【完結】流れ星の転校生~とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話~ 作:カンヌシ
『き、決まったーーー!!! 何という事でしょう、前年の覇者が敗れ、今ここに最年少チャンピオンが誕生したぁーーー!!! ジュニア・シニア混合ウマ娘異種格闘技大会「
トレセン学園の生徒会室、そこにある厳然たる佇まいの意匠を凝らしたデスクが生徒会長の席である。そこに腰掛けるは皇帝と呼ばれし三冠ウマ娘『シンボリルドルフ』。
その眼前のノートPCから空気を震わせるような熱い実況が響いていた。彼女は腕を組み、指を顎に当て、落ち着いた様子でそれを眺めている。じっと、何かを確かめるように。
コンコン
すると、ノックと共に1人の凛々しい雰囲気のウマ娘が入室した。
「失礼します、会長……お邪魔してしまいましたか?」
「いや大丈夫だ、エアグルーヴ。良かったら君も一緒に見ないか?」
エアグルーヴがシンボリルドルフの隣まで歩いてモニターに視線を移すと、決勝戦のリプレイが流れていた。
黒髪で袴姿のウマ娘が自身よりも遥かに体格の大きいウマ娘の連撃を華麗に躱し、隙を突いて相手の腕を絡みとり、関節を極めて床に押さえ込み、容赦なく踏み付けた。
彼女が腕を離しても、相手は立ち上がる事が出来ず、そのまま決着となった。
「……見事なものですね。今のは合気道の技なのでしょうか」
「おや? 詳しいな、エアグルーヴ。君が武術にも見識があるとは知らなかったよ」
「会長、私も新聞は毎日チェックしていますよ。これは先日開催された石楠花杯の映像ですね。優勝者は確か『マリンアウトサイダ』……空手と合気道を組み合わせた戦法を得意とする、神童と謳われる格闘ウマ娘……」
一呼吸入れて、エアグルーヴは目を細める。
「そして、ウマ娘格闘界の『皇帝』となりうる存在……とか。しかし、会長がこれをご覧になっているのは意外です。格闘技に興味がおありなのですか?」
シンボリルドルフがフフッと微笑む。
「いや、私はシンボリ家のウマ娘として護身術を身に付けている程度だ。格闘技に興味が無い……とは言わないが、確かめたい事があってね。この映像がその手がかりにならないかと思ったんだ」
「確かめたい事?」
シンボリルドルフはデスクの引き出しから書類を取り出し、エアグルーヴへと手渡した。その標目に彼女は訝しむ。
「転入申請……ですか? 以前のスペシャルウィークの例もありますが、何故こんな中途半端な時期に……えっ?」
転入申請書、そこに書かれた名を見てエアグルーヴの視線はノートPCと書類を往復する。
映像は勝利者インタビューに差し掛かるところだった。
『では、優勝したマリンアウトサイダ選手にインタビューしたいと思います! マリンアウトサイダさん、優勝おめでとうございます! 最年少チャンピオンになった今の気持ちを率直にお聞かせください!』
『……優勝したのは、嬉しいです。でもいつも通り、目の前に現れた相手を倒す事に集中しただけです。だから……最年少チャンピオンと言われても、あまり実感はありません。世の中には私が逆立ちしても敵わない猛者が大勢いる事は知っていますので』
『なるほど! とても謙虚と言いますか、私はまだまだです、という事でしょうか! しかし、
『私が皇帝? よく分かりませんが、確かレースウマ娘の……シボリ……おしぼり?……あの方の事を言っているのでしょうか? すみません、聞いた事はあると思うのですが。私が住んでいる山はテレビの電波が来ないもので、そういうのに疎くて』
マリンアウトサイダが指を顎に当て、申し訳なさそうに答えると、インタビュアーの顔が一瞬で青ざめた。反対に「なっ…!!!」と女帝の顔は一瞬で赤くなった。
『……は、はははははは!! 最年少チャンピオンは冗談も黒帯級、ということでしょうか!! ではスタジオにカメラをお返しします! マリンアウトサイダさん、改めまして優勝おめでとうございます!!!』
『いえ、私は冗談を言うのは苦手で』
