【完結】流れ星の転校生~とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話~   作:カンヌシ

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最終話 私は『あなた』に憧れていたんだ

 

 

 

 

 

「ふむ、これならば問題ないだろう。では、この書類はこちらから事務の方に回しておく」

 

「ありがとうございます、ルドルフ会長。すみません、お手を煩わせてしまって」

 

「気にしないでくれ。健闘を祈る、どうか良きレースを……マリンアウトサイダ」

 

 

 トレセン学園の生徒会室にて、生徒会長シンボリルドルフと何やら会話をしていたマリンアウトサイダ。彼女は頭を下げると生徒会室から出て行こうとする。

 

 

 「失礼しました」

 

 

 マリンはそう言ってルドルフに向かって礼をしてから扉を開けた。するとちょうどもう1人のウマ娘と鉢合わせになった。褐色の肌に長く美しい髪、好戦的な鋭い目付きの彼女は、マリンが所属する栗東寮の寮長ヒシアマゾンだった

 

 

「おや、マリンじゃないかい! 奇遇だねぇ、生徒会に用事でもあったのかい? そう言えば聞いたよ。復帰戦、来月に決まったそうじゃないか! 頑張りなよ!」

 

「こんにちは、ヒシアマさん。ありがとうございます。精一杯頑張ります。こちらにはトレーニングコースの貸切使用の申請の仕方を教わりに来ておりました」

 

「ほぉー、もしかして復帰戦に向けて模擬レースでもするつもりかい……タイマンかい?」

 

 

 ヒシアマゾンはニヤリと笑う。タイマンとは彼女がよく口にする言葉で、ある種彼女の代名詞でもあった。そんな変わらぬヒシアマゾンに安心感を抱きつつマリンも彼女に微笑み返していった。

 

 

 

 

「ええ……『タイマン』です」

 

 

 

 

 その静かな迫力に、ヒシアマゾンの背筋がヒヤリとした。マリンがかつて見たことが無いくらい『本気』なのを感じ取った。

 

 

「では、失礼いたします。応援ありがとうございました、ヒシアマさん。また寮で」

 

「お、おう……またね、マリン」

 

 

 マリンと入れ違いにヒシアマゾンは生徒会室に入った。マリンの事を気にするように、彼女は扉が閉まった後もその方向を見つめていた。

 

 

「やあ、ヒシアマゾン。君も生徒会に何か御用かな?」

 

 

 ルドルフに声にヒシアマゾンは振り返る。ぽりぽりと頭をかいてルドルフの座るデスクへと歩みを進める。

 

 

「ああ……ルドルフ、寮の備品点検の時期についてちょいと相談が……って、うああ〜〜〜〜!!! マリンの『タイマン』の事が気になって仕方ねえ!!! ルドルフ、一体誰なんだい、マリンとレースするのは!? マリンがあそこまで対抗心を燃やすなんて珍しいじゃないか」

 

「ふふっ、そうだな。彼女は来週、ライバルと一対一の勝負をするのだそうだ」

 

 

 ルドルフは何か含みのある笑みを浮かべた。ヒシアマゾンをそれを見て、熱い勝負が繰り広げられる予感がした。

 

 

「へぇ……! 何だか胸が踊る予感がするねぇ、マリンは誰と勝負するんだい?」

 

「ハルウララだ」

 

「なるほど、そいつは熱い……………って、え?」

 

 

 ヒシアマゾンが目をパチクリさせて数秒間停止した。

 

 

「ルドルフ……アタシの聞き間違いじゃあなければ、アンタの口から『ハルウララ』って聞こえたと思うんだが」

 

「聞き間違いではないよ、ヒシアマゾン。マリンアウトサイダは来週、ハルウララと対戦する」

 

「……あ〜、何というか、ルドルフ。あの2人は距離適性もバ場適性も、何もかもが違うじゃないか。いくらマリンが療養明けとは言え、勝負になるのかい?」

 

 

 ルドルフはデスクの上に両手を組む、その含みのある笑みは崩れていなかった。

 

 

「どうやら、マリンにとって適性の違いは関係ないらしい。『ライバル』として本気で勝負をする事、それ自体を重要視していると私は感じたよ。格闘ウマ娘風に言うならば、彼女たちがやるのはレースではなく……『喧嘩』だろうね。君ならば理解できるのではないか? ヒシアマゾン」

 

「んぅ……まあ、分からなくはないけどさ。それでも、ハルウララとねぇ……一体どんな条件で勝負するつもりなんだい、2人は?」

 

「『芝』『2500メートル』『右回り』だ。我々にも馴染み深いだろう?」

 

 

 「え……!」と、ヒシアマゾンは再び固まった。彼女は自身のライバルである三冠バ『ナリタブライアン』に3バ身差で敗れたあのレースを思い出した。

 

 

「おいおい……その条件は……」

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

「有記念……」

 

 

 同じ日の昼食時間、食堂の円テーブルにて大和撫子な栗毛のウマ娘、グラスワンダーがスペシャルウィークの話を聞いて耳をピクンとさせて呟いた。

 

 

