【完結】流れ星の転校生~とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話~ 作:カンヌシ
「はい、出来たよ。確認してみて」
そこはチーム『シリウス』の宿泊する旅館の一室。そこには2人のウマ娘がいた。
1人は美しい金髪の、スタイルの整ったまさにモデルのような美少女ウマ娘だ。彼女の名前はゴールドシチー。あるウマ娘のメイクを依頼されてチーム『シリウス』の部屋までやってきていた。
そして、彼女の前の化粧台に座るもう1人のウマ娘はマリンアウトサイダ。ゴールドシチーに浴衣の着付けと化粧をして貰っていた。初めての経験にドギマギしながらも、シチーに全てを任せていた。
浴衣に身を包んだマリンは緊張したような、恥ずかしがるような面持ちで鏡面を見つめていた。
鏡の中には、濃淡の紺色が交互に波打つような模様の浴衣姿のマリンが立っている。ほんのりとナチュラルメイクを施されて、いつもとは全く雰囲気が違っていた。
「……何だか、自分じゃないみたいです……」
「メイクってその為にあるんだから当然だよ。うん、綺麗……祭りの暗がりでも映える様にしたからね」
シチーがそう言ったところで、バン!とドアが開いて芦毛のウマ娘が飛び込んできた。
「終わった気配を察してゴルシちゃん突入ーーー!!! おお〜〜〜バッチリじゃねえか! 流石はもう1人の『ゴルシ』だぜ! 良い仕事しやがって〜」
「アタシを『ゴルシ』って略しないで! 全く、土下座までして頼み込んでおきながら調子が良いんだから……」
ゴールドシチーが腕を組んでゴルシに抗議した。
夏の強化合宿が始まって数日が過ぎていた。ゴールドシップのエキゾチックかつエキセントリックな一夏の計画は、今の所は順調に進んでいるように思える。
そして、今夜は地元の神社を中心に大規模な『夏祭り』が開催される。例年より少し早い開催らしい。そして、これこそがゴルシの作戦の大舞台となる予定だった。
「しっかし、チーム『シリウス』は相変わらず変なことばっかしやるのね。今年は妙に大人しいなと思ったら、マックイーンとトレーナーをくっ付ける為の作戦って言って、アタシを呼ぶんだもんなぁ」
ゴールドシチーにはゴルシの作戦については知らせてあった。
「あの……ゴールドシチーさん、ありがとうございます。チームメンバーでもないのに、着付けだけじゃなくて、化粧までして頂いて……」
マリンがペコリと頭を下げる。
「気にしないで。コイツの無茶に付き合うのは慣れてるし、アタシの持ってる着物風の勝負服を着る時のカンも取り戻せたしね。それに、格闘ウマ娘のメイクなんてしたこと無かったから、興味あったのよ」
「それでも……その、ありがとうございます。ゴールドシチーさんのお陰で、私の役割をきっと果たすことが出来ると思います!」
ふふっ、とシチーが笑顔になる。
「ゴールドシップ……アンタにもこのくらいの素直さが有れば良いのにね」
「なーに言ってんだ? ゴルシちゃんはいつでも素直な良い子だZO☆ そんじゃ、そろそろ集合時間だからコイツは貰って行くぜ! さらだばー!!!!!」
ゴールドシップがひょいとマリンをお姫様抱っこで運び去っていった。
「あっ、メイク崩れない様にしてよね! 全く……」
ゴールドシチーは1人取り残されてしまったが、役目は果たしたと気持ちを切り替えて、メイク道具の片付けを始める。
(でも良いな……マックイーンさん、恋を応援してくれる仲間が沢山いて……)
「はぁ……羨ましいなぁ、アタシも……って何言ってんの!? 撤収撤収! …………はぁ」
ここにも1人、己の恋心を胸に秘めるウマ娘がいたようだ。
………
……
…
陽が沈みかけたビーチの端っこ、祭り会場の外回にある東屋でチーム『シリウス』のメンバーは待機していた。
ドドドドドと音が聞こえた方を皆が向くと、誰かをお姫様抱っこしながら失踪してくる長身のウマ娘の影が見えた。その影が段々と大きくなって、東屋の前で止まった。
「お前らー! 恋する後輩ちゃんを連れてきたぜーーーーい!」
そう言ってゴルシは優しくマリンを地面に立たせた。化粧が落ちない様に、というシチーの声は届いていたようだ。
「び、びっくりしました……突然抱き抱えられて……」
「だって浴衣じゃあ走れねーだろ? とにかく、これで準備は整ったな! 後はトレーナーとの待ち合わせ時間まで待つだけだ!」
その東屋に居た皆は「おお……」と声を漏らした。もちろん、そこにはモヤモヤ気分で絶不調のメジロマックイーンも居たが、彼女もマリンの姿に目を奪われていた。
「マリンさん……すっごく素敵です!! いつもと全然雰囲気が違って、別人かと思っちゃいました!!」
「うん、その浴衣とっても似合ってるよー! ゴルシもいつの間に用意してたのー!?」
「わぁ……お化粧もしてる……マリンさん、綺麗……!」
スペシャルウィーク、ウイニングチケット、ライスシャワーが掛け値無しに褒めるので、マリンは恥ずかしそうに顔を赤らめる。
「こ、これは、ゴールドシチーさんが全部やってくれたお陰でして……うぅ、レースを始めてからこんな事ばかりしてる気がします……」
マリンは未だに観られる事は苦手だった。ブライアンやスズカも追い討ちで褒めて来て、更に赤くなる。だが、マリンにはそれよりも気になることがあった。
「ところで……私よりも、スペさんとチケットさんとライスさんの、その格好は一体……?」
「ふっふっふ、よくぞ気付いてくれました!」
スペシャルウィークがドヤッとした顔でグラサンをスチャッと掛けて胸を張る。その格好は前をはだけた白い『つなぎ』……いわゆる一昔前のヤンキーの格好だった。(※うまゆるキービジュアル参照)
チケットとライスもそれぞれ黄色と紫のつなぎを着ていた。レディースの集まりのつもりだろうか。
「そう、それこそが今日の作戦のミソだ!」
ゴルシの声にマリンが振り返ると、そこには赤いつなぎを着て、口にバッテンマークのマスクを付けた長身の不良ウマ娘?の姿があった。
「え、さっきまで普段着でしたよね? どうやって」
「困けえことは気にすんじゃねえ!」
そう言ってゴルシも逆三角形のグラサンを掛けた。マ◯ケルが掛けてたアレだ。
