【完結】流れ星の転校生~とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話~   作:カンヌシ

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26話 涙の有マ記念

 

 

 

 

 その日は年の瀬の大一番、一年最後のグランプリレース、G1『有記念』……その開催日だった。

 

 中山レース場には入りきらない程の人が押し寄せ、会場は軽く混乱状態だった。パドックまでには少し時間がある。

 

 観客席の最前列にはチーム『シリウス』のトレーナーとウマ娘たちが並び立つ。彼らはチームの最後の後輩、マリンアウトサイダの晴れ舞台を応援に来ていた。だが、皆口数は少なく、大食漢のスペシャルウィークも何も口につけていなかった。

 

 そんな『シリウス』のメンバーを少し離れた座席から眺める集団があった……

 

 

 

 

「……『シリウス』の皆さん、何だか暗い雰囲気ですぅ……」

 

 

 そう呟いたのはメイショウドトウ。アドマイヤベガとテイエムオペラオーに挟まれて膝に手を置いて気品良く座っていた。アドマイヤベガの隣にはナリタトップロードも座っている。彼女の言葉に、後ろの席に座っている芦毛で眼鏡を掛けたウマ娘が応える。

 

 

「……仕方あるまい。今日のレースはマリン殿にとって2度目のG1レースだが、それと同時に……彼女の『引退レース』でもある。友人である我々も心悲しいが、彼女たちは同じチームの同胞なのだ。その心中は察するに余りある……」

 

「……チケットはいいの? あっちに行かなくて。アンタも『シリウス』でしょ」

 

 

 覇王世代の4人が並ぶ列のちょうど真後ろに、BNWの3人がその頭文字と同じ順番で座っていた。ナリタタイシンは隣に座るウイニングチケットに、珍しく気遣う声色で話しかけた。

 

 

「……ううん。アタシはここで良い。だって、このメンバーでマリンさんのお家の山にキャンプに行ったんだもん。アタシにとっての1番の思い出はそれだからさ」

 

 

 チケットは悲しそうに笑う。普段は元気の塊のような彼女がそんな顔をするのはタイシンの調子を狂わせた。それだけ辛いのだろう、マリンがレースを引退する事が。

 

 アドマイヤベガは更に暗い様子だった。席に座ってから、彼女は1度も口を開いていなかった。そんな彼女をナリタトップロードが心配そうに横目で見ていた。すると不意に

 

 

「夜想曲(ノクターン )が聞こえてくるかのようじゃないか、まだ夜の帳は降りていないのに。そう思わないかい、アヤベさん?」

 

 

 オペラオーが歌うようにアドマイヤベガに問いかけた。

 

 

「……何を言ってるの? って言いたいけど、何となく意味が分かってしまうわね。悔しいけど」

 

「……ボクらの友が、1つの旅を終わらせようとしている。だが其れは決して彼女の物語の終幕ではないはずさ! はーっはっはっは!!!!!」

 

 

 突然オペラオーが立ち上がり、周囲がギョッとするほどの大声で高笑いをした。

 

 

「さあ、讃えよう! 喝采を送ろう! 祝福しよう! 万感の想いと共に高らかに! 其れがどの様なレースになろうとも、ボクらが彼女の友として出来る事はそのくらいのものさ! そう思わないかい、アヤベさん?」

 

 

 オペラオーはアドマイヤベガを流し見る。その姿はまさに、威風堂々の覇王然としていた。アドマイヤベガは悔しいと思った。この世紀末覇王のいつもの佇まいに安堵してしまった事を。彼女の表情は微かに明るさを取り戻した。

 

 

「そうですよ、アヤベさん! マリンさんのレースが終わってしまっても、私たちが友達なのは変わらないじゃないですか! きっと学園の外でも会えますし、またキャンプにだって、行け……行ける……はずで……ぐすっ……」

 

「……もう、そこで泣かないで。トップロードさんらしくないわよ」

 

「ううう……だってぇ……ぐずっ……」

 

 

 アドマイヤベガは空を見上げた。どんよりとした天気で今にも雨が降りそうだ。今年の有記念はかなり珍しく雨天での開催となると予報で言っていた。今年は数年に1度の暖冬だった影響なのか。一応、皆雨に備えてカッパを用意していた。

 

 今夜は多分、星は見えない。けど、アドマイヤベガは願わずにはいられなかった。

 

 

(……どうか、マリンさんが無事にレースを終えられますように。そして、彼女の『願い』も……叶うのならば……)

 

 

 アドマイヤベガは、夏のキャンプでマリンと星空の下で交わした会話を思い出して、天に願うのだった。

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

「…………………」もぐもぐもぐもぐ

 

