【完結】流れ星の転校生~とある武術家ウマ娘がトレセン学園に転入する話~   作:カンヌシ

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7話 『敗北とは何だと思う?』

 

 

 

 チーム『シリウス』のトレーナー室からの帰り道。

 

 マリンアウトサイダは歩きながら学園の広場にある『切り株』の方をなんとなく見ていた。

 

 クラスメイトに聞いた話だと、レースに負けた悔しさをあのウロの中に叫ぶと気分がスッキリするらしい。利用するウマ娘はかなり多いのだとか。

 

 今も2人のウマ娘が切り株のそばに立っている。もしかしたら何か叫ぶのかも知れない気になってと、マリンは道すがら耳をすましてみる。

 

 

 

「うああああああーーーーーー!!!! お嬢ーーーーーーー!!!! どしてウチがランチ誘ってんの瞬で断ってから秒でミラクルの誘いは受けてるーーーーんーーーーーーー(泣)!!??」

 

「ヘリオスー、結局ミラクルが『君たちもどう?』って誘ってくれて、一緒にランチ食べたんだからさ。良かったじゃん」

 

「それなーーーーーーー!!!! ナプキンでお口フキフキしてるお嬢エモ過ぎキャパいーーーーーーーー!!!!!」

 

 

 

「…………………」

 

 どうやらレースに関係ない事も叫んで良いみたいだ。恋のレースとか、そんな感じかもしれない。

 

 

(でも……あんな切り株に悔しさをぶつけて、意味があるのだろうか……?)

 

 マリンには、あのウロに向かって叫ぶ自分の姿を想像できなかった。そんなことしてる暇があるなら修行をした方が良いのでは?と思ってしまう。その時……

 

 ピリリリン!とスマホの着信音が鳴った。

 

 画面を確認するとルドルフから「本日は個人レッスンが可能」とメッセージが表示されていた。

 

「あ、そういえば……会長の個人レッスン、私がどこかのチームに所属するまでの間って言ってたな……」

 

 マリンは名残惜しいと思ったが、会長は多忙な中で自分のようなレース未経験者の面倒を見てくれていたのだ。

 

「『シリウス』のことを伝えて、今回で最後にしないと……」

 

 マリンは俯いて、スマホをポケットに仕舞った。

 

 

 

−−−−−

 

 

 

 マリンはルドルフと合流し、チーム加入について彼女に伝えた。

 

「そうか、『シリウス』に……! おめでとう、マリンアウトサイダ。これで君もレースウマ娘として本格的なスタートを切ることが出来るな」

 

「はい、会長のお陰でレースに必要なことの多く学べました。本当に、今までお世話になりました。ありがとうございます」

 

 マリンは深く深く頭を下げた。どれほど感謝してもし足りない気持ちだった。

 

「しかし、君がチーム『シリウス』に入るとはな。あのチームは学園でもっとも賑やかなチームと評判だ。その賑やかさ故に問題を起こす事も多々あるが……それと比例して実績も多い」

 

 ルドルフが困ったような笑顔になる。

 

 

「そうですね、私も初対面の時はズタ袋で拉致されそうになりました。その後、チームのトレーナーとメンバーたちと語らいましたが、とても賑やかな人たちでした」

 

「ふふっ、そうだろう…………え、今、拉致と言ったか?」

 

「ゴールドシップさんの発案だったそうです。とても面白い方ですね」

 

「ああ……そうか、ゴールドシップか……彼女の対応には生徒会も風紀委員会も手を焼いていてな……君も、気を付けてくれ」

 

 ルドルフが遠い目をしている。あのヘッドギアのウマ娘は他に何をやらかしたのだろう?とマリンは興味を持った。

 

 

「さて、時間も限られている。最後の個人レッスンを始めようか」

 

「はい! よろしくお願いします!」

 

 マリンはビシッと姿勢を正して礼をした。

 

……

………

 

 

 日が沈み人影もまばらになった頃、ルドルフの最後の個人レッスンは終わりを迎えた。

 

