【完結】流れ星の転校生~とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話~ 作:カンヌシ
長くなったので、次話と分割。オリキャラの名前はこれでやっと全て出ますね。
この物語の始まりより数十年前、とある違法格闘賭博場……その奥にある胴元の関係者のみが入る事を許される畳部屋の一室。そこの床の間には日本刀が飾ってある。まさに極道と言った雰囲気の部屋だった。
その上座に、金髪で目付きの鋭いウマ娘が胡座をかいて座っていた。煙管を蒸して、煙を弄ぶその姿はどう見てもカタギ……いわゆる一般のウマ娘ではなかった。
黒を基調とした和装で右耳には金ピカな髑髏の耳飾りをしている。表情は苛ついてるようで、それでいてどこか新しい玩具を買ってもらえる幼子のような楽しげな雰囲気があった。ギラついて好戦的な眼とその体幹の整い方は、見る人が見れば一発でそのウマ娘が『喧嘩師』である事に気付く。
彼女は待っていた。その日の賭け試合に『乱入者』が現れたと子分のウマ娘から報告があった。しかもそれは若いヒトの男だったとか。
話を聞くに、突如その男は2人の格闘ウマ娘の試合に飛び込むと、その2人を挑発したとか。2人は試合を中断し、このイカれた男に軽く灸を据えてやろうと掴みかかった。
観客たちは盛り上がった。
「こんなバカは久々に見た」と。
「ウマ娘に、しかも賭け試合に出る喧嘩屋に突っかかるなど命知らずにも程がある」と。
しかも、その男の体躯はお世辞にも大きいとは言えなかった。せいぜいが中の小が良いところだ。そんな男がウマ娘2人に羽虫のように潰されるのを見てやろう、と周りはこの乱入者を囃し立てた。
賭け試合の邪魔をされ、本来なら止めるべき子分たちもこの見せ物には興味を持ち、様子を見ることにした。どうせすぐにその乱入者はのされる、その後にとっ捕まえれば良いと考えた。
だが、その先の景色は誰も想像だにしなかったものだった。
その袴姿の男は『両方のウマ娘』を事も無げに投げ倒した。最小限の動作で的確に急所を踏み抜き、2人を戦闘不能にした。
そして男は声高に言った。「ヤマブキのウマ娘はこんなものかぁ!? 遠出してきたのにガッカリだ!」と。
流石に子分たちは、『姉御』の一家の名前を出されてバカにされたとあっては黙っていられない。その喧嘩は死んでも買わねばならない。
そこから先は、まさに大乱闘だった。その中心にいるのは小柄なヒトの男、ウマ娘にヒトは力で敵わないのは当然であるはずだ。それなのに5人6人とその場のウマ娘たちが襲い掛かるも次々と返り討ちにされる。
その男は合気の『技』で戦っていた。相手の力を利用して、膂力で勝るはずのウマ娘を投げ、床に叩きつけ、時には別のウマ娘の方に押し付け、多勢に上手く立ち回る。まさしく域に達した武人の技術だった。
観客はそれを見て更に大盛り上がりだった。流石は根性の逞しい裏社会の住人たちだ、新たにその『乱入者』がどこまで持つかの賭けも始まっていた。
だがしかし、いくら武の達人でも1人のヒトだ。喧嘩は数だとよく言われる通り、最後には多勢に無勢で押し負けてしまった。彼はウマ娘5人がかりで両手足と胴を押さえつけられ、最後には縄でキツく縛り上げられて拘束された。そして、事態を把握した『姉御』から彼を奥に連れて来いとの命令があり、そのままオモチャの引き車のように引き摺られていった。
観客たちも、こりゃ殺されるなと同情のカケラもなくその様子を笑って見送っていた。