「マリンとトレーナーには夏祭りデートでイチャイチャして回って貰うのは変わりねぇけどよ、それだけじゃあ味気ねえからスパイスを一振り加えることにしたぜ! スペ、チケゾー、ライス! トレーナーが隣にいる想定でマリンに絡んでみろ!」
ゾロゾロと3人のヤンキー?がマリンに近付いた。
「オラオラー!! 何イチャついてんだぁオラァ!!」
「オラオラオラー!! 調子乗ってんじゃねえぞおオラァ!!」
「お……おらおらぁ……ぅぅ」
スペとチケットは威勢が良いが、ライスシャワーはどう考えても人選ミスだろう。後、この人たちはとりあえずオラオラ言っとけばヤンキーみたいになると思ってるのだろうか。
それを見たゴールドシップはニヤリと笑う。
「いいか、マリン。頃合いを見てアタシらが因縁つけに行くからよ。トレーナーの目の前でアタシらをボコボコにするんだ。もちろん手加減してくれよな! そうすればトレーナーもマリンの浴衣姿とのギャップも相まってトゥンク確定だぜ!」
ボコボコと聞いてライスがガクガクと涙目で震え始める。
それを聞いていたナリタブライアンはため息をついて、サイレンススズカは苦笑いをしている。
「……普通逆じゃないのかしら……それ」
「気にするだけ無駄だろう」
ゴールドシップが気乗りしてなさそうなマックイーンに肩を組む。
「どうだどうだ、マックイーン! 最高の作戦だと思わねーか?」
「ううう……私はまだ反対してますのよ……チーム内での恋愛なんて……し、しかもトレーナーさんとだなんて……」
「そんなお堅いこと言うなよ、マックイーン。今の時代はウマ娘の方からガンガン攻めていかなきゃダメだぜぇ? 恋のレースで出遅れは敗北必至じゃぞぉ〜〜〜〜」
ゴルシがニヤニヤしてマックイーンを煽っている。そしてくるっと振り返り、指を顎に当ててマリンに言う。
「てな訳で、マリン! ここは気合入れて頑張らねーと愛しのトレーナーは落とせねーぞ! お前、演技力ゼロだからなぁ……ビーチトレーニングでのアレみたいなのは勘弁してくれよ〜」
「そ、その事を蒸し返さないで下さい! あれは仕方ないじゃないですか! 演技とか、そういうのやった事なかったんですから……」
マリンは先日、ビーチでランニングをしていた時のことを羞恥と共に思い出す。ゴルシの作戦で、ランニング中に体調不良を訴えてトレーナーと接触する腹積りだったのだが……
〜〜〜〜〜
『う、うわ〜〜(棒読み)。な、慣れない海で、き、気分が悪くなった〜〜(棒読み)』
と、彼女はド下手な演技でドシャッと砂浜に膝と手をついた。
チームメンバーが皆、うわぁ……と言った顔をしたが、当のトレーナーはすぐに駆けつけて『大丈夫か!?』と真剣な顔でマリンをお姫様抱っこで抱えてパラソルの所まで走って行った。ドキドキ要素は微塵も無かったが、マックイーンがモヤモヤした表情で2人を見つめていたので、概ね作戦は成功ではあった。
〜〜〜〜
「休憩時間もトレーナーさんと2人っきりだったけど、普通に談笑して終わってたわね」
「まあ、トレーナーだからな。その程度で意識する筈ないのは当然だろう」
と、スズカとブライアン。
「だがしかーーーし、あれはジャブみたいなもんだ! この夏祭りからが本番だぜ。マリン、後は打ち合わせ通りにな! 最後にトレーナーを花火を見に誘うの忘れるなよ! そろそろ時間だ、行ってこーーーい!!!」
そう言ってバシーン!とゴルシがマリンの尻を叩いた。
「ひゃッ! や、やめて下さい、ゴルシさん、浴衣で動きづらいんですから! えっと、とにかく行ってきます! 頑張りますー!」
と、マリンは走りにくそうに急いで駆けて行った。大丈夫だろうか、と皆マリンを心配したが、とりあえず尾行の準備をする。マックイーンは胸に手を当てて寂しそうな顔をしていた……
…
……
………
約束の時間の10分前、マリンが待ち合わせ場所に行くと、そこには既にトレーナーが待っていた。駆け足でマリンが近付くと、一瞬だけ訝しむ様にマリンを見つめて驚いた表情に変わる。
「……これは……驚いちゃったな。君、マリンだよね」
「お、お待たせしてしまいましたか!? まさか先にいらっしゃってたなんて……」
「いや、僕も今来たところだよ。浴衣、凄く似合ってるね。いつもと雰囲気が違って、一瞬誰だか分からなかったよ。トレーナー失格だな、これは」
ははは、とトレーナーが爽やかな笑顔で言った。
「あ、そのっ、ありがとう……ございます! この時のために色々と準備があったので……!」
「そうか、マリンにとっては『シリウス』との初めての合宿だもんね。楽しんでいるみたいで何よりだ。ところで、他のみんなはまだなのかな? そろそろ待ち合わせの時間になるけど……」
「あ、あのっ、他の皆さんは急用が出来たそうなのです! だから、私以外は……その、来ません……」
「えっ、そうなのかい? それは急だなぁ……みんなと回る約束だったのに」
トレーナーがうーんと言って腕を組んだ。マリンがこのまま2人で祭りを回ろうと誘おうとした時……
「うん、マリンがそんな綺麗な浴衣姿なのに、お祭りを楽しまないのは勿体ないね。君さえ良かったら、2人で回ろうか?」
マリンは心臓がドキンとなった。その様に異性からストレートに言われた経験なんて無かったのだ。マックイーンの為の作戦だと分かっていても、トレーナーの事を意識せずに済ますのは難しかった。
「え、えと……はい、よろしくお願い……します……」
そう言って2人は並んで歩き出した。その様子を少し離れた所からチームメンバーが覗き見ていた。ウマ娘の聴力なら、彼女たちの会話もある程度は把握できた。
「流石トレーナーだぜ……サラッとウブなウマ娘を垂らし込みやがった」
「ゴルシさん、私たちの出番はいつですか?」
「焦るな、スペ。まずは奴らに祭りを満喫させてからだ。そして絶望の底に突き落としてやるのさ……!」
「……昔、ライスたちがマリンさんと初めて会った時は2人が(意識)落とされてたよね……?」
そんな会話をよそにメジロマックイーンは我慢が効かない顔をしている。
「うぅ、私もトレーナーさんとお祭りを回りたいですわ……」
「ま、まあまあ、きっとこれが終わればみんなで回れるよ!」
チケットはちょっとした罪悪感を何とかフォローで誤魔化した。
その後もマリンとトレーナーの2人は純粋に祭りを楽しんで回っていた。屋台で食べ物を買い、出店でゲームをしたり、ただ歩きながら会話をしたりと、周囲から見ると本当にただのデートの様だった。