「そうなの、グラスちゃん! 今朝たまたまマリンさんに会って話を聞いたら、ウララちゃんにその条件で模擬レースを申し込んだって! ウララちゃんもそれを受けたって言うし、私びっくりしちゃった!」

 

 

 スペシャルウィークは山盛りのランチを頬張りながら大声で言った。『黄金世代』の仲間であるエルコンドルパサー、セイウンスカイ、そしてキングヘイローも共にテーブルを囲んでいる。

 

 

「ふーん、去年のグランプリウマ娘がウララちゃんに『決闘』を申し込んだって事ぉ? いやー、熱い青春ですなぁ」

 

 

 青空の浮浪雲のような自由人であるセイウンスカイが背もたれに寄り掛かり、うーんっ……と背筋を伸ばして言った。

 

 

「何が青春デスか! 決闘を申し込むならフェアでないと意味ないデス! マリンアウトサイダは休養明けとは言え、有記念をレコード勝ちしたウマ娘、ダートマイル路線のウララさんに勝ち目はありませんヨ! そんなアンフェアな勝負は『決闘』とは言えないデス!」 

 

 

 エルコンドルパサーは腕を組んでプンプンと怒っている。快活で情熱的で時々お調子者な彼女もレースの事となると真剣だ。相手の土俵に踏み入らないマリンアウトサイダに不満をあらわにする。そして、キングヘイローをチラリと見て言った。

 

 

「キングは何で黙ってるデスカ? ウララさんと1番仲が良いのはキングでしょう。彼女は理不尽なレースに挑まされるんデスよ! せめてダートで勝負すべきだとは思わないんデスか!?」

 

 

 キングヘイローは皆より一足先に昼食を済ませ、食後の紅茶を楽しんでいた。優雅な手付きでカップを置くと、落ち着いた雰囲気で言葉を紡ぐ。

 

 

「別に思わないわ。2人はライバル同士なのよ。マリンさんがその条件で挑み、ウララさんがそれを受けた。2人がその条件で了承したのなら、それが全て。外野の私たちがとやかく言う権利は無いわ」

 

 

 キングヘイローは再び紅茶に口をつけた。

 

 

「へぇ〜意外。キングがウララちゃんの事を心配するそぶりも見せないなんてね。エルの言う通り、客観的に見てもアンフェアな条件だし、そういう卑怯な事はキングは許さないかと思ったのに」

 

 

 セイウンスカイの揺さぶりにもキングヘイローは動じなかった。カップから口を離して、真剣な表情で返答する。

 

 

「あの2人はその条件をアンフェアとも卑怯とも思っていないわよ、きっと」

 

「キングは何を言ってるんデスか!? エルは納得出来ないデス!」

 

 

 すると、グラスワンダーがエルを宥めるように言う。

 

 

「……私は少し分かる気がします。私もマリンさんには及びませんが、武道を修める身です。真に強者と認めたライバルが居るのなら、自らの全力をぶつけて闘いたい気持ちは理解できます。きっとマリンさんは……『本気』なのでしょう。それだけウララちゃんをライバルとして認めている。だからこそ有記念の条件で挑んだ。そう言うことですよね? キングちゃん」

 

「そうね。それに……」

 

 

 キングヘイローは固く力強い意志を持って言う。

 

 

「ウララさんは絶対に『下を向かない』わ。だから、大丈夫よ」

 

 

 ずっと話を聞いていたスペシャルウィークはムムムと力を溜めると、決意したように皆に言う。

 

 

「私、来週のマリンさんとウララちゃんの勝負、見届けなくちゃ! 何でか分からないけど、そう思うんだ。キングちゃんもだよね?」

 

「ええ、もちろんよ。私はあの2人がライバルと認め合った時にその場に居たもの」

 

「ふふ……では、私も観戦させて頂きますね」

 

「ムム……エルはまだ納得はしてませんが……仕方ありません、この目で判断する事にしマァス! もしマリンアウトサイダが卑怯な事をするのならば、ルチャリブレと異種格闘技戦をする事になりマス!」

 

「あ、セイちゃんそれちょっと興味あるかも〜。みんなが行くならセイちゃんも行こうかなぁ」

 

 

 そんなこんなで、結局『黄金世代』の皆でマリンとハルウララの勝負を見届ける運びとなった。彼女たちの話は食堂から次第に学園中に広まっていくのだった。

 

 

 

 

……

………

 

 

 

 

 同じ日の放課後、ナリタブライアンは生徒会室へと向かっていた。

 

 

(はぁ……面倒だが、たまには真面目に仕事をしないとあの口煩い女帝に小言を言われるからな)

 

 

 と、かなり消極的な理由で仕事をしようとしている副会長であった(しかし昼寝はバッチリしてきた)。生徒会室の扉をノックせずにガチャリと開けて入室する。運悪く女帝が居れば注意されるが、居なければされない。ある種のギャンブルにいつもの如くブライアンは挑戦する。

 

 そうして、視界にデスクに座るシンボリルドルフの姿が入る。これはいつもの事だから大丈夫だ。女帝の姿はどこにも見えなかった。一安心かと思いきや……

 

 

