【完結】流れ星の転校生~とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話~   作:カンヌシ

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11話 芦毛の怪物と『誰かの夢』

 

 キングヘイローとの出会いから数日経ったある日のランチタイム、マリンアウトサイダはトレセン学園の食堂で昼食を取っていた。

 

 共にテーブルを囲むのはクラスメイトのナリタトップロードとアドマイヤベガ、そして下の学年のテイエムオペラオーとメイショウドトウの4人。

 

 普段このメンバーで昼食を取ることはないのだが、今回はナリタトップロードが(嫌がるアドマイヤベガを強引に引っ張って)皆を誘ったのだった。

 

 

 

「それでは、ささやかながら『マリンちゃんの初ウイニングライブ祝賀パーティ』を始めまーーーす!」

 

「い、いぇ〜い、どんどんぱふぱふぅ〜〜〜!」

 

 

 トップロードが音頭をとり、メイショウドトウが(目を(> <)にして)頑張って盛り上げる。

 

 

「あ、ありがとうございます……なんか、ちょっと大事になってる気がしますが、嬉しいです」

 

 とマリンは少し気恥ずかしい様子だ。

 

 

 昨日の未勝利戦でマリンは3位に入着し、初めてウイニングライブを踊ったのだ。そのお祝いにシリウスのトレーナー室で小さな祝賀会が開かれたのだが、それを聞いたトップロードが自分もお祝いしたいと申し出たのだった。

 

 

「……でも、こんなランチタイムにやる事じゃないでしょう。しかも、何でこのメンバーなのよ?」

 

 

 アドマイヤベガがジト目で言う。

 

 

「昨日の夜のシリウスの祝賀会では、聞けばチケットさんが誘ってBNW、ナリタブライアンさんが誘って生徒会メンバーまで顔を出したと言うではないですか! だったら、私たち『覇王世代』もお祝いしなければと思ったのです!」

 

「その『覇王世代』って呼び方、私好きじゃないのだけど」

 

 

 気乗りしないアドマイヤベガとは対照的に、歌劇口調でテイエムオペラオーが歌うように言う。

 

 

「何を言うんだいアヤベさん! 『覇王世代』……ああっ! まさにボクたちの友情を言い表した最高の呼称じゃないか!」

 

「私はただの同世代で同類とは思われたくないの、あと何で私の隣に座ってるの?」

 

 

 相変わらずオペラオーには辛辣なアヤベさんだった。そんな彼女にメイショウドトウがおずおずと話しかける。

 

 

「で、でもアヤベさん……初めてのウイニングライブって、やっぱり特別だと思うんですぅ……私は、今でもハッキリと覚えてます。何回も転んじゃいましたけど……だから、お祝いしてあげたいトップロードさんの気持ちも分かりますぅ……アヤベさんは、覚えていませんか?……初めてのライブ……」

 

 

 自信なさげに言うドトウを見て、アドマイヤベガは「はぁ」と観念した様に答える。2人はなんだか、お姉ちゃんと妹って雰囲気があるな、とマリンは思った。

 

 

「……ドトウ……そうね、私も覚えているわ。初めてのウイニングライブの事」

 

 

 アドマイヤベガがマリンの方を向く。

 

 

「おめでとう、マリンさん。次こそ、1着取れると良いわね。応援してるわ」

 

 

 ニコリと微笑んで賛辞を送るアドマイヤベガ。マリンは初めて彼女の微笑みを見た気がした。

 

 

(アヤベさんって……凄い美人だ……)

 

 そんな思いを一旦秘めて、マリンは返事をする。

 

 

「ありがとうございます、アヤベさん。とても嬉しいです」

 

 

 マリンがそう返事をした瞬間、オペラオーが椅子の上に立ち上がって高らかな声で謳いはじめた。

 

 

「それでは、ボクもマリンさんへの賛辞を送るとしよう! まずはボクの輝かしい初ウイニングライブの物語から! あれは太陽の囁きに眠れる草花が目醒める頃、ボクは……」

 

「オペラオーの話はその辺の鈴虫が鳴いてるとでも思ってていいから。無視してお昼ご飯を食べましょう」

 

 

 アヤベが間髪入れずにマリンに言う。転入して来てから2人がまともな会話をしているのを見た事がないのだけど、不思議と不仲な感じはしないんだよな、とマリンは心の中で呟く。

 

 

「いやー、それにしてもマリンちゃんの初ライブ! 初々しくてすごくすごく、すっごく可愛かったですよ! 私も懐かしい気持ちになっちゃいました!」

 