………
……
…
「へぇ……UMADのウマ娘たちはあまり合宿とかはしないのか」
「ええ、そもそもが様々な武術家ウマ娘の寄せ集めみたいな組織なんです。同じ武術を修めているウマ娘同士ならば共に修行する事もあるでしょうけど、トレセン学園のように寮に住み込みで鍛錬する事は珍しいですし、チームを作る事も稀ですね。東京の本部道場ならば、団体があるのは柔道とボクシングくらいでしょうか」
なるほどなぁ、とトレーナーは頷く。2人は一通り飲み食いして遊んだので、ゆっくりと歩きながら会話をしていた。
「同じ武術でも流派の違いもありますし、そもそもがレースウマ娘と比べると絶対数も少ないのでチームを組む必要性が発生しにくいのです。なので、合同トレーニングよりも個々の鍛錬の方を優先している節があります」
「そうか……そのウマ娘たちの鍛錬には師匠、いやUMADの言い方なら『コーチ』がつくのかな? レースウマ娘の『トレーナー』も格闘ウマ娘の『コーチ』も人手が足りていないって話はよく聞くけど、実際はどうなんだい?」
「そうですね……人手が足りていないのは本当だと思います。UMADの『コーチ』は『トレーナー』と違って資格制ではありませんが、それぞれの武術や格闘技の専門家が必要ですからね。本部専属でコーチの仕事をするのはドウザン姐さんと僅か数名だけですね。他に指導するコーチは個人の道場やジムの経営者が兼任している場合が殆どです。例えば、ルリイロバショウのお父さんも道場主ですが、月に何度かUMAD本部道場でコーチとして指導しています」
ああ、君の幼馴染の……とトレーナーが呟く。
「UMADに加わる事で他の格闘ウマ娘と異種格闘交流戦をしたり、混合大会への出場権を獲得しやすくなる等のメリットもありますね。私の場合は師匠であるおじいちゃんが一匹狼なもので、本部道場よりも殆ど実家で修行していたのですが、そんな格闘ウマ娘も多いのです」
「そうなのか……その『コーチ』になるヒトたちは、相当に腕が立つんだろうね。ウマ娘に武術を教えるのなら余程の実力者じゃないと無理だろう」
「『コーチ』にはウマ娘の方も結構居ますが、そうではないヒトの場合は……化け物じみた方が多いですね。私のおじいちゃんはその中でも有名だそうです。ルリのお父さんも並の格闘ウマ娘なら歯が立ちません。他に本気の格闘ウマ娘相手に勝てるヒトは……裏社会に属する人々に何人か居ると、噂で聞いたことがあります」
そんな色気もへったくれもない会話をする2人を、後からコソコソとついて来ている集団が様子を窺っている。
「よーし、ここらで一丁やってやるか! スペシャルライスチケット、行くぞ!」
「その『大盛りご飯無料券』みたいな感じ、私好きです!」
「スペちゃんは相変わらず食い意地張ってるねー」
「ライスは……その略の仕方あんまり好きじゃないかも……うう、これから、ボ、ボロボロに……?」ガクブル
と、4人が飛び出そうとした時、ナリタブライアンがそれを呼び止める。
「お前たち、待て。何か起こったようだぞ」
皆の視線の先で、マリンとトレーナーが『本物』のチンピラ2人組に絡まれていた。
チンピラの1人が酔っ払ってふらついてマリンにぶつかったところ、落とした食べ物で服を汚したようだ。
「まあ……大丈夫でしょうか!? 助けに行くべきでは……」
マックイーンが心配そうに呟くと、ゴルシがそれに答える。
「いや、ここは様子を見よう。マリンならあの程度の奴ら問題無いだろ。万が一の時はアタシらも行けば良い」
ゴクリ、と皆が息を飲む。とりあえずは事の成り行きを全員で見守ることにした。
…
……
………
マリンは完成に油断していた。普段なら気付けるはずのことを、トレーナーとの会話が弾んでいて反応が遅れてしまったのだ。相手が大きくふらついて来たのを避けることが出来なかった。
「ちっくしょおおお!! おいお前、どーしてくれんだああ!? 俺の服が汚れちまったじゃねえかよお!! 高かったんだぞ、このTシャツううううう!!」
酒臭いチンピラがマリンに突っかかる。トレーナーとお祭りを楽しんでいたのを勝手に邪魔されて、マリンはムッとしてチンピラに言い返した。
「……あなたが勝手にぶつかってきただけじゃないですか、自業自得です」
そう言ったマリンに2人のチンピラが更にヒートアップする。顔が真っ赤で完全に酔って判断力を失っている様子だった。
「あんだと〜〜〜〜!? ヒトにぶつかっといてよお〜〜〜〜!!」
「お前、ウマ娘だろお!? お前に当たった俺たちの方が被害者なんだぞおお!! 分かってんのか!? ああん!?」
ちなみにこれは『この世間』でよくある言い掛かりの1つである。自転車と自動車の接触事故では、責任の大部分を自動車側が取らねばならぬよう、ヒトとウマ娘の事故の場合はウマ娘側が基本的に不利となるのだ。
(まあ、こんな歩いてぶつかった程度ではそんな法的な争いは起こらないけど……面倒だな……)
と、マリンが考えていたところ
「お怪我はありませんでしたか? ぶつかったのは貴方と彼女ですが、それを防げなかった僕にも責任があります。そのTシャツと食べ物は弁償致しますので、値段を教えて頂けますか?」
『シリウス』のトレーナーはマリンを守る様に彼女の前に立つと、落ち着いた様子で彼らに向かって言った。
「っ!! トレーナーさん」
「いいから」
トレーナーは短く答える。
「ああん、何だあ、お前!? そいつの彼氏かあ!? しかもトレーナーってトレセン学園のか〜〜、めっちゃ高級取りじゃねえか〜〜!! ラッキ〜〜〜!!」
「彼女の前で格好いいとこ見せたいってかあ!? おお、教えてやるよ! そうだなぁ〜〜〜、10万くらいだな! オリTだけどよ、思い出の詰まった一品物なんだよなあ〜〜! 払えるよな、トレセン学園のトレーナーならよおおお!?」
チンピラ2人は下品に笑って言った。その態度にカチンときたマリンはトレーナーの前に一歩踏み出した。
「トレーナーさんは鐚一文払う必要も有りません。この人たちには介護が必要な様です。私が眠らせます」
「っ! 待つんだ、マリンッ!」
マリンの言葉にチンピラたちが反応する。
「ああああん!? おいおいおいおい、ぶつかって来たのはお前だろ? ウマ娘から先に手え出したって事だからよおお、正当防衛が成立するんだぜえええええええ!!!」
