【完結】流れ星の転校生~とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話~ 作:カンヌシ
追記
現在、加筆修正リメイク版を連載中です。恐らくそちらの方がより楽しめるかも知れません。よろしくお願い致します。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
長閑な田園風景が広がる山間の集落、その畦道を1人のウマ娘が駆けて行く。
そのウマ娘はランニングウェアを着ていて、肩に大きな道着袋を背負っている。その中には道着である袴の他に、飲み水と野宿に必要な最低限の道具と万が一のための諸々の薬、緑色のパーカーが入っていた。
そのパーカーは普段は身に付けているが、山を越える時には仕舞い込んである。何故か彼女は物心つく前からそれを持っていて、今でも肌身離さず持ち歩いているのだ。
そんな彼女は何故、そんな田舎道を走っているのか? 理由は単純、とある格闘技大会の会場へ向かっているのだ。『徒歩』で。
自宅のある山を出発して早2日、日はまだそこまで高くない。先程地図とコンパスで確認したところ、目的地まで後100km程度、明日の午前中には何とか間に合いそうだ。後は飲み水が心許無くなってきたので、どこかで補充する必要がある。
「ハッ、ハッ、ハッ……」
リズム良く、そのウマ娘は弾む様に走る。レースの様な走りではなく、超長距離を移動する為の走り。マラソンや駅伝の走りに近い。ただ、このウマ娘はフルマラソン数回分の距離を『ちょっくら行ってきます』のノリで走る。夜は野宿して、朝陽が昇るとともに再び走り出す。
彼女はとある格闘ウマ娘の統括団体に所属しており、その待遇で新幹線やその他の移動手段、宿泊施設を無料で利用できるはずだが、それらを一度も使った事がない。幼き日に師であり育ての親でもある老人にこんな話を聞かされたからだ。
〜〜〜〜〜
『お前、飛脚って聞いたことあるか?』
老人が幼いウマ娘に尋ねる。彼女がううん、と首を振ると彼はそのまま話を続けた。
『江戸時代に荷物や手紙を届ける為に、野を越え山を越え走ったヒトの男たちの事だ。リレーみたいに荷物を受け渡して走り続けるんだが、それでも1日1人で100km近くは走るんだ。ウマ娘の半分も速く走れねぇヒトの男がだぞ。凄えだろ。それを考えればお前、ウマ娘が高々300kmを移動するのに新幹線を使うってのは情けねぇと思わねえか? 俺が武者修行してた若い頃は、ウマ娘たちはもっと野生味が溢れる獣の様な奴ばかりだったが、最近のウマ娘は根性が足りねぇ。今時こんな事言ったら、口うるさいジジイがって思われるんだろうけどよ』
その話を聞いた幼いウマ娘は目を輝かせた。
『あたし、ヒキャクになる!!!』と叫ぶと、制止する老人の声には耳もくれず一目散に走り出した。そしてその翌日、無事5つ離れた町の交番で保護されたのだった……しかし、飛脚への憧れは彼女の中から今も消えてはいなかった。
〜〜〜〜〜
「ハッ、ハッ、ハッ……ん?」
畦道の先、ウマ娘の視界に不自然に傾いた軽トラが見える。どうやら溝にタイヤが嵌まってしまっているらしい。横で老夫婦らしき2人が困った様に立ち尽くしている。彼女は軽トラまで近付くと速度を落として、老夫婦に声をかける。老夫婦も近付いてくるウマ娘をじっと見つめていた。
「トラック……動けなくなったみたいですね。私、力になれますよ」
お爺さんが手を合わせて近付いてきた。
「おお、渡りに船とはこの事じゃ、ありがてぇ……! べっぴんなウマ娘さんや、どうかワシらを助けて下さらんかね」
「うーん……横から持ち上げますので、少し離れていて下さい」
ウマ娘は溝にのある方に回り込むと、車体を下から持ち上げる様に踏ん張った。少しずつそれを移動させると、ドスンという音とともに下ろす。そこにお婆さんが近寄ってきた。