そんな一部始終を高見の観覧席の陰から見ていた1人のウマ娘が居た。彼女の肌と髪はまるで雪のように白く、目はほんのりと赤みがかっていた。上物の薄手の青い着物を着て佇むその様子は、とても裏社会の住民とは思えない。
一言で言えば『薄弱』
そんな儚げな雰囲気を持つウマ娘だった。彼女は引き摺られていく男をじっと見つめていた。興奮と喜びで「はぁっ」と声を漏らして胸に手を当てる。
彼女はその男に『希望』を見た。彼こそが自分が求めていた人物に違いないと確信していた。雪のような白髪のウマ娘は、その男に会う為にゆっくりと階下へ向かった。
………
……
…
「ハナミの姉御、連れて来やした! コイツがその男でさぁ!」
畳部屋の上座に向かって、短髪のウマ娘が縛り上げられた男を投げるように上座で胡座をかく金髪のウマ娘に突き出した。
痛え!もちっと丁寧に運びやがれ!と悪態をつく男を、煙管を吸いフゥと煙を吐きながら彼女は興味深そうに眺めた。
「はっはっは! アンタかい、ウチの若い衆相手に大立ち回りした男ってのは。もしかして噂の道場破りと同じ奴かい? アタイの耳にも入ってるよ、数日前にこの近辺に腕の立つ武芸者の男が流れてきたってよ。まさか此処まで来るとは思ってなかったけどなぁ! 正気かいアンタ、ヒトの武術家ならまだしも、ウマ娘にまで喧嘩を売るとはなぁ! こんなバカは初めて見たよ! 若いねえ、見た感じ二十歳かそこらか、アンタ」
はっはっはっはっ!も更に笑い声を上げるウマ娘を、床に転がる男は睨みつけるように見上げた。
「ああ、まだ名乗ってなかったね。アタイは『ヤマブキハナミザケ』ってんだ。ここではハナミの姉御って呼ばれてる。よろしくなぁ、角間源六郎」
(……『ヤマブキ』って事は、コイツがここの頭か、しかし……)
彼女に名を呼ばれ、源六郎は驚いた顔をする。その顔を見てハナミザケは可笑そうに口を歪めて、煙をフゥゥと吐く。
「何でアタイがアンタの名を知ってるのか? って言いたいのかい。町で暴れてる奴の情報なんていくらでも入ってくるもんさ。まさかこのウマ娘の格闘賭博場にまで乗り込む程の命知らずだってのは、流石に知らなかったケドねぇ。アンタ、ウマ娘に恨みでもあるのかい?」
へっ!と男はニヤついて声を上げた。
「何言ってんだ、恨みじゃねえ。俺はウマ娘が気に入ってるからこそ喧嘩を売ってんだ。ヒトと姿形が耳と尾っぽ以外は変わんねえのに、その力はヒトの10倍近くある。修行するのにそれ以上相応しい相手は居ねえだろが!」
「あ〜あ〜、ホントに喧嘩バカだねえ。アンタみたいな連中、たまに居るんだよねえ。アンタら、そこまでして強くなりたいのかい?」
「あん? 金ピカのしゃれこうべなんて趣味の悪い耳飾りしてる奴に言われたかねぇな。覚えとけ、男ってのはな……産まれて1度は『世界最強』を夢見るもんだ。俺は感謝しているんだ、この世界にウマ娘という産まれついての『強者』が居る事をよぉ!」
ゾクリ、とハナミザケの背筋に冷たいものが走った。この男はもはや狂人だ。放っておくと碌なことにならないだろう。
「はん! まあ、アンタにそう豪口叩くだけの技量があるのは確かだ。ウチの武術家ウマ娘を6人ほどやったそうだな。大したもんだ。並の男に出来る事じゃねえ」
ハナミザケはゆっくりと立ち上がると、源六郎の側まで歩み寄る。
「アンタの腕に免じて、ウチのウマ娘たちの事と、アタイの耳飾りをバカにした事は水に流そう。強い奴は、アタイも好きだからな。正直、アンタとやり合いたくてウズウズしている」
ギンッ!とハナミザケの眼が肉食獣が如き眼光を放つ。源六郎には分かった。間違いなく、この賭博場で最も強いのはこの『ヤマブキハナミザケ』だと。最も強いものがトップに立つのは、野性味の溢れる武術家ウマ娘らしくて良い、と心の中で笑っていた。
