【完結】流れ星の転校生~とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話~ 作:カンヌシ
前回まで1話1話が長かったので、これからは細かく分けて投稿頻度を上げようと思います。
幕間 ある競走馬の生涯Ⅱ
ある日、その零細牧場に大型の輸送車がやって来た。処分が決まった繁殖牝馬と仔馬たちを移送するためのものだ。そして業者が移送準備をしている様子を眺める1人の男がいた。
その男はとある出版社の社長で、この牧場主とは古くからの友人であった。気まぐれで休暇に牧場を訪ねると、牧場主は処分が決まってしまった馬を移送する場面に出くわしたのだった。
社長が馬たちを眺めていると、その中に真っ黒い毛並みの艶やかな仔馬がいた。社長が牧場主に尋ねると、その仔馬は牝馬で他と比べると小柄だったので売れ残ってしまったらしい。競馬に関して素人だった社長は、水溜りでぱちゃぱちゃと遊ぶその仔馬のどこが悪いのか検討がつかなかった。
「なあ……あの黒い仔馬、今から俺が買うことは出来るか?」
お前阿呆なのか?馬を買うのがどういう事か分かってるのか?と牧場主は返した。しかし、聞かん坊の社長は牧場主に拝み倒す。ダメ元で取引先と連絡を取ると渋られながらも了承を頂き、その仔馬は社長が飼育費用なども諸々を支援する形で買い取る事となった。
だが一方、動物である当の仔馬にはそのような事情など理解できるはずもない。自分の母親の牝馬、仲の良い仔馬たちが連れ去られて行くのを柵の内側から悲しそうに鳴きながら見つめるしかなかった。それがその仔馬の心に植え付けられた傷になった……
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編入したクラスの教壇に立って、マリンアウトサイダはその視線を一身に受ける。トレセン学園の制服に、腰に緑のパーカーを巻いている。
「マリンアウトサイダと申します。このような時期に転入する事となりました。ご存じの方もいらっしゃると思いますが、私は走りに関しては素人の域を出ません。皆さんの後輩となった気持ちで励んで参りますので、お力添えいただければ幸いです。どうか、よろしくお願いします」
マリンアウトサイダは礼をして挨拶を締め括った。所々でざわつきはまだ収まらない。
「綺麗……」
「あの人が噂の……」
「街中で喧嘩して何度も補導されたことあるらしいよ……」
「ええ、そうなの? なんでトレセンに来たんだろう……」
「なんで腰にパーカー巻いてるの……?」
クラスのウマ娘たちのささやきが止まらぬまま、マリンアウトサイダは席についた。彼女は奇異の目で見られるのは覚悟していたので特に気にすることもなかった。
街中で喧嘩をして何度も補導されたのは事実だ。有名になるにつれ、何かと因縁をつけられて喧嘩を売られる事が多くなった。しかし、彼女はそれを面倒とも思わず、全て受けた。そして、真正面から叩き潰してきた。
彼女は落ち着いてるように見えるがその実、中身はかなりの戦闘狂だ。喧嘩は時と場所を選ばないものだと思っている。そのせいか、近寄りがたい雰囲気があるので、友達は少なかった。本人は特に気にしていない。基本的には頭の中は武術の事でいっぱいなのだ。
そして、最初の授業後の休み時間、突然クラスのとあるウマ娘に声をかけられる。
「こんにちは、マリンアウトサイダさん! 私、ナリタトップロードと言います! クラスの委員長をしているので、分からない事があったら何でも聞いてくださいね!」
ピシッと前髪が真ん中分けの元気で真面目な雰囲気のウマ娘だ。マリンアウトサイダはその溢れんばかりのオーラに少しだけ圧倒される。
「は……はい、よろしくお願いします。ナリタトップロードさん」
「ほら、アヤベさんも! せっかく隣の席なんだから!」
トップロードは隣の席で本を読んでいたアドマイヤベガに言う。少し面倒くさそうな澄ました顔で、マリンアウトサイダの方を向いた。
「アドマイヤベガよ、よろしく」
サラッとした挨拶、そこまで明るい性格じゃないマリンにはむしろ好感が持てた。
