【完結】流れ星の転校生~とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話~ 作:カンヌシ
やっと山の話です。雰囲気の違う内容になると思ったので一応番外編枠です。よろしくお願いします。
そこはとある山中……マリンアウトサイダの実家の道場の横にある草の生えていない乾燥した土の広場。そこはかつて、その道場の門下生たちが鍛錬をする場所であった。現在は道場主は外部から弟子を取っていないので、長らくそこはマリンがたった1人だけで使っていた。
時刻は午前中で、太陽はまだ南中していない。しかし、それは容赦なくその威光を放ち、広場で横一列に並び立つ『ウマ娘たち』をかれこれ15分は照らし続けていた。
彼女たちは皆、あの有名な「酔えば酔うほど強くなる拳法」の映画で主人公が行なっていた修行のポーズで静止していた。両手を突き出し、脚を開いて腰を落としたポーズである。そして頭の上に水の入った茶碗を乗っけている。
正面左端から順番にメイショウドトウ、テイエムオペラオー、アドマイヤベガ、ナリタトップロードの『覇王世代』の4人、マリンアウトサイダを挟んで彼女の隣にビワハヤヒデ、ウイニングチケット、一番右端にナリタタイシンと続いている。
山中は緑木が生い茂っているので涼しかったが、照りつける陽射しもあって皆だくだくと汗を流していた。ちなみにマリンは道着、他は全員体操服である。いったい何故このような状況になっているのか。ひとまず彼女たちの会話を聞いてみる事としよう。
「……ワッケ分かんない。何でこんな事してるの、アタシたち……チケットが余計な事言わなければ良かったんだ……何が修行してみたいよ……せっかく山に来たのに」
「アハハ! でも凄いよ、タイシンはまだ1回もお茶碗落としてないもんね! アタシも負けないぞぉーーーー!!」
そう、こんな状況になってしまったキッカケはウイニングチケットだった。
〜〜〜〜〜
マリンは約束通り7人のクラスメイトを連れて久々に実家に帰省した。そして皆がマリンの師である角間源六郎と挨拶をするなりいきなりチケットが
「アタシたち、ここに修行しに来たんです! マリンさんみたいに強くなりたくて!」
と、真夏の太陽にも負けないキラキラした目で武術家の老人に言ったのだった。タイシンが「ちょっと、キャンプしに来たんでしょ!」と抗議するのもつかの間、ハヤヒデやトップロードも興味があるだの面白そうだのと囃し立てた。それを聞いた老人は好々爺な雰囲気で
「そうかそうか、こいつは久々に活きの良いウマ娘たちに会えたもんじゃな。良かろう、お前たち全員をこの山で鍛えてやろう。動きやすい格好に着替えて外に来るんじゃ。まずはお前たちがどれ程のものか試すとしよう」
そんな流れで、(一部不満をあらわにするウマ娘もいたが)8人のウマ娘たちは修行をすることになったのだった。
〜〜〜〜〜
「なるほどな……マリン殿はこの修行を通してその強さを手に入れたのか! こうやって足腰と体幹を鍛え、更に猛暑に耐えて精神面のトレーニングをする……! 流石は世代最強のウマ娘を育て上げた武人の修行だ……最初からこんなに過酷なら、この次は何が待っていると言うんだ!?」
ビワハヤヒデが興奮気味にプルプル震えながら言った。もちろん、例の姿勢のままである。隣のマリンはまだまだ余裕そうに同じポーズで静止している。しかし、ハヤヒデの声に何故か申し訳なさそうに答える。
「ハヤヒデさん、その……申し訳ないのですが、私はこんな鍛錬は『初めて』です……おじいちゃんは昔から、時々突拍子もなく変なことをさせるんです。その方が不測の事態に対応できる様になるだとか、脳への刺激になって良いのだとか言うんですけど……多分、本人は面白がってるだけです」
「な、何だとッ……!? あ」
ハヤヒデがガーン!と衝撃を受けた表情でマリンの方を向いた。その拍子に頭に乗せた茶碗がぐらりと揺れて水をこぼしながら地面に落ちた。茶碗は頑丈な様で、割れることはなかった。
「これビワハヤヒデ、集中せんか! 水をこぼすのはいいが、茶碗を落としたならその場で腕立て20回じゃ。始めなさい」