と、マリンアウトサイダが言ったところで映像は止まった。エアグルーヴはシンボリルドルフに向き直り、プルプルと震えて激昂した。
「なんなのですか、この不届き者は!! 会長、このような者をトレセン学園に転入させる訳にはいきません!!! この書類に判を押しては駄目です!!!」
くっくっくとシンボリルドルフは声を殺して笑う。その表情はとても愉快そうだ。
「落ち着け、エアグルーヴ。この者に私の名が届いていないのは、私の研鑽がまだまだ足りていなかったというだけの事だ。しかし、おしぼりと来たか……『シンボリのおしぼり』。フフッ、中々やるな」
「そのような事を言ってる場合ではありません! 新聞にはこのインタビューの内容は載っていなかったぞ! 何故だ!」
エアグルーヴがノートPCに食ってかかる。
「チェックが甘いな、エアグルーヴ。週刊誌では取り上げられていたぞ。『
シンボリルドルフの冷静沈着な態度とは対照的に、彼女を敬愛するエアグルーヴは頭髪上指な様子だ。
「『UMADがURAに喧嘩を売る』!? また対立を煽るような記事を書きおって! すぐにその雑誌の出版社に抗議文を送るべきです!」
ちなみにURAとは基本的にウマが合わないようで、度々イベントの開催地やテレビの放映権を巡って諍いが発生している。いわゆるバッチバチな関係である。先程の映像でインタビュアーが青ざめたのも、自らの発言が蛇の潜む藪を突いてしまったと思ったからだ。
「落ち着け、エアグルーヴ。このような話題は一過性のものだ。我々トレセン学園生徒会もこの双方の諍いに再三巻き込まれ、頭を悩ませてきたが、その度に根気よく事態を乗り切ってきたじゃないか。今更この雑誌に慷慨憤激するのは無益だ。そう思わないか?」
エアグルーヴが眉間を押さえてすぅーと深呼吸をする。
「ええ……そうですね。問題は雑誌ではなく、マリンアウトサイダです。会長、レースを志すウマ娘が貴方の事を良く知らないというのは、はっきり言って言語道断です。誇張ではなく『あり得ません』。なぜこの様なウマ娘がトレセン学園への転入を望むのですか!?」
「『そこ』だよ、エアグルーヴ。私が確かめたかったのは『そこ』なんだ」
シンボリルドルフの目つきが、獲物を狙う猛禽類の様に鋭くなった。部屋の温度が突然、氷点下になったかのようだ。その雰囲気の変化に、激昂していたエアグルーヴは氷水に突き落とされたかのような感覚を覚えた。
「何故、マリンアウトサイダはレースへ転向する? 彼女は将来有望な武道家だ。その道に進めば間違いなく最高の栄誉を手にする機会に巡り合うはずだ。それを捨ててまで何故……?」
シンボリルドルフは再び腕を組み、指を顎に添える。
「彼女は自身が最強であり、ウマ娘格闘界は制したも同然と思い、次の戦場としてレースを選んだのか? いや、この映像を見るに、彼女はそんな傲岸不遜な人物ではないように思える。むしろ泰然自若で、質実剛健……名誉に執着するような者でなさそうだ」
淡々とルドルフは思慮を重ねる。
「体躯はそこまで大きくはない、きっと点滴穿石と鍛錬を重ねて現在の境地まで至ったはず。そんな彼女が何故、トレセン学園の門戸を叩く? 何か理由があるはずだ。私は彼女に興味があるんだ、エアグルーヴ。私の夢を知る君なら、理解してくれるだろう?」
沈黙が生徒会室を支配する。2人のウマ娘はまるで氷上に立ち尽くしているかのようだった。エアグルーヴがおずおずと口を開く。
「私は、まだ完全には納得できていません。でも、どうするおつもりですか、会長? マリンアウトサイダの転入の理由はどうあれ、UMADが黙ってはいないでしょう。今までで1番大きな火花が散るかもしれません」
シンボリルドルフが再び口を開く。
「トレセン学園の門は走りたいと願う全てのウマ娘に対して開かれている。ここに彼女が求める何かがあるのなら、我々は快く彼女を迎え入れるだけだ」
シンボリルドルフが手を差し出すと、エアグルーヴは黙って転入申請書を手渡す。『皇帝』はじっくりとそこに書かれた名を見つめた。
「会えるのが楽しみだ…マリンアウトサイダ」
『皇帝』は静かに微笑んだ。