「……オグリ、お前ニンジン焼き5本で足りるんか?」

 

 

 観客席の『シリウス』とは違う場所の最前列に、オグリキャップ、タマモクロス、スーパークリーク、イナリワンの4人のウマ娘が並び立っていた。

 

 オグリキャップは見るからに元気が無く、いつもなら腹を膨らませているはずだが、中山に来てからは(いつもと比べれば)ゼロに等しいくらいの量しか食べ物を買っていなかった。

 

 

「オグリちゃん、やっぱり落ち込んでるのかしら……」

 

「仕方ねえだろうよ、オグリはあの転校生をだいぶ気に入っていたからなぁ。ほんと残酷なもんだ、運命って奴はよ……」

 

 

 イナリワンは中山レース場のターフを見渡して感慨に耽る。ここは黄金世代の4人とは切っても切り離せないドラマばかりがある。それだけ特別な場所なのだ。

 

 

「せやな……引退レースが『有記念』っちゅーんは、何か感じ入るもんがあるな……胸の奥がジクジクするわ。天気も悪なって来たし、一年の締めくくりやのに気分が晴れんわホンマ」

 

「そういえば、今年の有記念はイナリちゃんが勝った時以来の雨天開催らしいですよぉ。私が2着だったあのレースです」

 

「ああ、そう言えばそうか。あれから随分と経っちまったが、あの雨は珍しい事だったんだなぁ」

 

「う……その話を聞くとにんじんが喉に……」

 

「なんや、オグリ。ここでぶっ倒れたら洒落にならんで。ほら、ウチの水飲め」

 

 

 ゴクゴクとオグリキャップはタマモクロスからペットボトルを受け取って飲む。プハッと全て飲み終えてタマモクロスに返した。ちなみにイナリワンが1着を勝ち取った有記念で、オグリキャップは5着だったのだ。

 

 

「アホ、全部飲むな! ウチの分無くなってもうたやん!」

 

「あ……すまない、タマ。つい」

 

 

 オグリキャップはバツの悪そうな顔をして、手元のニンジン焼きを見つめた。その目には、かつて見た事がない種類の悔しさが浮かんていた。

 

 

「……マリンは、私が初めて教える側に立ったウマ娘だった。どんどん強くなっていく彼女を見ていると、私も力が湧いて来たんだ。だから……とても悔しい。担当ウマ娘が引退するのを見るトレーナーは、こんな気持ちなのかと考えてしまう」

 

「……オグリちゃん……」

 

 

 スーパークリークが悲しげに呟いた。タマモクロスも目を細めて腕を組む。

 

 

「きっと、ルドルフも私と同じ気持ちだと思う。マリンが転校してから、初めて走りを教えたのは彼女だそうだ。きっと……私よりも辛いだろうな……」

 

 

 そう言って、オグリキャップはVIPルームの方を見上げた。光の反射で中の様子は窺えないが、シンボリルドルフも同じようにターフを眺めていると、オグリキャップには確信があった。

 

 

 

 

……

………

 

 

 

 

「会長、ずっと立っていては気も休まりませんよ。紅茶でも入れましょうか? 今日のお茶請けもとても美味しそうですが、いかがです?」

 

「……今は、何も口にしたくないんだ。すまない、エアグルーヴ。気を遣わせてしまって……」

 

 

 VIPルームから、シンボリルドルフはターフを見渡していた。何を見ている訳でもないが、ただこれからそこを走るウマ娘たちに思いを馳せる。特にその中の1人、トレセン学園への時期外れの転校生だった、あのウマ娘の顔が鮮明に思い浮かんでいた。

 

 エアグルーヴもルドルフの気持ちを察していた。彼女もカツカツとルドルフの隣まで歩み寄ると、一緒にターフを眺めた。無言の時が暫くVIPルームを流れた。しかし、その無言を打ち破る天衣無縫な声が、バンと開いたドアから響いてきた。

 

 

「ヤッホー、ルドルフ! マルゼンは少し遅れて来るってさ! ところで何かお菓子はないかな? 小腹がすいちゃったんだ、アタシ」

 

「! シービーさん、いらしたのですね」

 

「あっ、エアグルーヴも居たんだ! ヤッホー! あ、これ貰うね。美味しそう!」

 

 

 あ、それは会長に用意してた!というエアグルーヴの言葉を無視して『ターフの偉大なる演出家』ミスターシービーはテーブルに置かれたシュークリームを手に取って、モグモグと食みながらルドルフの隣に並んだ。

 

 