「え……トップロードさん、会場に来ていたのですか?」

 

 

 マリンが気付かなかった、という風に尋ねる。

 

 

「いえ、行ってませんよ。これを見たのです。ほら!」

 

 

 トップロードがスマホを操作して、画面をマリンに見せる。そこには、少したどたどしく『Make debut!』を歌って踊るマリンがアップで映っていた。

 

 

「な、なななあ!!」

 

 

 と、マリンは心底驚くと同時に顔が真っ赤になる。初めて客観的に『フリフリのステージ衣装を着て踊る自分』の姿を見たのだ。経験したことのない恥ずかしさが込み上げてきた。

 

 

「な、何ですか、これぇ! え、いつの間に!?」

 

 

 マリンがかつてない程に慌てふためく。

 

 

「この映像はファンが撮影してウマスタに投稿したものですよ! 重賞レースのライブは基本撮影禁止ですけど、一部のOP戦や未勝利戦のライブは撮影とインターネットへのアップロードが許可されているんです。これから活躍したいウマ娘たちの絶好のアピールの場ですからね!」

 

「私もマリンさんのダンス、観ましたぁ〜。初めてなのに1回も転ばずに踊り切るなんて、とっても凄いですぅ〜。もう再生回数が2万回を超えそうですよ〜。アヤベさんも、ほら〜」

 

「……コメントも色々書いてあるわね……『武術大会とのギャップパナい』『高等部でここまで初々しいのは良き』『可愛い』……ん?」

 

 

 アドマイヤベガがコメント欄を見てると、中にいくつかマリンに対してかなり強烈な批判をするものがあった。

 

 彼女のレースウマ娘への転向についての否定的な意見は簡単にはなくならないみたいだ。

 

 

「………………」

 

 

 アドマイヤベガは両手で顔を覆ってテーブルに突っ伏しているマリンをチラリと見る。

 

 

「ドトウ、それ、本人も恥ずかしがってるから、消した方が良いわ」

 

「あ……そうですよねぇ、分かりました〜」

 

 

 ドトウがスマホをポケットに仕舞う。そして、マリンが突っ伏したままくぐもった声で呟いた。

 

 

「私、あまりこういう機械とかよく分からなくて……スマホもメモ帳くらいしか使ってないんです……そんな事になっていたなんて……」

 

「見たくないなら見ないでいいのよ。今は気にせずレースに集中する方が賢明だわ。ウイニングライブはオマケだと思いなさい」

 

 

 アドマイヤベガがマリンに言った。その口調は妹を守ろうとする姉のそれだった。

 

 「はい、そうします……」というマリンの返事に心なしかホッとした様子だ。するとマリンは顔を上げて……

 

 

 

「アヤベさんって、凄く『お姉ちゃん』って感じがして、話していると安心します……きっと、妹とか居るんじゃないですか?」

 

 

 

「「!!」」

 

 

 

 マリンの純真な言葉にトップロードとドトウは言葉を詰まらせる。2人はアドマイヤベガが過去に妹を亡くしている事を知っているのだった。

 

 

「……ええ、居るわ。たった1人の妹が」

 

「やっぱり! きっと妹さんは幸せですね……私は姉妹も兄弟も居ないので、とても羨ましいです!」

 

「そう……ありがとう、マリンさん」

 

 

 アドマイヤベガはとても朗らかに、暖かに微笑みを浮かべて言った。

 

 彼女は既に『自分と妹の2人の為に奮闘してくれたトレーナー』にその心をほぐされていた。マリンの言葉を悲しみとともに受け取る事はなかった。

 

 それを見て、トップロードもドトウも笑顔で安心していた。マリンがアドマイヤベガの事情を知るのは、もう少し先のことだ。

 

 

「はぁ……でも私、これ慣れる気が全くしません……レースウマ娘ってなぜ歌って踊るんですか……?」

 

「そういうものですよ!」

 

「そういうものですぅ〜」

 

「……そういうものよ」

 

 

 ……そういうものかぁ、とマリンは納得するしかなかった。オペラオーの賛辞はまだ序章も終わっていないようだった……

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 一方、トレセン学園の本校舎から離れた針葉樹林が生い茂る区画に1人のウマ娘がいた。

 

 

「……入れた……ドウザンさんが言ってたこと、本当だったんだ。ここ、トレセン学園のどの辺だろ?」

 

 