「……ふぅ、ここまで……だな。名残惜しいが、これが最後だ。このレッスンは私にとっても非常に実りのあるものだった。お疲れ様、マリンアウトサイダ」

 

 トレーナー君と同じ視座に立つ貴重な体験が出来たよ、と爽やかにルドルフは言う。

 

「はい……! お疲れ……様です。私も……名残惜しいです……」

 

 マリンは少しションボリしていた。新たな技術を学べるこの時間が彼女は好きだった。

 

 彼女の中で、シンボリルドルフはとても大きな存在へと変わっていた。

 

 学べば学ぶほど、『皇帝』がどれほど化け物じみた実力者なのかを、肌で理解した。今の自分では足元にすら及ばない。

 

「ふふっ、そんな寂しそうな顔をするな。またいつでも会える。たまに生徒会室へ顔を出してくれ」

 

 

 2人の間を冷たい秋の風が吹き抜ける……

 

 

「時にマリンアウトサイダ……」

 

 ルドルフが真剣な表情で切り出す。

 

「『格闘ウマ娘』である君に、1つ聞きたいことがあるんだ……」

 

 ルドルフは伏し目がちに言う。

 

 

 

「君は、『敗北』とは……なんだと思う?」

 

 

 

「……………………」

 

 マリンは十数秒間、黙考した。

 

 

「……私は……『敗北』は、勝利への必要条件だと考えています」

 

 マリンは語り出す。

 

「私は公式戦では初等部での3敗を除いて、全て勝利しています。しかし、どんな格闘ウマ娘でも、その勝負が公式戦のみということは……あり得ません」

 

「私は小さい頃から数えきれないほど喧嘩をしました。そして、多くの敗北も経験しました。お爺ちゃんとの本気の手合わせも含めると数えきれません」

 

 息を吸って、続ける。

 

「負けて……負けて……負けて……負け続けて、私は強くなりました。強くなれたのだと思います。格闘ウマ娘は敗北を必ず次へ活かします」

 

 

 ルドルフは目を閉じて、何かを考えている。

 

 

「……君は、レースでの敗北も同じだと思うか?」

 

 ルドルフは薄く眼を開ける。

 

「…………はい」

 

 マリンはゆっくりと答える。

 

「……そうか、流石は世代最強の格闘ウマ娘……だな。確かに、負ける事でしか得られないものもある。その点は共通しているだろう。しかし、だ」

 

 皇帝の眼差しがマリンの眼を捉える

 

 

 

「恐らく君の言う敗北は、レースでの敗北とは……

 

 『違うもの』だ

 

 マリンアウトサイダ」

 

 

 

「っ………………」

 

 マリンは息を飲んだ。

 

 

 威圧感はない、しかし皇帝の言葉は力強かった。

 

 

「君はレースの世界にこれから足を踏み入れ、経験を重ねていくだろう。そうすれば、いずれ……『理解』する時が必ず訪れる」

 

 ルドルフは優しく微笑んだ。

 

「今はそう重く受け取らないでも良い、だが……私の言葉を、努努(ゆめゆめ)忘れないで欲しい。それが、私が君に教えられる最後のレッスンだ」

 

 ルドルフはマリンに背を向ける。

 

「励め、マリンアウトサイダ。君の旅路が祝福に満ちる事を願っているよ」

 

 

 ルドルフは歩き去った。

 

 

「……………………」

 

 マリンはその背中を見つめている。さっきのルドルフの言葉が、ずっと頭の中で反響していた。

 

 

……

………

 

 

 空は既に薄暗くなっていた。

 

 ルドルフは帰り道、UMAD理事長代理の言葉を思い出す。*1

 

 

『「レースウマ娘至上主義」は、無関係なウマ娘のみならずレースウマ娘自身までも苦しめている。そうだろう?』

 

『勝者がいれば必ず敗者がいる。それは当然だ。だが、負ければ終わりなのか? 活躍出来なければ意味がないのか? 目立たなければ忘れられてもいいのか? そもそも走れないウマ娘はどうなる?