「何を眺めてるのさ、ルドルフ。そんなに辛気臭い顔してさ」

 

「………………」

 

 

 ルドルフは俯いて答えなかった。それを見て、シービーも分かりきっていた顔で言う。

 

 

「やっぱり、『あの子』のこと? 気に入ってたもんね、ルドルフは」

 

「……彼女に、マリンアウトサイダに最初に走りを教えたのは私だ。思い入れも、勿論深い」

 

 

 ポツリポツリとルドルフは語り出した。いつもの彼女らしからぬ気落ちした声を、他の2人は黙って聞いていた。

 

 

「トレーナーの真似事をして、彼女を指導したんだ。その経験が私の糧になるかもしれないという打算もあった。だが、彼女は私が思った以上に私の視野を広げてくれる存在になっていた」

 

 

 ルドルフは組んだ腕の拳をギュッと握り締める。

 

 

「……先日、マリンが私を訪ねて来たんだ。この有記念をラストランとする事と、私への……謝罪を言う為に」

 

 

 エアグルーヴとシービーを少し目を見開いた。ルドルフは訪ねて来たマリンの言葉を2人に語った。

 

 

〜〜〜〜〜

 

『私は密かに、ルドルフ会長の夢の一端を叶えようと努力していました。格闘ウマ娘である自分の走りに、どれほどの意味を持たせられるか分かりませんでしたが、あのハルウララのように、少しでも多くの人々とウマ娘に勇気を与えたかったのです』

 

 

 ルドルフが聞く彼女の声に、本当に微かな震えがあった。

 

 

『ですが、ごめんなさい……ルドルフ会長。私のレースはここまでです。会長のお陰で私は走り出せました。何も知らなかった私をここまで導いて頂いて、感謝の念に堪えません。会長から教わった走りが出来なくなるのが……私には何よりも悔しいです。ですが私は、この先走らなかったとしても、会長の夢をずっとずっと……応援しています』

 

〜〜〜〜〜

 

 

「……私は彼女の、あんなに悲しそうな顔を……見たくなかった」

 

「ルドルフ……」

 

 

 ルドルフの言葉に、シービーも悲しげに呟いた。

 

 

「私は知らなかった。トレーナーとは、こんなに辛いものだったのだな。真似事だったとしても、ほんの一時だったとしても、自分が指導したウマ娘が去り行くのを眺めるしか出来ないのは……こんな……こんなに……ッ!」

 

 

「シンボリルドルフ会長!!!!!」

 

 

 ビクッとルドルフは俯いた顔を上げると、いつの間にか目の前に『女帝』が立っていてた。普段は絶対にルドルフには向けないはずの鋭い眼光で、ルドルフの目の奥を射抜く。

 

 

「しっかりなさって下さい! 貴方は誰ですか!? 『皇帝』シンボリルドルフでしょう!! その心中はお察し致しますが、それでも貴方は胸を張って彼女を見送らねばなりません! レースウマ娘の頂点に立つ貴方が……格闘ウマ娘でありながら、レースウマ娘であろうとした彼女の『最後の走り』に泥を塗るおつもりですか!!!?」

 

 

「っ……!!!」

 

 

 ルドルフは息を飲んだ。そして恥じた、『皇帝』としての在り方を忘れかけていた己を。感謝した、それを思い出させて喝を入れてくれた『女帝』を。

 

 

「……相変わらず厳しいな、エアグルーヴ」

 

「……出過ぎた真似を、してしまいました。頭を冷やしてきます」

 

 

 エアグルーヴは足速にドアへと向かい、VIPルームを出て行った。

 

 

「叱られちゃったね、ルドルフ」

 

 

 シービーは片手を腰に手を当てて、変わらない調子で言った。

 

 

「ああ、そうだな。私は彼女に甘えてばかりだ」

 

「へぇ〜、信頼してるんだ。なるほどなるほど」

 

 

 シービーはペロリと指に付いたクリームを舐め取ると、ガラス越しにレース場を見る。懐かしそうに、昔のレースを思い出している様子だった。

 

 

「見届けよう。マリンアウトサイダの最後の走りを……『皇帝』としてな」

 

 

 ルドルフは再び腕を組んで、ターフを見た。そこにかつての自分が走っている姿が見えた気がした。

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 チーム『シリウス』からも、覇王世代とBNWからも、黄金世代の4強からも離れた隅の方の座席に2人のウマ娘が座っていた。

 

 1人は怪しい目付きをした濃い栗毛のウマ娘、もう1人は掴み所のない雰囲気の黒毛のウマ娘だった。

 