「くっ……私としたことが! しかし、これも角間氏の鍛錬であるには違いない! やり遂げてみせるぞ、私は!」
うおおおおおおおおお!とハヤヒデは腕立て伏せを全力でこなして、元のポーズに復帰する。すると、源六郎が彼女の頭に茶碗を乗せて水を注ぎ直した。
「ミドリ……お前、何かゴチャゴチャ言ってたな? そうかそうか、こんな大勢の友人たちの前で格好をつけたがっておるんだな。良かろう」
老人はポンポンポンポンと、マリンの両肩と両太ももに茶碗を乗せて水を注いだ。しかも表面張力でこぼれないギリギリまで。これでマリンだけ茶碗を5つ支える事になった。
「お前は水を1滴でもこぼしたら腕立て100回じゃ」
「くぅっ……!!!」
彼の直弟子なだけあって他と比べるとマリンには理不尽な条件が課されていた。彼女が以前カレンチャンに言った、おじいちゃんは格闘ウマ娘以外には基本的に優しいと言う言葉は本当らしい。
「マリンさん、大丈夫ですか? そんなにお茶碗のせて……この姿勢で頭に1個乗せてるだけでも結構厳しいのに」
隣のナリタトップロードがマリンを心配している。
「大丈夫……です……! でも……声出せません……!」
流石のマリンもかなり集中しないと厳しそうだ。震えることすらも許されないので、小声でそのことをトップロードに伝えた。
「そうですよね、応援してます! 一緒に頑張りましょう! アヤベさんは大丈夫ですか?」
そして、トップロードは自分の右隣のアドマイヤベガに声をかけた。この様な時でも気を配ることを忘れない彼女は学級委員の鑑であった。
「……大丈夫よ。こんなもの、なんてことないわ」
アドマイヤベガは余裕のある様子で言った。相当に身体を鍛えている為に、この程度なら難なくこなしているようだ。彼女もタイシンと同じく修行に巻き込まれてしまった側だが、それでも真面目に鍛錬しているように見える。それはなぜかと言うと……
「ふふっ、やるじゃないか。流石はアヤベさんだ」
そう言う隣のオペラオーが汗を浮かべながらも余裕な様子だからである。弱音を吐いたらオペラオーに負けたように感じるからアドマイヤベガも意地になっている。
「……あなただって結構余裕そうね、オペラオー」
「ああ、そうともさ! 華やかなパフォーマンスだけが歌劇ではないからね、この様にサイレントに静止する技術ならば、ボクはとっくに習得済みなのさ!」
そして、そんなオペラオーの右隣からは断続的に涙声が聞こえてくる。
「ああっ、またぁ!? ダメェ! スズメさんたち、それ水浴びする為のものじゃないのぉ! お茶碗に入ろうとしないでぇ〜〜! え、また飛んできた! これ以上増えたら、もう、あっ、あぁっ……ふぇぇぇぇぇぇん!」
パチャアアン!と水を頭から被りびしょ濡れになるドトウ。そんな彼女の頭の上を3羽のスズメが跳ね回っている。
何故かメイショウドドウだけが飛んできた小鳥に襲われて?いた。続けて飛んできた鳥たちも他のウマ娘たちには目もくれずドトウに集まってくる。彼女には動物に好かれる才能があるのだろうか。
「あぅぅぅぅ〜〜、もうこれで5回目ですぅぅぅぅぅ〜〜(泣)」
と、涙目になりながらもしっかりと全ての腕立て伏せをこなすあたり、ドトウもかなりのフィジカルの持ち主である事が分かる。
そんな彼女たちを見て、老人も楽しそうに笑う。
「ほっほっほっ、流石はトレセン学園のレースウマ娘たちじゃな。知名度相応に、いやそれ以上に鍛えられておるな。お前たちのトレーナーの手腕も見事と言わざるを得ない。そろそろ、次の修行に移るとするかの」
全員、茶碗を地面に置くとグッタリとしていた。まだ、こんなのが続くの?とタイシンは文句を言ったが、チケットはまだまだ元気いっぱいと言うふうに楽しそうだった。
………
……
…
場面変わって、そこは道場から20分ほど歩いたところにある大きな川。ザアザアと周囲に響く水流の音が耳に心地よい。その河原に8人のウマ娘たちが並んでいた。ちなみにマリンも体操服に着替えていた。
「わぁ……綺麗! アヤベさん、川ですよ、川! 大きな川です!」
