【完結】流れ星の転校生~とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話~ 作:カンヌシ
前回までの補足なのですが、オグリキャップは元チーム『シリウス』という訳ではなく、タマモクロスと共に今も現役で走っている世界線という設定です。
幕間 ある競走馬の生涯Ⅳ
度重なる挑戦の末、その牝馬はついに未勝利戦で1着を勝ち取った。
一般の人々からすると、名誉も栄誉も、重賞と比べてしまうと無いに等しいのかも知れない。しかし、それはその牝馬に携わる者たちにとっては最上の喜びだった。
特にその牝馬を仔馬の頃から慈しみ育ててきた若き厩務員の喜びようは、天にも昇らん程だった。
その牝馬には人の言葉は分からない。しかし、彼が誰よりも喜んでいたという、その感情は確かに伝わっていた。それはその牝馬の心に、強く強く残り続けた。馬なので決して言葉になる事は無い。だが、彼女には確かに『走る理由』が出来た。
しかし、その若き厩務員と牝馬には……哀しい運命が待っていた。彼の心臓の持病が、だんだんと悪化してしまっていた。ついには入院を余儀なくされ、彼は厩務員の職を辞するまでに衰弱した。
病院に見舞いに来た馬主の若き社長に、彼は言った。
「ミドリは……マリンアウトサイダは、元々は食用馬となってしまう所をあなたに拾われました。親も仲間も、目の前で連れて行かれて……アイツはそんな馬たちの……悲しい運命を、他のどの競走馬よりも知っています……だから、アイツの走りは……きっと『供養』になる……そんな気がするんです」
話すのも苦しいはずなのに、彼は無理をして言葉を紡ぐ。社長はそれを絶対に聞かねばならぬと感じていた。
「お願いします。彼女が……走りたいと願う限り、走らせてやって下さい。少しでも走るのを嫌がれば……その時は、休ませてやって下さい……この先、彼女が勝てなくても……どうか最期まで、面倒を見てあげて……欲しいです。それだけで、俺は…………」
社長は涙ながらに、約束は守ると誓った。そして、若き厩務員がその牝馬と再会する事は……無かった。
その後、社長がその牝馬を訪ねると、彼女は常に誰かを探すような仕草をずっと繰り返していた。放牧の時も、誰かを待つように柵の外を眺め続けていた。社長はそんな彼女の様子に心を痛め、涙を流さずにはいられなかった。
社長は以前から自身のSNSアカウントでその牝馬と厩務員の事も呟いていたので、彼の死は多くの人に知れることとなった。そして、その牝馬の牧場も時代の流行に乗ってSNSで馬の様子を発信していた為、その後の彼女の様子は界隈で話題になっていた。それがどのような影響を与えたのか、どのような因果を手繰り寄せたのか、知る由もない。しかし、それは『小さな奇跡』を起こしていた。
G1レース『宝塚記念』
ファン投票による上位10頭が優先出走権を得るグランプリレース。その10位の枠に……
『マリンアウトサイダ』の名が記載されていた。
ーーーーー
マリンアウトサイダとルリイロバショウ、2人のウマ娘の『喧嘩』から約1ヶ月後のある休日
府中から離れた小規模なレース場の観客席で、ざわめきが起こっていた。その日は未勝利戦のみが開催される予定なので、余程のマニアでない限りは好んで観戦する者は少ないはずだ。なのに、
そんな場に似つかわしくない程の『トップランナー』たちが集まっていた。
「あれ……チーム『シリウス』だよな。しかも、全員!? マリンアウトサイダが出走するとは言え、これ未勝利戦なのに……!」
「嘘だろ!? ライスシャワー、ナリタブライアン、スペシャルウィーク……サイレンススズカまで!? オレ……夢を見てるんじゃないよな」
「あの三冠ウマ娘をこんな所で生で観れるなんて……」
「僕はウイニングチケットのダービーを観客席で観てたんだ! ああっ……彼女のサイン貰えないかな! でもこれ多分オフだよなぁ……みんな私服だし」
「あの前髪ぱっつんのウマ娘……この前の重賞レース、確か勝ってたよな」
「あの3人組、あまり目立ってないけど実は隠れファンは多いらしいぞ」
「俺、レースにはあんま興味無くて、マリンアウトサイダのファンだったから彼女を観に来てるんだけどさ。あの『シリウス』ってチーム、そんなに凄いの? 名前は聞いた事あるんだけど」
「バッカ、お前、レジェンドの集まりのチームだぞ! レースに興味なくてもサイレンススズカやゴールドシップの伝説くらいは聞いた事あるだろ!?」
「あの超出遅れたやつ? バ券が紙クズになったっていう」
「いや、ゴルシはそうなんだけど、もっとこう……なぁ!!」
『シリウス』のメンバー勢揃いの状況に周囲の観客は浮き足立つ。しかし、ある女性ファンの言葉で「ざわめき」は「どよめき」へと変わった。
「え、嘘でしょ、待って、私の見間違いじゃないわよね……メジロマックイーンの隣に居るのって…………トウカイテイオーじゃないの!?!?」
「はぁ? テイオーは『シリウス』じゃないだろ。こんな所にいるワケ……って、うおおおおおお!? マジだ、トウカイテイオーだああああああ!!!!!」
「どよめき」は徐々に大きくなり、周りに伝播していった。
…
……
………
『奇跡の帝王』が!?!?