服の汚れたチンピラがマリンに拳を振るおうとする。格闘技を齧っているのか、酔っ払ってるくせに中々に鋭いパンチだった。しかし、そんなものマリンに通じるはずもなく、事もなげに避けようとした時……
「ッ!!?」
履き慣れていない下駄で踏み込もうとしたせいか、敷石の溝にマリンは躓いた。ギリギリで避けるつもりだったのが仇となった。チンピラの拳はマリンの顔に真っ直ぐ向かってくる。
(しまった! これは、一発食らってしまうか……せっかくシチーさんが化粧してくれたのに……)
格闘ウマ娘であるが故、殴られること自体には慣れている。マリンがその衝撃を覚悟すると……
視界にトレーナーの姿が入ってきた。
「あ!? うおああああ!? グハアアアアァぁっ!!!!」
チンピラの身体は宙に浮き、一瞬で背中から地面に叩きつけられていた。マリンが殴られる寸前で、トレーナーが彼の腕を掴んで止めると、見事な一本背負いを決めていた。そのチンピラはしばらくはまともに動けないダメージを負ったはずだ。
「あああ!? テ、テメエエエエ!!!」
もう1人のチンピラがポケットから何かを取り出そうとする。トレーナーはそれを見て、一瞬で彼との距離を詰めて、万が一の刃物に備えて自分の顔と腹を守りながらタックルをかます。
「うおおおおおおおおおおお!!!?」
酔っ払ったチンピラが体勢を保てるはずもなく、地面にすっ転ぶ。トレーナーはその勢いのまま、そいつの腕を掴むと背中に捻って地面に押さえ拘束した。
キャアアアア!!と回囲の女性客が悲鳴を上げた。そして、誰かが既に呼んでいたのか3名の警備員がそのタイミングで駆けつけて来た。
彼らは状況を判断すると、1人が地面でのたうっているチンピラを拘束し、他の1人がトレーナーと替わって別のチンピラを押さえつけた。
「大丈夫ですか!? お怪我はありませんか?」
残った警備員がマリンに声をかける。突然のことに呆気に取られていたマリンが「え、ええ……」と答えた瞬間、彼女は戻ってきたトレーナーに抱き寄せられた。顔がトレーナーの胸に押しつけられて、少し息苦しくなる。そして、なぜか同時に胸の鼓動が激しくなった。
「すみません、彼女が怯えているのでこの場から離れます。あと、そこの2人は刃物を所持してるかもしれません。気を付けて下さい」
それを聞いた警備員は急いで他の2人のところへ駆けて行った。人が集まってくる中をマリンがトレーナーに抱き寄せられたまま、2人は離れ去ったのだった……
………
……
…
その一部始終を他のチーム『シリウス』のメンバーは目撃していた。皆、予想外の展開に言葉を失っていたが……
「ト、トレーナーさん……格好良いですわ……」
ポーッとした表情で、最初に言葉を発したのはメジロマックイーンだった。
「凄い……トレーナーさんって、あんなに強かったんだ……」
「本当ですね……戦えるイメージなんて、私全く持ってなかったです……!」
「本当に良かった……2人とも無事で……」
ウイニングチケットとスペシャルウィークもトレーナーの意外な実力に驚きを隠せない。ライスシャワーもホッとしていた。
「そう言えば、トレセン学園のトレーナーはある程度の柔術を修得しなければならない……と姉貴が言っていたのを思い出した」
「……私も聞いたことあるわ……トレーナーさん、頼もしいわね……」
ナリタブライアンとサイレンススズカは落ち着いてる様子だが、内心の興奮は隠せなかった。
「そうだなー、アタシのクラシック期の時はG1レース勝つたびに嬉しさ余って本気でドロップキックかましてたんだけど、その後ケロッと立ち上がっていたしなー。今思えば、トレーナーって相当受け身取るの上手かったんだなー」
いつもならそこでマックイーンのツッコミが入るところだが、彼女は先程のトレーナーの姿に心を魅入られていた。それと同時に、抱き寄せられたマリンを羨ましがっていた。まるで少女漫画のワンシーンを見せられて、憧れるなと言う方が無理だった。ゴールドシップの作戦は、予定とはズレたが大成功だった。
「あ、ヤベ! トレーナーとマリンの奴を見失っちまう! みんな、急いで追いかけるぞ!」
そう言ってゴールドシップはマックイーンの手を取って駆け出した。他のメンバーも後に続く。
この後、作戦通りならきっと『あそこ』だろうとゴルシは皆をそこに誘導する。先程の騒ぎは既に収まって、お祭りの楽しげな雰囲気が戻ってきていた。
…
……
………
「ここまで来たら大丈夫かな……マリン、怪我は無かったかい?」
出店の立ち並ぶエリアから少し外れた通りで、トレーナーとマリンは立ち止まった。人混みを抜けた後は流石にマリンを抱き寄せたままで走れないので、後は手を繋いでここまで移動していた。
マリンはパッと手を離した。その顔は終始赤く染まっていた。化粧がなければ、真っ赤だったかもしれない。
「だっ……大丈夫……です……あの、さっきのことですが……」
「あのチンピラが殴りかかってきた瞬間、君が躓いたのが分かったから、つい手が出てしまったけど……余計なことしてしまったかな? 世代最強の格闘ウマ娘の君なら何とか出来たのかもしれなかったけど」
「いえっ! その、通りです……! あのままだと、顔を殴られていました……けど、私の落ち度なので……」
「そっか、僕は君を守れたんだね、本当に良かった。これで待ち合わせの時に君に気付けなかった事を許してくれるかい?」
それを聞いてマリンは顔を逸らす。トレーナーの顔を直視できなかった。心臓の鼓動がうるさい。顔が焼けてるように熱い。初めての事に頭が混乱している。
「は、はいっ! 全然、気にしてません! 私……あのような手合いには慣れているのですが……その、ありがとうございます……守って、頂いて……」
そう、マリンは幾度も補導をされるくらいには町の中で喧嘩は売られる方だった。あの程度の者たちなら怪我をしたとしても負けることなど絶対にない。幼少の頃を除いて、物心がついた時からずっと、自分の身は自分の身で守ってきた。
だからこそ、『守られる』ことには慣れていなかった。しかも、それが身内ではないが心を開いた男性トレーナーによってだったので、尚更だった。
(うううううう……落ち着け、落ち着け……私! 私は私の役割を果たさないと……!))