「こら、ブライアン! ノックもせずに入るのは失礼だぞ! お前は生徒会副会長なのだから、もう少し自覚を持たねば他の生徒たちに示しがつかないぞ。そもそもが生徒会の活動開始時間はとっくに過ぎているだろう。遅刻はしてはいけないと小さい頃から何度も言って……」

 

 

 ナンヤラカンヤラ……とブライアンは女帝以上の小言の嵐に見舞われてしまった。ブライアンはうんざりしたようにため息をついた。

 

 

「何で姉貴がここに居るんだ……エアグルーヴよりタチが悪い(超小声)」

 

 

 そう、ルドルフのデスクの側に立っていたのはブライアンの姉、ビワハヤヒデだった。予想外の人物から想定外の小言を食らってブライアンの調子が一段階下がった。

 

 

「む、何でかって、それは私が生徒会にちょっとした用事があったからだ。それも済ませたのでルドルフ会長と世間話に興じていたところだったんだ。ちょうどマリン殿の事を話していた。ブライアンも耳にしなかったか? マリン殿の来週の模擬レースについて」

 

 

 ピクンとブライアンは耳を動かした。

 

 

「あの噂の事か、マリンがハルウララとタイマンをする……と、小耳に挟んだくらいだ。今日はトレーニングではなくここに直行(昼寝は挟んだ)したから、マリンから話は聞いていない」

 

 

 仏頂面で答えるブライアンに、今度はルドルフが話しかけた。

 

 

「ブライアン、BNWの3人もその模擬レースを観戦するそうだ。私もエアグルーヴを誘って行くつもりなのだが、君もどうだろうか?」

 

「……マリンがまた走れるのはチームメンバーとして嬉しいが、結果の分かりきってるレースを見るほど私は物好きじゃない」

 

 

 ツンとした態度のブライアンに、姉の眼鏡がキラリと光った。

 

 

「いいや、ブライアン。お前も来るんだ。一緒にマリン殿とハルウララの勝負を見届けよう」

 

「……むぅ、何故そんな無駄な時間を」

 

「ブライアン」

 

 

 ビワハヤヒデは張りのある声でブライアンに呼びかけた。その眼差しには真剣な色がある事がブライアンにも見て取れた。

 

 

「その勝負できっと、お前が見たかった景色が見られるはずだ。絶対に損はしない。姉として、マリン殿の友として断言しよう」

 

「っ…………」

 

 

 力強い言葉だった。姉としてブライアンの事を深く理解しているからこその言葉。そしてそれを無視できるブライアンではなかった。

 

 

「……はぁ、分かった。暇潰しくらいにはなるんだろうな」

 

「ああ、約束しよう」

 

 

 こうして生徒会メンバーとBNWも観戦する事が決まった。噂は既に学園中に広まっており、マリンと縁のあるウマ娘たちはこぞって観戦する事をスケジュールに組み込むのだった。

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 噂が広まってから、1週間後の夕方。空は赤く染まっており、トレーニングコースにもは長い影が落ち始める。そのコースでは通常ならトレーニングは終了している時間だが、この時間帯はマリンによって貸切られていた。

 

 コースの隅の芝で小柄なウマ娘がストレッチをしていた。その表情にはやる気と元気が満ち満ちていて、この日を楽しみにしていたんだと言わんばかりに一生懸命身体をほぐしている。

 

 ハルウララは体操服の上からジャージを羽織っている。所々に絆創膏が貼ってあるのは、この日に備えてのトレーニングで出来た傷だった。

 

 

 

 『黄金世代』の内、キングヘイローはハルウララの側に待機して、残りの4人はコース全体を見渡せる高台の歩道で彼女たちを見守っていた。

 

 

「ウララちゃん、マリンさんから『1番気合いの入る服』で来てって言われたんだって」

 

「ああ、だからジャージを羽織ってるんだね〜」

 

 

 スペシャルウィークとセイウンスカイが会話する。その横でエルコンドルパサーは腕を組んで不満げな表情をしている。

 

 

「もう、エル。いつまで不貞腐れているんですか?」

 

「別に不機嫌じゃないデス。勝負が始まるのを待ちくたびれてるだけデェス」

 

 

 「もう……」とグラスワンダーが学園校舎の方に視線を移すと、遠くから小走りで件の黒髪のウマ娘がやって来るのが見えた。

 

 

「どうやら来たみたいですね……って、あら? あれは……」

 

「グラス、どうしたんデスカ……って、ケ!?」

 

 

 マリンの姿を見た4人は驚きの表情になる。その中でスペシャルウィークだけが

 

 

 

「マ……マ゛リ゛ンさぁん……!」

 

 

 

 と、涙ぐんだ。

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

「お待たせしました、ウララさん。キングさんも、スターターを引き受けて下さってありがとうございます。」

 

「え、ええ、それは構わないわ。でもマリンさん、貴方……その格好は……」

 

 

 キングヘイローはマリンの姿に目を見張っていた。マリンは紅蒼の炎の刺繍が施された袴の上から緑色のパーカーを羽織っている。それは彼女の『勝負服』だった。マリンはあの有記念以来、半年以上ぶりにそれを着ていた。『黄金世代』だけでなく、遠くの方に集まっていたギャラリーの間にもどよめきが起こっていた。

 

 