嘘だろ……何でここに!?!?
と、一層騒がしくなったファンの反応に、ポニーテールの小柄なウマ娘は満足そうにはにかむ。手摺りに寄りかかり、髪を風になびかせるその姿は、あの奇跡の有馬記念の頃よりも大人びた印象があった。
「にっしっしっし! ファンもボクがここに来ることは予想できなかったようだね〜。気持ち良いなぁ、この注目のされ方! 未勝利戦って初めて来たけど、たま〜に来るのもアリかもね〜。そしてボクはレースを観ながら顎に手を当ててこう言うんだ。『ほう……あのウマ娘は……』ってさ! どう、なんかカッコ良くない!?」
雰囲気だけは少し大人びたが、自信家で目立ちたがり屋な性格は相変わらずのようだった。
「テイオー……貴方、またしょうもない事を考えてますのね」
天真爛漫を絵に描いたような昔と変わらぬトウカイテイオーに、メジロマックイーンは呆れ顔で答える。
「別にいいじゃ〜ん。それにしても、マリンちゃんのレース観にきて良かったよ〜! 楽勝して貰って、も〜っと盛り上げて貰わないとね〜! なんてったって、このテイオー様の『弟子』なんだから! そしてボクはめでたくカイチョーから『ご褒美』を頂くのだ〜!」
「またそんな欲望丸出しで……少しは大人になりなさいな、テイオー。マリンさんに走行フォームのアドバイスをしたのは確かですが、『弟子』と呼べる様なことはしてないでしょう、貴方は。どちらかと言えば、並走トレーニングにずっと付き合って下さったオグリキャップさんの方が『師匠』らしいと思いますわよ?」
〜〜〜〜〜
マリンが『シリウス』のトレーナーに改めて決意を述べた後、彼は様々なトレーナーに意見を求めて回った。彼女の思いに応える為に、出来ることは全てやるつもりだった。
すると、1人のベテラントレーナーから「格闘技やってて関節が尋常じゃなく柔らかいんだろ? なら、似たような体質のウマ娘に走行フォームを見て貰ったらどうだ?」とアドバイスを貰ったのだ。
そこでトレーナーは候補のウマ娘として『オグリキャップ』と『トウカイテイオー』を考えた。オグリキャップのトレーナーを通して彼女にマリンのトレーニングへの協力をお願いすると……
「もちろんだ。私も、彼女に協力したいと思っていた。他に私に出来ることがあるなら……遠慮せずに言って欲しい」
と、快諾してくれた。どうやら先の500メートル走以来、マリンの事を気にかけてくれていたらしい。一方で、トウカイテイオーの方は……
「え〜、ボク人に教えるのってあんまり好きじゃないんだよね〜。だってみんなボクが言ってること分かってくれないんだもん!」
シンボリルドルフに頼み、生徒会室で彼女と会ったのだが、あまり乗り気ではなかった。天才肌な彼女の感覚的で抽象的なアドバイスを理解できるウマ娘は少ないのかもしれないが、トレーナーはそれでもと懇願した。すると、渋るテイオーを見かねてルドルフが助け舟を出した。
「こういうのはどうだ? テイオー、もしマリンアウトサイダのトレーニングに協力してくれるのなら……今月は2週間に1回なら、時間のある時にカラオケに付き合ってあげても良い」
「えっ!? カイチョー本当に!? ウーン、でも待てよ〜。最近カイチョー全っ然ボクに構ってくれないし、もっとご褒美があっても良いと思うんだけどなぁ〜。今日も久々にカイチョーの方から呼んでくれたから、とっっっっっっっっても期待しちゃってたのにな〜〜」
テイオーは両手を頭の後ろに回して、チラリとルドルフに目線を向ける。手のかかる子供の世話をする親みたいに「やれやれ」とため息をつくが、満更でもない様子でルドルフは続けて、
「ならば追加報酬として、もしマリンアウトサイダが次の未勝利戦で1着を勝ち取れたのなら…………前から行きたいと言ってた『遊園地デート』、考えてあげても良いぞ」
「!!!!!!!!」
テイオーの目がキラキラと輝いた。
「ホントホントホント〜〜!?!?!? カイチョー、遊園地デートしてくれるって言ったの〜〜!?!?!? 『シリウス』のトレーナーも聞いてたよね!? ねえねえねえ!!!!」
テイオーのあまりの勢いに言葉が詰まり、ルドルフに向かって言った。
「あ、ああ、そう聞こえたけど……良いのかい、シンボリルドルフ? お願いするのは僕の方なのに、チームメンバーじゃない君にそこまでして貰わなくても……」
ルドルフは微笑みを浮かべて答える。
「構わないさ。マリンアウトサイダの事は私も常々気にかけていた。実際『シリウス』に入る前は、私が彼女に走りの基礎を教えていたんだ。教え子に勝って欲しいという思いは、君ならば誰よりも理解できると思うのだが?」
その返答にシリウスのトレーナーは「参った」といった顔で答える。