マリンは深呼吸をすると、トレーナーに向き直った。
「と、ところでトレーナーさん! 今、何時か教えて貰っても良いですか?」
「ん? えっと……7時20分だね」
「もうそんな時間!? あの、トレーナーさん! 一緒に行きたい場所があるのですが……来て、くれますか……?」
マリンの声が段々と小さくなっていった。しかし、トレーナーは「きっとさっきの緊張が残っているんだろう」と気にせずに爽やかに言う。
「もちろん、君が行きたいのであれば、どこへでも」
「……! あ、あの……こっちです!」
そう言ってマリンは歩き出す。トレーナーもすぐマリンに追い付いて隣を歩く。その間もマリンはトレーナーの方を向けないままだった。
………
……
…
マリンとトレーナーは祭り会場から少し離れた小さな公園に来ていた。来場客が多く集まる神社の方とは反対側にあるので、その場には2人以外の人影は無かった。
ただし、大型遊具の陰に『シリウス』のメンバーが隠れていた。
「ここ、ゴルシさんに教えて貰った隠れスポットなんです。花火からちょっぴり離れてしまうけど、静かに落ち着ける場所なんだとか……」
「そうなんだ……この祭りに来るのは何度目かだけど、ここで花火を観るのは初めてだな」
トレーナーがそう言った瞬間
ヒューーーーー……ドン!!!!!
と最初の花火が打ち上がった。
マリンとトレーナーは言葉を交わさず、その方向をじっと眺めている。それは遊具に隠れた他のメンバーも同じだった。夜空に絶え間なく咲いては散る巨大な花を見つめる。離れているので、咲いた後に少し遅れて音が聞こえる。
メジロマックイーンはその散りゆく花火に自分の気持ちを重ねてしまっていた。時折、チラリと悲しげな表情でトレーナーの方を見ていた。
ゴールドシップはそんな彼女に気付いていた。ふぅー、と小さなため息をついて腕を組む。マックイーンの背中に後一押し足りないのは分かるが、これ以上自分には出来ることは無い。後は、全てをあの後輩に託すしかない。
花火は20分ほど続いて、最後に複数の巨大な花が空に一度に咲き誇ってパラパラと音を立てながら散っていった。幻想的な時間はあっという間に過ぎる。空には名残り雪のように雲が漂っているだけだった。
「……うん、綺麗だったね。大きくても小さくても、花火の美しさには変わりはない。ここに来て良かった」
「……そう言って頂けると、嬉しいです」
マリンはトレーナーと向き合った。
「トレーナーさん、少し……お話をしませんか? 私、ずっと聞きたかった事が……あるのです」
「ん? うん、良いよ。僕が話せる事なら何でも」
マリンはジッとトレーナーの瞳を見つめて言う。
「私、チーム『シリウス』のことを……知りたいです。映像を観たり、記録を読むのではなく、トレーナーさんの口から直接……どんな思い出があるのかを、聞きたいのです。今までトレーニングばかりで、落ち着いて話せる機会は少なかったので……」
「『シリウス』のことを……? そうか……本当に色んな事があったからなぁ……少し長くなっても構わないかい?」
「はい、大丈夫です! ぜひ……聞きたいです!」
そして、『シリウス』のトレーナーは語り始めた。
メジロマックイーン、ゴールドシップ、3人の頑張り屋のウマ娘たち、ライスシャワー、ウイニングチケット、ナリタブライアン、サイレンススズカ、そしてスペシャルウィークと共に歩んだ『物語』を……
流石に全てを詳細には語れなかったが、それでもトレーナーの思いが真っ直ぐ伝わってくる話だった。遊具に隠れているウマ娘たちは皆ジッと聞き耳を立てていた。皆、自分の事についてトレーナーが語っている時は、尻尾が揺れるのを抑えきれなかった。
「……………そして君が入ってきたんだ、マリンアウトサイダ。実は君が最初に指導を受けていた教官……僕は彼に、君のことを見てくれないかと頼まれたんだ。これ内緒にしてね。アイツ、クビになっちゃうから。一応、旧知の仲なんでね。お礼を言いに行くのも無しだよ、アイツはそれを受け入れて仕事をしているんだ。ホント……立派な奴だよ」
「っ!!? そう……だったのですか。あの人のお陰で……私はチーム『シリウス』と出会えたのですね。お礼を言えないのは、残念です……」
「……ここだけの話。アイツこの前の酒の席で酔った時に、君が宝塚記念で勝利した事を泣いて喜んでいたよ。だから大丈夫。君はちゃんと、アイツの恩に報いているよ。レースウマ娘として、最高の形でね」
「!!! 良……かった……です。本当に……良かった……」
マリンは目を閉じて、ギュッと両手を握って胸に当てる。宝塚記念を勝利した後に会った人々の顔も浮かんできてきて、胸が暖かさでいっぱいになった。
「……全部、トレーナーさんのお陰です。トレーナーさんと、『シリウス』の先輩たちと、私を支えてくれた皆さんのお陰です」
マリンは目を開けて、再びトレーナーと向き合った。夜に咲く大輪の花火の様な笑顔で、トレーナーに言う。
「トレーナーさん……私、チーム『シリウス』に入れて……トレーナーさんと先輩たちと出会えて幸せです! これだけは……心の底から言うことが出来ます……!」
それを聞いたトレーナーも微笑んだ。
「僕も……君の『物語』を共に歩めて幸せだよ。この先も歩いていこう、強くなろう、チームのみんなと一緒にね」
マリンの胸の中に、『シリウス』のトレーナーとの記憶が蘇る。
初めてトレーナー室で会った時の事……
幼馴染みとレースした日の夜に、改めてチームに入る決意を受け入れてくれた事……
宝塚記念の後に心から真剣に叱られて、そして『おかえり』と言ってくれた事……