しかし、その眼光は一瞬で消え失せた。冷徹な目でハナミザケは言う。
「だが、それとアンタがウチの商売の邪魔をした事とは話が別だ。落とし前はつけてもらうぜ……そして、この耳飾りの良さを理解できねえ奴に温情は無え」
「おい、水に流してねえじゃねーか!」
ゴゴゴゴゴと、凄みを発してハナミザケは源六郎を見下ろす。どうやらあの髑髏の耳飾りはお気に入りだったらしい。そしていつの間にか他の幹部のウマ娘たちも畳部屋に集まって来ていた。
こりゃ流石にまずいな、と源六郎が何とかやり込めないものかと思案していると……
「姉さん……」
夜の雪原に響く鈴の音のような声が聞こえた。畳部屋の前の廊下に、白髪のウマ娘がしゃなりと立っている。
「そのお方とお話がしたいのですが……駄目ですか?」
ハナミザケが目を細める。源六郎からは他の子分のウマ娘たちが邪魔で声の主の姿は見えなかった。
「『ツキ』……何でここに居る? 今日はあまり体調が良くなかっただろう。おい!」
ハナミザケが目配せをすると、子分の1人が『ツキ』と呼ばれたウマ娘へと駆け寄った。
「おツキさん、今ハナミの姉御は気が立ってるんすよ。ささ、お身体に障るといけません。取り敢えず今はこちらへ」
「ま、待って下さい……まだ」
そう言って、白髪のウマ娘は連れて行かれた。源六郎は一体何だったんだ?と怪訝な顔をする。
「……妹か、ヤマブキハナミザケさんよ」
ギロリとハナミザケは源六郎を睨む。
「……さっき、ウマ娘は産まれついての『強者』だとか抜かしたな。そうじゃねえ奴もいる。走ることすらも難しいウマ娘だっているんだ……まぁ、喧嘩狂いのアンタにゃ一生関わりの無い事だよ。今は自分の身の心配でもするんだな」
ハナミザケは更に冷たい声で言った。源六郎の周囲にいかにも極道の者だと言うウマ娘たちが集まる。こりゃあ命運尽きたか、と源六郎は覚悟を決めた。
ピシャリ!と畳部屋の障子が閉じられた。
…
……
………
その違法賭博場は町外れの山の麓に位置していた。その裏手に、ハナミザケの子分のウマ娘がボロ雑巾のようになった袴姿の男を担いでやって来ていた。彼女はそのまま、ドサリと彼を地面に投げ捨てると「これに懲りたらもう来るんじゃあねえぞ」とセリフを残して去っていった。
「ぐっ、あああ……クソッ。ウマ娘どもが男1人を囲んでなぶってんじゃねえよ……! 流石に向こう見ずだったか、今度から人数確認して喧嘩売らなきゃ死ぬな……! う、おおお」
グググ……と男はフラフラになりながらも立ち上がった。手足の骨までは折られなかったのは温情だと思っていいのか。流石に今日はこれまでと、彼は寝床を探しに去ろうしたが……
「待って……下さい! 角間源六郎様!」
ついさっき聞いた声が、また聞こえてきた。源六郎はゆっくりと振り返る。陽はとっくに落ちていた。今夜の月はやけに明るかった。そのお陰で何とか辺りを確認できた。
木の裏に隠れていたのか、月明かりに照らされて、白い髪と肌が更に白く輝いて、そのウマ娘はゆっくりと源六郎に向かって歩いてきた。
まるで月の精霊か、それともウサギか。ともかく彼女には、風に吹かれれば消えてしまいそうな儚い印象があった。喧嘩狂いのその男が求める『強者』であるウマ娘とは真逆の存在だ。なのに、何故か源六郎はこのウマ娘の事がどうしても気にかかった。
「お初にお目にかかります。私は『ヤマブキツキミソウ』と申します。長いので『ツキ』とお呼び下さい。皆その様に呼びます故。どうか、お見知り置きを」