「そう言われてしまうと、何も言い返せないな……本当にありがとう、恩に着るよ」
そして、マリンとトレーナーは次走を1ヶ月後と定めて、オグリキャップとトウカイテイオーの協力を得て猛特訓に打ち込んだ。
トレーナーとテイオーはフォームの改善を、オグリキャップは実戦的な並走トレーニングをそれぞれ担当した。チーム『シリウス』も総出でマリンの特訓に力を貸したのだった。そうやって、あっという間に1ヶ月が過ぎていった……
〜〜〜〜〜
「楽しみだな〜! カイチョーとの遊園地デート♪」
「まだレースは始まってすらいませんわよ。もうマリンさんが勝った気でいらっしゃるの?」
そんな2人の側に立っていた『シリウス』のトレーナーが「ははは」と爽やかに笑って言う。
「でも、マリンはこの1ヶ月で確実に成長した。テイオーの協力があってこそだったよ。本当にありがとう。きっと今日は、良い結果を残せるはずだ」
「フフン、当然だよ!!! ボクを誰だと思ってるのさ。どう? シリウスのトレーナー、ボクに惚れちゃった?」
「ああ、惚れた惚れた」
「なあっ!?」
トレーナーはテイオーのノリが分かってるのでその冗談を軽く流すが、マックイーンが顔を青くした。
「ププッ! もう〜冗談だよ、マックイーン。相変わらずオカタイんだから〜」
「貴方って人は! 言って良い冗談と悪い冗談が……」
と……そんな時、観客席の『シリウス』メンバーとテイオーが居る位置から離れた反対側で……
「どよめき」を超える「叫声」と「黄色い悲鳴」が上がったのだった。
…
……
………
「むむ……来るのが遅かったか……最前列が既に取られてしまっているな……」
「オグリがここに来る途中途中で立ち食いばっかしとったからやないか!!! 後、ええ加減電車の乗り方くらい覚えろや!!! 上京して何年経っとんねん!!!」
「おおっ、懐かしいねぇ〜この雰囲気! 大井にいた頃にゃ、よく未勝利戦にも足を運んだもんだ。この硬くて安っぽい座席がたまらねぇんだ」
「ふふふ、みーんなでお出かけしてレースを観るなんていつぶりでしょうね〜」
観客席の入り口から『伝説の世代』の4人が入ってきた。そして更に、
「すみませんすみませんすみませんすみませんすみません〜〜〜〜〜!!! 私が転んで電車から降りれなくて、皆さんをお待たせしてしまったからですぅ〜〜〜〜〜!!! せっかく先輩たちからお誘い頂いたのに私のドジのせいでぇ〜〜〜〜〜!!!」
「大丈夫ですよ、ドトウちゃん! ドトウちゃんのドジも考慮して集合時間を早めしたのが功を奏しました! パドック前に何とかギリギリ間に合いましたよ!」
「はーっはっはっは! これこそは新たなる物語の始まりの地! いざ、この覇王が産声を上げる若きウマ娘たちに祝福の讃歌を送らん!」
「……………………………」(目立ちたく無いと思っていたけど無理だと判断して諦めた顔)
そんな彼女たちを先導するのはシンボリルドルフだった。彼女がこの8人のウマ娘をマリンの出走するレースの観戦に誘ったのだった。
「君たち、騒ぎたくなる気持ちも分かるが今日は一般客としての観戦なんだ。あまり目立つ行動は避けるようにな」
もはや引率の先生と化した『皇帝』だが、彼女の横にあと1人……自由気ままな様子でホットドッグを食べているウマ娘がいた。
「こんな歴戦のウマ娘の大所帯で『目立つな』なんて無理だよ、ルドルフ。それに多分、この中で1番目立ってるのはキミとアタシだよ? もうちょっと自分を客観視しないと」
むぅ……と、ルドルフにしては珍しく感情を出して『そのウマ娘』を横目で睨む。
「……君とは駅で偶然会っただけで、このレース観戦に誘った訳ではないのだが。何故ついて来てるんだ?」
ルドルフが腕を組み、少し苛立たしそうに言った。
「ん?」
そのウマ娘はペロリと指についたケチャップを舐め取って言う。
「ヒマだったからだよ? 後、何だか面白そうだったし」
自由という言葉は彼女の為にあるとすら思わせる、何物にも縛られない天衣無縫のウマ娘、『ターフの偉大なる演出家』、伝説の三冠バの1人……
ミスターシービーがそこに居た。
………
……
…
「え……あれ……って……キャアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!! ルドルフ様にシービー様あああああああああああ!?!?」
「う、うう、嘘だろ、あそこにいるのって、オ、オグリキャップに、タ、タマモクロスに、伝説の世代の4強が、うわあああああああああああ!!!!!」
