【完結】流れ星の転校生~とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話~   作:カンヌシ

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3話 『私が君に走りを教えよう』

 

幕間 ある競走馬の生涯Ⅰ

 

 これは『ウマ娘』の存在しない別の世界の話。とある零細牧場が経営難により繁殖馬の大半を手放すことになった。セリや庭先取引で多くは他所へ売られたが、買い手の付かない馬もいた。

 

 残されてしまった馬は大抵、悲しい運命をたどる。高齢で食肉用に向かないならば殺処分、調教前の仔馬ならばサラブレッドでも食肉用として売られる場合もあった。

 

 その牧場も手塩にかけて育てた馬たちへ心無い決断をせざるを得なかった。残されたのは数頭の繁殖牝馬とその仔馬たち。その中に厩務員の間で『ミドリ』という渾名で呼ばれる仔馬がいた……

 

 

–−−−−

 

 

コンコン

 

 

 トレセン学園の制服を着たマリンアウトサイダが生徒会室の扉をノックする。今日が彼女の初登校日だった。学園の事務員に学園内の簡単な説明を受けた後、生徒会室へ行くよう指示された。生徒会長がお話をしたい、とのことらしい。

 

 

「どうぞ」

 

 

 返答を聞き、マリンアウトサイダは扉を開けて入室する。中は「流石はトレセン学園」と言ったところ、日本一のレースウマ娘養成学校の名に恥じぬ厳かな造りだった。

 

 窓際の最も目を引く大型のデスクの側に、『皇帝』シンボリルドルフは軽く腕を組んで立っていた。

 

 

「……失礼します。本日よりこの学園に通わせて頂くこととなりました。マリンアウトサイダと申します」

 

 

 マリンアウトサイダは目を閉じて会釈する。その洗練された佇まいにシンボリルドルフは思わず「ほぅ……」と声を漏らした。

 

 

「突然呼び立ててすまない。ここまでの道程は少し分かりづらかったろう。初登校の生徒ならば、本来私自ら赴き、案内をすべきだったのだが……生徒会長の責務を担ってる故、外せない用事も多くてね」

 

「いえ、お気になさらず。この学園の地図は確認しましたので、学区内の建築物や道筋は全て把握しております。獣道しかない山中と比べたら、迷う事の方が難題です」

 

 

 マリンアウトサイダは淡々と答える。

 

 

「……そうか、そういえば君は遠征先まで徒歩で、しかも野宿をもして自らの足で向かうのだとか。その噂は真実だったか。立ち話もなんだ、こちらのソファーで話そう」

 

 

 2人は応接用のソファーに腰掛け、向かい合う。そこに至るまでのマナーも、マリンアウトサイダは完璧だった。

 

 

「……さて、改めて挨拶をさせていただこう。私は『シンボリルドルフ』。トレセン学園の生徒会長を務めている。どうか、よろしく頼む」

 

「はい、こちらこそ。よろしくお願い致します」

 

 

 座った姿勢でマリンアウトサイダは再び会釈する。小柄な体躯と相まって、その姿勢はジュブナイル期最強の格闘ウマ娘とは連想できないくらいに美しかった。

 シンボリルドルフは思わずじっと眼前のウマ娘を見つめていた。

 

 

「……シンボリルドルフ会長、どうかなされましたか?」

 

 

 マリンアウトサイダが少しキョトンとした表情で尋ねた。整った顔立ちのウマ娘など、この学園で見慣れすぎているはずなのに、シンボリルドルフは思わず見入ってしまっていた。

 

 

「……いや、私としたことが。少し面を喰らってしまった。目の前のウマ娘の姿があの『石楠花杯』を制した世代最強のウマ娘のイメージとは結びつかなくてな。驚心動魄といったところだ。気を悪くさせたのならすまない。大会映像も拝見させて頂いた。ご優勝にお祝い申し上げる」

 

「いえ、その……ありがとうございます。元々私は山育ちでして、粗野な振る舞いしか出来なかったのですが、以前の学校にて礼節作法をご教授賜った結果です。それでもインタビューは未だに苦手なのですが」