 

「レースで勝つ』ことだけがウマ娘の価値ではないはずだ。

 

 それを証明することが、アタシたちUMADの役割の1つだ』

 

『トレセン学園、お前たちに作れるのか? 新たな価値観を! 救えるのか? ウマ娘たちをその苦しみから! 出来ねぇなら、マリンアウトサイダの転入を拒否しろ! テメェらには『勿体ない』ウマ娘なんだ!!!』

 

 

(……そうだ……ヤマブキドウザン氏の言葉は、真実だった。私は、返す言葉が見つからなかった……)

 

 ルドルフは歩きながら拳をギュ……と握る。

 

(今の私では、力不足なのは明白だ。そして、私の『夢』は……私1人だけで実現するのは難しい)

 

 

「……マリンアウトサイダ……君は私の『夢』の一端を担うウマ娘なのか……?」

 

 ルドルフは無意識に呟いた。

 

 

(いや、まだ分からない。彼女は『未知数』だ。その行く末は、三女神のみぞ知る……か)

 

 と、考えているとルドルフには望外の声が聞こえてきた。

 

 

「おーい、ルナ!」

 

 

 ルドルフのトレーナーが手を振って、彼女に向かって歩いてくる。

 

「な……トレーナー君!?」

 

 彼は今日中は仕事で忙しいと聞いていた。こんなところで会うのは、ルドルフには予想外だった。

 

「君は多忙なはずだろう? 何故ここに?」

 

「いやー……ルナがあの転入生のレッスンをするのが今日が最後ってメールを見てさ。気になったから、仕事を切り上げて来たんだ」

 

「そ、そうか……だが、今ルナと呼ぶのはやめてくれ。誰が聞いてるかも分からないだろう」

 

「もうひと気はほとんどないよ。大きな声で話さなければ大丈夫さ」

 

「むぅ……それなら……」

 

「夕食はまだだろう? トレーナー室に簡単な食事を用意してあるから、一緒に食べないか?」

 

「そうか……では、ありがたくご相伴に預かるとしよう」

 

 2人はトレーナー室に向かって歩き出す。ルドルフは久々の2人きりの時間を味わいたくて、わざとゆっくりと歩いた。

 

 

「ところでルナ。あの転入生はどうだった?」

 

 トレーナーは微笑んで問いかける。

 

「ああ、私ができることは誠心誠意、教えきったつもりだ。基礎は固められた。後は彼女自身の努力次第だが、武術家ならばその点は心配なさそうだ」

 

「そうか……ならきっと大丈夫だな」

 

 トレーナーは空を見上げる。

 

 

「それにしても、ルナが突然『トレーナーとしてウマ娘を指導するノウハウを教えて欲しい』と言った時はびっくりしたよ。レースを引退してトレーナーを志望するのかと思った」

 

 はは、とルドルフは笑う。

 

「君は私と同じ視座で『夢』を見てくれている……ならば、トレーナーの真似事でも、私も君と同じ視座に立てば更に見識を深めることが出来ると思ったんだ」

 

 そして、トレーナーと少し反対の方を向いて、小さく呟いた。

 

 

 

「……君の事を……もっと深く理解したいとも思ったんだ……」

 

 

 

 ルドルフの顔が仄かに赤らんでいる。チラリと目だけをトレーナーに向けると

 

 

「そうか……ルナは凄いな。どんな功績を積み上げても、どんな立場になっても研鑽を怠らない。俺はルナのそんな所を心から尊敬するよ」

 

 

 ルドルフは再び目を逸らす。

 

「っ…………!! ありがとう……君に褒められると、その……嬉しいよ」

 

(トレーナー君の朴念仁!!! 鈍感!!! なぜ私の気持ちに気付いてくれない! エアグルーヴが彼女のトレーナーに『たわけ!』と叫ぶ気持ちが今なら良く分かる!)