トレーナーの顔を見て、マリンの心臓がトクンと鼓動した。
(ああ……そうか……これが、マックイーンさんの……マックイーンさんと同じ……)
マリンはその胸の中に、ずっと潜んでいた感情を見つけた。レースウマ娘としてのマリンアウトサイダを、真っ直ぐに信じて支えてくれた彼への初めての小さな感情を。
(……今だけは……)
今、マックイーンは自分たちを見ているはずだ。でも……『だからこそ』……この瞬間だけは作戦のことは忘れよう……マリンは、そう決めた。
「トレーナーさん……」
マリンはゆっくりとトレーナーに近付いて、その手を取る。
そして、ゆっくりと……両手で彼の手を包んで、自分の胸の真ん中に押し当てた。
「!!? マリン……?」
胸の大きいウマ娘なら、その時点で膨らみに当たっていただろう。しかし、マリンのそれは『控えめ』だ。トレーナーの手は、マリンの鳩尾に当てられている。ちょうど、心臓の鼓動を感じられるくらいの位置に。
マリンはジッとトレーナーの眼を見つめる。潤んでいるような彼女の瞳は、まさに……
「トレーナーさん……私の気持ち……聞いてくれますか……?」
…
……
………
遊具の陰からチーム『シリウス』のメンバーがマリンとトレーナーを覗いている。
皆、マリンがトレーナーの手を取り、胸に押し当てるのを息を殺して見ていた。『空気』が変わったのを、彼女たちは敏感に察知していた。メジロマックイーン以外の皆は、今もマリンが演技をしている思っている。しかし、ゴールドシップはその雰囲気の変わり様に驚きを禁じ得なかった。
(おいおい……あれ……まさか)
「あ……」
マックイーンが声を上げる。彼女には分かったのだ。トレーナーの手を取るマリンの表情が『自分と同じ』気持ちから成るものだと。
「だ……」
マックイーンの身体は自然と動いていた。遊具の陰を飛び出して、2人の元へ走り出した。
その『気持ち』は、誰よりも自分が先に抱いていたものだ。誰よりも先に自分が伝えなくてはならないのだと、ハッキリと分かった。
皆、マックイーンの背中を「やっとか……」という思いで見つめていた。しかし、ゴールドシップだけは複雑な感情のこもった目をしていた。そして、彼女は腕を組んだまま、ゆっくりと目を閉じた。
そして、メジロマックイーンの心からの叫びが聞こえた……
………
……
…
「だめええええええええ!!!!!」
突然足音が聞こえてきて、マリンとトレーナーの2人が横を向くと、そこにはメジロマックイーンの姿があった。目に涙を浮かべて、彼女は叫んだ。
「私の方が……私の方が先に!!! トレーナーさんを好きになったのーーーーー!!!」
トレーナーは驚いた顔でマックイーンを見つめていた。
「マックイーン……?」
その声にマックイーンはトレーナーの顔を見つめる。目からポロポロと大粒の涙が溢れ落ちる。
「トレーナーさんが、メジロ家の悲願を共に背負うと言ってくれた時から……私と『一心同体』のような関係になると言ってくれた時から……私は、ずっと……ずっとずっと……貴方に……恋をしていました……」
マリンも、黙ってマックイーンの言葉に耳を傾けている。
「私が期待に応えられない己を恥じて、プレッシャーに押し潰されそうだった時も……チームのエースとしての自分を信じられなかった時も……ただただ真っ直ぐに『当たり前だ』と私を信じてくれた……!!! 貴方のその言葉で私は走れた……期待を力に変えて、レースウマ娘として今もここに立っていられる……!!!」
後ろの遊具の側に立っている仲間たちも、マックイーンの言葉を聞いている。
「後から入ったメンバーたちの事も、トレーナーさんは自分よりも優先して真摯に向き合って……時には嫉妬心が芽生えたこともありましたわ。でも、そんな私たちに寄り添い、支える貴方の優しい眼差しが……好きなの……時を重ねるごとに、もっともっと……貴方を好きになっていったの……!!!」
マックイーンの目から涙が止まらない。ひぐっ、と時々息を詰まらせながら、彼女は思いの丈を叫ぶ。
「トレーナーさん……好きです……貴方のことを……私は、誰よりも、誰よりも……お慕いしております……この世界の、誰よりも……」
マックイーンは声を上げて泣いた。彼女がずっと、誰よりも長く、胸の内に秘めて抑え込んできたものが全て外へ溢れ出てきていた。抑えようと思っても、涙が次から次へと流れていく。
マリンは、胸にあるトレーナーの手を今一度ギュッと強く握りしめた。それを感じたトレーナーがマリンの方を向く。マリンは一瞬、寂しそうに微笑むと、パッとその手を離した。
「……だそうですよ? トレーナーさん」
「……マリン?」
マックイーンが涙を拭ってマリンとトレーナーを交互に見る。そして、マックイーンの後ろからゾロゾロと更なる足音が聞こえてきた。
「あーーーーーやっとかよ、マックイーン。焦らしやがって!」
「全くだ、ハラハラさせてくれたな」
ゴルシとブライアンが微笑んでいる。チケットと仲良し3人組は「良かった〜!」と涙目になっている。他のウマ娘たちも満足そうな顔をしている。
「えっ……えっ?」
マックイーンが目をパチクリとさせる。状況が飲み込めなかった。そんな彼女にマリンは伝える。
「これはあなたの為の計画だったんです、マックイーンさん。あなたの背中を押す為に、私とみんなで一芝居打ったのです」
「そーいう事だぜ、マックイーン! マリンがトレーナーにゾッコン(死語)だってのも嘘だぜ。騙されただろ〜〜!」
マックイーンは驚愕で目が点になる。そして遅れて「ええええええええええ!?」と驚嘆した。