彼女は一瞬頭を下げると、すぐに顔を起こし源六郎の眼をジッと、力強く見つめた。
そうか、と源六郎は納得した。
眼だ。彼女の赤みがかった眼。その奥には賭博場のどのウマ娘たちにも、あのヤマブキハナミザケにさえも負けない灯火のような強い意志が確かにあった。『薄弱』なんて言葉も、その眼にだけは似つかわしくないだろう。
これが角間源六郎と彼の生涯の伴侶となるウマ娘との出会い。武の道を進む彼の『寄り道』……その始まりだった。
………
……
…
「痛ててて! キツく縛り過ぎだ! そこまでしなくても良い!」
「ウチのウマ娘たちはこのくらいで文句は言いませんよ。はい、これで応急処置は出来ました」
月明かりが草原に座る2人を照らしている。ツキミソウは嫌がる源六郎に有無も言わせず傷の手当てをしていた。流石に手酷くやられていたので、源六郎は黙って治療を受けていた。
「すまねえな……取り敢えずツキさんよ、礼は言っておく。だが、アンタあのヤマブキハナミザケの妹だろ。俺に何の用があるってんだ?」
ヤマブキツキミソウは更に源六郎に近付く。決して逃しはしない、と言わんばかりの気迫を感じた。だが源六郎にはその理由がとんと思い当たらなかった。仮にも彼女は極道の娘のはず。その彼女が一体何故、自分のような流れ者の武術家に興味を示す?
「賭博場での貴方の喧嘩を、私は隠れて見ていました。貴方が舞台に飛び入る所から、縄で引き摺られて行く所まで」
ツキミソウは源六郎を見つめて言った。彼はバツが悪そうに目を逸らしたが、彼女はその横顔を見つめ続けた。
「貴方のその強さを見込んで、伏してお願いを申し上げます。どうか……私と共に、この格闘賭博場に代わる武術家ウマ娘の為の『組織』を作る事に、お力添え頂けませんか……?」
源六郎は怪訝な顔をする。
「賭博場に代わる『組織』だと? ツキさん、アンタ自分の姉さんの立場を奪いたいのか?」
「違います」
そう言って、ツキミソウは悔しそうに目を伏せる。
「違います……私は姉さんを、私たちの『家族』を守りたいのです」
ツキミソウは語る。ヒトよりも圧倒的に数の少ないウマ娘は、時代とともに向けられる価値感が変化していった。過去の戦乱の時代や、近年の戦中はその身体能力により兵士として価値を見出された。
しかし、戦後は兵士としての強さはむしろ疎まれる対象となった。そして現在、経済発展とマスメディアの発達により、その価値観は『レース』へと移り変わっていた。
「ウマ娘は良い意味でも、悪い意味でも純粋です。純粋ゆえにレースで駆ける事に順応するウマ娘の一族もいます」
ですが……とツキミソウは続ける。
「純粋ゆえに、かつての時代の闘争心を一族から引き継いで産まれるウマ娘も居ます。ヤマブキ家は……元々はその様な家系なのです。そして、他にもその様なウマ娘が大勢居るのです。ヤマブキ家はそれ故に居場所を失ったウマ娘たちの拠り所を作ってきました。それが世間に認められない形でも……姉さんは亡くなった両親の家督を継いで、今も家族を守っているのです」
源六郎はツキミソウの話を黙って聞いていた。やり切れない思いが彼女の言葉の節々から感じ取れた。
「ですが、時代は変わり続けます。今の様な違法賭博場の形のままだと、いずれその軋轢に呑まれて立ち行かなくなる時が来るでしょう。それまでに、武術家のウマ娘たちが活躍出来る場所を……その為の『組織』を作らねばなりません。日本の全ての格闘ウマ娘を救いたい訳ではありません。せめて、家族の皆が笑顔でいられる未来を作りたいのです」
ツキミソウは姉とその子分たちの未来を憂いていた。だが、源六郎はまだ彼女の真意が分からなかった。