 

「……ふむ。そうか……そういえば、その学校は都内大学への進学率も非常に高い進学校として有名だが、君はなぜそこに通っていたんだ? 格闘ウマ娘が通う学校とはイメージがかけ離れているが」

 

「私の住む山から最も近い学校だから……ですね」

 

 

 今度はシンボリルドルフがキョトンとした。

 

 

「近い……からと?」

 

「はい、後は成績上位者は学費が免除されますし、私が遠征で1週間ほど欠席しても特に何も言われませんでしたし、私立校だからか色々と融通が効いたのです」

 

「そう……か。確かに、君の調査書を拝見したが、学業成績は申し分ないというか……それ以上だな。何より、転入試験の学科考査が『満点』とは、恐れ入ったよ」

 

 

 マリンアウトサイダは勉強ができた。彼女の師は読書家でもあったので、様々な本が道場裏の母屋に置いてあった。幼い頃は武術の修行の後は、野を駆け回り、帰れば読書をしていた。学校に通える年齢になったら、山で他にすることと言えば勉強くらいだった。元々利発な子供だったので、そのお陰か成績はいつも優秀だった。地元の町に空手道場と寺子屋を混ぜたような場所があったが、そこで子供たちに勉強を教えるよう頼まれる事も多かった。

 

 

「私はトレセン学園は『スポーツ校』と認識しておりますが……だから学科考査もそこまでレベルは高くはなかったのかな、と」

 

 

 シンボリルドルフが困ったようにはにかむ。

 

 

「そういう訳でもないのだがな……と、雑談はこのくらいにして、そろそろ本題に入ろうか」

 

 

 

キンッ……

 

 

 

 と、シンボリルドルフの雰囲気が一変する。先程の和やかな雰囲気は一瞬で消え去り、部屋の気温が突然氷点下まで落ちたかと錯覚するほど空気が重くなった。

 

 

「マリンアウトサイダ……」

 

 

 『皇帝』は問う。

 

 猛禽類のような眼差しがマリンアウトサイダを射抜く。

 

 

「何故君は、このトレセン学園へ転入して来た?」

 

 

 マリンアウトサイダはその威圧感、その刺し殺さんばかりの視線を一身に受けたが、武術家にとってそれは挨拶と同じ、先と変わらぬ態度で『皇帝』を見つめ返す。

 

 

「面接官様にも申しましたが、自分の新たな可能性に挑戦したい……それだけです」

 

「ああ、もちろん面接試験の資料は見させてもらった。だが、それはあまりに『模範的な解答』だ。君の本心は別にある。違うかな?」

 

 

 『皇帝』の視線が一層鋭くなる。

 

 

「君の本当の目的は何だ? それ程の実力を持つ武術家である君が、何故UMADを脱退してまでレースに挑戦する? 武に生きる格闘ウマ娘ならば、どう考えてもデメリットの方が大きいはずだ。私はこの学園の生徒たちを導く者として、君の事を知る義務がある」

 

 

「………………」 

 

 

 マリンアウトサイダは口をつぐむ。

 

 

「……今、世間の君への風当たりが厳しいのは知っているだろう。君の突然の転向に驚かぬ者などいない。現に学園内は君の話題で持ちきりだ。この学園にも武術家のウマ娘はいるが、君はレースウマ娘にとってはいわば……」

 

「ならず者、と言った感じでしょうか」

 

 

 その言葉にシンボリルドルフは言葉を止める。

 

 

「私の名でもあります。『アウトサイダー』……ならず者、部外者、余所者、その様な意味があります」

 

「……個人の名について、どうこう言われるべきでは絶対にない。不快に思われたのなら謝罪する。ただ、君は君が思っている以上に影響力がある。君は名誉や名声に興味はなさそうだが、格闘ウマ娘に携わる者やファンは君に大きな期待をしていた。実はつい先日、UMADの理事長代理がこの学園にお忍びで来訪してきた。率直に言えば、君の転入を学園側から拒否するよう要求された」

 