「あ、あの……トレーナーさん……そのっ、これは……」
「つべこべ言ってないで行けええええ!!!」
バシーン!!とゴルシがマックイーンのお尻を叩く。
「ひゃわぅ!!! な、何するんですの!?」
「もいっぱあああああつ!!!」
と、ゴルシが手を振り上げるとマックイーンは悲鳴を上げて逃げ出した。
「おっと!」
「あ……と、トレーナーさん……」
そして、マックイーンはトレーナーにぶつかったところを支えられる。すぐにパッと離れたのだが。それを見たゴルシが満足そうにニヤリと笑う。
「おーし、そんじゃ! お邪魔虫は退散すっぞ〜〜」
「あああああ、アタシもうお腹ペコペコだよおおおお〜」
「スズカさん、一緒に屋台を見て回りませんか? 私、チョコニンジン食べたいです!」
「ええ、勿論。私もお腹空いちゃった」
「肉だ、さっき良さそうな串焼きの屋台を見かけたんだ。あれは食わねばならない」
「あ、ブライアンさん! ライスもその屋台で食べたい!」
「「「アタシたちもー!!!」」」
賑やかな雰囲気でメンバーは歩き去っていく。その場にはトレーナーとマックイーンとマリンが取り残された。
「……では、私も失礼します。トレーナーさん、今日はお付き合い頂いてありがとうございました。お祭りを一緒に楽しんだ気持ちは演技ではありませんので」
マリンはペコリと頭を下げると、皆の方に向かって駆け出した。そして、マックイーンとのすれ違いざまに彼女に小声で囁いた。
「頑張って下さい、マックイーンさん……私、応援しています」
「! マリンさん、あなたは……」
マリンはそのまま足速に去っていく。今度こそ、その公園には2人だけが取り残された。マックイーンは去っていくマリンの背中を見続けていた。
「…………マックイーン」
トレーナーの声に、マックイーンはピクンと反応する。そして、両手を胸に抱いて、恐る恐ると振り返った。
「……トレーナー……さん」
マックイーンは全てを曝け出した。心の内を全てトレーナーに伝えてしまった。そんな今の彼女の心は、丸裸同然で無防備だった。
彼女は、とても怯えていた。思いの全てを伝えることは、とてもとても怖いものだ。告白とは、そう言うものだ。トレーナーの言葉を『聞きたい』『聞きたくない』という思いが混在している。
「マックイーン……さっき、君が言ってくれたことだけど……」
ドクン!とマックイーンの心臓が跳ねる。怖い、怖い、怖い、逃げ出してしまいたいと心が恐怖に震えていた。
「……ごめん、今の僕は……それに応えることは出来ない」
「ッ……………!!!」
マックイーンの瞳が絶望の色に染まる。彼女はゆっくりと目を閉じた。
「そう……ですわよね。これは……私の一方的な……」
「違う、マックイーン。聞いてくれ」
トレーナーがマックイーンの手を両手でギュッと包む様に握る。「トレーナーさん……?」とマックイーンが目を開く。
「……君は、僕が君を信じてくれていたから走れたと言ったね? 僕も……同じなんだ、マックイーン」
マックイーンはジッとトレーナーの瞳の中を見つめる。
「ライスシャワーの天皇賞・春の時も、ウイニングチケットのダービーの時も、ナリタブライアンが本来の走りを見失った時も、サイレンススズカの天皇賞・秋の時も、スペシャルウィークのジャパンカップへの挑戦の時も、マリンアウトサイダがレースウマ娘になろうと奮闘していた時も……マックイーン」
トレーナーとマックイーン、2人の瞳には、お互いしか映っていなかった。
「君が、誰よりも側で……ずっと僕を支えてくれたんだ。君がいたから僕は『シリウス』と走り続けられた。君のレースの時だけじゃない、今までの『シリウス』全てのレースで、僕らは『一心同体』だったんだ。僕は……そう思っている」
「っ!!! トレーナー……さん……」
マックイーンの瞳に再び涙が浮かぶ。
「ただ……僕らはまだ道半ばなんだ。僕は『シリウス』のトレーナーとして、君たちを導く義務がある。だから、マックイーン……」
トレーナーは思いを込める様に、優しく、力強く、マックイーンの手を握り直す。
「今よりももっと先で……僕が君の『トレーナー』じゃなくなった時、君が僕の『担当ウマ娘』じゃなくなった時……君が『大人』になった時に、君の『思い』に、僕は必ず向き合う。その時まで、僕は君の言葉を決して忘れないと誓う。今は……それしか言えないけど、許してくれるかい?」
マックイーンの目から涙が再び溢れ落ちる。それは喜びの涙だった。彼女の心の中の恐怖は涙と共に抜け落ち、いつの間にか消え去っていた。
「はい……! トレーナーさん、今はそれだけで……今の私には、その言葉だけで……十分、ですわ……!」
マックイーンがトレーナーの胸の中に飛び込む。最初にチーム『シリウス』を任された時よりも、背も高くなり大人びた彼女をトレーナーは抱きしめる。
2人の影は、時間の許す限りずっと1つになっていた…………
…
……
………
「……なぁ、マリン」
「ん? 何ですか、ゴルシさん」
チームメンバーがトレーナーとマックイーンを残してお祭り会場へと戻る道すがら、ゴルシがマリンに声をかける。
「……お前のさっきのアレ……演技なのか?」
「『演技』ですよ。私も成長したのです。きっと次のダンスレッスンにも活かせますね」
「ふーん、そっか……」
ゴルシは道の先を歩いている他のメンバーに呼びかけた。
「おーい、お前らー! こっからは別行動だ! それぞれ勝手にお祭りではしゃいで楽しもうぜい!」
「ええー!! ゴルシさん、一緒に来ないんですかー!?」
