはたまらず男の手を引き、歩き始める。青年は引っ張られる形で、体制を崩す。彼が抗議の声を上げたのは無理からぬことだ。

「ちょ、アルクェイド!」

「私がどこへ行こうとシエルには関係ない。邪魔しないで。いくわよ、志貴」

――――そのすれ違いざま。

「それは…。貴方の兄、第三席の処へですか――――?」

 

「―――――」

 アルクェイドの足が止まり、繋いだ右手はいつの間にか男の手を放していた。不機嫌そうな顔は、その色を変えている。ともすればもはや睨んでいると言っていいその紅い瞳は、金色に染まろうとしていた。隣で青年が怯えていても、彼女たちは平然としている。機械が紙を吐き出すかのように、シエルは淡々と言葉を紡ぐ。

「教会は確認段階に入っています。確証はありませんが、とある確かな筋からの情報です。まさかあの『死徒二十七祖序列第三位』が復活したなどということがあれば、三大勢力に再び混乱が生じることになるでしょう。はっきり言います。私は今回、貴女の監視役として来ました。無用な混乱を避ける為、真祖には行動させるな、と。」

「…それを私に聞かせて、止まるとでも―――?」

「いいえ。思っていません」

 それがごく自然であるというかのように、青髪の少女は告げる。

「ただ、貴女の姉、かのアルトルージュ=ブリュンスタッドも動きを見せています。それに、観測地点近くでは教会の監視の元、魔術師たちによる争いも行われています。ここまで言えば分かってもらえるでしょうが…非常に不本意ですが、貴女の持つ力は大きい。賢明な判断を期待します」

「――――」

「では、遠野君。またお茶しましょうね」

そう言って去っていくシエルは、チラとアルクェイドを確認した後去っていく。志貴が顔を窺い見ると、キツく唇をかみしめたアルクェイドがいた。肩をいからせ、拳は固く握られている。

「アルクェイド…」

「――――――今日は帰りましょう、志貴。もう、そんな気分じゃないわ」

 

 目的地だった駅はすでにその意義を失い。この世で最も世界に愛された女性はその足取り重く歩き始める。それを遅れて青年が駆け足で追う。

「アルクェイド」

 差し出された手。握ったそれは、彼女に兄を思い出させた。

 

 

 

 名前をくれた。

 感情をくれた。

 笑顔をくれた。

 

 創造主に棄てられ、生きているのかすら分からない状況から、生きる意味をくれて救い出してくれた彼。そんな彼には決して棄てられたくない。だが…彼はやってこないのだ。

 

 ―――あなたは、今どこで何をしていますか?

 ―――私は、後どれだけ待てばいいのですか?

 ―――あなたが居ないのは、もう耐えられません。

 ―――お願い、どうか。早く私の元へ来てください…。

 

 それは、信愛からくる少女の祈り。荘厳な城の最深部、玉座の間に彼女は居た。深紅のカーテンに隠された左右の大窓から、空を見上げる。その空を思わせる漆黒の髪と、紅い蝶の刺繍が入った黒いロングドレス。首元には、ワインレッドのチョーカー。誰もが羨むその美しさは、まるで絵画を切り離したよう。大きな深紅の瞳を彩る長いまつげは悩ましげに伏せられがちだ。

 

 そんな、ある日。ついに願ってやまなかったその時が訪れた。こちらに近づいてくる懐かしい気配。この百年、片時として忘れることがなく、想い続けた肉親。いったいどれほどこの瞬間を待ち望んだことか。彼女の身体が歓喜に打ち震える。冷えていた心が温かくなるのを感じる。

玉座の彼女は胸に両手を当て、目をつぶる。その頬は上がり、温かいものがつたう。

爆発的なその感情を抑えることなく、黒の姫君はこちらへ来ている愛しい存在へと走った。

 