「見ればわかるわよ。はぁ……次は一体何をするのかしら」
口調は興味無さげなアドマイヤベガも、尻尾がわずかに揺れていた。眺めているだけでも涼しくなりそうな川辺の風景に、先の鍛錬での疲れが癒されていく。他のウマ娘たちも日頃とは違う自然の環境に気分が高揚してきていた。マリンも友人たちの反応にどこか嬉しそうだ。そんな彼女たちに、老人が腕を組んで言う。
「何だ、川がそんなに珍しいのか、都会っ子じゃのぉ。しかし、だからこそ良いってもんじゃ。違う環境に身を置くのは脳味噌に良い刺激を与えるからの。お前たち、一旦ここへ並べい!」
老人の一声でウマ娘たちは一列に並んだ。彼が並並ならぬ実力者であると本能が感じ取っているのか、皆キビキビと体が動いてしまうのだった。
「まず、言っておかねばならん事がある。ワシはトレーナーではないから走りの事はよく知らん。かと言って、お前たちに武術を教えるのも筋違いじゃろう。時間も限られている事だしの。だが、ワシも伊達に年を食ってきたわけではない。お前たちに教えられる事は他にもある」
老人の目つきが鋭くなる。その雰囲気に(マリン以外は)ゴクリと唾を飲む。
「良いか、よく聞け。ウマ娘もヒトも、身体を動かして行う全てのことは『生きること』の延長線上にある。見る、歩く、話す、それらの行動は全て厳しい自然の中を生き抜く為に有った。もちろん、『走ること』もじゃ」
ふむ、とハヤヒデは頷く。他は数人、ほぉ〜という顔で老人の話に聞き入っていた。
「ゆえに、この山でワシはお前たちに『生きること』の一端を教えてやろう。それは必ず、お前たちレースウマ娘の生き方にも、地下水脈のように繋がっている。それを学ぶのに最も大事なのは『野性』じゃ」
野性……?とドトウが聞き返す。
「そう。『野性』と言うのは、お前たちウマ娘の一番の『強さ』だとワシは考えておる。それはヒトにも無いとは言えんが、ウマ娘のソレはずば抜けておる。こと闘争において、ウマ娘ほど勝利に貪欲な奴らはいない。それはレースでも武術でも同じこと。お前たちなら知っているはずじゃ。内から炎のように猛り狂う、勝利への渇望をな」
「………!」と皆の表情が引き締まる。老人はその見た目と釣り合わないほどの覇気を持って言った。
「今一度言うが、ワシはレースのことなんざ何も知らん。だが……お前たちの内に潜む『野性』を呼び覚ましてやろう」
その老人の覇気に、トレセン学園からやって来たウマ娘たちはようやく実感した。この老人こそが本当に、世代最強の格闘ウマ娘の師であり、自分たちが束になって掛かかっても決して敵わない武人である事を……
「『野性』を目覚めさせる修行として、まずは……」
ゴクリ、とウマ娘たちが唾を飲む。
「そこの川で魚を取ってこい。そろそろ昼時だしの。この川の魚は大抵食えるから安心しな」
ウマ娘たちはポカーンとした表情になった。マリンだけがハァとため息をついた。
「ええ、修行って魚釣りするの? アタシ結構得意だけど、釣竿は持ってきてないよ〜」
チケットがそう言うと、老人はにこやかに答えた。
「何を言っとる? 素手じゃ、素手で捕まえてこい」
「え?」
皆がシーンとなる。
「聞こえんかったか? そこの川に入って魚を素手で捕まえてこい、それが今日の昼メシだ。そうさな、1人頭2匹なら……16にオマケして20匹にするか。全員で協力して20匹獲るまでは川から上がらせないからの」
腕を組んでニコニコとした自分の師にマリンは辟易したみたいに言う。
「おじいちゃん、それは流石に……ッ!!?」
マリンがそう呟いた瞬間、皆の視界で老人が一瞬ブレたかと思うと、次の瞬間にはマリンに組み付いていた。
マリンが必死に応戦するが、その実力が桁違いである。抵抗虚しく彼女の身体は宙に放り投げられて、そのまま川にバシャアアアアン!と着水した。
他のウマ娘たちはその攻防を見て固まるしかなかった。少なくとも、マリンが本気だったのは感じ取れた。だが、目の前の老人はそんな『世代最強の格闘ウマ娘』を事も無げに投げ飛ばしたのだった。
「ほれ、お前たちも行かんか。投げて欲しいのなら別だがの」