「ト、トップロード……!!! オペラオーとアドマイヤベガとメイショウドトウ……!!! 『覇王世代』まで来てるのかよおお!!! やべえええええええええ!!!!!」
「オイオイオイオイオイ、マジかよ!? これ本当に未勝利戦か!? オレ、G1レースと会場間違えてないよな!?」
「え、待てよ!! 向こうにはチーム『シリウス』が全員で来てるんだろ!? てことは……ナリタブライアンも合わせて、伝説の三冠バが3人この会場に来てるってことかよおお!!!!!」
有名なウマ娘がレース観戦に来ること自体は珍しくない。重賞レースでは度々目にする光景で、周りの観客は「そういうものだ」と理解しつつ内心の興奮を必死で抑え込んでるので、大きな騒ぎにはならない。レースファンにはそれを目的に会場に足を運んでいる側面もある。
実際、「『シリウス』の人気ウマ娘を生で見れるかもしれない」という腹積りでマリンアウトサイダのレースを観戦する者も一定数居た。しかし、それでも今回は未勝利戦にしてはあまりにも異常だった。
何せ、超がいくつ付いても足りないようなスターウマ娘が『シリウス』も含めて十数人も会場にやってきたのだ。しかも、その中には歴史上で数えるほどしか居ない『三冠ウマ娘』が3人も居る。ファンなら発狂しない方がおかしい状況である。
あまりに予想外のウマ娘たちの登場に、喧騒は止まるところを知らない。シンプルな表現だが、会場は大パニックだった。
ウワアアーーー!! キャアアーーー!!
と、悲鳴が上がる様子にメイショウドトウはビクビクと震えた。
「え、ええ、えええ〜〜!!! なんか、周りが凄く盛り上がっえますぅ〜〜!?」
「…………正直、予想はしていたわ。だって、未勝利戦だもの。いつもと状況が違うわよ」
アドマイヤベガが頭に手を当ててため息をついた。
「ね、言ったでしょう? もう割り切るしかないね、これは」
シービーがルドルフにニッコリと余裕を持った態度で言った。ルドルフはやれやれと目を閉じる。
そんな中、最前列の女性客の集団の1人が非常に緊張した様子でシービーとルドルフに声をかける。
「あ、あああ、あのっ! ここ、こちら、どうぞっ! 私たち、たまたま早く来ていただけなのでっ! よ、よろしければっ!」
その女性客たちは退いてスペースを空けてくれていた。皆、信じられないと言った様子で興奮を隠しきれていない。
「おやっ、いいのかい? 助かるよ!」
「……気を遣わせてしまいましたか? ですが、そのご厚意、有り難く受け取らせて頂きます。一言芳恩……貴方たちに感謝を」
彼女たちからまた黄色い悲鳴が上がる。2人の三冠バの微笑を向けられて冷静でいられるレースウマ娘ファンはいるだろうか? 女性客の1人がフラフラと崩れ落ちるのを他の人が支える。
「ムリ……私、もう死ぬ」
「死ぬな! 死んだらもうこの空気が吸えないでしょう!」
「ハッ!? そうだ……レース場の酸素を消費し尽くすまでは死ねない……!!」
ルドルフはトレセン学園の勇者と呼ばれるあるウマ娘を何故か想起した。
「あ、あの! ここ、どうぞ! オレたちは座席で大丈夫ですので!」
反対側でも、男性客の集団がナリタトップロードたちに場所を譲ろうとしていた。
「えっ、いいんですか!? 実は私たちのクラスメイトが出走するので間近で観たかったんですよー! ありがとうございます!」
と、トップロードが声をかけた男性の手を自ら取ってブンブンと握手をした。後ろの男性客たちにも太陽のような笑顔を向けた。トップロードが『覇王世代』の中でも1番にファン人気があるのは、英雄的な雰囲気があるのと同時に、その親しみやすい明るい性格もあってのことだった。
握手された男性はまるで「その後、彼は一生手を洗うことなく生涯を終えた……」とモノローグが流れて来そうな顔で固まっていた。最後には周囲の仲間が彼を担いで運んで行った。他のウマ娘も各々観客に向かって手を振ったりして、軽いファンサービスをしていた。
「みんなが並べそうなスペースが空いたぞ。あの人たちに悪いことをしてしまったかな……」
オグリキャップが少し不安そうな顔をして言った。
「気にせんでええやろ。重賞レースじゃ観客はみんなお利口さんやから騒がなかっただけや。しっかし、こんな反応もなんか新鮮でええな! 兄ちゃん姉ちゃんたち、おおきにな〜!!!」
更にタマモクロスにまで声をかけられて、その集団客たちは喜びの絶頂に達していた。
…
……
………
「ええええ!? カイチョーも来る予定だったの!? 何で言ってくれないのさ!? ボク、向こうでカイチョーとレース観る!!」
そんな突如として叫声の嵐が吹き荒れた反対側の客席を見て、トウカイテイオーはカイチョー目指して飛び出そうとしたが……