 彼女の意中の相手は、その脳裏にしっかりと光景を焼き付けていた。腰まで伸びた漆黒の髪。黒い前髪の間から見えるのは紅い瞳。黒地のドレスにワインレッドのチョーカー。男の記憶と寸分も変わらぬ姿のままで少女は城から一直線に方向へ向かってくる。その必死さが彼の心中に後悔を訴えてくる。

「お兄様!」

「アルト!」

 二人の距離はもう無い。男は足を止めて、腕を大きく広げ、飛び込んでくる彼女を受け止めようとする体制をとる。愛しさがこみあげてこみあげて、早く抱きしめたい衝動に駆られているのが、彼の全身から伝わってくる。

そして、互いに待ち望んだ瞬間が訪れる――――。

 

「ばかぁぁぁぁああっ!!」

 

 彼が伸ばした腕は空を切り、胸全体で受け止めたのは柔らかい少女の肌ではなく、体重と助走で威力をあげたみぞおちへの一点集中の頭突きであった。

 

 

 

 

 

「――――――」

 相変わらずの目覚ましの音で、私は夢から意識をはがされた。いや、ここまではっきりと目覚めるのはこの目覚ましのおかげじゃないだろう。それならば、私は普段から目覚めの良い生活をしているはずだから。どう考えたって、先ほどまでの夢のせいに決まっている。さっきまで見ていた夢はかなり鮮明に思い出せる。いつもは寝起きの葛藤で忘れてしまうものだけど、覚めてしまったとでも言ったほうが正確なこの現状がもたらしたものだとでも言おうか。なんにせよ、私にとってかなり有益な情報を垣間見ることができた。

 さっきまで見ていたのは、アヴェンジャーの記憶。聖杯戦争中、契約によって繋がれたサーヴァントの記憶を夢として見ることはよくあることなのだそうだ。アヴェンジャーには記憶が残っている。普通、記憶喪失の人は脳から記憶が無くなることはほとんどないらしい。ただその脳に仕舞ってある記憶を思い出すことができなくて、認識することができないのが記憶喪失という症状だという。アヴェンジャーも例にもれず、そのような状態だったらしい。

 

 城の中の黒髪の少女。

 その少女を、『アルト』と呼んでいたアヴェンジャー。

 二人の再会。

 

 うん。あとでこれらの事を出して、聞いてみよう。もしかしたら、彼が何か思い出すかもしれない。ほほえましい記憶でよかった。まだ、これなら話題としてふりやすい。

「さて、ならもう行きましょうかね…」

 気分がいい。毎日これ位目覚めがよかったらいいのに。そんなことを思いながら、士郎に牛乳をもらいに居間へ行くことにした。

 居間でそんな気分が急落することを、私はまだ知らない。

 

 

 

「――――ふむ。君は朝が早いのだな。君ぐらいの年ならば、夜更かしをして朝は遅く起きてくるものだと認識していたのだが――――?」

 朝。すったもんだの末、隣の部屋で眠ることになったセイバーの悩ましげな声を聞かされ、結局ほとんど眠れずに朝を迎えた俺が一番初めに見たのはアヴェンジャーだった。居間に行く途中、縁側で座っている所に通りかかったら声をかけてきた。あまり話したことがなかったから、こうしてむこうから声をかけてきたのはすこし驚いた。そんな俺の心情を正しく理解したのだろう。中庭を見ながら白い息を吐き出す。

「そう身構えるな。別に取って食おうとか考えちゃいない。昨日マスターに警備を命じられてからあまりに暇だったからな。気まぐれに声をかけただけの事だ」

「そ、そうか。―――って、昨日の昼から見ていないと思ったらずっと警備していたのか!?」

「ああ。サーヴァントには睡眠などの休息は基本的に必要ないからな。我々は人に近く、しかし全く異なる存在だ」

 ―――――。体がブルリと震える。窓を開けっ放して入ってきた冬の空気を、ようやく肌が思い出したようだ。セイバーは寝ている。そうだ、彼女が寝ているのは俺が未熟なせいだ。十分な魔力を得られないから、彼女はそれを温存しなければならない不自由を背負わせている。