「はい、よろしくお願いします」
「ちょっとアヤベさん! 彼女は転校生なんだからきっと不安でいっぱいなんですよ。もっと明るく愛想良く振る舞ってあげないとダメじゃないですか!」
「マリンアウトサイダさんは小さな子供じゃないでしょう。それに愛想良くなんて、私には無理よ」
「それでもですよぉー!……」
この2人はとても仲が良いのだろう。浅からぬ縁がありそうだ。と、マリンが思っていると反対の側の机からトップロード以上に元気な声が聞こえてきた。
「ねえねえ、マリンアウトサイダさん! アタシはウイニングチケットって言うんだ! アタシも隣の席だからよろしくね! チケットかチケゾーって呼ばれてるから、好きな方で呼んでね!」
「あ……はい、よろしくお願いします。ウイニングチケットさん。ではチケットさんで。私のことはマリンと呼んでください」
分かったー、マリンさん!と返す彼女は元気の塊みたいな人だな、とマリンは思った。
「ねえねえ、マリンさん! キミ、格闘技がすっごく強いって噂で聞いたよ! カッコいいなー! アタシもスポーツは結構やるんだけど、格闘技はあんまりやった事なくて!」
「ありがとうございます。未だ修行中の身ですが」
「こら、チケット。すっごく強いなんてものじゃないぞ。ジュニア・シニア含めた世代最強の格闘ウマ娘と言われている方だ」
いつの間にか、背の高い、眼鏡をかけた白毛のウマ娘がチケットの側に立っていた。
「私も会話に混ぜてもらっても構わないだろうか? 私はビワハヤヒデという。ハヤヒデで構わない。よろしく頼む」
「はい……ハヤヒデさん、よろしくお願いします。私もマリンで構いません」
何だか頭がフワワっとしてて大きい方だなぁ、触ったら気持ち良さそう……と考えているとズイッとハヤヒデの顔が寄ってきた。もしかして、何か失礼な事を考えてしまったのがバレたのか?と思っていると
「マリンアウトサイダ……公式戦では初等部での3試合を除いて無敗。同じ頃に高等部のウマ娘相手に喧嘩を売られて軽く投げ飛ばした話は有名だ。中等部の初年で「紫陽花杯」を優勝し、そこから神童と噂されるようになる。主に空手で闘いながら要所で合気道の技で相手を翻弄し、鮮やかに勝利する。その姿はまさに格闘ウマ娘界の皇帝と………」ペラペラペラペラ
突然ハヤヒデのマシンガントークが始まると、ハ、ハヤヒデ……?とチケットが心配そうな顔で呟く。トップロードもポカンとしており、アヤベも本を読むのを止めて怪訝そうな顔をする。
ペラペラペラペラペラペラとマリン本人もよく覚えていない試合の話をしたりしている。
「うわーーーん!!! タイシーーーン!!! ハヤヒデが壊れたよーーー!!! 何とかしてーーー!!!」
チケットが席でスマホをいじってた小柄なウマ娘を無理矢理引っ張ってくる。
「え、ちょっ、離せ! いいとこだったのに!」
「………という展開には私も驚かされた! マリンアウトサイダはウマ娘レース界の脅威となるかも知れないと口々に囁かれた! 語りたい事はあまりに多いがとにかく私が何を言いたいのかというと!!!」
ハヤヒデはバッと色紙を取り出して、頭を下げてマリンに突き出した。
「ファンだ!!! どうかサインをお願いしたい!!!」
ビワハヤヒデは格闘技マニアだった。
…
……
………
「えっと、これで良いでしょうか? 私サインって書いた事なくて、普通に名前を書いただけですが……」
「そうなのか!? 確かに格闘ウマ娘はファンと交流する機会が少ないからな、ではこれが最初の1枚目だと言うことか! ありがとう! これは家宝にするぞ!」
キラキラと顔を輝かせてクルクルと回るハヤヒデ。彼女の知らない側面に周囲のクラスメイトは困惑していた。
「ハヤヒデが格闘技好きって知らなかったよー! 何で今まで言わなかったのさー!」
「……アタシも。ハヤヒデってこんなキャラだっけ?」
「こ、こほん、いやすまない。隠してた訳ではないのだが。この趣味を共有できる者があまりいなくてな……と、マリン殿、こちらはナリタタイシンだ。私たちは3人はよくレースで対決していて、メディアではBNWと呼ばれいるんだ」