「!………そうですか、あの方ならそうするでしょう。私のせいでご迷惑をおかけしました。申し訳ありません」

 

「いや、謝罪には及ばない。それも学園側の仕事だ。それに『助け舟』もあった。その事については万事解決した、といって差し支えない。あくまで今のところは、だが」

 

「『助け舟』?」

 

 

 マリンアウトサイダは聞き返す。

 

 

「……こちらの話だ。今は気にしないでもらいたい。私は君から転入の理由を直接聞きたかったんだ。教えてくれるか? マリンアウトサイダ」

 

「………………」

 

 

 マリンアウトサイダは俯いて黙っている。そして、ゆっくりシンボリルドルフへ顔を上げ、語り始めた。

 

 

 

「夢を……見たのです」

 

 

 

 シンボリルドルフはその言葉に一瞬目を見開いて驚いたが、黙って話を聞く事にした。

 

 

「私はレースに出たことはありません。レース場も、写真で見た事があるくらいです。でも、私はそこで走っていました」

 

「……………」

 

 

 シンボリルドルフは静かに耳を傾けている。

 

 

「コーナーを曲がった先に、ゴールが見えました。そして、その先に『誰か』が立っていました」

 

「ゴールの先に、人が立っていた……?」

 

 

 皇帝は思わず呟き返した。

 

 

「はい、普通はそんな事はあり得ません。あくまで夢ですから。でも私はその『誰か』を目指して走っていました」

 

 

 マリンアウトサイダが一呼吸入れる。

 

 

「私は……ゴールに辿り着けませんでした。走っても、走っても、ゴールは遠ざかるばかりで。そしたら胸がとても苦しくなって、そこで目が覚めました」

 

「…………」

 

「夢なのは分かっています。でも、私にとっては……あまりにも、強烈な出来事だったのです。まるで現実の様な。夢の中で走っている時、ゴールの先へ行く為になら、全ても失っても構わないと、そう思っていた気がするのです。今でも、その夢が頭から離れないのです……」

 

「……夢……か」

 

 

 シンボリルドルフは呟く。

 

 

「このトレセン学園は日本一のレースウマ娘養成機関です。ここに来れば、少しでもあの夢の意味が分かるのではないかと考えました」

 

 

 マリンアウトサイダはじっと皇帝の眼を見つめる。

 

 

「愚かだ、と笑われても仕方ありません。たった一度見た夢のために、私は武術家としての多くのチャンスを捨てたのです」

 

「…………いや、笑いなどしないさ。むしろ、君の口から直接聞くと、不思議と納得した。あまりに予想外だったのは確かだが」

 

 

 シンボリルドルフは微笑む。 

 

 

「荒唐無稽とも思える理由だが、今の君にとってはそれが『走る意味』なのだろう。それがどの様な理由であろうとも、トレセン学園の門は走りたいと願うウマ娘の為に開かれる。ようこそ、マリンアウトサイダ。君の今後に、私は期待しているよ」

 

 

 シンボリルドルフが手を伸ばして握手を求めると「ありがとうございます」とマリンアウトサイダは固く握り返した。

 

 部屋の雰囲気が元通りになり、シンボリルドルフはソファーに深く腰をかけ直した。

 

 

「しかし、意外と乙女なのだな君は。話しぶりから察するに、その『誰か』とはきっと男性だろう?」

 

 

 マリンアウトサイダはピクンと耳と尻尾を揺らした。

 

 

「いえ、その……確かに男の人だったと思うのですが、恋愛とかそういうのでは多分なくて! 私のような拳法家なんてきっとモテませんし……」

 

「そうかな? 君は魅力的だと私は思うよ。客観的に見てもね」

 

「あ、ありがとうございます……お世辞でも嬉しいです……」

 

 

 王子様のような笑みを浮かべるシンボリルドルフの言葉に、マリンアウトサイダは赤くなっている。

 

 

「モテないというならば、皇帝と呼ばれる私のような堅物も同じだ。私のトレーナーは生粋の朴念仁でな。だが他の担当ウマ娘たちは青春真っ盛りな乙女が多くて、いつもヒヤヒヤさせられるんだ……私の気苦労を知ってるのか全く……」