「あ、はいはーい! アタシ投げられた『バカッ! さっさと行くよ!』
え〜、と残念そうな声を上げるチケットの手をタイシンが引っ張っていく。
「くぅ〜〜〜〜〜、燃えて来ました! 皆さん、ここは協力して頑張っていきましょう!」
「今のどこに燃える要素があったの?」
何故かメラメラと闘志を燃やすトップロードにアドマイヤベガがつっこむ。8人のウマ娘による漁が始まろうとしていた。
…
……
………
「ふぅ……素手で魚を捕まえろって、アタシたちは熊じゃないっての。でも、さっきよりかは幾分マシかな、水も冷たくて気持ち良いし」
太ももまで水につかる少し深い場所で、パチャパチャとタイシンは水面に手をひたす。その冷たく心地よい感覚に思わず微笑みが浮かぶ。日差しの暑さもいっとき忘れる事ができた。しかし、そんな夢心地な彼女の背後から喧しいくらいに元気な声が近づいて来た。
「タイシンタイシンタイシーーーーーーン!!! そこ動かないで、おっきな魚がタイシンのとこに逃げていった!!!」
「えっ、うそっ、どこっ!? きゃっ!!」
タイシンは足元に思った以上に大きな黒い魚影が泳いでいるのを見て、いつもらしからぬ女の子な悲鳴をあげた。
「アタシに任せて、タイシン! うおりゃあああああああああああ!」
「ちょ、待って、チケット、うわぁっ!」
ザッパーーーーーン!!! とチケットがタイシンの足元に飛び込み、大きな水しぶきが上がる。他の皆も何事かと視線を向けるのだった。
「よっしゃーーー!!! 獲ったどーーーーーーー!!!!」
チケットが獲物を両手で掴んで、元気いっぱいに叫んだ。しかし、その声と相反して皆の顔は引きつっていた。
「……チケット、君の掴んだものをよく見てみろ。と言うか早く放してやれ」
「ん?」
と、冷静なハヤヒデの言葉にチケットが自分が魚だと思って掴んだものに目を向けると……
「(ガボボボボボボッ、ガボボボ!!!)」
片足を持ち上げられて、宙吊りで頭を川に沈められたタイシンがいた。
「ア……アハハ、間違えちゃった」
チケットがパッと手を離すと、バシャン!とタイシンの身体は川へ落ちた。そしてその場に、体操服ごと全身がびしょ濡れになったタイシンが鬼の形相で立ち上がった。
「チィィィィィィケェェェェェットォォォォォ!!!!!」
「ウワァァァァ!!! タイシン、ごめ〜〜〜〜〜ん!!!!! わざとじゃないんだよ〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
待てコラァァァァ!!!とタイシンが目に青い炎を灯して逃げるチケットを追いかける。山奥に来ても彼女たちの騒がしさは相変わらずだった。そんな2人を見てBNW唯一の知能派、ビワハヤヒデはため息をついた。
「全く、あの2人は。これが修行だと言う事をわかっているのか? しかし、これでマリン殿の強さの秘密が分かったぞ。山での生活では食材もこのように自ら調達して来たのだな! 川の流れにに逆らいヒグマのごとく魚を獲れば、自ずと腕力も集中力も鍛えられると言うわけだ!」
キラーンと彼女のメガネが光る。しかし、マリンはまた申し訳なさそうに返事をする。
「すみません、ハヤヒデさん……山の生活でも、魚は普通釣ったり、罠を仕掛けて調達します。素手で捕まえるなんて、時間と体力の無駄ですから……これも多分おじいちゃんの思い付きです」
「な、何だとッ……!?」
ガーンという効果音が聞こえそうな顔でハヤヒデは固まるのだった。
………
……
…
BNWとマリンがいるところから少し離れて、覇王世代のウマ娘たちも何とか魚を捕まえようと奮闘していたが、悪戦苦闘している様子だった。
アドマイヤベガが額の汗を拭う。すでに全身が濡れていて、水も滴る良いウマ娘という感じだった。
「ふぅ……それにしても、川に入ってるとはいえ暑いものは暑いわね。あのマリンさんでさえまだ一匹も捕まえられてないし、20匹なんてどうやって捕まえればいいのかしら……」
「う〜〜〜ん、何か作戦を立てる必要がありそうですね」