「ライバルとの勝負ですから。『本気』を出せる服を着るのは当然です。勝負服に袖を通すのは久しぶりなのですが」

 

 

 そこにストレッチを終えたハルウララが駆けてきた。彼女は目を輝かせてマリンを見つめている。

 

 

「わぁ……マリンちゃん、勝負服を着てきたんだ!!! 凄い凄い、何だか本当のレースみたいだね! 向こうのほうにたくさん人も集まってきているし!」

 

 

 ハルウララは歩道や観覧用スペースに集まったトレーナーやウマ娘たちを見てニッコリと笑った。

 

 マリンはそんなハルウララに近付いて正面に立つ。その顔は真剣そのもの、これから果たし合いをする武術家の表情だった。それを見て、ハルウララもキリッとした顔でマリンと向かい合う。

 

 

「ウララさん……」

 

 

 マリンの冷徹な響きを持った声はハルウララとキングヘイローにしか聞こえない。

 

 

「やっと約束を果たせます。私はライバルとして、ハルウララに勝負を挑みます。私は全力であなたを……『叩き潰します』」

 

 

 ゾクリと、キングヘイローは鳥肌立つ。マリンは殺気にも近い威圧感を放っていた。あのハルウララを相手にである。キングヘイローは認識を改めた。マリンアウトサイダは本当に『本気』だった。それほどまでにハルウララというウマ娘を、彼女は認めていたのだ。

 

 一方、ハルウララはその空気も凍りつかんばかりの威圧感をケロリとつゆも気にせずに笑っている。鈍感なのか、大人物なのか、それとも両方なのか、きっと誰にも分からないだろう。

 

 

「アタシだって負けないよ! 今日の為にたっくさんトレーニングしてきたんだ! 気分も絶好調だよ!」

 

 

 その百点満点の笑顔に、マリンは毒気を抜かれたようにふっと微笑んだ。手を差し出して、ハルウララに握手を求める。

 

 

「私はあなたを見くびっていません……1人のレースウマ娘として、あなたと本気で勝負をします……! 良いレースをしましょう、ハルウララ」

 

「っ………!」

 

 

 その言葉を聞いて、ハルウララの胸に熱いものが込み上げてきた。彼女自身は意識できないだろう、だが彼女の魂が理解した。マリンアウトサイダは『G1レース』に挑む覚悟で、ハルウララと勝負をするつもりなのだ、と。

 

 ハルウララはプルプルと震える。かつてない程に、身体と心が昂っていた。そして、力強くマリンの手を握り返した。

 

 

「うん! 私も……本気だよ、マリンちゃん! 良いレースをしようね!」

 

 

 「……っ!」とキングヘイローも胸を熱くする。嬉しかったのだ。ハルウララを本気で認めるウマ娘が居てくれた事が。自分でも恐らくハルウララを相手に、マリンほど本気で勝負を挑めない。

 

 

(……『本物』のライバルが出来たのね、ウララさん……)

 

 

 握手を交わす2人を、キングヘイローは誇らしい気持ちで見つめていた。いつまでもその光景を眺めていたい気持ちでいっぱいだった。

 

 

 

 

……

………

 

 

 

 

 コースは『芝』『2500メートル』『右回り』、スタート地点はキングヘイローが立つ第2コーナーを過ぎた辺り、ゴールは観覧スタンド前のヒシアマゾンの看板。コースをぐるっと一周して再び看板の前を通過した瞬間がゴールとなる。

 

 観覧席からスタート地点に移動する3人の姿が見える。いよいよ注目の模擬レース、マリンアウトサイダVSハルウララが始まろうとしていた。

 

 人だかりは時間が経つ毎に増えてきているが、混み合うほどではなかった。噂にはなっていたが、復帰明けのウマ娘とハルウララのレースでは注目度が低いのも当然だろう。

 

 

「でも本当に良かったのですか、トレーナーさん? マリンさんは復帰戦が近いのに、今『あんなにまで』仕上げてしまって」

 

 

 メジロマックイーンは遠くを歩くマリンを見て、トレーナーに尋ねる。マリンのコンディションはレース本番のそれだと遠目から見ても分かる。

 

 

「僕も彼女に頭を下げてお願いされた時は驚いたよ。でも、彼女にとってはこれが本当の『復帰戦』みたいだったからね。思いっきり走って欲しかったんだ。トレーナーとしては失格だけどね」

 

「んなこと関係ねーよ」

 

 

 トレーナーの隣でいつもの如くルービックキューブをいじるゴルシが言った。

 

 

「マリンの奴、ハルウララがライバルだって言ってたからな。ライバルとの勝負に本気を出させないトレーナーだったら、アタシは『シリウス』に居なかったよ」

 

「お、珍しいな。ゴルシが僕を褒めてくれるなんて」

 

「気のせいだろ」

 

 

 そんな気の置けない仲な会話をよそに、ライスシャワーは少しだけ寂しそうだった。

 

 

「でも……これがマリンさんの復帰戦なら、チームのみんなと一緒に見たかったな」

 