「―――そのつもりではなかったのだが…。ふむ、今更悔やんでも仕方ないだろう。魔力は微々たるものだが食事でも回復する。君は、自分のできることをした方が賢明だろう」

 いつのまにかこちらに向き直っていたアヴェンジャーがそんなことをいう。どうやら心配されていたらしい。眉間に皺が寄っていたことに、今更ながら気が付く。

 サーヴァントの魔力は食事でも回復する。アヴェンジャーが今言っていたことだ。なら、俺が出来るのは一つしかない。

「ありがとうな、アヴェンジャー」

「そういう素直な感情表現は美徳だが…それは聖杯戦争に不要だ。同盟を組んでいる以上、セイバーには常に戦闘可能状態であってくれなければ困る。それ以上でもそれ以下でもない」

「それでもだよ。朝食、お前の分も用意するから。遠坂は、朝は要らないって言ってたっけ。もう少し待っててくれ」

 ふん、などと言ってアヴェンジャーは再び中庭を眺め始める。もう俺と話すことは無いらしい。つまらなさそうにしているが、それならばそもそも俺と話そうなんて思わないし、朝食も要らないと言うだろう。なんだかんだ言ってイイ奴なのかもしれない。そう思うとついつい笑みが漏れてしまい、気が付くと紅い視線に射抜かれていた。口を尖らせている。明らかに面白くなさそうな横顔に、俺はいそいそと居間へ向かう。背中にチクチク刺さっていたものは、いつの間にか消えていた。

 

 台所に入って準備をする。今日は鮭と冷奴、味噌汁とほうれん草のおひたし。いつも――――作っているおかずたちだ。今日は、人数が多い分多く作らなければならない事を除けば、特に―――――変わりはない。その、量が増える原因となったセイバーとアヴェンジャー。彼ら二人がこの家に居ることが、まだしっくりこない。いや、決して悪い意味じゃないんだけど。今頃ははまだ寝ているだろう遠坂もそれに当てはまる。

 外見が、これでもかと言うほど西洋寄りの三人だ。純和風のこの家に居ることがミスマッチでしかない。それでも、その内見慣れるのだろうか。と。

「―――――」

 作ろうと思っていたおかずの種類も数も、量さえも一緒。なのに―――、なのに、何か忘れている気がしてならない。遠坂は昨日の夜ごはんは要らないと言ってたはず。喉の奥に小骨が刺さったような感覚。くしゃみが出そうで出ない感覚。悶々とした感覚は、アヴェンジャーの声によって遮られた。

「少年。お取込み中の処済まないが…。こちらに向かってくる人間が居る」

「えっ――――」

 この家に来る人間。こんな朝早く来るなんて、やはりマスターだろうか。アヴェンジャーの顔を見ると、あまり良い状況ではない。考えれば不味い状況だ。遠坂はまだ寝ているだろうし、セイバーはまだ戦える元気があるとは言えない。早朝とはいえ、もう空は白んでいる。こんな時間に攻めてくるだなんて。

「マスターかどうかは分からないが…。凛には、昨夜の段階で不確定要素の場合迎撃することの許可を得ている。もし、玄関先での止むを得ない戦闘行為があった時、セイバーの援護を頼む」

「わ、わかった。セイバーを起こしてくる。その後遠坂を呼んで来ればいいんだな?」

「君がそういうのなら、戦闘の可能性は高いな。迅速な判断を頼む」

 そういうと、アヴェンジャーは姿を消した。きっと玄関に向かったに違いない。そうだ、こうしている場合じゃない。セイバーを起こしに行かないと―――!家の中だろうが関係ない。居間から延びる長い廊下を走って、自室の隣、セイバーが寝ているであろう部屋に向かう。誰だ。誰が来たんだ。こんな朝早くに、この家に来る人間なんて―――――!