 灰髪で深い紫色の瞳をしたそのウマ娘はスマホで現在地を確認する。

 

 彼女の名はルリイロバショウ、UMADに所属する格闘ウマ娘で、マリンアウトサイダの幼馴染である。その為、UMAD理事長代理のヤマブキドウザン*1とも小さい頃から交流があった。マリンに勝てた事はないが、それでもいくつかの大会の優勝経験がある実力者だ。

 

 彼女はトレセン学園に侵入する為に、ドウザンの酒癖の悪さを利用して、UMADとトレセン学園が秘密裏の会合を開く時に使われる学園の裏口の位置を聞き出していた。

 

 

(うちの親父の差し入れのお酒飲ませたら、色々と話してくれたな。URAとは因縁があるけど、トレセン学園の理事長一家とは繋がりがあるとかなんとか言ってたけど……気にしないでいいや、入れればこっちのもんだし)

 

「入ってきた方向がここだから……とりあえずこっち向に進めば校舎にたどり着けるはず」

 

 

 よし、と彼女は歩き出す。次第にその瞳には黒く暗いの渦が巻き始めた。

 

 

「マリン…………」

 

 

 その声には憎悪と哀惜が入り混じった響きがあった。禍根というものは、必ず後を追ってくる。逃げる事は出来ても、隠れる事は出来ないものだ……

 

 

 

………

……

 

 

 

 

「ご馳走様でした! お祝いって良いですよね、何だかいつもの料理が特別な味に感じます!」

 

「ご馳走様でした。トップロードさん、改めてありがとうございました。私、これからもっと頑張れると思います」

 

 

 マリンはぺこりと頭を下げた。

 

 

「いえいえ、まあ結局パーティじゃなくてただの昼食会になってしまいましたが、元気になってもらえて何よりです! まだ次の授業まで時間もありますし、スイーツでも食べながらゆっくりお喋りしましょう!」

 

 

 トップロードは快活に言った。

 

 

「そうね、今回は最後まで付き合ってあげるわ。ん……何かしら?」

 

 

 アドマイヤベガが食堂の異変に気付く。何だか、どよめきが起こっている。

 

 

「おや、あれは誰だろう? 彼女の制服はトレセン学園のものではないね。外部生かな?」

 

 オペラオーは言った。

 

「あの、ま、マリンさん……入り口の方で、怖い目付きの人がこちらを睨んでいるのですが……お知り合いですかぁ〜……?」

 

「え……?」

 

 

 ドトウの問いかけにマリンが椅子に座ったまま、後ろ振り返って廊下へ続く扉の方を見ると……

 

 

 

 そこには灰髪と深い紫色の瞳をしたウマ娘が立っていた。

 

 

 

 マリンは驚きで目を見開いた。

 

 

 ドクン!……と心臓が鼓動した。

 

 

 

「…………ルリ…………?」

 

 

 

……

………

 

 

 

「お、何や何や? また騒ぎ起こしてる奴おるんか? って誰やアレ、この学園の生徒ちゃうやん」

 

 

 マリンと覇王世代のいる場所から少し離れたテーブルをタマモクロス、イナリワン、オグリキャップ、スーパークリークが囲んでいた。

 

 

「んん〜あの風貌、ただもんじゃねぇなぁ。てか、なんか雑誌で見たことある顔だぞ。ありゃあUMADの格闘ウマ娘じゃないか? 名前は忘れちまったが」

 

 イナリワンが咥えた爪楊枝をクイクイ動かす。

 

「ほんなら、またあの転入生がらみの事か? URAとUMADが仲悪いのは知っとるけど、因縁っちゅーのはやっかいなモンやな〜」

 

「いやぁ……」

 

 

 イナリワンが目を細くして灰髪のウマ娘をを見つめる。彼女はツカツカとマリンの居るテーブルまで歩いていき、何か話しかけている。

 

 

「ありゃ、あの2人の個人的な因縁って雰囲気だねぇ……」

 

 それを聞いて、スーパークリークが心配そうな声で言う。

 

 

「大丈夫でしょうかー? 確か、今日はヤエノちゃんも、アケボノちゃんもレースで学園にいませんよねー……」

 

 

 それを聞いてイナリワンは突っ張って言う。

 

 

「だーいじょうぶでぇ! 格闘ウマ娘同士ってのは逆にそう簡単に喧嘩にゃならねぇよ。特にあのレベルの武術家なら尚更だ」

 

「でもこの前、転入生はヤエノに喧嘩売ってたやん」*2

 