「仕方ないわ、ライス。私も同じ気持ち。でも、離れてるけど一応『シリウス』のみんなは来ているわよ? スペちゃんはほら、向こうの歩道でグラスさんたちと一緒だし、ブライアンさんとチケットさんは反対側でハヤヒデさんとタイシンさんと一緒に居るわ」

 

「そうだよ、ライスちゃん! ここは私たちも負けないように一生懸命応援しようよ!」

 

「うんうん、そうだね〜」

 

「久しぶりにマリンさんのレース見れるし、アタシ……それだけで涙が……」

 

 

 サイレンススズカと仲良し3人組がライスを励ます。皆、心からマリンの回復を喜んでいた。

 

 

 一方、観覧スタンドの別のエリアには『覇王世代』の4人も集まっていた。更に、遅れてシンボリルドルフ率いる生徒会組+ヒシアマゾンもやってきて観覧席が騒めきだった。別の側の歩道には『最強の世代』の4強も並び立っていた。

 

 昨年度のグランプリレース2連覇のウマ娘と戦績0勝のウマ娘が、有記念と同じ条件で競い合う。皆、こんなレースは初めてだろう。トレセン学園内でしか決して実現しない、ある種のドリームレースである。

 

 観衆はレースが始まるのを心待ちにしていた。スタート地点で、キングヘイローが手を挙げた。2人のウマ娘が走る体勢に入る。そして……手が振り下ろされる。

 

 

 2人きりの有記念が……ついに始まった。

 

 

 

 

ーーーーーー

 

 

 

 

 マリンアウトサイダ とハルウララ、2人は綺麗なスタートダッシュを決めた。そこまでは良いだろう、だが次の瞬間から観衆が見たのは……

 

 

 まるで『大逃げ』を仕掛けたかのように全力で疾駆するマリンの姿だった。開始数秒でハルウララとの差がぐんぐんと開いていく。

 

 

「オイオイ、何だあれ!? 初っ端からスパートかけてるみてぇだなじゃんか、マリンの奴『大逃げ』でもする気か?」

 

「トレーナーさん、あれはどういう事ですの?」

 

 

 驚きを隠せないゴールドシップとメジロマックイーン。その横で『シリウス』のトレーナーは腕を組み、マリンとハルウララを観察しながら答える。

 

 

「僕はこのレースに関してはコンディション調整以外はマリンに任せっぱなしなんだ。一応、レース前に作戦はどうするんだと聞いたら彼女は……」

 

 

〜〜〜〜〜

 

「ウララさんとの勝負の作戦ですか? そうですね……『全身全霊』……です」

 

〜〜〜〜〜

 

 

「って言ってたよ」

 

「それって作戦じゃありませんわよね?」

 

「サクラバクシンオーがやってそうなやつだな……」

 

 

 マックイーンとゴルシはやや不安な表情になった。マリンの方はというと流石にスタートダッシュの驀進は抑えているが、それでもハイペースで走り続けている。彼女はすでに1週目の第3コーナーを過ぎており、ハルウララはやっとコーナーに入ったところだ。10バ身は離れているだろう。

 

 その実、観衆の誰もがハルウララが終始置いていかれる展開になると分かっていた。だが、序盤でマリンがここまでブッちぎるのは予想外だった。その鬼気迫る迫力に、誰もがゾクリとしたものを感じた。先ほどキングヘイローだけが感じていた、まるで容赦無く、情け無用でハルウララの全てを否定しようとするかのような『本気さ』を皆が感じ取った。

 

 2人の差は少しづつ更に広がってきている。マリンはハイペースを維持したまま第4コーナーを通過し、スタンド前の直線に入った。

 

 

「突っ走れーーーーー!!! マリーーーーーーン!!! 」

 

「うおおおおおおん!!! マリンさんが勝負服着て走ってるよおおおおおお!!!(泣)」

 

「良い気合ですっ!!! 頑張れ2人ともーーーー!!!」

 

 

 スタンドからはパチパチとまばらな拍手と声援が飛んでいた。特にゴールドシップ、ウイニングチケット、ナリタトップロードの声はダントツで大きくその他を圧倒していた。マリンは観衆をチラリとも見ずにその直線を走り抜ける。全力で走ることにひたすらに集中していた。その様子をシンボリルドルフやオグリキャップたちは真剣な顔で見つめているだけだった。

 

 そして、ナリタブライアンもその1人だった。彼女は走りに全集中しているマリンと彼女の後を必死に追うハルウララを交互に見比べていた。

 

 

(……やはりこうなるか。いや、この展開以外は天地がひっくり返らないかぎり有り得ないだろう。姉貴はなぜ私にこれを見せたかったんだ……?)