「やめておけ、更に騒がしくなるだけだ。」
と、ナリタブライアンに後ろ襟を掴まれて「フギャッ!」と止められた。
「ちょっと、ブライアン! 何で止めるのさ〜!」
「今言っただろう。余計に騒がしくして会長に迷惑をかけたいのか?」
「う………」
そう言われるとテイオーも黙るしかなかった。
「分かったよぉー……カイチョーに会うのは後でにする。それにしても、向こうにはカイチョーが居るから当たり前だけどさ〜、ボクの時の10倍くらい盛り上がってるの、なんか悔しいなぁ〜〜」
そんな拗ねた様子のテイオーにトレーナーは言う。
「ハッハッハ。それは仕方ないよ。何せ向こうには『シンボリルドルフ』『ミスターシービー』『オグリキャップ』『ナリタトップロード』、ファン人気でなら四天王と言われてもおかしくないウマ娘たちが居るんだからね」
トレーナーが双眼鏡で反対側を数秒覗いて下ろした。
「でも、チーム『シリウス』だって負けていないさ。もちろん君もね、トウカイテイオー」
むー、とテイオーはクルリと方向転換して再び手摺りに寄りかかるが、トレーナーの言葉には満更でもない様子だった。そして、それを見るマックイーンは心が少しモヤモヤしていた。
そして、フォン!と設置されたスピーカーから音がして、ナレーションが流れ始めた。
『会場の皆様、お待たせしました! これよりパドックにて本日の第1レースの出走ウマ娘たちをご紹介します! 本日実況を務めますのは、わたくし……』
「お、始まるみたいだ」とトレーナーが言うと、他のメンバーや観客もパドックの方を向いた。女性実況アナウンサーと解説の自己紹介が終わり、アナウンスは続いた。
『本日はなんと、チーム『シリウス』のメンバー全員がマリンアウトサイダ選手の応援に駆けつけているそうです! 会場もきっと大盛り上がりでしょ…………え、ナリタトップロード? オグリキャップ!? シンボリルドルフ!!? ミスターシービー!!!? ええええ、聞いてないんだけど!!!!!』
実況席に入る直前まで出走表とカンペの確認だけをしていた女性アナウンサーは、そこから見える光景に思わず素に戻ってしまった。会場中に彼女が驚嘆するリアクションがスピーカーを通して流れたが、隣に座る解説者が彼女を嗜めて、アナウンスは何とか続いた。会場の所々から笑い声と拍手が上がる。ファンは皆ハイテンションになっているようだ。
『た、大変失礼しました! つい、取り乱してしまいました! ど、どうやら本日はかなり豪華な観客席となったようです! あまりにも豪華すぎて、わたくしも、き、緊張しております! では、本レースの出走ウマ娘の紹介に移らせていただきましゅ! 噛みましたすみません!!!』
ちなみにこのような未勝利戦では、経験の浅い新人アナウンサーが実況を担当することが多い。この女性アナウンサーも新人で、後にSNSでこの取り乱した件について「あんなの冷静でいられる訳ないじゃない(泣)」と呟いてプチバズりしたそうな。
『…………続いて5番、マリンアウトサイダ! 元UMAD所属の格闘ウマ娘が約1ヶ月ぶりの出走です! その間、かなりのトレーニングを積んだとの情報が出ておりました。その為か、本日は1番人気に推されています! チームメイトの皆の期待に応えることが出来るのか!?」
パドックにマリンアウトサイダが現れて、トラックジャケットをバサッと脱ぎ捨てる。以前までは恥ずかしがりながら行っていたその動作も、今回は終始真剣な表情でやり遂げていた。その集中している様子に実況アナウンサーも解説も好印象のようだった。
「へぇ〜、あれが噂の……彼女、本当に4連敗中なの? 全然そうは見えないね」
シービーが隣のルドルフに話しかける。
「そうだな。きっと……先の幼馴染との勝負で得るものがあったのだろう」
ルドルフがマリンを見つめて微笑む。
「あの噂の『500メートル走事件』の? ねぇねぇ、ルドルフ。いい加減もっと詳しく教えてよ。キミ、全然話してくれないじゃない。特に理事長室での話!」
「シービー……何度も、私は言いたくないと言っただろう! いつまでその話を蒸し返す気だ君は!」
「だって、あんな面白い話他にないんだもん。あーあ、何でアタシその場に居なかったのかなー。今年1番悔しい気持ちになってるよ」
シービーはルドルフに会うたびに例の事件について聞きたがった。会場に着いた時からルドルフが彼女に少々きつい態度を取っていたのはこれが理由だったのだ。
チーム『シリウス』も他のウマ娘たちもパドックの初々しいウマ娘たちを微笑ましい気持ちで見つめる。
そして、ついにマリンアウトサイダの5度目のレースが始まった。
ーーーーー
ガコン!!!