スペシャルウィークが残念そうな表情になる。
「ふっふっふ、これからな『追い込みシスターズ』の新メンバーの祝賀会があるんでな! マリンはアタシが連れて行くぜ!」
ゴルシがマリンの肩に腕を回す。
「ええ!? 何ですか、それ!? というか私も皆さんと一緒にお祭りを回りた……うわわわわわ!!?」
「それじゃーなー! アスタ・ラ・ヴィスタベイベー!」
ピューーーーンとゴルシがマリンを抱えて走り去る。それを他のメンバーは「仕方ないか」って顔で見送るのだった。サイレンススズカだけが、何かを感じ取っていた。
「…………………」
「スズカさーーーん! 早く早く! チョコニンジン売り切れちゃいますよーーー!」
「ええ! 今行くわ……」
ゴールドシップになら全て任せてもきっと大丈夫だろう、とスズカは気持ちを切り替えて、スペシャルウィークの元へ駆けて行った。
………
……
…
「……ゴルシさーん、そろそろ降ろしてくれませんか? なんか、めちゃくちゃ見られてて恥ずかしいのですが……」
「ん〜、あとちょっとだ」
そう言ってゴルシとマリンは祭り会場の隅、あまり人通りのないエリアにやってきた。その一番端のたい焼きの屋台の前で、マリンは降ろされた。
「おーーーっす、オッちゃん! 相変わらずクジ運悪りぃな! 今年もこんな隅っこで寂しくたい焼き焼いてんのかよお」
「ああん、なんだぁ? ゴルシじゃねぇか。ったく、また冷やかしに来やがったのか。お? そこの嬢ちゃん……この前の宝塚記念を勝ったウマ娘じゃねぇか! 嬢ちゃんなら歓迎だ! サービスするからたい焼き買っていってくれよ!」
「なんだよー、アタシにはサービスないのかよー」
ゴールドシップとこのたい焼き屋のおじさんはそこそこ長い付き合いなのだそうだ。昔、府中の公園で開いていた出店でトレーニング中のゴルシがたい焼きを買ったのがきっかけで仲良くなったそうな。
「まあいいや。オッちゃん、シークレット味2つ頼むぜぇ!」
「……あん? お前さん……はぁ、あいよー。 シークレット2つね」
「…………?」
(シークレット味って何のことだろう? ランダムってことかな?)
そんなことをマリンが考えていると、あっという間にたい焼き2つが出来上がった。ゴルシが支払いをして、包みを受け取る。
「よかったら、そこのパイプ椅子に座って食いな。ちょうど2つ置いてあるからよ」
おじさんのお言葉に甘えて、2人はパイプ椅子に座る。そして、ゴルシが包みからたい焼きを1つ取り出してマリンに渡す。
「ほら、先輩の奢りだぞ。ここのたい焼き死ぬほど美味えぞ! パクッと一気にいっちまいな!」
「はぁ、ありがとうございます。頂きます……シークレット味というのが気になりますが」
「パクッとな、大きくパクッと!」
マリンは言われた通りにたい焼きにパクッと齧り付いた。熱々の香ばしい香りが口の中に広がって、その後にやって来たのは…………
「!!?? っぽはッ!!! ゲホッ!! ゴッホッ!!! ケホッ、これ、辛ッ!! カラシ!?」
口から鼻へ抜けるツンとする強烈な「辛さ」だった。あまりにも行儀が悪いがマリンは地面にソレを吐き出してしまう。
「あっはっはっはっはっ!!!」
「うぅ……ゴルシさん! 何てもの食べさせるんですか!! まだ口の中がヒリヒリしますぅ……涙出て来ちゃいます……」
「そうだろそうだろ! ここのカラシは強烈だからな!」
そう言ってゴルシは、マリンの頭を手でワシャワシャと撫でる。そして……その手はいつの間にか、誰かを安心させるような、優しい手つきに変わっていた。
「……ゴルシさん?」
「辛いだろ? 口の中がヒリヒリして、涙が止まらなくなるくらいによ……」
ゴルシは非常に穏やかで優しい目でマリンを見つめていた。マリンも彼女を見つめ返して、そして察した。
(……ゴルシさんにはバレてたんだ……)
ゴルシが自分の気持ちを知られていた事が分かると、途端に胸がキュゥと締め付けられた。安心感で、自分にかけていた誤魔化しが溶けてしまう。
「ぅ………ひっ………ぅぅ……」
ポタリポタリと、マリンの目から枷が外れたように涙が落ちていく。
「っ……はぐっ……んんっ」
カラシ味のたい焼きを一口齧る。ツンとした刺激がやってくるが、一口くらいなら我慢出来なくもない強さだ。
食べながら、マリンはトレーナーの言葉を思い出していた。
『それでも、君は強くなれる。
君はきっと、レースウマ娘たちにも、
格闘ウマ娘たちにも、希望を与えられる。
そんなウマ娘になれると、僕は信じている』
『ようこそ、チーム『シリウス』へ。マリンアウトサイダ……一緒に、強くなろう』
『本当に……無事で良かった……『おかえり』、マリンアウトサイダ……』
「うっ……うぇぇぇっ……ひぐっ……ぇぇぇ……」
(そうだ……私も……トレーナーさんに……あの時から……惹かれてたんだ……)
ゴルシは優しくマリンを撫で続けている。
「ひっ……ぁぁ……辛い……です……ゴルシさん……とても……とっても……辛いです……」
「ああ……そうだろ」
ゴルシもパクリとたい焼きを食べる。ツンとした辛味が、マリンの心情へと繋がっているような気がした。
たい焼き屋の親父も、彼女たちの雰囲気を察してサービスのたい焼きを焼き始めた。ジュウウウウウウとした焼き音の中に、少女の啜り泣き声が混じり消えていく。
その日、1人のウマ娘が『恋』を知った。それは打ち上げ花火のような、流れ星のような、束の間にも人々に思い出を色濃く残すような、そんな淡く儚い恋だったという…………
恋愛的な要素は一応ここまで。
後少しでラストに向かって畳み始めます。