「まあ〜ありがとねぇ、ウマ娘ちゃん。本当に助かったよ。こんな細いのに、ウマ娘ちゃんは凄いねえ。何かお礼が出来れば良いのだけど」
「いえ、それには及びませんが……もし出来るなら……」
ウマ娘はお婆さんが腰に付けている竹筒をチラリと見ると、お婆さんはその視線に気付いた。
「こいつかい? 水筒代わりに使ってるものだけど、ウマ娘ちゃん水が欲しいのかい? ちょっと待っとれよ、トラックにも何本か乗せてたからね。おーい、爺さんやー」
お婆さんはエンジンのチェックをしていたお爺さんのところへ行くと、竹筒を何本か入れた袋を手に戻ってきてウマ娘に渡した。
「すみません、水が切れかかっていたので助かりました。ありがとうございます」
お婆さんはにっこりと笑った。
「ええんよ、ええんよ。助けられたのはこっち。まだお礼したりないくらいさ。ところでウマ娘ちゃん、こんな辺鄙なとこを通るなんて、よっぽどの物好きだね。それ道着袋だろ? 武術家かいね、ウマ娘ちゃん。どこへ行くんだい?」
「この先の山の向こうの蔓蔵町です。『ちょっとした武術大会』がありまして、それに出場します」
「ええ、山の向こうって、走って山を越えるつもりかい? ウマ娘ちゃん1人で危ないよお」
お婆さんは驚き慌てるが、ウマ娘は「ここまで同じようにして来たので大丈夫です」とはにかむ。すると、プップーと軽トラックに乗ってお爺さんがやってきた。2人の側で停車させると、運転席から降りる。
「おうい、婆さんや。そのべっぴんなウマ娘さんならきっと大丈夫だ。ワシの若い頃、この辺はよく旅するウマ娘たちが通ったもんよ。ワシは何人も見てきたから分かる。そのウマ娘さんは『慣れている』奴だ。今時珍しいこった。しかし、ほんとありがとうなぁ。山向こうへ行くんなら、急いでるじゃろ? 引き止めて悪かったなぁ」
「いえ、あなたたちを助けられて良かったです。お水、ありがとうございます。それでは!」
ウマ娘は頭を下げて礼をすると、再び走り出す。道着袋が少し大きくなっていた。
「ああー! お待ちんしゃいウマ娘ちゃん、名前を聞かせておくれ! あんた、名前はー?」
お婆さんの声にウマ娘は走りながら振り返った。
「『マリンアウトサイダ』! 私は『マリンアウトサイダ』と言います!」
左耳の短冊を2枚重ねたような髪飾りがフワリと揺れた。
畦道の上、ウマ娘の姿が遠ざかって行く。後日、新聞を見た老夫婦は「ちょっとした武術大会じゃねぇぞ! こりゃたまげた! あのべっぴんウマ娘さん、こぉんな腕の立つ格闘ウマ娘だったのかぁ!?」とビックリ仰天したのだった。
〜〜〜〜〜
とある大会終了から3日後、マリンアウトサイダは地元の町に『徒歩』で戻り、日が沈み月が出てきた頃にやっと帰宅したのだった。東京郊外のとある山の奥、古びた道場の裏手の母屋が彼女の家だ。
今回の遠征は過去最長距離だったので、スタミナに自信がある彼女も流石に疲労困憊だった。
ガララッと玄関を引戸を開け中に入ると、ドスンと道着袋を置き、ボロボロになった靴を脱ぐ。耐久性重視で選んだ靴だが1回の遠征で履き潰したのはこれが初めてだ。
捨てるべきか、それとも洗えばあと1回くらいは使えるかと思案していると、奥から微かな足音とともに甚平を着た小柄な老人が現れる。
「おう、帰ってきたか『ミドリ』。今回は時間がかかったな。兎にも角にも、お前まず風呂に入りな。泥まみれの雑巾みてぇだぞ」
年頃の娘を雑巾呼ばわりするのはいかがなものか、だが平生この調子なのでマリンアウトサイダは気にしていない。
「ただいま、おじいちゃん。今日は流石にクタクタだから、風呂に入ったらすぐに寝るよ。ところで大会の結果は知ってる? 新聞は見た?」
「新聞は見てねぇ。だが勝っただろう? 俺の弟子なんだ、その辺のウマ娘がお前に勝てるワケねぇからな」