『各ウマ娘、一斉にスタートしました!!!』
7人のウマ娘が綺麗なスタートダッシュを決める。皆、観客席のスーパースターたちが観戦してるとあって気合いは十分に入っている。
『…………5番マリンアウトサイダは最後尾から様子を伺っている! 今回は追い込みの作戦でしょうか!?』
………
……
…
「ほぉー、なんや。この前と走り方変わっとるな。全然ええ動きしとるやん。オグリがあれを教えたんか?」
タマモクロスが腕を組んで、楽しそうな声でオグリキャップに話しかける。
「私も少しだけアドバイスをしたが……あれはトウカイテイオーの走りを追い込み用にアレンジしたものだ。股関節の柔軟性と脚のバネを活かして大きくステップする様に走る。そうしてある程度のスピードを保ちつつ、スタミナの消費を抑える。マリンは元々スタミナはあるし、多少バ場が荒れても問題なく走れるから、後方から展開を見極めて『早め』に仕掛け、残りのスタミナを一気にラストスパートで使い切る。多分、それが今の彼女の持ち味を最も発揮できる走り方だ……」
「……………オグリ、お前なんで電車の乗り方、覚えられへんねん」
オグリキャップの流暢な説明に、逆に呆れ顔になるタマモクロス。
「……? 何で電車の話になるんだ、タマ?」
一方で、チーム『シリウス』側もマリンの走りに手応えを感じていた。
「マリンちゃん、良い調子じゃ〜ん! ボクが教えただけの事はあるね!」
そんな調子のテイオーにマックイーンは呆れ顔で言う。
「貴方のはアレは『教えた』とは言いません! 何ですか、『ズォオオントンッ!ズォオオントンッ!って滑って行けば良いんだよ』って。説明になっていませんわ」
「ええー、でもマリンちゃん、次の日にはあのフォームで走れるようになってたじゃん」
「それはあの後に、ゴールドシップさんが居残ってマリンさんに丁寧に噛み砕いて説明したからですわ。追い込みの走り方も彼女が教えていましたし……本当、いつもあの調子なら少しは安心できるのですが……聞いていますか? ゴールドシップさん」
マックイーンはトレーナーを挟んで立っているゴールドシップに呼びかけた。
「ん〜? ステーキにはわさび醤油1択だろ、偉い美食家のオッサンも言ってた」
ゴルシは手元のルービックキューブをカチャカチャいじりながら、時々マリンの走りをチラッと確認していた。その適当な答え方にマックイーンがまた怒っているが気にしていない。
トレーナーも静かに見守っている。レースは中盤が過ぎたところだった。
…
……
………
「ハッ……ハッ……ハッ……ハッ……」
呼吸のテンポは乱れていない。スタミナも十分に残っている。脚にも余裕がある。レースはそろそろ中盤が過ぎた頃だが、先頭を走るウマ娘も射程内に収まっている。『彼女から教わったアレ』をやる条件は揃っている。
マリンはオグリキャップと『シリウス』の皆との並走トレーニングが確実に身になっているのを感じた。
(ココなら行けるか…………)
前方を見据えて、マリンは一歩大きく踏み込む、
(私は…………走れる…………!!!)
その背中に『夢』と『約束』を背負っているのを感じながら。
ダァンッ……!!!