 

 内なるルナが地団駄を踏んでいた。

 

 

 その時、ビョオオオオ……と冷たい風が吹いた。

 

「ほら、ルナ」

 

 トレーナーが自分のコートを脱いでルドルフに肩から羽織らせる。

 

 突然のことにルドルフは目を丸くする。

 

「そろそろ冷える時期だ。冬物を用意しておかないとな」

 

「あ……ありがとう……トレーナー君」

 

 ルドルフはそっぽ向いたまま、顔を再び赤くしてトレーナーの温もりと匂いの残るコートをギュッと握り締めた。

 

 

 

(はぁぁ………………)

 

 ルドルフは心の中で大きなため息をついた。

 

(情けない……マリンアウトサイダに『敗北』について問うた自分が、まるで道化じゃないか)

 

 ルドルフは嬉しそうでいて悔しそうな、なんとも言えない表情をしている。

 

 羽織らされたコートの感触に、尻尾が嬉しそうに揺れるのを抑えきれなかった。

 

(恋愛は惚れた方が『負け』……あまり意識していなかったが……その言葉の意味を、私は初めて実感した気がするよ……)

 

 

 

 『皇帝』……もとい『ルナ』の恋の道のりは、まだまだ険しいようだ。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 幕間 ある競走馬の生涯Ⅲ

 

 

 その仔馬は一頭だけ取り残されてしまった。正確には他の飼育区画に馬はいたが、その仔馬は他所へ行ったことも無いので、他の馬は知らない。

 

 昨日までいたはずの母馬や仲の良い仔馬たちは業者に連れて行かれてしまった。そのストレスからか、その後は食欲不振や夜鳴きが酷く、その事を聞いた買い取り主の社長も心を痛めた。

 

 だが、そんな仔馬を根気よく懸命に世話をした若い厩務員がいた。彼は生まれつき身体が弱く、心臓に少し問題を抱えていたが、親に連れられたホースセラピーをきっかけに厩務員を志した青年だった。

 

 『ミドリ』ちゃんと呼ばれていたその牝の仔馬の心の傷が癒えるまで、彼は業務をこなしながらも、他のほとんどの時間を彼女の為に使ったのだった。次第に『ミドリ』は彼に心を開いていった。

 

 青年は愛用の緑色のパーカーを着て、非番でも牧場を訪れてミドリのことを気にかけていた。その1人と1頭の様子に、青年は他の厩務員から「まるでお父さんだな」と微笑ましくからかわれたのだった。

 

 そんな彼や他の厩務員の愛情を受けて育ったミドリは、その後、見違えるほど成長した。そして、かねてより社長と牧場主が計画していた競走馬としての調教が開始された。

 

 聞かん坊だったミドリの調教にはその青年も時間の許す限り立ち会った。なかなか真っ直ぐ走ろうとしない時は、コースの先に青年が立っておくと、ミドリは一直線に彼に向かって走って行った。

 

 その様子を馬主の出版社の社長は動画で撮り、自らのSNSアカウントに投稿したりしていた。名物社長でもあった彼の投稿は少しだけ話題になった。

 

 そして牧場の冠名『マリン』と出版社の看板作品のタイトルの一部『アウトサイダー』を組み合わせて、社長はその馬を『マリンアウトサイダー』と名付けた。文字数制限により結局は『マリンアウトサイダ』となったのだが……

 

 その後、マリンアウトサイダは晴れて競走馬としてデビューを果たした。だが、メイクデビューの結果は5着、その後未勝利戦にもなかなか勝てない日々が続いた。

 

 それは数多の競走馬が直面する現実だった。勝利する馬というのは全体のほんの上澄みである。ゲームなどでは低難易度とされるOPリーグすらも、ほとんどの競走馬にとって、そこでの勝利は実際は夢のまた夢なのだ……

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
番外編1を参照




UMAD理事長代理のお話は、この先に番外編として移動しました。この時点で読んでおくとストーリーの理解が更に深まると思いますが、雰囲気が全く違う話なので要注意です。
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