ぶっきらぼうだが、その言葉の裏には温かい信頼がある。マリンアウトサイダはそれを知っている。
「うん、最年少チャンピオンだってさ、私。あんまり実感ないけど……ねぇ、おじいちゃん。そろそろ『マリンアウトサイダ』っで呼んでくれても良いんじゃない? いつまで経っても『ミドリ』って変だよ」
マリンアウトサイダの言葉に老人は鼻を鳴らして腕を組む。
「ふん、まだまだ半人前以下のお前なんざ幼名で十分だ。チャンピオンだってんなら、俺から一本でも取ってみやがれ。風呂は沸かしてあるから勝手に入りな、俺はもう寝るぞ」
ふあぁと欠伸をして老人は奥へ歩いて行く。高齢なはずだが、その背筋はびしっと伸びていて、体幹が安定しているのが一目で分かる。それはマリンアウトサイダが武術家として追い続けている背中だった。
…
……
………
カポー……ン
「はぁ……生き返る……」
マリンアウトサイダは身を清めた後、湯船にゆったりと浸かっていた。走り通した後の湯船はまさに天国と言える。天国にいるのに生き返るという言葉は矛盾している気がするが、その心地よさの前には瑣末な事だ。
「……半人前以下、か。そりゃ、おじいちゃんには逆立ちしても勝てないけど……少し期待してたんだけどな、名前を呼んでくれるの」
マリンアウトサイダは揺れる水面を見つめながら、祖父の背中を思い出す。
マリンアウトサイダの師であり、育て親でもある老人。彼の名は『
彼は過去について多くを語る性質ではないので、彼女が源六郎について知っているのは「若い頃は武者修行で日本全国を渡り歩いた事」「ウマ娘の嫁がいたがずっと昔に亡くなっている事」「死ぬほど強い事」くらいだった。
「ふぅーーー……」
ぱちゃぱちゃと波を立てて足を動かす。疲労がお湯に溶けていくようだ。マリンアウトサイダは己の手を見つめる。修行で手の甲は皮膚が所々硬くなっている。乙女の手とは少し言い難い。しかし、彼女はあまり恋愛に興味が無いので、それを気にしていない。
加えてもう一つ、彼女が知っているのは『彼がこの山で赤ん坊のマリンアウトサイダを拾った事』だ。
角間源六郎とマリンアウトサイダに血の繋がりは無い。ある雨の日に緑色のパーカーに包まれたウマ娘の赤ん坊を源六郎は山中の木の側で見つけたのだ。警察にその事を届け出ても両親は見つからず、結局そのまま彼が赤ん坊を引き取った。緑色のパーカーが赤ん坊の唯一の持ち物だったので、彼は安直にその子を『ミドリ』と名付け育てた。マリンアウトサイダがその真名を思い出すのはもっと後のことだが、未だに源六郎は頑なに彼女を『ミドリ』と呼び続けている。
「このまま眠ってしまいそう……そろそろ……上がるか……」
マリンアウトサイダは湯船から立ち上がる。パチャパチャと浴室に水音が反響し、水滴が彼女の身体からしたたり落ちる。
細身だが武術家らしく多少の筋肉は付いているが、女性らしく丸みを帯びた身体はまるでルネサンス期の彫刻の様に艶やかで美しかった。黒毛の耳と尻尾がコントラストとなり、その肌の美しさを一層際立たせた。
出る所は出ている体型のウマ娘は多いが、マリンアウトサイダの体型は控えめと言って差し支えないだろう。むしろ武術家としては丁度いいくらいだと本人は思っている。大きく膨らんだ胸はきっと邪魔だろうなと町中で見かけるウマ娘を見て考える事さえある。
ザバァ……と湯を掻き分けて、浴槽から出る。その後、身体を丁寧に拭き、寝巻きに着替えてドライヤーで髪を乾かし、1つだけ取っておいた竹筒に水を入れると、水分補給をしながら急いで寝室に戻った。とにかく今夜は早く眠りたかった。
畳部屋の自室に布団を敷く。学校には明日まで休むと伝えてあるので、目覚まし時計をセットせずに横になる。眠い、マリンアウトサイダの頭にはその単語しか浮かんでいなかった。
…
……
………
…………
ワァーーー
ウォーーーー
走れーーー!