 

 

 ブライアンは隣でチケットと共に大声でマリンを応援しているハヤヒデを横目でチラッと見た。彼女の表情は真剣そのもので、外のレース場で応援するのと変わらない雰囲気だった。

 

(なぜそんな顔で応援できる? 初めから誰もが分かりきっていただろう。ハルウララはマリンアウトサイダ に負ける。それも恐らく圧倒的な大差で。元々、ハルウララはダートマイル路線のレースウマ娘だ。勝てるはずがない、それに……)

 

 

 ブライアンは後方の観覧に来ているウマ娘たちの会話に聞き耳をたてる。

 

 

「ねぇ……ちょっと応援しづらくない? ハルウララ、もうあんなに離されているのにまだ1500メートルは走るんだよ?」

 

「あたし、ルドルフ会長やオグリキャップさんの前であんな風に走れないよぉ……」

 

 

 2人を応援する声ももちろんあった。しかし、中にはこの勝負そのものに戸惑っている者も混ざっていた。応援して良いのか迷うほどに、マリンアウトサイダ とハルウララの実力の差は開いている。それは事実なので仕方がないのだが……

 

 

(……普段なら耳障りな会話も、今は少し納得できてしまう。今マリンは第2コーナーへ向かっている。ハルウララはやっとスタンド前を通過したところだ。まだ気力は残っている様子だったが……)

 

 

 ブライアンはスタンド前を走ったハルウララの顔を思い出す。その表情は真剣で、まだまだ諦めていなかった。

 

 そして、彼女は追想した。本格的にレースの道を志した駆け出しのレースウマ娘だった頃を。ブライアンはその頃から『怪物』だった。彼女の周囲のレースウマ娘たちは、その圧倒的な力の差に恐れおののいて、彼女とまともにレースをしようとすらしなくなった。その化け物じみた実力ゆえに、ナリタブライアンは孤独だった。彼女に食らいつき、挑戦しようとするものが同世代では居なくなってしまったのだ。彼女は『強者』以外に興味を示さなくなった。

 

 

(皆、私とレースをすると勝負の昂りを感じるより、まず恐怖した。戦意を失いターフを去る者もいた。私はただ、レースで競い合いたかっただけなのに……)

 

 

 ブライアンはずっとハルウララを見ていた。彼女も今、思い知っているはずだ。圧倒的な実力差の前にはなす術もないことを。前方を走る強敵と比べると、己がいかに非力であるのかを。ブライアンから離れていった者たちのように。この2500メートルという長距離の道中を嫌になるほどずっと……ずっと……

 

 

 

「…………っ?」

 

 

 

(なぜだ……?)

 

 

 

 ブライアンは訝しんだ。自分の無意識の行動を。

 

 

 

(なぜ私は……ハルウララだけを見ているんだ……? 強者であるマリンではなく、ハルウララだけを……いつの間に)

 

 

 

 そして、ブライアンは気付いた。

 

 

 

(そうだ……眼だ。ハルウララの眼から闘志が消えていない。彼女は……『下を向いていない』)

 

 

 

 すると、遠くの方から『黄金世代』のウマ娘たちの声が聞こえた。ターフを超えてスタンドまで届くほどの大声援だった。

 

 

 

「頑張れええええ!!!!! ウララさーーーん!!!!! まだ決着には早いわよ!!!!!」

 

「けっぱれーーーー、ウララちゃーーーーん!!!!!」

 

「勝負は最後の最後までわかりませんよーーーー!!!!!」

 

「気合いデェーーース!!!!! プロレスも最後は気合いの大きい方が勝つんデェーーース!!!!!」

 

「アハハ、頑張れ〜〜〜。かかってる魚は大きいぞ〜〜〜」

 

 

 

 約1名、気合いの入ってない声援があったが、声援は声援である。そして、それにつられるようにスタンドの声援も徐々に大きくなっていく。ハルウララから目が離せなかったのはブライアンだけではなかったのだ。

 

 

 

「頑張れーー!! ハルウララーー!!」

 

「メッチャ頑張ってるじゃん!! 行けーー、まだチャンスはあるぞーー!!」

 

「マリンアウトサイダ も頑張れーー!! てかもう2人とも全力で駆け抜けろーーーー!!」

 

 

 

 スタンドの空気が変わりつつあった。先ほどは応援することを躊躇っていたウマ娘たちも、皆声を上げていた。

 

 

 

「いっけええええええええ、マリーーーーン!!! 気合いで負けるんじゃねーーぞ!!!」

 

「そうですわよーーー!!! 最後まで気を抜いてはいけませんわーーー!!!」

 

「ウララちゃーーーん!!! ライスはウララちゃんを応援してるよーーー!!! あ、えと、マリンさんも!!!」

 

「「「ガンバレーーーー!!! マリンアウトサイダ ーー!!! ハルウララーー!!!」」」

 

 

 チーム『シリウス』の残りのメンバーも声の限りに応援する。トレーナーも彼女たちを誇らしい気持ちで眺め、自身も声を張り上げた。

 

 

「そうだーーーマリン!!! お前は走って良いんだ!!! お前は『夢を翔けるウマ娘』だーーー!!!」

 

 

 

 それらの声援は2人に届いていた。ハルウララは駆ける。慣れないターフで未経験の距離を走り、身体はヘトヘトだった。だけど、その眼はキラキラと輝いていた。ハルウララの心には、一点の恐怖もなかった。彼女はただただ、春の陽気に舞う鳥のように純粋にレースを楽しんでいた。

 

 

(すごい! 本当のレースみたいだ! まるでみんなが走ってるG1レースみたいだ! 楽しい、楽しい、楽しい! レースってこんなに楽しいんだ!!!)