 

 

 ――――――――いる。なんで忘れていたんだろう。あの後輩の事を。もう一年近くも毎朝朝食を一緒に作っている仲だというのに。身近すぎて?いや、そんなことはどうでもいい。もし、アヴェンジャーが言っていた人間が桜なら。もし、アヴェンジャーがすでに迎撃していたら。

 

もし、桜がアヴェンジャーに切られていたら。

 

「―――――っ!」

 一瞬、考えた自分を殴ってやりたくなった。足はもう玄関に向いている。よけいな事を考えるな。足を速めることに集中する。それでも、さっきの光景は頭から離れない。もし、こんな些細な勘違いでそんなことになるなんてゴメンだ。そんなことになったら俺は俺を許せない―――。

 玄関につく。靴も履く時間も惜しい。玄関をあける。

「さくら!」

 そこには予想通り、いつものように朝食を作りに来た桜と、禍禍しい気を発するアヴェンジャーがいた。―――良かった。まだなにもおきていないようだ。地面はキチンと土の色をしているし、桜は自分の足で立っている。アヴェンジャーは剣を抜いていない。それを素早く確認した途端、大きなため息をついていた。心配そうに見つめる桜に大丈夫だ、と手を振っていたけど、伝わらなかったようでこっちに来て手を握ってきた。桜の手の温もりが伝わってくる。

「大丈夫ですか、先輩?」

「ああ。大丈夫だ。それより、桜の方が大丈夫か?」

 困ったように笑った桜は頬に手をあてて、それでも笑ってくれた。

「ええ。少し怖かったですけど。でも、ちゃんと話していたら先輩が来てくださったので」

 そっか。それならよかった。アヴェンジャーが問答無用、見敵必殺な奴でなくて本当によかった。

「とにかく、家に入ろうか。アイツの事も、ちゃんと桜に紹介しなきゃな」

「はい。あれ――――?あの人は…」

 桜に言われて周りを見てみる。すでにアヴェンジャーは居なくなっていた。霊体化したのだろうか。勘違いしてた手前、桜に気まずいものを感じるのは分かる。その状況を作り出したのが自分のせいでもあるし、後でご飯を食べる時に謝ろう。

 

 

 

「どういうことか説明してください。どうして遠坂先輩がここにいるんですか」

 俺は忘れていた。アヴェンジャーだけがここに居るのではないということを。一つ問題が解決したからと言って、すべて上手くいくのではないのだということも。アヴェンジャーは何故ここに居る?同盟を組んだサーヴァントだから。なら、そのマスターは?彼女、遠坂凛に他ならない。学園のアイドル。全校生徒一番の有名人。高嶺の花。形容する言葉はたくさんある。とにかく、彼女は美人で、あこがれの存在と言う事だ。そんな彼女が俺の家に泊まっていたら、どうするだろうか。

俺の後輩、桜は今現在居間で茶を飲んでいる遠坂に突っかかっている。それをまるで興味ないと言わんばかりの遠坂の対応。あの桜がここまで声を荒げるなんて珍しいから、俺としてはすごくびっくりしているんだが。

「アーヴさんと、セイバーさんは、先輩のお父様を頼っていらっしゃったのは聞きました!でも、遠坂先輩からは何も聞いてません!」

 アーヴ、と言うのはアヴェンジャーの事。あの後互いに挨拶を交わした後、アヴェンジャーがここに来た理由をでっち上げて話し始めた。良くもまあ、そこまで思いついたものだという、見事な説明。英国貴族の出であること。妹(セイバー)と二人、船で世界一周旅行をしていること。日本に寄った際、昔のつてで親父を訪ねてきたこと、等々。ちゃっかりここに居ないセイバーも紹介しているあたり、抜け目ないというか。白い肌と、砂金をちりばめたような金髪は、二人の共通の特徴だ。兄妹と言っても決して問題はないだろう。桜もそこは納得できている。だからこそ。だからこそ、その後に出てきた遠坂がここに居ることを全力で否定したいのかも知れない。

 