「…………ま、何かあったらアタシら総出で何とかするさ、一応年長者だしなぁ」

 

「イナリ……やっぱお前、喧嘩は素人やろ」

 

 

 そんな会話をよそに、オグリキャップは頬を膨らませて大量の食事にがっついていた。

 

 

「……………………」もぐもぐもぐもぐもぐもぐ

 

 

 しかし、視線だけあの転入生と外部生に向けていた。今回はどうにもあの2人のことが気になっていたのだった。

 

 

 

………

……

 

 

 

「こんにちは、『マリンアウトサイダ』……久しぶりね。アンタの山の家で会って以来だっけ? 半年と少しくらい?」

 

 

 ルリイロバショウはマリンから2メートルほど離れたところに立っている。マリン以外のテーブルのウマ娘は心配そうに成り行きを見つめている。

 

 

「ルリ……何でお前がここにいる?」

 

「そんなのどうでもいいでしょう」

 

 

 ルリはマリンを射殺さんばかりに睨みつける。

 

 

「私はアンタと話をしに来たの」

 

 

 マリンの顔がわずかに険しくなる。

 

 

「随分楽しそうに踊ってたじゃない」

 

 

 ルリは腕を組んで言った。

 

 

「可愛いステージ衣装を着てさ、『レースウマ娘ごっこ』……そんなに気に入ったの?」

 

 

 む……とアドマイヤベガが顔を口元を歪めた。

 

 

「あなた……何が言いたいのよ?」

 

 と言って、立ちあがろうとしたところを隣のウマ娘が彼女の腕を掴んで止めた。

 

 

「オペラオー?」

 

 

 そこにはアドマイヤベガをジッと見つめるオペラオーがいた。普段の態度からは想像できない、引き締まった表情をしている。

 

 

「駄目だよ、アヤベさん」

 

 

 オペラオーは非常に落ち着いた声で言った。

 

 

「この2人のデュオに、ボクたちは割って入れない。今は沈黙の時だ」

 

「っ…………」

 

 

 そのあまりに真剣な声色に気圧されたアドマイヤベガは黙るしかなかった。彼女は渋々と椅子に座った。

 

 

「……歓談の邪魔をした事は謝るわ。でもね、私はどうしてもコイツに聞きたい事があるの」

 

 

 ルリはキッとマリンを睨む。

 

 

「何で……格闘ウマ娘(わたしたち)を裏切ったの……?!」

 

 

 マリンは息を飲み、そして答えた。

 

 

「裏切ったつもりなんて無い……挑戦したかっただけだ、レースに」

 

「挑戦!?」

 

 

 ルリは語気を強める。

 

 

「アンタの実力は私が1番良く知ってる……アンタは『技』で闘うタイプよ、フィジカルは決して恵まれた方じゃない。それが走る為に身体を鍛え上げるレースに『挑戦』したかった!? 舐めてたの!? レースを!? 言ってみなさいよ!! ここに居るレースウマ娘たちに向かって!!」

 

 

 ルリが食堂にいるウマ娘たちを見回して、腕を大きく振る。

 

 その場の誰もが黙って2人に注目していた。

 

 

「っ……違う! 覚悟はしていた! 簡単に勝てるなどと……思ったことは1度もない!」

 

「だったら何でよ!? 今更レースウマ娘になるなんて、バカじゃないの!! 理由を言いなさいよ!!」

 

「っ…………」

 

 

 マリンは沈黙した。あの日の夜に見た夢の意味を知る為とは、言えなかった。

 

 

「またダンマリ……? アンタっていつもそう……昔から頭は良いクセに、人の気持ちには鈍感で! いつも自分のやりたい事だけを突き通して! 他の格闘ウマ娘たちやそのファンの気持ちなんて考えてないっ!!!」

 

 

「…………!」

 

 

 

 マリンの脳裏に、メイクデビューの日の夜に、部屋で『おかえりなさい……!』と出迎えてくれた先輩ウマ娘の笑顔が浮かんだ。

 

 ルリイロバショウの言葉に、ぐうの音も出なかった。

 

 

 

「……その……通りだ。私は……色んな人たちの気持ちに、気付いてなかった」

 

「っ……だったら……今からでも……」

 

「でもっ……!」

 

 

 マリンはルリの言葉を遮って言った。

 

 

「レースで走って、理解したことも……多い。レースウマ娘たちの苦しみも……押し潰されそうな程の悔しさも……格闘技の世界に居た私は、ここに来るまで知らなかった。ウマ娘たちが『夢』を追う事の辛さを知ることはなかった!」