 

「会長はトレーナーの方がお好きなのですか?」

 

 

 ブツブツと呟くシンボリルドルフに、マリンアウトサイダは直球ストレートを投げた。

 

 

「え!? あ、違うんだ! いや、違うという意味も違って! と、とにかく今のは忘れてくれ! 私のただの独り言だ!」

 

 

 コホン! と皇帝(乙女)は頬を仄かに赤くして咳払いをする。

 

 

「はぁ、承知しました」

 

「……さて、ずいぶん話し込んでしまったな。君は明日から授業に参加するのだろう? 本日の予定は寮の部屋の確認までだ。今は午前中でそれまで時間もある。マリンアウトサイダ、少し私に付き合ってくれないか?」

 

「ええ、構いませんが。どちらまで?」

 

「ついてこれば分かる。あと、これを渡しておこう」

 

 

 シンボリルドルフがソファーの陰から紙袋を取り出して、マリンアウトサイダに渡した。

 

 

「発注させた君の体操着が今朝届いたのでな。ついでと思って私が預かっていたんだ。では、行こうか」

 

 

 2人は生徒会室を出ると、そのまま建物の外まで出た。マリンアウトサイダは一体どこに行くのかと思いながら、黙って会長の後ろをついていった。

 

 

 

−−−−−

 

 

 

 マリンアウトサイダは練習グラウンドから少し離れた場所に位置する、小さなアパートのような建物の前に来ていた。

 

 

「ここは……」

 

「私のチームのロッカールームだ。さあ、その体操着に着替えてくれ」

 

「ええ!? 今……ですか」

 

「私も着替える。さあ、早く。午前の授業が終わってしまったら他のウマ娘たちもやってきてしまうからな」

 

 

 マリンアウトサイダとシンボリルドルフは手早く着替えを済ませると、練習グラウンドまで移動した。

 

 

 

−−−−−

 

 

 

「ここが我がトレセン学園の誇る練習グラウンドの1つだ。毎日専門の整備士たちによって懇切丁寧に管理されている。ここで数多のウマ娘たちがそれぞれの夢を叶えるべく、万里一空と日々努力している」

 

「ここが……」

 

 

 マリンアウトサイダは目を閉じて、鼻からゆっくりと空気を吸い込んだ。

 

 

「どうかな?」

 

「山の中とは、違う草の匂いがします……ここは、本当に『走る』ための場所なのですね……」

 

 

 グラウンドを一望すると、思っていた以上の広さを感じた。レース場は、また違った匂いがするのだろうか……

 

 

「さて、ここまで来たのなら、これから何をするか分かるだろう。そして1つ伝える事がある」

 

 

 ザザァーと秋の風が吹いてくる。寒さを予告するような、しかし心地よい風だ。その風に『皇帝』シンボリルドルフの髪が舞い揺れる。その堂々たる姿は、体操着にかの緑色の勝負服が重なって見える気さえ起こさせた。

 

 

 

「マリンアウトサイダ、私が君に走りを教えよう」

 

 

 

 マリンアウトサイダは、その『皇帝』の姿から目を離せなかった。

 

 

「もちろん、私が時間を作れた場合に限るがね。この時期のトレーナーは皆忙しい。君がどこかのチームに所属するか、あるいは専属のトレーナーが付くまでの僅かな期間だが、その間に走りの基礎くらいは身に付けさせてみせよう」

 

 

 私にとっても良い経験となるだろうしね、とシンボリルドルフは付け加えた。

 

 

「その本当に光栄なのですが……よろしいのですか?」

 

「私では不満か? 『おしぼり』以上には役立つと思うのだが」

 

「あ、う……その節は……大変失礼しました……」

 

「フフッ、気にするな。まずはストレッチからだ。格闘ウマ娘に今更ストレッチなどと思うかもしれないが、走る前に重点的にほぐしておくべき箇所があって……」

 

 

 こうして、マリンアウトサイダのトレセン学園での生活が始まった。秋の風は、まだ吹き続けている。

 

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