と『轟音』が鳴り、マリンの後方に土が舞った。
………
……
…
『マリンアウトサイダがペースを上げたぞ!! その位置から早くも仕掛ける体勢に入った!! 後方から一気に上がって来るが、他のウマ娘たちはペースを崩されないか!?』
「へぇ……! 良い『早仕掛け』だ。アタシもやるならソコだと思ってたよ、ドンピシャだ。他のウマ娘に揺さぶりも掛けられる。彼女には良い『先生』が居たのかな?」
ミスターシービーは感心したように言った。
「そう……だろうな。しかし、これは少々……」
聞こえてくる『音』に耳を反応させて、ルドルフが苦笑する。
「誰だぁ〜〜? マリンアウトサイダにあの追い込みを教えた奴は!? ってかまぁ、『アイツ』しか居ねぇか。あの『早仕掛け』と『轟音』、やり過ぎな気もするが、アタシは嫌いじゃないねぇ!」
「あらあら〜、なんだか……有馬記念でのタマちゃんを思い出しますね……背中にピッタリ張り付かれてるって、頭で分かってても思っちゃうんですよね……」
「ウチはあんなんやらへんで。わざとデカい音立てて走るなんて体力の無駄や。そんなんやらんでも、気合いで先頭までビビらせたらええだけの話やろ」
「……それが出来るの、多分タマだけだぞ」
伝説の世代の4人は懐かしむように言い合う。
「…………あの『早仕掛け』は完璧なタイミングだったわ。でも……えげつない事するわね、マリンさん……」
アドマイヤベガが少し引き気味に言った。
「うわぁ〜〜……これ、経験の少ない娘たちだと、ビックリしちゃってペース崩しちゃいますよぉ……」
「はーはっはっは! 凱歌のような轟音がここまで響いてくるようじゃないか! ……だけど、未勝利戦でやることではないね!」
「あちゃ〜〜……他のウマ娘たち、完全にかかってますよ。マリンちゃんの起こす地鳴り、耳をすませば本当にここまで聞こえてきますもん。これ……『シリウス』のあのウマ娘がたまにやるやつですよね……」
観客席のウマ娘たちは皆、あの別の意味での芦毛の怪物を思い浮かべていた。
…
……
………
「うわーーーーっはっはっはーーーー! おーっし!!! そうだ、ソコだぁーーっ!!! 行っけぇーーーマリン!!! 前の奴らは蹴散らす為に居るんだーーー!!! 作戦通りに突き進めぇーーーーー!!!」
「やるじゃん、マリンちゃん!!! 行っけぇーーーー!!!」
ゴールドシップがキューブを振り回して叫び、トウカイテイオーもノリノリで応援する。他のチームメイトも声を張り上げて応援していたが、マリンが『作戦』を発動させた後に皆シーンとした。観客席では変わらず声援が続いているが。
「ゴールドシップさん……あなた、マリンさんに何を吹き込んでるんですか!!?」
「何って……一般的な『追い込み』の戦術だが?」
「やり過ぎですわ!!! 2人で居残って真面目にトレーニングしてると思ったら、あなたは〜〜〜!!!」
あのような地鳴りを起こす走り方は、重賞レースならば追い込みウマ娘が度々使うものだ。相手に『追われている』と誤認を誘う戦術だが、経験豊富なウマ娘には効果は薄いので、あくまで『揺さぶり』が目的となる。しかし、これはどう聞いても『威嚇』レベルであった。
「あはは……ゴールドシップさん、私と並走トレーニングする時にアレをしてくる事があるんですけど……苦手なんですよね」
「先頭を走っていれば気にならないわよ。スペちゃんも今度逃げてみる?」
「タイシンもすっっっっごいプレッシャーかけてくるんだよなぁ、アタシもアレ苦手だよ〜」
「うう……大丈夫かな、他のウマ娘たち……トラウマにならなければ良いけど……ライス、少し心配……」
トレーナーも苦笑いしながらマリンを見つめている。しかし、彼女の走りには確かな『成長』を感じた。それだけは純粋に嬉しかった。
(一緒に強くなろう……まだ、この先も)
レースはもう終盤だった。
他のウマ娘たちはペースを乱されてラストスパートでの勢いが弱い。マリンは次々と彼女らをごぼう抜きして順位を上げる。
そして最終直前のゴール200メートル前で、マリンは先頭のウマ娘と並んだ。
「行けえぇーーー!!! マリンーーー!!!」
『シリウス』のトレーナーが叫ぶ。
「ああもう、ここまで来たら関係ないですわ!!! 行きなさい、マリンさーーん!!!」
続けてマックイーンも叫ぶ。
次々とウマ娘たちの声が上がる。チーム『シリウス』は一丸となってマリンアウトサイダを応援していた。
そして………
『…………今、マリンアウトサイダが1着でゴオオオオル!!! 力強い走りで、見事なごぼう抜きを見せてくれました!!! チームの期待に見事に応え、5度目の挑戦で初勝利を上げましたああああ!!!!!』
………
……
…
「ハァッ……ハァッ……ハァッ……ハァッ……」
マリンは立ち止まって、膝に手をついて呼吸を整える。そして、着順掲示板を見上げた。そこには……
「っ……………!」
自分の番号……『5番』が1番上に表示されている。胸の奥から、腹の底から、熱い何かが込み上げて来る。
メイクデビューの時、初めて感じた悔しさは今でも忘れていない。しかし、今は新たな感情が芽生えたのを確かに感じた。
「やった………やっ………たぁ…………!!!!」