いいぞ、そのまま行けーーー!
たくさんの人の声が聞こえる……
あれ……私は、何をしているのだろう?
ここは……どこ? レース……場……?
私は一度も行ったことないのに……どうして……?
自分の脚が大地を蹴っているのを感じる
他にも大勢が一緒に走っている
でも不思議とその姿は見えない
自分は今、誰と走っているのだろう
『最終コーナーを曲がって最後の直線に入る! ……の直線は短いぞ! ……は間に合うのか!』
どこからか実況の声が聞こえた気がした
私は……この台詞を知っていたっけ……?
誰も見えない、自分の姿すら
ただ、自分が走っていることだけは分かる
コーナーを曲がるとあとは直線だ
その先にはゴールが……きっと、ゴールが
「え?」
ゴールの先に、本来はあり得ないものを見た
『誰か』が立っていた
私のと同じ『緑のパーカー』を着ている
多分……男の人だ
「誰……?」
ドクンと自分の心臓が鳴った気がした
ドクン、ドクン、ドクンとうるさいくらい
「あ……」
『会いたい』
それ以外の言葉が自分の中から消え去った
「あ…あ…」
胸の中を様々な感情が去来する
懐かしい……悲しい……寂しい……嬉しい……寒い……温かい……『会いたい』……『会いたい』……『会いたい』……
「あ…ああ……!!」
走る……ただただ走る……
「はぁ……ぁ……ああっ!!」
走る……走る……
でも……何故かゴールに届かない
「はぁっ……はぁっ……あ、ああ!!!」
胸が潰れてしまいそうに苦しい
いっそ潰れてしまってもいい
それでも行きたい
ゴールの……その先……『あの人』のところへ
でも……届かない……
どれだけ走っても……ゴールに辿り着けない……
…………
………
……
…
「はぁ!! はぁ……あっ!! はぁ……あ……あ」
マリンアウトサイダは飛び起きて、辺りを見回した。いつも通りの暗闇、自分の部屋だということは分かる、夜明けはまだのようだ。
「はぁ、はぁ……はぁ……水……」
呼吸が荒く、とても喉が渇いている。枕元に置いた竹筒に口をつける。ぬるい水が喉を滑り落ちる。身体が水を欲している。
「ング、ング、はぁ……はぁ……」
残った水を一気に飲み干して、ようやく落ち着いてきた。
あれは、何だったのだろう? ただの夢にしてはあまりにリアルだった。あまりに感情が揺さぶられた。
「あ、れ?」
いつの間にか自分の頬が濡れていた。視界も黒くぼやけていた。薄暗い闇の中で気付かなかった。
「私、なんで、泣いて……」
途端に、胸がギュウと苦しくなった。喪失感で骨も内臓も、身体の中身が全部消えてしまったみたいだ。
「なんで……顔も、名前も知らないはずなのに、どうして、こんなに、胸が……」
せっかく飲んだ水が全部流れ出てしまう。そんな事を考えながら、マリンアウトサイダは再び横になった。眠っているのか、起きているのかも分からない状態で、彼女は朝を待ち続けた。
少しずつ書き溜めてから投稿する予定です。終わらせるのが目標。
よろしくお願いします。
m(_ _)m