「BNW……聞いたことあります。ナリタタイシンさん、よろしくお願いします」
「まぁ……よろしく」
タイシンはツンとした態度で挨拶をする。
「ところで、マリン殿。君は試合場まで必ず走って自ら赴くと聞いたのだが、その噂は本当だろうか? サバイバルキャンプのような事もするのだとか」
「!……サバイバルキャンプ……」
タイシンの耳がピクンと反応する。
「ええ、この間の『石楠花杯』の時は移動に片道3日かかりました」
「えーー!! 3日って、たった1人で走って野宿しながら行ったの!? マリンさんって見た目よりワイルドだーー!!」
「……ねぇ、そのサバイバルする技術ってどうやって身につけるの?」
ナリタタイシンが興味ありげに尋ねる。
「私が住んでいる山で師でもあり、育て親でもあるお爺ちゃんに教わりました。裸一貫で山で生き抜く術を身につければ、どこでも生きて行けるから、と。私はみなしごで両親がいないので、自分が生きている内にって……」
「え、みなしごって……」
チケットが不安そうな顔でマリンを見つめる。
「私は、赤ん坊の頃にその山で拾われたそうなのです。このパーカーに包まれて、雨の当たらない木の根の下に、恐らく捨てられていました。だから、物心ついた時にはお爺ちゃんと2人で過ごしていました。」
「「「「「…………」」」」」
思ってもなかった情報が出て、場の空気が重くなる。マリンはあれ?という感じだ。彼女は会話に慣れていない。
「……ご、ごめん。変なこと聞いた……」
タイシンはやってしまったか、と言う顔だ。
「あ、その、気にしないで下さい! 私が余計な事を言ってしまっただけです! 全然気にしてません! 私はお爺ちゃんと暮らせて幸せですし、山は修行場でもありますが、そこで過ごすと心が落ち着きますし、夜に見上げる星空はいつ見ても綺麗ですし、皆さんにも見せたいくらいなのです」
星空という言葉に、ピクンとアドマイヤベガの耳が反応する。
「ほう、マリンアウトサイダの修行場……それは非常に興味深いな。あの強さと技はどのようにして身につけられるのか。データとして価値がありそうだ。レースにも役立つかもしれない」
「アタシもアタシも! マリンさんが修行してる山に行けばカンフーの達人になれるかなー! アチョオーーーーって!」
「何でカンフー限定なの!? でもいいな……アタシ、最近キャンプの動画とかたまに観てて、ちょっとだけそういうのやってみたい気もしてて……」
そしてマリンアウトサイダは何となく提案した。
「もし良ければ、私のウチに来ますか? ただの山ですが……キャンプみたいな事も出来ると思います。多少のことは教えられますので」
キラン!とハヤヒデの眼鏡が光った。
「ほう……! それは格闘技ファンとして願ってもない機会だ!」
「いいのー!? 行ってみたい行ってみたい!!」
「……! ア、アタシも! 教えてくれるなら、行ってみたい!」
BNWが盛り上がってるのを見て、ナリタトップロードもキラキラ目を輝かせた。
「それ! 私も参加しても良いですか! あとアヤベさんも一緒に!」
ええ、良いですよとマリンが答えると、アドマイヤベガが慌てた様子で言う。
「ちょっと、何で私まで行くことになってるの!?」
「良いじゃないですかー、アヤベさん! 新しいクラスメイトとの交流は大事ですよ! アヤベさん、星を見るの好きじゃないですか。きっと楽しいですよ!」
「私が星って言えば釣られると思わないで! ……まあ、興味はあるけど。はぁ……でも何故かしら。この流れ、この場にいないあの2人の顔も浮かんでくるのだけど……嫌な予感しかしないわ……」
アヤベの脳裏に「ハァーッハッハッハッ」と高笑いするウマ娘と、「あわわわわーっ!」と慌てふためくウマ娘の顔が浮かぶ。
かくして、どこかの連休でクラスの皆(後から2名加わる)でマリンアウトサイダの住む山へ訪問することとなった。
ウマ娘、山、修行場、サバイバルキャンプ、何も起こらないはずがなく……
その話はまた別の機会に語られるだろう。
山での修行編は後半の番外編です。