 

 

「よぉーーーーし! ハルウララ、頑っ、張る、ぞおーーーーーー!!!!!」

 

 

 ハルウララは一等賞の笑顔で、声援を身体に吸収したかのように気力を取り戻した。第2コーナー後の直線で彼女は加速した。開いていたマリンとの差が、ほんの僅かずつ縮んでいく。マリンは第3コーナーをとっくに過ぎて最終コーナーに入ろうとしている。

 

 

 ナリタブライアンは更に驚愕した。今の時点で、マリンとの距離差は決して覆らないのは確定している。それなのにハルウララはマリンに食らいつこうとしている。心からレースを楽しんでいる、満開の桜のようなあの笑顔で。

 

 『桜色は不屈の色』である証左を携えて、彼女は……彼女だけの道を駆け抜けていた。

 

 

 

(そうか……)

 

 

 ナリタブライアンはその時、初めて知った。『ハルウララ』というウマ娘を。

 

 

(ハルウララ……お前は決して『強者』ではない。だが……)

 

 

「お前はきっと、私と勝負をしたとしても、私に食らいついてくれるのだろうな……」

 

 

 

 ナリタブライアンの顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。隣に立つビワハヤヒデも妹の様子に満足げだった。

 

 

 

 

 今や観衆は一体となっていた。その場の誰もがマリンアウトサイダ とハルウララを応援していた。そんな中をテイエムオペラオーが、いつもより幾分か落ち着いた厳かな声色で唄うように言う。

 

 

「嗚呼……麗しきかな。見えるかい? このレースは、この景色は今ここでしか見られない。これを表すのには……もう、言葉は要らないのかもしれないね」

 

 

 ナリタトップロード、アドマイヤベガ、メイショウドトウは衝撃を受けた。しかし、同時に納得もした。あのテイエムオペラオーに言葉は要らないと言わしめるほどの『力』がこのレースにはあった。

 

 

 

 その光景を見てシンボリルドルフは微笑み、呟く。

 

 

「これが……君の言っていたことなのかい、マリンアウトサイダ? これが私の夢の一端……か」

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

(ああ……凄いな。ハルウララは、やっぱり本当に……凄い)

 

 

 マリンには分かっていた。彼女にとってどれだけ不利な条件であろうと、どれだけ実力差があろうと、ハルウララは一生懸命に、前を向いて笑顔で走り続けるだろう、と。彼女の走りは必ず皆に勇気を与えるだろう、と。

 

 自分がどれだけ『本気』で彼女を叩き潰そうと走っても、野に咲くタンポポのように、彼女は決して下を向いたりしない、と。

 

 

 

 

 マリンは走りながら思い出していた。

 

 初めてハルウララのレースを見たときの自分の気持ちを……

 

 あの……見るもの全てを幸せにする、春の桜のような暖かい笑顔を……

 

 

 

(ああ……ハルウララ、私はあの時からずっと……『あなた』に憧れていたんだ)

 

 

 

 

 最終コーナーを駆け抜け、マリンは最後の直線に入った。声援が自分とハルウララの両方に送られていることが分かる。皆がハルウララの『強さ』を認めていた。

 

 

(ハルウララ……あなたは強い、私よりもずっと……だから挑みたかった。夢を乗せて走るウマ娘が集う、有記念の条件で)

 

 

 マリンの目に不思議なものが映る。彼女のすぐ隣に、小さな光が集まってくる。それは段々と大きくなっていき、ついには小柄なウマ娘の白い影になった。それはマリンの中のイメージだった。レースの強さではなく、『魂』の強さのイメージ。

 

 マリンの中のハルウララの『強さ』のイメージ。それが形を成して、マリンの隣を白い影となって走っていた。

 

 マリンは後方から本物のハルウララの気配も感じていた。離れていても分かる。彼女はやっぱり諦めてなどいない、『本気』でマリンと勝負をしている。その事実に、マリンの口元が笑みを結ぶ。武術家としての血が騒いでいた。

 

 

 

 スタンド前の最後の直線、白い影はマリンと並んでいた。速さはマリンと拮抗している。後は気合いと根性で、全力を振り絞るだけ。

 

 

 その白い影のハルウララは、ひたすら真っ直ぐにゴールだけを見ていた。マリンの事など見向きもしていない。そのことが何故だか、マリンには誇らしかった。マリンは彼女に向かって言った。持てる全てを賭けるつもりだった。

 

 

 

 

「勝負だ……ハルウララ……!!!」

 

 

 

 

 マリンはグッと姿勢を低くして地面を抉るように蹴って、前方へ加速した。白い影も同じくスパートをかけた。

 

 

 最後の大喧嘩が始まろうとしていた。

 

 

 

 

……

………

 

 

 

 

 

 スタンドの観衆は驚愕した。マリンアウトサイダ が最終直線で全力のスパートかけた事に。

 

 彼女はまるで隣で誰かと競り合っているかのようだった。

 

 

「おっしゃ行けええええええマリーーーーーーン!!! 流石は『シリウス』の流星だあああああ!!!