「つまりは世間様に顔向け出来るようになりてえと? 気持ちは分からんでもないが、俺に頼む必要はねえだろ。腕っ節の立つウマ娘が多いなら自分たちでやりゃ良い」
「それだけでは駄目なのです!」
ツキミソウはズイッと源六郎に顔を近付ける。その勢いに源六郎は目を見開く。
「このような現状になったのは、格闘ウマ娘にも落ち度はあります。ヒトよりも優れた身体能力を持つことを鼻にかけ、ヒトを心から信用しない者も多いのです。ですが、ウマ娘はヒトと共に歩まねばなりません! ヒトとの絆に重きを置かぬ組織は、いずれ禍根を生みます。それでは……駄目なのです……!」
それは確かに源六郎も感じていた。世間では『ウマ娘の武術』と『ヒトの武術』は二分されている印象がある。ヒトの身でウマ娘武術界に乗り込むのは彼のような極々一部のバカだけである。
「なので、ヒトの主導で格闘ウマ娘の為の組織を作らねばなりせん。時代が進めば自然とその様な事が起こるかもしれませんが……私は『ヤマブキ』のウマ娘として家族を救いたいのです。時間を掛けてなどいられません。この身も……いつまで持つか分からないのです」
「……ヤマブキハナミザケの口ぶりから察してはいたが、ツキさん……アンタ病気なのかい?」
ツキミソウはギュッと胸の前で両手を握る。
「普通のウマ娘より、ヒトより……生まれつき病弱なのです。普通の方の半分の寿命を生きられれるかも……分かりません」
「…………………」
源六郎は黙って立ち上がる。
「角間様……?」
「すまねえが、他を当たってくんな」
源六郎はツキミソウに背を向けて、足速に歩き出した。
「角間様!! どうか、お待ち下さい!!」
「俺は武者修行中だ。治療してくれた事は感謝する。その熱意も買ってやるが、俺は慈善家じゃあねえ」
ザッザッザッと足音が遠ざかる。ツキミソウは慌てて立ち上がる。
「角間様……お願い致します!!! どうか、お待ちを……!!!」
源六郎は彼女が簡単に諦めるはずがないと分かっていた。いつ追いかけられ、掴み掛かられても手加減して対応するつもりだった。その可能性も考慮して歩きながら身構えていた。
しかし、背後から聞こえて来る足音は弱々しく、源六郎は自分が遠ざかっている事にむしろ違和感を覚え、つい振り返った。
「ハァ……ウウ……ハァッ……!」
白髪のウマ娘は、たった数メートル駆けたところで苦しそうに胸を押さえていた。
それで源六郎は悟った。彼女は辛い身体に鞭を打ってこの場に来ていたのだ。慌てて立ち上がって、数メートル走るだけで顔を苦痛に歪める。そんな状態で源六郎の治療をしていたのだ、と。
「私は……」
ツキミソウは掠れた声で源六郎に言う。無理をしているのは誰の目に見ても明らかだ。
「私は……この様に、歩き去るヒトにさえ追い付く事が出来ない……そんなウマ娘です。闘えず、走る事も出来ない。私にはこの世間の基準で言えば……価値など有りません」
その苦しそうな様子に、流石の源六郎も心配が勝った。
「おい、あんまり無理に喋るな!」
「それは事実です、とっくに受け入れています! でも……それでも……『走らないウマ娘は無価値』だと、私の家族がその様な誹りを受ける事だけは我慢がならないのです! 私の家族には、私には無い未来があるはずなのです!」
ヤマブキツキミソウは涙ながらに訴える。ついには地に膝をついて大きく咳き込んでしまう。しかしすぐに源六郎を見つめた。その眼には、その胸の内には篝火の如く燃える『思い』があった。
「角間様……私の命は長くありません。ほんの僅かな時間で良いのです。一時の『寄り道』をどうか……どうか……!」