近くにいたナリタトップロードがムムムと考え込む。キランと光るおデコがなんだか可愛らしい。
「魚の心配もあるけど……ドトウとオペラオーは大丈夫かしら? あの2人は放っておくと碌な事にならないから」
そう言ってアドマイヤベガがオペラオーとドトウがいる方を見やると……
「ふえええええええええええん!!! 助けてえええええええええええ!!!」
案の定、ドトウの身に何か起こったみたいだった。
「アヤベさん、行きましょう!」
「全く、あの娘は……」
アドマイヤベガとトップロードは飛沫をあげながらそこそこ離れた距離にいる2人の元へと急いだ。そこで見たものとは……
「いやああああああ!!! そんなにパクパクしないでえええええ!!! 私は餌じゃないですうううううう!!! なんで私のところにだけこんなにお魚さんが集まってくるのおおおおおおお!?(泣)」
大量の魚の群れに囲まれて恐怖に震えているドトウの姿だった。
「はーっはっはっは! 流石はドトウ、ヤギや鳥たちだけでなく魚までをも惹きつけてしまうとは! このボクも恐れ入ったよ、君こそが野生の王だ! はーっはっはっは!」
「オペラオーさああああん、助けて下さあああああい(泣)!!!!」
「残念ながらそれは無理だ! なぜならボクは、魚は触れないからさ! ヌメヌメしててなんか気持ち悪いからね! はーっはっはっは!」
「そ、そんな〜〜〜〜〜〜!」
ドトウの悲痛な声が響き渡る。そんな彼女に遠くからアドマイヤベガが声をかける。
「ドトウ、ちょっと待ってなさい! なんとかそこから引っ張り出してあげるから!」
「ふえええええええ、アヤベさ〜〜〜〜ん!」
姉力を発揮してアドマイヤベガは魚群に近づこうとする。しかし……
「うっ……」
ドトウの足元で黒い魚群が渦巻く中、時折無数の魚が水面からパクパクと口を出している。その光景に流石のアドマイヤベガも近づくのを躊躇った。なにせ、だいぶホラーチックな光景である。だが、泣き顔のドトウを放ってなど置けない。意を決して踏み込もうとした時……
「うわぁナニコレ、魚がいっぱいだあああ!」
ウイニングチケットが目を輝かせて近づいて来ていた。どうやらタイシンからは逃げ切ったらしい。そして近づいた勢いそのままに魚群に突っ込んだ。
「今度こそ捕まえるぞおおおお!!! おりゃおりゃおりゃおりゃあああ!!!!!」
ポポポポーーーンとチケットが魚を捕まえては投げを繰り返す。魚たちは放物線を描いて河原へと飛ばされる。そして河原には息を合わせたようにビワハヤヒデと彼女に捕まったナリタタイシン、そしてマリンが魚が跳ねて逃げないようにキャッチして集めていた。ハヤヒデがドトウを含めたその状況を観察して、チケットの行動を見越して待機するよう2人に指示していたようだ。知能派の面目躍如である。
「よし、チケット! そこまでで良いぞ、ノルマは達成した!」
ハヤヒデが川岸からチケットに呼びかける。するとチケットは物足りなさそうに声を上げる。魚たちもチケットに恐れをなしたのか、いつの間にか水流の中へと逃げ去っていった。
「え〜〜〜、もうちょっと捕まえたかったのにな〜〜〜って、うわっ、ドトウちゃん!?」
「うわあああああああああん!!! チケットさん、ありがとうございますうううううう!!!」
「あはは、ヨシヨシ。怖かったね。でもドトウのおかげでたくさん魚を捕まえられたよ!」
抱きついたドトウの頭をチケットが撫でる。ずぶ濡れになった2人はなぜだか神々しく見える気がしたのは気のせいだろうか? そしてそんな2人を見て老人は声を上げて笑った。
「ほっほっほっほっほ、ウイニングチケットにメイショウドトウ、2人は生命力に溢れているのぉ! もしかしたら、お前たちの中で一番に長生きするかもしれんな」
本当にそうかもしれないな、とマリンは妙に納得して心の中で独り言ちた。
結果として、ウイニングチケットとメイショウドトウの大活躍?により2つ目の修行を完遂できた。その後は獲った魚を枝に刺して焼き、皆で仲良く食べるのだった。しかし、老人を含めた全員がまだ知らなかった。ウマ娘たちの本当の試練はここからであったことを……
次回に続く