お前の全力を見せてやれえええええええ!!!」

 

 

 ゴールドシップの声に呼応するように皆もマリンに声援を送った。

 

 マリンは『全身全霊』でターフを駆ける。脚も肺も限界まで酷使している。

 

 

 

「うあああああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」

 

 

 

 観衆は皆、マリンのゴールを見届けようとしている。

 

 目印の看板にマリンと……マリンにしか見えない白い影が迫っていく。

 

 

 

(ハルウララ……私はあなたと出会うために、この学園に来たのかもしれない。生まれる前から、あなたの名を知っていた気がする。あなたとライバルになれて……本当に……良かった……)

 

 

 

 ゴールする刹那、マリンは確かに見た。ハルウララの形を成した白い影が

 

 

 『1歩分』……自分より先んじていたのを。

 

 

 それを見たマリンの口元には

 

 

 笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 

 

………

……

 

 

 

 

 

「あ、あれ……?」

 

 

 スペシャルウィークが目をこする。不思議そうに目をパチクリとさせて、歓声の上がっているゴールの方を見ている。

 

 

「スペちゃん……どうかしたのですか?」

 

 

 グラスワンダーがスペシャルウィークに声をかける。

 

 

「えっと……さっきマリンちゃんがゴールする直前に、ウララちゃんが先にゴールしていたのが見えた気がして……」

 

「何を言ってるんデスか、スペちゃん? もしかしてお腹が空いて幻覚でも見ていたんじゃないデスか〜?」

 

 

 エルコンドルパサーの言葉に、スペシャルウィークは恥ずかしそうに頬を掻く。

 

 

「えへへ、そうだよね……見間違いだよね」

 

 

「見間違いじゃないわ! 見間違いじゃ……ない……」

 

 

 キングヘイローがゴールの方を見つめて涙声で言った。彼女の目から、ボロボロを大粒の涙が滴り落ちていた。

 

 

「……キング、泣いてるの?」

 

「泣いてないわよっ! グズッ……こっち見ないで!」

 

 

 心配そうに顔を覗き込んだセイウンスカイから、キングヘイローは顔を背ける。

 

 

 キングヘイローには見えていたのだ。ハルウララの『強さ』のイメージが。マリンがそれと戦っていた事も。

 

 

「妬けちゃうわね……貴方たち、最高のライバル同士じゃない」

 

 

 夕焼け空の下、キングヘイローは誰にも聞こえない小さな声で、そっと呟くのだった。

 

 

 

 

……

………

 

 

 

 

 

 マリンがゴールしてから数秒後に、ハルウララも看板の前を通過した。

 

 スタンドからは割れんばかりの拍手が巻き起こっていた。皆が2人のウマ娘を祝福していた。

 

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

 

 

 マリンは力を出し尽くして、立っていられなかったのでターフに腰を下ろしていた。そこに、同じく呼吸の乱れたハルウララが近付いてくる。マリンは顔を上げて彼女に声をかける。

 

 

「はぁっ……本当に全力を出しましたね。良いレースでした、ウララさん……ウララさん?」

 

 

 マリンが話しかけても、ハルウララは俯いたままだった。そしてプルプルと震え出したかと思うと……

 

 

「〜〜〜〜っすっっっごく楽しかったあーーーーー!!!!!」

 

 

 満開の笑顔が、そこに咲いていた。

 

 

「アタシ、こんなに楽しいレース初めてだった!!! 芝がクシャクシャで走りづらいし、距離もとっっっっっても長くて疲れたけど、マリンちゃんの背中を見てると勇気が湧いてきて、みんなの声が聞こえて元気が出てきて、気が付いたら夢中で走っちゃってた!!! すごいね、G1レースってこんな感じなのかな!?」

 

 

 ハルウララの勢いと元気さにマリンは圧倒されていた。息も絶え絶えで相槌を打つのがやっとだったのだ。

 

 

「マリンちゃん! もう一回走ろうよ! 今度はさ、キングちゃんとかライスちゃんも呼んでさ! みんなで走ればもっともっと楽しいかもしれないよ!」

 

「うっ……すみません、ウララさん。私は……無理です」

 

 

 マリンは背中を芝につけて大の字に寝転んだ。

 

 

「今日はもう……指一本動かせません……また今度走りましょう……」

 

「え〜〜、そっかぁ……うん、分かった! 明日からも一緒にいっぱい走れるもんね! アタシ、みんなの所に行くね! またね、マリンちゃん!」

 

「はい……またね、です」

 

 

 タッタッター、とハルウララはスタンドの方へ走り去る。マリンは大の字になりながら彼女を見送った。

 

 

 

 

「……強いなぁ……本当に、強い……」

 

 

 

 

 ハルウララの『魂』に勝つべく全てを振り絞ったマリンは、文字通り指一本動かせなかった。

 

 けれど、今の彼女の心の中は『この世界』に産まれ、生きてきた中で、最も晴れやかで澄み切っていた。

 

 

 

 

「はぁぁ……私の、負けだ……」

 

 

 

 

 山の中とは違う、ウマ娘が駆ける為の芝と土の匂いに包まれながら

 

 マリンアウトサイダ は満足そうに微笑んで、夕焼け空を見上げた……

 

 

 

 

 

 

 




 次回、後日談で完結です。やっとここまで来れました……

 レース最後の描写はとある偉大な競馬漫画のオマージュです。
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