ツキミソウは伏すように頭を下げる。2人は押し黙り、辺りには虫の声と風の音だけが響く。
源六郎はフゥとため息をついて、足を翻してツキミソウの元へ歩み寄る。
「おい、手を貸しな。いつまでもうずくまってんじゃねえ」
ツキミソウは源六郎を見上げる。まだ呼吸は整っていない様子だった。
「ったく、そこまで聞いて断ったら目覚めが悪くなっちまうだろ。少しだけなら手伝ってやるよ。それから修行の旅に戻る。それでいいか、ヤマブキツキミソウさんよ?」
ツキミソウは涙を再び浮かべて源六郎の手を取る。
「はい……! 恩に着ます、私の全てをかけて、このご恩に報います。『ヤマブキ』のウマ娘として!」
ふらりと立ち上がるツキミソウを源六郎が支える。彼女は本当に簡単に折れてしまいそうな程に華奢な身体だった。こんなウマ娘も居るのか、と源六郎は驚く。
「で、具体的には何をするんだ? 分かってると思うが、俺は喧嘩しか能のない男だぞ」
「ケホッ……ええ、何をするにしても下準備が必要です。この先、自由に動く為に必要な事があります。その為にまず……」
ツキミソウは支えてくれた源六郎の手を取った。彼女はギュッと弱々しく、精一杯に彼の手を握って言った。
「角間様……私と婚姻を結んで下さい」
「………………は?」
………
……
…
一方その頃、ヤマブキの違法賭博場ではツキミソウが姿を消したと大騒ぎになっていた。しかし、彼女はすぐに見つかった。正確には普通に帰宅したのだった。ただ一つ、その横に先程焼きを入れられた袴姿の男を連れている事を除いて。
畳部屋に連れて行かれたツキミソウと源六郎は、再びハナミザケと対面した。彼女は最高に苛立っていた。大切な妹が何処の馬の骨とも知らぬ喧嘩バカと一緒に居たのだから。
源六郎の背後には強面のウマ娘たちがズラリと並んでいた。当然だが、彼を警戒しない理由が微塵も存在しないからである。
「……で? ツキ、どう言うことか説明しろ。何でこの男がここに居る。お前もソイツが何をやらかしたのか知ってるだろうが」
「姉さん、彼はすでに落とし前をつけたのでしょう? ならば、今は私の連れてきたただの客人です」
「なあに言ってんだ、ツキ。ソイツはウチの子分を6人怪我をさせた。しかもアタイの耳飾りを趣味が悪いと抜かしやがったんだぞ! 客人と呼べるわけねえだろうが!!!」
殺気の篭った眼でハナミザケは源六郎を睨む。源六郎は機嫌が悪そうに目を逸らすだけだった。
「ああ、そうですね。姉さんの言う通りでした。彼は客人ではありませんね」
「……あ? ツキ、お前さっきから何言って……」
「彼は私の婚約者です。先程、夫婦となる契りを交わしました」
「……………………………………………」
源六郎の背後のウマ娘たちも口を開けて絶句している。ハナミザケは無言のまま、流れる様な動作で床の間まで歩いていくと、飾ってあった日本刀に手をかけた。当然、それは本物である。シャァァァンと音が鳴り、抜き身の刃が鈍い銀光を放っていた。
「姉さん、駄目ですよ! 源六郎さんは私の夫なのです!」
「退け、ツキミソウ!!! ソイツを殺せねえ!!!」
「ハナミの姉御!!! 流石にヤベエからそれ置いて下せえ!!!」
「いや、ツキさんに黙ってろって言われたがやっぱりこうなるよな!? え、待て、うおおおおお!?」
そこから先は切った張ったの大立ち回り……と言うのは大仰か。とにかく、角間源六郎にとっての2度目の命の危機だった。
彼はのちに思い出す。後にも先にも、あの夜以上に命の危険を感じた日はなかった……と。