 

 

 マリンは真っ直ぐルリの目を見つめる。

 

 

「私は今……1人のレースウマ娘……だった方から『夢』を預かっている。それを叶えるまで、私は格闘ウマ娘には戻れない……!」

 

 

 ルリイロバショウは俯いて沈黙する。

 

 

「何よ……それ……そんな『誰かの夢』なんて……知らないわよ……」

 

 

 

 ルリは目に涙を浮かべて叫ぶ。

 

 

 

「私だって…………私だってアンタに『夢』を見ていた!!!!!」

 

 

 

 マリンは目を見開いて、驚いた。

 

 

 

「昔、アンタが初めてうちの道場に来た時、親父の古い知り合いの孫だって……同い年の格闘ウマ娘が居るって知って、嬉しかった……でも、アンタはとんでもなく強くて……私なんて紙クズみたいに投げ飛ばされて……でも……『憧れた』の」

 

 

 マリンも、他のウマ娘も黙って聞いている。

 

 

「私たちが町で高校生の不良ウマ娘に絡まれた時も、アンタはいとも簡単にアイツらをやっつけて……私も、アンタみたいになりたいって思ったの!!!」

 

 

 ルリの目から、雫が一滴こぼれ落ちた。

 

 

「周りの大人たちに、私が格闘技をしていると言ったら……『ウマ娘なのにもったいない』『レースで走ってみたらどうだ』って、みんなそれしか言わない!!! 『走らないウマ娘は無価値』だって、心の底では見下されていたんだ!!!!!」

 

 

 その場の誰もが、息を呑んでいた。

 

 

「格闘ウマ娘なら……誰でも1度はそんな経験をする……でも……アンタだけは違った……アンタは大会を難なく勝ち続けて、神童と呼ばれて……身体は小さいのに、闘いは流れるように鮮やかで……まさに小さき者が大いなる者に立ち向かう様だって、メディアからも注目されていった……」

 

 

 知ってる? とルリはマリンに問う。

 

 

「アンタが世間の評価を変えていったんだよ? 気付いてなかったでしょうね、アンタ機械音痴だし、雑誌も読まないし、ただの山育ちの世間知らずだし」

 

 

 マリンは少しムッとした。

 

 

「……アンタが闘う姿は……格闘ウマ娘に勇気を与えていた……『希望』だった!! 格闘ウマ娘は『無価値』じゃないんだって、私はそれをアンタと一緒に証明するのが『夢』だった!!! なのにアンタは突然、レースウマ娘に転向するって言って聞かなくて!!!」

 

 

 ルリが再び叫んだ。

 

 

「私はアンタのレースは全部観てた……アンタは、負ける度に悔しがって!! 格闘ウマ娘の『希望』だったアンタは、もうそこには居なくて!!」

 

 

 私は……と、ルリは涙を流し、息を溜めた。

 

 

 

 

「『私は!!! もう負けるアンタを見たくないの!!!!!』」

 

 

 

 

 その言葉に、芦毛のウマ娘の耳がピクンと動いた。

 

 

 

「あの神童の姿はどこに行ったのよ!!! 私たちの『希望』はどこへ消えたのよ!!! そんなにその1人のレースウマ娘の『夢』が大事なの!!?」

 

 

 マリンは何も言い返せなかった。

 

 

「どうせ……G1レースに勝つとか、そんなのでしょ……? 大勢の格闘ウマ娘の『希望』と比べれば、どうでもいいじゃない、そんなの!!!」

 

「っ!!!」

 

 

 ガタンッ!とマリンが椅子から立ち上がり、ルリを睨みつけた。

 

 相対する2人を、周りのウマ娘たちが息を呑んで見つめている。

 

 

 しかし、マリンは黙ったままだった。先輩の夢をどうでもいいと言われた怒りもある。しかし、ルリの想いを自分が裏切ったのも事実だ。

 

 マリンの心は、そんな板挟みな状態だった。そして……

 

 

 

「…………さい」

 

 

 

 マリンはとても……とても苦しそうに呟き、叫んだ。

 

 

「…………うるさい!!! 私は、ここで走ると決めたんだ!!! 今更……そんな『夢』を語られても!!! 私にはどうしようもない!!!」

 

 

 マリンは動揺していた。でも同時に、自分がどれだけ非道い事を言ってるかの自覚もあった。

 

 