「―――貴女には関係のない事よ」

「―――――っ!」

 そんな、彼女のちいさな抗議を、遠坂はピシャリと締め切った。あまりにも、事情をしている俺ですら、桜の事がかわいそうに思えるほど。

「悪いことは言わないわ、桜。少しの間、ここに来ることをやめなさい」

 そうだ。俺たちは今聖杯戦争をしているんだ。魔術師たちの殺し合い。そんな事をしている俺たちと一緒に居て桜にいいことが起こるはずなんてない。だから、遠坂が言っていることはすごくわかる。その理由が言えないからそんな風にしか言えないってことも。

でも。顔を伏せて震えている桜は、そんなことどうでもいいって言ってしまいそうで。俺はその誘惑に耐えることで必死だった。

「嫌、です」

「なに?」

「嫌って言ったんです、遠坂先輩。私、毎朝此処に来ることやめません」

 言った。桜がここまで自己主張しているのが珍しい。しかもあの遠坂に。遠坂も、まさかここまで桜が反抗してくると思わなかったのか、目を見開いている。そんな俺たちを置いて、

「今日の処は帰ります、遠坂先輩。では先輩、また来ますね?」

 最後、そんな言葉を残して桜は去っていった。

 

「私たちも、学校行きましょうか」

 遠坂の声が疲れていたのは、きっと俺の気のせいじゃないはずだ。

 

 

 

 あの後、私たちも家をでて、いつも通り学校へと向かった。セイバーは霊体化できないので家でお休みだ。その為の同盟でもある。学校では、私たちが士郎を守る。そういう契約だ。アヴェンジャーは、いつも通り後ろに控えてあるけど、衛宮君にはいざとなったら令呪を使ってセイバーを呼ぶことをためらわないように言い含めている。

 

「ちぇ…元通り、か―――」

 学校に着くと、あれだけ壊して回っていた結界が修復されていた。およそタイムリミットは、十日…もう少し短いかもしれない。流石にここまで完成度が高いと、衛宮君も気が付いているだろう。そう思って、一緒に登校してきたはずのあのヘッポコを探すと、あまり芳しい状況ではなかった。全く、アイツは何をやっているんだか。ため息一つ、額に手をあてて少し現実逃避を図る。そんなのではやはり事態が好転するわけでもなく…ねちっこいのにからまれている衛宮君を助けに行くことにした。

 

「おい、衛宮。いい加減桜を朝から連れまわすのはやめろよ。今日もアイツ、弓道部の朝練に遅刻したんだよ。家を出て行ったのは早かったのになぁ?どうしてくれるんだ?もう部活辞めてんのに、いつまでボクに迷惑をかけるんだい?」

「それに関しては、私にも非があるので。いい加減衛宮君につっかかるのはどうかと思いますけど、間桐君」

 二人がほぼ同時にこちらに向き直る。シロウは明らかにほっとしていて、もう一人は露骨にびっくりしている。

「と、遠坂!?なんで衛宮なんかと―――!」

「私が誰と登校しようと、間桐君には関係のない事だと思いますが」

「ちぃ…!お高く留まりやがって――――」

 

 そういって間桐君は学校へと向かっていく。朝から嫌なことがあったけど、少しこれでせいせいした。

「で、衛宮君。間桐君に絡まれていたのはまぁいいとして…。学校入って、何か感じなかった?

「え、と。なんか、甘いにおいがするんだ。砂糖とか、そんなんじゃなくて、どろっとした、なんか、うまく言えないんだけど」

「ふうん、貴方にはそんな風に感じられるのね。そ。学校に、結界が張ってあるわ。もう始業だし、後でね、士郎」

 話したいことは後でも話せる。ここは、彼が結界を探知できたということが大事。流石にここまで隠蔽していなくて大規模ならわかると思ったけど、もしかしたら私よりそういう所は敏感なのかもしれない。

 

 これからの戦略を考えながら、私はいつもと違う学校生活をこなすことにした。

 

 




今年一年ありがとうございました。
また来年も、よろしくお願いいたします。

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