それ以上の言葉を出せなかった。マリンはターフに膝をついて、両拳を胸の前で思いっきり握った。その歓喜を噛み締める姿に、会場の皆が暖かい祝福の拍手を送るのだった…………
ーーーーー
マリンアウトサイダが観客の喝采に手を振って応えた。そして、共に走った他のウマ娘、1人1人と握手を交わしていた。その様子を、シンボリルドルフは拍手をしつつ、ただただ嬉しそうに見つめていた。
「どうする、ルドルフ。このまま控室まで行く?」
隣のミスターシービーが聞いた。
「いや、彼女の初勝利の喜びは……同甘共苦のチームと共に味わって欲しい。私たちは後日、また彼女に会えば良いさ。ウイニングライブが終わったら解散しよう。皆もそれで良いかな?」
他のウマ娘たちも皆同意した。やはりチームメイトというのは、特別な存在なのだと皆分かっているのだ。
「だったらさ、その後みんなで食事しない? 色々とお話を聞かせて欲しいんだ! あの『500メートル走事件』のことも。『覇王世代』の娘たちともあまり話をした事なかったしね。これをキッカケに仲良くなれると良いな!」
シービーがルドルフの側から他の皆に声をかける。
「……ッ、シービー!!!!!」
ルドルフの怒声を浴びても、シービーはあっけらかんと笑っていた。そんな自由な彼女だからこそ、ルドルフは素の自分を出せるのかも知れない。それは紛れもなく、彼女を『仲間』だと認めている証だった。
…
……
………
マリンが控室に戻ると、トレーナーとトウカイテイオー、チーム『シリウス』の1人1人から「おめでとう」と祝いの言葉を貰った。特にゴールドシップからは潰されんばかりの強烈なハグを貰ったが、マリンは嬉しそうだった。トウカイテイオーはその後すぐにルドルフたちの所へ向かった。
そしてトレーナーが「実はマリンにお客さんが来ているんだ」と言うと……
コンコン
と、ドアのノック音の後に灰髪と深い紫色の瞳をしたウマ娘が入ってきた。
マリンと彼女の幼馴染みとの、約1ヶ月ぶりの再会だった。
「…………ルリ…………!」
「……………ふんっ」
ボーイッシュな私服姿のルリイロバショウは、腕を組んでマリンを睨みつけた。だが、その瞳には以前の様な憎悪と哀惜の色は無かった。
「何よアレ……へたり込んで両手でガッツポーズしちゃってさ。『石楠花杯』を優勝した時は眉ひとつ動かさなかったクセに、レースで勝つのはそんなに嬉しいの?」
その棘のある言葉にマリンは「う……」と黙ってしまう。しかし、ルリは続けて……
「……でも、見ていて気持ち良いレースだった。おめでとう……ってだけ、言っておくわ」
彼女は唇を尖らせて、横を向きながらマリンに祝いの言葉を送った。その祝福は、他の誰のよりもマリンの心に響いたのだった。その様子をトレーナーとチームメイトたちは微笑ましく見守っていた。
「じゃ、次はG1レースね! パパって勝ってきなさいよ。『約束』、忘れてないわよね?」
そんな笑顔の彼女に、マリンは呆れ顔で答える。
「ルリ……G1レースは実績を積み上げないと挑戦できないんだ。私では、まだまだ届かないよ」
「え、そうなの? レースの仕組みなんて興味ないから、知らなかったわ。なぁ〜んだ」
ルリは目を閉じて、ツーンと言い放つ。だが、次の瞬間にはニヤリと笑ってポケットから何かを取り出した。
「まあ、良いわ。今はもっと楽しみな事があるの。コレ……な〜んだ?」
ピラピラとルリはマリンに小さな紙切れを見せつける。
「それ……バ券? はっ……ル、ルリ……まさか……」
「大正解♪ 感謝してよね、アンタの単勝になけなしのお小遣いをつぎ込んだんだから。しっかし、アンタ何で1番人気取るのよ。ポイントの倍率が低いから余計にお金かかっちゃったじゃない」
ワナワナと震えるマリンに、ルリは意地悪そうに満面の笑みを浮かべて言う。
「でも、アンタが勝ってくれたお陰で……ウイニングライブ、『最前列ど真ん中』確定よ。このライブって撮影OKなんでしょ? 私、こう見えてウマスタのフォロワー結構多いのよねぇ。バッチリ撮影して投稿してあげるから安心しなさい」
ルリがズイッとマリンに顔を近付けた。
「だから可愛く歌って踊ってよね、『レースウマ娘』さんっ♡」
そして、クルリとマリンに背を向けるとそのまま控え室を出て行った。マリンは両手で顔を覆って立ち尽くしている。
「……ウイニングライブ……辞退してもいいですか……?」
「ダメだよ。ファンの応援には応えてあげないと」
トレーナーがピシャリと言った。マリンの様にウイニングライブが苦手なウマ娘も実は多い。トレーナーは内心ちょっと可哀想に思えてきたが、この先もレースを走るなら慣れてもらわないと話にならないしな、と心を鬼にした。
「……レースウマ娘って……何で歌って踊るんですかぁ……」
マリンの呟きは控え室の空気に虚しく響いた。その様子すら、チームメイトたちは微笑ましく見守っていた。
世代最強の格闘ウマ娘が遂に初勝利を飾ったこのレースは、後に『伝説の未勝利戦』と呼ばれるようになる。主に、観客にG1レースにも引けを取らない超豪華メンバーが揃っていた事と、マリンアウトサイダのウイニングライブの映像がめちゃくちゃバズった事が要因だった。
そしてそれは……『小さな奇跡』を起こしていた。
その年の『宝塚記念』は……名か迷、どちらが付くか長く議論の的になる、波乱のレースになるのだった……