「っ!!! 何よ……私の『夢』も……格闘ウマ娘たちの『希望』も……もう昔のことだって切り捨てるの!!?」

 

 

「……………そうだっ!!!」

 

 

 マリンは目を潰れそうなほどに強く閉ざす。

 

 

 その言葉に、芦毛のウマ娘が椅子から立ち上がる。タマモクロスは肩肘をつきながら、横目でそれを見ていた。

 

 

 

 マリンは眼前のウマ娘を見据えて叫んだ。

 

 

 

 

「お前の昔の『夢』なんて!!! 私にはもう何の関係も……」

 

「マリンアウトサイダ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴオオオオオオオオオォッ………!!!

 

 

 食堂全体に、地震がやって来たのではと錯覚するほどの威圧感が走った。ビリビリと皮膚に電気が流れるような錯覚が全てのウマ娘を襲った。

 

 

 

「その先は……言うな……!!!!!」

 

 

 

 マリンの身体はビクンッ!!!と震えた。恐怖で身体が竦むのはいつぶりだろうか。威圧感には慣れているはずの彼女は、久々のその感覚に混乱する。

 

 

 

 ルリも含め、事の中心の2人以外のウマ娘たちも同じく威圧感と恐怖に身体が竦んだ。

 

 

 平静を保てたのは、オグリキャップと同じ時代を駆け抜けたウマ娘たちと他少数だけ。少し離れたテーブルに座っていたメジロアルダンとサクラチヨノオーは落ち着いて事の成り行きを見守っている。

 

 

 マリンの居るテーブルでは、数多のレースを経験したナリタトップロード、アドマイヤベガ、メイショウドトウさえも、身体も震わせていた。

 

 唯一、テイエムオペラオーだけが動揺することなく腕を組んだまま、チラリとオグリキャップに視線を向けるだけだった。

 

 

 

 食堂内の空気が、固体と液体が入り混じった物質に変化したみたいだ。その威圧感による緊張と沈黙が支配した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい」

 

 

 

 その沈黙を破ったのは、同じ芦毛のウマ娘、『白い稲妻』と称されたタマモクロスだった。彼女はテーブルに片手で頬杖をつきながら言う。

 

 

 

「『怪物』が出とるぞ……オグリ。あんま後輩たちをビビらせんな」

 

 

 

 ハッ、とオグリキャップはいつもの雰囲気に戻る。

 

 

「す、すまないみんな、大声を出して驚かせてしまった……」

 

 

 食堂内の空気が正常に戻る。ある者たちは酸素を求めて深呼吸し、ある者たちは心臓の鼓動を抑えよう胸を押さえた。

 

 絶対に大声のせいじゃない……と誰もが思ったが口には出さなかった。

 

 

 

「……マリンアウトサイダ」

 

 

 オグリキャップはその場でマリンに話しかける。マリンは先の威圧感で額に汗をかいていた。

 

 

「……君とそのウマ娘の間に、どんな事があったのか。正直、私には分からない。だが……」

 

 

 オグリキャップは真っ直ぐマリンの目を見つめて言った。

 

 

 

 

「君が『誰かの夢』であったのならば……そのことを否定してはダメだ……他ならない、君自身だけは、決して……それがどれほど自分を苦しめていても……」

 

 

 

 

 そう言うオグリキャップの瞳には、後悔とも無念とも違う……拭い去れない悲しみのような感情がこもっていた。

 

 

 

 

「…………………っ」

 

 

 

 マリンは、アイドルホースの代名詞とも謳われたオグリキャップのその言葉の裏に、どんな過去があるのかは分からなかった。しかし……

 

 他のどのウマ娘よりも多くの夢を背負い、走り続けてきた彼女の言葉は、マリンの胸に『重く深く』響いた。

 

 

 

 ルリもオグリキャップの威圧感に、圧倒されたことに驚きを隠せなかった。

 

(あれが『芦毛の怪物』……本物の化け物じゃない……格闘ウマ娘にだって、私とマリンをビビらせる奴なんてそうは居ないのに……)

 

 

 

 

 

 

「君たち……そこまでだ」

 

 唐突に高貴な声が響く。

 

 皆の視線が向く先、食堂の入り口に凛々しくも雄々しい『皇帝』シンボリルドルフが立っていた。

 

*1
番外編1に登場

*2
番外編3を参照




オリキャラ同士の絡みは基本的に最小限に留めるようにしているのですが、今回は展開のために仕方ないと割り切りました。
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