 黒毛のウマ娘は静かにターフを見つめている。それに対して栗毛のウマ娘は退屈そうに足をバタバタとさせていた。

 

 

「なぁ、カフェ〜〜〜。レースの研究をするにしても、こんな隅っこじゃあウマ娘たちを良く観察出来ないじゃないか〜〜〜。もっと見やすい所に移動した方が良いんじゃないのかい?」

 

「嫌です。人混みは苦手なので。タキオンさん1人で行って来れば良いじゃないですか」

 

「ええ〜〜〜、そんなの。私が人酔いを起こしたら誰が介抱してくれるのさ。カフェが側に居なきゃイ〜ヤ〜だ〜!」

 

「何歳児ですか、あなたは? それなら、ここに居る方が利害が一致しているじゃないですか。私はここから動きませんよ」

 

 

 ぶーぶー言うタキオンを無視して、マンハッタンカフェはチラリと『お友達』を見る。彼女はジッと動かずに、ターフを見ていた。何が目的なのかは、カフェにも分かっていない。多分、このレースでの引退を発表したあのウマ娘に関係がありそうだが……

 

 

「それにしても、カフェ〜〜。人混みが苦手な君がグランプリレースの観戦に来たいだなんて、どういう風の吹き回しだい? ついつい興味をそそられてついて来てしまったじゃないか、責任を取り給えよ、責任を〜〜」

 

「何の責任ですか。私は『お友達』がどうしてもここに来たがっていたから、仕方なく来ただけです」

 

 

 カフェは再びチラリとお友達を見た。

 

 

『………………………………』

 

 

 依然変わらず、彼女はターフをジッと見続けていた。カフェは思い返していた。

 

 かつてお友達が自分を通して、あの格闘ウマ娘に伝えた言葉を。

 

 

 

 

『お前の『願い』はこの世界では決して叶うことはない』

 

『耐え難い喪失を味わいたくなければ、レースをやめることだ』

 

『それでも走りたいと願うなら『夢』を探せ。お前の『願い』に代わる、お前の『夢』を……』

 

 

 

 

(『願い』……彼女の、マリンアウトサイダの『願い』とは、一体何なのだろう……?)

 

 

 マンハッタンカフェは空を見上げた。段々と黒い雨雲が渦巻いて来て、ポツポツと雨を降らせ始めた。

 

 

「うわあああ、雨が降って来たじゃないか! いくら暖冬でもこの季節に濡れたら風邪を引いてしまうよ! カフェ〜〜なんとかしておくれよ〜〜!!!」

 

「私は『自分用』の雨合羽を持って来ているので、ご心配なく」

 

 

 カフェは持ってきた手提げカバンからいそいそと雨合羽を取り出して羽織った。それを見てタキオンがカフェに縋り付く。

 

 

「カフェ〜〜、それ2人で着れないかい!? ほら、身をピッタリと寄せ合えば雨を凌ぐ事くらい可能なはずさ!」

 

「っ……出来る訳ないじゃないですか、そんな事」

 

 

 はぁ……とカフェはため息を吐いて。また鞄の中を探り始めた。

 

 

「本当にしょうがない人ですね、貴方は。これ……『自分用』の予備の雨合羽です。使っても良いですが、貸し1つですからね」

 

「なぁんだ、流石はカフェ! 用意周到じゃないか〜〜! ありがたく使わせて貰うよ! ああ寒い寒い」

 

 

 そう言ってタキオンも雨合羽を羽織った。カフェはどうせズボラなタキオンの事だから雨合羽も傘も持ってこないだろうと予測していたので、あくまで『自分用』と言う名目でもう1着用意していたのだ。彼女はこれを口が裂けても言うつもりは無いが。

 

 

 マンハッタンカフェは再び空を見上げた。今は雨脚はまだ弱いが、レースが始まる頃には大降りになりそうな雰囲気があった。濡れた状態で走るのは心臓に負担がかかるのではないか、とあの格闘ウマ娘の事が心配になる。

 

 

(それにしても……この雨はまるで……)

 

 

 涙のようだ、とカフェは思った。

 

 会場の熱気とは裏腹に、まるで空が泣いているようだ、と何故だかそう思えて仕方がなかった。

 

 

 

 

 

 レース開始まであと僅か。

 

 多くの人々の思いが交錯する中、『運命』の時が刻一刻と近づいて来ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 詳しい方はご存じだと思いますが、直近で雨天で行われた有馬記念は2019年です。その前がかなり昔で平成元年のイナリワンが勝った有馬記念です。この物語自体が架空時空なので細かい事は……お気になさらないで頂ければ幸いです。
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